『今日の夕食は、司令官が好きなコロッケだよ』
「本当か? この前みたいに嘘じゃないのか?」
『今度は本当だよ』
お昼休みに響から電話があり、そんな会話をした。
泊りがけの仕事で3日間、俺は家を空けていた。
今日はその最終日で、夕方には家に着く予定だった。
「響の奴、寂しがってるのかもな」
前にも同じ電話があったが、夕食はカレーだった。
「夕食はコロッケ」だと言っておけば、俺が早く帰ってくると思っているのだろう。
「早めに帰ってやるか」
仕事を早々に切り上げて、電車に飛び乗った。
駅を出て、家へと向かう。
空は夕焼けに染まっていて、公園に差し掛かったところで、子供たちとぶつかった。
「ごめんなさい!」
そう謝って、子供たちは走って行った。
そうか、子供はもう帰る時間か。
最近は暗くなるのも早いしな。
ふと、公園の方を見ると、見慣れた奴が、つまらなそうにブランコを漕いでいた。
「よう、卯月」
「司令官?」
「何してんだ? こんなところで。早く帰らないと、暗くなるぞ」
「うん……」
いつもの卯月らしくない表情。
何かあったのだろうか?
「卯月?」
「……しれいかぁ~ん、うーちゃんと遊んでくれな~い?」
「馬鹿、はよ帰れ」
「だよね~。では、うーちゃんは帰投します! ぴょん!」
「気を付けて帰れよ」
そう言って、卯月の背中を見送った。
「ただいま」
「司令官!」
帰ってきて早々、響が胸に飛び込んできた。
「お帰り、司令官」
「おう、ただいま」
「提督、お疲れさまでした」
「本当に疲れたよ。今年の新人は手がかかる。泣き虫な奴が多くてな」
「お風呂になさいますか?」
「いや、それは後にしよう。響も離れないしな」
「分かりました」
それから、響と鳳翔との三日振りの会話を楽しんだ。
たった三日。
されど三日。
夕食の時間もずっと、二人との会話に夢中になった。
「そう言えば、卯月ちゃんのお母さん、今入院しているそうですよ」
「そうなのか?」
「お父さんも仕事で忙しいらしくて、家で一人になる事が多いみたいです」
だから夕方になっても公園にいたのか。
「卯月、学校だと元気そうだけれど、帰る時は寂しそうなんだ。家に帰っても一人なのは……寂しいよね……」
響は、同じような状況を経験したからか、その気持ちがよく分かっているようであった。
「ちょっと心配ですね……」
「そうだな……」
そんな事も知らないで、悪いことをしたな……。
次の日の夕方。
公園を覗くと、卯月は同じようにブランコを漕いでいた。
「よう、卯月」
「司令官。分かってるぴょん。もう帰るところだったぴょん」
「いや、お前さえよければ、もうちょっと遊んでいかないか?」
「え?」
「帰りは送ってやるからさ」
「いいの?」
「ああ」
「えへへ。じゃあ、ブランコ漕いでほしいぴょん」
「よーし、ちゃんとつかまってろよ」
「うん!」
それから、夕日が沈むまで遊んだ。
公園には俺たち以外誰も居なくて、卯月の楽しそうな声だけが響いていた。
「あ……そろそろ帰らないといけないぴょん……」
「そうか。じゃあ、家まで送っていくよ」
公園を出て、静かな住宅街を二人して歩いた。
「うーちゃんのお母さんね、今、入院してるの」
「ああ、知ってるよ。鳳翔から聞いた。お父さんも帰りが遅いんだろ?」
「うん……。一人でお家にいないといけないって分かってるんだけど……誰もいないお家は寂しくて……とても怖いんだぴょん……」
そう言うと、卯月は寂しそうに俯いた。
「卯月……」
「司令官、今日は遊んでくれてありがと。また、たまにでいいから、遊んでほしいぴょん」
「ああ、もちろんだ」
「ここがうーちゃんのお家。もう少しでお父さんも帰ってくるから大丈夫だぴょん。ありがと司令官、バイバイ」
「またな」
卯月が家に入ると、家の明かりが点いた。
もう少しで親が帰ってくるとは言え、この時間まで一人でいるのは、さぞ寂しいことだろうな。
「お帰りなさい、提督」
「司令官……遅いよ」
「スマンスマン。ちょっとな……」
拗ねる響をなだめ、夕食を取った。
「今日ね、暁が――」
「そんな事があったのか」
「うふふ、暁ちゃんらしいわね」
家に誰かがいるって、幸せなことだよな。
俺も、帰ってきてこいつらがいなかったら、やっぱり寂しいと思う。
「司令官?」
「ん?」
「私の話、聞いてる?」
「おう、ちゃんと聞いてるぞ。暁の話だよな?」
「それはさっきでしょ……。今は違うよ……。もう……」
「す、すまん……」
また機嫌を悪くさせちまった……。
「響は風呂か?」
「えぇ。提督、響ちゃん、ちょっと怒ってましたよ?」
「やはりそうか……」
「三日間の仕事に行っている間、ずっと提督の事を気にしてたんですから。自分はこんなにも思っているのに、提督は違うんだって、ショックだったんじゃないですか?」
確かに、毎日電話も来ていたしな……。
「それに、私だって同じこと思ってるんですからね。こっちからは電話するのに、提督からは何もなかったし……」
「すまない……」
「行動で示してほしいですね」
「どうすりゃいい?」
「お仕事に行って以降、してないことがありますよね?」
「してないこと……か……」
鳳翔はじっと俺の顔をみた。
「あー……どっちだ?」
「へ? どっち?」
少し考えた後、鳳翔は顔を真っ赤にした。
「キ、キスに決まってるじゃないですか! もう、えっちなんですから!」
「何とは言ってないだろ」
「うぅ……もう……!」
怒る鳳翔の近くに座る。
「もういいですよ……しなくて……」
「いいのか?」
「…………」
しばらく黙ったままだったが、そっと顔を向けて、そのままキスをした。
「響ちゃんも同じだって、忘れないでくださいね……?」
「あいつはキスなんて求めないけどな」
そう言うと、鳳翔は顔をさらに赤くさせた。
風呂から上がると、響がテレビを見ていた。
「面白いか?」
「普通……」
まだ機嫌が直ってないようだ。
「今日な、卯月と遊んでやってたんだ。それで遅くなってしまってな」
「……ふーん」
「あいつを送ってやったんだけど、家にはまだ誰も居なくて、とても暗かった」
「…………」
「まだ鳳翔と住む前、お前にも同じような経験を結構させてしまったよな」
俺と響が一緒に住み始めた頃は、そういうことが多かった。
「卯月には俺やお父さんがいたから良かったけれど、お前には誰もいなかったんだよな。暁も雷も電も、帰ってしまうし」
「…………」
「そう思うと、お前ともっと一緒にいてやれれば良かったと思った。卯月ですら、凄く寂しそうにしていたし、お前の感じた寂しさは、比じゃないんだなって」
響は、俺の方をじっと見た。
「いつの間にか、一緒にいるのが当たり前になっていて、お前を疎かにしてしまう事が多かったな。すまない……」
「……今もそうだよ」
俺は何も言えず、ただ頭をかいた。
「でも……」
響は、そっと俺に寄り添った。
「私も同じだよ……。司令官と三日間離れて、やっと気が付いたんだ。それまでは、一緒に居ることが当たり前だって思ってた……。でも、本当は特別な事なんだよね……」
「ああ……」
「もっと……私に構ってよ……」
響を抱き上げ、頭を撫でてやった。
「特別だって……いつも感じていたいんだ……。我が儘だけど……我が儘言っていいほどには……がんばったんだからね……」
「ああ、分かってるよ」
抱きしめてやると、シャンプーのいい匂いがした。
「機嫌、なおったか?」
「もうちょっとかな」
それから、響が寝落ちするまで、そのままだった。
次の日の夕方。
卯月はやはり公園に居た。
「よう」
「司令官」
「今日も遅いのか?」
「うん……。今日は特別遅いんだって……。だから、お夕食は自分で買うんだぴょん……」
そう言うと、千円札を俺に見せた。
「でも大丈夫だぴょん。好きなもの買えるし、好き放題するんだぴょん! うーちゃんタイムだぴょん!」
「そうか……」
「でもね……本当は……お母さんの料理が食べたいんだぴょん……。家族三人で……一緒に……」
夕日が沈みかけていた。
「卯月、家に来ないか?」
「ふぇ?」
「夕食、一緒に食べないか?」
「でも……お金はこれしか……」
「お金なんていいんだよ。ほら、行くぞ」
「わわ、司令官!?」
「ただいま」
「お帰りなさい、提督。あら、卯月ちゃん。いらっしゃい」
「こいつ、一人で飯を食おうとしてたんだ」
「一人でですか? じゃあ、家で食べてもらいましょう」
「し、司令官……うーちゃん……あの……わるいよぉ……」
「悪いもんか。一人で飯を食う方が悪い」
「どういう理屈だぴょん……」
「あれ? 卯月」
「響ちゃん」
「家にご飯を食べに来たんだね。おいでよ。ご飯が出来るまで、私の部屋で遊んでよう」
「え? あ、ちょっと!」
響に連れられて、卯月は家に入っていった。
「すまんな。急に」
「いえ、大丈夫です。でも、手伝ってくれますよね?」
「分かってるよ」
夕食が出来て、二人を呼んだ。
「本当に頂いていいの?」
「もちろんだ」
「いっぱい食べてね、卯月ちゃん。おかわりもあるから」
「それじゃあ、食うか」
いただきますを合図に、飯を食い始めた。
卯月も、最初こそは細々と食べていたが、鳳翔の料理がおいしかったのか、夢中になって食べていた。
「鳳翔さんのご飯、美味しいぴょん!」
「そう、良かったわ。今日は提督も一緒に作ったんですよね」
「ああ」
「これがそうかい?」
連なった沢庵を箸で摘まんだ。
「いや……それもそうだが……何故真っ先にそれを選んだ?」
「こんなミス、鳳翔さんはしないから。あと、この形の悪いジャガイモもそうでしょ」
「う……」
「で、でも、味は同じぴょん!」
「ありがとうな卯月。最近の響は厳しいからな……優しさが温かい」
「悪かったね……」
そう言って、笑いあった。
卯月も楽しそうに笑っていたし、連れてきてよかったな。
夕食を済ませ、卯月のお父さんが帰ってくると言うので、送る事となった。
「今日はありがと、司令官」
「なに、また食いに来い。いつでも歓迎だ」
空は曇りがかっていて、星は見えなかった。
時折吹く風が、とても冷たい。
「寒いぴょん……」
「手、繋ぐか?」
「うん」
卯月の手は、とても冷たかった。
「司令官の手は温かいぴょん」
「ポケットの中で温めてあったからな」
水銀灯が二人を照らす。
「今日……とても楽しかったぴょん。温かくて、ご飯も美味しくて……」
「お母さん、早く退院できるといいな」
「うん……」
また、冷たい風が吹いた。
「司令官……」
「なんだ?」
「抱っこ……してほしいぴょん……」
俺は返事をせず、そのまま卯月を抱き上げた。
「そう言えば、鎮守府にいた頃も、こうして抱っこを強請って来たよな」
「覚えてないぴょん……」
きっと、母親にもこうして貰っているのだろう。
「寂しいときは、いつでもこうしてやる。だから、遠慮はするなよ」
「うん……」
雲から月が顔を出し、俺たち二人を照らした。
それから何度か卯月を家に呼んだ。
数日もすると、母親が退院したようで、夕方の公園で卯月の姿を見る事は無くなった。
「昨日、買い物で卯月ちゃんのお母さんと卯月ちゃんを見ました。幸せそうでしたよ」
「そうか。そりゃよかった」
「司令官、卯月がいなくなって寂しいんじゃない?」
「馬鹿言え。俺にはお前がいるだろ?」
「いつまでも一緒にはいられないよ」
「そんな思春期を迎えた娘みたいなこと言うなよ……」
「大丈夫ですよ提督。私はずっと一緒に居ますから」
「鳳翔、ありがとう」
そう言うと、響がむっとした顔で、俺と鳳翔の間に入って来た。
「どうした響?」
「司令官はまだ私に構ってないといけないんだ。鳳翔さんに構うのはその後でも良いでしょ……」
そんな響の態度に、俺と鳳翔は笑ってしまった。
「むぅ……」
「そうだな。ほら、響」
膝の上に乗せると、響は俺の手をぎゅっと握って放さなかった。
「私に構ってくれるのは、しばらくかかりそうですね」
そう言って、鳳翔は笑った。
その次の日の夕方。
たまたま公園の前を通りかかったとき、卯月が公園から飛び出してきた。
「卯月」
「やっと会えたぴょん……」
ずっと俺を待ち伏せしていたらしい。
「どうしたんだ?」
「司令官にお礼をと思って……。ちゃんと言えてなかったから……」
そう言うと、卯月はプレゼントの箱を取り出した。
「司令官、寂しいときに遊んでくれてありがと。これ、うーちゃんの気持ちだぴょん」
「ああ、ありがとう」
プレゼントを受け取ろうとすると、卯月はそれを引っ込めた。
「しゃがんで」
「こうか?」
しゃがんでプレゼントを受け取ると、そのまま腕を引っ張られた。
「おっと……」
バランスを崩している間に、卯月は俺の頬にキスをした。
「えへへ~これがうーちゃんの本当の気持ちだぴょん!」
プレゼントの箱は空なのか、とても軽かった。
「騙したな」
「騙される方が悪いんだぴょん!」
そう言うと、卯月は家の方へと走って行った。
「ったく……」
昔から変わらない卯月の笑顔に、俺は安心していた。
いつもの日常。
それを特別に思えるようになったら、いつも以上に幸せに暮らせる。
それこそ、毎日が特別になる。
卯月もきっと、それに気が付いたのだろう。
「さて、俺も帰るかな」
背中で夕日が沈んでゆく。
空には、一番星が輝いていた。
――続く。