海風の当たる駅。
電車を待っている時は、なんだかドキドキするんだ。
「ふんふんふ~ん」
「あれま。しおいちゃんじゃない」
「あ、お隣のおばあちゃん。こんにちは。お出かけ?」
「えぇ、――駅まで買い物にね。しおいちゃんはどうしたの? 鼻歌なんて歌って」
「えへへ~提督の所に遊びに行くんだー」
「提督って、この前話していた人かい?」
「うん。家の民宿が落ち着いて来たから、遊びに行くの」
「へぇ、どこまで行くんだい?」
「えーっとね、――駅っていう所」
「――駅……聞いたことないねぇ……。県外かい?」
「そうだよ」
「それでそんな荷物なんだね。一人で大丈夫かい?」
「大丈夫大丈夫! いざとなったら公衆電話で電話して、迎えに来てもらうから!」
「そう。ならいいのだけれど」
「楽しみだなー。えへへ」
線路の軋む音が聞こえると、電車が近づいて来ている合図。
提督に会える。
そう思うだけで、胸が躍る様だった。
電車に揺られて二時間。
「わぁ……凄い……」
車窓の外に、私のいつも見ている景色は無かった。
「沢山ビルが建ってる……。都会だなぁ……」
もしかして、私の住んでいる所が田舎なのかな……。
乗り換えの駅。
人がたくさんいて、どの人も忙しそうに、せっせと歩いていた。
「ちょっと早く着きすぎちゃった……」
まだ時間はあるし、ちょっと降りて探索することにした。
「お洒落な街ー」
ビルは多いのに、街路樹や花壇とか、自然がたくさん。
見たこともないケーキを売っているお店に、高そうな洋服屋さん。
何を売ってるのか分からないお店なんかもあった。
「何だか外国に来たみたい」
……外国に上陸した事は無いけどね。
「うーん……」
どのお店も入りにくいし、今のお小遣いじゃ、ちょっと高くて買えない。
お母さんに貰ったお金はあるけれど、これは緊急時にしか使えないし……。
「……何もできないや」
都会の人って、どんな遊びをしているんだろう?
駅から少し歩くと、大きな公園のような所に辿り着いた。
「わぁ……広ーい」
一面に砂利が敷かれていて、警備員さんが見張りをしていた。
「なんだろうここ……」
公園にしては遊具は見えないし、子供というよりはお年寄りが多い。
ふと見渡すと、お城のようなものがあった。
「有名なお城があるのかな?」
近付いてみると、大きな門があって、どこかで見たことのある紋章がかけられていた。
「これ……どこかで見たことあるような……」
金色のお花……。
うーん……。
「……まあいいや!」
お城はあまり興味ないし、そのまま駅の方へと向かった。
電車に乗り、提督のいる街へと向かう。
モニターには、あと何分で駅に着くか書かれていて、とうとうその駅まであと数分となった。
提督、元気かな?
私はこの日が楽しみで楽しみでしょうがなかったけれど、提督も同じ気持ちだったのかな?
そうだったら嬉しいな。
「えへへ」
駅に着いて、提督の家へと向かおうとした時だった。
「あれ……?」
ポケットの中、バッグの中、財布の中……。
何処を探しても、提督のお家までの地図が見当たらない。
「どうしよう……落としちゃったのかな……?」
そうだ、提督へ電話しよう!
「……電話番号もその地図に書いてあったんだった」
うちに電話して聞こうと思ったけれど、お母さんもお父さんも、旅行に出かけていて居ないはず……。
「…………」
周りを見渡す。
知らない土地。
知らない人。
私は急に不安になって、少し泣きそうになった。
「……そうだ、交番。交番に聞けば分かるかも……!」
駅前にある交番へと駆けこむ。
「おや、お嬢ちゃん。どうしたんだい?」
「あ、あの! 私、提督のお家に来たんですけど、お家までの地図を無くしちゃって……!」
「そうか。とりあえず、落ち着こうか。ほら、座って。深呼吸してー」
「は、はい……」
お巡りさんの言う通り、椅子に座って深呼吸すると、少しだけドキドキが落ち着いた。
「提督さんのお家を探しているんだね? 連絡先は分かるかい?」
「ううん……。地図の紙に書いてあったから……」
「最寄りの駅はここで合っているかわかる?」
「はい……」
「その……提督さんって言うのは、お名前は分かるかい?」
「名前……」
提督は提督だし……名前……。
「……分からないかな?」
私は急に恥ずかしくなってきて、下を向いて黙ってしまった。
「困ったな……」
そこに、もう一人のお巡りさんが帰って来て、その人に事情を説明すると、そのお巡りさんは何かに気付いたようで、私の顔を覗きこんだ。
「君、艦娘かい?」
「え?」
「提督を探しているんだろう?」
「あ……はい! あの、私、艦娘のしおいです! 伊401! しおいです!」
「そうか。おじさん、ちょっと心当たりがあるから、連絡してみるね」
「あ、ありがとうございます!」
良かったぁ……。
そっか……最初から艦娘って言えば良かったんだ……。
お巡りさんはどこかに電話すると、私の事を説明した。
でも、相手は提督じゃないようで、お巡りさんも困っていた。
「そうですか……。困ったな……。え? 電話を?」
お巡りさんは電話を耳から離すと、私に渡した。
「君にかわって、って言われた」
誰だろう……。
「もしもし?」
『伊401、しおいだな』
提督に似てるけど、ちょっと違う声……。
「あの……誰ですか……?」
『俺は艦娘の寮の管理人だ』
しばらくして、車がやってきて、ちょっと怖いお兄さんが出てきた。
「鈴谷の時はお世話になりました」
「いえ。彼女なんですが……」
怖いお兄さんは私をじっと見た。
「あ……あの……」
「とりあえず、車に乗れ」
不安になってお巡りさんの顔を見たけれど、「大丈夫だよ」と声をかけるだけだった。
「司令官さん、もっと優しく言ってあげてください」
聞き覚えのある声。
「しおいちゃん、お久しぶり。私の事、覚えてるかな?」
「羽黒さん!?」
車はどんどん街から離れていった。
「迷子の艦娘って聞いたから、駆逐艦かと思ったけれど、しおいちゃんだったんだね」
「あの……どうして羽黒さんが……?」
「私、今艦娘専用の寮にいるの。鈴蘭寮って、聞いたことない?」
「ううん……寮があるのは知ってるけれど……」
艦娘専用の寮があるのは知ってる。
確か、まるゆがどこかの寮に行ったとか……。
「運転している怖いお兄さんは、鈴蘭寮の管理人で、提督とか司令官って呼ばれてるの」
「怖いは余計だ」
いや……怖いよ……。
「しおいちゃんは提督に会いに来たの?」
「うん……。でも……地図を落としちゃって……」
「そっか……」
「羽黒、こいつがどこの所属だったのか知らないか?」
「確か、駆逐艦や空母を中心としたところだったような……。でも、そこの司令官さんが今どこにいるのかは……」
「そうか……。海軍に問い合わせてみたが、今日はイベントだから誰も対応出来ねぇみたいなんだ」
「そうですか……。じゃあ、連絡がつくまで、私の部屋で待ってようか」
私はちょっと不安だったけれど、今は頼るしか無かった。
「ここが羽黒さんのお部屋?」
「うん。狭くてごめんね」
うちの民宿の部屋の半分もないくらいの小さなお部屋。
「紅茶で良かったかな?」
「あ、はい」
寮だと言うから、もっと騒がしいところかと思ったけれど、凄く静かだった。
「羽黒さんはどうしてここに?」
「私の両親、凄く心配性なの。私が情けないのもあるけど……。このまま実家に居たら成長できないなぁって思って、自立するための訓練として、この寮に来たの」
「そうなんだ。他にも艦娘がいるんですか?」
「えぇ、長門さんとか陸奥さん、大和さんに――」
私の知っている艦娘ばかりだ。
「辛くないんですか? 家族と離れて暮らして……」
「最初は辛かったけれど、それはここに住んでいる皆も同じだから……。でも、皆いい人だし、司令官さんも応援してくれて、今はここに来て良かったって思ってる」
戦時中に見た羽黒さんは、おどおどして、なんだか情けない感じだったけど、あれから成長したのか、どこか大人の雰囲気が漂っているように感じた。
「しおいちゃんの提督さんって、あの駅の近くに住んでたんだね。あそこは駆逐艦の学校もあるし、それも関係しているのかな?」
「うん。提督は鳳翔さんと響ちゃんと暮らしているんだ。響ちゃんのご両親が見つからなかったみたいで――」
それを聞いた羽黒さんは何かに気が付いた表情を見せた。
私も言って、はっとした。
「あ……羽黒さん! 鳳翔さんか響ちゃんのお家知りませんか!? そうだよ……そこが提督のお家だよ! なんで気が付かなかったんだろう……」
「鳳翔さんのお家……私は知らないけれど、もしかしたら司令官さんが知ってるかも……。聞きに行こう」
「はい!」
管理人さんのお部屋に行くと、そこには大和さんも居た。
「大和さん!」
「久しぶりね、しおいちゃん。話、聞いたわ。提督に会いに来たんでしょう? もうすぐ会えるわよ」
「え?」
話を聞くと、大和さんは私の提督と知り合いみたいで、度々会っているようだった。
「じゃあ、提督のお家知ってるの!?」
「今、提督が……あ……管理人のお兄さんが連絡とってくれているわ」
管理人さんは電話を終えたようで、こっちに向いた。
「お前の所の提督さん、こっちに来るってよ。送ると言ったんだが、聞かなくてな……」
「フフ、あの人らしいです」
「良かったぁ……。あの、ありがとうございました!」
私が頭を下げると、管理人さんは少しむず痒そうにしてた。
顔は怖いけど、いい人なんだなぁ。
「あの人は一人でここに?」
「ああ」
「そうですか」
そのやり取りには、何処か意味が込められている気がして、なんだか大人の時間が流れていた。
「じゃあ、あの人が来るまでここで遊んでましょう。お菓子もDVDも何でもありますし。いいですよね、提督?」
管理人さんは少し不満そうな顔をしたけど、何も言わなかった。
「何して遊ぼうか」
「それなら、このボードゲームでもどうでしょう? この前、那智姉さんとやったら、結構面白かったですよ」
「4人用ですか。じゃあ、提督もですね」
「……なんで俺まで」
「しおいちゃんもこれ、やりたいよね?」
羽黒さんと大和さんがウィンクして、何かを伝えた。
「あ……うん、やりたいなー」
「分かったよ……」
なるほどね。
ここの管理人さんは、皆に愛されてる人なんだなぁ。
しばらくすると、提督がやってきた。
「しおい!」
「あ……て……提督ぅ………」
泣く気なんて無かったんだけど、何故か涙が出て、提督の胸に飛び込んだ。
「良かった……。心配したんだぞ」
「あのね……地図がね……なくしちゃってね……電話番号もそこに書いてあってね……それで……それで……」
「ああ、分かったよ。とにかく、無事で良かった」
そこに、管理人さんたちがやってきた。
「どうも、ご迷惑をおかけしました……」
「いや、これも仕事の内だ。見つかってよかったな、伊401」
「ほら、管理人さんにお礼を言え」
「あ……ありがとうございました」
「おう」
「良かったね、しおいちゃん。提督さんに会えて」
「うん……羽黒さんもありがとう……」
「ううん。また遊びにおいで」
「大和さんもありがと――」
大和さんは、提督の事をじっと見ていた。
「大和さん……?」
「え? あ、あぁ……ごめんなさい。良かったわね、しおいちゃん」
「うん!」
それから、提督と管理人さんが一言二言話して、私たちは寮を後にした。
「ごめんね提督……」
「いや、構わん。それより、よく来たな、しおい。待ってたぞ」
そう言って、提督は撫でてくれた。
それが凄く嬉しくて、私はその手をとって、何度も頬に擦りつけた。
「えへへ、ずっと会いたかったんだよ?」
「可愛い奴め」
「提督もしおいに会いたかった?」
「ああ。会いたかったよ」
「そっか。えへへ、嬉しいな」
そんな感じで、提督との再会を喜んでいたら、あっという間にお家に着いた。
「響ちゃんたちは?」
「響は暁たちと出掛けてるよ。鳳翔は仕事だ」
「そっか。こっちには艦娘が多いもんね」
私の通ってる学校は、人口が少ないからなのか、普通の子と同じ。
艦娘専用の学校って、どんな感じなんだろう……。
「艦娘専用の寮もあるし、こっちの方がみんなも居て楽しそうだなぁ……。提督もいるし……」
「あっちは退屈か?」
「ううん。そんな事は無いよ。でも……ちょっと寂しいと思う事が多いかな……」
「そうか……」
「だから、今は提督にいっぱい甘えて、慰めて貰おうかなー」
「フフ、そうしておけ」
家に荷物を置いて、私と提督の二人は、空が暗くなるまで遊んだ。
あの大きな駅で見たお洒落なお店で食事をしたり、とーっても高いタワーに登ったり、それはもう色んなことをした。
でもやっぱり、そういう経験よりも、隣を見れば提督の顔があるって事が、何よりも嬉しくて、そればっかり見ていた。
「今日は楽しかったなぁ」
「そりゃよかった」
「本当……」
楽しい時間はあっという間に過ぎる。
今日は提督の家にお泊りして、明日の夕方にはお家に帰らなきゃいけない。
「…………」
「どうした? 疲れて眠くなっちゃったか?」
「ううん……。明日になったら……もう帰らなくちゃいけないんだー……と思って……」
陽の沈んだ町は、風がとても冷たかった。
「また……寂しくなっちゃうな……」
提督がうちの民宿から帰ってしまって、私はなんだか寂しさを感じていた。
今まで、そんな事は無かったのに。
また、同じように寂しい毎日が続くのだと思うと、涙が出そうになった。
「もっと……提督といたい……。みんなと遊びたいよ……。あの頃みたいに……みんなと……」
「そうか……」
提督は私の手をギュッと握って、大きく振った。
「なら、こっちに住むか?」
「え?」
「そんなに寂しいならさ」
「……無理だよ。お父さんもお母さんも、きっと許してくれないよ……」
「そう言われたのか?」
「言われてないけど……」
「どうせ駄目なら、言ってみたらどうだ? 寂しいという気持ちが伝わるだけでも、何か変わるかもしれないぞ」
「そうかな……」
「そうさ。言わないと伝わらない事なんてものは沢山ある。だから、人は会話をするんだ」
「でも……そんな我が儘……」
「我が儘を言えないほど、お前は何か悪い事でもしたのか?」
「いい事もしてないよ……」
「こうして皆を守ったじゃないか。俺も守られた一人だ」
そう言うと、提督はニッと笑った。
「しおいは、こっちに住みたいか?」
考える前に、私の口は動いていた。
「住みたいよ……」
「分かった」
何が分かったのか聞こうとしたところで、遠くで私の名前を呼ぶ声がした。
「しおいちゃーん」
「しおいー」
「鳳翔さんに響ちゃん」
「行こう、しおい」
「あ、うん!」
あれから数日が経った。
提督とのお別れは寂しかったけれど、今はその気持ちも和らいで、また会える日を楽しみに待っていた。
「もうすぐ桜が咲くね、コロ」
犬のコロは返事もしないで、伏せて寝ているだけだった。
「もう……コロったら……」
次に会えるのは夏ごろかな。
でも、もしかしたら、民宿が忙しくて会えないかもしれない。
提督だって、こっちに来れるか分からないし……。
「…………」
気持ちを察したのか、コロは起き上がって、私の顔を舐めた。
「慰めてくれてるの? えへへ、ありがと」
「しおい、ちょっといいかしら?」
「お母さん。なーに?」
「大事なお話しがあるの」
お母さんはとても真剣な顔をしていて、本当に大事な話をするんだって思った。
何か怒られるようなことしたかな……。
「この前、提督さんのお家に泊まりに行ったでしょう?」
「う、うん……」
「貴女が帰ってきた後、提督さんにお礼の電話をしたの。そしたら、貴女がこの街で寂しい思いをしていると聞いたわ」
提督……。
「確かに、この町には貴女と一緒に戦って来た仲間はいないし、学校だって、同じ年齢の子はいない……」
「…………」
「貴女は明るいから……いえ、私たちの前では明るく振る舞ってくれていたのね。お母さん、気が付かなかったわ……。ごめんね……」
「べ、別にそんな……。私には……コロもいるし……」
「でも、本当は向こうに住んでみたいんじゃなくて?」
「そ、それは……」
「……お母さんね、貴女には幸せになって欲しいと思っているの。でも、私が与えられる幸せなんて、貴女が戦って守ったものの大きさに比べれば、とても小さなもの……」
「お母さん……」
「だから、もっと外に出て、大きな幸せを掴んでもいいんじゃないかしら?」
「え?」
「この町に、貴女を幸せに出来るものは無いわ」
お母さんの後ろで聞いていたお父さんも、私の方へと向いた。
「しおい」
「お父さん……?」
「――……」
静かな街が、より静かになった気がした。
波の音すらも、聞こえないほどに。
駅の桜は、既に花びらを散らしていた。
「あれま。しおいちゃんじゃない」
「あ、お隣のおばあちゃん」
「今日出発だっけ? 寂しくなるねぇ……」
「うん……。でも、ちょくちょく戻ってくるよ。そしたら、向こうのお土産持って遊びに行くね!」
「そりゃ楽しみだねぇ。体に気を付けてね」
「ありがと、おばあちゃん」
潮風が髪を揺らす。
この景色とも、しばらくお別れかぁ。
乗り換えで利用したあの大きな駅。
もうこの景色に驚くことは無い。
これからは、この中で生きていくんだから。
「あのお城だと思ってた所、――っていう所だったんだ」
ふと、門に掲げられていた紋章を思い出す。
「そうだ、あれは確か、長門さん達の艤装に――」
その時、一台の車が遠くに止まっているのが見えた。
この前、私を迎えに来てくれた車だった。
「よし……!」
車に近づくと、窓が開いて、中から挨拶する声が多く聞こえた。
みんなも来ているようだった。
私も、その声に負けないくらい、大きな声で。
「これから鈴蘭寮でお世話になります、しおいです! よろしくお願いします!」