「お姉ちゃん!」
「あ、亜里沙。どうしたの?」
いきなり部屋に入ってきた亜里沙は、やけに真剣な面持ちでベッドの縁に腰掛け、私をしっかり見据えてくる。
「お姉ちゃん、本当に比企谷さんと付き合ってるの?」
「そ、それは……」
そ、そ、その予定と言いますか……。
「付き合ってないんだよね」
「…………はい」
や、やっぱり妹に嘘はいけないわよね!かしこい、かわいい、エリーチカの名が廃るわ!
「でもキスしたんだよね」
「……はい♪」
「な、何ニヤニヤしてるの、お姉ちゃん!」
あ、いけないいけない。甘いひとときを思い出してつい頬が……。
「と・り・あ・え・ず!」
亜里沙の顔がずいっと目の前に迫る。
その勢いに思わず仰け反ってしまった。
「比企谷さんとちゃんとお付き合いしないと!あんな素敵な目をした人中々いないよ!」
「そ、そうよね……」
「まずは比企谷さんの事を知らないと!」
「でも……そんないきなり、そんな事を聞くなんてはしたないわ」
「今さらそんな冗談はいいから!はやく電話するよ!」
え?本当に?
「キスまでしたんでしょ!?」
「……そうよね!」
亜里沙……ありがとう!お姉ちゃん頑張るわ!
*******
「はい。もしもし!あ、え、絵里さん!?」
「小町ちゃん。いきなりごめんね?聞きたい事があるの」
*******
俺はベッドに寝転がり、東條さんの言葉を反芻していた。
『ごめんねぇ。ウチがからかいすぎたもんやから』
『でも、あの子本気みたいやから………』
『向き合うだけ向き合ってあげて』
『その上で決めて…………ね』
最後の笑顔に有無を言わさない迫力があったのは気のせいではないだろう。まあ、言われるまでもない。あんな事があったというのに、一晩寝たら忘れました、なんて事になるわけがない。一度話し合う必要はある……と思う。
ただ向き合うという事がどういう事なのか、この場合どうする事が正しいのかはわからない。
なんせこんなご都合主義の少年漫画のような展開が自分の身に起こるとは思いもしなかった。あんな金髪グラマー美少女と……。
「はぁ……」
頭をがしがし掻きながら、布団を被る。
唇にはまだ絢瀬絵里さんの唇の熱が確かに感じられる。
そしてそれは、俺を夢みたいなフワフワした感覚へと引きずり込んでいた。
*******
新しいクラスでも、相変わらずのぼっち生活が続き、少なくとも学校内では心の平穏が保たれていた。学校が終わればさっさと家に帰ればいいだけだし。
ふわりと春の温かな風を感じながら、校門まで自転車をのんびりと押していく。
しかし、校門で異変を発見した。
何やら人だかりができている。それは何かを遠巻きに見ているように見えた。
まあ、この手の事には関わらない方が賢明だ。
そのまま人ごみをすり抜け、自転車に跨がろうとすると、聞き覚えのあるハキハキした声が響く。
「比企谷くーん!」
……俺じゃないよな。比企谷って名前、他にあるよね。
「比企谷くーん!」
声のする方におそるおそる目を向ける……まじかよ。いや、待て。あんなのは俺の知り合いにはいない。いたとしても知らない。
「比企谷くーん!」
「…………」
「比企谷くーん!」
「はぁ……」
何故か総武高校校門前に、プリキュアの恰好をした絢瀬絵里さんがいた。
……やべえ、男子達がドキドキなスマイルにハートキャッチされてやがる。