Plains Walker -次元世界遊歩道中- 作:sasandra
アルノーゴ樹海。
転移してきてから、遠めに眺めたり、深入りする事はなかったが、俺達はその中を進んでいる。
アルン村自体がアルノーゴ樹海に隣接している位置にあるので、村に近づく折に、木々が生い茂っている風景は前もって見ていた。しかし、『樹海』に入ってから見る風景は、それらとは一線を隔てていた。はっきりとはいえないが、明らかに雰囲気が『禍々しい』のである。俺達の背丈を軽々と越えて茂っている木々の葉は太陽の光を遮り、森の中を暗くしている。見上げれば、葉は若葉を想起させるような緑色ではなく、黒を混ぜたかのような濃緑色をしている。暗いところによっては、黒色をしているようにすら錯覚してしまう。木々は樹海に入る前に見た木とは違い、うねりくねった幹をした木が生えていて、中にはバラのように棘の生えていたものまであった。時折、鳥や獣の鳴き声がガーガー、ギャーギャー聞こえてきては、どこかの茂みでガサガサ音がなったりして、どこにどんな恐ろしい存在が潜んでいるのかわかったものではなかった。夏にイベントで開かれるようなお化け屋敷で感じるような恐怖とは違う、生命の生存が脅かされるような、根源的な恐怖を味わわされる場所であった。
今は、ドミトリを中心として、その隣に俺とヴァン。前方を隊長が警戒し、後方の警戒をラルフさんが受け持って塊となって進んでいた。幸い、村を出てから《魔物》には一度も襲われていない。
「な、なんだか怖いところですね……」
森に入ってからこの方、ずっと感じる不安にたまりかねて口が開いてしまった。
「ああ、ワタルは樹海に入るのは初めてだったか」
「へっ、安心しな。俺とオヤッサンがいれば、こんな浅い所じゃ十分だ」
俺の不安を察したのか、ラルフさんが頼もしい言葉を返してくれる。ラルフさんが強いことは一度確かめているのだが、場所が場所なだけに一抹の不安が残ってしまうのだ。隣からドミトリの「うるさい」という苦情が出てくるが、そんな憎まれ口も、今の状況下では不安を和らげてくれるのだから不思議なものだ。気を紛らわすために、かと言ってドミトリの気を紛らわさないように、精一杯声を抑えてラルフさんに質問をしてみる。
「それにしても、この森の中、明らかに木がおかしくないですか?」
ラルフさんはドミトリに配慮したのか、俺のほうに近づいて、先ほどよりも少しボリューム小さめの声で答えてくれる。
「それは、魔力の澱の影響だ。アルン村の結界石の範囲外だから、澱が村周辺に比べて格段に濃くなってんだな。澱が濃い環境だと、動植物はその影響を受けちまって、通常では考えられないような生育をしちまうんだ」
「人間は大丈夫なんですか?」
「2、3日くらいなら影響は無いらしい。騎士団の任務で澱が濃い場所に2、3カ月居続けるヤツもいるが、輝石を身に付けてれば、問題はないみたいだ。輝石が澱から守ってくれるっていうらしいが」
「俺は輝石、持ってないですよ」
「……まぁ輝石を発現できていないヤツでも、旅の都合上で数日単位で身をさらすことはあるみたいだが、めまいだとか、気持ちが悪くなるとかで、そんなに影響はないみたいだ。それこそ1年間単位でドップリ浸かってないと悪影響はでないんじゃねぇのか?」
どうやら、魔力の澱が与える悪影響については、とりあえずは大丈夫そうである。1回目よりもボリュームが大きくなったドミトリの「うるさい」という苦情を脇に、気になった質問を続ける。
「そういえばグレーはどうしたんですか?」
教会でラルフさんと再会してから、相棒たるグレーの姿は一回も見ていない。アルン村に来るまではラルフさんとグレーが一緒でない時はほとんどなかったので、どうしたのかと気になったのだ。
「あー、それはな……」
ラルフさんはガシガシ頭をかいて、少し思案してから答える
「お前には一度、グレーを俺の『使い魔』だって説明したが、今までの事を考えれば、大体察しがつくだろ。グレーは『仕舞って』ある。さすがに村の中に連れ込むわけにもいかねぇしな……」
一瞬、何のことを言っているのかわからなかったが、グレーの正体に思考が至った途端、意味がなんとなくわかってきた。きっとラルフさんは、グレーを『場』から『手札』、もしくは『墓地』、そうでなければ『デッキ』か『ゲーム外領域』にやったのだろう。俺の私見が入るが、この世界ではクリーチャーは召還されなければ、文字通り『現実に発現しない』のであろう。マジックでは、召還とは基本的に『手札』から『コスト』を支払って『場』に出す行為である。(もちろん、クリーチャーを場に出すのに、それ以外の手段も存在はするが……) 『仕舞った』とは『内に収納する』または、『ひっこめる』ということであり、グレーは現時点では、この世界のどこにも存在しないという事なのだろう。すなわち、俺達がいる現実たる『場』にはグレーは存在しないということである。
合点がいったが、よくよく思い返せば、一番重要な事をラルフさんに言ってなかった。この際、グレーを『仕舞う』事がいったいどういうことなのかをハッキリさせる事はどうでも良い。それは……
「というか、どうしてラルフさんはマジックの呪文を――」
「う、る、さ、い」
俺の核心をついた質問は、2度の苦情を無視されて、業を煮やしたドミトリの3度目の苦情によって遮られた。ちなみにボリュームは過去最大級であった。
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鬱蒼と木々が生い茂る中、俺達5人は無口でひたすら進む。
ドミトリの3度目の苦情のあと、大声に引き寄せられたのか、俺達は《魔物》の襲撃を受けてしまった。
襲ってきた《魔物》は《魔狼》ではなく、《邪豹》と呼ばれるネコ科を思わせる《魔物》であった。黒い体毛の中に、白い玉が散りばめられた模様の毛皮をしていて、まるで現実世界の豹を白黒反転したかのようであった。だが、赤い目や鋭い牙は《魔狼》と変わらず、何より細くも強靭でしなやかな前足からは想像できない鋭利な爪が印象的だった。
余計な面倒を引き起こしてしまったツケとして、ラルフさんが相手をすることになったのだが、今回も特に苦労している様子はなかった。《邪豹》は、その細身な体からは想像できない大きな跳躍でラルフさんに飛び掛ったが、ラルフさんはふらりと横に交わし、輝石を一瞬輝かせてから、右手で剣を一閃。《邪豹》は地面に着地できずに地面に頭から突っ込んだ。見れば、《邪豹》の腹が大きく掻っ捌かれていた。なんかエグイ、ひょろ長いニョロニョロしたものが腹からこぼれていたのですぐに視線をはずしたが……
ヴァンが「ほぉ」と感心が口から漏れるほどの、惚れ惚れするほどの対処だった。
その後、隊長から「お前ら、私語は禁止する」とお叱りを受けてしまった。この年になって叱られるとは思わなかったので少しヘコんだ。ドミトリも隊長から「お前ももう少し、声を落とせ」と叱られていたが、ドミトリは「そんなことわかってる」と、馬耳東風やら、どこ吹く風やらといった風であった。
プリプリしていた隊長は何回目になるかわからない大きなため息を吐いたあと、《邪豹》に向かって右手をかざして一言「埋まれ」と囁いていた。驚くべきは、その後に《邪豹》の死体が、突然地面に埋まってしまった事だった。恐らく死体の処理をしていたのだとは思うのだが、これはきっと隊長の輝石の力の一端なのだろう。隊長につめよろうとしたが、「質問も禁止だ」と先に言われてしまい、俺はぐっとこらえるしか無かった。声も無く嫌味な表情で笑う隊長と、感心の言葉以外、一切無口で無表情なヴァンが対照的だった。
そんなこんなで、一度は襲撃で足を止められたのだったが、再び森の奥へとドミトリの調査を進める。
「もう少しで揺れの発生源がある場所につくと思う」
と、襲撃をかたずけ終えた直後に水晶玉を見ていたドミトリが言った。
「早いな。まだ深部に入りこんでないとは思うが」
「オヤッサン。まだ、村を出てから数十ミニトしかたってないと思うぞ」
隊長とラルフさんから、意外そうな声があがる。ラルフさんの言う時間の単位はわからないが、どうやらまだ森に入ってからそんなに時間はたってなかったらしい。俺としては森の異様な光景と、襲撃の一幕でかなり時間がたっているように感じられた。だが、荒事に慣れているであろう二人がそう言うのならば、そうなのだろう。隊長は、少し大きめの声をだしてしまったラルフさんに「シッ」っと注意をしてから、ドミトリに先を促した。それから、歩みを進める事数分、茂みの中を進んでいるときに、前方からドミトリの声が聞こえてきた。
「ここだ」
茂みを抜けた先は樹海の中にも関わらず、ちょうど開けた場所が広がっていた。薄暗くて奥まで確認はできないが、目の前にはアルン村の教会前や街道の途中で見かけたのと同じような、結界石が奉られている台座があった。アルン村教会前の物と比較すると、石柱に描かれている文様が異なるような気がする。さらに、台座の上にある、結界石の色が緑色をしていた。
「結界石か……?」
隊長の疑問には何も答えずに、ドミトリはスタスタと石柱に近づく。水晶玉をかざしながら結界石をしばらく見つめた後、隊長に返事をする。
「いや、正確には侵入阻害と空間位相変化の結界が付与された結界石だね。村や街道の祭壇にあるものとは違うよ」
「なぜこんな所に結界石があるんだ? 昔、アルノーゴ樹海への開拓に失敗した時に回収し忘れた物なのかもしれんが、それだと付与されてる結界の効果が解せんな」
隊長は頭を捻っているが、今なら少しだけ質問しても大丈夫そうだろう。
「その結界ってどんな効果があるんですか?」
「侵入阻害ってのは……」
「結界が張られてる場所を生き物が把握できなくする効果がある。意識しなくて結界に近づいても、結界が別の場所に向かうように近づいてる者の認識を誘導するんだ。結果的に魔物も人間も結界内に入る事が出来なくなる。僕も本でしか読んだ事がなくて、今初めて見たけど、極めて高度な結界だよ」
珍しくドミトリが率先して答えてくれた。少し意外に思いつつも、説明された事を反芻する。
「空間位相変化は、特定の空間を僕たちのいる空間からずらして、僕たちのいる空間から分離して認識させないようにする効果だよ。これも初めて見る物凄く複雑な術式だ」
なんか内容が難しそうで、理解するのに困難するが、ドミトリの説明の内容の中で、何かが頭の中でひっかかる。それが判明する前にラルフさんが違和感を明らかにしてくれた。
「おい、ネクラ。その説明だと俺たちが、結界内に入っちまってる事に矛盾してないか」
「あっ、そうですね。なんで俺たちが、その結界石を目の前にすることができてるんでしょうか」
ドミトリは既にお決まりとなった「僕はネクラじゃない」という突っ込みを返しつつも説明を続ける。
「それが、この結界石はその効果が切られているんだ。普通、結界石は発動された時点で、間断なく効果は続くはずなのに…… もしかしたら……」
何やらドミトリはスイッチが入ったようで、周りをグルグル回っては、水晶をかざしつつ、ブツブツ言いながら結界石を観察しだした。言ってる事はわからないが、ようは目の前のコレが、この世界基準でも珍しい物なのだという事はわかった。
「おい、ネクラ!」
ラルフさんが呼びかけても、ドミトリに反応は見られない。『ネクラ』に反応しないという事は、それほど没入してしまっているという事だろう。
「ああなったドミトリはしばらくは帰ってこない。ほっといて俺たちは他を探索するぞ」
隊長が俺とヴァンとラルフさんに言ってきた。これまでのドミトリを見るに、好奇心旺盛な研究者気質な人物かと思ってたが、だいたいあっているようだ。今も飽きずにじっと結界石を眺めている。
「ほっといても大丈夫なんですか?」
「腐ってもアイツは騎士学校を卒業した一人前の『従騎士』だ。《魔物》に襲われても一人でなんとかする程度の実力は身に着けているさ。おいっ、ドミトリ。俺たちは先を探索する。何かあったら『アレ』で知らせろ」
「……わかった」
流石に隊長の言葉は聞き逃してはいないのか、ドミトリから小さい了解が返ってきた。
「行くぞ」
隊長が先に進み始めるが、ラルフさんから声がかかる。
「オヤッサン。何を探索するんだ?」
「ドミトリの言うとおり、あの結界石が『侵入阻害』の効果を持っていたとすると、結界石を設置した人間は、結界内に何かを隠したかったと推測できる。それを確認するんだ」
結界石が設置されている場所から、森の奥に向かって、木が少ししか生えていない開けた場所がしばらく続いているようだ。隊長の言うとおり、この奥に隠されていたものがあるのだろう。
目的のものはすぐに見つかった。結界石より歩くこと数分。茂みを抜けた場所に、こじんまりした社が建っていたのだ。
さらに、予想外な事に、一人の人間がそこにいた。その人物は社へ身をかがんで、中の様子を伺っているようだ。中をのぞくのに夢中で、背後の俺たちに気づく様子はない。
隊長は、人間に気づいた瞬間に、後ろを歩く俺たちに片手をあげて、俺たちの歩みを止めた。始めは何の事かわからなかったが、隊長がアゴをしゃくった方向に、人間のシルエットが見えてようやく気づくことができた。ラルフさんは隊長に無言でうなずきを返すと、腰に差してある剣を握りつつ、ゆっくりと隊長と謎の人物に近づきだした。俺も続いた方が良いか迷ったが、ヴァンが俺の前に出てきて、進行方向を手で遮った。ここは、大人しくしておいた方がいいだろう。
隊長は、社の台となっている石段に足をかける所で、抜刀とともに誰何の声をあげた。
「誰だ!」
少し離れた場所にいる俺の腹の底に響くほどに大きな声だった。社に夢中になっていた人物は相当驚いたようで、社の屋根に頭を思い切りぶつけた。
張りつめた空気が一気に弛緩してしまったが、当該の人物は後頭部を手で押さえて「ぬおぉぉ」と唸っている。うずくまっているので顔が、確認できない。だが、しばらく様子を見ていた隊長から、声があがる。
「その声に、修道服。まさかザーナ司祭か?」
「そ……その声はアルバート殿ですかな?」
ようやく頭の痛みが引いたのか、顔をあげた人物はザーナ司祭だった。頭の後ろをさすりながら、俺たちを見回す。なかなか痛そうで、俺の後頭部のたんこぶが疼いたような気がしてしまった。
「何故、アルバート殿がここに。結界があったはずでは――」
「それはこっちのセリフだ。結界石なら、効果が切れっぱなしになってたぞ」
「なんと、それで…… いや、もうアルバート殿達がここに居る時点で既に手遅れでしたな」
どうやら司祭の口ぶりは結界石に関わりがあるかのような言葉だった。ただ、もう言い訳ができない状況なのか、観念したようであった。
ラルフさんから質問が飛ぶ。
「で? 司祭様はあの結界石を操作したって思ってもいいんだよな? 一体、ここで何してるんだ。そこの社が気になってるみたいだが」
ザーナ司祭に注意がいっていたので細かく確認してなかったが、社は約5メートル四方の石段の上に建っていた。ちょうど大の大人の胸あたりの高さしかなく、形状的にアルン村の結界石の石柱部分を取り除いたようなものだった。ただ、屋根部分はずっしりした岩を四角錘の形状に削ったもので、頭をぶつけたらいかにも痛そうではあった。社の中に収まってる石は人の頭ほどもあり、血を思わせる深紅色をしていた。社の回りの所々欠けた石畳の隙間からは草が生えている。この場所が長年放置されていたことが推察できる。
司祭は静かに語りだした。
「私は、あの揺れがこの場所にある封印石が原因ではないかと思い、様子を見に来たのです」
「封印石だと? あなたの後ろのそれが、そうだというのか?」
「マジかよ……」
前者から、隊長、ラルフさんの反応だ。司祭の言葉は2人にとってかなり衝撃的なものらしい。が、俺にはその凄さがいまいち計れない。
「その封印石ってのはかなり珍しいものなのですか?」
俺の正直な質問に、司祭は昨日俺と話した時と変わらない、優しげな表情で答えてくれた。
「封印石というのは、災厄と呼ばれるほどの被害をもたらした魔物が封じられた輝石の事です。この世界のどこかに数多く存在していたと伝わっていました」
なんとも含みのある説明ではある。これだけでは理解できないから、もう少し話を続けるべきだろう。
「伝わっていた、とは」
司祭は社の方を向き説明を続ける。
「長い歴史の中で失伝してしまったのです。今では騎士団や教会が管理しているものしか場所が明らかになっていません」
「ザーナ司祭。我々、騎士団はアルノーゴ樹海に封印石が隠されていたことなど聞いたことがない。それは教会が独自に管理してきたものなのか?」
司祭は淀みなく隊長に答える。
「正確にはアルン村代々の司祭ですよ。この封印石を本山は感知していないはずです。私はこの場所を前任の司祭からの引き継ぎの時に初めて知りました。もう30年以上も前の事です」
「何? 本山の方はどうしているんだ?」
「おそらく、この場所は忘れ去られてしまったのでしょう。前任の司祭から聞いた話だと、100年以上前から存在していたそうです。私ですら、この場所に来たのは、これで2回目なのですから。前任も含めて、本山とこの封印石についてやりとりしたことなぞ、ありませんでしょうな」
おそらく、人が立ち入らない場所に位置していたため、長い間に忘れられてしまったらしい。だが、放置されてても何も問題は無かったのだろう。隊長は少し呆れた様子で、司祭に問い続ける。
「まあ、その状態でこれまでに問題なかったことはわかった。だが、今は封印石の状態は大丈夫なのか?」
「幸い、私が見た限りでは変わりはないようです。しかし、念のためドミトリ殿に見ていただきたいところではあります」
結界石を観察して、その性質を言い当てていたので、やはりドミトリにはその分野の専門性があるようだ。しかし、残念ながらドミトリは来る途中にあった結界石に夢中でこの場にはいない。隊長はラルフさんに指示をする。
「ラルフ。戻ってドミトリを呼んでくるんだ。何、封印石があるって言えば飛んで来るだろう」
「あまり気は進まねぇがしょうがないか」
ラルフさんは抜いていた剣を鞘に収めて、トボトボ来た道を引き返していった。ふらふらと歩いて、徐々に遠ざかるのを見送ってから、隊長は司祭に質問を続ける。
「それで?ザーナ司祭。その封印石には何が封じられてるってんだ? アルン村って言えば、昔に蛇の化け物が出たっていう伝承で有名だが……」
「その通りです。私が先任の司祭から伝え聞いた話になります。アルノーゴ樹海に入植が行われるようになって、十数年後に突然現れて、大きな被害をだしたそうです。その甚大さは当時、勢いづいていた開拓が大きく後退し、二度と再開されないほどのものだったそうです」
大きな蛇、という言葉について、気のせいではすまされない程度の既視感を覚えた。よくよく思い出して見れば、昨日にナエさんに教会に連れてこられた時に見たステンドグラスにそのような絵が描かれていたように思う。それに、ラルフさんも隊長と、同様の話をしていたはずだ。おとぎ話や伝説には由来となる話が存在するものだが、この世界でもそれは同じようだ。ましてや、この世界ではファンタジー要素が豊富なだけに、この手の話題は探せばいくらでも出てきそうな気がした。隊長は、信じてるのか、疑ってのか、どちらともつかないように鼻息をふんっと吹かしてから話を続ける。
「そんだけ被害を出しながらよく鎮圧できたもんだな」
「そこは、偉大なる女神様のお力添えあってのこと。犠牲を出しつつも、当時のガイウス派の術師達の活躍より、封印石におさめる事に成功したそうです」
司祭の言葉の中に、ガイウス派なる言葉が出てきた。話の流れから、封印石に深く関わっている存在なのだろう。ラルフさんもまだ戻ってきていないようどし、このことも聞いてみてもバチは当たらないだろう。俺がこの世界について知れる事は1つでも多い方が良いのだ。
「あのう…… ガイウス派って言うのは一体何なのでしょうか? 聞いている限りだと、何かの派閥を指してるんでしょうか?」
「それは……」
「ガイウス派とは……」
司祭と隊長は、俺に説明しようとして、ほぼ同じタイミングで話し出してしまったようだ。二人は互いに視線を交わしつつも、微妙な譲りあいという押し付けあいをやりあってるようにみえた。やがて、隊長は小さく「司祭に譲る」とだけ、呟いてからむっすりしてしまった。
譲られた当人は、やれやれと言ったような、かと言って全く嫌そうではない表情を浮かべて、俺に話し始めた。
「ワタル殿の言う通り、ガイウス派とは、聖石教会に属する術師達の事を差します。一般的には、結界石の作成、管理を担ってると言われてますね」
「その人達が、その封印石に関わってるということですか?」
「その通りです。彼らは輝石を使った結界術や封印術に定評があります。この封印石以外にも、ガイウス派が関わりを示唆する逸話は各地に伝わってますな」
なんだか話を聞く限り、ガイウス派の説明とこれまでのドミトリの行動が重なるような気がした。
「なんとなくその話を聞いて思ったんですが、ドミトリは、ガイウス派の術師なんですか?」
「はて、私もそう思っておりましたが、アルバート殿?」
司祭は困った顔をして、隊長に問いかけた。まさか、話が降られるとは思ってなかったのか、隊長は意外そうな顔をした後、腕を組んで思案気に語り出す。
「あー、確か、騎士学校卒業時に誘われたとかなんとか言ってたな。本人は適当にはぐらかしたとか言ってたが……」
「なんと、ドミトリ殿はガイウス派の術師ではなかったのですか。しかし、ガイウス派からの誘いが来ていたのですな?」
「ああ、ガイウス派からの派閥誘いなんて、数年に一回あるかないか、なかなかお目にかかれる事じゃないんだがな。本人は規律がめんどくさいとかで、バッサリ切り捨ててやがったな」
「なんというか、彼らしいですね」
「違いないですな」
ドミトリと会って話したのは今日一日だけだが、それだけでも彼の強烈な個性を知るには十分な時間である。どこまでいっても、マイペースで天上天下唯我独尊的な性格は、世間的に著名な派閥からの誘いも歯牙にかけていないようだった。俺たちが来た方向を見るに、まだラルフさんはドミトリを呼びに行ってるようだ。まだ今しばらく時間がかかりそうである。コホンと咳払いをひとつして、司祭が話を続ける。
「さて、話を戻しますかな。ガイウス派は歴史は古く、その起源は創世記にまでさかのぼる事ができるそうです。その起源は、女神様の従者、大導師ガイウスといわれております」
創世記という言葉は、過去に聞いた事がある単語だった。俺はそれが、某十字架的宗教が拠り所としている世界一のベストセラー本に相当するものではないかと予想していた。それから察するに、ガイウス派という派閥は歴史の紀元から存在する、由緒正しい厳格な団体であるという印象を受けた。
「なんか、すごく歴史のある、厳格な組織であるようなイメージがしますね」
「ほっほっほ。大抵の方はそのように受け取られるようですな。実際、世間一般に知られているのは今まで話した程度の事くらいで、それ以上の事となると何も情報がないのです」
「それは……一体?」
司祭の言葉をどう受け取ったらよいのか、悩んでいると横から隊長が補足してくれた。
「奴らは総じて、やる事なす事、みんな秘密なんだよ。俺が隊長をするようになって、何回か奴らと交わる機会はあったが、みんな《機密》の一言でこちらに必要な情報をひとつもよこしやがらねぇ。おかげでいらない苦労背を負いこまなきゃいけなかったな」
過去の出来事を思い出してるのか、隊長の声は若干不機嫌そうである。隊長の話を加味すると、ガイウス派というのは秘密主義的な所もあるようである。俺の中のイメージは某スパイ映画よろしく、情報を扱う秘密集団に塗り替えられてしまった。やましい悪事を働いてると、影で誅殺されてしまいそうな気がする。不安を抑えながら隊長に聞いてみる。
「それじゃあ、結局、ガイウス派って封印術や結界術に詳しいけど、何をやってるのかわからない集団って事になりますよね。それって何もわからないってことじゃないですか?」
「身もふたもない言い方すればそうなるだろうよ。なんか不思議な事があれば、だいたいガイウス派のせいにされるのが常だ。アイツらが好き好んでそういう振る舞いをしてるかどうかはわからんが、連中はそんな事を言われても全く気にしてないようだぞ」
結局、ガイウス派とは、なんともとらえようのない集団という事しかわからなかった。しかし……
「ドミトリに聞いてみたら、何かわかるのでは?」
「それも無駄だと思うぜ。俺も興味本位で聞いてみたけど、何もしゃべる事はないって言ってムッツリしたまんまだったな」
どうやら、ドミトリ本人に聞いてみても無駄なようである。何か箝口令でも敷かれてたりするのだろうか。
「ま、今はそんな事よりも目の前の封印石だ。我らがガイウス派内定術師様のご到着だぞ」
隊長がアゴでしゃくった方向を見ると、ザッザッザと一定間隔で茂みが揺すられる音が聞こえてきた。音は次第に大きくなり、やがて草をかき分けてドミトリが姿を現した。歩きながら周囲を確かめて、封印石の社を発見するや否や、グングンと社に近づいていく。俺やヴァン、司祭、ましてや隊長すらスルーして、最後には小走りで社に近づいて行った。目標物にたどりつくと、彼は水晶玉を片手に、社のあちこちに手をぺたぺた当てて、ブツブツ言いながらながら社を調べ出した。ドミトリに遅れる事少し、背後から、同様に草をかき分ける音が聞こえてくる。見れば、ラルフさんがやる気のない動きでフラフラと戻ってくるところだった。
「あ、おつかれさんです」
「おう……」
ラルフさんは気が抜けて疲れ切った様子であった。
「あの、ネクラめ、結界石から引きはがすのに苦労かけやがるだけか、封印石があるって聞くや否や俺をほっぽってガンガン先に進みやがって…… もう好きにしやがれってんだ……」
流石に、ラルフさんでもってしてもドミトリを御することは不可能らしい。彼の興味は封印石にのみ注がれていて他はどうでも良いようだった。彼の社への歩みが何よりもそのことを証明してるように感じられた。
「ラルフ、ご苦労」
隊長がラルフさんをねぎらいに寄ってきた。
「おやっさん。あんなみたいなのを部下に持つと苦労しないか?」
「今更だな。もう何度《隊長の威厳》という言葉を考える羽目になったことやら。もう俺はあきらめたがな……」
隊長とラルフさんの間に妙なシンパシーが生じているようだ。ドミトリを見ていると、その苦労がありありと想像できる。ドミトリは社の周りをくるくる回って調べていたようだが、今は社に収まっている大きな封印石に集中している。俺が隊長に尋問されていた時のように、射抜くように封印石を観察している。
「すごい。封印石を見るのは初めてだけど、こんな高度な術式が施されているとは思いもしなかった」
ドミトリの声を聴いたとき、おや、と思った。その声が少しだけ上ずっていて、興奮しているような様子だったのだ。結界石を見たときでさえ、このような声の調子ではなかった。司祭が彼に近づき、封印石について尋ねる。
「ドミトリ殿。封印石の様子はどうですかな? 私はワタル殿が、あの《守護者》を召喚した時に生じた揺れの原因が、この封印石にあるのではないかと思い、様子を見に来たのです」
「内の魔力の流れを完全に閉じ込めた上で、それを利用しているみたいだな…… 中に封印されてるのがどんなのかはわからないけど、それすら利用した術式…… 術を施した人間は相当な腕前に、非凡なセンスもある…… すごいぞ。あれ?」
「ド……ドミトリ殿……?」
ドミトリは司祭の言葉を完全に無視して、封印石に没頭している。司祭もドミトリの静かなる傍若無人ぶりに若干ひるんでいる様子だ。一方、ドミトリは何かを発見したようで、頭を社の中に突っ込んでまで封印石を調べ出した。
「おかしいな。わずかだけど魔力が漏れ出した後がある。術式も少し解けかけてる箇所が…… でも、もうほとんど元通りといっていいほど持ち直してる……」
「ドミトリ殿、それで封印石は大丈夫なのですか」
ドミトリは社に首をつっこんだまま、少し間を開けて答える。ドミトリは司祭を無視してるはずなのに、なぜか会話が成り立ってしまっているような気がする。
「うーん。大丈夫かな… 自己修復機能まであるとは…… これを作った術師は僕と同じくらい天才だな」
何故かこの場にはいないであろう、結界石を作成した術師に対抗してるかのような発言をしているが、ドミトリが言うには結界石は大丈夫らしい。ザーナ司祭も彼の言葉を聞いて一安心のようだ。
社から首をひっこぬいたドミトリに、隊長が声をかける
「それで、思う存分珍しい輝石を眺めてきた感想はどうだ」
「あれ? 隊長ここにいたの?」
ドミトリはやっとこの場に他の人間が居たかのに気付いたようだった。
「一番始めに見た結界石も中々興味深かったけど、この封印石はもっとすごいシロモノだよ。多分ガイウス派の手によるものだ」
「誰にも教えられずにガイウス派の名前を出すあたり、流石といった所か。それで、ザーナ司祭がその封印石の事を心配してるんだが、おかしな様子はないのか」
「うん、中の魔力が外に漏れだして封印が解けかけてたみたいだけど、封印石自身の術式で自動的に持ち直したみたいだよ。修復もほとんど終わりかけてるみたいだし、もう安全な状態になってると思う」
隊長は「そうか」と言ったあと、ドミトリに問い続けた。
「それで、あの揺れの原因らしきものにアタリがついたわけだが、この封印石の封印が解けかけた影響としては、大規模な揺れしかないのか? 他に何かないのか?」
ドミトリは調査項目のうちに入っていたのか、淀みなく答えを返す。
「今まで、ここに来るまでに魔力の揺れや濃さを探ってきたけど、大きな魔力波動が通りぬけた残滓が見られるだけで、他にはおかしなところは全くなかったよ。多分、封印石の術式が解けかけた時に、中の魔力が漏れて、大規模な魔力波動が生じたんだと思う。それ以外には……」
「なんだ?」
「いや、ここに来るまで様子を探ってる間に、誰かの視線を受けてるというか……変な感じがしたんだけど」
「何? ……ラルフ。おまえここに来るまでに何かに感づいたか?」
ドミトリの言葉に隊長が怪訝そうな表情をする。ラルフさんは隊長の問いかけを受けても、首を横に振るだけだった。
「いや、監視を受けてるような気配は感じなかったぜ。呪われてるとは言え、まだ《加護》で増幅された感覚まではやられちゃいねぇ。てめぇはどうだ、《守護者》?」
意外にラルフさんはヴァンにまで、何かなかったかを聞いてきた。歴戦の彼ならば何かに気付くような感覚に優れているかもしれない。
「いや、我も特におかしなことは感じなかった」
その言葉を聞いて、ラルフさんが隊長に「だそうだぜ」と話を戻す。
「隊長。僕としてはあの感覚に根拠はなにもないんだ。気に食わないけど気のせいだったと言われたら否定できない……」
「ふむ、お前がそんなに自信なさげに物を言うのも珍しいな……まぁいい」
不確かなものについては早々に見切りをつけたらしい。隊長は全員を見回して全員に告げる。
「よし、揺れの原因はその封印石と想定して、今回の調査はこれで引き上げる事にするぞ。樹海の中にこんな代物があるとは想像しなかったが…… 明日の儀式の準備もある。さっさとここを撤収するぞ」
隊長はザーナ司祭に一言付け足した。
「ザーナ司祭。その封印石の事について知っていたなら、我々がアルン村に来たときに告げるべきだった。今は最後の儀式が差し迫ってるから、深くは追及しないが、この件はラグジッドの騎士本部に持ち帰らせてもらうぞ」
「ええ、お伝えしていなかったのは明らかに私の落ち度です。また、騎士団にこの封印石を知っていただいた方が、私としても心配事が軽くなって喜ばしい事ではございます」
隊長は「それは結構」と一言した後に、ドミトリにこれ以上の封印石の観察禁止を告げ、無理やりひっぱっていく。
ドミトリはずるずる引きずられながら「えー、もっと見たいんだけど」と駄々をこねている。なんだかこの様子だけ見てると、天才という評判が台無しではある。
「うっし、ワタル、ザーナ司祭、俺たちも行くか」
ラルフさんに急かされて俺も歩き出す。しかし、なぜか社が気になって中々歩が進まない。後ろ髪引かれるという言い方もおかしいかもしれないが、俺の中の《何か》が社を、いや、その中の封印石の存在を無視するなと訴えかけてきてるかのようであった。しかし、いつまでもここにいるわけにもいかない。
ザーナ司祭、ヴァンの背中を追って、封印石がある広場を後にするときに、それは起こった。
ドクン
不意に俺の中にある《何か》がざわついた。
とっさに、社の方を振り返るが、封印石は相変わらず、森の中という静かな情景の中に変わらずあり続けたままだ。ざわついた余韻が残る胸に手をあて、じっと封印石を見続ける。
「やっぱり、俺に、マジックに関係してるのか?」
ヴァンがしばらく動かない俺を見かねたのか「主?」と様子を聞いてくる。妙な不安は残るが、封印石に変わりがない以上、この場にとどまっていても何かあるとは思えない。仮に何かあるとしても、俺一人だけでは不安が残る。俺には逃げるようにこの場から立ち去る事しかできない。
「おい、ワタル。早くいかねぇと、この場から出られなくなるぞ」
振り返ると、ラルフさんが戻ってきていた。何やら聞き捨てならない不穏な発言である。
「え、出られなくなるってどういう事ですか」
「ネクラが言うには、今、司祭が効果を切っている結界石なんだがな。効果を戻すと人払いの結界が働くんだそうだ」
「それは、結界石がそういうものだと聞いてますから、そうなるんじゃないんですか?」
「問題は、結界の内側らしい。結界石は、外から見れば何者も侵入を許さない結界を張るんだが、中の方は、逆に何者も外にださない効果を及ぼすらしい。外からの存在を退けつつ、中の存在を封じる2重の効果がある素晴らしい結界なんだとよ」
「え、じゃあ、ザーナさんが効果を戻す前に出なきゃだめじゃないですか。それを早く言ってくださいよ」
「ま、司祭様に限って俺たちを閉じ込める事なんて考えられないがな、早くいくぞ」
ラルフさんに軽く文句を言ったその時である。俺の後方から左手方向にかけて、茂みをかき分ける音が聞こえてきた。すわ、魔物か?と思ったのだが、どうやら音の発生源は俺たちから遠ざかる方向に移動しているようだ。ラルフさんとヴァンが得物に手をかけ前に出て、俺を守ってくれたが、しばらくしても何も飛び出してこなかった。
「魔物ですかね」
「まぁ、結界石の効果が切ってあるから、俺たち以外の存在がこのあたりに侵入してても不思議はないな」
「主、ここに留まり続けるのは危険です。先に行った騎士隊長殿と合流しましょう」
「そこの《守護者》の言うとおりだ。ワタル、だべってないでさっさと行くぞ」
俺を守ってくれてる二人にそこまで言われてしまっては、口答えのしようがない。先ほどのやりとりで気が緩んだせいか、妙に疲れきってしまった体を叱咤しながら、俺たちは帰路につくのだった。
2017/01/08 ドミトリの結界石の説明に関して加筆修正