「さて、と。今日も良い天気だな」
ようみんな。俺は幸村勇一ってんだ。親しい連中にはユーイチ、もしくはユウって呼ばれてる。世間一般から見るとすこーしばかり変わった生い立ちをしてる18歳だ。
何、どの辺が変わってるかって? まあその辺はおいおい語るって事で。とりあえず俺みたいに学生やらずに喫茶店を切り盛りしてる18歳ってのは早々居ねえんじゃねえかなとは思う。
「そろそろ誰か来るかね。つーか店開けてるからには来てほしいもんだ」
時間は学生達が挙って帰りだす午後4時を少し過ぎた位。ケーキや軽食の準備は万全。店の前に立看板も立てた。後は小腹を空かせた学生さんを待つことだけってな。
「まあ、気ぃ揉み過ぎても良いことねえし、グラス磨きでもしながら待つとしますかね」
ハイそこ暇人とか言った奴。たかがグラス磨きと侮るなかれ。
グラスに付いてる細かい埃を拭き取りつつ、曇りなく拭き上げるのはなかなか難しいんだ。雑念があれば拭き残しやグラスの曇りって形で結果が出る以上、これは俺にとって真剣勝負って奴なんだよ。
「〜♪」
真剣勝負って言ってるのに鼻歌は良いのかって? こういう時こそリラックスするのは大事だろ。
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■
━━━━━おい坊主、見るからにボロボロだが一体どうしたんだ? ケンカか?
此処が何処かも分からず、歩く気力も尽き果てた少年が力無く民家の外壁に背を預けていると見知らぬ誰かに声を掛けられた。少年は声の主に向かって生気のない目を向ける。
━━━━━そんなんじゃ、ない。
声を掛けてきた初老の男性に返す言葉も当然の様に素っ気無くなる。初老の男性も少年の様子から何かを察しつつも言葉を重ねる。
━━━━━何があったか知らねえが、もうすっかり日も落ちちまってる。風邪引かない内に家に帰んな坊主。
━━━━━無理だよ。多分、もう二度とあの家には、帰れない。
悲壮感すら漂う少年の言葉に男性は頭をガシガシと掻き毟ると改めて口を開く。
━━━━━なら今夜はウチ来るか? 事情を聞かせてくれんのならメシも食わせてやるからよ。
少年は男性をジッと見つめると…………
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■
「…………っと、これで全部か」
グラス磨きをしつつ少しばかり物思いに耽っているといつの間にか全てのグラスを拭き終えた様だった。磨き終えたグラスを手に取って見る。
手に取ったグラスは汚れも埃も一切無く、新品同様の透明感をひっそりと誇示するかのようにキラリと西陽を反射した。
「…………よし。完璧だ」
━━━━━━ッ!!
「ん?」
満足のいく形でグラスを磨き終えることが出来た俺はふと、遠くから聞こえてきた喧騒に気がついた。
祭りか? いや、そんな話はこれっぽっちも聞いてねえし…………。俺が頭に疑問符を浮かべながら手に取ったグラスを元の位置に戻していると、ドタドタドタドタ!! バンッ!!!! と極めて乱雑に店のドアが開かれた。ただでさえボロいウチの店を壊す気かよ。
「ユウ先輩! すんません匿ってください!!」
慌ただしく俺の店に飛び込んできたのはそれなりに親交のあった後輩の『兵藤一誠』だった。顔全体に恐怖を貼り付けた表情たるや文字通り鬼気迫るものがある。
「おおう、どしたよイチの字。今日は一体何やらかしたんだ?」
『待てこのド変態ぃぃいいいい!!』
1、2……4人って所か。まあ事情は大体は察せたな。
「覗きか。お前も懲りねえな?」
「お願いします匿ってください! 俺はまだ死にたくないんです!!」
まあ、こんなアタマの悪い会話から大体察せたと思うが、この兵藤一誠って男は超が1ダース位つく程のド変態だ。今はまだ未成年だからこそ捕まんねえものの、いずれ捕まるんじゃねえかと思わせてくれやがる先輩泣かせの後輩だったりする。
「1回ガチで痛い目見とけ……と言っても良いんだが今回は助けてやんよ。そこのトイレにでも篭ってろ」
「ありがとうございます!!」
一の字がトイレに転がり込み、鍵を掛けるのとほぼ同じタイミングで体操服姿の女子高生が4人、一の字の様に飛び込んできた。手には竹刀やら木刀やらが握り込まれてるし、下手な事をすれば撲殺されんじゃねえかとさえ思えるな。
「すみません!今アタマの悪そうな男子高校生がこの店に来ませんでした!?」
飛び込んできた女子高生を代表してか、桃色の髪をした女の子が食い気味に聞いてくる。
「ああ、さっきトイレに駆け込んだ奴がそんな感じだったな」
『!?』
「やっぱりここに居るんですね!……出てこいド変態っ!!」
トイレの中から慌てた様な動きを感じるが元はお前のせいだからな。悪いようにこそしねえから諦めろ。
「出てこないなら…………!」
「おっと、中の奴をどうしようが構わねえけど、器物損壊までは見逃さねえからそのつもりで」
頑なにトイレに引き籠る一の字に業を煮やしたのか、その手に持っていた木刀を構えだした所で俺はすかさず割って入る。この子等乱暴過ぎんだろ。
「でもこいつが…………むぐっ!?」
「まあまあこれでも食って落ち着けって。しかめっ面ばっかしてっと幸せが逃げるぞ?」
眉を八の字にして反論しようとした桃色の髪の子の口に切り分けたケーキをフォークごと押し込んで黙らせる。
そこらの女子高生にいきなり口に食べ物を突っ込まれた経験なんぞあるはずも無く、酷く驚いた様子だった。まあこんな経験ある方がおかしいけどな。
「んんっ!」
「ウチのケーキもなかなか美味いだろ。自信作だ」
口の中に突っ込まれたケーキに目を白黒させていた女子高生も、無意識の内にケーキを咀嚼した途端に驚きの声を上げた。傍から聞いてればモゴモゴ言ってるだけだが、目がキラキラ輝いてるしまあそこまで外れたもんでも無いだろ。
「お連れさん達も食うか? 今ならコーヒーも付けてやんよ」
「い、良いんですか?」
俺の提案に桃色の髪の娘の連れの茶髪の娘が戸惑いを含ませて聞いてくる。ああ、金の心配してんのかもしんねえな。
「ああ。ついでに金も心配しなくていいぞ。丁度いい財布がトイレの中に居るからな」
『!?』
何驚いてんだよ。俺はタダで助けてやるだなんて言ってねえぞ? 馬鹿な事をしでかしたんなら多少は痛い目見とくべきだろ。
「で、でも…………」
「まあアレだ。中のバカは俺の後輩でもあるし、ここは俺の顔を立てて穏便にすませてくれや。また来てくれりゃサービスすっからよ」
「それは……「はい! 分かりました!」ええっ!? 良いのそれで!?」
「当然よ! このケーキを前に食べないなんて選択肢は無いわ!!」
「気に入って貰えたんなら何よりだ。さて、そこなお連れさん達はどうする?」
「…………はい。いただきます」
『!!!?』
またもやガタガタと慌てた音がトイレから聞こえてきた。原因は言わずもがなだが、俺に言わせりゃ元はお前の粗相が原因だろうがってとこだから酌量の余地はねえ。
「はいよ。すぐに用意するから座ってな」
古今東西、飯は剣より強しってな。
読んでいただきありがとうございます。