——俺が、絶対にお前を助けて見せる。
と、彼は一人誓った。普通ならば無理な話である、死んでしまってからの後悔など意味はない。ないのだが……彼は『死に戻って』しまった。何が理由なのか分からない。だが、それでも俺は彼女を助けたい。そんな思いに駆られて彼は行動して行った。
それから彼は2度死んだ。その間にも大きな出会いがあった事は言うまでもない。彼が必死に生きて行って、起こしたアクシデントは測りきれない事も。
そして彼が奮闘し、『探し物』を手に入れる一歩手前まで来て、更にその探し物に持ち主のサテラが『盗品蔵』というフェルトの取引現場まで来た時にそれは起こった。フェルトの取引相手による襲撃だ。
襲撃してきた彼女は言う、持ち主が現れては取引にならない、と。まあそもそもの話、昴が何もしなければフェルト自身は死ぬのだから、交渉にはならないのだが。
そして、その襲撃者を迎撃し、『ラインハルト』という最強の騎士が援護に現れた頃、そいつは現れた。
フードを被り、ラインハルトと
その表情を見たエルザは、身体に感じた事のない揺れを体感した。その揺れが何か分からない彼女ではない、何か原因なのか、検討はついていた。それは……恐怖からくるものだった。
その恐怖心を心の奥に隠して、表面だけは強がってフードへと攻撃を仕掛けた。コイツは貧相な身体つきだ、簡単に殺せる。腸を引きずり出していつものように戻ろう。そう思っていた。そして彼女の短剣もその意思を反して軌道を描いていた。その腹わたを切り裂こうと刃を光らせていた。無防備な男だ、構えを取らないなんて。そんな風に嘲笑ってもいた。
——だが、その短剣はフードの男の持つナイフに阻まれていた。この事実に彼女は更に身震いを感じた。
一体、いつ、どうやって、何故構えれた? 自分はその身体をずっと見つめていた、腹わたを切り裂こうと目を光らせていた。なのに何故……なぜ前動作なしで構えれた?
彼女は何度目か分からない恐怖を感じた。目の前のコイツは危険だ。そんな警報が無意識に鳴らされていた。エルザはすぐさま対象を変え、目の前のコイツから意識を逸らす。もしかしたら後ろからコイツにヤられるかもしれない。が、それはそれで仕方がない。今は一刻でも早く、この恐怖から解放されたいのだ。
エルザはラインハルトに向かい、互いにしのぎを削り合う。不思議な事に、先程のフードの男が此方に来る様子はなかった。先程の場所に座り込んで此方の様子を伺っている。正直言って、気味が悪かった。
暫く斬り合っていると、ふと彼女は距離を取った。ラインハルトが呟いた少しばかりの本気の一撃、それを体感する為だった。
そしてラインハルトは、蔵が崩れた影響で地に落ちてしまった一本の大剣を手に取る。その大剣は残念な事に各部が錆びており、ないよりはマシ程度の代物だった。そんなものから出される剣技など……、そう遠くから見ていた昴は思っていた。
エルザは姿勢を屈めて相手の攻撃に備えた。それを見た彼は相手の準備が整ったのを確認すると、小さく呟いた。自分の名前と、この後振り下ろされる剣技の名を——。
かくして、剣は振り下ろされた。その剣には気のような何かが集まり、数秒しないうちに剣の周りを漂う確かな壁となって構築された。それをラインハルトは目を見開いて相手への一撃に力を注いだ。
その振り下ろされた大剣はその矛先へと大きなエネルギーの塊をぶつける一撃を繰り出した。その圧倒的なエネルギーの塊は自然の脅威を纏いながら、目の前のもの全てに降り注がれる。目標とされたエルザやその周囲の建物は勿論の事、その射線上にて観察を行なっていた『フードの男』すらも巻き混んで。
——その後に残ったのは、斬撃の射線上に入らなかった建物の残骸と、綺麗な青色を輝かせる、夜空のみだった。そのエネルギーの塊は、その射線上の全てを吹き飛ばしたのだ。物も、人も、漂うマナですらも。
そう、ここでこの物語は終幕を迎える筈だった。サテラの『探し物』も見つかり、昴も無事。盗品蔵のメンバーも無事。何もかもが終わる所だった。
だが、それは危うく全てが無に還る所だった。先程の斬撃をエルザはギリギリの所で回避、運良く生き残っていたのだ。そんな彼女が狙うはただ一人、これからの国を担う者の候補者である、サテラこと、エミリアの事だった。
ここで本来ならば、エミリアは刺されて死んでしまう所だった。この世界の人間の立ち位置では、防御など間に合わない。このままエミリアは死んでしまう所だったのだ。……本来ならば、だが。
だが、ここで一人男が彼女の行く手を阻んだ。足元に転がっていた棍棒を手に持ち、腹の辺りに突き出してサテラの前に出て、身代わりになる事で身を呈して守ったのだ。この世界に本来は居なかった、異邦人である『ナツキ・スバル』という男が、だ。
かくして、この舞台はひとまず幕を閉じた。エミリアという女性の救出によって、舞台は降ろされたのだ。エミリアを身を呈して助けたスバルは、エルザの突き出した短剣の衝撃で、気絶してしまったが。まあそれも仕方のない事だろう、彼女の剣術にはそれなりの力は入っているのだから。一般人が受け止めて平気で居られるようなものではない。
ナツキ・スバル。不思議な男である。そうエミリアは一人思う。自分と会って間もないのに、わざわざ『探し物』を探しだそうとしたり、自分の命を身を呈して守ったり。理解しにくい行動であるというのは、彼女の中にはあった。……まあ、助けないと、とか何故私なんかの為に……、とかの感情が強かったようだが。
そして、彼の傷を癒す為、エミリアは自分の現在の拠点である、『ロズワール邸』へ急ぐ事を決意する。彼の傷を治すには、そこにいる彼女の力が必要だったのだ。
そんなやりとりがあったのち、彼は運び出された。その先は勿論、ロズワール邸である。こうして彼はその命を繋ぐ事に成功したのだ。そしてそれは幸か不幸か、新たな物語の幕開けでもあった。もしも、ここで彼らが彼をロズワール邸へと向かわせなかったならば、違う展開になって居たかもしれない。だがそれは人の知る故ではない。そう、それは神のみぞ……龍のみぞ知る、と言った所だろう。
その後、スバルが屋敷に迎い入れられた後も大変だった。屋敷で目を覚ますと知らない天井。トイレを求めて廊下に出ても廊下はループし続ける謎現象が起こる。適当に入った部屋のドリルロリにはマナを吸われ気絶させられる。これが最初に起きた数分の間に起こったのだ。これからもっと多くの事が起こるのは必然だった。
そして
スバルがロズワール邸で働きたいと申し出てから4日目。彼は現在無一文である。宿もなければ金もない。このロズワール邸を出たら食べ物すら手に入らない。金を得たいと思うのは当然の事だった。
そしてその4日目の夜、彼は死んでしまう事となる。2回目のロズワール邸での生活でも、この日に死んでしまっている。理由は分からない。が、衰弱死であるという事は2回目での死で気づいていた。身体から寒気が消えなく、かつ目眩が激しかったからだ。まあ二度目の死は物理的なものだったのだが。
そして3回目である今回、今回は敢えて今までとは違う方法でコンタクトを取ってみた。前回までが使用人ならば今回は客人である。1回目でのもう一つの可能性ならば、何か変わるのではないだろうか。
結論から言えば、それは変わった。だがそれは決してスバルが望んでいたようなものでは無かった。何が変わったか、それはズバリ、『屋敷の人間達』からの接しられ方である。
使用人時代は多少は慣れシク接しられた。当たり前だ、客人などよりも部下や同僚といった立場の方が内部の者達からの信頼を得られやすい。そこを彼は忘れてしまっていたのだ。
かくして、彼は屋敷の者から信頼されずに、屋敷を出た。屋敷を見下ろせる場所に出た彼を元から怪しんでいる人から見れば、その行動は自分達を狙っているとしか見えない。
そして、話は現在に戻る。彼は屋敷を見下ろせる崖っぷちまで来た。襲撃者が居れば誰が犯人なのか、それを確かめる為だ。
だが、それは嫌な形で叶う事となってしまった。何と二度目で自分自身を殺した相手がこの崖っぷちまで接近して来たのだ。
彼は二度目の人生で襲撃者に殺されたその凶器の音を拾い、咄嗟に右方向へとローリングで回避。即座に崖を飛び降りる事でその場を逃走。その際事前にロープで身体と繋ぐことで安全に降りれるよう工夫をしていた事は忘れてならない。
そして、森の奥まで来た頃、スバルは襲撃者に話しかける。自分はお前を知る為にここまで苦労した、その姿を拝ませてもらう! 、と。
そして襲撃者はその姿を森の奥から現した。暗い森の中から出て来た彼女の"青髪"を見た瞬間、スバルは肩から力が抜けるのを感じた。それはある意味落胆だったのかもしれないし、裏切られたという勘違いからくるものなのかもしれない。だが一番は……衝撃からくるものだったであろう。まさか、自分が守りたかった人が自分を殺しに来たなんて知れば。
「なんで……何でだよ!」
彼は叫ぶ。自分を一度、その手に握るモーニングスターで殺した、その同僚でもあった少女"レム"に向かって。
少女は何気ない声質で返す。
「疑わしきは罰せよ。メイドとしての心得です」
「汝、隣人を愛せよって言葉はないのかよ?」
「ええ、レムの両手は既に埋まっているので」
つまり、時間稼ぎに付き合うつもりはないという事。スバルは考える、どうすればこの現状を切り抜け、かつ情報を絞り切れるか。この人生は元々情報収集の為に捨てる予定だったものだ。だから死ぬとしても怖くはない——訳ではない。正直いって怖い。死の恐怖心に駆られて足がガクガクいっているほどには。
だが、少しでも情報を搾り取らねばならない。仮にここで死ぬとしても、多少は情報を得られたのならば無駄ではない。そう自分に言い聞かせる事で恐怖が僅かでも紛らわされようとしていた。
「ラムは——ラムはこの事知ってるのか?」
「姉様に見られる前に終わらせるつもりです」
ふと口から出た彼女の姉の名前。彼女の名を出す事で少しでも揺らいでくれれば……。そう思っていた。が、自分の口車に乗るような彼女ではなく、なんの戸惑いもなく返答をする。この対応に苦笑こそしたもの、スバルは自分の心に取り付いていた何かが取れたような気がした。もし、もしもレムの他の人、あの屋敷の住人全てが自分に敵意を持っていたのなら……考えるだけで身震いが止まらない。
「だが……これでその可能性は潰れたって事だな。っふ、我ながらよく出来たもんだぜ。はなまるが欲しいくらいだ」
「また訳の分からない事を……」
「っふ、勝手に嘲笑うといいさ、それで俺の糧になるのなら……。それよりもレム、その話を聞く限り、お前の独断という事だよな?」
「ええ、この行動がロズワール様の命令でないという意味なら、そうです。ですがこの行動は全てロズワール様の悲願成就の為、その障害になり得るものを排除するのも、メイドの嗜みと心得ています」
「っち、結局は独断って事じゃねえかよ。くそ、飼い犬ぐらいちゃんと躾けとけっての」
その言葉を聞いた瞬間、レムの表情が暗くなると共に、ジャリッ、という鎖が引かれるような音が響いた。
「ロズワール様への暴言は……許しません!」
「……!」
そして、その手に握られたモーニングスターは、持ち主の意思を反映して目標へと真っ直ぐに突き進んでいく。自分達を狙っているである、屋敷の襲撃者と思われる者へと。
その破壊だけを目的に作られた棘つきの鉄球を自身に投げられたスバルは、その鉄球を視界の中心にして、周囲の時間が遅くなっているのを感じていた。
おそらく、これが走馬灯というやつなのだろう。目の前の告死球を見つめながらスバルは一人そんな事を思っていた。それと同時に、視界の端端に今までループの映像が流れ出る。ああ、今思えば懐かしい話だ。自分は今まで、エミリアという女性の為にここまで駆け足で来たのだ。その間に挟まれた三度の死は、これから忘れられない物となるだろう。
彼女にとって、自分はもしかしたら多勢なる人々の極一人なのかもしれない。だが、それでも自分は彼女を助けたかった。彼女が困る姿も素敵ではあるが、そんなものは見たくなかった。彼女には生きていて欲しかった。彼女には、彼女には……!
そんな思いがこの数刻の中で強くなっていく。そして、スバルは自分が一に望んでいる事に気がついた。"彼女には幸せになって貰いたい"、確かにそれは事実だろう。だが、自分が本当に望んでいるものは? いや、自分が本当に望んでいるのはそんなものではない。そんなものではなく、"彼女と自分が一緒になって、幸せになりたい、と言うのが本望だろう。
ならば、こんな所で易々と死んでいいのか? 唯の軽口で命を落としていいものなのか? 諦めてこのまま死んでしまうのか?
そんな事はさせない、させてたまるか! と、スバルは静かな炎を灯して決意をする。この場を切り抜け、俺は生きるんだ、そんな考えが頭の中で纏まった。
だが、正直言って今のこの現状では、助かる見込みはない。俺の後ろには人の胴体くらいは貫通できそうな大きな木のささくれ、目の前には自分の命を脅かす破壊の
この現状で助かる見込みなどありはしない。避けても死亡、避けなくても死亡。またこの場を切り抜けられても追い打ちを掛けられて死亡。現実自分は何も出来ない。奇跡でも起きればあるいは……だが奇跡は奇跡である。そう易々とは起こりはしない。
起こりはしない。そう、しない筈だったのだ。それなのに……奇跡は起きた。
——ガギィィン!!
今まで自分の命を潰し取ろうとしていた破壊の鉄球が明後日の方向へと弾かれる。使用者の意思を無視した破壊物はその勢いのまま彼方へと特攻、最終的にその鎖を引き千切るという荒技にも出ている。その瞬間を見ていた自分は勿論の事、放った本人ですら口をあんぐりと開けていた。
「全く、物騒な世の中になったものだ。なあ、少年?」
鉄球が弾かれた元凶であろう者の姿を思わず見つめてしまう。白のラインが2つ入った漆黒の外套のような物を羽織り、スーツのような服を着こなすその立ち姿には、ある意味の貫禄が見て取れた。更にそのスーツの上には見るからに高価そうな、派手ではない無言の圧力を感じさせる、そんな鎧がつけられていた。
片手で持っていたそのスバルの身長はあろう大柄の大剣を肩に担いで男はこちらを振り向く。その顔はフードを被っている為か全貌は見えなかったが、その口元は笑っているように見えた。何故だろうか、スバルはこの笑顔を何処かで見た事があるような感覚を覚えていた。
——風が靡いた。
男はフードが風により剥がされるのを感じながらも無視し、目の前の自分へと話しかける。
「——で、無事か? まあ無事で無くとも俺にはなにも支障はないがな」
その紅い瞳は、この森の中で一層輝いていた。