Plains Walker -次元世界遊歩道中-   作:sasandra

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015:浄化の儀式と災厄の流星 その4

教会前にいた人間すべてがヴァンのやったことに注目していた。結界石周辺に固まっている住民達、空の魔物へ応戦していた騎士達までもが、広場のただならぬ状況に、何が起きたのか確かめようとしていた。

ヴァンは着地のあと、ゆっくりと立ち上がり、こちらを振り返った。結界越しに半透明に見える景色の中、彼が獰猛に笑っているのがはっきりと見えた。彼は俺の視線に気づいたのか、こちらを無言で見返してくる。しかし、俺には彼が次の命令を待っているのが分かっていた。出だしよく《魔物》を倒せたとはいえ、まだ空の脅威が取り除かれたわけではない。

 

「ヴァン、次のやつも頼んだ」

「御意」

 

ヴァンは一言述べたあと、上を見上げる。ちょうど、大きな図体をしたドラゴンが上空を横切るところだった。ドラゴンは仲間をやられたことに怒っているのか、ヴァンの方を向いて 「ギャアス」と咆哮をあげている。鳴き声に気づいたのか、騎士達の注目が空へと戻る。

 

しかし、ドラゴンか。いくら【蜘蛛の陰影】で強化しているとはいえ、先ほどのようにうまく倒すことができるだろうか。

 

******************************************

蜘蛛の陰影/Spider Umbra

 

エンチャント — オーラ(Aura)エンチャント(クリーチャー)

エンチャントされているクリーチャーは+1/+1の修整を受けるとともに到達を持つ。(それは飛行を持つクリーチャーをブロックできる。)

族霊鎧

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【蜘蛛の陰影】は過去唱えた【不退転の意志】と同様に、クリーチャーを強化するエンチャント(オーラ)呪文だ。その点においては【不退転の意志】と変わりがないのだが、異なる点はエンチャントしたクリーチャーに特殊能力を与えうる点にある。その特殊能力とは『到達』と呼ばれる能力である。だが、それを説明する前に、まずはマジックのクリーチャーが持つ特殊能力について説明すべきだろう。

 マジックのクリーチャーの一部には、特殊能力を持つものが存在する。その能力はいろいろ存在するのだが、それぞれ能力は、キーワード化されて区別がつけやすいように扱われている。代表的でわかりやすいものとしては『飛行』という能力が挙げられる。これはどういう能力を示すのかは説明するまでもないだろう。文字通り『空を飛ぶ』能力の事だ。鳥やあの空を飛ぶドラゴンはもちろんの事、想像上の生き物、果てはどこをどう見ても空を飛びそうもない絵柄のクリーチャーにさえ与えられる事もある、メジャーな能力である。この能力はクリーチャー同士の戦闘で効果を如実に現す。どういう事かというと、「『飛行』を持たないクリーチャーは『飛行』をもつクリーチャーをブロックできない」という事だ。これも説明するまでもないだろう。地面を這いつくばる動物は、空を飛ぶ鳥に手を出す事が出来ないからだ。このように、『飛行』を持つクリーチャーは、『飛行』を持たないクリーチャーを悠々と飛び越えて相手に攻撃することができるのだ。

 しかし、この能力にも対抗する術は存在する。唐突だが、人間の歴史を振り返ると、空を飛ぶ鳥を仕留められなかったという事実は一切存在しない。人間が飛行機を発明する、はるか以前から、人間は銃や弓等を利用して空飛ぶ生物を狩る事ができたのだ。空は自在に飛べずとも、空中を行く存在に攻撃を届かせる能力。この能力を象徴するキーワードが『到達』である。『到達』能力の具体的の内容は「『到達』を持つクリーチャーは、『飛行』を持つクリーチャーを、あたかも自身が『飛行』を持っているかのようにブロックしても良い」である。明確に述べると多少長くてわかりづらいのだが、ようは『飛行』を持つクリーチャーを妨害することができるのだ。『到達』はあくまで『ブロック』する時のみ有効であり、攻撃時には有効にならない。弓を持つ人間は、飛んで敵を飛び越えるような真似はできないのだから、当然ではある。

 ヴァンの行動を照らし合わせてみると、彼は『飛行』を持つ攻撃してきたクリーチャーを『到達』でブロックしたと言える。空を飛ぶかもしれないとは予想はしていたが、まさかあんなに風に自然と空中を飛び回るとは思わなかった。

本来、『到達』という言葉は、この能力を種族的に持ち合わせているようにカード能力をデザインされていた『蜘蛛』に由来していると言われている。イメージ的には、蜘蛛の糸を伝って空中にいる敵に手を届かせる、糸にからめとって妨害すると言うことなのだろう。

 

「――主」

 

ヴァンの呼びかける声に思考を現実に戻す。ヴァンは俺を見て、まだ何か指示がないか待ち受けている。

 

「そうだな…… あのドラゴン、相手にするにはきつくないか?」

 

ヴァンは空を見上げながら俺の質問に淀みなく答える。

 

「まともにやりあえば、主の呪文がある今の状況でもやられてしまうかもしれませぬ。しかし、奴からは過去相対したものと比べると、さほど重圧を感じませぬ。相討ち覚悟ならば、呪文なしの我でも倒せるかと」

 

ヴァンのドラゴンに対する評価は俺よりも低いものだった。マジックにはドラゴンは様々いるが、強いものから弱いものまでピンキリだったりする。いま空を飛んでいるアイツは弱い部類の種類なのだろう。ヴァンには【蜘蛛の陰影】をつけているので迎撃するのは可能だ。減らせる内に、《魔物》は減らしといた方がいいだろう。どっちみち、マナが尽きてる今は何もできやしないのだから。

 

「よし、このままアイツを頼む」

「御意」

 

ヴァンは再び腰を落として、上空へと飛び出した。今度はドラゴンへと向かって飛んでいく。ドラゴンは、口を大きく開けて噛みつこうとしてきた。あわや衝突するかと思ったが、2つの影は素早くその姿を交差した。高速ですれ違った空を駆けるヴァンと《魔物》は、再びそれぞれ相対するために上空で反転する。方向転換のために速度が落ちたおかげか、双方の姿を一瞬確認することができた。ヴァンは五体満足で無事なようだったが、ドラゴンは大きな顔の一部に横に走った傷のようなものが見えた。すれ違いざまにヴァンが切りつけてできた傷なのだろう。

 ヴァンとドラゴンは再度、互いに高速で近づいて空中戦を始めた。ヴァンが縦横無尽に剣で切りつけ、ドラゴンが大の大人を飲みこもうかという大きな口でかみつこうとする。ヴァンはドラゴンよりも小さな体躯を生かして、動物にたかるハエのようにドラゴンを翻弄していく。しかし……

 

「あっ」

 

誰があげた声だったか。俺かアルン村の住民か、騎士だったのかもしれない。順調にドラゴンに相対していたヴァンだったが、大きく切りつけようとした際に、ドラゴンが首をもたげて攻撃をかわしたのだ。おおきく振りかぶってしまったせいで、隙ができたヴァンを、好機とばかりにガブリと口でかみつく。ドラゴンはヴァンの腹をくわえて、もみくちゃに首を振る。

 

「このままだとまずいぞ」

「アイツはもうダメか……」

 

もはや、これまでなのかと絶望的な悲鳴が見上げる群衆からあがった。危機的状況になってしまったが、支援の呪文を放とうとしても、マナは先ほどの【蜘蛛の陰影】で枯渇してしまっている。俺にはヴァンの健闘を祈って見上げるしかできない。

 ヴァンをくわえて、首をぶん回すドラゴンだったが、一瞬、空中でピタリと動きが静止した。よく見ると、ドラゴンの頭から何か細長い物が突き出ているのが見えた。ドラゴンの咢に囚われて、されるがままだと思われたたヴァンだったが、右に持っていた剣をドラゴンの喉元に突き立てる事に成功していたのだ。上下左右もわからない空中で、良くそんな真似ができるものだと驚いたが、状況はまだ安心できるようなものではない。

 剣に頭を貫かれたせいなのか、ドラゴンは白目をむいて大きな巨体をグラリと崩して落下し始めた。死後硬直というやつなのか、口はがっちりと閉じたまま、くわえたヴァンを離そうともしない。ヴァンもドラゴンの口を開けようと必死に顎に手をかけてこじ開けようとするが、びくともしない。二者はドラゴンの重さもあり、一直線に地面へと落下していく。ヴァンは抜け出す事も敵わぬまま、広場に面する家にドラゴンもろとも突っ込んでしまった。家屋には大きな穴があき、屋根の一部が崩れて瓦礫がくずれる音が大きく響いた。ドラゴンを倒す事には成功したが、あれではヴァンも無事ではいられないだろう。

 

「あの《守護者》……大丈夫なの? はやく治療しないと……」

 

振りかえれば、ニーナさんが顔を青くしておそるおそる尋ねてくる。

 

「多分……大丈夫だと思う」

「大丈夫って、あんな勢いで落ちてきたんじゃ……」

 

ニーナさんの言うことももっともなのだが、俺には予感めいたものがあった。俺の内に感じた、あの妙な感覚がその理由だ。あの感覚とは【呪文】が終了したタイミングに味わったなんとも言えない妙な感触とでもいえばいいのだろうか。【ロクソドンの強打者】がラルフさんに倒された時、じつは【平和な心】の《声》が弱々しいながらも、俺の内に『戻ってきた』のだ。完全に感覚的で抽象的な表現だが、確かにそうとしか言えないような、妙な感覚をあのとき味わった。ヴァンが死んでしまったのなら、《呪文》である以上、同じような感覚がするはずだ。しかし、俺が感じた《声》は1つだけだ。だが、ドラゴンとヴァンが突っ込んだ家からは未だに彼が出てくる様子はない。

 

「くそっ。アイツ、『炎弾』が効かないぞ」

 

周りの状況はヴァンを心配する予断など許してはくれないようだ。まだ、空の敵は一体残っている。背中に翼を生やした女性――天使が大地に散らばる騎士達を空から襲っている。

 

騎士達はヴァンのように空を飛べないながらも、魔法や矢を放ってはいるが、どれも決定打になっていないようだ。天使の羽には命中したのか、矢が数本突き刺さったままになってるのが見てとれた。

 

「矢が当たっても、再生しちまう。あれじゃ打ち落とせない」

「ちきしょう、しぶといヤツだ」

 

矢を命中させることができても、再生を切り崩すほどのダメージを与えることができていない。どれだけ攻撃しようと埒が明かない状況に、騎士達は及び腰になってしまっている。そんな中、勢い良く、高い女性の声が響き渡る。

 

『猛き炎弾』

 

広場の隅から、一際大きな炎が天へ舞い上がる。その大きさは人間一人を飲み込むほどのものだった。ゴォォッと唸りをあげながら、炎は隕石のように尾を引きながらまっすぐ天使へと迫る。地からの攻撃を気にもせず、我が物顔で空を駆け巡っていた天使だが、さすがにこの攻撃は無視できないのか、横にそれて回避を試みる。しかし、炎弾を援護するように、次々と矢が天使のまわりに飛来し、天使の行動範囲を制限する。

 

「うまい」

「よし、あたる」

 

ナエさんの必殺の一撃に、横から聞こえるニーナさんの声はどこか得意げそうだ。

 

ナエさんが放った大きな炎は違わず天使に命中し、体の一片に至るまで焼きつくすかと思われた。だが、いざ当たるかと思った瞬間、炎はまるで見えない手で書き散らされるように消えてしまった。

 

「なんだと……」

「ええええ。あれでもだめなの」

 

騎士やナエさんの落胆の声があがる。必殺の一撃だと思われたためか、この攻撃が不発だとわかると絶望感が広場に広がった。だが、それを尻目に、俺はある考えにとりつかれていた。さきほど、騎士の一人が『炎が効かない』と言うような事を漏らしていた。事実、その通りで、目の前で起きたことを見て、それが真実であると改めて認識する。どうも、先からヴァンが交戦してきた《魔物》は、もしかしたらマジックに出てくるクリーチャーそのものだと思った方が良いのかもしれない。【ロクソドンの強打者】の例もあり、この考えはほとんど正鵠を得ているであろうという確信がある。あの天使は『炎弾』と呼ばれる魔法が効いていないようだが、かと言って全くダメージを与えられないかというと、そうでもないようだ。背中に大きく広がる羽根に刺さってる矢を見ればそのことも正しいと考えられる。この事から導きだされる推論は――天使は『プロテクション』持ちだという事だ。天使で『プロテクション』持ちと言うと、もしかしてアイツは『声』サイクルの【法の声】なのかもしれない。

 

*******************************

法の声/Voice of Law (3)(白)

クリーチャー — 天使(Angel)

 

飛行、プロテクション(赤)

2/2

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『プロテクション』とはクリーチャーが持つ特殊能力のうちの1つであり、必ず『プロテクション』という言葉の後に何かキーワードが付随されて定められている能力である。能力はかいつまんで言うと、『付随されたキーワードに対する耐性』という事になるのだろうか。プロテクションの能力は数点あるが、その中の1つに、『付随されたキーワードに属する存在からのダメージを0に軽減する』という、ある種のダメージへの完全耐性と呼べるものがある。あの天使、【法の声】は『赤』のプロテクションを持っている。ここで『赤』とは、マジックの5色のうちの1つ色であり、天使はその色に属する呪文――クリーチャーや呪文でさえ――からのダメージを遮断することができる。マジックにおいて『赤』には様々な意味、象徴が設定されているが、その中の一つに『炎』がある。ようは、あの空を飛んでいる【法の声】には、炎の攻撃が一切通用しないという事だ。これは、ハマりようによっては致命的な能力と言える。なぜなら、もしも自分のデッキが全て『赤』で構成されていて、目の前に【法の声】が出てきたら、それだけで自分にはもう【法の声】をどうにかすることができなくなってしまうからだ。実際のゲームでは相手にすると厄介な事この上ない能力だが、その凶悪さは現実でもそのまま反映されているようだ。だが、いくら厄介な能力であろうと、どうにかする手段は存在する。身も蓋もないが、プロテクションに当てはまらない手段で攻撃すればいいだけなのだ。

 

「アイツには、炎は効かない。他の方法で倒すんだ」

 

大きく声を張り上げて、騎士達に注意を促す。まわりの騎士達は一瞬、俺を見たあと、今までの光景を見て納得がいったのか、炎を放っていた騎士は空に手をかざすのをやめて、弓に矢をつがえ始めた。

 

「ワタルのいう通りにしろ。弓を持ってないやつは投石でもいい。少しでも牽制になれば十分だ」

 

アルバート隊長の言葉もあってか、騎士達は空へ攻撃を止まずに続けている。

 

「ラルフッ」

「あいよ、おやっさん」

「ナエの攻撃はアイツにはきかんようだ。オマエの力で切り捨てろ」

「さっき使ったばっかだが……しようがねぇか。わかったぜ」

 

ラルフさんは多少ためらっていたようだが、何でもないように隊長に答えた。前半のつぶやきは隊長には聞こえてはないらしい。隊長が急かすように命令をするのも当然だった。天使にてこずっている間に《魔物》がとうとう広場に姿を現し始めたのだ。人間にしか見えないような魔物や、《魔狼》のように低姿勢で唸る狼の姿をした《魔物》、果ては数人の騎士さえ覆い尽くしてしまう図体の大きな《魔物》さえいる。広場の外縁に陣取っていた騎士達は《魔物》へ応戦にせざるえなくなり、いつまでも空の敵にかかりきりになっているわけにいかない状況となったのだ。

 

「アイツに矢を打ち続けて、俺のところに誘導してくれ」

 

ラルフさんは大きく叫んで、空へ攻撃している騎士達に指示を出す。天使は広場の外を反転して、再びこちらを襲おうとしている。騎士達は、直接天使を狙わずに、少し離れた位置に矢を打って、少しでも天使をラルフさんに近い位置へ誘導しようとしている。天使は、向かおうとした先の方向に集中的に矢が撃ち込まれているのを煩わしそうに睥睨したあと、ラルフさんを標的として定めたように向かってくる。

 

「よし。そのまま来い」

 

ラルフさんは、腰に差していた剣の鞘を左手で持ちあげた。右手に持っていた剣を鞘におさめ、腰を落として抜刀の構えをとった。顔を空に向け、視線だけで射殺さんというほど天使をにらんでいる。天使はラルフさん敵意を敏感に感じとったのか、いよいよ急降下してラルフさんを襲うとする。だが、ラルフさんが動く方が早かった。

 

『遥かなる一薙ぎ』

 

鞘を持つ左腕の輝石が一際輝いたあと、ラルフさんは勢いよく剣を抜き放ち、天を大きく切り裂いた。しかし、天使との距離は地上からはまだ幾ばくか離れている。少なく見積もっても、ヴァンが炎の《魔物》を切り裂いたときと同程度の高度に天使はいた。ラルフさんが離れた敵を切り裂く力を有していることは既知の事だが、今まで敵を切り裂いていた距離の数倍は天使とラルフさんは離れている。

 しかし、ラルフさんが剣を振りぬいて、敵を仕留めそこなった場面など、【番狼】を除いて1度もなかった。変化は直後にあらわれた。急降下してトップスピードに乗ろうとしていた天使が縦に真っ二つに割れてしまったのだ。【強打者】を倒したときと同じように、2つに割れた天使の亡骸は黒い泡に包まれ落下してくる。血さえ飛び散らず、地面に落ちる頃には、完全に泡が収縮して、最終的に2つの札が転がるだけとなってしまった。

 

鮮やかな手並みに、天使に攻撃していた騎士達がどよめく。

 

「すげえ、あんなに離れた距離でも、真っ二つだぜ」

「『カマイタチ』の二つ名は伊達じゃねえってことか」

 

ヴァンの空中浮遊で場の雰囲気を独占していたのが完全に上書かれてしまったようだ。しかし、注目を集めている本人は、その場から動かず、中腰にかがんで下を向いていた。

 

「ラルフさん?」

 

肩で大きく息をしていて、調子が悪そうである。グレーが心配そうに、そろりと歩みよるが、ラルフさんは手をつきだして静止の合図をした。

 

「あークソ。全力解放は疲れるぜ」

 

そう言いながら立ち上がり、肩が凝ったかのように腕をぐるぐるまわした。どうやら、少し休憩していたようだ。今はグレーのアゴをカリカリかいて、場にそぐわない脱力モードに入っていた。

 

少しラルフさんの調子も気にはなったが、俺の興味は切り捨てられた天使のなれの果てである、地面に落ちた2枚の札に向いていた。俺から少し離れた位置に落ちているため、はっきりとは視認することはできないが、あれは、『ダン』という騎士が【ロクソドンの強打者】から元の姿に戻った後に手に握っていたカード、すなわちマジックの札に間違いないだろう。何のカードかは2枚とも裏を向いていてわからないが、俺の方から見ることができるカードの裏側――かつてゲームで何度も見た――楕円が描かれた絵柄は見間違えようもない。気になるのは、何故【強打者】の時とは違って、カードが2枚もあらわれた所なのだが――

 

埋没しかけた思考は、倒壊した家屋からガラガラ物が崩れる音に中断せざるえなかった。音のした方を見れば、ヴァンがドラゴンと一緒に突っ込んだがれきから手が2本付きだされ、1人の人間が這い出てきた。全身ボロボロで少し黒ずんではいたが、五体満足でようやくヴァンが姿をふたたび現したのだ。

ヴァンは勢いよく建物に突っ込んだことなどなかったかのように、軽い足取りで結果石の台座へ近づいてきた。

 

「大丈夫?」

「ええ、主の呪文のおかげで何とか。しかし、力は失われてしまったようです。申し訳ありませぬ」

「空を飛んでる《魔物》はもうかたずけられたし、別のやつを唱えればいいだろ」

 

ヴァンを再びよく観察すると、空へ飛び立つ前に全身を力強く覆っていた緑がかったオーラは消えてしまっていた。おそらく、ドラゴンと建物に突っ込んだときに、その能力を発揮してヴァンを守ったのだろう。

 

「あなた、あんな勢いで落ちてきたのに、どこも怪我してないの?」

「……いやはや、驚きですな」

 

ニーナさんはヴァンの全身をしげしげと眺め、どこにも怪我がないことを確かめ、ザーナ司祭は何ともないヴァンの調子に驚いている。

 

「こいつは大丈夫ですよ。何かあっても1度だけ守ってくれる呪文をかけたんです」

 

******************************************

蜘蛛の陰影/Spider Umbra

 

エンチャント — オーラ(Aura)

 

エンチャント(クリーチャー)

エンチャントされているクリーチャーは+1/+1の修整を受けるとともに到達を持つ。(それは飛行を持つクリーチャーをブロックできる。)

族霊鎧(エンチャントされているクリーチャーが破壊される場合、代わりにそれからすべてのダメージを取り除き、このオーラ(Aura)を破壊する。)

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ヴァンに唱えた【蜘蛛の陰影】には3つの能力がある。1つ目はクリーチャーのパワー・タフネスを増強する強化能力。2つ目は飛行するクリーチャーを妨害可能とする『到達』を付与する能力。そして、最後の3つ目は『族霊鎧』能力だ。『族霊鎧』とは、『到達』のようにキーワード化された特殊能力の1つだ。その能力とは『エンチャントされたクリーチャーが破壊される場合、変わりにそのダメージを無効化した上でエンチャント自体を破壊する』というものだ。ようは、エンチャント自体を肩代わりに、クリーチャーを致命的なダメージから1度だけ守ることができる能力なのだ。

ヴァンはドラゴンと一緒に家に突っ込んだときに致命的なダメージ(ゲーム的には致死ダメージを負ったとも言う)を受け、【蜘蛛の陰影】の族霊鎧が発動。ヴァンはやられることはなかったが、代わりに【蜘蛛の陰影】は破壊されてしまった、というのが事の顛末なのだろう。

 

ざっとニーナさんとザーナ司祭に概要だけ説明したが、驚きを通り越してあきれたような反応をされてしまった。

 

「強化呪文でそこまでのものなど聞いたことがありません」

「……あなた、ほんとーに輝石を持ってないのよね? 聖石の使い手じゃあないわよね?」

 

二人の反応を見るに、【蜘蛛の陰影】が、十分この世界の魔法的常識から逸脱した性能を持つことがわかった。先日から騎士団の面々から注目されている立場にあるであろうことは薄々感じてはいたが、ヴァンの大立回りを演出してしまったからには、もう知らぬ存ぜぬは通じないだろう。しかし、それも今の状況が切り抜けられたらの話だ。遅かれ早かれ、マジックの呪文を頼りにする以上、避けられない事態ではあるのだ。

 

「おい、ラルフ、ワタル! くっちゃべってないで援護にまわれ! 次から次へと新手がきやがる」

 

やっと空の脅威が駆逐されたと思ったのもつかの間、今度は広場の全方向から魔物が襲いかかってきた。ラルフさんが天使を切り捨てたときから数が増えている。結界石の守備をしていた騎士までもが迎撃に出てしまっていて、アルバート隊長とドミトリが直接守りについている状況になってしまっている。ナエさんは既に迎撃にまわっているようだ。隊長は2日前見た、大きな盾を片手に持ち、剣を抜刀している。ドミトリはいつもの水晶を片手にたたずんでるのは変わっていないが、その横に見たこともない存在を従えていた。ソイツは鈍色の輝きをしている全身鎧であった。注目すべきところは、鎧を身に着けている中身が存在せず、鎧自体がぷかぷか浮遊している点である。スキマができる関節部分をつなぎ合わせる部分など見当たらず、まるでお化けが中に入って浮かしてるのではないかと疑ってしまう奇妙な光景だった。

 

「な、それ何……」

「アンタ、何いってるの?」

 

俺が驚きのあまり、鎧を指さしても、ドミトリは首をかしげて「コイツ何言ってんの」と要領を得ていない。

 

「何って、『守護者』でしょ。あなたも出してるじゃないの」

「え? 『守護者』って、それが?」

 

俺のヴァンは、ドミトリの『鎧』ようなポルターガイスト的存在ではない。あの怪奇現象と同じように扱う感覚が理解できない。

 

「嬢ちゃん。ワタルは『守護者』を見るのが初めてなんだ。むしろコイツの出してる『ヴァン』を『守護者』の基準としてるのかもな」

 

騎士の面々が集まっているのを見て、ラルフさんがフォローを入れながら近づいてくる。グレーも少しはなれてノシノシ歩いてきた。

 

「はぁ? あなたの『守護者』なんて、普通に受け答えできて、それこそ『聖石』の加護を受けた『守護者』みたいじゃないの! あんなのを基準に持ってこられる方が感覚がおかしくなるわよ」

「お、俺のヴァンはこんなお化けみたいなヤツじゃないやい!」

「そんなことはない。僕の『守護者』は他人も使うことができる一般的なものだ。アンタのその『守護者』の方が僕たちの常識から外れているといえる」

「っく、ヴァンも何か言ってやれ……」

 

「主……」

「……」

「グォフ……」

 

「テメーら、いい加減にしてさっさと行け!」

 

ギャーギャーまくし立てて隊長に怒られてしまったが、ヴァン、ドミトリの『鎧』、グレーはそれぞれ主人のそばに無言で佇んでいた。主人達と違って、至極真面目な『守護者』たちであった。




説明の割合が結構多くなってしまいました。
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