Plains Walker -次元世界遊歩道中- 作:sasandra
ドミトリは歩を進めながら、じっと水晶玉を注視している。時々、立ち止まっては回りをキョロキョロと見回したり、ある一点をじっと見つめたり、端から見ると何をやってるかわからない行動をし始めた。一体何の調査なのかはわからないのだが、この奇怪な行動をとる少年に大の男×4が金魚の糞よろしくついて回ってるのだ。事情も知らない人間が見ようものなら、不審集団にしか見えないだろう。
はじめ、ドミトリは教会の建物を中心に、大きな弧を半時計回りに描くようなルートを歩いた。教会裏の敷地から、はみ出して移動することとなり、その間に村の様子を見ることができた。やはり先ほどの揺れがあったせいか、住民達は所々に集って不安そうに話し合っている。泣いている赤ん坊をあやす母親。しがみつく子供に安心するように言い聞かせる父親。巡回する騎士に詰め寄る初老の男性。それぞれの様子は不安ながらも、かろうじて冷静さを保ってる、といった感じだ。
教会の敷地から出て、村の道に沿って歩くようになった。ドミトリは俺たちの先頭を行きながら、道なりにゆっくり歩いては立ち止まり、またゆっくり進むということを繰り返している。さすがに亀ほど遅いというわけではないが、いい加減に無口で歩き回るのに、居心地の悪さを感じ始めてきたところだ。なにか気をまぎらわせるために、俺は隊長に彼が話していた聞きなれない単語について聞いてみる事にした。
「隊長。聞きたいことがあるんですが」
「ん? こっちも退屈してたとこだ、答えられることならいいぞ」
「その基準が俺にはわからないんですが…… さっき口にしていた、『浄化の儀式』とは何なんですか?」
隊長は一瞬キョトンとしたあと、直ぐに察したのか、納得顔で俺に返してくる。
「ああ、おまえは何もわからないんだったな。……そうだな。ワタル、《魔物》と言う存在は見たことがあるか? ラルフの話を聞いた限り、お前は《魔狼》に襲われたはずだが」
言われて、昨日の事を思い出してみる。俺は木の上にへばりついて、間近には見れなかったが、襲ってきたあの狼達のことだろう。遠目からみても狼の鋭い牙は鋭利で、本能的な恐怖をわき起こさせる存在だった。
「昨日、俺たちを襲ってきた狼の事ですか?」
「正確には、あれは《魔物》の一種だな。あれ以外にもいろんなのがいるが、魔力の澱に影響されて人間を襲うような存在を《魔物》と呼んでいるんだ」
横からラルフさんが口を出してくる。彼も退屈していたに違いない。降ってわいてきた話題に彼ものっかる気のようだ。
「魔力の澱というのは、正確な事は明らかになっていないが、魔力の絞りカスのようなもので、人間を始めとした、生命には毒となるものなんだ。この世界中に存在していて、それが濃い場所、とりわけここらへんのような辺境だと、《魔物》が発生するんだ」
『魔力の澱』とか、また聞きなれない単語がでてきたが、まだすべてを聞いたわけではない。まだ聞きに徹した方がいいだろう。隊長は俺を見て、質問がないことがわかると、また説明を続ける。
「そこでだ。人がいる場所に《魔物》が発生しないように、我々、人類の活動圏内には《結界石》が設置されている。アルン村に来るまでの街道に、時々、石を奉った石柱や祭壇があったと思うが、それらが《結界石》だ。ここでは……ちょうどこれだな。あれがアルン村の結界石だ」
隊長の指さす先には、教会入り口前の広場の台座の上にのっている青い石がある。いつの間に、教会正面まで来ていたらしい。あの石は位置的に、村の重要な施設なのかもしれないと漠然的に予想していたが、どうやら正解だったようだ。
「結界石ってのは、輝石の一種で、周囲の大気中の魔力の澱を吸収して、澱が濃くならないようにする石だ。街道や村のような人が生活する場所には必要不可欠なモノだという事だな」
一拍いれて、隊長は続ける。
「ただ、結界石にも限界があって、溜め込める澱にも限界がある。容量限界に澱を吸収した結界石は、本来の機能を失うのに加えて、澱を撒き散らす危険なものになるんだ」
「そこで、浄化の儀式ってわけだ。定期的に結界石が溜め込んだ澱を解放してやることで、結界石が継続的に機能するように調整するんだ。そんでな、今、アルン村では儀式が行われてる最中だ」
肝心な所の説明をラルフさんに奪われたせいか、隊長は眉をピクリと動かしてラルフさんをにらんだ。
「へぇ、そうなんですか。でも《浄化の儀式》というからには、何か特別な催し物のような印象を受けるのですが、この村ではそういったものが行われているというような様子は見られないですね」
実際にファンタジー世界の風俗を目の当たりにするのは今回をおいて他にはないが、俺の主観では、特別なイベントが行われているようには見えなかった。子供の時に地元のお祭りに行ったときに感じる高揚感――いわゆる、ワクワクするような雰囲気が村人達から感じられないのだ。さっきの揺れを差し引いても、みんな何かに怯えているようにみえる。そして、時折、怒鳴り声が聞こえる。さっき見た、騎士に食ってかかっていた初老の男性は、まだ同じ騎士と口論しているようだ。どうにもならない不安や鬱憤をわめき散らしているのか――
隊長は、既に後方に追い抜いた騎士を遠くに苦々しく見たあと、話を続ける。
「少し前までは、楽しいお祭りみたいな事やってたんだ。かたっくるしい事は儀式の時だけで、前夜祭では、みんなでどんちゃん騒ぎするのが恒例だったんだ」
隊長は懐かしげに目を細めながら話している。
『恒例だった』ね。
「だが、変化は突然だった」
隊長の口調が突然、あたたかみのない無機質な口調に変わる。
「明確な時期は不明だが、儀式を行うと魔物が空から降ってくるようになったんだ」
突飛な話題の転換に、理解が追い付かない。某国民的アニメ映画のセリフに「空から女の子が」というようなものがあったが、同じような事を言われたようなものだった。そのセリフを聞いた、親方が取り合わないのも頷けるものである。
俺がポカンとしていたせいか、隊長は少し苦笑しながら続ける。
「突然言われても、一体何の事を言われているのかわからないだろう? だが、これは事実だった。このことが起こるようになったのは、もう何年も前になるが、最初に聞いた騎士も相手にしなかったそうだ」
だが、知らせをもたらした村人の様子が真に迫っていた事、いつまでたっても村人の必至な様子が変わらないことから、騎士は村の様子を見に行くことにしたという。
「半信半疑で、油断ならない状況であると判断した騎士は、一部隊を駆り出して、偵察に赴いたそうだ。案内に村人を伴って戻ったら、村は焼け落ちて、燃え跡しか残っていない廃墟になってたそうだ。だが、注目すべきはそんなところではなかった……」
所々、残り火が燃える廃墟のなか、得体の知れない存在が村に十数体はいたと言う。
「狼や鳥、見たこともない獣、果ては幽霊、異形の者、人間の形をした存在さえいたと言う話だ。それらに共通する事は一つ。騎士団を見るや否や、襲いかかってきたことだ」
騎士団は完全に不意を突かれる形で混戦に陥った。村の様子を把握するために各自、散っていたのも状況の悪さに拍車をかけたようだ。
「敵は騎士団が相手してきたどの敵よりも、恐ろしい特性を有していたらしい。疲れ知らずで、どんなに交戦を続けても、疲弊しない無限の持久力。致死に至らない傷であるならば、全快まで回復してしまう再生力。そのときはなんとか撃退できたそうだが、犠牲となった騎士は何人も出た」
隊長の言ってることが本当なら、楽しいお祭りのような催し物が悲劇の大事件にかわってしまったということになる。少し気まずい雰囲気になりつつあるなか、おそるおそる続きを促す。
「それでその後、どうなったんですか?」
隊長は、同じ冷徹な調子で淡々と話し続ける。
「ああ、犠牲を出しつつも魔物は撃退できたんだが、さらに奇妙な事が起きた。魔物を倒したら、その死体が残らずに綺麗さっぱり消えたそうだ。代わりに魔物が倒れていた場所には、人の死体が倒れていた」
「どういう事なんですか?」
いまいち、話が飛躍しすぎていてなかなか内容が掴めない。もう一度、隊長に聞き返そうかと思ったが、その時、前の方からドミトリの声がかかった。
「隊長。うるさい」
ドミトリは、水晶を持ったまま、片手を腰にあてて、こちらを睨み付けている。かなり不機嫌そうである。
話にのめりこんでしまって、ドミトリの仕事の邪魔をしてしまったようだ。思い出したかのように、隊長がドミトリの方へ振り替える。
「あ、おお。すまん。それで? 原因はわかったのか?」
「教会の周りに僅かながら魔力の残留反応があったから、調べてみたけど、あの揺れを引き起こす事につながるような反応はなかった。実は、もう一つ気になるところがあって、外の方にも魔力反応があるんだ。アルノーゴ樹海に行くことになるけどいい?」
隊長は俺たちを一瞥したあと、ドミトリに了承を示した。
「ふむ。そうか。樹海は危険な《魔物》が出るが…… 護衛としては、俺とラルフがいるから問題ないだろう」
ヴァンを見て、隊長は続ける。
「あんたも、そんな格好してるんだから多少なりとも腕に覚えはあるんだろう?」
「無論。主の率いる僕では下かもしれんが、そこらの有象無象には遅れはとらん」
ヴァンは腕を組んで堂々と答える。なんとも頼もしい限りだ。ヴァンは低コストクリーチャーであるが故に、パワー、タフネスは低い数値が設定されている。しかし、そんな差を覆してしまうのではないかと思わせる貫禄があった。
「よし、裏口から出てくか?」
「うん」
あらためて回りを確かめると、再び教会裏手方面にまで戻ってきていた。話し込んでいるうちに、いつのまにやらそれなりの距離を踏破していたようだ。今、俺たちがいる道は、教会前広場から、教会を左手に中心にして回りこむように続いており、教会が完全に左90度方向に位置するあたりから、くねくね曲がりながら村の奥――アルン村を囲む壁――へと続いている。引き続きドミトリを先頭に、俺を含めた男連中が歩き出す。
しばらく無口で歩いたが、俺としては中途半端に遮られた、先の話が気になって仕方がない。隊長に続きを促す。
「それで、アルバート隊長。さっきの続きなのですが、一体どういう事なのですが? 分からない事が多すぎて、俺はどこに驚いたらいいのか全然わからないのですが……」
隊長はドミトリの方をちらりと見て、彼の様子を一瞬伺った。ドミトリは水晶玉をローブの内に引っ込めて、両手が自由な状態で歩いている。今は『調査モード』でないようである。今なら話をしても大丈夫そうだった。隊長はドミトリを気にしなくていい事を確かめてから、続きを話し始める。
「どこまで、話したんだったか? そうそう、《魔物》を倒したら、魔物の死体が消えて人間の死体が現れたという所までか」
死体が消えるという事は、俺の世界基準で考えると奇妙な事に該当するとは思うが、ファンタジーに代表されるフィクションでは、それほど珍しくもない事象のように思われた。思い返してみるに、昨日、《魔狼》に襲われた時は、ラルフさんや、グレーが倒した狼の死体は残っていたはずだ。唯一、俺の【番狼】を除いて……
「《魔物》の死体というのは、消えるまでしばらく時間がかかるんだ。まぁ、死体をほったらかしておくと、他の《魔物》の発生を促してしまう事があるから、澱が発散しやすくなるように火葬等して処分するもんなんだがな」
どうやら、この世界では死体が消えるというのは《魔物》に限っては普通の出来事のようだ。昨日、隊長が狼に襲われた場所に残った騎士達に命令していた、《魔狼》の処理とはそういう事だったようだ。
口調を曇らせながら隊長が続ける。
「で、《魔物》に襲われた村の件なんだが、《魔物》の死体から現れた人間は、なんとその村の住人ばかりだったそうだ」
「えっ、それじゃあ……」
《魔物》の正体は村人達だったという事なのか。それでは、騎士達は村人たちを殺してしまったという事になる。
隊長は言葉に詰まっている俺を見ていたが、一瞬、横にいるラルフさんを見た。
「ラルフ、いいな?」
「あぁ、いつかは話さなければいけない事だからな」
俺にはわからないやりとりをしてから、隊長は再び俺の方を向く。その目は真剣で俺を見定めているような気がした。
「当時の騎士団にとっては、奇妙な事が立て続けに起こった事件だったが、今ここで重要なのはそういう事ではない。さっきの話だが、《魔物》が倒された後の死体には、村の住人であったという事の他に、共通点があった」
突然、緊張感めいたものを感じた。天啓めいたことではあったが、これから俺にとって重要な事が告げられるような予感がした。周りの空気が重たいように感じる。さらには時間が間延びしたようにも感じられる中、隊長が二の句を告げる。
「そのことだが、死体の近くには、必ずある《札》が落ちていたという事だ。そう、ちょうどこのような札がな」
隊長は、腰につけている小物入れに手を突っ込んで、取り出したものを俺に示した。
俺が目にしたのは、統一された絵柄で書かれた札が4枚。その札は黒で縁取られていて、内側に大きな楕円が縁に内接するように描かれている。楕円の外側は、薄汚れた真鍮のような柄をしており、内側は皮でできているように薄い黄土色をしている。楕円の中心には5つの異なる色の玉が、ちょうど正五角形の頂点を模すように配置されており、その上下に英文字が刻まれている。下側は小さな読みにくい文字で『Deck master』。上側には大きく、冒頭の単語だけ青色で強調してい書かれている――そう、『MAGIC The Gathering』と。
俺にとっては、目をつぶってもはっきりと想像できるほど見慣れた絵柄である。どこをどう見てもマジック・ザ・ギャザリングのカード裏側の絵柄であった。俺がこの世界に来る前に山ほど持ち歩いていた物でもある。その事を認識した瞬間、懐かしさと安堵に満たされてかけていた俺の心は、氷のように冷たい恐怖に占められた。
「なん……で……?」
なんで? どうして? 俺は怪現象に巻き込まれてこの世界に来たはずだ。隊長の話した事なぞ、俺は全く知らない……
予想以上に自分は衝撃を受けていたようである。カードに伸ばす手が、腕も思うように動かない。手は小刻みに震え、指先には力が入らない。やっとの事でカードに触れる事が出来たが、針に糸を通すように、中々指に掴む事ができない。隊長は俺の様子を確かめると、溜息を吐きつつ、俺の指を払いのけてカードを再び小物入れにしまってしまった。横のラルフさんの「アタリだな」という言葉が脳内に残響する。
「その様子を見る限り、これには覚えがあるようだな。これが、騎士団やラルフがオマエに執着する理由だ」
隊長を茫然と見ていると、肩を思い切りたたかれた。横を見ると、ラルフさんが俺を見て、笑っている。
「これだけは言っておくが、俺やオヤッサンは、お前が諸悪の元凶だ、なぞ思っちゃいないからな。さっきのも含めて、これまでのお前の反応を見る限り、なんというのか、被害者面というような反応しかしていないよな。どうも、荒事に慣れていないズブの素人にしか思えないんだ」
隊長は苦笑してラルフさんに続ける。
「俺も同感だ。お前が儀式の怪現象に何か関わりがあるとは推定してるが、お前が意図的に関わっているわけでは無いことぐらい、様子を見てれば何となくわかる。そのぐらいの分別は持ってるつもりだ。ドミトリの《感知》にも引っ掛からなかったしな。なあ、そうだろ?」
隊長は少し先を歩くドミトリに大きな声をかける。先ほどの不機嫌そうな雰囲気からかわらず、彼はしぶしぶ答えた。
「オーラ自体は見たこともないものだったけど、おかしな乱れはなかった。だから、嘘をついてたり、隠し事をしてるようには思えなかった。あれだと、しゃべくりまくってる女と変わらないよ。あの時のアンタは、ニーナにくっつき足りなかったナエが愚痴たれてる時にそっくりだったくらいだ」
俺の事情聴取をしているときに、ドミトリは俺の供述の真偽を見極めていたらしい。ずっと彼に見張られていたが、そんなところまで見られていたとは思わなかった。というか、人間嘘発見器ができる人物がいるとは驚きである。
三者三様の言葉を聞いて、少なくとも自分が危険視されていない事がわかった。安堵の息をもらしているところに、ドミトリの言葉が続く。
「隊長。僕はソイツよりかは、ソイツが呼び出した……そこの《守護者》に聞いてみたほうがまだ収穫があるんじゃないかと思うんだけど」
ドミトリが指差す方向に、ヴァンが立っていた。今まで静かに隊長の話に耳を傾けていたようだ。今は考えているのか、両目を閉じて、想いにふけっているようだ。
「無論、俺も問いただすつもりではいたさ」
隊長は一歩一歩ヴァンへと近づいていく。
「さて、確かヴァンとかいったか。お前は先ほどの話について、何か知っているのではないか? 言っておくが、とぼけたり、はぐらかしたりすんじゃないぞ」
隊長は有無を言わさない、きつい口調でヴァンに言い寄った。俺としても、隊長が話した『浄化の儀式』と、マジック・ザ・ギャザリングとの関係性について、ヴァンならば何か知っているのではないかと思った。なぜなら、彼はカードから現実に召喚された存在なのだから。
ヴァンは少し間をあけてから、目を開け、隊長に向かって静かに答えた。
「主に呼び出される前の記憶ははっきりとは思い出せないのだ。すまないが、貴様の話に関する手がかりは提供できそうにない」
「何……? 嘘はついてないだろうな?」
隊長はドスがきいた一層低い声でヴァンに詰め寄る。だが、ヴァンは俺とは違って、怯んだ様子を微塵も見せない。
「本当だ。主に捧げた、この剣に誓っても良い」
ヴァンは召喚した時と変わらない超然とした態度で堂々としていた。
隊長とヴァンがにらみ合う緊張した時間が暫く続いたが、そこに空気を読まないドミトリの声が割って入る。
「隊長。早く調査を終わらせないと。まだ儀式の準備が残ってるでしょ。ソイツの事は後回しにしなよ」
だが、隊長は食い下がる。
「ドミトリ。こいつを魔力視で視ろ」
「やだ。あれは落ち着いた状況じゃないと、うまく視れないんだ。それにこんな場所でやるもんじゃないよ。アレ結構疲れるし……」
ドミトリは隊長の命令を拒否したが、軍隊的に部下が上司の命令に反発するのは許されることなのだろうか。隊長はヴァンとのにらみ合いを止め、ドミトリの方を見て口をパクパクして、何かを言おうとしてたようだが、大きなため息を吐いて再びヴァンの方を向きなおして言った。
「はぁ…… この天上天下唯我独尊な性格がなければ言うことがないのだが…… ドミトリの言うとおり、今はそういう事にしといてやる。おまえがワタルみたいに素人めいたやつならよかったんだが」
「隊長。早く行こう。こんなめんどくさい仕事はさっさと終わらそう」
もうだいぶ先からドミトリの急かす声がかかった。見れば、もう彼はさっさと歩きだしていた。樹海に通じる裏門までもう少しといったところだった。しかし、マジックのカードを隊長が俺に見せた時点でドミトリ以外の全員の足は止まってしまってた。遅れて、隊長が歩き出す。先頭が動き始めた以上、俺たちも行かなければならないが、俺はヴァンの言葉が気になっていた。
「ヴァン。さっきの言葉って本当なの? 何か覚えているようなことはないの?」
ヴァンは俺のほうを向いて少し困ったような様子で答える。
「主。これは本当です。以前のことを思い出そうとしても、記憶がバラバラになってしまっているとでも言いましょうか、雲をつかむようにはっきりしたこと事は思い出せないのです。ただ――」
「ただ?」
言葉が少しつかえてたようだが、ヴァンは続ける。
「ただ、主と伴に過去に幾度も闘ったという事実。そのことだけは、我は覚えていると確信できるのです。主の下、同志達と何度も栄光の勝利や苦渋の敗北をしたこと。それだけは記憶としてではなく、我が魂にしかと刻まれているような気がするのです」
そう言うヴァンはどこか懐かしむような、柔和な表情をしていた。普段の厳かな雰囲気からは想像できない、昔のどこか遠いところでの出来事を思い浮かべているような、歴戦の武将の顔がそこにはあった。俺はラルフさんに促されるまで、何故だかその顔をただ見ていることだけしかできなかった。
しばらく歩くと、樹海に通じる裏門についた。
この村に入ってくる時に見た正門ほど大きくはないが、両開きの扉がしつらえられている。扉一枚で大人一人を覆い隠してしまうほどには大きい。扉は木製で作られてはいたが、いくつも丸太で補強されており、《魔狼》ぐらいの大きさの《魔物》では突破は不可能のように思われた。グレーほどの熊だったらわからないが…… あれ?そういえばグレーはどうしたんだろう?
そんな疑問を感じてる俺をよそに、隊長は見張りの騎士2人といくらか話して扉を開けさせた。裏口は普段、貴重な薬草等の採取に向かう旅人が少なくない頻度で通るとの事で、割と頻繁に開け閉めがされるそうである。冒険者は朝早く出発するので、こんな昼過ぎに扉を開けることは珍しい、とは扉の番をしていた騎士の言葉だ。さらに、彼は扉を開きつつも気になる事を言った。
「ああ、そういえば。少し前に司祭様が扉を開けて森の奥に行きましたよ。なんでも、結界石の結界に影響がないか調べるついでに、足りない分の薬草を補充するとか……」
隊長が不可解な事を目の前にした人間のような、なんともいえない表情をして聞き返す。
「何? ザーナ司祭がか?」
「は、はい。自分の主観ですが、少しあわてていたような感じではありました」
「オヤッサン。なんかおかしいのか?」
思案する隊長にラルフさんから質問が飛ぶ。
「あの揺れのあとだ。村の結界になんら影響がないか心配なのはわかるが…… 浄化の儀式をやるにしても多少安全をとってるから、結界石の機能にも幾分の余裕はまだあるはずだ。第一、薬草の補充くらいの雑用なら司祭自ら出向くのが解せないな」
隊長の指摘ももっともらしく思えるが、樹海に老人一人というのは危険ではないのだろうか? 気になった俺は隊長に指摘する。
「樹海の中は危険ってお話ですけど、ザーナ司祭は大丈夫なんですか?」
隊長は俺を見て、諭すように話す。
「その点に関しては心配は要らない。ザーナ司祭は、当然ながら《司祭》系の加護を受けているからな。攻撃手段は乏しいが、守りに関しては大丈夫だ。その気になれば、半日くらい無傷で樹海をさまようこともできるんじゃないか?」
どうやら、いらぬ心配だったらしい。余計な懸念が増えたためか、ドミトリがめんどくさそうに隊長に言う。
「隊長、ここでザーナ司祭のことを考えても、しょうがない。運がよければ途中で見つけられるかもしれないし、さっさと行こう」
隊長はドミトリのほうを向くと、またもやため息をついた。
「まったく、これじゃどっちが隊長なんだか…… いちいち言ってることが正論なのが厄介なところだな。よし、行くぞ。お前ら、後を頼んだ」
隊長は門番2人に声をかけて、すでに歩き始めたドミトリに続く。俺達も後を追う。
門を抜けると、道が森の中に続いているのが見えた。旅人が頻繁に森に出入りしているために自然と作られた道なのだろう。道はしばらく行くと、まるで、穴に吸い込まれてるかのように見えなくなってしまっている。正しくは、道の先が見えないほどに森が暗いということなのだろう。底なし穴を覗いているかのようなその光景は、図らずも、俺が転移する際に転がりこんだ『穴』を連想させた。
ゴクリ、と唾を飲み込む。
俺には、森がまたもや俺を別世界にいざなうように手招きしているように思えてしまうのだった。