私は玄関の扉を開けると、全速力で自分の部屋に飛び込んだ。
だが、ベッドに駆け寄る途中で右足の小指をタンスの角にぶつけてしまう。
「っつ~~……」
いった~い、何なのよ~もう……。
そのままバランスを崩し、別の棚にぶつかり、上から写真立てが落ちて、頭にコツンと当たる。
「いたっ!くぅ~……!」
そのまま勢いに身を任せ、ベッドに倒れ込む。痛い!すっごく痛いわ!何なのよ、本当に!
しかしすぐに立ち直り、唇を指でなぞる。まだ熱い何かがそこに残っているような愛しい感触。だが……
「な、な、何やってんのよ~~~!私は~~~~!」
ベッドの上をゴロゴロ転がる。先程の自分の行動が恥ずかしすぎて消えてしまいたくなる。
「テンパっちゃってファーストキスを……ファーストキスを~!!ファーストキス……えへへ」
思い出していると、ふにゃあっと顔がにやけてしまう。初恋の人とファーストキスかぁ……すっごくロマンチックかも。初恋は実らないとは何だったのか……
「はっ!ち、違うでしょ!賢い可愛いエリーチカはどこへいったの!?目を覚まさなきゃ!ていうか、まだ正式に恋人になってないし!」
枕に自分の頭をぶつけ、何とか自分の目を覚まそうとする。しかし、顔はにやけたままだ。
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「お、お姉ちゃんが壊れちゃった……よし、私が何とかしなきゃ!」
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「……はっ!俺は……何を……?」
何で自宅のベッドの上に寝ているんだろうか。さっきまで千葉のショッピングモールで、小町と買い物していた気がするんだが。
ひょっとして夢だったのか。夢の中で妹と買い物とかどんだけシスコンなんだよ。
……とりあえず喉がかわいたから、水でも飲もう。
のろのろと冷蔵庫まで行くと、ソファーで携帯をいじっていた小町が顔を上げた。
「あ、お兄ちゃん起きた!」
「おう、おはよう。つい昼過ぎまで寝ちまった」
「は?何言ってんの?」
小町が呆れたような顔を向けてくる。
「どうしたんだよ」
「お兄ちゃんが絵里さんにキスされてからずっとぼーっとしてたから、小町が手を繋いで連れて帰ったんだよ?」
「ああ、キスね……は?」
この子、今何て言いました?キス?魚?
何故か顔が火照ってきた。
「小町ちゃん……どういう事でしょうか」
「えっ……本当に覚えてないの?」
小町は大きな溜息を吐き、ソファの空いた場所をぽんぽん叩き、俺に座るよう促した。
水を一杯飲み、隣りに腰掛けると、小町はハキハキした声で何があったかを丁寧に語り出した。
「思い出した?」
「…………」
「お兄ちゃん?」
「…………まじか」
「マジ」
「…………ガチか」
「ガチ」
小町から話を聞いて、ぽつぽつと記憶が鮮明になる。
そして、唇の辺りが何だか熱い気がした。
生まれて初めての感触。
年をとっていく内にいつかは経験すると思っていた出来事。その瞬間が今日突然降ってきたのだ。顔が離れた時の絢瀬さんの紅く染まる頬も、潤んだ瞳も今になって鮮明に脳内で再生される。
「…………」
「お兄ちゃん、おめでとう!」
俺はその言葉に何と返事すればいいのかわからなかった。