ハリー・ポッターと十六進数の女   作:‌でっていう

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第1A話 恐れるもの

「ドラコ、ひどく痛むの?」

「ああ。ひどいさ」

 

木曜日、昼前の魔法薬学の教室。ドラコ・マルフォイは勇敢に戦った戦士のような態度で再び現れた。パンジー・パーキンソンの言葉に、苦しそうな表情を取り繕って返している。

ドラコは大鍋をわたしたちの隣に置くと、わざとらしく三角巾を見せびらかしながら『縮み薬』の調合を始めた。

 

「ミーティス、マルフォイがヒナギクの根を刻むのを手伝ってやれ」

 

そんなドラコを見て、スネイプはこちらに協力するよう指示した。

キキちゃんは納得できない様子だ。確実に、もうドラコの怪我は治っている。マダム・ポンフリーはたとえ骨が消失したとしても一晩で治してしまう人だ。引っ掻き傷なんて一時間もしないうちに治っていただろう。

とりあえず杖を一振りしてヒナギクの根を二人分まとめて均等に切り揃えた。そんなわたし越しに、キキちゃんはドラコへ問いかける。

 

「マルフォイ、それで騙せると思ってるのかしら?」

「騙す? 僕の怪我は本当に深刻だ……。と誰もが信じるとはさすがに思ってないさ。引っ掻かれたぐらいで喚くのは貧弱なマグルだけだ」

 

ドラコはそう答えた。優秀な魔法医のいるこの学校で、翌日までに治らない怪我を負うのは簡単なことではない。それはみんな知っていることだ。

 

「それでも、これが事実である方が都合がいいと思う人がいっぱいいるのさ。なぜかは分かるな?」

「はぁ。やっぱりそうなのね」

 

つまり、ハグリッドが教師になること、もしくはこの学校にいることを快く思わない人たちということだろう。正直ハグリッドが授業をすることを嫌悪してこそいなかったが、嬉しいと思っていたわけでもない。言ってしまえばどうでもよかったわけだが、そんな人がいることは承知していた。

 

「馬鹿馬鹿しいわ。嘘をついて、わざわざ自分の価値を下げてまでそんなこと。嫌いなら放っておけばいいのよ。まだ子供なんだから、つまらないことより楽しいことを考えてなさい」

 

なんだか急に説教くさくなった、とそれを聞いて思った。あて先はドラコだが、その内容には納得できた。しかし、ドラコはため息をつくだけだった。

 

「君が分かってくれることは期待してないし、その必要もない」

 

ドラコはそう吐き捨てると、わたしが輪切りにした毛虫を鍋に放り込んだ。

しばらくすると、わたしたち三人の鍋には薄い黄緑色の液体が出来上がっていた。しかし、どうやらその色にできなかった人がいるらしい。スネイプ先生の冷たい声が教室に響く。

 

「オレンジ色に見えるが、私の目がおかしいのだろうか? ロングボトム」

 

身を乗り出して覗いてみたが、自分にもたしかにオレンジ色に見えた。少なくともあれは『縮み薬』ではないだろう。

 

「私はちゃんと説明したはずだ。あれで理解してもらえないのなら、それ以上私には何もできない」

 

本人の言う通り、スネイプ先生は教師としての役目はきちんと果たしている。加点減点は滅茶苦茶だが。

ハーちゃんが手伝おうとするが、スネイプは自力でやるべきだ、と制止する。そして、ネビルのカエルのトレバーを出来上がった薬の実験台にする、と脅してネビルの気を引き締めようとした。

 

「本人を実験台にすると言わないあたり、相当ヤバい液体を作り出したみたいね」

「足りないならまだしも、入れすぎたみたいだからね……」

 

一方で、ネビルは真面目にやってこの結果なのであり、決してふざけているわけではない。スネイプ先生の目の前でふざけようと考えるグリフィンドール生がもしいたら、それこそ救いようのない馬鹿だろう(この学校には少なくとも二人そんな馬鹿がいるが)。

トレバーの運命は決まってしまったように思えたが、数十分後、スネイプ先生が再びネビルの鍋を確認すると、液体は緑色になっていた。

 

「もしも『縮み薬』が出来上がっていれば、このカエルは縮んでオタマジャクシになる。失敗していれば、こいつは毒にやられるはずだ」

 

スネイプ先生がトレバーを生徒に見えるように持ち上げ、薬を飲ませた。一瞬の沈黙ののち、トレバーはオタマジャクシに変化した。どうやら、ちゃんとした『縮み薬』になっていたようである。

 

「あの状態からどうやって……?」

 

疑問に思った。材料を入れすぎ、毒性の高まった魔法薬を本来の状態に戻すには、大半を破棄して作り直さないといけない。少なくとも『調合は料理だ』などと言ってきた自分の経験上はそうであった。そうなれば、かなり手際が良くない限りこの時間で作り直すのは難しいだろう。

そんなことを考えるわたしと歓声を上げるグリフィンドール生、期待を裏切られたスリザリン生に挟まれながら、スネイプは冷たく言い放つ。

 

「グリフィンドール、五点減点。手伝ってはいけないと言ったはずだ。グレンジャー」

 

なるほど、そういうことか。納得してスネイプと同じ方向を向いた。ハーちゃんが手伝えばゼロから作っても間に合うかもしれないし、もしかしたら手っ取り早い挽回方法だって知っているかもしれない。

完全に感覚でやっている自分に比べて、彼女はきっともっと論理的にやっているのだろう。言ってしまえば自分よりもミーティスらしい考え方をしているということだ。感覚的なものを論理的に解釈する、というのは魔法を変換することに似ている。思ったより身近なところにヒントがあるのかもしれない。

 

「ねえハーちゃん。ほぼ毒薬だったネビルの薬、あれをちゃんとした『縮み薬』に回復させるなんてどうやってやったの?」

 

授業が終わって、後ろを歩くハーちゃんにそう問いかけた。しかし、返答はなかった。振り返ってみると、背後にその姿はなかった。隣にもキキちゃんがいるだけだ。

 

「あれ? さっきまで後ろにいたのに……」

 

立ち止まってあたりを見回していると、ハーちゃんは階段の一番下から駆け上がってきた。この一瞬でほぼ一階ぶんの距離を移動したというのか。

 

「『姿現し』は学校内じゃできないって言ってたの、あなたよね」

「え、ええ。『ホグワーツの歴史』にしっかり書いてあるわ」

 

キキちゃんがハーちゃんに聞くと、少し混乱した様子でそう答えた。見るからに怪しい。

 

「それで、本当なのか試してみたらできちゃった、とでも言いたいのかしら?」

「なんのことかしら。十七歳未満は使っちゃいけないのよ。……お腹が空いたから、先に行ってるわ」

 

逃げるように去っていくハーちゃんの背中を見つめながら、キキちゃんは首を傾げていた。

 

「シリウス・ブラックがハーマイオニーに化けてるとかないわよね?」

「さすがにそれはない……と思いたいなぁ」

 

 

「先生は?」

「まだ来て……。あっ、ちょうど今来たみたい」

 

昼食を終え、午後の『闇の魔術に対する防衛術』の授業。教室に着いてからしばらく時間があって、生徒たちは既に教科書と羊皮紙を準備し終えていた。

しかし、ルーピンはくたびれた鞄を教卓に置くとこう言った。

 

「教科書は出さなくていい。今日は実践授業をするから、杖だけでいいよ」

 

そういえば、『闇の魔術に対する防衛術』で実践をしたことはほぼ無しに等しい。ピクシー妖精……は思い出さないでおこう。教室を移動するらしいので、言われるままに杖だけを持ってルーピン先生についていくと、職員室へとたどり着いた。

 

「さて、なんで急に場所を変えたかというとね。職員室に『真似妖怪ボガート』が出たんだ」

 

ルーピン先生がそう言うと同時に、背後にある箪笥が揺れて音を出した。あの中にボガートとやらが閉じ込められているのだろう。

 

「では、ボガートとは何か、知ってる人はいるかな?」

 

ルーピンが問いかけると、ハーちゃんが即座に手を挙げた。

 

「『形態模写妖怪』です。見た人が最も恐ろしいと思うものに姿を変えます」

「その通りだ。私でもそんなに上手くは説明できなかっただろう。こいつを解き放った途端、我々を怖がらせようと変身するはずだ」

 

ここで、ひとつの疑問を抱いた。誰にも見られていない間は何に変身しているのだろうか。生憎自分は光操作が苦手で、透視魔法なんかは使えない。パメラにでも聞いてみるか。

 

「だが、いまこちらは有利な状況にある。なぜか分かるかな?」

 

ルーピン先生は質問を続けた。ハリーはすこし迷いながら答えた。

 

「えっと、人数が多いから?」

「そうね。誰に向けて変身すればいいのか分からなくなるわ」

 

キキちゃんがハリーの後に付け足した。ルーピン先生は満足そうに頷いた。

 

「そう。ボガートを退治するときは、誰かと一緒にいた方がいい。

一度、ボガートが混乱し一度に二人脅そうとして、半身ナメクジになったのを見たことがある。とても恐ろしいとは言えなかったね」

 

一度にいくつものことをするのは大変なことである。コンピューターは最近マルチタスクなんてことができるようになったが、生き物の脳には無理な話だ。最近身をもって実感した。

 

「ボガートを退治する呪文は簡単だけど、精神力が要る。こいつに滑稽な格好をさせて、笑いに変えるんだ。

まずは杖を下ろして呪文だけ声に出してみよう。『リディクラス(馬鹿馬鹿しい)』」

 

全員が一斉に復唱した。みんな上手だ、と手を叩いた後、ルーピン先生はネビルを前に引っ張り出した。実験台だ。

 

「よーし、ネビル。君が世界一怖いと思うものはなんだい?」

 

ネビルの口元が動いたが、声は聞こえなかった。ルーピン先生がもう一度聞くと、今度は聞こえる声でおそるおそる言った。

 

「……スネイプ先生」

 

思わず吹き出しそうになった。周りの生徒もみんな笑っている。先生は真面目な表情を取り繕って、ネビルに質問を続けた。

 

「ネビル、君はお祖母さんと暮らしているね? いつもどんな服をお召しになっているかな?」

「え? えっと——ハゲタカがくっついた帽子で——緑色のなっがいドレス——あと赤くてでっかい鞄」

 

問いかけの意味がわからないようで、戸惑いながらネビルは答えた。お祖母さんに変身されても困る、といった様子だ。ルーピン先生は何か愉快なことを考えている表情でネビルにこう言った。

 

「ボガートが箪笥から君の前に出てくると、スネイプ先生に変身する。

そしたら、さっきのお祖母さんの姿を強く想像しながら『リディクラス』を唱えるんだ。うまくいけば、スネイプ先生がハゲタカの帽子を被って緑のドレスを身にまとい、赤い鞄を持った姿になってしまうだろう」

 

まもなく、生徒もルーピン先生と同じ表情になった。先生はネビル以外にも、最も怖いものとそれを笑い物にする方法を考えておくように言った。

わたしもなにが自分の『恐れるもの』なのかを考える。直近では吸魂鬼? いや、あれは確かに怖かったが、『最も』というほど大げさなものでもなかった。なによりあの恐怖は抽象的だ。

去年のバジリスクとの戦い。あの時は恐怖とは別の感情が上回っていたが、思い返してみれば怖かったかもしれない。そのさらに前、ヴォルデモートに寄生された教師。あれは代わりにハリーに恐怖を味わってもらい、対面した瞬間には吹き飛ばしていたので恐怖はなかった。

それより前、まだホグワーツの存在を知らない頃。特に争いごとに巻き込まれたこともなく、恐怖といえば階段から転げ落ちそうになったことぐらいか。

 

「うわっ……わたしの人生、平和すぎ……?」

 

いや、バジリスクなどに遭遇している時点で十分波乱万丈なのだが、恐怖という点では都合よく回避している。

 

「みんな、もういいかな?」

 

ルーピン先生が聞くと、みんなしっかりと頷いていた。自分も一応頷いておいた。生徒たちはネビルを残して箪笥から離れ、ルーピン先生はネビルに杖を準備するよう指示した。

箪笥の扉が勢いよく開き、ネビルの予想通りスネイプ先生がそこからゆっくりと出てきた。ネビルは本当に怖がっているようだ。

 

「り、『リディクラス』!」

 

ネビルが呪文を唱えると、なにかを弾くようなパチンという音がして姿が変化した。こんどはルーピン先生が言った通り、ネビルの祖母の服装を纏ったスネイプ先生になったようだ。ネビルを含むみんなが爆笑していたところで、ルーピン先生は次の生徒を呼んだ。

パーバティはミイラをすっ転ばせ、シェーマスはバンシー(叫び声が聞こえた家には死者が出るとされる妖精)の声を封じた。蛇だったり一つ目小僧だったり千切れた手首だったり、忙しい生き物である。混乱しているのか、だんだん反応が鈍くなってきたようだ。

 

「次、アルーペ!」

 

先生はロンに脚を消された巨大な蜘蛛の前に進み出た。結局、自分がなにを恐れているのかは考えつかなかった。それはボガートに教えてもらうほかないのだ。

 

また、パチンという音がした。そして、『最大の恐怖』を体験することになった。

巨大蜘蛛の代わりに現れたのは、同じくらい巨大な電車の先頭部分であった。クリーム色に赤い線が入り、行先表示器の部分には漢字で「高尾山口」と書いてある。そして、大きな警笛の音が教室中に響き渡った。

……とにかくそれが怖かった。しかし、なぜ怖いのかは全く分からなかった。さらに強烈な既視感まで襲って来る。出来ることは一つしかなかった。

 

「——『リディクラス(馬鹿馬鹿しい)』!」

 

電車はかわいらしいおもちゃサイズまで縮み、ゆっくりと床を走り始めた。さすがにこれでは恐怖を感じることはない。ほっとしてキキちゃんのところまで走って戻った。

おもちゃの電車はハリーのところまでたどり着き、ハリーは杖を構えたが、ルーピン先生は急に叫んでボガートを自分の方へ向けた。

 

「こっちだ!」

 

電車が消え、ルーピンの目の前に浮かぶ白い球が現れた。ルーピンはすかさず杖を振るった。

 

「『リディクラス』!」

 

白い球は風船になって教室を飛び回り、最後にパチン、という音を残して消滅した。拍手する生徒と困惑しているハリーをよそ目に、ルーピン先生は授業を締めくくった。

 

「みんな、よくやった。ボガートと対決した生徒一人につき五点をグリフィンドールにあげよう。ハリー、ハーマイオニーと桔梗も私の質問に答えてくれたから五点だ」

 

さらに、ボガートについてのレポートを書く宿題を出して終わりになった。

大半の生徒は「『闇の魔術に対する防衛術』の授業では今までで最高だった」「まともな授業で感動した」「まるで学校みたいだった」「初めてこの科目に希望を抱けた」と噂をしていたが、自分は自分が恐れるものについて悩んでいた。

 

「あの電車、『高尾山口』って出てたけどどこの電車?」

 

漢字が書かれていたので、日本のことを一番よく知っているであろうキキちゃんに尋ねた。

 

「高尾? 京王線かしら。中央線はオレンジだし……。この前既視感あるって言ってた多摩川も渡る路線よ」

 

やはり生前の記憶と関係がありそうだ。よし、次の休みには京王線とやらに乗りに行ってみよう。もしかしたら、記憶の一部分でも蘇ってくるかもしれない。恐怖として根付いているというのがどうにも不安ではあるが……。

突然、キキちゃんがはっと何かに気づいたようにこちらを振り返った。

 

「京王線の電車の行先表示には漢字しか書いてなかった気がしたけど、ほんとに読めたの?」

「う、うん。普通に読めて……あれ? 漢字って英語じゃな……えっ?」

「……『転生元』は日本人で間違いないわね」

 

以前からもしかしたら、と思うことは多々あったが、この事実はそれを確信へと変えるのに十分だった。

ふつう、ひとりの人間がなんの障壁もなくそのまま理解することができる言語は一つだけ。しかし今の自分は、翻訳魔法を使わない状態で、英語と同様に日本語も受け入れていた。これは極めて異常なことで、転生という特異な経験がこの状態を作り出したとみて間違いない。

 

「改めて、この指輪の凄さが分かるわね」

 

キキちゃんがマクゴナガル先生に貰った指輪は、そんな状況を魔法で再現しているのだろうか。そういった魔法は教科書や他の本では見たことがなかったが、独自開発した魔法か何かか。

 

「不可能を可能にする、だからこそ魔法って言うんじゃないかな」

「かもしれないわね」

 

 

一ヶ月ほどたったある日、キキちゃんとハリーがクィディッチの練習から帰ってくるとき、グリフィンドールの談話室はいつもより少し賑やかになっていた。特に掲示板の周りに人が集まっている。

キキちゃんは掲示板のほうには向かわず、いつもわたしたちが座っている椅子の方へ足を運ばせた。

 

「アル、ただいま」

「お疲れさま。キキちゃんはこの宿題、もう終わらせてある?」

「いや、これからやるところよ。ところでこれ、なんの騒ぎなの?」

 

キキちゃんは人だかりのほうを指差して聞いた。ハリーのほうをすこし気にしながら答えた。

 

「一回目のホグズミード行きが発表されたよ。こんどのハロウィーンだって」

 

これはハリー以外にとっては嬉しい報せだった。彼はひと騒ぎあったせいで、許可証へのサインをもらえていないのだ。

 

「なるほど、ハロウィーンね。今年もなにか起こるとしたらその日かしら」

 

キキちゃんはそう呟いた。先の二年で年度中平和だったことは一度もなく、その発端はいつも十月三十一日、ハロウィーンの日だった。

そんなことはさておき、とホグズミードについていろいろ話をしていると、どこからともなく赤毛の猫、ハーちゃんのクルックシャンクスが飛び乗ってきた。自分で仕留めたクモを咥えて自慢げに見せびらかしている。そんなクルックシャンクスを見て、キキちゃんはロンに言うべきことがあるのを思い出したようだ。

 

「そういえば……。ねえウィーズリー 、ジジがあんたのネズミは危険だって言ってるんだけど、一体何を教え込んでるわけ?」

「何もしてないさ。それよりハーマイオニー、そのネコ、ちゃんと捕まえておけよ。スキャバーズがカバンの中で寝てるんだ。そっちのネコの方がよっぽど危険さ」

 

キキちゃんは納得していない様子でわたしの隣に腰を下ろし、『天文学』の宿題に取り掛かるため星図を取り出した。疲労困憊なハリーも、仕方なくそれを片付けることにしたらしい。

 

「キキちゃん、手伝う?」

「ありがとう。でも大丈夫よ。このくらいなら」

 

わたしたちが宿題を始めたのを見て、ロンも自分の鞄から星図を取り出そうと鞄を膝の上に持ちあげた。

次の瞬間、その鞄に赤毛の猫が飛びついた。地面に穴を掘るかのように鞄を引っ掻き始める。

 

「ちょっと、なんとかしてくれよ!」

 

ロンが悲痛な叫びをあげた。ハーちゃんはどうすることもできない様子だ。しばらくクルックシャンクスと格闘していると、鞄からスキャバーズが飛び出した。すると、クルックシャンクスは即座にそこから飛び退いてスキャバーズを追い始めた。

 

「やっぱりそのネズミ、なんか仕込まれてるわ。クルックシャンクスも分かってるんじゃないかしら」

「ネコはネズミを追うものじゃないの……?」

 

こんなことになる理由を考えようとしたが、さっぱりわからない。ロンはクルックシャンクスを追いかけながら、悲痛な叫びを上げる。

 

「どっちでもいいからスキャバーズを助けてくれ!」

 

スキャバーズは箪笥の下に隠れ、クルックシャンクスはそこに手を突っ込んでいる。ハーちゃんはクルックシャンクスに駆け寄ると、お腹から抱え上げて引き剥がした。ロンもスキャバーズを回収しようと箪笥の下を覗き込むが、怖がって出てこない。

 

「ロンの格好、さっきのクルックシャンクスみたいだ」

 

ハリーがそう言ったが、ロンもハーちゃんもとても笑っているような気分ではないらしい。そんな三人と二匹を横目に、わたしはキキちゃんとスキャバーズについて考えていた。

 

「ジジくんはなんでスキャバーズが危険なのかは言ってなかったの?」

「なんにも。言ったら殺されるみたいな、切羽詰まった状況みたいよ」

「ネコがネズミに? それはないと思うんだけどなぁ……」

 

そう言ったあと、シリウスが何かに変装している、という説をキキちゃんが唱えていたのを思い出した。あのときはハーちゃんが疑われたが、この世界でならありえないことではないのである。

 

「……シリウス・ブラックがネズミに化けてるとか?」

「それって、マクゴナガル先生がネコになるみたいに、ってことかしら?」

「えーっと、なんて言うんだっけ……。そうそう、『動物もどき』ってやつ」

「でもあれは、魔法省に届け出が……。って、犯罪者がそんなの守るわけないわよね……」

 

これには頭を抱えた。この予想がもし当たっていたとしたら、自分たちは殺人鬼と同じ屋根の下に寝泊まりしていることになる。魔法使いはみな「ホグワーツは安全だ」と言うが、今のところ、一年以上なんの脅威にも見舞われずに耐えた試しがない。本当に大丈夫なのだろうか、この学校は。




原作内での曜日とか時間割に矛盾があって、どれを採用していいか分からない……。
とりあえず原作通り昼前スネイプ→午後ルーピンにしましたが、某ファンサイトには木曜はルーピン→スネイプ→マクゴナガルと書いてありました。これもうわかんねえな。

英語のない行先表示器
 1990年代だと英語表記があるかは微妙ですが、1993年の京王線の写真を検索するとないものが大半でした。

また1985年製のレンズが増えてしまった。アルさんも使ってるであろうレンズなのでれっきとした創作関連資料ですね!(言い訳)

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