遺手紙   作:kirimonji

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アルトシュタット

○あなたはもう忘れたかもしれないが

 

毎日はがきを出しました。仕事が見つかりそうにないことは

はじめから感じてました。ついに敗北宣言コペンに戻りました。

 

あなたは東京館に復帰。悔しかったですね。

懐かしくもつらく苦しい一冬でした。

 

トーマスペンションのあの部屋。青春のすべてがそこにはありました。

暗いうちにノアポップに行き暗いうちに帰ってくる。

 

ほんとに暗い半年間でした。いろんな人が出入りしましたね。

部屋だけはいつもにぎやかで。操さん。小林君。佐藤君。ETC.

操さんと人魚の像の前で『枯葉』をフランス語で憶えたりしました。

 

○あなたはもう忘れたかもしれないが

 

操さんの下宿のおじいさん憶えてますか?

操さんを養女にしたいとかいった感じでしたね。

 

日本人コミュニティーにどっぷり。

私はあなたの影に隠れて、ひっそりむっつり。

 

長い髪にあごひげ口ひげかかとの高い木靴を履いて

白いパンタロンに袖の長いカーデガン。

まるでキリストみたいでしたね。

 

○あなたはもう忘れたかもしれないが

 

春になって私だけ先にデュッセルへ旅立ちました。

ここから何か突破口を開くつもりでした。

 

東京からもと彼があなたを追ってストックに来ましたね。

私が針金細工を知った直後に、

あなたはデュッセルへとやってきました。

 

一大決心でしたね。デュッセルドルフの中央駅での再会。

映画のシーンのようにはいきませんでしたが、

一生忘れることのできない名シーンです。

 

○あなたはもう忘れたかもしれないが

 

あなたはおお泣きになきました。

「私はこんなことをするためにここに来たんじゃない!」

 

ほんとに申し訳ありません。当時、この針金にすべてを

掛けてみようという時期で、私は必死でした。

 

とにかく一度売ってみて、それからよく考えようと

涙ながらに説得したと思います。

 

○あなたはもう忘れたかもしれないが

 

初めて販売した夜のこと憶えてますか?かなり

アルト(旧市街)の雑踏から離れた銀行の脇で

 

小さな別珍を広げ、”アンバランスの調和”という

テーマで作ったへんてこな針金首輪。

あっという間に売り切れてびっくりしましたね。

 

○あなたはもう忘れたかもしれないが

 

これで決まり!あなたを絶対に幸せにしてみせる。

心底そう思いました。ほんとです。

 

『全ヨーロッパを制覇するよ!この二人でOK?』

てな感じでした。

 

○あなたはもう忘れたかもしれないが

 

それからアルトシュタットの一番角を取るまでは

そう時間はかかりませんでした。

 

あなたは10kgもやせて、とてもスリムになりました。

ほんとに大変な日々でしたね、申し訳ありません。

 

憶えてますか?縁日、石松、よれよれ、獣医、日本館,

キプロスetc。太陽の大ヒット。

 

○あなたはもう忘れたかもしれないが

 

ラインの広い川床にメッセという移動遊園地がやってきて

シンカンセンが回ってました。

 

「ポリツァイ!」毎日ワンタッチでしまって逃げまくりました。

ユースでトンカチ作り続け、なぜか大声で怒られたり、

いまだに何故だか分かりません。

 

 

アパートのエレベータで住人のおばさんがケッテを持ってたり。

禿げの中国人コックがあなたに抱きついたり。

 

アルトではクリームチーズ。ピザ屋のピザ回しを眺めたり。

小さなバーで女の人がかつらを取られたり。

 

ドイツ銀行にお金を預けにいったら何か聞かれて、

「ブラートブルストミトポンフリ」(ポテトと焼きソーセージ)

と答えて大笑いされたことがありました。これもいまだに分からない。

 

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