Plains Walker -次元世界遊歩道中-   作:sasandra

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※013話と同時更新 最新話リンクから飛んできた方は注意を。


014:浄化の儀式と災厄の流星 その3

 破壊の跡が生々しい扉を抜けると、教会前の広場に出た。しかし、昨日見たときとは様相が一変している。結界石の台座には教会内に避難していた人々が寄り添い、その回りを騎士達が囲んで四方へにらみをきかせている。また、広場の隅を見ると、1つの建物が倒壊していて、その周辺に取り囲むように騎士達が並んでいた。誰もが武器を抜いた状態で建物の倒壊跡を注視している。その中心には、なんと骸骨が立っていた。学校の保健室や理科室で見るような標本の骸骨よりも一回り大きい姿をしている。骸骨は外国製ファンタジーゲームに出てくるような、ゆったりとした動きではなく、生きた人間ように何の淀みもなく素早く動き回っている。今、一人の騎士が骸骨と交戦中のようだった。骸骨は片手に持った剣を騎士に叩きつけ、騎士も危なげなくそれを受け止めている。交戦中のさなかにも、四方のあちこちからズズンという音やバキバキィという破壊音が聞こえてくる。【強打者】の件で緊張が解けかけていたが、今が非常事態だという事を思い知らされる。

 「パオン……」という悲痛そうな鳴き声を聞いて視線を真正面に戻すと、【強打者】は結界石と教会入口のちょうど間で、3人の騎士に取り囲まれて腰を抜かしていた。武器を振り上げたり、構えていたりしている騎士達3人を仰向けで見上げて、まさに殺される寸前で打つ手なしという状態のようであった。これでは、騎士か、【強打者】、どちらが悪者なのかわかったものではない。そんな中、お構いなしに横から怒鳴り声が割り込む。

 

「オイ! ナエッ! これは一体どういう事なんだ!」

 

俺や【強打者】だけでなく、騎士達もビクリと体を震わせるほどの大音量だった。アルバート隊長が両腕を組んでギロリと鋭い視線でこちらを射抜いてくる。俺のちょうど横にいて、同じように広場の様子を伺っていたナエさんは怒鳴られた瞬間「ウヒャイ!」と可愛らしい悲鳴を上げ、冷や汗ダクダク状態となっていた。

 

「突然、『飛びやがって』どこかへ消えたか思えば、教会の中から《魔物》が飛び出してきやがった。お前、中に居たんだろう……? 何やらかしやがった!!」

 

アルバート隊長はこめかみに青筋を幻視しそうな程ご機嫌ナナメなようである。今は非常事態ではあるが、隊長のこの不機嫌のおかげで、この場の人間達が一定の冷静さを保つ事ができているかのように思えてしまう。

 

「え、えーと……ニーナが危ない感じが……」

「そいつだ! そいつがダンを『喰い』やがった!!」

 

ニーナさんのしどろもどろな言い訳は、男性の大声に遮られた。隊長の少し後方、芝生が生えた平らなスペースに、一人の騎士が装備を外された状態で寝かされていた。肩肘をついて必死そうに上半身を持ち上げている。頭から血を流し、全身ズタボロで傷だらけである。彼は親の仇でも見るかのように、仰向けに倒れた【強打者】に罵声を浴びせる

 

「今すぐ殺せ! 俺もダンもソイツにやられたんだ。じゃないとダンが……ダンが! 隊長ぉ!」

 

「落ち着け、サイラス。ナエ、この腑抜けてる《魔物》がダンを『喰って』現れたのか?」

 

隊長は悲痛な訴えをするサイラスという騎士をなだめて、先ほどよりかは穏やかな口調でナエさんに続けて質問をする。

 

「えっ?あれっ? えーっと……」

 

ナエさんは、頬を指でカリカリとかきながら必死に記憶を巡らしている。思い出してみれば、ナエさんは教会の中には居なかったはずなのに、ニーナさんが危なくなった瞬間に突如としてあらわれた。少なくとも、サイラスという騎士が【強打者】に吹っ飛ばされる時までは教会内にいなかったように思われる。ココは俺が説明した方がいいか、と口を開きかけた途端、後方からニーナさんの声が聞こえた。

 

「隊長、その通りです。ナエは私が危なくなった時に『飛んできて』救ってくれたんです。ですが、今はそこの彼が変な『呪文』を魔物にかけて、このような状態になってます」

 

彼女は必要最低限の事だけ伝えながら小走りで俺たちの元へと近寄り、ナエさんを挟んで反対側へ並んだ。横に並ぶ瞬間、彼女は俺を見たような気がした。心なしか、俺への視線がどこか得体の知れない物を見るかのような冷めたものように感じられた。

 

「ッチ。だとするなら、そのヘタってる《魔物》は今すぐ倒さなきゃならんな。オイ、おまえら……」

「隊長! 四方から魔物が迫ってきます!」

 

隊長が【強打者】を囲む騎士達に命令を出そうとした時に、それを遮る騎士の報告が広場に響き渡った。騎士の大声を聞いて、結界石の台座に集う住民達の表情が、更に悲壮めいたものに変わった。広場の雰囲気は、より一層、絶望的なものに変化し、広場を囲む建物の向こうから、今すぐにでも何かが飛び出して襲ってきそうな恐怖に包まれる。

 

「くそっ。あちこちでメチャクチャ起こりやがって。司祭、守護陣はいけるか?」

「いつでもいけますぞ」

「よし。まずは守りを固める。司祭が守護陣を展開するから、住民の皆は結界からは決してでないように。あと、そこの骸骨だ! いつまでもてこずってねぇで、さっさとかたずけちまえ。早くしねぇと手遅れになっちまうぞ」

「しかし、隊長! コイツ、斬っても叩いても再生しやがります」

「情けねぇ! おいナエ! あの端っこでグズってる骸骨に特大のをかましてやれ! 家は崩れちまってるから燃やしちまってもかまわん。」

「ハ、ハイィィ!」

 

隊長のおかんむりから少し目を離されて、一息ついていたナエさんだったが、突然命令されて再びビシィと直立不動の姿勢を取る。

 

「あと、そこのヘタってる《魔物》だが、ソイツもやっちまえ。さっさとしねえとダンがオダブツになっちまう」

「ッハ!」

 

隊長の有無を言わさない命令に、広場に居た騎士達はキビキビと行動を始める。ナエさんは剣を肩に担いで「じゃ、ニーナ行ってくるね」と広場の隅の骸骨との戦闘場所に走っていく。【強打者】を取り囲む3人の騎士達は互いに頷いたあと、それぞれの武器でいっせいに【強打者】に攻撃した。そうとは意識してなかったのか【強打者】に武器があたる瞬間、俺は目をそむけてしまった。聞こえるのは鈍い音、音とともに響く【強打者】の鳴き声だった。恐る恐る目を開けてみると、【強打者】は体を剣や槍で刺し貫かれた状態で、仰向けに倒れていた。体の周りは血だまりができ、見るからに痛ましい光景だった。

 

「コイツ、まだ生きてやがる」

「意外としぶといな」

 

騎士達は【強打者】をまるで家畜でも見るかのように、冷静に観察している。その冷徹な感じに、思わず背筋がゾッとする。

 

「あなた、こういう光景見るのは初めて?」

 

横を見れば、ニーナさんも冷めた表情で俺を見つめている。

 

「話には聞いた事はあるけど、実際に目にするのは初めてかもしれない」

「そう……」

 

湧き上る吐き気をこらえながら、辛うじて返事を返す。ニーナさんを良く見ると、表情が少し青ざめているようにも見える。彼女ももしかしたら、あまりこのような光景に慣れていないのかもしれない。彼女は俺の言葉をどこか、うわの空で聞いていたようだが、俺が見つめているのに気付くと、少しバツが悪そうに話をはじめた。

 

「私もね、こういうのは初めて。でも、お母様の跡を継ぐと決めた時から、覚悟はしていたわ。聖石騎士団や教会の人間はか弱き民達の盾にならなければならない。例え、前衛に出ない後方支援に配備される司祭でも。あなたにその覚悟がないのなら、さっきのような手出しはしないようにすることね」

 

途中から、彼女が俺を見る表情は真剣なものに変化していた。俺はその言葉を反芻する。【強打者】に『呪文』を使ったとき、好奇心を満たすためだけに使っていなかったか? いや、あの時【強打者】を無力化しなければ、さらなる危険が俺やニーナさんに及んでいたのは間違いない。しかし、本当に俺は純粋に危険に対抗するためだけに『呪文』を唱えたのか……? 思考に埋没しそうになった時、広場の隅で、聞いたことのある爆音が轟いた。

 わずかなどよめきが聞こえたあと、少し焦げ臭い匂いが辺りに漂い始めた。広場の隅の骸骨との戦闘が繰り広げられていた位置に、ナエさんが剣を振り下ろした状態で佇んでいた。剣の先には小規模の爆発があったかのように、爆発跡と、黒く焼け焦げた人骨の破片が散らばっていた。

 

「ナエの《ヒートブレード》ね。あの時、私を助けてくれた時に《魔物》に放った魔法剣よ」

 

ニーナさんが【強打者】に襲われそうになった時、【強打者】の背後で炸裂した炎の柱の正体はソレだったようだ。その威力は、骸骨が一瞬で火葬した後のようになってしまってる事から、中々威力が高い事がうかがえる。しかし、【強打者】はアレを食らっても体勢を崩し、一時的に戦闘不能となるだけであった。【強打者】のタフネスは4点。やはり、そのような数値となると、人間――骸骨ではあるが――を殺すに足るだけの威力だけでは足りないようであった。

 

「《魔物》が……」

 

 ニーナさんのつぶやきに応じて、ナエさんの方を再び見ると、骸骨の破片がカタカタと蠢きだした。そして、骸骨だった黒い破片からボコリボコリと黒い泡が湧き出したかと思うと、それぞれ互いに引き合いあって、一つの塊になり出した。ナエさんは骨に動きが出始めた瞬間、それに気付いて、今は一歩離れて様子を伺っている。黒い泡は1つに集まって大きく膨らんだ後、泡がはじけて、だんだん大きさが小さくなっていく。まるで、【強打者】が騎士を『喰って』姿を現している時の光景を巻き戻しに見ているかのようだ。泡がはじけたり、こそぎ落ちてだんだん小さくなっていき、中に入っていたものを表に現しはじめた。最初こそ、それが何かはわからなかったが、中から人があらわれたのである。

 

「《流星の魔物》に喰われた人間は、憑りついた《魔物》を倒す事によって救い出す事ができるの。でも、早いうちに《魔物》を倒さないと、憑りつかれた人間の命は失われてしまうわ。彼は大丈夫かしら……」

 

 この光景を見て、ようやくサイラスが【強打者】へ憎々しげに叫んでいたことに納得がいった。ダンという騎士が黒いナニかに覆い尽くされる――ここは喰われるといった方がいいだろうか――様は俺も見ていた。《魔物》は人間に憑りついて姿を現す。今、武器に刺し貫かれて痛々しく倒れている【強打者】も、憑りついた騎士を犠牲にして出現していたのだ。【平和な心】でただのゾウさんになってしまい、今は痛々しい目にあっている【強打者】に僅かながら憐憫の感情を抱いてしまっていたが、騎士達の【強打者】に対する扱いには、それ相応の理由があったのだ。

 骸骨から解放された騎士に、他の騎士が介抱にあたっている。ナエさんの表情や、集団の様子を見る限り、有望な展開になっていそうだった。とりあえずは一安心という事か。

 

「オマエらどきな! 俺がトドメをさす」

 

右手前方から、ラルフさんの鋭い呼びかけがかかる。彼は剣を握りしめながら【強打者】の方へ向かって行く。まだ【強打者】は完全には倒しきれていない。【平和な心】でおとなしくはしても、そのパワーやタフネスには変化がない。4点ものタフネスがあって、そんじょそこらの武器で傷つけられた程度ではやられるはずもなかったのだ。既に刺し貫かれた傷は、前と同様に再生しつつある。

 

「グレー! こい!」

 

左手を前方に掲げてラルフさんは叫ぶ。すると、手をかざした地点に、俺が昨日ヴァンを召喚した時のように、黒い穴が発生しだした。穴は次第に緑の光を放ちながら、グニャリと形を変え、次第に大きな獣の形へと変形していく。変形したモノは四肢を動かしつつ、ラルフさんに続いて【強打者】の元へと追随する。

 

「ヴォアアアアアアア!」

 

現れたのは、一昨日見たときとなんら変わりがない、人間一人をやすやすと超える巨躯を誇る【灰色熊】(グレー)であった。二足で立ち上がり、雄叫びを上げ、広場に居る人間に高々と存在を主張する。

【強打者】を取り囲んでいた騎士達はグレーの姿を見るや否や、後ずさりしてしまっていた。やはり、自分を覆い尽くすサイズの熊を見ようものなら、このような反応をしてしまうのが自然な事だろう。ラルフさんはそんな事はおかまいなしに【強打者】の近くへ寄ると、剣を真横に構えてグレーへ指示を出す。

 

「グレー、先に仕掛けな。俺がトドメを」

「ヴォフ」

 

グレーは頷いたかのように一鳴きした後、再び仁王立ちして、前足を天高く掲げる。【巨大化】を受けていなくとも、その時の様子をありありと思いだしてしまうかのような振りかぶりであった。ラルフさんは腰を低くして、剣を横にしながらも何かに集中しているようだった。

 

「パオン……」とわずかに鳴きながら、【強打者】は高々とかかげられたグレーの前足を見つめるのみである。

 

「ヴォフゥ!」

 

グレーの高く掲げた前足が【強打者】の腹にクリーンヒットする。「パオォォ!」と【強打者】がうめいて、体が大きく折れ曲がる。殴った直後、グレーは巨体からは想像もできない素早さで、【強打者】から後ずさる。グレーがラルフさんとすれ違った瞬間、ラルフさんの左腕の輝石が光を放ち始めた。輝石はグレーを召喚したときとは異なる白い色で輝き、また、ラルフさんが右手に持つ剣も光に包まれた。見れば、ナエさんが【強打者】を攻撃したのように、剣に変化が現れ出した。剣の切っ先に光が収束して、光の刀身が伸び出した。光の剣が伸びきったあと、ラルフさんはくるりとその場で一回転をし――

 

「《鋭き一薙ぎ》」

 

剣を【強打者】へ向けて振りぬいた。振りぬいたあと、ラルフさんは振りぬきの姿勢をそのままに暫く佇んでいたが、変化は【強打者】に現れた。なんと、【強打者】の上半身がずれたと思ったら、斜めに地面にずり落ちてしまったのだ。断面からは血が噴き出して見るに堪えない。ラルフさんは文字通り【強打者】を『一刀両断』してしまっていた。しかし、見たのは一瞬で、俺は内からせりあがる感触に下を向かざるえなかった。

 

「オェェ……」

 

瞬間、胃の中が急激に咽びあがってきて、地面に吐き散らかしてしまう。嗚咽を必死に抑えつつ、呼吸を整える。

 

「すごい、あの巨体を一振りで…… これが『カマイタチ』」

 

ニーナさんも目の前の光景に茫然としているようだ。ケホケホと吐き散らかしつつ、口元をぬぐって再び前を向く。俺が吐き散らかしている間に、上半身と下半身に分かれてしまった【強打者】は骸骨と同様に、黒い泡に包まれて一つの塊になっていた。大きく膨らんでいた泡はやがて次第に小さくなっていき、一人の人間を外にあらわし始めた。その人間は意識を失っているようだが、見覚えのある顔をしている。「あ、いけない……」とニーナさんは、ダンが姿を現したのに気付いて、慌てて彼に駆け寄って診断を始めた。脈を図っていたが、やがて安堵の表情を浮かべる。こちらも無事救出することができたようだ。

 ニーナさんがダンの体をあれこれ触診していると、彼の手から札のようなものが地面に零れ落ちた。そして、地面に接触するや否や、突然激しく発光しだした。

 

「これは……」

 

光は地面からふわりと浮きあがり、緑色になったり、白色になったりして交互に変色しながらも輝いている。この光景を俺は過去に見ている。まだ記憶に新しい、グレーが《狼》を倒した直後の事だった。あの後、光は俺の中の《声》と一体化して、結果として《内なる声》が2つ増える事となった。現に、俺の内に潜む《声》達は、あの時のように歓喜の《声》を上げている。失われた物をまた1つ取り戻す事ができるのだ。

 

「おい、ワタル……」

「大丈夫ですよ。ラルフさん」

 

ラルフさんが心配そうに警告してくるが、俺には何がおこるかわかりきっていた。光はゆっくりと俺に近づいてきて、胸の中に侵入してくる。俺の体が一瞬輝いたかと思うと、内の《声》と光が一体化するのが感覚でわかった。【ロクソドンの強打者】が俺の手元に戻ってきたのだ。

 

「おかえり……」

 

俺のつぶやきをラルフさんもニーナさんも不思議そうな表情で俺を見ていたが、二人ともなにも尋ねてはこなかった。失われた一部を取り戻す事ができた《声》達の喜びの余韻をかみしめる。理由がわからないが、俺のデッキはこのようににして取り戻していかなければならないのだろう。

 

「おい、何があったかは聞きたいとこだが、今は《魔物》にあたる方が先だ。ラルフ、お前は迎撃に。ニーナ、おまえは負傷者の手当てだ。ワタル……おまえは、皆が固まっている所に避難しろ」

 

隊長から、「暇はないぞ」と矢継ぎ早に指示が下る。

 

「了解」と打てば響くように応答するニーナさんと、「あいよ」と変わらない調子で返すラルフさんとは違って、俺はすぐに返事する事ができなかった。本当に俺はこのまま、守られっぱなしで良いのか、心の内で葛藤していたのだ。俺には《魔物》に対抗できる『呪文』があるのだ。大幅に数が減ってはいるが、内に潜む《声》は【平和な心】を放ったくらいで尽きたわけではない。《声》達は自分達を「放て」と、内を食い破るかの勢いで強烈に訴えかけてくる。しかし、先ほどのニーナさんの言葉が俺に歯止めをかける。彼女の指摘通り、俺は他の騎士達のように荒事に慣れているというわけではない。彼女は力を振りかざしたら、必ずそれ相応のしっぺ返しがあると警告したかったのだろうか。

 

「おい、ワタルさっさと来るんだ」

 

いつまでも動かない俺を見かねたのか、ラルフさんが俺の手を引っ張って無理やり連れていこうとする。

 

「ラルフさん。俺、このままでいいのかな」

「っけ。《魔狼》にすらビビっちまう腰抜けが必要なほど、騎士団の連中はヤワじゃねぇ。おまえは大人しくしてんのが一番だ。今は余計な事なんか考えるな」

 

そう言われてグイグイひっぱってゆかれ、騎士達が囲む円陣の手前まで連れてかれる。ニーナさんは円陣の中に寝かせられているけが人の手当てにあたっていた。俺は、並んでいる騎士やラルフさんに促され、しぶしぶ村人達が固まる一団に加わる。それを見届けて隊長はザーナ司祭に命令を飛ばす。

 

「司祭。頼んだぞ」

「はい。――大いなる女神様よ。か弱き我らを守りたまえ。その御力は邪なる物を阻む盾なり――《守護の領域》」

 

 

司祭はうなずくと、跪いて祈りを捧げながら呪文を唱えた。すると、変化は頭より少し高い位置の空間に現れはじめた。村人達が固まっている結界石を中心として、円を描く白い線があらわれたのだ。線はつながって円となり、一際輝いたあと、真下に光を降り注いだ。光が落ちたあとは、景色が白く染まった半透明に見え、何かが俺達と外を隔てているように見えた。同時に、上の方にも半透明の膜が展開されて、すっぽりと結界石ごと覆ってしまった。まるで自分達が大きな白いヴェールで覆い隠されたかのようだった。

 

「おまえら、ここが正念場だ。司祭が《守護結界》を展開してるが、その護りは完璧じゃねぇ。死んでも《魔物》を結界石に近寄らせるな!」

「オウ!!」

 

結界が張られるのを見届けてから、隊長が俺たちを囲む騎士に向かって激を飛ばす。騎士達も自らを鼓舞するかのように大声で応じる。もはや、広場の四方の至る所から鳴き声や足音が聞こえてきて、襲撃の時は間もなくかと思われた。

 

誰もがかたずをのんで待ち構える中、一人の騎士が空を指さして襲来を告げる。

 

「隊長。上です」

 

騎士の指さす方向を見ると、大きな影が素早く空を横切るのが確認できた。影は広場を大きく旋回し、横に大きく広がる翼を動かしながら、俺たちを睥睨しつつ咆哮を上げる。体は硬そうな鱗に包まれ、それが頭から尾にかけてびっしり覆われている。翼は蝙蝠の翼のような被膜で構成されていて、見た目で感じられる薄さながらも、風を逃さず捉えてソイツの大きな胴体を危なげなく空中に持ち上げている。その姿は空飛ぶトカゲ……いや、まるでドラゴンのようだった。

 

「あっちにもいるぞ!」

 

反対側を見ると、今度は『人』の姿をした影が宙を横切るのが見えた。肌の露出が多い恰好をしていて、片手に長い錫杖のような棒を持っている。どことなく戦装束のような出で立ちだが、その姿は女性であった。何よりも空を飛んでいるという時点で、注目してしかるべき箇所はその背中にあった。なんと『翼』が生えているのである。まるで某宗教に出てくる『天使』のような姿をしているのだ。彼女は広場を大回りに飛び回りながら、襲うべき得物を品定めしているようにも見えた。

 

「おい、まだ来やがる」

 

今度は、紅く燃え盛る炎が空を横切った。先のドラゴンや天使ほどは素早くはなく、大きさも小さいが、炎が舞い踊る様は、先の2体とはまた違った不気味さを感じさせられる。よく目を凝らせば、炎の中に、本体と思わしき影が見えた。胴体は細長く、その横からは胴体と比べるとやけに大きな手が2本生えている。流線型をした、これまた大きな頭には、頭の大部分を占めるほどの目がついていて、顔だけを見ればコイツだけが一番《魔物》じみた奇怪な外見をしていた。

 

三者三様の《魔物》は広場の上空でぐるぐると輪を描きながら回っていたが、突然向きを転じてこちらに急降下してきた。俺たちの方へ襲ってきたのは、赤く燃える炎を纏う魔物であった。急降下しつつも、ソイツは口から俺たちに炎を吹きかけてきた。ブレス攻撃――と言ってもいいのか、小さな図体に見合わず勢いがなかなか強い。俺の周りの住民からは悲鳴があがり、頭を抱え込む人もいた。しかし、俺たちが居る結界石の周りにはザーナ司祭の張った結界がある。炎は白いヴェールに遮られて俺たちに届く事はなかった。

 

「おい、大丈夫か」

「クソ。あのドラゴン、デカイくせして意外に素早い」

「あの人型のも油断ならん。2人やられた!」

 

結界の外では他2体の魔物にやられてしまった騎士がいたようだ。騎士もやられるだけではなく、弓で射るなり、炎や氷の魔法らしきもので応戦しているようだが、素早く動く目標にあてられず苦戦している。騎士達に気を取られている間にも、俺たちが居る結界も炎の《魔物》に何回か攻撃される。

 

「このままですと……まずいですな」

 

祈りの姿勢のまま上空を見上げる司祭から、悲観的な言葉が漏れる。結界の維持に余裕がないのか、はたまた外の状況に気が気ではないのか、相当追いつめられた表情をしている。もはや、外の状況は最悪であると言ってもいい。広場のあちこちで怒号が飛び交い、叫び声が響きわたり、まるで地獄絵図と言った状況だ。

 

大きく肺いっぱいに空気を吸い込み、ゆっくりと息を吐き出して深呼吸をする。もはや、覚悟だとか荒事に慣れていないだとか、そんな事を悠長に語っている所ではない。覚悟をきめるんだ。

 

幸い、感覚で今まで【平和な心】で消費していて細くなっていたマナの繋がりが復活しつつある事がわかる。今、ここから反撃を始めるのだ。

 

「ヴァン……」

 

つぶやくのは、昨日名付けたばかりの彼の名前。白マナを《声》に注ぎ込み、目の前へ召喚する。

 

ヴァンを召喚した時の現象が焼き増しで目の前で起こる。結界内に起きた突然の異変に、ぎょっとする村人も居たが、外の騒ぎに気を取られている人間が多く、さほど大きな騒ぎは起きなかった。ただ一人、昨日と同じ光景を見ていたザーナ司祭が、俺がしている事を若干驚きながら静かに見ていた。

 

ヴァンが地に足をつけて現れるとすぐに、様子を伺っていた司祭へ話しかける。

 

「ザーナさん。この結界から外へ人を出す事はできますか」

「ワタル殿……それにヴァン殿。何をされようというのですかな?」

「ご想像の通りです。俺は外の危機に対して手助けする事ができる――と思います。実際はヴァンにやってもらうのですが……」

「然り。我は主の剣。このまま状況を静観していても、いずれは主に危険が及ぶのは明白。なればこちらから攻めるは自明の理」

 

司祭は、冷静沈着に言い放つヴァンをしばしの間見つめ、自分の中で整理をつけたのか、大きく頷いた。

 

「よろしい。一部、結界を解除する必要がありますが、大した手間はかかりません。ヴァン殿。存分に力をふるうがよろしかろう」

 

もしかしたらダメかと思っていたので、許可の言葉を聞いた瞬間、自分の心が沸き立つのが、明確に感じられた。きっと、俺は今、笑っているのだろう。不謹慎ではあるが、この場の闘いが、この世界での、いや、本当の意味での『初陣』となるのだ。

 

「ヴァン……」

「御意」

 

ヴァンを見れば、これまで無表情だったのに、彼も獰猛な笑いを浮かべていた。俺の高ぶりが伝わっているかのようである。

 

「ちょっと、待ちなさい」

 

いざ行かん、という所で後ろから声がかかる。振り返ると、ニーナさんがキッと俺を睨んできつい表情をしながら、両手を腰に当てて仁王立ちしていた。まるで俺たちの行動を止めようかというように。

 

「あなた、一体何をするつもりなの?」

「ニーナさん。外の《魔物》を倒してくるんです。やるのはヴァンですけど……」

「っ! さっきあなたに話した言葉を……司祭様?」

 

口を出そうとしたニーナさんに、ザーナ司祭が歩み寄り、手で遮る。

 

「ニーナ様。ここはワタル殿の好きなようにさせてみてはいかがですかな? 昨日の【呪文】や、話を鑑みる限り、彼は『守護者』系統に類する力を持っていると見て良いようです。おそらく、彼自身が前に出て戦うという事ではないと思われます。違いますかな?」

「ええ、まぁその通りです。俺自身には戦闘能力なんてありませんよ。でもヴァンなら……」

 

ニーナさんは、ヴァンをしげしげと眺めながらまくし立てる。

 

「でも、このヴァンっていう《守護者》だって、私達騎士団より実力で勝っているとも思えないわ。アナタが出しゃばった所で足手まといになるだけよ」

 

今は状況が状況だけに、余計な時間をかけているヒマはないかと思うのだが、中々、ストレートに物を言ってくれるものである。若干、なにくそと忸怩たる思いを抱きつつ反論する。何も、策がないわけで実行に移そうとしているわけではないのだ。

 

「そう言うのなら見ててくださいよ。――ヴァン。まずは飛んでるヤツらから片付けるぞ」

「御意」

 

右手をヴァンにかざして、呪文を紡ぐ。リンクを通じて引き出すは、緑マナ1点。

 

「【蜘蛛の陰影】」

 

すると、かつてラルフさんがグレーに【巨大化】を使ったときのように、ヴァンの体が濃緑の光に包まれた。体を覆う光は徐々に厚みを増し、何かの形に変形しだした。丸まった形は胴体となり、その胴体から8本の細長い足が突き出る。光が形作るその姿は大きな『蜘蛛』だ。かなり大きい姿をしていて、近くで見てるとそのリアルさに背中がむずがゆくなる。苦手な人間にはかなり気持ち悪い光景だろう。不思議な事に、ヴァンを包む光の蜘蛛は結界石の台座の上にぎりぎり収まるかといったほど大きいものであったが、光は人間や物を透過していて、何も影響を与えてはいないようである。「い、いや……なによコレ」と目の前のニーナさんや村人はかなり引き気味な様子であった。しかし、光の蜘蛛が一瞬強く輝いた瞬間、陰影は一瞬にして姿を消した。代わりに、中に包まれていたヴァンの姿が表に現れた。彼の姿の輪郭が緑色に強く輝いているのがわかる。大蜘蛛の力が彼の中に凝縮されたかのようだ。

 

「調子はどう?」

「変わらず、見事な呪文です。これならば上空の彼奴らめを散らす事ができましょう」

 

手を握りしめたり開いたり、ステップを踏んだりして、ヴァンのコンディションは中々に上々といった様子だ。

 

「ザーナさん。ヴァンを外に出すために結界を操作して頂けないですか」

「むやみやたらと出て行っては危険です。《魔物》が襲い掛かったスキを狙って、一部の結界を解除しましょうぞ」

「ザーナ司祭、その心配は無用。我の真上の結界を解いてくだされば結構」

「……!? それは一体……」

 

珍しくヴァン自ら司祭に話かけたが、司祭は彼の言葉の真意を掴みかねているようだ。しかし、俺にはその言葉の意味がわかる。【蜘蛛の陰影】が与えうる能力を考えれば、納得のいく発言である。

 

「司祭殿。迷っている暇はありませぬ。あの炎の魔物が踵を返して、また来てしまいますぞ」

「ザーナさん。彼の言うとおりにしてください」

「ねぇ、彼は一体何をしようというの?」

 

普通に俺たちの会話を聞いていたら、ニーナさんの反応ももっともであるのだが、今はそんな事に構っている暇はない。司祭はしぶしぶ、その言葉通りにしてくれるようだ。

 

「……わかりました。では、いきますぞ――『結界解除』」

 

ザーナ司祭の言葉と伴に、ヴァンの真上の結界が解除された。上を見ると、やや薄く白い色に染まっていた外の景色の一部に穴が開き、外に出られるようになっている。ヴァンは腰に差した剣を右手で引き抜き、腰を落として、かがんだ姿勢をとった。弓に引きつがえられている矢のように、飛び出す勢いを貯めているかのようだ。

 

「ヴァン」

 

俺は無意識にヴァンに声をかけてしまっていた。少し躊躇ってしまうが、主として彼に何か声をかけてやらねばと思ったのだ。ヴァンはじっと俺の次の言葉を待ってくれている。今にも《魔物》に向かおうとしている彼に、言うべき言葉はそう多くは必要ないだろう。

 

「ヴァン……思いっきりやっちゃえ」

「……承知。必ずや勝利を主の手に」

 

そう返す彼の顔は、これまで見てきた中で一番獰猛的に笑っていた。しかし、怖い顔というわけではなく、とても頼もしくも凛々しいものであった。

 

ヴァンはぐっと姿勢を一層低くした。すると、彼の姿を強調的に縁取っていた緑の光が一瞬輝き、瞬間的に『蜘蛛の陰影』がヴァンを中心に投影された。その後、ドンッという踏込の音とともに、彼は真上へと飛び上がっていった。

 

「なっ……」

「嘘っ」

 

二人が驚くもの無理はないのかもしれない。ヴァンは真上に飛び上がってから、炎の魔物へと向かっていく。しかし、その高度は『普通の人間が飛び上がった』だけでは済まされない程の高さにまで迫っている。

 「オイ、アイツ空を飛んでるぞ」「えっ本当かよ」「《魔物》に向かってくぞ」と結界内の村人たちもヴァンの常識外れの動きに驚いている。炎の《魔物》は自分に向かってくる存在に動揺したのか、反応が若干遅れつつも、炎のブレスをヴァンに浴びせる。しかし、ヴァンは空中で少し横にずれて、余裕を持って炎を回避する。彼は剣を下段に構えつつ、すれ違いざまに《魔物》を切り捨てた。スッパリやられた《魔物》は空中でもみくちゃ動きながら、やがて黒い泡へと変じて地面に落ちていく。ヴァンが結界石の台座前に着地する頃には、空から小さい札が2枚ヒラヒラと舞い落ちるものに変じてしまっていた。

 

ヴァンの頼もしき後ろ姿を横目に捉えつつも、ニーナさんとザーナ司祭に振り向く。

 

「ね。俺のヴァンも結構やるでしょう?」

 

茫然とする二人に、自分のクリーチャーを自慢するのは中々気持ちがよかった。

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