時が止まった。
そんな錯覚を初めて体験してしまった。
声も出ないし、体も動かない。
自分が呼吸している事と、カップの水面が僅かに揺れてる事で、何とか時が流れている事を確かめる。
「どうしたの?」
のんきな声が届いてくる。
「私、おかしな事言った?」
当の本人は何事もなかったようにケーキを頬張っている。クリーム口についてますよ。ぽけーっとした表情と圧倒的な美しさのギャップが凄まじい。なんつーか、女子からももてそう。めちゃモテ委員長。努力を惜しんでいないのだろうか。
「信じられない……お兄ちゃんが……お兄ちゃんが……」
隣で小町がボソボソと独り言を呟く。どうやら思考回路がショートしているようだ。
「ハラショー……」
絢瀬妹も姉の奇行にポカンとしている。正しいリアクションだと思う。いきなり姉が見ず知らずの目の腐った男に公開告白しだしたのだから、気が気じゃないだろう。
考えている内に衝撃も和らいでいき、BGMのジャズがまともに聞こえてくる。
正直、相手が何を考えているのかわからない。つーか怖いのでドッキリなら、仕掛け人にさっさと出てきて欲しい。お願いします。
「とりあえず、連絡先交換しましょう!」
「え?ああ……その……」
やばいよやばいよ!このままじゃ押しきられちゃう!つーか、さっきからテーブルの上に豊満な胸が乗っかってて、非常に目のやり場に困ってしまう。
「私……魅力ないかしら……」
そこら辺の宝石なぞ比べ物にならないくらいに綺麗な碧の瞳が、微かな涙で潤んで、さらに美しく輝く。俺は心臓が跳ね上がるのを何とかして押さえつける方法を探した。
「あれ、生徒会長?」
背後から声が聞こえる。もちろん俺に向けられたものではない。
「あら、あなた達…………」
やはり絢瀬さんの知り合いのようだ。
あれ?雰囲気変わってない?正直言えば、さっきから悪い人ではないけれど、頭のネジが何本か外れた人のイメージしかなかったのだが、どうやらめちゃモテ生徒会長のようだ。
「お疲れ様です!」
同じ生徒会の役員だろうか、真面目そうな女子二人が絢瀬さんに頭を下げる。
「あなた達。ここは学校じゃないんだから、そんなに畏まらないで。あと出来れば名前で呼んで欲しいわ」
そういって優雅に微笑む。はて、さっきまで俺が見てたのは幻覚だったかな。
「会ちょ……絢瀬さんも千葉に来てるなんて偶然ですね」
「もう、同い年なんだから、敬語はいらないのに……まあ、たまにはと思って」
「あの……」
一人の女子の目がこちらをチラリと見た。
「この人は……」
「もしかして絢瀬さんの……」
俺が違うと言いかけたその時……
「さあ、どうかしらね。ご想像におまかせするわ」
そんな事を言って、ドラマの中の女優のように微笑んだ……って、おいおい。何、交際を匂わせちゃってんの?