ハリー・ポッターと十六進数の女   作:‌でっていう

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第13話 トム・マールヴォロ・リドル

翌日、無事に退院(?)しグリフィンドール塔に戻ってきたハーちゃんは、すぐに『リドルの日記』について解明するためいつもの四人を招集した。パメラに聞いた話をもう一度繰り返すと、ロンは『T・M・リドル』の名前を見たことがある、と言った。

 

「フィルチに処罰でトロフィーを磨かされたんだけど、こいつの『特別功労賞』の盾は大変だったよ」

「特別功労賞?」

「学校から贈られる賞みたいよ」

 

リドルはいかにして『特別功労賞』を得たのか。そのヒントは日記が五十年前のものである、というところにあるかもしれない。

 

「『秘密の部屋』が開かれたのも、この日記の年も、今から五十年前だね」

「それじゃあ、こいつが『継承者』をあばき出して学校を救った、ってことか?」

「でも、日記には何も書かれてないよ。手掛かりにはなりそうにない」

 

ハリーの言う通りだった。この日記帳がもしも日記として使用されていたのなら『部屋』についての謎の答えが書かれていたかもしれないが、現実には日記は白紙のままで、ページの端には日付だけが印刷されている。

 

「もしかしたら、今回の『継承者』がそれを知られるのを防ぐために消したのかもしれないわ。アルーペ、ちょっとページを開いて——『アパレシウム(現れよ)』!」

 

ハーちゃんが杖で叩いた後も、日記は依然として日付しか書かれていない状態だった。自分も何度か杖を降ってみたが、それが変わることはない。

 

「でも、パメラは確かに魔力を感じる、って言ったんだよね……」

「ぼくたちには何も感じられないんだから、影響があるとしても幽霊だけ、とかだよ。恥ずかしがりの霊でも宿ってるんじゃないか?」

 

その後、パメラにトロフィー室を調査してもらったところ、『魔術優等賞』のメダルや首席名簿にも名前が載っていたという。 分かったのはそれだけで、何故『特別功労賞』や『魔術優等賞』を獲得したのかは謎のままだった。

 

 

「ねえドラコくん、T・M・リドルって人知ってる?」

「リドル? 聞いたことないな。そいつがどうかしたのか?」

 

魔法薬学の時間。一応魔法界には明るいはずのドラコにも探りを入れたが、やはり有力な情報は得られなかった。事情を説明し、パメラだけが何らかの力を感じ取れたと伝えると、少し悩んだ後、ドラコはひとつの考えを示した。

 

「多分、その幽霊は魔力じゃない別の力を感じ取ったんだ。『霊力』と言ったかな、そんなのがあると父上から聞いたことがある。そのリドルとかいう魔法使いは、ゴーストとなってこの世に残ったあと、日記に何らかの術をかけてその内容を消し去ったのかもしれない」

「じゃあ、パメラがその霊術を解くことができれば、日記の内容が分かる? きっと『部屋』について書いてあるかもしれない——」

 

少し期待をして色々と考えようとしたが、ドラコのほうは悩みの顔を崩すことはしなかった。

 

「霊力は幽霊でもそう簡単に使える力じゃないらしいんだ。幽霊になってからそれを身につけるための訓練が要るし、それも生前の魔法の腕とかに影響されるらしい。リドルって奴はそんな色々な賞を取るほどの魔法使いだったんだろ? 霊術もそうとう高度なものに違いないさ」

「うーん、確かにあのパメラじゃ太刀打ちできないかも。霊力を感じとれても『魔力みたいな力』って言ってたあたり、霊力って言葉すら知らないみたいだし……」

「まあ、試すだけ試してみてもいいんじゃないか」

 

落胆してため息をつくと、ドラコが慌てて付け足した。その様子を見ていたキキちゃんは、あることに気づく。

 

「……ところでマルフォイ、あなたの大鍋、ポッターと同じ色になってるわよ」

 

ドラコの顔から血の気が失せた。隣のわたしの鍋と自分の鍋を交互に見比べる。喋りながら調合していたため、どこかで何かの材料を入れ忘れでもしたのだろう。

 

「まあ、あんたは寮監のご贔屓があるから減点はされないでしょうけど、あのポッターと同じ程度でいいのかしらね?」

「……今から作り直しても間に合いそうだな。ミーティス、これを『消失』させてくれ」

 

 

「霊力? なるほど、魔法じゃなかったのね」

「それで、この『日記』にかかった霊術をどうにかできないかなぁと思ったんだけど……。霊力の存在も知らなかったんじゃ、ムリだよね……」

 

グリフィンドールの談話室。ドラコには試すだけ試せ、と言われたが、そもそも試す手段がない。諦めつつもパメラには伝えておいた。しかし予想に反して、パメラは得意げな顔に変わった。

 

「そんなことないわよ。傘で使うのは魔法だけど、そうじゃない『魔力みたいな力』のほうも少しは使えるわ。その万年筆からも感じるけど……。名前が分からなくちゃ使っちゃいけない、なんて決まりはなかったもの」

「まあそうだよね。いくらパメラでも……。

——って、それほんと!?」

 

嬉しい誤算だ。確かに、名前は知らなくとも力は使える。筋肉がそこにあることを意識しなくたって腕が動かせるのと一緒……なのかは分からないが。

 

「ええ。透明になったり物を動かしたりするのもその力を使うの。文字を見えないようにする、っていうのはやったことないけど……。やってみなくちゃ分からないわ」

「それじゃあ、ちょっとハーちゃんを呼んでくるよ。キキちゃんはハリーたちのほうをよろしくね」

 

わたしが視覚妨害を解除すると同時に、パメラは一旦透明化する。他の生徒は、パメラの存在こそ知っているものの彼女とわたしの関係は知らない。あんまり仲良く話し込んでいたら不自然だ。

談話室にハーちゃんの姿は見えなかったので階段を上り寝室に入ると、予想通りベッドに腰掛けて本を読んでいるところだった。ドアを開ける音に顔を上げたハーちゃんと目が合う。

 

「どうしたの?」

「パメラが『日記』の謎を解けるかもしれないよ」

 

問いに『かも』を強調して答える。ハーちゃんは一瞬だけ驚いたような表情を見せると、読んでいた本をベッドの上に投げ出して駆け寄ってきた。もうちょっと丁寧に扱いなさい。

そのまま談話室に戻ると、ちょうどハリーが『日記』を持ってきたところだった。

 

「どういうことだい? 幽霊ならこれをどうにかできるって……」

「ロンは『日記』から魔力は感じられない、って言ってたみたいだけど、魔力とは違う別の力が使われてるらしいんだ」

 

視覚聴覚妨害魔法をかけ直すと、ハリーたちに『霊力』について説明した(ドラコから聞いた、と言うとハリーは苦い顔をした)。ちゃんと理解しているのかは怪しいが、パメラならどうにかできる可能性がある、とだけ分かってもらえればそれで十分だろう。

 

「じゃあパメラ、お願い」

「了解よ。……ちょっと離れてた方がいいかもしれないわ」

 

パメラはそう忠告すると、開いた傘を上下逆さに床に置き、そのなかに日記を投げ入れた。日記は傘に叩きつけられることなく、駒に囲まれるような位置に浮かび上がった。

 

「すごいな、これが『霊力』か」

「違うわ。魔法でそれを使う準備をしただけよ。そのまま使ったら床に穴が開くわ」

 

感嘆の声を上げるロンを鼻であしらったパメラは、全員が傘から距離をとったことを確認すると傘の上に両手をかざした。すると、手のひらに豆電球ほどの大きさの青白く光る球体のようなものが現れた。

 

「今度こそ霊力か」

「この力は魔法と違って杖はいらないし、多少なら体を動かさなくとも使えるわ。今は手に集中させてるけど……」

「やっぱり力の種類が違うのね。見えるだけで、何も感じられないわ」

 

ハーちゃんの言う通り、光によってエネルギーが存在していることを確認することこそできるが、魔法のような目に見えない力は感じ取れない。

白い球体はだんだんと大きくなり、こぶしほどの大きさになった。パメラは日記に目を戻し、球体を日記の真上から振り下ろした。日記に叩きつけられた球体は粉々に散らばり、傘の中を真っ白に輝かせる。

感じることこそできないが、光のまばゆさからその力の強さは明確であった。傘がなかったら床に穴が開く程度では済まないだろう。あまりにも強い光に思わず目をつぶっていると、少しして聞いたことのない少年の声を耳にした。

 

「やめてくれよ」

「あら、これはびっくり」

 

どうやらパメラは術を止めたようだ。強烈な光が失せたことをまぶた越しに確認したので、ゆっくりと目を開いた。

 

「えぇっ」

 

その声の主は日記の上に浮いていた。我々より四歳ほど上の少年で、ゴーストのように半透明だ。これは誰なのか。状況からそれを察するのは容易であるが、受け入れるのは簡単なことではなかった。

 

「あなたが、T・M・リドルさん?」

「そう、僕がトム・マールヴォロ・リドルだ。いくら記憶とはいえ、まさか幽霊にこんな仕打ちを受けるとは……」

 

リドル自身の話によると、この日記帳には学生時代のトム・リドルの『記憶』が保存されていて、本来は日記に文字を書くことでその『記憶』と会話ができるという代物だったらしい。パメラに大量の霊力を注ぎ込まれた結果、こうしてゴーストのように空間上に身体が再現された、とのことだ。

 

「それじゃあ、トムさんは学生時代に亡くなったの……?」

 

ゴーストにならないと使えない『霊力』によって彼の記憶はここに留められている。つまり、リドルは学生時代に霊力を使える状態、すなわちゴーストだったはずだ、と考えて質問した。しかし、リドルは首を横に振った。

 

「何故そうなる。僕が記憶を込めたのは生きている間だし、今も死んではいないはずだ」

「だって、『霊力』はゴーストにしか使えないんじゃ……」

 

疑問を口にすると、リドルは急に表情を歪めた。なにか知られたくないことがあるのか、話は流されてしまった。

 

「……知らん。ところで、君達はこの日記をどうやって見つけたんだ?」

 

追求しようかとも考えたが、今求めている『情報』を隠されてしまう可能性を考えると下手なことは言えない。同じことを考えているのか、はたまた何も考えていないのか、ハリーは素直にリドルの質問に答えた。

 

「誰かがトイレに流そうとしていたんだ」

「日記を、トイレに……。文字で残しておかなくて正解だったな」

 

リドルの言葉は嘘ではないようだが、それとは違う、どこか未練がましい響きが込められていた気もした。こんどはキキちゃんがおそるおそる、といった様子でリドルに疑問を訴えた。

 

「それで、なんであんたは『記憶』をこんな方法で残しておこうと思ったわけ?」

「僕の偉大な功績を残しておこうと……なんて単純なことじゃないのはバレてるみたいだな。——ここには、歴史からは隠されてしまった、恐ろしい出来事が記されている」

 

思ったよりすんなりと答えてくれた。記憶の内容を宣言したということは、それを伝えてくれるつもりがあるということか。少し気が楽になった。それなら、と落ち着いた声を意識して核心に迫る問いを投げかける。

 

「その……。リドルさんは『秘密の部屋』について何か知ってますか?」

「もちろん知っているさ。原因は、まさにそいつだったからね。

僕の学生時代、『部屋』は伝説だ、存在しないものだ、と言われてきた。でも、ある日突然それは開かれることになった。解き放たれた怪物に襲われて、一人の生徒が殺された」

「じゃあ、あの『特別功労賞』は……」

「そう。僕がその犯人を捕まえた。もっとも、そいつは退学にこそなったものの投獄はされなかったし、事件はディペット校長にもみ消されたのだがね。『特別功労賞』だって、その不名誉な事件を明かされないための口止め料だったのさ」

 

それならトロフィーに受賞理由が記載されていないことも説明がつく。予想通り、リドルは『秘密の部屋』から学校を守ったのだ。ここで、ハリーはリドルの話に不足している部分があることに気づいた。

 

「えっと、『怪物』そのものは……」

「捕まってないよ。まだこの城のどこかでのうのうと生きているはずさ。犯人だって生きているし、いつ同じことが起こってもおかしくないね」

「……残念ながら、もう起こっているわ」

 

キキちゃんは『秘密の部屋』に関するとされる一連の事件を話した。リドルは特に驚く様子もなく、まるで既に知っていたかのように表情を変えずに聞いていた。調子を狂わすことなく、リドルは落ち着ききった声でひとつの提案を返した。

 

「お望みならば、僕が犯人を見つけた夜を君たちに『見せて』あげることもできる」

「見せ……?」

「危険のない方法で頼むわよ」

 

キキちゃんの言葉を肯定と受け取ったリドルは、記憶を『見せる』ためか、日記の中へ吸い込まれるように戻っていった。

不思議なその様子を見守っていると、突然日記が強風に煽られたようにめくられ始め、『六月十三日』のページで止まった。それと同時に日記からはまばゆい光が飛び出し、視界を覆い尽くした。

 

「この状態だと自分の姿を第三者視点で鑑賞することになるのか……」

 

またしばらく目をつぶっていたが、リドルのものと思われる声に目を開くと、周りの景色はグリフィンドールの談話室ではなくなっていた。部屋は円筒の形をしていて、壁には複数の肖像画が並べて掛けられている。豪華な机の向こうには窓があり、夕焼け空がのぞいている。魔法の道具のようなものも棚に収められていて、ハーちゃんは真剣そうにそれを見つめている。

 

「校長室ね。適当に壁をすり抜けてたら来ちゃってたことはあるけど、校長先生は驚いてすらいなかったわ」

 

パメラは現代のホグワーツでここに来たことがあるようだ。校長室の様子は話にだけ聞いたことがあったが、確かにその通りであった。

しかし、目の前の椅子に座って手紙を読んでいる老人は、はダンブルドア校長ではなかった。ハリーがその老人に歩み寄って話しかけようとすると、リドルが制止した。

 

「無駄だ。君たちは僕の『記憶』を見ているだけにすぎないんだ。干渉することはできない」

 

納得したのか、ハリーは後ずさりして机から離れた。少しすると、誰かが入り口の扉をノックする音が響いた。

 

『お入り』

 

当時の校長と思わしき老人は、しわがれた声で答えた。扉を開けて入ってきたのは、日記から出てきたものとは違い、はっきりと見ることのできるトム・リドルだった。ゴーストのような状態では気づかなかったが、胸には監督生のバッジがつけられていた。

 

「僕だ」

「見りゃわかるよ」

「自分の姿を外側から眺めるなんて、不思議な気分だ」

 

『あぁ、リドルか』

『ディペット先生、なにかご用ですか』

 

記憶の中のほうのリドルは、少し緊張している様子だった。会話から察するに、ディペットという名前らしい校長先生から呼び出されたのだろうか。

 

『ちょうど君がくれた手紙を読んでいたところじゃ。

……夏休みの間、学校に残ってもらうことはできないのじゃよ。休暇には、家に帰りたいじゃろう?』

『いいえ。僕はむしろここに残りたいんです。あそこに帰るのは——』

 

即答だった。しかし、どうしてその答えに至ったのだろうか。『あそこ』とはどこなのだろうか。

 

『……休暇中はマグルの孤児院で過ごすと聞いておるが?』

 

ディペットは探るように聞いた。わたしと同じ疑問を抱いているのだろう。

 

『はい』

『君はマグル出身かね?』

『母が魔女で、父がマグルです』

『それで、ご両親は?』

 

孤児院にいる、という時点で察するべきでは、とは思ったが、記憶のリドルは特に表情を変えることなく答えた。

 

『母は僕が産まれて、名前をつけるとすぐに亡くなったと聞きました。父親の名からトム、祖父の名からマールヴォロです』

 

リドルは父親の行方について言及しなかったが、ディペットはそれ以上の追求はせず、哀れみのため息をついて結論を出した。

 

『しかしじゃ、トム。普段なら特別な措置を取ろうと思わんこともないのじゃが、この状況では……』

『襲撃事件のことでしょうか?』

『その通りじゃ。愚かしいことに、今ここがその孤児院より安全であるとすら言い切れない状況なのじゃ。

……実を言うと、魔法省はこの学校の閉鎖すら考えておる』

 

記憶の中のリドルはこの言葉に動揺したのか、目を見開いた。

 

『先生、もし——もしも、その犯人が捕まったら? ——事件が解決したら?』

『……何か知っているのかね? 事件について』

『いいえ』

 

リドルは慌てて否定した。この言葉が真実でないことを察するのは容易だったが、ディペットは文字どおりに受け取っておくことにしたらしい。

 

『トム、もう行ってよい』

 

記憶の中のリドルはすぐに席を立ち、校長室から出て行った。日記から出てきたほうのトムの指示に従い、わたしたちはその後を追った。

リドルは日の沈んでゆく窓の外には目もくれず、うつむいたまま廊下をひたすら早足で進んでいった。階段をいくつも降り、玄関ホールまでたどり着くと、ようやく三人目の登場人物が現れた。

 

『トム、こんな遅くに何をしているのかね?』

 

見覚えのあるメガネをかけた顔と長いあごひげから、それは五十年前の、校長になる前のダンブルドアだと察することができた。

 

『校長先生に呼ばれていたので』

『そうか。早くベッドに戻りなさい。事件は君も知っているだろう』

 

リドルはスリザリン寮があるのであろう地下へと向かった。そういえば、ハリーとロンはポリジュース薬を使ってそこに侵入したのだったか。

しかし、リドルは寮へとは戻らなかった。途中で急に向きを変えると、地下牢の見慣れた一室、『魔法薬学』の教室へ入っていった。

灯りもつけずに扉を閉め、教室の中は真っ暗になった。かろうじてリドルの姿は見えるが、扉の隙間から外の様子をうかがっているだけで動きは見られない。

 

「一体何をやっているんだ?」

「しばらく待ってくれ。残念ながら早送りする機能はついていないみたいなんでね」

 

言われた通り、ひたすら待った。そういえば、記憶を観ている間は『現在』の時間はどうなっているのだろうか。『現在』に現れたほうのリドルに聞いてみたところ、これは全て脳内で繰り広げられているもので、体感では長い時間でも実際には一秒ない程度の時間しか経っていないらしい。会話ができるのは『日記』経由で脳内の情報を共有しているからだとか。

 

体感で一時間が経っただろうか。記憶の中の世界にも動きがあった。突如、廊下の方から足音が聞こえてくる。慎重に歩いているが隠しきれない、といった程度の控えめな音だったが、リドルの足に力が入るのがうかがえた。足音が扉の前を通り過ぎると、リドルは音も立てずに廊下に滑り出た。消音呪文でも使っているのか、こちらは完全な無音で足音を追っている。

しばらく歩くと、リドルは別の物音を聞きつけてその方向に足を向けた。扉の近くの物陰に姿を隠れてその中にいる何者かを待ち受けるようだ。扉が軋みながら開くと、中にいる人間の声を聞き取ることができた。

 

『おいで、お前さんをこっから出さなきゃなんねえ。ほら、箱の中に——』

 

どこかで聞いた声である。というか、こんな口調の人間は一人しか知らない。

リドルは物陰から飛び出し、開ききった戸口に立ち塞がった。部屋の中では声の主が大きな箱の横に腰を下ろしていた。

 

『観念するんだ、ルビウス。襲撃事件が止まなければ、ここが閉鎖される話まで出ているんだ』

『な、なにが言いてえのか——』

『君が誰かを殺そうとしたとは思わない。でも、その怪物はペットには相応しくないんだ。運動させようとしてちょっと放したつもりでも——』

『こいつは誰も殺しちゃいねえ!』

 

ルビウスと呼ばれた少年——五十年前のハグリッドは、必死で箱の中の『ペット』の無実を主張した。しかし、リドルは聞く耳を持たず杖を振る。強烈な光とともに、少年は部屋の反対側まで吹き飛ばされた。箱からは『怪物』が姿を現わす。それを見た途端、ロンが悲痛な叫び声をあげた。

その正体は巨大なクモで、杖を構えるリドルを突き飛ばしながら廊下の向こうへ逃げていった。リドルは振り返って怪物を仕留めようと杖を振るが、ハグリッド少年の妨害もあり完全に逃げられてしまった。

 

「『秘密の部屋』を開けたのは、ハグリッドだったんだ」

 

グリフィンドール寮に戻ると、ハリーが言った。たしかに、この記憶だけならその説が濃厚に見える。しかし、キキちゃんやハーマイオニーはこれに少し違和感を覚えているようだった。

 

「スリザリンの怪物がクモ、なんてことあるかしら? それに、ハグリッドがそれを解放できる立場にあったとは思えないわよ」

「キキの言うとおりよ。『秘密の部屋』を開けるのはスリザリンの後継者。あの人がスリザリンの親戚だと思う?」

 

しかし、ハグリッドが危険な生き物をペットとして扱うことが好きなのは事実である。そして、リドルが賞をもらったということは、ハグリッドを突き出したら事件は収まったということだろう。

 

「リドルさん、あなたは……あれ?」

 

リドルに話を聞こうとした、そこにリドルの姿はなく、日記が転がっているのみだった。その様子を見てパメラが傘を閉じながら言う。

 

「霊力を注ぎ続けないと、姿は出てこないみたい。あたしも無尽蔵に霊力があるわけじゃないから……」

 

ハーマイオニーはハグリッドに直接聞きに行くことも提案したが、本人の気持ちも考えてそれは見送ることにした。

ハリーは自分にもリドルの気持ちが分かる、と語った。両親はすでにこの世にはおらず、マグルの親戚のもとで暮らすよりも学校にいた方が何倍も楽しいと。

自分も両親を幼い頃に失っている。もしもアリスがいなかったら——。とても想像つかない話だった。

 

 

そのまま特に問題は発生せず、一ヶ月が過ぎた。石化を治療する薬の材料のマンドレイクは順調に育ち、スプラウト先生は機嫌が良かった。被害者から真実を聞きだせるのもそう遠くない話だろう。

校内での話題といえば、三年生で受講する科目を決めなければならない、ということだった。一年生からの科目は継続して受講必須で、新たに『占い学』『数占い』『マグル学』『魔法生物飼育学』『古代ルーン文字学』からいくつかを選ぶことができる。

ハーちゃんは「将来に大きく影響する」などと言いながら全科目に印をつけたが、どう考えても一人で受け切れる量ではない。

わたしとキキちゃんは『魔法生物飼育学』『占い学』を選んだ。この二科目は、特に理由があるわけでもなく、完全に「なんとなく」で選んだ。この世界では、たぶん直感を信用するべきだ。たぶん。

後で聞いたところ、ハリーとロンも同じ科目を選んでいたらしい。他の人も大抵二科目程度で、やはり全科目を取るなどハーちゃんは正気とは言い難い。正気狂気以前に、物理的に不可能だと思われるが、それを解決してしまう魔法があったりするのだろうか。手数では勝っているものの、魔法の腕では明らかにグリフィンドールの才女には勝てない、としみじみ思った。

 

 

明日はクィディッチの対ハッフルパフ戦。そんなことは気にも留めずに夕暮れの談話室でキキちゃん、ハーちゃんと『古代ルーン語のやさしい学び方』を読んでいると、部屋に戻ったはずのハリーとロンが階段を駆け下りてきた。

 

「『日記』が盗まれた?」

「ああ。部屋が荒らされてて、持ち物を調べたらハリーの日記だけ無くなってたんだ」

 

盗まれた、というのは確実だが、一体誰がそんなことをしたのか。ここには合言葉を知っている者——原則はグリフィンドール生のみしか入れないはずだ。例外は——。

 

「誰かが合言葉をうっかり漏らしたのかもしれないわ」

 

キキちゃんは犯人が外部の人間である可能性を指摘した。ありえない話ではない。それを確かめる方法を思いついたので提案する。

 

「『太った婦人』に聞いてみようよ」

 

 

……結果からいえば、外部犯である可能性は完全に消滅した。『太った婦人』はグリフィンドール生以外は見かけていない、と答えたからだ。

 

「パメラー!」

 

談話室に戻ってきて、まずはパメラの助けを借りようと呼んでみた。しかし、応答はなかった。

 

「どうしたのかしら?」

「パメラなら『日記』がどこにあるのか、霊力を感知して分かると思うんだけど……。もう寝ちゃったのかな」

「幽霊って寝るのか?」

「寝るみたいよ」

 

ロンの疑問にキキちゃんが答えるが、それが分かったところでこの状況を打開できる訳ではない。今日のうちにできることはこれ以上ないうし、明日にはクィディッチの試合もある。

捜索は一旦諦め、全員ベッドに戻ることとなった。

 

 

翌朝。天気は快晴で、気温もちょうど良い。これ以上ないクィディッチ日和だろう。少なくとも、ハリー以外の人間には。

 

「また、あの声だ!」

 

朝食を終え、大広間からクィディッチ競技場へと向かっている途中、ハリーが突然叫ぶ。

声と言われても、わたしには何も聞こえなかったし、他の人も同様らしかった。そういえば、最初の事件が起きる直前にもこんなことがあったとか言っていたか。

直接の関係は不明だが、これが事件の前ぶれだとすると、また誰かが石にされるのか。ハリーだけに聞こえる形で警告を残す何者か……。

——ん? ハリーだけに……?

 

「ねえ、ハーちゃん」

「ええ。図書室に行きましょ」

 

どうやらハーちゃんもわたしと同じことを考えていたらしい。体を一八〇度回転させ、一目散に階段を駆け上がっていった。

 

「試合までには戻るから!」

 

そう言い残し、ハーちゃんの後を追う。この数秒間にもハーちゃんとの差は開かれていたので、少しずるいが彼女の真後ろに転移する。

 

「あ、パメラ」

 

それと同時に目の前にパメラが現れた。先ほどの会話を聞いていたらしく、顔を見るや否や壁飾りを指して言った。

 

「図書室への近道、このタペストリーの裏よ」

 

それはありがたい、とハーちゃんは布を捲り上げるが、裏側には壁しかない。申し訳なさそうにパメラが続ける。

 

「——壁をすり抜けないで入る方法が分からないけど」

 

つまり、通路はあるものの出入り口は塞がれているということだ。それじゃ意味ないじゃん、と口を開きかけたが、ハーちゃんがそれを止めた。

 

「アルーペ、ちょっとこれ持ってて」

 

言われたとおりにタペストリーを押さえていると、ハーちゃんは杖を取り出して何か言いながら壁を叩いた。すると、石壁が音を立てて扉のように開き、その向こうに階段が現れた。

 

「す、すごい……」

「急ぐわ」

 

一段飛ばしで階段を上がる。幸いにも図書室は二階なのでそこまで体力を消費しないで済んだ。

出口は杖で叩かずとも勝手に開いた。タペストリーをくぐると、図書室の少し手前の廊下に出る。

 

「へぇ、ここに出るのね」

 

角を曲がると、すぐに図書室へたどり着いた。普段は丁寧に扱われるその扉は、今日ばかりは大きな音を立てて乱暴に開かれた。教師もマダム・ピンスもみなクィディッチ会場に向かっているところで、それを咎める者もいない。

 

「ハーちゃん、この本じゃない?」

 

目的だと思われる本を渡すと、ハーちゃんは目次に一瞬目をやり電光石火の勢いでページをめくりはじめた。目的のページにたどり着くと——

 

「えぇっ!? ちょっとハーちゃん何やってるの!」

 

思いっきりそのページを破りとった。書き写している暇はない、とハーちゃんは主張する。

 

「やっぱり、思ったとおりよ。犯人がこいつだとすれば——」

 

ハーちゃんは一枚の紙と化した本の一部に何かを書き込んだ。

 

「すぐに伝えにいくわよ。あ、アルーペ。手鏡とか持ってない?」

「なるほど。直接じゃなきゃ大丈夫っぽいもんね。持ってるよ」

 

提案に乗って『袋』から二つ鏡を取り出すと、一つをハーちゃんに渡した。扉を閉めることもせず、廊下に飛び出す。隠し通路までの唯一の曲がり角の手前で鏡を掲げ——。




ヴィオラートのアトリエを買ったら中身がユーディーのアトリエだったのでやけくそでトトリとメルルを買ったうp主です。
独自展開多めの回でした。まだ原作に沿ってますけどね。

パメラに調査依頼
 幽霊なら昼夜関係なくどこへでも行けます。

霊力
 幽霊になると魔力の他に霊力も使えるようになります。独自設定。

ドラコ・マルフォイ
 今作のドラコは「綺麗なフォイフォイ」を目指しています。
 嘘です。

霊術
 霊力を使った術。戦前のインチキ療法ではないです。

リドル出現
 申し訳程度の独自要素。

記憶鑑賞の仕組み
 完全独自設定。公式設定があったらごめんなさい。

秘密のショートカット
 パメラさん本領発揮。某親世代四人組も知らない通路があるかも?

図書室直行
 このへんをハーマイオニー視点で書いた作品ってあまり見ない。と思って書いてたんですが、よく考えたらネタバレの塊ですね。一応伏せましたが。

原作から中途半端に離れたせいで書くのにものすごく時間がかかりました。
お盆休みに帰省する車の中でも、カメラを膝に乗せたままあいぽんとにらめっこ。一枚もシャッターを切らぬまま到着していた、なんてことが。アルーペと違ってデジタルカメラですがね。
車から見える風景っていいですよね。運転しない立場だから楽しめることですけど……。

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