「じゃあ、行ってくるわね」
「ああ」
絵里の振り返りざまのウインクに小さく頷く。
開演10分前になってからは、さっきまでのポンコツ感は消え去り、スクールアイドル・絢瀬絵里がそこにいた。
これが最後のライブなんてことは、あえて考えないようにした。
すると、絵里はこっちに戻ってきて、手をきゅっと握ってくる。その表情は優しくもあり、寂しげにも見える。
「……しっかり、見ててね」
「しっかり、見てる……誰よりも」
*******
ライブが始まってからは、一つ一つを目と心に焼き付けようと、周りの風景も含めてしっかりと見た。
SUNNY DAY SONGという曲に相応しい青空の下、μ'sのメンバーを中心に、感情の波が押し寄せてくる。よく見れば、亜里沙もスクールアイドルの衣装に身を包んでいた。……今、こっちにウインクしてきた。
μ'sのメンバーも、A-RISEや他のスクールアイドル達も、心からの笑顔を浮かべ、観客に楽曲を届けていた。
そして、スクールアイドルが彩り鮮やかに秋葉原の街を飾り、一つの繋がりを生んだ祭りは、その音楽が終わるまで続いた。
「ヒッキー、あたし達は片づけ終わった事、報告してくるね!」
「ああ」
これで、本当に終わったか……。
ライブが終わり、スクールアイドル達が余韻の中で感動を分かち合っている間、夕焼けに赤く染まる空を眺め、絵里と出会ってからの一年間のことを考えた。
あの宇宙人に出会ったかのような衝撃的な一日。
校門前での衝撃的なキス……やっぱり、あの人にはサプライズしかねーな。それに、振り返るにはまだ早いか。
多分、これから先もその突飛な言動に驚かされる事になるのだろう。
そして、そんな驚きを一番に見れる場所にこれからもいたい。
「八幡」
絵里の呼びかけに振り向くと、その目は涙で濡れていた。頬は夕陽のように赤く、さっきまで泣いていたことがわかる。
ポケットからハンカチを差し出すと、それを受け取った絵里はそっと涙を拭った。
「ありがと。ふふっ、もう出しきったと思ってたのに」
「…………」
濡れた青い瞳にかける言葉が見つからないまま、ポケットのなかに入れていたあるものを、絵里に強引に手渡す。
「これ……指輪?」
「この前、アメリカで……」
本音を言えば、もう少しちゃんとした物を買いたかったが、今はこれが限界だった。
「その……安物で悪いんだが……いつか、必ず……っ」
絵里に唇を塞がれ、続きは言えなかった。
至近距離で見つめ合いながら、彼女は囁いてくる。
「私の世界一大事な人からのプレゼントをそんな風に言わないで」
「……はい」
俺の返事に頷くと、そのまま手を引っ張るように歩き出した。
「さあ、この勢いで行くわよ!」
「え?どこに……」
「東京ドームよ!」
「すっげえドヤ顔……じゃなくて、何故?」
「サプライズよ!μ'sから応援してくれた皆への!」
「お、おう……」
またサプライズかよ……まあ、これがまた絵里らしい。ドヤ顔はおいといて。
「八幡!」
「?」
「ずっと……見ててね」
「……ああ、もちろん」
どちらからともなく並んで、なるべく同じ歩幅になるように歩く。
そっと吹き抜けた優しい風が、どこまでも運んでくれる気がしていた。
「あ、そうだ!……八幡。ちょっといい?」
「どうかしましたか?」
「指輪……お願い」
「……了解」
俺は彼女のしなやかな指に、できるだけ優しく、少し緊張しながら、彼女の指に誓いの証をはめた。