恋人(仮)の契約を交わした後、俺は総武高校の制服を着用した絢瀬さんを、恋人(仮)らしく気だるげに駅まで送り届けた。絢瀬さんの服の色のバランスが悪すぎて、人目を引くのはアレだが…………まあ、さっきよりは穏やかな時間が流れた。
駅前で絢瀬さんは、俺の制服を指さして言う。
「あの……本当にもらっていいの?」
「いや、あげませんから……」
むしろ、早く返品してくださいね。制服の替えがあと1着しかないんだから。
「…………」
「…………」
微笑む絢瀬さんに見つめられ、言葉に詰まってしまう。疑いようがないのは、例えプリキュアの恰好をしてようが、その上に俺の制服を着てようが、頭のネジが数本外れてようが、彼女はとても綺麗だった。
「目を閉じて」
言われるがままに目を閉じる。くっ!こんな時に逃げずに目を閉じちゃう自分の律儀さが恨めしい!
だが、やってきたの唇の感触ではなかった。
「…………?」
俺の唇には、絢瀬さんの人差し指があてがわれていた。
「ふふっ。キスが来ると思った?」
「……別に」
「貴重な10回だからね。大事に使わせてもらうわ」
そう言って、耳元に顔を近づけてくる。
「だから今回はおあずけよ♪」
「なっ!?」
心をドロドロに溶かしてしまうような甘い囁きに、慌てて一歩後退る。
「じゃあね」
「……は、はい」
絢瀬さんはこちらをちょくちょく振り返りながら、改札の向こうへ姿を消した。何だか台風が過ぎ去ったような気分だ。
この胸を締めつけるような感覚に蓋をして、俺も帰路に着いた。
「…………♪」
やった!やったわ!
私は心の中でガッツポーズをした。
しかも最後のセリフ、かなり決まったわね!
っは~~~~~!!でもキスしとけばよかったかしら?いえ、待つのよ絵里!これは……駆け引きよ!
「ママ~、キュアハートがいるよ~」
「しっ!見ちゃダメ!」
さて…………次はどんなシチュエーションを…………。
「ママ~、何で電車の中にキュアハートがいるの~?」
「だから見ちゃダメって言ってるでしょ!」
……コスプレはしばらく止めた方が良さそうね。早く秋葉原に着かないかしら。
でも、彼の制服…………温かい。
「ただいま」
「あ、お帰り。お兄ちゃん!あれ?制服どしたの?」
「プリキュアの恰好した絢瀬さんに貸した」
冷蔵庫からMAXコーヒーを取り出し、手に冷えた缶の感触を馴染ませる。今日一日、色々ありすぎたせいか、家に帰ってきてからの安心感がハンパない。
小町はポカンと俺を見ていた。
「どした?」
「そ、それほんと?」
「ああ……」
俺は今日の出来事を掻い摘まんで小町に話した。キスの事や恋人(仮)の辺りはもちろん伏せておいた。
「うわぁ、すごいね」
「すごいな」
もうそれしか言いようがない。あの人は色々と天元突破している。行動力とか頭の中とかスタイルとか。
「いやぁ、昨日電話でお兄ちゃんの好きな物聞かれたからプリキュアって答えたけど、まさかそんな事に……」
「小町ちゃん。さらっと何言ってるの?」
やっぱりお前か。俺は溜息を吐き、風呂に入る事にした。明日、学校でどんな事が起こるかなど、未知すぎて想像もつかない。