Plains Walker -次元世界遊歩道中- 作:sasandra
「ぐあああああ」
戦闘の中の説明タイムも騎士の絶叫によって終了となった。声のした方向に目をやると、教会入口の真正面の方向からであった。見れば、ラルフさんが剣を抜刀ながら、体の大きい女戦士と相対して、後ろに倒れ伏した騎士をかばっていた。倒れ伏した騎士に別の騎士が駆け寄って、距離を取ろうとひきずっている。
「ほかのやつに比べて格段に早いぞ、気をつけろ」
「もう4人目だぞ」
ラルフさんは剣を右手に女戦士とにらみ合っているが、その間にも2人の騎士が女戦士の両側からじりじりと距離を詰めている。
「はっ!」
右側の騎士が前に詰めよって、女戦士に襲いかかろうとしたが、俺がそう認識した瞬間には既に女戦士の方がその騎士に攻撃しようとしていた。違和感も感じる暇もなく、ギャリイと鉄が激しくぶつかる音が響きわたった。ラルフさんが、これまた何時のまにやら、剣を降り下ろしている。女戦士の方は盾をかざして、防御をしていた。不思議なことに、盾の前には何もない空間があるだけで、盾で防がなければならないような物は見あたらなかった。
「させねぇよ」
そういいながら、ラルフさんが剣を突き出す。女戦士は、ラルフさんの離れた敵を切り裂く攻撃が見えてるかのように、襲おうとしていた騎士から離れた。危うく女戦士にやられそうだった騎士も一旦距離を取る。あの女戦士に騎士達は苦戦を強いられているだった。ラルフさんの介入でなんとか膠着状態持ち込んでるようだ。
「ガフゥッ!」
すぐ隣では、グレーが単独で複数の魔物を相手している。ぼろをまとった人間と、ヘンテコなトサカのついた何とも形容しがたい形状をしている魔物だ。トサカのついた方は、何故か半透明なようで、周りの景色が魔物の体を透過しているように見える。しかしかといって、魔物が見えなくなるということは無く、むしろより鮮明に認識できるのだから違和感をぬぐえない。人間の方はフードをかぶっていて、どのような顔をしているか全く判別できない。終始無言だが、狂ったようにグレーにとびかかっている。何も武器を持っていない生身の人間が、人の図体を大きく凌駕する獣に襲いかかっているのだ。よく考えれば、その光景さの異様が計り知れるというものだ。周りの騎士達は、魔物をその場に食い止めるのが限界のようで、ヴァンが倒した魔物以外、どこも決着はついていないようだった。しかし、騎士達の表情からは余裕が消えている。いずれこの状況が続くようならば、均衡が崩れるのもそう遠くないだろう。
「グルウゥ」
グレーが相手している魔物は、2体とも見かけなかったことから、ヴァンが魔物を倒しているうちに来た新手なのだろう。流石に2体も相手にしてるせいか、かなり形勢が悪いようだ。ぼろをまとった人間に組み付いて押しつぶそうとしているが、意外にも人間の方はそれに抗っていた。むしろ五分の所まで持って行ってるあたり、ますます人間の方は常識では測れない存在であるという実感がわいてくる。無色のトサカ獣は、人間とグレーが組み付いている横から、グレーの脇腹に大きくかみついている。このままではグレーがやられてしまいそうだ。
「ヴァン。グレーを助けるんだ」
「御意」
俺の命令を聞くや否や、ヴァンがグレーに向かって走り出す。しかし、ヴァンとグレーの間の距離は一瞬で駆けつけることができるほど短くはない。ヴァンが間に合うかどうか、かたずをのんで見守っていたが――
「っち、グレー」
ラルフさんの呼び掛ける声もむなしく、無色のトサカ獣がグレーの体を噛み千切ると同時に、グレーはその巨体を地面に横たえてしまった。「グォフ」という弱弱しい鳴き声を漏らし、ピクリとも動かなくなってしまった。
変化は突然グレーに起こった。体が一瞬、緑色に輝いたかと思うと、体の隅から、肉体が光の粒子に代わって、風に吹き飛ばされる灰のように空中に消えていったのだ。まるでゲームで物語のキャラクターが死亡するようなシーンにしばらく見とれてしまうが、おそらくこれが死亡――クリーチャーがやられる現象――なのだろう。仮にヴァンがやられたら、同じようなことが彼に起こるかもしれない。トサカ獣とボロをまとった人間はグレーの体が完全に消え去るのを見届けてから、2体同時にギョロリとこちらの方を向いた。どうやら2体とも揃って次の獲物を定めたらしい。
「ヴァン!」
どうも、ヴァンもクリーチャーという同類がやられる様を前に、冷静ではいられなかったらしい。グレーが空中へ消え入るのを驚きとともに見ているしかなかったようだ。しかしながら、今はのんきに突っ立っていられる状況ではない。いくら結界があるからと言って、脅威を野放しにするのは危険がすぎる。
「っく、御免」
一瞬気を取られてしまったのに気付いたらしく、ヴァンは再び2体の魔物に向かってかけだす。2体の魔物も自らの方向に向かってくる存在に気づき、ヴァンを迎え撃つべく、進む先をヴァンの方向にずらす。
魔物2体とヴァンが交差する瞬間、ヴァンが魔物を屠った時の焼き増しの光景が繰り広げられた。すれ違いざま、剣を立て続けに2閃。気づいたら、ヴァンは後ろ姿で剣を振り切った姿のまま、魔物と大きくすれ違っていた。一方、すれ違った2体の魔物の方はというと、しばらく同じ姿勢を維持したまま、人間の方は地面に倒れ伏し、トサカの無色獣は縦に真っ二つに胴体が分かれて血が噴き出した。2体の魔物がやられるのが同時のタイミングなものだから、見ていて背中に寒気が走ってしまった。やんわり鳥肌も立ってしまっている。なんというか、手前勝手ながら、ヴァンがものすごくかっこよく見えてしまった。今の光景など、まるで伝説の剣豪が相手を居合で一撃で倒してしまったかのようなシーンだった。こんなクールな光景を現実に見せつけられて、感動しないやつなんていないのではないだろうか。俺と同じように結界の中にいる人達もヴァンの絶技に完全に呑まれてしまっているようだった。
さて、何が起きたかはもはや説明しなくともいいだろう。だが、多少補足するとするならばクリーチャーの戦闘でのダメージ割り振りについてだろう。通常クリーチャーの戦闘時、クリーチャーは互いのパワーの点数分だけ相手にダメージを与える。だが、実際のゲームでは一対一で済まされない場合がある。例えば、相手が強大なクリーチャーで攻めてきたときに、自陣にはひ弱なクリーチャーしかいない場合はどうすればいいか、等といった場合だ。やられるのがわかりきったクリーチャーを、単独でぶつけるだけでは、明らかに無駄死である。
そういう場合はどうするか? そう、量で対抗するのだ。相手が攻撃してきた場合、攻撃された側は防御するクリーチャーを割り当てると前回説明したが、この時あてがうクリーチャーは何も1体だけでなくてもよいのだ。先の例であれば、クリーチャー複数体で一緒に防御することができるなら、強大なクリーチャーでも倒し切るのに十分なダメージを与えることができる。氷河期に人間の祖先が巨大なマンモスを多数で狩っていたのと同じ理屈である。さて、この時ダメージの割り振りについてであるが、ダメージを与える側は、自身のパワーの点数分だけのダメージを好きなように割り振ることができる。ようは攻撃する側は、殴る相手を選ぶことができるのだ。ダメージの割り振りの結果、タフネスに等しいダメージを与えられたクリーチャーは死亡し、ダメージがタフネスに満たない場合は生き残る。先のグレーと魔物の戦いでは、2体のクリーチャーはグレーを倒し切るのに十分なダメージを与え、対してグレーはダメージを分散せざる得なくなって、相手を倒すことができなかったということになる。しかしながら、ゲームと現実は異なる。ゲームではダメージを必ず相手側に与えることができていたが、現実ではそのようにいかないことも考えられる。この点に関しては頭にキチンといれておくべきことだろう。対して、ヴァンがボロ人間と無色トサカ獣を倒したときのことは『先制攻撃』があって故のことだろう。先制攻撃が発動し、ヴァンは自身が持つパワーを、それぞれの魔物を倒し切れるように適切に配分した、ということになる。うまく力の配分を行ったともいえるが、いざ自分でやってみることを想像すると、なかなか難しいことなのではないかと思えてくる。そういう点でヴァンはかなり技巧者なのかもしれない。どちらにしろ、自分が従えるクリーチャーが優秀なのは結構なことだ。
ヴァンが切り捨てた魔物が黒い泡に包まれるのを眺めながら考えると、何度目かわからない騎士の声が響き渡る。
「次、細長い魔物が左手から来るぞ」
言われた方向を見れば、何やら二本足で屹立して、腕組みをしながらこちらに闊歩してくる存在が見えた。この魔物も通常の範疇で収まるような外見をしておらず、その特徴は腕が複数生えているところにあった。全体的にひょろ長い胴体と同じように、奇怪に生えた4本の腕も細長く胴体から伸びている。腕を組んでいない2本の腕はくねくねと、奇妙なモーションで振り回されていて、何かの舞をしているのかと不思議に思ってしまうような動きをしている。年季が入った老齢の樹木の皮のような肌をしていて、肌を指先で強く抓ってねじりきったような、尖った顔をしている。肩から上だけの4本腕をしている箇所を見れば、京都のどこかのお寺で見たことがあるかのような観音様を彷彿とさせる。しかし、慈悲深さを感じるような要素はどこにもなく、細い胴体に見合った長い2本足でこちらに迫ってくるのは後ずさりしたくなるような光景だった。
「そこのお前ら、あいつを押さえろ。ワタル、その守護者に早くこちらを援護するよう言うんだ!」
アルバート隊長から、【ヴィーアシーノの戦士】を相手にしていた騎士達へ命令が下る。流石に3人にもいれば少なくとも敵に対する足止めにはなるだろう。いざとなればヴァンが切り捨てれば済む話でもある。だが、今は教会真正面方向の魔物の猛攻に対処した方が良い状況だった。ラルフさんが相手をしているとはいえ、女戦士は騎士達の何人かを再起不能追いやり、石像や狼も変わらず顕在だ。右手のケンタウルスにはナエさんが対応しているようだが、まだ決着がつく様子がない。ナエさんは骸骨を滅ぼした炎の一撃を当ててはいるが、ケンタウルスはその一撃に耐えている。流石に効いていないということはなさそうなのだが、他の騎士がとどめを差すには至っていないようだった。
「ヴァン、ラルフさんを援護するんだ」
「御意」
ヴァンは俺の指示を聞いてうなずいたあと、反転、ラルフさんの元へ駆けつける。女戦士の方はヴァンが加わるとわかった途端に少し後ろへ後ずさりして、安易に攻撃を受けないように警戒を強めた様子だ。
ヴァンに【天上の鎧】を唱えてから、幾ばくも時がたったわけではないが、それ以上の時間がたったように感じられる。ヴァンは魔物の駆逐にかなり貢献できたとは思うが、やはりヴァン一人ではまだまだ手が足りないだろう。さらに戦力を投入する必要がありそうだ。
内なる《声》に意識を向け、中から呼び出すクリーチャーの《声》を引っ張りあげる。先ほど戻ったばかりの白マナのラインと、緑マナのラインを手繰りよせ、《声》に与える。こうして会うのは実に2日ぶりといった所か。
「来い、【番狼】」
手をかざした先、アルバート隊長と、ドミトリが控える台座のちょうど中間あたり。ヴァンを呼び出した時ほど高くはない、人間でいう膝から上の位置に白く輝く穴が出現した。ヴァンの時と異なるのは、その穴は、時たま緑色にも変色している点だろうか。穴は色をめまぐるしく変化させながら次第に横に細長く伸びだした。同時に細長い棒状の突起を4本、地面に向けて伸ばし始めた。だんだんと形作られていくのは、地面を4つの足で踏みしめる獣の姿。そいつは、俺の右手方向で騎士達を相手に暴れている、赤い色をした狼に酷似している。だが現れたのは、現れる前の色とは明確に異なり、黒一色に染まった狼であった。
そう、呼び出したのは2日前、《魔狼》に襲われた時、グレーに倒された【番狼】である。2日前に襲われた時は、警戒に動きまわってラルフさんやグレーを翻弄し、俺に怪我させたクリーチャーであるが、今はあの時の手ごわさなど何処に行ってしまったのだろうかと思ってしまうほど、律儀に俺の前でお座りをしている。目の前でゆっくりと眺める機会はなかったが、やはり【番狼】かなり大きかった。近所にゴールデンレトリバーを飼っている知り合いがいて、触れ合う機会もあったが、その犬に負けず劣らずの大きさをしている。【番狼】の体毛は禍々しいともいえるほどの黒一色ではあるが、しっぽを振りながら「ハッハッハッハ」と舌を出して息をしながら見上げる姿には愛嬌も感じてしまう。
「いやはや。新たな《守護者》とは。まだ何か隠していると思った方がよさそうですな」
「あら、結構かわいいじゃない。結界が邪魔で撫でられないのが惜しいわね」
「これは危険じゃないよね? 人型とは別の《守護者》も呼び出せるとはなかなか興味深い……」
俺の周りにいた人達も、俺が新たに呼び出したクリーチャーに興味深々といった様子である。
残念ながら、コイツを紹介してあげられるほど余裕があるわけでもない。すぐさま騎士達の援護に向かわせるべく命令を下す。
「よし、い……いや、ちょっと待て」
【番狼】は「クゥーン」と首を傾げて俺を見上げてくる。
ヴァンには「ヴァン」という名前を付けた経緯もあり、目の前の【番狼】にも何か名前を付けた方が良いのではないだろうか。「バン」というフレーズが脳裡をかすめるが、ヴァンと発音がかぶってしまい、ややこしいので一瞬でボツにする。ヴァンと同じように考えるならば……
【番狼】の英名は【Watchwolf】だ。ゴロがいい呼び名を考えるが、いいフレーズが思いつかない。単純にウルフでは芸がないし、ラルフさんとも発音が重なってしまっていまいちだ。いっそ日本語そのままに……
「ロウ。お前の名前は『ロウ』だ」
「ワン!」
俺の言葉を聞いた途端、ロウは答えるかのように大きく吠えた。大人しく座っているものの、しっぽの振られるペースが倍速になってかなり嬉しそうである。
「行け、ヴァンを援護してくるんだ」
「ワン!」
まるでフリスビーを投げられて嬉々として追いかけるようにロウは飛び出していった。
「おい、そいつは……」
猛烈な勢いで追い越したアルバート隊長から声がかかるが、ロウはそんなこともお構いなしに前線へまっしぐらに進んでいく。そのスピードはヴァンとは比較にならない。その点、流石は狼といった所か。
「グルゥゥァ」
と、うなり声をあげてロウがラルフさんとヴァンが女戦士と対峙する集団に突っ込んだ。
ヴァンが加わり、にらみ合っていた集団には、ロウのカチコミは不意の事態だったらしい。まず、女戦士が反応した。確かに女戦士の反応速度は、今まで数人の騎士達を退けていることから、かなりの脅威だと言える。しかし、その場にはそれに対抗しうる存在がいた。ラルフさんに、ヴァンだ。一瞬の間に、女戦士とヴァン、ラルフさんが剣を振るうのが交差したように見え、激しく物がぶつかる音が響き渡る。
「グルァ!」
一瞬遅れて、ロウが女戦士に襲いかかる。ヴァンの鎧に剣を突き付けていた女戦士は、ロウの迎撃に遅れる事となった。ロウにも剣を振るうが、飛び込んでくるロウを軽く切り裂くだけに終わり、ロウの飛び付いた勢いのまま、そのまま地面に引き倒された。ロウは軽く切り裂かれたものの、狙い通り女戦士の首筋にかみつくことができたようだ。地面に獲物を押さえつけたならば、後はロウの独壇場と言ったところだ。女戦士はじたばたと、首への噛みつきを解こうともがくが、ロウは地面に根を下ろしたかののようにピクリとも動かない。間もなく女戦士の動きが止まり、黒い泡に包まれ出した。
「こいつは……」
ラルフさんが何か漏らしているのが聞こえる。女戦士を倒した存在を、やっと認識したようだ。
剣を構えてロウの方を向いたまま、大きな声で俺に確認してくる。
「ワタル。コイツは二日前の《盾の狼》じゃあ……」
「そうです。最も今は《盾》つきではないですが」
「どういう事だ?」
隊長もロウを怪しげにじろじろ見ながら重ねて聞いてくる。
「俺が呼び出した二体目でのクリ……《守護者》ですよ。ヴァンと同じように俺の指示にしたがって……くれるはずです」
返答が尻切れなのは、今、初めて呼び出したロウが俺のコントロールできる存在なのか、いまいち自信が持てないからだ。脳裏に二日前に襲われた光景がかすめる。
改めてロウを見るが、彼――もしくは彼女は、女戦士だった黒い泡からは興味を完全に失い、ヴァンに両足立ちでよりかかって、彼の顔をペロペロ舐めている。
「ちょ……、ロウ殿、久方ぶりとはいえ、少し落ち着いて……」
いつもは泰然としたヴァンだが、さすがにロウの前にはたじたじな様子だ。
一応、ロウは狼なのだが、今の様子では完全にただの大型犬のペットにしか見えない。思い返してみるに、召喚した直後でさえ、きちんとお座りで俺の命令を待機していた。その忠実ぶりは関心させられるほどであり、どうもはじめから躾がされているように思える。さらに今のヴァンへの甘え具合などを考慮すれば、二日前のような事はもう起こらないと考えても問題はないかもしれない。
「グォアアアア」
「隊長! デカイのが来ます」
現実というやつは一瞬の気の緩みすら許してくれそうにないようだ。今度は、教会の方向から大きなうなり声が聞こえてくる。細長くクネクネしている魔物の相手をしている騎士達から、すがりつくような報告が隊長にされる。少しして教会の建物を迂回して姿を見せた《魔物》は、見上げるほど大きな図体をしていた。反対側でナエさん達が相手にしているケンタウロスが両足立ちしても頭がやっと胸に届くかといったくらいの大きさだ。肩や腕に防具を身に付け、さらには上半身に鎖が巻き付けられていて、何本もの本数を引きずっている。極めつけは左手に持つ金棒だった。それだけで魔物の背丈に匹敵する長さで、全体的に均等に刺がついている。あんなので叩き潰されたりしたらアルバート隊長のような頑丈そうな人間でも、卵を潰すかのようにぺしゃんこにされてしまうだろう。俺の語彙の中から無理やり当てはめて呼称するなら、鬼、そう呼んでしまいたくなるような魔物だった。
流石に今までの魔物とは一際大きさが違う敵の出現に、広場の皆が及び腰になってしまった。やがて、隊長からラルフさんへ声がかかる。
「おい、ラルフ……」
「おやっさん。あんなデカイの相手にしろなんて言うんじゃあ――」
「やれ」
隊長は間髪いれずに、非情な命令をラルフさんに下す。
「冗談じゃねぇぜ。もう騎士でも何でもねぇ俺に死んでこいっつーのか」
「やかましい。うちのどのやつらよりも軽々、魔物を倒しておきながらどの口が言う。お前なら離れた場所からチクチク牽制できるだろうが。結果的にお前をぶつけるのが一番被害が少なくて済む」
「つっても、グレーもやられちまったしなあ」
「まだ、他にも手は持ってるだろうが。それに、他に戦力が欲しいなら、ワタルの守護者を当てにして構わん。何の呪文の力か知らんが、ヴァンという守護者の実力はお前も見たはずだ。いいな、ワタル」
「ええ、もちろんです」
隊長から確認されたが、どのみちここまで来て、助太刀しない事はあり得ない。ヴァンにロウが加われば、女戦士を倒したときのように魔物を倒す余地を作り出すことができるだろう。
「他の戦闘に加わられると厄介だ。さっさと行け」
「クソ、後でもらうもんはきっかりいただくからな。行くぞ」
「ヴァン、ロウ。次はあの鬼だ」
「御意」「ワン」と、俺のクリーチャー達は了解の意を示して、ラルフさんの後を追いはじめた。
「ドミトリ、どうしたの?」
結界の内側から、ニーナさんが耳に心地よく残る声でドミトリに声をかけた。聞かれたドミトリはと言うと、結界石の台座から少し離れた位置で、地面の辺りを気にしながらうろうろしている。
「無いんだ」
「……? 何がないのかしら」
「魔物が倒された後に残っているはずの呪札が見つからないんだ」
「他の誰かが拾ったんじゃないの?」
「それはないよ。魔物が攻めてきてから、みんな迎撃にでてるから、僕か隊長だけしか拾う事はできない。だけど、少なくとも僕は、次々に魔物が来るものだから、今まで気にかける余裕も無かった。隊長も指揮のために前に出てきてからは、今の位置から動いていないはず」
ドミトリとニーナさんの会話を聞いて、俺も結界石の台座回りにカードが落ちていないか目を凝らして探してみる。一通り見える範囲の地面を探してみたが、やはりドミトリの言うようにカードのようなものは一切落ちてはいなかった。ヴァンに切り捨てて倒された魔物は黒い泡に包まれてしぼんだ後、その姿はカードになっていたはずだった。ヴァンはもはや片手では足りない程魔物を倒したはずなのに、カードが一つも見当たらないというのは、ドミトリが言うようにかなり不自然な事だった。
「アルバート隊長! おかしな事が起きてます」
「ニーナ。そんな大きな声でどうした?」
「今まで倒された《魔物》の呪札が消えてるんです。隊長が回収されたのですか?」
「いや、あとからまとめて回収するつもりで、何も拾っちゃいない」
「やっぱり…… ドミトリが気づいたんですが、地面に落ちていたはずなのに、いつの間にかすべて消えしまったんです」
「何ぃ!?」
隊長は再び不機嫌そうなに声を荒らげる。魔物の襲撃になんとか耐え、ようやく押し返すことができるかといった状況で、新たに厄介ごとが発生した事に相当機嫌を損ねたようだ。
「おい、ドミトリ。《災厄の魔物》の魔力の残滓から、呪札の行方を追うことはできないか? 見たところ、峠を越したところだろう。もう降ってくることもなさそうだしな」
「試したことはないけどやってみる」
ドミトリは珍しく素直に頷くと、右手の水晶玉に左手をかざして、目を閉じた。胡散臭い呪術師が何か呪いをやるときのように、何かを念じているようである。戦闘の騒がしい音がうるさく響く中、まるで彼だけ世界から切り離されたかのように作業に集中している。この切り替えの早さや集中力が、彼が「天才」と呼ばれる所以なのかもしれない。結果はそれほど待たずして彼の口からもたらされた。
「これは…… すぐ近くに固まった魔力の反応がある。場所は…… 広場の中! すぐ目の前に――」
ドミトリの言葉は、突然発生したガラスが一斉に砕け散るような音に遮られた。