Plains Walker -次元世界遊歩道中- 作:sasandra
長く続いていた俺の思考は、突然起こった爆音に遮られた。急な事だったので、数瞬の間、何が起こったのかわからなかった。気がつけば教会内はホコリが立ちこんでいて、様子を把握するのに困難な状態になっていた。しかしそれよりも、中にいた人達の状況の方が混乱を極めていた。悲鳴が所々であがり、泣き声や怒号が飛び交ってパニックがおきていた。
少しでも状況を把握しようと、まわりを見ると、少し薄暗かった教会内が明るくなったように感じる。上を見ると、天井の一部にぽっかりと穴が開いている。まだ昼過ぎの明るい陽光が、空いた穴から降り注いでいた。再び視線を下に戻せば、俺が寝泊まりしている部屋に続く扉横の壁が大きく崩れていた。このせいで、神秘的な雰囲気に包まれていた教会内の様相は完全に破壊されてしまったと言っていだろう。恐らく天井から何かが落下してきて、この破壊を引き起こしたのだ。壁の崩れている部分は天井に近い上側の方だ。落下したものは教会の建物をかすめて落ちたのかもしれない。幸い、ニーナさんの号令のあと、広間内のイスを脇によけて部屋の中央に寄り集まっていたおかげで、 人に大きな破片が直撃するという事態はさけられたようだ。
「落ち着いて! 静かにしてください。危ないですからその場から動かないで……」
混沌極まる状況の中、不思議と透き通る、凛とした声が人々の耳に響き渡った。ニーナさんが人々を落ち着かせようと必死に訴えかけている。流石に一声で人々を落ち着かせた前とは状況が違うだけに、その声からは余裕が感じられない。しかし、このような状況で鈴の音のように良く通る声は、多少だが人々をなだめる効果を及ぼしたようだった。
「けが人はいないですか。私が治療します」
「子供が破片で怪我をしたの。助けてください」
すがるような声が聞こえた方を見ると、俺と同程度の年齢を思わせる女性がうずくまって子供を抱きかかえていた。痛々しく泣き腫らしている子供の肩の衣服は、切られた様に破けていて、そこから少なくない量の血が流れていた。天井に落下物が落ちた時に破片がかすめたのだろうか。
「はい。今行きます。どいてください……ちょっと……怪我した子の所にいきたいの」
ニーナさんは混乱が収まらない人々の中をかき分けて、助けを求めた母親の所へ近づいていく。親子の元につくと、床に膝をついて子供の様子を調べる。少し検分した後に、彼女は傷口に向かって両手をかざした。
「偉大なる女神様。傷ついたか弱き我らに、癒しを与えたまえ」
詠唱の後に彼女のかざした両手の先に白く薄明るい光が灯り始めた。すると少しずつではあるが、子供の肩の傷がふさがっていく様子が見て取れた。魔法的な現象を見るのはこれで何度目になるかはわからないが、俺にはこの光景が今まで見てきたものの中で一番神秘的に感じられた。この中が教会であるという所も一役買っているのかもしれないが……
俺と同じように、ニーナさんの周りに居た人々も、治療の様子を不思議そうな観察している。あるお年寄りなぞ、ニーナさんに祈りをささげていたくらいだ。治療の様子を見ているのも束の間、教会入口、大扉の方の騎士が大声を張り上げる。
「壁の様子を調べたいので、道を開けてください。危ないから離れて!」
爆音がした当初よりかは、少し混乱が収まりつつあったので、割とスムーズに道はできあがった。騎士はニーナさんとすれ違う時に、視線を合わせて頷いてから壁の方向に進んでいく。腰に差した剣の握りを掴んだ構えの状態を維持しながら、じりじりと近づいていく。既に、壁が崩れた箇所の近くには人は寄ってはおらず、混乱で余計に窮屈になった教会入口とは正反対に、無人スペースが出来上がっていた。騎士は、尖った木材がむきだしの崩れかけの壁をジロジロ見たあと、剣を抜刀して、空いた壁から外の様子を伺った。身を乗り出し、首を壁の裂け目から突き出して、左右を見ていた様子だったが、突然押されたように体が揺れた後に、大声をあげた。
「うわぁぁぁああああ」
手から離れた剣が地面に衝突した音さえ、かき消される程の大絶叫だった。騎士は頭をかきむしって暴れている。おかしな点は、空いた壁の隙間から、細く続く黒いものが騎士の頭に覆いかぶさっていた所だった。やがて、騎士は床に倒れこみ、頭を両手で抱えてのたうちまわる。騎士の頭を覆っている黒い何かは壁から『黒い線』を細長く伸ばして、変わらず騎士に取りついている。少しずつではあるが、騎士の全身を飲みこもうとしてるかのようだった。騎士を襲ったあまりの状況の変化に、教会内は一瞬にして静寂に包まれた。人々は目の前の光景が理解できずに茫然とし、見入る事しかできていない。誰も身じろぎひとつしない状況の中、黒い何かは、もはや騎士の全身を覆うほどにとりついていた。騎士の動きや声も、当初に比べればだいぶ弱弱しくなってきている。俺にも一体何が起きているのかさっぱりわからなかった。しかし、何か良くない事が起きていることは確実だった。このまま騎士が襲われているのを手をこまねいて見ていていいのかと焦燥に駆られる。しかし、何をすればいいのか全く分からないのだった。《輝石》や《呪文》、《魔物》とかいう非日常的な光景を立て続けに見てきたが、まだこんな光景を見ることになるだろうとは全く予想していなかった。今まで見てきたものは、元いた世界でも空想上で想像できる、俺の考えが及ぶ現象でしかなかった。しかし、目の前に起こっているこの光景は、そんな種類の者とは全く別のもの、そう、まるで『死』をまざまざと見せつけられているかのような、尊い何かが堕ちるかような、見てる人間にひどい喪失感を植え付ける出来事のように感じられた。
じたばたしていた騎士のもがきも遂に止み、黒い何かはモゴモゴと蠢きながら膨張しだした。風船がふくらむように形が膨張していき、アルバート隊長もかくやというほど膨れきったあと、何かの形を作り出した。地面に深く根をはった雑草を抜いた時のように、ボロボロと黒い何かは土くれのように落下していく。そうやって外に現れた容姿は、人間の手足を想起させるかのような形だった。次第に形が削られて、形が形成されていくのを見るに、その存在は、細長い棒状のもの握っているかのようだった。その先端には人間の頭よりも少し大きい、直方体の形をした物体が取り付けられている。物体にはコブの凹凸が付けられていて、装飾がされてるようだった。その正体は武器……なのだろう。正確には『槌』と呼ばれるものだ。使い方は、見てだいたい想像できるように、対象を叩き潰して使う鈍器だ。あの大きさの槌ならば、人間の頭など、卵の殻を割るように粉砕することができるだろう。しかし、注目すべきはそんな所ではなかった。黒い何かは四肢がある形を見せたものの、いちばん奇天烈な箇所は頭にあった。ソイツの顔の真正面の位置には、人間にはあり得ない長い物が3つもついていた。顔の下半分を占める両頬からは白く長い突起状の者が生えていた。それは、人間ならば肘にまで達するであろう位置までのびている。頬にあたる位置から2本、緩やかに湾曲していて生えている。それは――『牙』なのだろうか。さらに、2本の牙の間には灰色の大きな筒状の細長いモノがはえていた。両脇に生えている牙とは異なり、ぷらんぷらんと左右に揺れている事から、多少は柔らかそうな印象を受ける。一方、顔の上部分、人間でいう鼻やおでこの位置にはのっぺりした部分が大きく広がっており、何か刺青のような印章が見て取れた。印章の横にはノッペリした部分の広さからは想像できないほど小さな眼窩があり、堀が深くて目を直接見る事はかなわない。さらに、耳にあたるであろう位置には、大きく面をこちらに向けたヒラヒラした形状のものが広がっていた。これも時々パタパタしていて、牙ほど硬くはなさそうな印象である。
黒いナニかから、形を取ったソレは、手にした槌をブォンと一振りする。その勢いは比較的離れた位置に居る俺でさえ、そよ風が感じられてしまうほどであった。そして、ガァン!と槌を地面にうちつけ「パオオオオン」と大きくいななく。
俺は元いた世界でこれに近い存在を見たことがある。そう――何回も見たことはないが――地上最大の哺乳類、『象』である。しかし、俺が見たことがあるのは、大地を4足で踏みしめる、大きいがどこか繊細でやさしそうなイメージのする動物であり、決して、槌なんていう物騒なものを握りしめた存在ではない。
「おまえぇぇぇ! ダンをどうしたぁぁ!!」
横槍は突然だった。大声を張り上げて、別の騎士が象モドキにつっこんできたのだ。床に蹲る村人達を大きく飛び越しての、およそ普通の人間ではできないであろう大跳躍。彼は上空から剣を象モドキに振り下ろして襲い掛かる。象モドキはちらりと上を見上げ、ゆさりと耳動かしたした後、騎士の攻撃を槌で受け止めた。ガキィンと武器の衝突音が響きわたる。象モドキは騎士の振り下ろしに全く動じた様子もなく、槌を片手で大きく振り払った。襲いかかった騎士は払われた勢いそのままに、距離を取ってくるりと身軽に着地する。象モドキにも驚かされはしたが、この騎士も想像以上の身のこなしをしている。「チクショウが」と悪態をつきつつ、騎士はもう一つ腰に差していた剣を抜き出して、二刀の構えを見せた。後方をちらりと振り返り、ニーナさんに向けて一言、言い放つ。
「ニーナ。ここは俺が時間を稼ぐ。村人を固めて《守護の領域》を! ウォラァァ!」
彼はまたもや象モドキに突っ込んで行く。体が地面にこすれてしまうのではないかと思うほど、低い体勢で駆け寄っていく。しかし、象モドキはまたもや、ゆさりと耳を一揺れさせたあと、巨体からは想像もしない俊敏さで槌を振りかぶった。そのモーションの速さに比べれば、駆け寄る騎士の動きなどスローモーションに等しいほどの差であった。
振りぬきは一瞬だった。
「プァン!」と甲高い象モドキのいななきと伴に、大きくガァンという音が響き渡った。象モドキが振った槌が騎士をジャストミートして打ち返したのだ。騎士は銃から放たれた弾丸のような勢いで教会入口の方にふっとばされてしまった。バリバリィという何かが壊れる音が耳をつんざいた。騎士の飛ばされた方を見ると、教会入口のドアには真ん中に大きな穴が開いていた。騎士が突き抜けたであろう部分は、ちぎれた木材が向きだしになっている。象モドキは、振りぬいた槌の束をガンと床に突き付け、鼻をぷらんと一揺れして「パオーーン」と鳴く。
きっかけはそれだけで十分であった。未だかつてないほどの大絶叫が教会内に響き渡る。村人達が象モドキから逃げ出そうとして、入口に殺到しだしたのだ。しかし、俺はさんざんすれ違う村人達と体をぶつけながらも、目の前の象モドキから目が離す事ができなかった。
「【ロクソドンの……強打者】」
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ロクソドンの強打者/Loxodon Smiter (1)(緑)(白)
クリーチャー — 象(Elephant) 兵士(Soldier)
ロクソドンの強打者は打ち消されない。
対戦相手1人がコントロールする呪文や能力があなたにロクソドンの強打者を捨てさせる場合、それをあなたの墓地に置く代わりに戦場に出す。
4/4
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始めはソイツの奇妙な体の構成に拍子ぬけしていたものだが、己の内の《声》によって、その正体に感づいたのだった。確かに《声》の言うとおり、俺はこの目の前の存在を長く使い続けてきた。目の前に存在するソレは、『カードの絵柄が姿そのままに動き回っている』と言っていいほどの記憶通りの姿だった。我ながら気づくのが遅れてしまった、自分の鈍さにあきれてしまうほどである。しかし、何故『俺のデッキ』の中にいたコイツが目の前に居て、しかも人々を襲っているのか? 明後日から、さらにナナメ上方向に行ってしまってる状況に俺は思考を追い付かせることができないでいた。良く思い出してみれば、先日の《魔狼》の件でも【番狼】は俺を襲ってきた。しかも、倒した後は俺の内の《声》に加わっている。もしかしたら、同じことが目の前の【強打者】にも言えるかもしれない。しかし、そんな事よりも【強打者】は明らかに人々に害をなそうとしている。自分の身を守るうえでも、コイツをどうにかしなければならない事は明白であった。
コイツが【ロクソドンの強打者】とすると、対抗するには少しキツイかもしれない。【ロクソドンの強打者】のパワーとタフネスはそれぞれ4点である。これは、マジックにおけるクリーチャーの能力で言えば、平均的な数値を上回っているとも言える数値だ。俺の経験則的に、素の人間の能力では【強打者】に対抗するのは不可能であろうことは容易に想像できた。具体例を示すとするなら、マジックにおいて、人間の能力値はせいぜいパワー、タフネスがそれぞれ1点か2点ぐらいしか与えられていない場合が多い。それ以上の数値となると、カードデザインの題材で用いられている物語において、突出した存在である事がほとんどだ。だが、そこは豊富なカード種類を誇るマジックである。その程度の数値を克服する手段はいくらでもある。俺のデッキにも、コイツを一発でどうにかする手段があったにはあったのだが…… 転移の影響か、俺の『内なる声』(デッキ)は大きく呪文数を欠いてしまっている。いや……当座しのぎでも、あれを使えばなんとかなるか……?
「みんな……待って。今、外にでてしまっては…… イタッ」
埋没しかけていた思考を慌てて現実に戻す。聞こえる声の方向を見れば、ニーナさんが逃げ惑う村人達に必死に訴えていた。彼女は床にうずくまり、怪我をしてしまった子供と母親をかばっている。逃げ惑う村人の雑踏から親子をかばうのに精一杯で、動こうにもどうにもならないようだ。
「パァオン」
そんな彼女らに、ちょうど良い得物を見つけたかのように【ロクソドンの強打者】が反応する。床に突いていた槌を両手で持ちなおして、ズシリズシリと一歩一歩近づいていく――ってこれってヤバくね? くそ、『アレ』じゃ【不退転の意志】ほど素早く唱えられないし、かといって俺が生身じゃ対抗できるとも思えないし……
そんな葛藤をしている内に、【強打者】はニーナさんと子供に近づき、槌を振り上げる。
クソっ……間に合わない。
「ニーナにぃぃ……触るなぁ!」
聞いたことのある、甲高い女性の声が響いた。同時に、爆音とともに【強打者】の背後で大きな紅蓮の柱が走る。教会内は一瞬、真っ赤な光に照らされ、熱気に満たされた。恐らく、あの赤く走る柱のような物から熱が発せられているのだろう。やがて、赤い柱は数秒で空中に消え失せたが、柱が消えるのと同時に【強打者】の体勢が大きく崩れた。赤い柱は【強打者】の背後で起こったため、何が起こったのかはよくわからなかったのだが、どうやら【強打者】はその赤い柱にダメージをうけたようだった。【強打者】は槌を支えに体勢をなんとか持ち直し、後ろを振りむきざまに力強く槌を振りぬいた。ダメージを受けても衰える様子がない薙ぎ払いだったが、それは当たらずに空振りに終わった。
「ナエっ!」
子供を抱きかかえていたニーナさんの叫びが大きく聞こえた。住民達は【強打者】から逃げ出して、教会内に居たのは親子、ニーナさん、そして俺だけだったが、そこには外に居たはずの第三者――ナエさんがいたのだ。
「ニーナっ! 何コイツ、長いのが生えてて気持ち悪い」
ナエさんは崩れた壁付近まで下がり、両手に大きな両手剣を構えている。その剣の刃は赤く発光していて、時折、その刀身が陽炎のように揺らめいていた。俺が見た昨日までの彼女の様子とは全く異なり、敵を射抜かんとする敵意の籠った鋭い視線で【強打者】を睨みつけている。
【強打者】はナエさんの方を向き、背後を俺やニーナさん達に晒している。見ると、【強打者】の背後に大きな、何かで引っ掻いた跡があった。【強打者】の背後に走った太い跡は、黒く、無事な部分との境目には赤くただれていて、まるで火傷でもしているかのようであった。コゲくさい匂いが漂う中、しばらく見ていると、その黒い跡を中心に、ジュクジュクした音を出して肉が覆い始めた。少し吐き気を催す光景だが、もしかするとコイツ……再生している!?
「ナエっ! コイツ《流星の魔物》よ! もう再生しだしてる!」
「そんな事よりも早く離れて! このままじゃ巻き込んじゃう……ってワタル!?」
「えっ……!? なんでアナタまだ逃げてないの!」
「はえ?」
今まで目の前の光景に圧倒されていて、自分が保護対象の身で会った事を完全に忘れてしまってたようだ。ナエさんもニーナさんも俺の存在に気付いて、早く外に逃げるようまくし立てている。【強打者】は意外とナエさんの一撃が聞いているのか、肩を大きく揺らしながら、再生に集中していて動く様子はない。だが、その再生もあと少しで完治する様子だ。大きく【強打者】の背中に走っていてた黒い跡も当初の半分以下の細さまで回復している。
逃げるも何も、まずは【強打者】をなんとかしないと始まらない。パワー、タフネスが劣るヴァンを出すよりかは、より危険性が少なく済む手段をとるべきだ。『アレ』を唱えて本当に効くのか正直どうなるかわからんが……
「スゥ……ハァ」
一回深呼吸をして、己の内に意識を集中する。必死に逃げるよう訴えかけるナエさんとニーナさんの声が遠くなる。
《声》達が歓喜の声を上げる。呪文として現実に解放されるのを喜んでいるのだ。どいつもこいつも、大きく「自分が、自分が」と必死に訴えかけてくる。雛鳥を育てる親鳥は、エサをやるときはこんな風に見えるのかなと関係ない事を想像して笑ってしまう。さて、【呪文】を唱えるのはこれで3回目だ。流石に多少は慣れてきたつもりだ。己の内から遠くにつながるリンクを辿り、マナを引き寄せる。今回唱えようとしている呪文のコストは2マナだ。平地、そして森を幻視して、それぞれから力強く発しているエネルギーを引っ張りよせる。続いて《声》達の発生源に手を突っ込むイメージ。がさごそやって目当ての《声》をひっぱりあげる。紡ぐ呪文は……
「【平和な心】」
俺の内から、何かが放たれる感触がした。俺の内から出た不可視のモノは一旦、頭上高く上って教会の天井に達してから、ゆっくりと対象の【強打者】へと落ちていく。俺には白い光が【強打者】の頭上から降り注ぎ、大きな図体を輝きながら包み込むように見えた。光が収まると、肩を揺らしていた【強打者】は突然ピタリと動きを止めた。【強打者】を見続ける俺につられたのか、ナエさんとニーナさんも【強打者】に注意を向ける。
【強打者】は突然、何かに気付いたようで、「パオンパオン」と鳴きながら教会内をグルグル見回した後、自分が両手に持っている槌に驚いた様子を示した。そして、泣くように「パオオオン」といななきながら、何と槌を横に放り投げてしまったのだ。何を考えているのか、頭を抱えてブンブン首をまわしたあと、その場にどかりと胡坐をかいて座ってしまった。
突飛な【強打者】の豹変ぶりに、最初は訝しんでいたナエさん、ニーナさんもあんぐりして固まってしまっている。そりゃそうだろう。俺は【呪文】の効果を知っていたから、ある程度は想像できたが、今まで自分達を襲っていた恐ろしい敵が、目の前のコイツのように豹変したとなれば何が起きたか理解できないはずである。しかし、本当に効くかどうかは確信が持てなかったが、とりあえずはちゃんと効果がでてるようで一安心だ。
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Pacifism / 平和な心 (1)(白)
エンチャント — オーラ(Aura)
エンチャント(クリーチャー)
エンチャントされているクリーチャーでは攻撃したりブロックしたりできない。
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マジックにおけるエンチャント、さらにその中の一部に分類されるオーラは、昨日までに見た【不退転の意志】、【神聖なる好意】のようにクリーチャー強化を目的とした呪文だけで構成されているわけではない。中には俺が唱えた【平和な心】のように、害となる相手クリーチャーに対処する呪文も存在しているのだ。【平和な心】の効果はカード名そのままであると言っても良いだろう。障害となる危険性のあるクリーチャーの心を変化させ――その手段は改心なのか、洗脳なのかは脇に置いておくが……(どうもさっきのは洗脳っぽいけど)――戦闘に参加させないようにする。もともと敵対していたクリーチャーは『場』に存在し続けたままだが、その存在を無力化することができる極めて使い勝手の良い呪文だ。やばそうなクリーチャーが出てきたら、とりあえず使っておくというのが、デュエルにおける俺の常套手段だった。
さて、目論見通りに【強打者】に【平和な心】が効いたようではあるが、危険性が無くなったとたん、目の前の【強打者】に対する興味がわいてきた。ヴァンは自分のデッキのクリーチャーだとはいえ、その姿は普通に人間だった。対して【強打者】は現実世界には存在しない、二足歩行する象?とでも言うべき存在だ。主として、もとい、マジックプレイヤーならばその姿を近くで見てみたくなるという欲求が出てくるのは自然なこととは言えないだろうか?
つかつかと【強打者】に回り込んで近づいていき、胡坐をかいて座っても、なお俺の背に達するかという大きさの【強打者】をしげしげと眺める。すれ違うニーナさんや背後のナエさんからは静止の声が上がるが、【強打者】は近づいても何の様子も示さない。【強打者】に呪文がちゃんと効いている事への確信が深まるだけだった。【強打者】は本当に、図体のデカイ人間(そのデカさがもともとありえないサイズなのだが)の首から上を象に変えただけのような姿をしている。小さいころに読んだ、頭に冠をのせた二足歩行の象の王様が人間と交流する絵本を思い出してしまう姿ぶりである。心なしか、【強打者】の全身に何かが纏わりついているような気がした。この感覚は《魔狼》を倒したあとのグレーからも感じられた。もしかしてオーラをつけているとこんな感覚がするのだろうか? 【強打者】は左右に広がった耳をパタパタ揺らして、長くのびた鼻を時折ゆらゆらさせながら俺を見返している。これだけ近づけば、眼窩奥深くに隠されたつぶらな目も観察することができる。黒曜石のように光を反射する小さな両目を見ていると、先ほどの暴れっぷりが想像できないギャップを感じてしまう。思わず手がでてしまい、大きな文様が描かれた額をなでる。結構ざらざらしてるな…… すると、【強打者】は鼻を持ち上げて大きく「パオオオン」と鳴いて応じてくれた。
ヤバイ……何この【ロクソドンの強打者】……普通の象さんになっちまいやがった……
「ワタル。そいつは触っても大丈夫なの? なんで急にこんなに大人しく……」
背後からナエさんの声がかかる。振り返ると未だに両手で剣を構えたまま、注意深くこちらの様子を伺っていた。疑問も当然なので答える事にする。
「ええ。さっき俺が【平和な心】……っと、大人しくする『呪文』をかけたので大丈夫ですよ。正直、実際にやってみるまでは効くかどうかは半信半疑だったんですが。けど、もう大丈夫なはずです」
「本当?」
「ええ。武器も放り出してましたし、俺がこんなに近づいても何もしてないんですし」
「そんな……『災厄の流星』の魔物を大人しくするなんて。一体何を……?」
ニーナさんから不安げな声で疑問がくるが、俺としてはそういう『呪文』を使ったとしか言いようがない。初めてでぶっつけ本番である、というのは言わない方が良さそうだ。
「ちょっと、ナエ!?」
ナエさんは恐る恐る【強打者】に近づいてくる。そして剣先で【強打者】をつつこうとした。しかし、ここで大きく反応を見せたのは、なんと【強打者】だった。
突然、姿勢をおおきくのけぞらせて剣の切っ先から逃げだしたのだ。大きな図体で、床を這いつくばりながら「パオオオオン」と鳴いて入口の方へ逃げていく。向かう先にはニーナさんと親子が居て、このままでは【強打者】と衝突事故が起きそうだ。
「ちょっ、ナエさん何を……。おい、オマエも待てって!」
「ちょっと、こっちこないで!」
ナエさんと親子があたふたと散り散りに逃げる中、ナエさんは嗜虐心が刺激されたのか、ニヤリと笑みを浮かべ剣をつきだしながら【強打者】を追いたて始める。
「何これー。おもしろいじゃない。ほらほら、急がないとつついちゃうぞー」
「ちょっ、ナエさん!」
「パオンパオン」と鳴きながら、いや、泣きながらほうほうの呈で逃げる【強打者】をナエさんが剣をつんつく突っつける動作で追い立て始めた。もはや、当初とは完全に攻守が逆転してしまっている。【強打者】は勢いそのままに、教会の入口まで突進していく。そして、バキィ、メリメリィと大きな音をたてて、木製の重厚な扉を、まるでなかったかのように突破していってしまった。間髪いれず、外から悲鳴が上がるのが聞こえてくる。
「あ、あれぇ…… ま、まてぇ!」
流石に遊びすぎたのに気づいたのか、ナエさんは慌てて後を追いかけて行く。「あーもう何なんだか……」とぼやきつつも、俺も慌てて後を追いかけた。