「あら、比企谷君」
「おう……」
文化祭実行委員会が行われる教室の扉を開けると、雪ノ下がいた。相変わらず冷たい雰囲気を身に纏ってはいるものの、以前よりは柔らかくなった気がする。満面の笑みを見せられたら惚れて『チカ』……な、何だ?頭の中に聞き慣れた声が響いた気が……。
「どうかしたの?」
「いや、何でも……」
俺はなるべく目立たないような席を選んで座る。端っこ過ぎず、程よく人に隠れられるような席だ。しかし、それも無駄な抵抗のようだ。
「おい、あいつ……」
「ああ、校門前で……」
やはり完全に皆の記憶から消えたわけではないらしい。まあ、悪口とかではないので、少し騒がしい物音だと思っていれば……
「確か百人切りのヒキタニだよな」
おい、こら。尾鰭付けすぎだろ。98人は誰なんだよ。
「あの平塚先生も含まれているらしいぜ」
……断じて許しがたい噂だ!
「金髪のコスプレーヤーとか金髪のモデルだけじゃねえのかよ」
その二人は同一人物だけどな。
「バッカ、当たり前だろ。由比ヶ浜とか戸塚もいるだろうが」
マジか。戸塚と知り合ったのは最近なんだが。
「次は葉山を狙っているらしいぜ」
言った奴、絶対に消す。
「「すげえな、ヒキタニさん」」
火のない所にもくもくと立つ煙を眺めながら、会議の始まりを待つ。とりあえず放っておけばいい。しばらくすれば誰も興味なくなるだろう。実際、俺も学校生活には大して興味ないし。いや、それとは違うか。
考えている内に誰かが入ってきて、ホワイトボードの前に立つと、お喋りの声もトーンダウンしていき、やがてなくなった。
*******
殆ど顔合わせだけの会議が終わり、明日からの準備に暗澹たる気持ちを抱いていると、ポケットの携帯が震えた。確認すると、絵里さんからのメールだ。
『送ってみただけ~』
「…………」
うわ、うっぜえ。どうせなら胸の谷間の写真でも添付してくりゃいいのに。何て気の利かない。
くだらないメールのはずなのに、何故か口元を緩めながら、空メールを返信しておいた。
*******
「むむ、愛が足りないわね」
「絵里、何が足りないのですか?」
「え?あ、いや、その……海未の胸は十分足りていると思うわ。その慎ましい感じがいいんじゃない?」
「貴方は私の胸に何か恨みでもあるのですか!?」
「エリチ、失礼よ。そんな事言うとったら、凛ちゃんや……にこっちは……」
「それは凛達に失礼にゃ~!」
「私の時は何でそんなに哀しそうなのよ!」
「さあ、皆!胸の話なんてしてないで、練習始めるわよ!」
『…………』