「ただいま」
帰ってくると、知らない靴が玄関にあった。
「おっかえりー提督ー」
「秋雲。来てたのか」
「ちょっとねー。ま、詳しい話はこちらへ~ささっ」
まるで自分の家に招くがごとく、居間へと通された。
「お帰り、司令官」
「お帰りなさい、提督」
「ただいま。秋雲が遊びに来るなんて珍しいな」
「絵の授業があってね。教えてもらってたんだ」
そう言うと、響は絵を見せた。
「まだ途中なんだけど……」
「そうだったのか。ありがとうな、秋雲」
「いや~提督を好き放題出来るなら安いもんよ」
ん?
「響ちゃん、秋雲さんから絵を教えてもらう代わりに、提督を好き放題していいと言ったらしいですよ」
「響……?」
響はニヤリと笑った。
「悪いね司令官。これも絵の為なんだよ」
「絵の為に俺を売ったのか。というか、勝手にお前……」
「まぁまぁ、響ちゃんの絵が上手くなるならいいじゃーん。大丈夫、悪いようにしないよ」
秋雲も同じく、ニヤリと笑った。
鳳翔の方を見ると、困った顔で笑っていた。
「今回だけだぞ……」
「契約成立ー! ほほーぅ!」
今、成立したのか……。
騙された……。
「で? 何をすればいい?」
「それは後で連絡するよ」
「今じゃダメなのか?」
「今はちょっと……ね」
それから、秋雲は響に絵を指導して帰っていった。
「上手に描けたわね」
「うん。さすが秋雲だ」
「大きな犠牲はあったけどなっ!」
夜、部屋でくつろいでいると、秋雲からメールが入った。
内容は、誰もいない所で電話してくれとの事だった。
指示通り、誰もいない場所で秋雲に電話をかけた。
『もしもーし。ごめんね、夜分遅くに』
「構わんが。どうした?」
『昼間の件だけどさー。ちょっと、頼みたい事があるんだよね……』
人に言えないような事なのだろうか。
「おう、言ってみろ」
そう言ってやると、秋雲は少し躊躇った後、口を開いた。
『あ、秋雲とさ……その……デートして欲しいんだわ……』
「デート!?」
『こ、声が大きいよ! 響ちゃんとか鳳翔さん、近くにいないよね!?』
「す、すまん。大丈夫だ。しかし、デートか……。一体どういう?」
『実はさ……この前出した本、純愛ものだったんだわ。んで、エゴサーチしてみたら、なんか変だったみたいで、「オータムクラウド先生はデートした事ないだろ」って書かれててさ……』
オータムクラウド……?
ああ、「秋雲」か。
『すげー恥ずかしくてさー……。イベントで顔出ししてるし、本を出してる身としては、そういう目で見られるのって屈辱なんだよね』
「なら、実際に相手を見つければ良かろう」
『簡単に言わないでよー。漫画やSSじゃないんだからさ……』
話は大体読めてきた。
「それで、俺か。安く見られたもんだな」
『そう言わずにさー。契約もしたんだし、お願いっ!』
「まあ、契約しちゃったしな」
『じゃあ』
「ああ、いいよ」
『よっしゃー! じゃあ、次の土曜日でいい?』
「大丈夫だ。詳しい情報はメールでくれ。響がこっちを見ている」
ついでに鳳翔も顔を出した。
『マジ!? 聞かれてないかな……』
「大丈夫だろ」
『絶対内緒ね。じゃあ、お休みー』
「ああ、お休み」
電話を切ると、響が近づいて来た。
「誰と電話してたの?」
「秋雲だよ」
「司令官を好きにしていいって件? 何をされるの?」
「内緒だ」
「教えてくれてもいいじゃないか」
「俺を売った奴には教えん」
そう言ってやると、響は頬を膨らませた。
「私にはどうですか?」
「鳳翔にも内緒だ」
鳳翔は響の味方をするだろうしな。
「あらあら、これはしょうがないわね、響ちゃん」
「むぅ……」
しばらく響の膨らんだ頬を突いて遊んでいたら、指を噛まれた。
響に悟られず、なんとか土曜日を迎えた。
「て、提督ー!」
秋雲は息を切らしながら走って来た。
「10分も遅刻してるぞ」
「ご、ごめんねー……。いやぁ……なんか緊張して眠れなくてさー」
「遠足前かよ」
息を整え終えると、俺に向き合った。
「やっべー、身内だと分かってても緊張するわー。秋雲はこれから、デート処女を提督に奪われるのねぇん」
「絶対緊張してないだろお前」
とりあえず電車に乗る。
「どこ行くかは決めてあるんだー」
「どこだ?」
「ネットで調べたら、公園とか動物園とか出てきたから、そこへねー」
「公園とか動物園が好きなのか?」
「いや、別に」
「じゃあやめよう」
「え?」
「好きでも無いところに行ってもな。俺も公園とか動物園はそんなに興味ないし」
「デートってそう言うところ行くんじゃないの?」
「好きな奴と行くからデートなんじゃないのか? だから、何処でもいいんだよ」
「かっくいー! じゃあ公園とか動物園でもいいじゃん」
「お前が本当にそこに行きたいならいいよ。俺はお前の本当に行きたいところに、行きたいけどな」
そう言うと、秋雲は苦い顔をした。
「秋雲の行きたいところねぇ……。提督、絶対引くから無理だわー……」
「何処だ?」
「んー……いや、行かないからいいよ」
「じゃあどこに行くんだ。ネットで調べたというその場所以外な」
「意地悪だねー。まあ……うーん……絶対引かない?」
「ああ」
「じゃあ……」
着いたのは、普通に若者の町だった。
「なんだ、ここだったのか。何もおかしくないぞ。若者の町だろ」
「あー……いや……その……こっちなんだよね……」
秋雲に案内され、しばらく歩いていると、アニメ系の店がチラホラ見え始めた。
「乙女ロードって言ってさー……その……所謂、腐女子の聖地ってやつでして……」
「ふじょし?」
「BLとか……」
「ああ、テレビで聞いたことあるかもしれん。なんだ、お前腐女子なのか」
「いや、百合もイケますけど。って、そうじゃなくて……」
その時、派手な服を着た女性が話しかけてきた。
「オータムクラウド先生ですよね? この前の作品買いましたー」
ファンか。
「あ、あはは……ども……」
「あれ、もしかして彼氏さんですか?」
「い、いや……この人は……」
「彼氏です」
「ぅえ゛!? ちょ、ちょっと!」
「やっぱりー。お邪魔ですよね。失礼しますー」
そう言うと、女性は何やら携帯電話を弄りながら去っていった。
「ちょっと提督! なに言ってんのさー」
「いや、デートだから、彼氏って設定だろうと思って」
「絶対つぶやかれたよー……」
つぶやかれる?
「うぅ……やっぱり来るんじゃなかった……」
「そうか? ちょっと興味が出てきたけどな」
「引かないの?」
「お前が好きなものなんだろ? 引くわけないだろ」
「グロとかでも?」
「まあ……頑張るよ」
「冗談冗談。そこまで言うなら、徹底的に付き合ってもらうけど、いいよね?」
「ああ、ドンと来いだ」
「んじゃーあそこから行こう。提督も沼にハメてあげるっ!」
それから、秋雲とアニメショップを巡った。
「いやぁ、つい買っちゃったよー」
カフェで購入品を広げ、秋雲はホクホクとした顔でそれを眺めた。
「こんな薄い本が数万円もするのか……」
「委託しなかった本だしねー。作者が引退したから、プレミアついてるし。この値段で買えたのはラッキーな方よ」
そう言うと、秋雲はニッと笑った。
「本当に好きなんだな」
「まぁね。あー……ごめんね、勝手に盛り上がって。やっぱり、デートっぽくないっしょ」
「お前の楽しそうな姿を見てるだけでも面白かったよ」
「で、でたー! 天然キザ奴ー! 提督とデートしても、現実味がない事ばかり言われて、あまり参考にならないよ」
「そうか……すまん」
「ああいや……そこまで落ち込まなくても……。あ、そうだ。今度は提督の行きたいところに行こうよ」
「俺のか?」
「秋雲の好きな所に付き合ってくれたんだから、今度は秋雲が付き合う番よ」
「俺の好きな所か……」
窓の外を見ると、まだ時間もそんなに経ってないのに、夕方のような光が射していた。
「じゃあ、二件ほど付き合ってくれないか?」
「おう、ドンと来いだ」
低い声でそう言い、秋雲は笑った。
「こんな駅あったんだ」
地元の人間くらいしか知らなそうな駅名を見て、秋雲はそう零した。
「前にふと寄ってみたんだ。ここから少しだけ歩くんだが、大丈夫か?」
「うん」
駅前は閑散としていた。
時折吹く風がとても冷たい。
「静かだね」
「そうだな」
そんな雰囲気にのまれ、俺たちの口数は徐々に減っていった。
「もう着くぞ」
傾斜の強い坂を上ってゆく。
「ほら、秋雲」
秋雲の手を取り、隣をゆっくりと歩く。
「すまんな。疲れたか?」
「大丈夫。イベントの方がきつかったよ!」
「その意気だ」
最後に階段があり、そこを上がると――。
「わー! めっちゃ綺麗じゃーん!」
良い時間に来れた。
俺たちの目の前には、大きな夕日と、小さな街並みが広がっていた。
「こんな町でこんな夕日が見れたんだー。知らなかったわー」
「そこにベンチがある。ちょっと見ていくか」
二人でベンチに座り、しばらく夕日を見ていた。
風の音だけが響いている。
「やっぱ、秋雲にはデートは早かったのかもなー」
「急にどうした?」
「こういう景色も知らないし、気の利いた事一つ言えないしさー。さっきも、手を取られて動揺したんだよね。手を繋ぐことすら緊張するようじゃ、いけないよね」
秋雲は、同世代と比べて一歩先を行っているようにいつも思えていた。
大人というよりは、おっさんに近い感じ。
悪い意味ではなく、落ち着いているというか、全てを知ったうえで楽観的であるような気がしていた。
だからこそ、こういった事に関して疎いと言うのは、なにか違和感があった。
「艦隊にいた頃、お前はよく俺の絵を描きに来たよな」
「男、提督しかいなかったしね」
「いつも俺が仕事で疲れてるときだったな。秋雲に絵を描かせろと言われなけりゃ、俺は休まず仕事をしてたかもしれん」
遠くで、電車の走る音がした。
「お前、そういうのが分かっていて、絵を描きに来てくれたんじゃないか?」
そう言うと、秋雲は頬杖をついて、つまらなそうな顔をした。
「本当は色々分かってるんだろうけれど、それをするのが恥ずかしいだけ。俺にはそう思えるよ。デートとか、そういった事も、お前なりにちゃんと考えがあるのだろう。ただ、それを実行に移せない。隠そうとしてしまう」
「…………」
「俺は引かないし、お前の考えも笑わないよ。だから、もっと俺を信用してくれてもいいんじゃないか?」
「別に提督を信用してないわけじゃないよ。たださ……皆の中の秋雲は……皆が求めてる秋雲は……そういうキャラじゃないじゃん?」
「デートした仲だろ。本当のお前を見せて欲しいけどな」
夕日が沈みかけていた。
「……寒くなって来たね」
「そうだな」
そう言うと、秋雲はそっと寄り添った。
「あっためてあげる……」
「もっと元気に言ったらどうだ?」
「……それは嘘の秋雲がする事だからさ」
顔を真っ赤にして、そう言った。
「ふふ……」
「あ、やっぱり笑ったじゃん!」
「いや、嬉しくてさ。ほら、温めてくれるんだろ? 手も冷たくなっちまったよ」
手を差し出すと、はらうように叩かれた。
「笑った罰」
「冷たいな」
夕日が沈むと、冷たい風が強く吹いた。
次の目的地へ向かう為、また静かな街を二人して歩いた。
あれから秋雲の口調は少なくなっていた。
返事もなんだか適当だ。
怒っているのだろうか。
「秋――」
秋雲は、そっと俺の手を握った。
「…………」
その目は、じっと地面を見ていた。
「もう少し、ゆっくり歩いて行くか」
秋雲は小さく頷き、街灯の少ない道を、ゆっくりと駅まで歩いて行った。
都市一番の大きさを誇る駅を出ると、先ほどとは打って変わって、街は喧騒としていた。
「こっちの方はやっぱり人が多いな」
すっかり暗くなった空を隠すように、街灯や高いビルからの光が街を覆っていた。
「この時期はイルミネーションが綺麗なんだ。行こうか」
街にはカップルがたくさん歩いていて、一緒に写真を撮るものや、ただ寄り添って歩くものもいた。
「こういう所はさ……」
秋雲は、そんなカップルを見ながら話し始めた。
「ああいうカップルがたくさんいるじゃん? だからさ、あまり来たくなかったんだよね……」
「どうしてだ?」
「自分が惨めになるから。周りはカップルだらけの中で、自分は一人で……。でも、こういう景色が本当は好きなんだよね」
「…………」
「秋雲は元艦娘だから、それだけで他の人とは違うって思えるし、それだけ強い存在だと思ってる。一人でも生きていけるほどの支援も受けてるしね。でもさ、時々思うんだよね。ああやって、普通の女の子として、弱い自分を守ってくれる人と出会って、一緒に暮らせたらって……」
そう言うと、秋雲は溜息を一つだけついた。
「……なんてね」
「今からでも遅くないだろ」
ビルを左に曲がると、そこから遠くまで、イルミネーションツリーが連なっていた。
「秋雲、お前はもう普通の女の子なんだ。元艦娘だろうが何だろうが、気にすることじゃないさ」
「そうだとしても、秋雲は女の子としてのレベルがさ……」
「そうか? 俺は好きだけどな」
そう言ってやると、秋雲はじっと俺を見た。
「なんだ?」
イルミネーションツリーの光が、秋雲の横顔を照らしていた。
「――あーあ、ムカつくー!」
「急にどうした?」
「今なら二次元に恋する奴の気持ちが分かるわー」
「二次元?」
「提督、お腹空いた! あの洒落乙な店で何か奢ってよー」
「う……高そうだな」
「いいじゃん! 秋雲、歩き疲れちゃったー。何なら、あのホテルで休憩してもいいのよん。朝までしっぽりと……むふん」
「分かったよ。まったく、急に調子を取り戻しやがって」
それから、その洒落乙な店で飯を食ってから、秋雲を家まで送っていった。
あれからしばらく経った。
「ただいま」
家に帰ると、また知らない靴があった。
今度は三足も。
一つは秋雲のものだ。
「て、提督……おかえりー……」
秋雲は苦笑いで俺を迎えた。
「来てたのか」
「まぁ……ちょっとね……」
「?」
居間に行くと、巻雲と夕雲がいた。
「おう、お前らも来てたのか」
「あ、司令官様! どういうことですか!?」
「ん?」
「提督もイケナイ人ね。不倫だなんて」
「何の話だ?」
「司令官、見損なったよ」
そう言うと、響は俺を睨んだ。
鳳翔の方を見ると、苦笑いをしてこちらを見ていた。
「一体なんだと言うんだ」
「じ、実はさ……その……秋雲の本を巻雲ちゃんと夕雲さんに見られたみたいで……」
そう言うと、秋雲は俺に本を渡した。
そこには、秋雲そっくりの絵と一緒に、半裸の俺に似た絵が描かれていた。
アダルトオンリーと言う文字も一緒に。
「な、何だこれは……」
ページをめくると、デートの内容が細々と描かれていた。
そして、イルミネーションを見た後、二人はホテルに入っていき――。
「司令官様! 鳳翔さんという人が居ながら秋雲に手を出すなんて!」
「提督にそういう趣味があっても、夕雲は引かないわ。むしろ大歓迎よ? でも、秋雲さんじゃなくて夕雲にしたら?」
「司令官……?」
「ちょっと待て! おい、秋雲!」
「ごめんねー……一応説明はしたんだよ? でも、デートの内容をリアルに描き過ぎて、濡れ場も本当じゃないかって噂になっちゃってさー……。それに、ネットでデートの事つぶやかれちゃってさー。それがますます火種になってるのよ」
「ちょっと待て……まさかこの本……」
「完売しましたっ!」
「おい!」
「だって~提督が彼氏ですなんて言うもんだから~それも原因なんだよ?」
「う……。鳳翔……」
「今回ばかりは自業自得ですね」
そう言って、鳳翔は楽しそうに笑った。
「司令官様!」
「提督」
「司令官!」
「勘弁してくれよ……」
それから三人による尋問が、鳳翔の飯が出てくるまで続いた。
「なんでこんな事に……」
「悪いね。にひひ」
尋問を受けている間も、秋雲は何だか嬉しそうだった。
「またデートしようね。提督」
そう言って、秋雲はニッと笑った。
――続く。