Plains Walker -次元世界遊歩道中-   作:sasandra

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012:浄化の儀式と災厄の流星 その1

 色とりどりのステンドグラスから差し込む光は、鮮やかに彩色され教会の祈り場を照らしている。その光は2日前に初めてこの場にやってきた時と変わらず、教会の中の神秘さを醸し出すのに一役買っている。しかし、それは無人の中の静けさの中にあって初めて感じられるものなのかもしれない。この前と異なるのは、この中に多くの人間が窮屈に詰められているという所だ。何列にも設置された長椅子すべてに収めるのが不可能なほどの人数が教会の中にいる。椅子には老人や子供、その親が優先して座らされている。あぶれた大人はそれぞれ床に座ったり、壁にもたれかかったりして、それぞれ思い思いに過ごしていた。中の人間達はざわざわと騒いでいるが、秩序はなんとか保たれているようだ。だが、昨日の魔力振動が起きた直後と同じくらい落ち着きが見られない。決壊一歩手前な感じではあった。

 俺はそんな中、大広間の一角に他の村人に混じって、暇を持て余していた。壁に寄りかかって何となしに回りを俯瞰して時間をつぶしていた所だ。ちょうど広間の真ん中に位置するここは、中に居る人間を見回すには絶好の位置であった。祈り場の方とは逆方向にある入り口には、村人に混じって騎士2人が扉の両側に立って、教会内の様子を伺っている。

 騎士と言えばヴァンであるが、彼は今日起きたら、いつの間にやら姿を消していた。いや、正確には俺のデッキに戻っていたという表現が正しいだろう。どうやら俺が一眠りしたら召喚したクリーチャーの召喚状態が解除されてしまうようだった。ヴァンがいないと気付いた時は慌てもしたのだが、今は己の内に潜む《声》を聴けば、ヴァンはちゃんとこの中に収まっているという事が感じ取れる。なお、《魔狼》に襲われた時にグレーにかけた【不退転の意志】の《声》も感じるとる事ができた。おそらく、怪我を負った状態で教会で気を失った時、そうでなくとも、ラルフさんがグレーを『戻した』時にエンチャント状態が解除されたものだと考える事ができる。

 

 話が逸れた。

 

 何故、俺がこんな、ぎゅうぎゅう詰めの空間に居るかというと、アルン村の人達と『避難』という名目で押し込められているせいだった。今頃、教会の外では、『浄化の儀式』が進行中のはずだ。穏やかな天気だったはずなのに、強風がビュウビュウ吹いたり、外でバシバシ大きな音が鳴っているので何かが行われているはずだ。ところで、何故こんな『避難』という措置を取るかというと、昨日のアルバート隊長の説明を聞いているのならば納得は行く話ではある。樹海から帰った後、ザーナ司祭から改めて話を聞く事が出来たが、その時に得た情報に比べると、今回の措置は念の入れすぎではないかとも感じられた。ザーナ司祭の話では、儀式中の魔物出現現象以降、儀式時の危険性は格段に増したが、あらかじめ特殊な結界を張り巡らせる事によって、村内への魔物の侵入を防ぐことができるようになったそうだ。この結界はガイウス派の術師達による功績だそうだが、儀式の危険性を格段に減らす事ができるようになったそうだ。儀式時には《魔物》が結界外に押しやられ、迎撃態勢を取る余裕ができ、せいぜいよっぽど運が悪くて死傷者が数人出るくらいの被害に抑える事が可能になったそうだ。

 今まで回りをキョロキョロ見回したり、考え事をして過ごしていたが、同じ姿勢でじっとしているのも億劫になってきた。この村に来てまだ2日しかたたない新参者の身としては、話しかける知り合いなぞほとんどいない。ザーナ司祭は『儀式』のために屋外に、ロミスさんは避難している人達の世話に走り回っている。特にやる事もない現状なのだが、この世界に来てこの方、やっと一人で考えに没頭できる時間ができたとも言える。俺には物思いにふけるには恰好のネタがあった。過去2日間の出来事を振り返ってみるに、俺の内に潜むマジックの力とやらについて、考える事はいくらでもあった。

 先ほどまでも、外での騒音を気にもせず、己の内から聞こえる《声》に耳を傾け、今までの経緯、《声》達が訴えかける事、現実世界でのマジックルール等様々に照らし合わせて、今の俺にできる事について考えをめぐらしていた所だ。まだ考える事は色々あるため、再び思考に埋没しようとした所、突然大きな音に現実に引き戻された。まるで交通事故でダンプがどこかに突っ込んだかのような音だった。にわかに、教会の中が騒ぎ出す。しかし、間を置かずに次々と爆音が響き渡った。音が鳴るたびに叫び声や悲鳴が上がる。まるで爆撃でも受けているかのようだ。音が鳴り止むと、入口に控えていた騎士は扉を開けて外の様子を見に出て行く。しばらくして、慌てたように戻ってきた騎士は教会に居る人間にこう告げた。

 

「みなさん、落ち着いて聞いてください。これから私の言う事を聞いても、決して騒がないでください…… 先ほどの音は魔物が村の中に侵入した時の音です」

 

その言葉を聞いた瞬間、広間の中は叫び声や大声が響き渡り、混乱状態に陥った。しかし、パニックが起こりそうな中、不思議と透き通るような声が広間に響き渡った。

 

「みなさん。落ち着いてください。我々、聖石騎士団が居る限り、教会は絶対に安全です。ですが、万が一という事も考えられます。女性や子供は広間の奥に移動して固まって下さい。いいですか、落ち着いて行動してください」

 

声のした方向を見ると、ニーナさんが2日前と変わらない修道服姿で皆に大声を張り上げている所だった。大人数が起こす騒乱に負けないほどの大声であったのに、発した彼女の神秘的な柔らかい雰囲気は全く崩れる事がなかった。村の人間達は、ニーナさんの姿に半ば茫然と見入っている事に気付くと、静かに移動を開始する。俺もつられて、ニーナさんに見入ってしまった。しかし、今の様子を見に行った騎士が告げた事は、昨日聞いたザーナ司祭の話を嘲笑うかのような内容であった。昨日起こった魔力振動の件といい、何かが想定外の出来事を矢継ぎ早に起こしてしまっているのではと不安に思ってしまうのであった。

 

 

*******************************************

 

時はワタルが教会内に押し込められる時間帯から少しさかのぼる。

 

 アルン村のほぼ中央に位置する教会前の広場には、騎士団と教会関係者が集まっていた。広場に鎮座する結界石の台座の周りの四方には、中心に立つ結界石の石柱をデフォルメしたかのようなミニチュア版結界石が設置されていた。それぞれに取り付けられている輝石の大きさは、中央に位置する結界石ほど大きくはないが、各々光を放っている。おそらく、儀式に必要な術式を発動するためのものなのであろう。騎士達は四方の縮小版結界石が仕切っている術の領域外に立って、それぞれ周りを警戒している。囲われた結界石の内側、教会扉の前に位置する場所にはザーナ司祭が片足を立ててひざまづき、目をつむって術発動の準備に集中している。彼は俯いており、両手を合わせて握りしめている姿は、さながら神に祈っているかのようであった。実際、彼は術を準備しながら女神に祈っているのであろう。司祭の目の前には、敷物の上に、大小様々な大きさの輝石が、小さい山となるくらいに積まれていた。大小と言っても、せいぜい大きなもので、四方に設置されている結界石ほどのものであり、小石程度の大きさの輝石も見られた。ザーナ司祭の後方では、アルバート隊長が両腕を組んで、司祭の様子をじっと伺っていた。彼は、当然ながら今回の『儀式』を取り仕切る役を受け持っていた。『儀式』進行の中心となるこの場に居合わせるのは当然の事と言える。

 

 今、彼は1人の騎士から報告を受けている所であった。

 

「隊長。正門、裏門ともに配備完了です。《流星》が落下した後、門に近づいて来た《魔物》を撃破する手筈となっております」

「よし」

 

 アルバートは後方を振り返り、教会扉の両脇を守る騎士に問いかける。

 

「教会内はどうだ? 避難できてない住民はいないか?」

「はっ。全員点呼をとって、教会内に避難が済んでいる事を確認済みです。2日前保護した男も中におります」

「よし」

 

 アルバートは、右をちらりと見る。少し視線を下げて、そこに居る自分と比べて小さな存在に問いかける。

 

「ドミトリ、調子はどうだ?」

「大丈夫だよ。感度は良好。いつでもいける」

 

 ドミトリはローブの間から右手を突き出した格好で立っていた。右手の上には彼愛用の水晶玉があり、縁にはオーラを纏っている様子が見て取れる。彼の口調は冷静沈着そのもので、これから『儀式』であるというのに緊張を微塵にも感じさせないほどひょうひょうとしていた。彼のこの調子は、いつもならば溜息の原因なのだが、《儀式》を前にした今では、頼もしく思えてしまうのだから不思議なものである。

 

 今度は反対側を向き、その場にいる2人に問いかける。

 

「ナエ、ラルフ。準備はいいか」

「おやっさん。いつでもいけるぜ」

「私もいいですよ。でもちょっと今回は警戒しすぎじゃないですか?」

 

 ナエは片手を腰に当てて、自然体でくつろいでいるようだった。恰好はワタルを助けた時と同じであり、軽鎧を身に着け、背中に大きな剣を装備している。髪は後ろにひとつに結われ、本人の顔の美しさもあり、非日常的な光景にあるこの場に、ある種の美的観念を想起させる存在であった。一方、ラルフはナエよりも防御力に劣るが、軽い皮鎧を身に着けている。拳をパキパキならしたり、小刻みにステップを踏んだりして、今にも暴れまわりたいのをこらえているかのようだ。

 

「ナエ、お前の言いたいこともわかるが、一昨日のワタルを拾った件、昨日の魔力振動、そして、ワタルの話と《災厄の流星》。 どれをとっても、1週間前のように被害ゼロで済むとは思えん」

「でも、私に、隊長に、《カマイタチ》のラルフさんまでここにいるんですよ。いくらニーナの初任務だからって、これだけ《二つ名》持ちがいてダメって事はないんじゃないんですか? ダメ押しでドミトリの《占術》まであるんですし……」

「まぁナエの嬢ちゃん。おやっさんの心配も汲んでやってくれねぇか。心配してもしすぎるていうのはないんだからよ」

 

 ラルフがナエに手をひらひら振って、彼女を軽く抑える。

 

「まぁ、そうなんですけどね。けど、ラルフさんがあの《カマイタチ》だったなんて驚きましたよ。1年前、急に行方不明になったというので話題でしたものね。やっぱり、こう、スポーンっと切り捨てちゃうんですか?」

「おいおい、そんなに期待されても困るぜ。流石に今は昔ほどは《加護》の力がないんだ。ま、代わりに得た力もあるが……」

 

そう言ってラルフは左腕を顔の前まで持ち上げて、腕につけてある輝石を見つめる。存在を主張するかのように、キラリと緑色の光を反射した。

 

「おい、ラルフ。『アレ』はどんな影響を与えるかわからんから、儀式が終わるまではなるべく控えてくれよ。それと、お前ら、ドミトリ含めて緊張しなさすぎだ。もう少し警戒心ってものを持て。ったくぅ…… やはり俺の考えすぎなのか?」

 

 アルバートの嘆く通り、広場に居る騎士達はどこか弛緩しているような様子であった。事実、1週間前に行われた《浄化の儀式》では、今回よりも緩い配備で被害ゼロであったのだ。アルバートの方針が「心配のしすぎ」と揶揄されるのも、多くの人間が同意する所であっただろう。しかし、そのような中にあっても、統制を取らなければならないのが隊長の仕事である。この場に居る全員に喝を入れるかのようにアルバートは大声で叫ぶ。

 

「よし。今後の方針を確認するぞ。まず、司祭が第一に《退魔結界》を展開。次に《次元穴》の術式展開を行う。術が安定後、《浄化》の術を発動。ドミトリは脅威となる《流星》の落下方向を推定。脅威度に応じて、迎撃にあたる人数の配分を調整する。敵が優勢の場合はラルフかナエが増援にあたる。俺はザーナ司祭と教会の護衛、兼、指揮にあたるから基本ここからは動かん。何もなければ、正門と裏門で迎撃態勢をとるだけだが…… 門で魔物を迎撃した後は、村周辺に《落ちた》魔物撃破に移る。《儀式》がいつも通りいく場合は以上だ」

 

「了解」

 

教会前に詰めている騎士達から一斉に応答が返る。余談ではあるが、ラルフは下にうつむいて「この感じ、久しぶりだぜぇ」とつぶやきながら、拳をプルプルさせていた。

 

「さて、次はいつも通りに行かなかった場合だが…… 仮に、《流星》が村の中に落ちたら、正門と裏門は防御に徹する手はずとなっている」

 

アルバートは門からの報告をあげてきた騎士を見て目線で確認する。

 

「はっ。隊長の指示は正門、裏門配備の者に伝達済みです」

「うむ。それで、その場合、ここにいる戦力で魔物を駆逐する。《流星》の《憑依》にやられないように、魔力を輝石に込めておくんだ。戦力配置だが、これはもうその時に応じて臨機応変にとしか言いようがない。《憑依》された場合でも、落ち着いて素早く複数人で連携して倒すんだ。ガイウス派の連中が言うには、《憑依》されたとしても、早めに倒せば、宿主を救える可能性は高いらしい。《憑依》される人数が少なければ、ヤツラは共食いして、それだけ数が少なくなる。いいか、なかに《流星》が落ちたとしても、決して取り乱すな。恐れこそヤツラが付け入る隙になると肝に命じておけ!」

 

ひとしきり捲し立てたあと、アルバートは激を飛ばすように続ける。

 

「そして、中の掃除を完了し次第、門の魔物の討伐にうつる。ただし、言われるまでもねぇだろうが、教会の安全を確保するのが絶対だ。それを忘れんじゃねーぞ」

 

「了解っ!」

 

再度、統制のとれた応答が響くなか、アルバートはナエに歯切れ悪く声をかける。

 

「あー……ナエ、言いにくいんだが」

「隊長? なんですか?」

 

 再び、声をかけられるとは思ってなかったのか、ナエは首をかしげている。楽天的で解放的な性格なのか、先ほどのピシッとしまっていた敬礼から、純真に下から見上げている仕草は、男ならば一種のギャップ的な可愛さを感じてしまうものであり、ワタルならば顔をそむけて赤面してしまうところだったであろう。しかし、アルバートは慣れているのか、一切たじろがずに続ける。

 

「中に《魔物》が入った場合は力を押さえとけよ。被害の一番の要因が聖石騎士団の騎士だった、って報告はあげたくないからな」

 

アルバートの言を聞いて、ナエは眉をつりあげた。どうやらアルバートの言葉が腹に据えかねたらしい。

 

「そんなこと、言われなくても分かってますよ。でも、ニーナが危なくなったら、そんなこと気にずやっちゃいますからね。そのくらい、隊長も分かってますよね」

「ああ、だが、お前の加護の力は、強力で攻撃力に優れる分、周りへの被害も大きくなる。冷静さを欠いて、余計な損害を出すことにならないようにするんだぞ」

「もう、わかってますよ」

 

 ナエはぷりぷり怒ってそっぽを向いてしまった。そのやりとりに、周りの騎士達は苦笑を禁じ得なかったようだ。困難事を前にして、再び張り詰めかけていた空気が良い感じにほぐれたようだ。アルバートは、そんな様子を感じ取ったのか、再び騎士達を見回してから、口を開いた。

 

「よし、これから最後の《浄化の儀式》を行う。ザーナ司祭、準備はよろしいか」

「……いつでもよろしいですぞ」

 

 司祭は祈りの姿勢を維持しまたまま返事をした。流石に、今まで何回も儀式をこなしてきた経歴があるからか、いつもとかわらない調子であった。そんな彼もナエやラルフ、そしてドミトリ同様、騎士達に安心感を与えうる存在であった。

 

「うむ。ではザーナ司祭、頼みます」

「では、参ります。――慈悲深き偉大なる女神様。その神聖なる御力で、不浄なる澱を清めたまえ。……」

 

司祭が祈りの文句を読み上げると同時に、四方に設置されている小さな結界石が仄かな光を放ち始める。

 

「澱にまみれる邪悪なる魔の者は強大なり。されど汝の加護はか弱き我らを守護する守りとならん。……」

 

四方の結界石は、一際力強く輝くと、それぞれ一条の光線を天に向けて放った。四本の光は上空でぼやけて、オーロラを作り出した。昼間なのにはっきり見えるほど輝き、幾層にも連なっている。この異世界の人間にとっては、何度見ても畏敬の念を禁じ得ない神秘的な光景だが、息つく暇もなく、光のカーテンはアルン村を多い尽くすように降り注ぐ。光の束は形を変え、村を囲いこむ壁の縁に沿うように丸まっていく。やがて、光が降り注いだかと思われた後、半透明な壁がアルン村を覆いつくしていた。広場の騎士達から感嘆のどよめきが漏れる。

 

「対魔結界の展開完了。村をすっぽり覆ってるよ」

 

ドミトリが水晶を覗きながら、状況をよみあげる。

 

「出だしは順調だな。相変わらず良い術式展開だ。司祭、引き続き頼みます」

 

司祭は、チラリと後方を振り替えって頷いてから、再び祈りを続ける。

 

「大いなる女神よ、そして天上に連なる偉大なる《原初の体現者》達よ。我、澱に汚れたこの地を浄化せんと欲す。邪にまみれた汚れを払うべく、《混沌の海》へ続く扉を開きたまえ。……」

 

 司祭の言葉に応じ、今度は広場に鎮座するアルン村の結界石が光を放った。光は結界石にまとわりつき、炎が燃えているかのように揺らめいている。変化は、突如としてアルン村上空に現れた。何もない空のある部分が渦巻きだしたのだ。渦は次第に規模を大きくし、やがてその中心に『底』を現しはじめた。底がひろがるごとに、渦は勢いを弱め、やがて空にぽっかりと穴があくようになった。その光景は、ワタルをこの世界に引きずり込んだ『穴』の発生を想起させる光景であった。穴の中は黒とも、青色とも、紫色とも言えないような暗い色で満たされており、常に変色していて、どこに通じるものかわからない不気味な様子であった。

 

アルバートは『穴』を見て、背中に走る得体の知れない悪寒を感じながら、騎士達に号令を飛ばす。

 

「お前ら! こっからが本番だ! 輝石に魔力を込めて待機!」

 

 騎士達に緊張が走る。儀式前は気楽に構えていても、やはりアルバートの飛ばす怒号は効くらしかった。そんな中、司祭は、落ち着いて続きの祈りを読み上げる。

 

「聴け、邪の者よ。知れ、穢れの者よ。汝らの企みは偉大なる女神様の御意向の前では塵芥と化す。深遠なる混沌の海にて、その身の運命を呪うが良い。おお、我が防人よ、女神様の御力を宿す力の欠片よ。この地に集う全ての穢れをはらいたまえ。……ラーク・テ・ティド・ハルムーグ……邪よ、往ね!」

 

 最後に力強く叫んだ司祭の目の前に変化が生じた。山と積まれた輝石から、どす黒いモヤのようなものがわきだしたのだ。まるでドライアイスが溶けているかのように、黒いモヤは地を這って溢れだす。同時に、中央の結界石からも黒いモヤが溢れだした。しかし、間もなく黒い竜巻が結界石を中心に発生した。輝石の山からあふれでたモヤは竜巻に吸い込まれ、結界石から発生したモヤも巻き込んで、頭上高く登っていく。竜巻はうねりながらも、上空の穴目掛けて真っ直ぐ上昇していく。竜巻は横殴りの突風を発生させた。広場の騎士達は、懸命に耐えながら黒い竜巻が穴に吸い込まれる様を見守った。

 やがて、怒涛な嵐がすぎさり、黒い竜巻が穴に追いやられた。 誰もが口を閉ざす静寂の中、司祭が最後の祈りを口にする。

 

「穢れは、この地から払われた。流刑地への扉は閉じられん」

 

 すると、アルン村上空に空いた穴に動きが出た。穴の回りは再び渦巻きだし、次第に穴の大きさが小さくなりだしたのである。しかし、その変化は穴が開く時とは違い、鈍重であった。

 騎士達は、皆沈黙しながら穴を食い入るように見つめている。ふいに、ドミトリの口から言葉が漏れ出た。

 

「来た……」

 

 穴から見渡せる深淵の中に、ひとつキラリと煌めく光点が表れた。一瞬の事で多くの騎士が気付くことができなかったが、続く現象には些細なことであった。穴の中に光が次々に出現しだしたのだ。その数は2個、3個、瞬く間に増え、やがて10個を越すようになった。10を過ぎて、まだ止まらない様子に、数を律儀に数える者などいなくなってしまった。

 

ある騎士が穏やかならない声をあげる。

 

「おい…… 数が多すぎないか?」

 

悲鳴にも似た声色を皮切りに、ざわざわと騎士達が騒ぎだす。

 

「こんなに多いことなんか、今までなかったぞ」

「マジで大丈夫かよ」

「結界は持つのか?」

 

どうやら、上空で起きている現象が見慣れたものから明らかに逸脱しているようだった。騎士達は視線を空に向けたまま、近くの同僚と話しあっている。誰を見ても皆、浮き足立っていた。

 

「馬鹿者! 狼狽えんじゃねぇ! てめぇらそれでも聖石騎士団の一員か! てめぇらがしっかりしないで誰が平民を守るってんだ。冷静になれ!」

 

 アルバートの喝が騎士達の動揺をおさえるために響きわたる。騎士達の慌てようが落ち着いた様を見るに、一定の効果はあったようだ。アルバートは初めて見る現象に対して少しでも情報を得ようと、部下に声をかける。

 

「ドミトリ」

 

だが、いつも淡々として傲岸不遜なドミトリもこのときばかりは平静ではいられなかったようだ。

「ごめん。数が多すぎて詳細を知るには探知が間に合わない。ざっと見た限り、30以上もある……」

 

 アルバートがドミトリを見ると、彼のほほを伝って汗が落ちていた。それだけでアルバートが目の前の現象の苛烈さを再認識するには十分であった。

 

 

騎士達がざわついている間にも、光の点は増加を続け、さらにそれぞれの点は大きくなっていった。未だ『浄化の儀式』に立ち会った事がない者には何が起こっているのか気付くのに難しかったかもしれない。だが、この場にいる者達には、わかりきったことであった。

 

「落ちてくるぞ」

 

 やがて、穴から一つの物体がこぼれ落ちた。それは炎であった。丸まった塊に、炎がまとわりついている。塊の落下の速度に追い付けないのか、紅蓮の炎が尾を引いている。ワタルならば隕石が降ってくる映画のワンシーンを幻視したであろう。しかし、ファンタジーなこの世界ではそのような感覚をもつ人間などいるはずもなく、異世界の人間にとって目の前の流星はまさしく『災厄』と呼ぶに十分な光景であった。

 

続々と流星は降ってくる。そんな中、最初の流星が村の中に突入しようとした瞬間――

 

バシィッ!

 

と、大きな音が響きわたった。広場に居た何人かの騎士は何回か《儀式》を経験してるにも関わらず、頭を抑えたり、腕で顔を覆っていたが、想像した衝撃と爆音が起こらない事を不思議に思って恐る恐る状況を確かめている。

 

なんと、流星は村の上空で静止していたのである。良く見れば、流星はある中空の一点で浮いていて、流星の横から白い波紋が立て続けに発生していた。

 

「退魔結界に流星が接触。続けてくるよ……」

 

 ドミトリが、水晶を上空にかざしつつ、状況を説明する。目の良い人間ならば、流星とアルン村を覆う半透明の膜が接触している事に気付く事ができただろう。白い波紋は、流星と膜の接触面から発生している。突然、今度は「バチィッ」という爆音が響きわたる。空中で静止していた流星は大きく結界から弾かれて、あさっての方向に飛んで行った。どうやら、結界がその効果を流星に及ぼしたらしい。騎士達の幾人かがほっと息つくが、続けざまに3度、「バシシィッ」という大きな音が響き渡る。

 

「3つ、退魔結界と接触。まだくるよ」

 

上空を見ると、今度は3つの流星が結界に阻まれていた。さらに、上空にはまだまだ何十もの赤い炎が連なっている。

 

「ザーナ司祭! ドミトリ! 結界は持つのか!?」

 

「術式はまだ余裕があります。しかし、全てを防ぎきるのは難しいかもしれません」

「20くらいまでなら大丈夫だったって聞いたことがあるけど、今回はどうなるかわからない」

「ええい、それではわからんではないか」

 

司祭もドミトリも目の前の事は初めてらしく、歯切れの悪い答えしか返ってこない。

 

 問答の最中にも流星は結界に衝突を続け、しばらく押し返しが続いた後、村の外の方向へ飛ばされていく。退魔結界はその狙い通りの働きを見せてはいたが、時間当たりに侵入を防いでいる流星の数はだんだんと増加していく――

 

ミシミシィ……

 

結界と流星の押し合いへし合いに上空に注意が逸れていたが、今度は広場の中央から音が響き渡った。

 

「いけません。結界石に亀裂が!」

 

ザーナ司祭が叫ぶ。広場中央、アルン村の結界石を囲う四方の結界石にそれぞれ大きな亀裂が走っていた。素人目に見ても過負荷がかかっている状態だという事が嫌でもわかってしまう現象であった。騎士達もいよいよかと顔に悲壮感を漂わせ始める。

 

「クソっ、各員! 抜刀状態で待機、いつでも動けるように構えておけぇ!」

 

このような状況下でも冷静さを失わないのは流石軍人といったところか、騎士たちはそれぞれの武器を握りしめ、状況に備える。しかし、アルン村上空でのせめぎ合いに比べ、騎士達の得物のなんと心細い事か。その様子は、何でも良いから、手当り次第に物にすがりついている怯えきった子供のようであった。

 

「大きいのが10個強! くる!」

 

ドミトリが大きな声で警告を飛ばす。

 

バシィィィ!!!

 

より一層、大きい音が村中に轟く。一度に10を超す《流星》が結界と衝突したのだ。結界が防いでいる流星は、1度空を仰ぎ見るだけでは数えきれなくなった。空は、結界が流星を防ぐ時に発生している白い波紋で大きく波打った。普段なら、地上で見るはずの波動現象を空中に見上げているのだから、最早、何が起きているのかわからない光景であった。「バチィッ、バチィ」と結界と流星が起こす音が、過酷な状況にある事を嫌でも騎士達に知らしめる。その上、とうとう限界も近いように思われた。ダメ押しに、広場中央からも結界石に亀裂が走る音が聞こえてくる。

 

「もう支えきれない!」

 

 司祭の叫びが皮きりだった。結界に阻まれている流星の1つが、村の中に突っ込んで来たのだ。流星は広場をまたいで、正門の方向へ落ちて行った。黒い煙を後方に残しつつ、流星は建物の奥に落ちて見えなくなった。間を置かずに爆音と軽い衝撃が地面を伝い、土煙があがった。

 

「隊長!」

 

 騎士の一人が、アルバートに叫ぶ。アルバートは頭を最高速で回転させながら、下すべき命令を思考する。村の中に《流星》が落ちてしまった以上、もはや1週間前の安全に済んだ《儀式》通りに事が済むとは言えなくなった。不幸中の幸いか、村人全てを教会に避難させている。《流星》1つのみであれば、広場に居る戦力で十分に対応可能なはずであった。しかし、《災厄の流星》の厄介な特性が、彼に指令を出すのをためらわせる。しかし、状況は彼に指令を下す時間すら与えない――

 

「一気に来る!」

 

 別の1人が叫ぶ。騎士達は流星の1つのみに気を取られてはならなかった。追い打ちをかけるように次々と流星が村の中に落ちてきたのだ。幸い、教会前広場に直撃するものはなく、全方位のあちこちで、爆音と振動、土煙があがるのが確認できた。

 

「ッチ、ドミトリィ!」

 

 アルバートの救いを求めるかのような大声に、ドミトリは我を忘れている事に気付いた。慌てて水晶を注視する。

 

「落ちてきたのは約10! 場所は――これは…… 囲まれてる!? いや、まだ……」

 

 状況が変わってしまった。《流星》1つだけならば、『部下を切る覚悟』であれば、どうにでもなった。しかし、自分達は既に囲まれてしまっている。逐一、討伐に戦力を割いていては戦力が分散してしまい、守りが薄くなってしまう恐れがあった。ここは防御につとめる必要がある。落ちてきた《流星》が複数であれば《共食い》が期待できる――

 

アルバートの思考をザーナ司祭が遮った。

 

「アルバート殿! 結界石が――」

 

その瞬間、石が砕ける音がした。退魔結界を発動していた、四方の小さな結界石が4つ全て砕け散ったのだ。村を覆っていた膜は空気に溶け込むかのように消滅する。もはや、村を守る盾は無くなってしまった。最初の《流星》が村に落ちた時点では、侵入を許したものの、結界はまだ幾つかの流星を防いでいた。しかし、結界が消え去った今、それらの《流星》が落ちてこない道理はなかった。

 

「おい、ひとつここに落ちて来るぞ!」

 

 誰があげた声だったか…… 騎士達全員が上空を見ると、1つ、真っ赤に燃え盛った流星が、広場に直撃する軌道をで突っ込んできている所だった。騎士達はその状況を確認するので精一杯であった。

 

《流星》は広場の隅に建てられている家に直撃した。大きい轟音が響く。家の近くに控えていた騎士2,3人が吹っ飛ばされ、瓦礫と土が宙を舞った。

 

これ以上、どうしようもない状況かと思われたが、運命は騎士達をさらに絶望の淵に叩き込む。

 

バラバラと瓦礫が地面に落ち、土煙が晴れない中、それは出現した。

 

 それは何とも形容し難いモノであった。全体的に黒く、モコモコと蠢きながら常に形を変えていて、煙とも、液体のようでもあった。縁は時折、血を思わせる紅にドクンドクンと明滅し、蠢く本体から一部を細くして伸ばしたり、引っ込めたりして動いている。あれに触れてはいけない。この世に存在する事すら許してはいけない。それを目撃した騎士達はそのような絶対的な危機感と恐怖を感じた。騎士達はその瞬間、想像もしなかった得体の知れないモノに呑まれてしまった。この場を支配するのは黒い何か。少しでも動こうものなら、その瞬間に命を取られてしまう。何かを引っ掛けようものなら、糸が切れてしまう――そんな緊張感に場は満たされた。

 

そんな緊迫した状況のなか、《流星》の衝突で吹っ飛ばされた騎士がうめき声を上げる。

 

「ウッ……」

 

 騎士が痛みに耐えかねて漏れたわずかな声ではあったが、黒い何かには十分な音量であった。その場でボコリボコリと形を変えて佇むだけであった塊が、一瞬ピクリと痙攣して変形が止まったと思えたのも束の間……突然、上半分を伸ばして倒れた騎士に伸ばしたのである。

 

「オイッ…!!」

 

アルバートは声を荒らげるだけで限界であった。黒い何かは倒れた騎士まで到達すると、瞬く間に騎士の全身を覆い尽くしていく。まさに、肉食獣が得物を狩るときのように、一瞬にして騎士は黒い何か飲みこまれてしまった。

 

「ウギャァァァァァァ!」

 

 黒い何かに覆いつくされた騎士から、この世ものとは思えない絶叫があがる。騎士を覆い尽くし、地面に横たわる黒い何かは、中に居る騎士が暴れてるのか、時折その形が大きく変形している。腕で払ったり、足で蹴っているのか、四肢の形が変形している最中に見て取れる。騎士も抵抗はしているようであるが、黒い何かは完全に中に閉じ込めているのか、騎士の体の一部さえ外から見る事は出来なかった。聞いているだけで身がよじれそうな断末魔があがりつつも、その声は次第に枯れていく。そして、それに合わせて騎士の抵抗も弱くなったのか、黒い何かの変形も次第に少なくなっていく。

 

「これが…… 《憑依》現象……」

 

 広場の反対に位置する騎士がポツリと漏らす以外は、全員目の前の現象に身動きが取れないでいた。騎士達全員にとって、目にしている事がこの世の物であるとは信じられないほど、生々しく、残酷で衝撃的な光景だったのだ。

 

 やがて、騎士の叫びや抵抗が止んでしばらくすると、黒い何かはするすると縦長に変形をはじめた。今までと異なる事に、縦長に伸びるに従って、黒い何かがそぎ落され、中の物が外界にむき出しになっていった。

 

「骸……骨……!?」

 

 そこに居たのはもはや騎士でもなかった。身に着けていた鎧は消え、肌、肉、内臓さえも消え去っていた。両足を支えるのは白く黄ばみがかった、折れてしまいそうな骨。腕も同じで肩から指先も全て骨であった。以前では柔和な表情を浮かべていたであろう顔には、見るための目は存在せず、頭蓋の裏側まで見通せる2つの黒い穴が開いているのみ。頬も削げ、ただ鋭利なむきだしの歯が生えた口を広げるだけである。胸には大きな肋骨がはえていて、以前の騎士の細見な体つきからすると不自然なほど大きく膨らんでいた。奇妙な箇所が1点。頭の上に角を思わせる鋭利な骨が、かの者の不気味さを際立たせていた。

 

「クソッタレ! やられちまったか!」

 

 あっという間に大切な部下の1人が《魔物》へと変わってしまった。話には聞いてはいたが、いざ自分の部下が被害にあってみて、その理不尽さを痛感する。あまりの厄介さにアルバートは歯噛みをした。

 

《憑依》現象。

 

 それは、《災厄の流星》を悪名たらしめる現象の1つである。《災厄の流星》は《浄化の儀式》を行うと、必ず落下する謎の物体である。何故、流星が落下するようになったのかは不明であり、その説には世界の終末であるだとか、魔王出現の兆候であるとも様々に言われている。

 話がそれたが、人類にとっては《災厄の流星》は害悪な存在である。そうでなければ《災厄》などとは呼称されない。その理由であるが、《流星》は殺戮や破壊をもたらすからであった。落下の衝撃がもたらす破壊はもちろんの事、流星は地面に落下すると、善悪問わず周辺にいる生物に《憑依》をする。ここで特筆すべき点は、憑依した宿主を全く別の存在に作り替えてしまう事であった。作り替えられてしまった宿主は見境なく周辺に破壊と殺戮をもたらす。厄介なのは、場合によっては《憑依》による、2次被害が落下による被害よりも大きくなってしまう事だった。《憑依》により作り替えられてしまった存在は、疲労を知らず、延々と暴れ続ける。その上、生半可な傷害を与えても再生してしまうオマケつき。そう、アルバートがワタルに説明した、儀式で滅びた村に出現した魔物の特性がそれであったのだ。そのような特性を備えた《憑依》によって作りだされた存在が、もたらすであろう被害規模は想像するのは難しくない。

 《災厄の流星》は以上のような悪辣な現象であるため、ガイウス派が開発に成功した退魔結界は正に救いであった。この退魔結界により、儀式中の乱戦のリスクを低減し、防備を固める余裕を作り出し、《憑依》現象を防ぐことができたのだから。先週にも行ったアルン村の浄化の儀式では、退魔結界は正常に機能し、《憑依》現象は1つも起きなかった。そもそも、その時落下してきた《流星》はわずか5つ足らずであったのだが……

 

 己の不運さに悪態をつきつつ、事態を良くしようと部下に出す指令を考えるアルバートであったが、最後のトドメが彼を絶望させた。

 骸骨の出現の異様さにのまれかけていた騎士達だが、またもや轟音によって現実に引き戻された。大きな爆音が後方の教会から聞こえ、続き、カラカラと瓦礫が落ちる音が聞こえた。

 

「おい、今度はなんだ!」

「隊長。教会に流星が落下しました!!」

「なんだとぉぉ!?」

 




書いているうちに興がのってしまい、騎士達の状況が当初考えていた以上にひどくなってしまった……

読み直して感じるこのアポカリプス感!? な、何故だ?

だがしかし、次はやっとこさお待ちかねの闘争です。

諸君、私は闘争が好きだ。
一心不乱の闘争を。一心不乱の闘争を!!
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