「司令官、ベビーカステラだって」
「ほう。どれ、買っていくか」
鳳翔が仕事だった今日。
たまには二人で出かけるかと、少し大きな公園へと足を運んでいた。
「お嬢ちゃん可愛いね。そら、おまけでもう一掬いだ」
「ありがとう、お兄さん」
どう見てもお兄さんとは言い難いが……。
「お、嬉しい事言ってくれるねぇ。んじゃ、もう少し入れてやるよ」
なるほど、そう言う事か。
上手い事やるな。
「はいお待ち」
「どうも」
沢山のカステラが入った紙袋を、響は嬉しそうに抱えた。
「どこで覚えたんだ? そんな媚の売り方」
「子供には子供らしい素直な気持ちってものがあるんだよ、司令官」
「あくまでお世辞じゃないって言うのか?」
「それを素直に受け止める大人は立派だと言う話だよ」
俺が赤面していると、響はベンチを見つけて座った。
「一緒に食べよう。一人じゃこんなに食べきれないし」
「少なかったら俺にくれないつもりだったのかよ」
隣に座ると、響はそっと体を密着させた。
「どうした? さっきからずっと甘えっぱなしじゃないか?」
家を出てからもずっと手を繋いだままだし、今日は何かとそういう仕草が目についていた。
「だって、最近はずっと鳳翔さんにばかり気がいってたじゃないか。私だって、まだまだ甘えたい年頃なんだよ?」
「何言ってんだか」
カステラを一口含む。
控えめな甘さは、どこか懐かしいものがあった。
「司令官とこうして二人でお出かけすると、昔を思い出すね。まだ鳳翔さんがいなかった頃」
「そうだな」
あの頃は、響とどう接してゆけばいいのか分からなかったから、とにかく暇さえあれば色んな所へ連れて行ってやってたな。
でも、お互いに気を遣いあって、楽しめてなかったように感じる。
「カステラ、美味しいな」
そう考えると、こうして甘えてくれるってのは、それだけ俺の事を信頼してくれているという事なのだろうか。
「どうしたの司令官? 食べないの?」
「ああ、貰うよ」
まだまだ甘えたい年頃……か。
それから公園内を歩いた。
遊具など、子供が遊ぶような場所を通っても、響は見向きもしなかった。
「遊ばないのか?」
「いいんだ。今日は司令官とこうしていたいし……」
「本当、今日はいつになく甘えん坊だな」
「私だって……一人の女の子なんだよ……? いつもは鳳翔さんに譲ってるけれど……司令官の事……」
そこまで言うと、響は手をギュッと握った。
「俺の事、なんだ?」
「察しが悪いよね……いつも……」
「分かって聞いてんだよ。響の口から聞きたいね」
頬をついてやると、響は恥ずかしそうに帽子を深く被った。
「しかし、そうとなると難しいな。今日はどうやって過ごそうか。このまま散歩ってのもなんだかな」
考えていると、響が手を引いた。
「司令官、あそこ行ってみない?」
「どこだ?」
「ほら、初めてのお出かけの時、連れて行ってくれた場所」
初めてのお出かけ……。
「……忘れちゃったの?」
「すまん……」
「もう……。ほら、遊園地だよ。――遊園地」
「ああ、あそこか」
それは――区にある小さな遊園地だった。
「そんなところでいいのか?」
「いいんだ。そこに行きたい」
「よし、分かった。じゃあ、行くか」
まさか――遊園地をご指名とはな……。
確かに、一番最初に連れていった場所ではあるが、あの時の響はとてもつまらなそうにしていて、失敗したと落ち込んだ思い出しかない。
――遊園地は、休日だと言うのに閑散としていた。
あの頃も同じだったような……。
「最初に来た頃と何も変わってないね」
「そうだな」
色あせた乗り物たち。
文字のかすれた案内板。
閉鎖されたアトラクション。
デパートの屋上の方がもっとマシだぞ。
「司令官、あれ乗ろう?」
響の指した先には、コーヒーカップがあった。
それを見て、昔の事を思いだした。
…………「よし、あれに乗るか」
…………コーヒーカップに乗り、アトラクションが始まっても、響はハンドルを取らなかった。
…………「どうした響? このハンドルを回すんだぞ」
…………「うん……」
…………やっとの事で回すが、その顔に笑みは無い。
…………「もっとだ! ほら!」
…………加勢してやると、響は手を離してしまった。
…………「……面白くなかったか?」
…………「ううん……楽しいよ……」
…………「そ、そうか……」
「…………」
コーヒーなだけに、苦い思い出だ……。
「司令官?」
「あ、あぁ……乗ろうか……」
チケットを出し、カップへと乗り込む。
他のカップに人はいない。
不快なブザーと共に、アトラクションが始まった。
「司令官! 回すよ!」
そう言うと、響は全身の力を使ってハンドルを回し始めた。
「お、おう!」
しばらくすると、カップは高速で回り、体を持っていかれるような感覚が俺を襲った。
「ひ、響! ストップだ!」
「まだだよ」
俺はとうとう椅子にへばりつくように腰を降ろしてしまった。
響は容赦なく回している。
その笑顔たるや、悪魔なのか天使なのか分からない。
「司令官、大丈夫かい?」
「大丈夫じゃないから止めろ……!」
「大丈夫そうだね。まだまだ行くよ!」
アトラクションが終わるまで、響は全力で回し続けた。
「うっぷ……」
「大丈夫?」
「大丈夫に見えるか……?」
ヨロヨロと歩き、やっとの事でベンチへと腰かけた。
「汗かいちゃった」
「そらあんなに回してたらな……」
「ふふ、ごめんね司令官」
謝ってる割には、どこか嬉しそうにして見せた。
「ちょっと休憩させてくれ。その間、これにでも乗って来い」
そう言って、目の前にあるメリーゴーランドを指した。
「分かった。ちゃんと見ててね」
「おう」
ベンチで休みつつ、メリーゴーランドに乗る響を眺めていた。
こちらへ回ってくる度に、響は手を振って見せた。
「ふふ……」
あいつ、何だか楽しそうだな。
最初来た頃は本当につまらなそうにしてた癖に。
「なんか気持ちの変化でもあったのかな……」
それとも、あの時は機嫌でも悪かったとか?
それから響は、動いているアトラクション全てを制覇する勢いで走り回った。
ついて行く俺がヘトヘトになろうが、響の足も笑顔も止むことはなかった。
「元気だなー……」
「せっかく来たんだしね。あと乗ってないものはどれだろう?」
「後は……観覧車くらいじゃないか?」
「観覧車は最後に乗るものって決まっているんだ」
どういう決まりだ。
「だが、もう最後になりそうだ」
時計を指してやると、響は肩を落とした。
「そうか……。なら仕方ないね……」
「行こう」
それまでは手を引かれっぱなしだったが、今度は俺が引く番となった。
響の気持ちが、手を通じて伝わる様であった。
観覧車はとても小さく、すぐに頂上へとついてしまった。
「こんなに小さかったかな」
「前に来た時も乗ったっけか?」
「本当……なんにも覚えてないんだね司令官……」
「す、すまん……」
「乗ったよ。最後の最後にね」
ふと、窓の外を眺めると、今まで乗ってきた全てのアトラクションが一望で来た。
この風景……。
ああそうだ。
確かに乗ったな。
けど……あの時も――。
「あの時は……私がつまらなそうにしてたの……覚えてるかい……?」
響は同じように、あの頃と同じ表情を見せた。
「あ、あぁ……」
「本当はね……今日みたいに凄く楽しかったんだ……」
「え?」
「ごめんね……」
「……どういうことだ?」
「あの頃は……司令官に気を遣わせたくなくて、わざとつまらなそうにしてたんだ……。そうすれば……放っておいてくれると思ったから……」
そう言えば、遊園地以降も、あまり楽しそうじゃなかったな……。
親の事で頭がいっぱいなのだと思っていたが……。
「でも……司令官は私に構い続けた……。私が寂しくならないように、努力してくれた……。嬉しかったよ……。嬉しかったけど……同時に辛かったんだ……」
「辛い……?」
「私は司令官に……何もしてあげられなかったから……」
そんな事で悩んでいたのか……。
全く知らなかった……。
「せめて……寂しくないって……一人でも平気だって思わせる為に頑張ってきた……。でも……あの日、家に司令官がいなくて……急に寂しくなって……」
「響……」
「家族でいいって言ってくれた時……嬉しかった……。正直に生きていいんだって、思えたんだ……。だから、今はとても幸せだし、楽しい時はちゃんと楽しい顔が出来る。これも司令官のお陰だよ」
そう言うと、響は微笑んで見せた。
「何言ってんだよ……」
俺は恥ずかしくて、窓の外へと視線を移した。
「昔の思い出も大切かもしれないけれど、今日みたいに、幸せな思い出に塗り替えていけたらいいな」
「そうだな……」
響は立ち上がると、俺の膝の上に座った。
「こうして甘えたがるのも、実は昔からだったとか?」
「それは秘密」
「そうかよ」
空は夕焼けに染まりだしていて、閉園を知らせるチャイムが鳴り響いていた。
帰りの電車で案の定、響は眠ってしまった。
「…………」
そう言えば、家族でいいと言ってからは、良く泣き、良く笑う奴になったな。
いや、元々そういう奴だったんだろうな。
もっと早く気が付いてやっていれば、あんな苦い思い出にならずに済んだのかもしれん。
「悪かったな……」
頬をさすってやると、響は目を覚ましてしまった。
「司令官……?」
「起こしちゃったか。まだ先だから、寝ててもいいぞ」
「うん……。司令官……抱っこして欲しい……」
「フッ……分かったよ」
抱きしめてやると、再び寝息を立て始めた。
「大きくなったよな……」
そう感じた時、昔も同じように抱っこを求められたことを思い出した。
「そうだ……。あの時からもう甘えん坊だったな、お前」
いずれはこうも出来なくなると考えると、今が一番愛情を育める時期なんだと実感できる。
甘えん坊だなんて揶揄っていたが、甘えられないと、それはそれで寂しいものがあるもんな。
なんて、俺もすっかり父親だな。
家に帰ると、鳳翔が夕飯を作っていた。
「お帰りなさ……あらあら」
「遊園地に行って来たんだ」
「ふふふ、聞かなくても分かりますよ。どれだけ楽しんでいたのか」
「ほれ、起きろ響」
「ううん……あれ?」
響は鳳翔の顔を確認すると、顔を真っ赤にした。
「し、司令官……降ろして……」
「お、おう」
「お帰りなさい、響ちゃん」
「た、ただいま……」
「どうしたんだ響? 急に恥ずかしそうにして……」
「だ、だって……抱っこされてるの……見られるの恥ずかしいよ……」
「自分で頼んでおいてか?」
「あら、響ちゃんも甘えん坊さんね」
「た、頼んでない! 違う!」
「何を必死に隠してんだよ? お前、自分で甘えたい年頃とか言ってただろ」
「言ってない! し、司令官、ちょっとこっち来て!」
キョトンとする鳳翔を置いて、響は自室へと俺を引っ張った。
「な、何だよ?」
「ご、ごめん……。司令官、あのことは誰にも言わないでくれないか?」
「どうして?」
「恥ずかしいんだ……」
「恥ずかしいと思うのなら言うなよ。というか、俺ならいいのか?」
「司令官はいいんだ。どうでも……」
「どうでもってお前な……」
そう言うと、響は恥ずかしそうに俯いた。
「……嘘だよ。甘えん坊な響は……司令官にだけの顔だから……」
俺にだけの顔……。
「他の人に見られたらすごく恥ずかしいんだ……。司令官だって、鳳翔さんと二人っきりの顔を私に見られるのは恥ずかしいでしょう?」
別に恥ずかしくはないと思ったが、ふと、夜の顔を思い出して赤面した。
「あんな恥ずかしい事を許せるのは……司令官の前だけ……。だから……秘密にしてほしい……」
響は真剣だった。
「ああ、分かったよ」
「約束だよ。じゃないと、司令官が隠し持ってるえっちな本、鳳翔さんにバラすからね」
「な……! お前、どこでそれを……」
「部屋の奥に隠してあったんだ」
「あれは学生の頃に手に入れた貴重な思い出の本であってだな……」
「どちらにせよ、あんなもの見つかったら、鳳翔さんどう思うかな?」
「う……」
「約束、守ってね」
「わ、分かった……」
そう言うと、響は居間へと戻っていった。
「隠し場所……変えなきゃな……」
居間に戻ると、既に夕食が並んでいた。
「提督、響ちゃんと何を話していたんですか? 響ちゃんったら、話してくれないんですよ?」
「内緒だよね、司令官」
「ん、あぁ……そうだな」
鳳翔の目がじっと俺を見ていた。
「な、なんだよ?」
「提督……響ちゃんとの隠し事以上に、私に何か隠してませんか?」
「え?」
まさか、響が喋った?
そう思う響の方を睨んだが、必死に首を横に振った。
「やっぱり何かあるんですね?」
「べ、別にないが……」
「嘘です。何か隠してます。そんなに私にバレたらマズいものなのですか?」
鳳翔は目を細くし、俺に詰め寄った。
「ゆ、夕飯が冷めちまうよ。早く食べよう、な?」
「……それもそうですね」
鳳翔は少し不機嫌になったが、この話題は終わった。
かと思われた……。
「あがったz――」
風呂を済ませ出てくると、机の上にあの本が置かれていた。
「提督……これは何ですか……?」
「な、何故これが……」
その時、遠くで響がこちらを見ているのに気が付いた。
「まさか……!」
「ごめんね司令官……。だって、鳳翔さんが可哀想になっちゃって……」
ふと、鳳翔の足元を見ると、目薬が置かれていた。
「お前……」
「子供の頃、演劇倶楽部に入っていたんですよ?」
子供相手に泣き落としとは……。
「大人げないぞ」
「大人げないのはそちらです! 全く……こんなものコソコソ隠して……。別に持っているのは構いません。隠すのがいけないと言っているんです!」
それから鳳翔の説教が始まった。
響は申し訳なさそうにこちらを見ていたが、やがて飽きたのか、部屋へと戻っていった。
「聞いていますか!?」
「あ、あぁ……」
「もう……! 大体何ですかこの本……胸の大きな女の子ばかり……」
「学生の頃はそう言うのは流行ってたんだよ」
「嘘です! やっぱり提督は、翔鶴さんや大和ちゃんみたいな子の方がいいんでしょう……?」
鳳翔は口を尖らせて拗ねた。
「ふふっ……」
「なに笑ってるんですか!?」
「あ……すまん……」
つい笑ってしまったのは、その表情も響と同じで、俺にしか見せないものなのかもしれないと思ったからだ。
つまるところ、響が俺にしか見せないと言った時、ちょっと嬉しかったのだ。
「この本の女の胸が小さかったら許してくれたのか?」
「そう言う事じゃ……」
俺にも、響や鳳翔にしか見せない表情があるのだろうか?
自分では気づかないその表情を、こいつらは喜んでくれているのだろうか。
「昔の話だ。今は好みも何もかも全て変わっているよ」
「…………」
「だから、お前と結婚したんだろ?」
「……提督のそういう所、狡いですよ」
「悪かった」
そう言って抱きしめてやると、鳳翔も返した。
「私がいるのに……」
そう、ぼそっと言った。
「昔の物だっていってるだろ」
そんな事をしていると、響が青い顔をして居間へと戻ってきた。
鳳翔は恥ずかしそうに俺を放した。
「どうした響?」
響は無言で一冊の本を見せた。
「なんだそれ――」
表紙には、水着の女が写っている。
それを見て、記憶がフラッシュバックした。
…………あれは確かこの前、旧友と飲みに行った帰りに……。
…………「お前、昔巨乳好きだったよなぁ!?」
…………「あー……そんなこともあったな」
…………「良い本があるんだぜ? ほら、やるよ」
…………「んー……いや、いらねぇよ。家には嫁がいるしな……」
…………「これを見てもまだそれが言えるか?」
…………そう言うと、旧友は本を開いて見せた。
…………「な?」
…………「うぅむ……」
…………「いらなかったら捨てていいからさ。カバンに入れとくぜ」
捨てるつもりが、カバンに入れたままだったんだ……。
あの時は酔ってたしな……。
ふと鳳翔の方を見ると、今まで見せたことのないような表情で佇んでいた。
その表情に、響も俺も、さらに顔を青くした。
「て・い・と・くぅ……?」
「ち、違うんだ鳳翔……。これには訳があって……」
それからの事は良く覚えていない。
が、一週間ほど、鳳翔は会話はおろか、視線すら合わせてくれなかった。
「あんな表情もみせるんだね……鳳翔さん……」
世の中には、知らない方が幸せな事もあるんだな……。
――続く。