Plains Walker -次元世界遊歩道中-   作:sasandra

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018:浄化の儀式と災厄の流星 その7

ごく近くで発生した轟音に腹の底が揺さぶられる感覚を味わうとともに、目の前の白く半透明がかった景色が、色彩鮮やかな世界に変わる。これは――景色が変わったのではなく、元に戻ったのだ。台座を覆っていた結界に何か変化がおきたのだろうか。いや、さっき何か奇妙な感覚を――

 

「あなた一体何っ……キャア」

 

パシンと何かを叩きつけたような音とニーナさんの悲鳴に、反射的に視界を台座の内側に向ける。避難した村人達で人がいっぱいになっている台座の上に、不自然に人だかりが割れている箇所があった。その中心では黒い全身を覆うローブを着た二人の人間がずんずんと台座の中心に向かって歩いてきていた。彼らの後ろには、ニーナさんが地面に倒れ伏している。二人の男に何かをされたのだろうか。

 俺が訳も分からず事態を観察するしかない間にも、二人は台座の中心に侵入してくる。しかし、突然途中で立ち止まると、フードに覆われた顔をある方向に向けた。その先にはザーナ司祭が立っている。

 

「あ、あなた達は一体。ニーナ様に、何て事をするのですか」

 

ザーナ司祭は若干戸惑いながらも二人に向かって詰問するが、声をかけられている二人はそんな事お構いなしのようだ。片方の人間が前に出て、突然ザーナ司祭に手をかざした。

 

 ゾワリ――その瞬間、俺は表現し難い妙な感覚を覚えた。だが、この感覚は一度感じたことがある。先ほど結界に変化が生じた瞬間に感じた感覚、そしてラルフさんがグレーを召喚するときに感じた感触と、ほぼ同じのものだった。

 ザーナ司祭は突き出された手を見ていたが、しばらくすると、まるで夢遊病にでもかかったかのように目がトロンとして、夢現な表情をしだした。手足もだらんとして、まるで催眠術にでもかかったかのようだ。ザーナ司祭に手を向けた人間は、もう一方の人間に頷くと、今度は俺の方を向いた。そして今度は俺の方に向かって手をかざした。ゾワリ――またもや奇妙な感覚を覚える。

 

「…………??」

 

 しばらくしても何も起きた様子はなかった。俺に手をかざした人間は少し茫然としていたようだが、もう一人の人間に体を小突かれて我に返ったようだった。

 

「わからんが、アイツには効果がないようだ」

「興味深いがかまってる余裕はない。さっさと済ませるぞ」

 

すると、もう一方の男の方から、またもやあの奇妙な感覚がした。男はローブの内側から右手を外に出した。右手には小ぶりな刃物が握られている。その刃物は果物ナイフよりかは幾分か長く、薄い赤色に染まっていた。奇妙な感覚がしてから起きた変化は、男が武器を手にした程度の事だったが、やにわに台座の外側にいる村人達から悲鳴があがりだした。

 

「狼だ!」

「こっちもなんか出てきたぞ」

「魔狼か? 突然現れたぞ」

「こんなやつら、さっきまでいなかったぞ」

 

ちらりと外側に目をやると、台座の外側の村人達が騒いでいるようだ。そして、さらにその外側では村人達を騒がしている原因が周りを取り囲んでいた。

 

台座に向かって今にも飛びかからんとしている狼が二体、そしてボロをまとった干からびている人間が一人。狼は、ロウや今も騎士を襲っている赤い狼に比べると若干小柄だ。しかし、牙をむいてこちらを威嚇している様は、俺が襲われた時に見たロウの獰猛な姿と変わらないくらい恐ろしく感じられる。干からびた人間は白目を向いて、どこを注視しているのかはわからない。体は黒ずんでいて、腐乱死体がそのまま動いているように見える。その上、腕や胴体に矢や鎖、おれた刃物がつきたっていて、ただならぬ死に方をした人間だったように見える。一見その場たたずんでいて、ピクリとも動かないのだが、次の瞬間には何をしでかすかわからないという点では、村人達にとっては狼並みに危険だということに変わりはないだろう。

 

「お前ら一体何なんだ!」

 

アルバート隊長の怒鳴り声が響きわたる。意外にも赤い刃物を握った人物からすぐさま反応があった。

 

「おっと、それ以上動かないでもらおうか」

 

彼はゆっくりとザーナ司祭に近づくと、手に持った刃物を司祭の首元にあてた。司祭を人質にして隊長の動きを封じ込めるつもりのようだ。

 

「ぐっ、ザーナ司祭、いったいどうしたってんだ」

 

司祭は喉元に刃物が突き立てられているにも関わらず、抵抗もなく茫然としたままだ。

 

「周りの騎士一同も、これ以上動くな。 少しでも近づいたら、周りのコイツを住民たちにけしかける」

 

男がわざと周りに言い聞かせるような大声を発した後、俺の周りの住民たちから恐怖の声があがる。

 

「そして、俺の後ろにいるそこの守護者も……な。 村人が傷つくのは望むところではないだろう」

 

男は後ろをチラリと振り返り、ドスの聞いた声で誰かに言い聞かせるように話した。男の向こうを見るに、これまたいつの間にやらナエさんがニーナさんの体を助け起こしていた。ナエさんはニーナさんに大した怪我がないことを確かめると、まるで親の仇でも見るかのように忌々しげに男を睨みつけた。

 

「ニーナ……アイツ、よくも」

「ナエ、押さえて。司祭様が……」

 

司祭が人質にとられてしまって、この場はこう着状態に陥ってしまった。ザーナ司祭だけではなく、台座を取り囲む《魔物》らしき存在が村人達を脅かしている事も、騎士に二の足を踏ませている原因となっているようだった。

 

「あんたら、もしかして『ネメス』……?」

 

そんな中、台座から離れた位置にいるドミトリから鋭い一言が発せられる。

 

「ほお、わざわざ自己紹介する手間が省けたと思えばいいのか? お察しの通りだ、坊主」

 

ドミトリが言う『ネメス』という言葉はどこかで聞いた覚えがあった。少し記憶をたどればすぐに思い出すことができた。あれは、隊長やドミトリから尋問を受けている最中だったか、隊長が俺にその言葉について聞いたことがないか質問していたはずだ。生憎、俺には心当たりなどなく、その時はどこか外国の地名か誰かの名前にしか思ってなかったのだが…… 少しでも情報を得ようとしてるのか、隊長は冷静に男たちに話かける。

 

「そんな『ネメス』が聖石教会の司祭を人質にとって一体なにをしようってんだ」

「我々が何をしようが、我々の勝手だ」

「もしかして……『呪札』を回収していたのは、アンタ達なのか?」

 

ドミトリからまた詰問が飛ぶ。普段の彼の印象からは想像できない饒舌さだ。彼が『呪札』――おそらく、倒されたクリーチャーが変化したマジックのカードのことをさしているのだろう――が無くなっていたと言ってた事を思い出したが、その原因が彼らなのでは、という事なのだろう。

 

「っち、坊主。勘がいいのは認めてやるが、それ以上は口を閉じておくんだな」

 

男は次々とドミトリに真相を言い当てられているのが気に入らないのか、吐き捨てるように答えた。ドミトリの言うことが正しいのなら、目の前の彼らは何らかの方法で姿を消しつつ、カードを回収していたという事になる。この世界において、マジックのカードが一体何の価値を持つのか俺にはわからない以上、その行為がどれほどの意味を持つことなのかはわからない。

 

「ここ数か月間、各地で起きている『呪札』の紛失事件、他にも『浄化の儀式』の最中に目撃された不審者の情報…… なるほど、裏で動いていたのはお前達という事か」

 

ドミトリと男の会話から、何か合点がいったのか、隊長がにやりと笑って告げる。どうも、俺が尋問中に『ネメス』について、質問される事になったのは、儀式の裏で動いている怪しい連中がいたという事情があったようだ。

 

「ふん。ここまで来ては誤魔化すのも無駄か。おおよそキサマの考えている通りであろうよ。最もこれ以上は何も言うつもりはないがな」

 

あっさり男は隊長の言う事を認めた。このような大がかりな騒ぎを起こしてしまっている以上、しらをきるのにも限界があるのだろう。辺り一体は《魔物》と騎士達が交戦する音以外には、誰もが男と隊長のやりとりに集中して、緊張に包まれている。しかし、突然そこに割り込む大声が上がった。

 

「トォォォォトーーーー!!」

 

大声は地面を揺らすほどではないかと思うほど広場に轟いた。騎士と魔物達が交戦して出る騒音すらかき消ささんほどの大絶叫であった。

 

男はゆっくりと声のした方向を見やり、ニタリと口の端をつりあげた。

 

「ほぉ、誰かと思えば、いつぞやの『カマイタチ』か」

 

広場に這い寄るように近づいてくるのはラルフさんだった。右手に持つ剣は地面をズリズリと擦り、下をうつむいて表情を伺わせずに広場に近づいてくる。足取りはゆっくりなのに、ゆらりゆらりとまるで幽鬼を彷彿とさせるような歩み方は畏怖を感じさせるものだった。

 彼はドミトリと同じ位置にまで近づくと、顔をあげて、まっすぐ男を睨みつけた。その表情はかつて俺を尋問している時よりも憤怒にまみれ、修羅が憑りついてしまったかのように憎々しげな表情に歪んでいる。

 

「今まで散々探したぜぇ!」

「ふん、俺は貴様のような暑苦しい男に追い回される趣味はない」

「アイツの仇ぃ、今ここでとってやる」

「おっと、我々が手中に収めているのは誰なのかわかっていないようだな。 そこで大人しくしてることだ」

 

男とラルフさんの会話の最中に、ラルフさんの後ろからヴァンとロウが追いついてきた。見れば、彼らが相手をしていた鬼はもう小さな泡に包まれていて、問題なくかたずけられたようだ。だが、ラルフさんは2人(1人と1匹ともいう)が近くにいることにすら気が付いていないほど男に集中していた。会話から伺わせる並々ならない因縁があるからなのか、もう男の事しか眼中にないようだ。

 

「ラルフ、『トート』と言ったか、もしや……お前……『殺人狂』トート・ステルか?」

 

アルバート隊長が男の名前を指摘した瞬間、台座の上にいた村人達から一斉に悲鳴を上げた。見れば、ナエさんやニーナさんも心当たりがあるのか、若干顔を青ざめた表情をしている。

 

「ほぉ…… 俺の名前もこんな辺境まで伝わっているとな意外だな」

「くそっ、その『殺人狂』のお前がわざわざ人質を取ったりして何が目的なんだ」

「おやっさん、こんなやつの言う事聞くこと必要なんかねぇ…… 俺が殺してやるからよぉ!!」

「えっ、ラルフさん……!?」

 

なんと、ラルフさんは怒りで我を失っているのか、人質が取られているにも関わらず、台座に襲いかかろうとした。しかし彼の体はその場から動く事はなかった。とっさの寸前で、ヴァンが彼を背後からホールドして妨害したのだ。

 

「テメェ……何しやがる、離しやがれ……」

「ラルフ殿、落ち着くのだ。この状況では被害が出てしまう」

 

間一髪セーフ。我がクリーチャーながらグッジョブな行動。さすがヴァンだ。エンチャントで強化されてるのが効いてるのか、ヴァンはラルフさんをガッチリ拘束して、いくらラルフさんがじたばたもがいてもビクともしない。とりあえず、ヴァンが押さえている内はラルフさんが強硬手段に走る事はないだろう。

 

トート、とかいう男はラルフさんとヴァンのやりとりを一瞥すると、間をおいてからアルバート隊長に要求をした。

 

「さて、隊長殿。要求を言おう。お前達がこれまでに収集した『呪札』だ。 すべてを我々にわたしてもらおうか」

「っ!? やはり、それが目的か? だが一体何のために使う。『呪札』に何をしても無駄である事は知っているはずだ」

「隊長殿。二度は言わん。村人達の命が惜しくはないのか」

「ぐっ、わかった。要求を呑もう。アルン村での浄化の儀式で回収した『呪札』は俺の手元にあるこれで全てだ」

 

隊長は大きな盾を地面に置くと、腰につけていたポーチらしき荷物入れに手を突っ込んで、手のひら大の小袋を掲げた。袋のふくらみ具合からするに、ざっと数十枚は入っていそうだった。男は掲げられた袋を確認して、にやついた笑みを浮かべた。

 

「よし、お前はそのまま動くな……そこのお前」

 

トートは何も持っていない左手で突然、俺を指差した。その瞬間、心臓がばくりと飛び上がったように感じた。

 

「隊長殿から袋を受け取って、持って来い」

「お……オレ!?」

「早くしろ。お前に選択肢は無い」

 

トートは右手に持つ刃物を司祭に少し押し付けながら言った。司祭の首の皮が切れて、血が流れ出している。だが、司祭は何も感じていないのか、相変わらず、心ここにあらずといった様子だ。

 何故、俺が選ばれたのかはわからない。トートは俺に命令した後、続けて何か言ってくる事はなかったが、俺の事を面白がりながら観察しているようにも見える。どういう意図があるのかは見当がつかないが、司祭を人質にとられている以上、彼の言うとおり俺に選択肢は存在しない。本当は、唱えることができるようになったマジックの『呪文』の力を使えばあるいは……と一瞬考えもしたが、司祭が敵の手中にある今の状況では、犠牲を出さずに人質達を救出する手段は今の俺には存在しなかった。

 俺は、なんとか動揺を表に出さないように努めながら、視線をトートから引きはがして隊長に向けた。隊長は俺が見ているのに気付いたのか、ひとつ頷いてくれた。隊長が見てくれているという事に安心したのか、ぎこちなくもなんとか俺の体は動きだしてくれた。台座にいる村人達を無言で掻き分けてながら進む。皆、事の推移を見ていたのか、俺の進む方向の道をあけてくれた。長いような、一瞬のような判断がつかない間のうちに、台座の縁にたどり着く。やはり、ザーナ司祭が張っていた結界はあっさり消え失せていた。台座を降りて、隊長の元に向かう。

 アルバート隊長は俺が近づくまで、一切身じろぎせずに静かにその場に立っていた。隊長とやりとりできる距離まで近づくと、隊長は俺に小袋を渡してきた。

 

「確かに渡したぞ」

 

そう言って、両手を空へ向かってかざしながら、一歩二歩と台座からあとずさった。わたされた小袋は緊迫感のせいか、想像した以上にずっしりとした重み感じる。

 

「よし、台座の上に戻って来い」

 

トートは抑揚のない声で俺に命令をする。俺は言われた通りにするしかない。歩きながら台座に近づくたびに、治まっていた緊張感が再び高まってくる。受け取った小袋だが、どのように渡せばいいのだろうか。流石に投げて渡すというのは躊躇われる、明後日の方向にでも投げてしまったら、機嫌を損ねてしまうかもしれない。かといって、近づいて渡すのはもっと嫌だった。それこそ何をされたものかわかったものではないからだ。

台座の段差が、まるで断頭台への階段のように感じられる。ゆっくりと登り、台座の上にたどり着く。

 

「そのまま、直接渡しに来い」

 

心臓が、また飛び上がった。まるで自分自身が人質にとられて、今まさに命を刈り取られそうになってるかのように錯覚してしまう。

 

「どうした。早く来い」

「あ……わかった……」

 

トボトボと少しずつ、トートと司祭の元へと向かう。一歩一歩が自分で自分の寿命を縮める行為のように感じられる。緊張からか無意識のうちに息が切れていた。

 

「ハッ……ハッ……ハッ……」

 

いつの間にやら額から汗が流れ落ちていた。背中は汗でびっしょりになっている。

近づくにつれ、フードにの影に隠れて口元しか見えていなかったトートの表情がはっきり見えるようになった。肌は俺の世界で言うアジア人と同じくらいの肌色をしている。顔だちは意外とほっそりとしているが、黒い無精ひげが中途半端に生えていて、野蛮で無骨な印象を与える。フードの縁から覗く黒い髪からも、いかにも逃亡していてどこかに潜伏している犯罪者顔――よく指名手配ポスターでみかける人相顔――といったような顔立ちをしていた。

 

俺がトートからあと数歩というところまで近づいたとき、トートは俺が緊張しているのを見て取ったのか、醜悪な笑みをさらに濃くした。

 

「何もしていない内から、そんなに怯えてるようでは、底が知れるぞ小僧」

「あ、あの…これを……」

 

トートの揶揄も今の俺には取り合う余裕もなかった。おずおずと握っていた小袋をトートに向かって突き出す。トートはちらりと袋を見て、左手を出して袋をつかもうとし――俺の予想とは裏腹に、トートは俺の腕を掴んだ。

 

「――っ!?」

 

何をされたのかわからず、掴んでいた小袋を取り落してしまう。握られた部分の腕がきつく圧迫され、熱くなってしまったかのように錯覚してしまう。腕を振り払おうとするが、トートは、まるで万力をつかっているかのように俺の腕をしっかりと掴んでいて、ビクともしない。トートは、にやついた表情で俺をまっすぐ無言で見下ろしている。瞬間、眼力というのか、力がこもった何かで俺を射抜いたように見た。

 

ゾワリ――

 

トート達が現れた時から幾度も感じられた、あの違和感が俺を突き抜けた。身震いするような感覚がしたが、一体これは何なのだろう。

 

「オイッ、トート!」

「ワタルッ!!」

「トートォォ! テメェ、ワタルに何しやがった、コラァ」

 

ニーナさんの悲鳴や、ラルフさんの怒号が聞こえてくる。だが、意外だったのは、先ほどからトートの背後に控えていた仲間と思わしきもう一人の男も驚きの声を漏らしていた事だった。今まさに俺がされたことは味方でさえも予想しなかった行動だったようだ。

 ニーナさんやラルフさんの声は、現実に起きていない事であるかのように、俺の耳を通り抜けていくのみだった。気づけば俺はトートを見上げる姿勢になっていた。トートに腕を掴まれたあと、腰をぬかしたのか、俺は尻もちをついていようだ。

 トートは俺に何も変化がないことに気づき、俺を掴んでいた手を放して、己の手のひらを見つめだした。やがて、「ふんっ、確かに効かないようだな」と独り言をしてから、俺が落とした小袋を拾いあげる。袋をローブの内側にもそもそとしまってから、再び俺を見下ろしてきた。

 

「あっ……」

 

 恐怖からか、緊張からか、俺の口から声が漏れ出る以外は何も起きなかった。ほんの数秒、俺を観察したあと、トートは背後を振り返り、もう一人の仲間に一言漏らす。

 

「いくぞ」

「ああ」

 

二人にはそれだけで十分であったらしい。今度は背後の男の方から、もう何度目になるかわからないが、同じゾワリとしたあの言いようのない違和感を感じた。しかも、今度はすぐ後に周りに変化が起きだした。

 それは突然、目の前の中空におびただしい数で現れた。まるで、雨が降っている最中に時を止めたかのような光景――水玉のようなものがたくさん空中にふわふわと漂いだしたのだ。

 

「これ一体なん――」

 

言ってる最中に目の前が光の洪水にあふれた。普通こんなにも強い光を直視したら、網膜に焼き付いて目を開けてられないのに、まるで吸い寄せられるように見てしまう。水色に光る様々な大きさの光は、目まぐるしく、互いに入り交じっては離れたり、時たま光の線をひきながら、くっついたり、分裂したりしている。たくさんの蛍を箱に詰め込んで、一斉に解き放ったときのような光景か、いや目の前で起きていることは、そのような表現では言いあらわせられないほど、幻想的で、激しく色鮮やかだ。こんな激しく幻想的な風景がこの世の中に存在していたとは……ああ、なんてきれいなんだろうか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どれほど、見入っていたのだろうか、ふいに、俺は呆然としていたことに気づいた。周りの人間は誰もが、今まで何が起こっていたのかわからずに戸惑っている。俺と同じように先ほどの光景に見入ってしまっていたようだった。誰もがまわりをキョロキョロして、今まで起こっていた光景の説明や原因を探りあぐねている。しかし、戸惑いの雰囲気は直ぐに恐怖のものに変わっていく。

 

「誰か! 誰か助けてくれ! 狼が、かみついてきたぁ!!」

 

台座の外側の方から助けを上げる声が突然あがった。

 

「こっちも襲われている。騎士様はいないのか」

「ちくしょぉ、いてぇ、離せこの野郎」

 

しかも、悲鳴は台座のまわりの複数の箇所から聞こえてきた。外を見れば、狼が村人の足にかみついて、台座から離そうとずりずり引きずっている。反対の方でも、狼が俺が知らない村人を襲っていた。台座から離れた位置で村人達を牽制していた狼が村人達に襲いかかっていたのだ。

 

「っち、ドミトリ。お前はそっち側を頼む。ナエ! ニーナの近くにいるんだろう、村人を救出しろ」

「り、了解」

 

少し戸惑った応答が、ナエさんやドミトリから発せられる。いつの間にやらニーナさんの近くに控えていたナエさんはともかく、台座から離れた位置にいたはずのドミトリも混乱しているようだった。

 

「クソォ! トートの野郎ォ。どこ行きやがった!」

 

ラルフさんが大声で悪態をつく。俺は、その言葉が意味する事に気づき、台座の周りを見回す。先ほどまでは余裕がなかったが、今は少しだけ周りを把握できる程度には落ち着いてきた。肝心の人物達がどこにも見えないことにはすぐに気づくことができた。

 

「いない……」

 

黒ローブを着た、あのトートという男の姿が見えない。その仲間の男も。もう一度周りを見て確かめるも、村人達の中に彼らを見ることはなかった。

 

「ザーナ司祭様は? ねぇ、司祭様はどこにいったの?」

 

さらに、泣きながら懇願するように、周りの人間たちにザーナ司祭の居場所を聞こうとするロミスさんの声も聞こえてきた。ロミスさんは、未だに混乱する人ごみを掻き分け、手当り次第に近くの村人達に聞いている。ラルフさんの悪態に、意識をトート達黒ローブ連中に持ってかれて気づけなかったが、ザーナ司祭の姿もどこにも見当たらなかった。どういうカラクリかはわからないが、あの連中は、見事に俺達の目を掻い潜ってこの場から離脱することに成功したようだ。つい先日、異世界に来たばかりの俺には程度はわからないが、この状況はかなりマズイのではないだろうか?

 

「アルバート隊長!」

「なんだ! 今は忙しい!」

 

ちょうど、隊長は村人に襲いかかっていたボロを来たゾンビをはったおして、村人から遠ざけようとしてたところだった。盾を構えて油断なくゾンビに相対しながらも、声だけでこちらに返答してきた。そのドッシリと落ち着いた姿に、少なからず安堵してしまう。

 

「あの男達とザーナ司祭がいなくなってます」

「なにぃ! あの野郎……司祭様もさらっただと! クソ野郎が……」

 

予想に反して、明後日の方向から反応があった。ラルフさんである。男たちと問答してた時に滾らせていた殺意は全く衰えた様子はないが、司祭を気にしている分だけ多少は落ち着いた……と言えるのだろうか。

 

「ッチ、ザーナ司祭を誘拐してったという事か。一体何が目的なんだってん……だっ!」

 

隊長は毒づきながらも、起き上がったゾンビに大きな盾を叩きつけた。隊長の大きな図体と盾の質量が合わさった攻撃にヒョロヒョロなゾンビに耐えられるはずもなく、ゾンビは大きく吹っ飛ぶ。

 

隊長の悪態を聞いて、疑問がひとつ湧いてきた。それは、『何故あの男たちはザーナ司祭を連れ去ったのか』という点だ。男達はアルン村の人達を人質にとって、アルバート隊長から『呪札』、すなわち、マジックのカードを奪った。ドミトリやアルバート隊長が話していた、彼らの過去の行動の断片的な情報と照らし合わせれば、彼らの目的はそれだけで達せられたと考えてもいいはずだ。何故、ザーナ司祭まで連れ去る必要があったのだろうか。しばらく過去の記憶に意識を集中してると、おもむろに、昨日の記憶が思考にひっかかった。

 

(森の中の封印っ!)

 

ザーナ司祭が絡む特別な出来事。それは、昨日に訪れたアルノーゴ樹海へ入った所に祭られていた封印石しか思い浮かばない! 

 

「隊長、もしかしたら、あいつらザーナ司祭をつれて森の中にっ!」

「そうか、昨日のあれか!?」

 

隊長はちょうどゾンビの脳天に剣を叩きこんだところだった。剣をずるりと引き出すと、ゾンビは四肢を痙攣させながらも、地面に倒れ伏した。やがてピクリとも動かなくなるのを見届けてから、隊長は俺の方へ振り返る。

 

「アルン村に伝わる『蛇神の伝説』にかかわる封印石か。ヤツラが興味を示す可能性はあるな」

「でも、あのときは俺たち以外には誰もいなかったはずじゃあ……」

 

俺の言葉は自信が無くなるにつれ、しりすぼみになっていった。思いつきで話してみて、もしかしてとは思ったものの、当時の状況を振り替えると、封印石の場所にいた人間は限られていたことを思い出したのだ。

 ラルフさん、隊長、ドミトリ、俺、ヴァン、そしてザーナ司祭以外の人間はあの場にはいなかったはずだ。昨日は森から帰ってくる途上、アルバート隊長は森の封印石の事は他の人間に漏らさないよう言い渡した。隊長は言わずもがな、ドミトリも騎士の一員だし、ラルフさんもはっきり聞いたわけではないが、もともとは騎士だった経歴があるように思える。あの時、封印石が祭られていた場所に居たメンツで、騎士団の関係者でない人間は、俺とヴァンだけだったのだ。当の俺はペラペラ話すにも、知り合いはこの村にほとんどいない。ヴァンは元々寡黙な上に、俺がそうと命令しない限り話を漏らそうともしないだろう。やはり、封印石の存在を知るには、実際に封印石が祭られた場所にいて、司祭と俺たちの話を聞く必要があったはずだ。

 

「僕の予想だけど、あいつらは姿を消して、僕たちの話を聞いていたんだと思うよ」

 

ドミトリが俺の内心を読んでたかのように話し出した。彼は台座を背後にかばいつつも、水晶玉を片手に、もう片方の手を狼に突き出していた。彼の手の先では、背後に控えていた鎧モドキが変わらず宙に浮きつつも、狼に襲いかかっていた。

 

「あの魔力振動の後の事だし、何より僕の探知にかからない、隠密性に長ける術が使えるんだ。僕たちの後をつけるくらい簡単だったはずだよ」

 

ドミトリの背後の台座の元には、狼に足をかみつかれた男性がぐったりとしていたが、ニーナさんが看病をしている。彼女の手の先には仄かな光がともっていた。怪我をした人は彼女に任せておけば大丈夫だろう。

 

「僕たちの行動を観察していたなら、封印石を封じている結界もザーナ司祭しか解くことができないと看破できたはずだよ。そう考えれば、アイツらが結界を解くために司祭を連れ出したと見るのが妥当だろうね」

 

ドミトリが俺の予想に見解を付け加えて、より話に現実性を持たせてくれた。相変わらず淡々と話す彼は泰然としている。ドミトリの鎧は単調な様子で狼を殴り続けて、「キャイイン」というような狼の鳴き声すら聞こえてすらいた。

 

「ワタルさん。司祭様がどこへ連れて行かれたか、わかるんですか?」

 

後ろから話しかけられて振り返ると、そこには目に涙を浮かべたロミスさんが立っていた。隊長とドミトリは台座から多少離れているので、大声で話していたのが聞こえてしまったのだろうか。

 

「お願いします。教えてください」

 

そう言って、俺の手を両手で包み込んで見上げてくる。ここまで悲愴な表情になった女性に迫られた(物理的距離な意味合いで)事など一回もなく、俺はどう答えたら良いものやら動揺してしまう。

 

「え、ええと、あの男の連中に樹海の中へ……」

 

封印石の事も詳しく話して良いものやらなのか判断しかねていると、さらに別の場所から大声があがった。

 

「ラルフ殿! どこへ行かれる!?」

 

突然ヴァンの声が響きわたる。彼の方向を見ると、ラルフさんが急いで広場から駆け離れる後ろ姿が見えた。ヴァンとロウは、そんなラルフさんの突然の行動に戸惑って、彼の後ろ姿を見るのみである。ラルフさんが向かった方向は、教会を回り込んで裏門へ続く道だった。

 

「まさか……」

 

彼は村の裏門を抜けて、森へ行くつもりなのだろうか。トート達を前にして、怒りで冷静さを欠いた様子だったが、相当な恨みがあの男達にあるのだろうか。ロミスさんの事を一時棚上げしてしまうが、慌てて隊長に彼の行動を告げる。

 

「隊長、ラルフさんが森の方向へ走っていっちゃいました」

「何っ!? アイツ、ネメスのやつらが現れた時から様子がおかしいと思っちゃいたが、一体……」

 

ラルフさんの行動に隊長も思い当たる節はなさそうだった。だが、今は彼ひとり行かせても大丈夫なのだろうか。

 

「ラルフさんを一人で、行かせてしまって大丈夫なのでしょうか?」

「あいつも今は違うとはいえ、元騎士だ。そう簡単に――」

 

隊長が話している間、俺は彼の背後で動く存在に気付いた。認識した時には既に遅かった。隊長に頭を二つに割られて倒されたはずのゾンビが起き上がって、背後から隊長に襲いかかろうとしていたのだ。

 

「後ろ!」

「危ない!」

 

俺とロミスさんにはせいぜい警告を発するのが限界であった。ゾンビは隊長に覆いかぶさろうと、しなだれかかってきた。隊長は俺の注意に背後を振り返り、ゾンビの接近に気づくのが精一杯で、ゾンビに勢いのまま組み敷かれてしまった。

 

「クソっ、コイツ……」

 

ゾンビは隊長の上に乗っかり、その両手で隊長をメッタ打ちに殴り始めた。隊長もなんとか盾でガードして直撃を防いでいるが、なかなかゾンビから逃れる事ができないでいる。ゾンビの頭は真ん中あたりまで真っ二つになったままだったが、その動きは隊長に倒される前よりも力強くなってるように見えた。

 

「クッ……、さっきよりも力が強くなってやがる……はがれねぇ」

 

隊長がゾンビの不意打ちにやられている内に、ドミトリの方からも声があがる。

 

「おもしろい…… この狼、倒したはずなのに、また起き上がってくる。これは驚くべき事だ!」

 

隊長がピンチに陥っている間に、ドミトリの方でも何かあったらしい。彼の方を見れば、狼がドミトリの鎧に襲いかかっていた。先ほどは鎧が攻める一方的な展開だったが、今は狼の方がドミトリの鎧を押している。ドミトリの鎧の中身はがらんどうで空っぽなのだが、狼の体当たりが当たったり、かみつきをされている時には、鎧がよろめいているような動きをしていた。ドミトリ本人は自分の鎧が押されているにも関わらず、狼を興味深そうに夢中に観察している。彼の言葉が本当ならば、ゾンビ同様、狼も倒されてから復活したという事になる。

 

「え……ドミトリそれって……」

 

また別の方向から、ナエさんが煙がプスプス上がっている大剣を肩に担ぎながら、聞き返してきた。彼女の先では爆発跡にクロ焦げになったものが転がっている。おそらく炎の柱を出す攻撃で狼を焼き殺したのだろう。狼は黒く炭化してしまって横たわっている。しばらくすれば黒い泡に覆われてカードに戻るはずなのだが…… 

 変化はすぐにあらわれた。しかし、今まで見たものとは全く異なる現象がおきた。まるで逆再生をしているかのように、黒焦げになった狼の毛皮が元の色に戻っていったのだ。変化はそれだけに終わらず、もともと茶色の毛皮が黒く変色しだした。変化が止まると、はじめはふらつきながらも、狼は再び立ち上がり、赤く猛々しく目を光らせて牙をむき出し雄叫びをあげた。

 

「アオーーォオン」

 

「げぇ!」

 

狼が復活するグロイ様子を見て、ナエさんは見た目からは似つかわしくない、うめきを漏らした。同じ光景を見ていた俺も同じ気持ちである。

 ゾンビだけに限らず、狼も一度倒したものが復活している。しかも、ドミトリの鎧や隊長の苦戦具合からして、復活後は倒される前よりも強化されているようにも見えた。なんという厄介な魔物なのだろうか……ん? なんか、そういうのどこかで見たことがあるような――

 

「主、主!!」

「今度はなんだよ!」

 

今度はヴァンの方でも何かが起きたらしい。ただでさえ蘇りなどという非現実的現象に脳みそが追い付いてないのに、これ以上情報を詰め込まれても処理しきれない。

 

「雲が、森から雲が迫ってきます」

 

ヴァンが指差すラルフさんが去った方向を見ると、なんと空の上から、雲のような、靄とも何とも言い表しがたい、白い煙のようなものが、もくもくとこちらに迫ってきていた。ロウは毛を逆立てて近づいてくる煙にキャンキャン吠えて威嚇している。さすがにこの現象はスケールが段違いで、巨大なものが勢いよく迫ってくるので、俺の周りの住民達からも悲鳴があがる。

 

「雲がせまってきて……」

「い、いったい何なのよあれ!」

 

ロミスさんは怯えた表情を見せ、俺に体を俺に寄せてきた。ちょっと役得と考えたのは秘密だ。さらには、ニーナさんも、この光景には驚きを隠せないようだった。

 

雲はあっという間にアルン村を囲む柵をその内に覆い隠し、瞬く間に教会前の広場をのみこんでしまった。

 復活した魔物から目を離すわけにもいかず、なす術もなく、俺達は迫りくる雲に飲み込まれるしかなかった。俺や村人達に特に変化は現れなかったが、予想した通り、広場は霧に包まれてしまった。せいぜい見えるのは10メートルにも満たない距離であり、それ以上となると白い靄に包まれて全く見えなっくなってしまった。

 

「クソっ、まったくみえねぇ。オイ、みんな無事か!?」

 

やっとゾンビを引きはがすことに成功したようで余裕ができたのか、隊長が大声で他の騎士達の生存を確かめる。

 

「無事です」

「なんとか、だけどこの視界じゃ、魔物と……」

「隊長~。どこですかー。ニーナー、なんにも見えないよぉ」

「ここまで大規模な霧を発生する術があるとは驚くべき事だよ」

「主、我とロウ殿は無事です」

 

姿は見えないが、いろんな方向から声が上がる。どうやら辺り一体が濃霧で包まれただけで、騎士や住人達には特に変化は見られないようだ。

 

「訳がわからんが、各自、目の前の魔物に集中しろ! むやみやたらと動き回る方が危険だ。……っち、しぶといなヤツだ」

 

命令を下す最中に、またゾンビが襲いかかってきたらしく、隊長の命令は遮られてしまった。だが、視界が著しく遮られている今の状況では、隊長が言うとおりの以上の事はできはしないだろう。何も見えなくて、移動しようにもまさしく五里霧中といった状況で、方向もわからずウロウロしている中を魔物にやられるのが関の山だ。霧をなんとかしようにも、天候を相手に人間ができる事は何もないだろう。そんな中、ヴァンから大声で俺に声がかかる。

 

「主、もしやと思うのですが、この『霧』は【呪文】やもしれませぬ」

「ヴァン、なんだって?」

「この霧は誰かが輝石で起こしたという事ですか?」

 

突然ヴァンから予想だにしない事が告げられた。ロミスさんが言う事は、この世界の住民が故の発想だ。しかし、俺とヴァンにとっては、ヴァンの言う【呪文】が意味する事は異なる。【呪文】すなわち、マジックのカードに該当するという事だ。にわかには信じ難いことだが……

 

「この感じ、以前この姿になる前に、似たような【呪文】に攻撃を阻まれた記憶があります」

「ワンワン」

 

ヴァンの言うことに同意するようにロウが吠えた。ヴァンが今の姿になる前と言えば、確信はないが、俺のデッキのクリーチャーとして、対戦していた頃の事しかないだろう。ヴァン本人もはっきりとは断言できていないようだったが、昨日は『おぼろげながら覚えている』というような事を話していたはずだ。

 

霧。もしくは雲のような水蒸気の気体。万を優に超す種類の豊富さを誇るマジックでは、当然そのような現象を引き起こすと考えられるカードは存在する。メジャーなものは【濃霧】と言ったところか。

 

*******************************************

Fog / 濃霧 (緑)

インスタント

 

このターンに与えられるすべての戦闘ダメージを軽減する。

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濃霧の効果は戦闘により発生するダメージを無かったことにする効果だ。イメージ的には、視界さえ塞いでしまう濃い霧を発生させて、戦闘そのものを行えないようにしてしまうようなものだろうか。コストは1マナのみであり、手軽で優秀な時間稼ぎになる。だが、だいたいこの呪文で辛うじて生き長らえる状況では、戦況的に詰んだ状態で手遅れなのが大半なのだが…… 他にも似たような効果を持つカードは緑に数多く存在する。これらのカードはクリーチャーではない。クリーチャーは『パーマネント』という種類のカードの一つであり、一度唱えれば、外的要因や何かの能力のコスト等で取り除かれない限り、ずっと場に留まり続ける。しかし、【濃霧】のようなインスタントに分類されるカードは一時的なものであり、一回で使い切りのカードである。効果を発揮した後は墓地に置かれる事となる。

 霧は【呪文】で発生させられたものだとするならば、誰が行ったかなど十中八九、ネメスの連中に違いないだろう。しばらく待ってればおさまるかもしれない。だが、その猶予こそヤツラの狙いなのかもしれないのだ。

 

「隊長! この霧はネメスの連中が起こしたかもしれません」

「追跡をかわすための時間稼ぎが目的だろうね。やっぱり封印石に何かしようとしてるのは間違いないかも……うわっ」

 

ガシャンという大きな音がするとともに、ドミトリの声が上ずる。霧でよくは見えないが、彼の鎧が復活した狼に倒されたようだ。

 

「ドミトリ、大丈夫?」

 

ニーナさんが声をかけるが、霧に包まれてドミトリの様子はよくわからない。今日までの彼の働きから、なんとなく彼は後衛担当という事は俺も分かっているつもりだ。彼が明らかにラルフさんや隊長のように接近戦が得意ではないことは容易に想像できる。

 

「っち、しまった。ヴァン、ロウ!」

 

今になって俺はヴァンとロウを遊ばせていた事に気づいた。魔物に襲われる混乱した状況と、魔物の復活現象、非現実的な霧の発生に意識を持ってかれてしまい、『手元がお留守』状態だったのだ。俺の急な指示にも2人はすぐに答えてくれた。

 

「承知!」

「ワン」

 

霧で周りは見えないが、音の発生源からだいたいの方向は掴むことができる。当然、人間ではないロウの方が感覚が優れているらしく、すぐさまドミトリがいると思わしき所へ駆けていく音が聞こえた。

 

「グルァァ」

 

ロウは、グレーの雄叫びもかくやと言った唸り声をあげながら、狼にとびかかったようだ。

 

「ガルゥッ」

「ガウガウ」

 

どうも、もみくちゃに争っているらしい。やはり霧で全く様子がわからないが、文字通りドッグファイトが繰り広げられてるのだろう。そこへ、ガシャガシャ鎧の音を響かせてヴァンが近づいてゆく。

 

「ロウ殿、そのまま押さえつけてくだされ」

「ガルウゥ」

 

シャキンと剣を抜く音が聞こえ、何かを切り裂く言いようのない音が聞こえた。しばらくして、ブクブクという魔物が黒い泡に包まれて消えていくときの音が聞こえた。

 

「主、狼を倒しましたぞ」

「また復活しないのか?」

 

しばらく間をおいてからヴァンから返事が返る。

 

「しばらく見てますが、その様子は見られませぬ」

「ワンワン」

 

無事、狼を倒すことができたようだ。ブクブクと黒い泡がはじけているであろう、先ほどと何も変わらない音が聞こえてくるだけだ。と、そこに大きな爆発音が響きわたった。

 

「いっちょあがりー」

 

ナエさんが勝鬨の声を上げている。焦げ臭い匂いただよってきたという事は、ナエさんが狼を再び炎の剣で爆殺したのだろう。復活していた魔物を気持ち悪がっていたわりには、特に苦労している様子はなさそうな軽い掛け声である。

 

「ナエさん。狼は復活してきてはないですか?」

「えー、もう黒いブクブクになっちゃってるよ?」

 

「やっぱり『不死』持ちなのか……?」

 

 復活した魔物を倒し始めて、事態が好転している。しかし俺は、先ほどから幾つか気づいた点があり、それゆえに俺は得体のしれない不安感をぬぐえないでいた。

 

 まず、初めに気が付いたのは、【濃霧】の状態なのに、ヴァンが復活した狼、いや、『クリーチャー』を倒せているという事。マジックのルールをバカ正直に鵜呑みにするのならば、【濃霧】の状況下では、クリーチャーは戦闘ダメージを与えることができないため、相手にダメージを負わせることができないはずだ。しかし、ヴァンもロウも狼を倒すことができている。そのため、ダメージを与える事が出来ていると言えるのではないだろうか。

 第2に気づいた点として、復活した狼やゾンビの正体についてだ。ヴァンやナエさんが仕留めた狼は、一度倒されたあと、パワーアップして復活するという能力を有していた。じつは、この特性はマジックのクリーチャーが持つ、ある特殊能力に一致する。それは『不死』という能力だ。『不死』というと、何度殺しても復活し続けるイメージがあるが、マジック的には『1回だけ死なない』という能力と言えるだろうか。通常、タフネスに等しい、もしくはそれ以上のダメージを受けたクリーチャーは『破壊』され、墓地という領域におかれる事となる。墓地という領域は簡単に想像できると思うが、使い終わったカードを置いておく場所である。一度、この場所に置かれたカードは特殊な方法を用いない限り、再度使う事が出来ない。クリーチャーが墓地に置かれる事、イコール『死亡』という事になり、もうそのクリーチャーは戦力として利用できなくなる。しかし、『不死」を持つクリーチャーは、墓地に置かれる場合、『+1/+1カウンター』を1つ得た上で、再び戦場に舞い戻ってくる。『+1/+1カウンター』はクリーチャーの能力値を加算するための目印であり、カードを使うゲームでは、おはじきの様な小物をカードに載せて置いておくことで表現している。さて、この『+1/+1カウンター』を得ているクリーチャーは、得ているカウンターの数だけ、能力値に補正がかかる。つまり、『不死』の能力を持つクリーチャーが倒された場合、そのクリーチャーはパワーアップして復活してくるのだ。1回倒すだけでは排除できず、さらにパワーアップして復活してくるものだから、相手にするには非常にやっかいな能力だと言える。あの狼の正体は、不死を持つ緑のクリーチャー、【若き狼】かもしれない。

 

*******************************************

Young Wolf / 若き狼 (緑)

クリーチャー — 狼(Wolf)

 

不死(このクリーチャーが死亡したとき、それの上に+1/+1カウンターが置かれていなかった場合、それを+1/+1カウンターが1個置かれた状態でオーナーのコントロール下で戦場に戻す。)

1/1

*******************************************

 

このクリーチャーが現実に召喚されたらどうなったかは語るまでもないだろう。ゲームにおいても現実においても、やはり厄介だったが、もちろんこの能力にも対処法は存在する。パワーアップしている状態で、もう一度倒せばよいのだ。じつは『不死』を持つクリーチャーが復活するのには、条件が定められている。それは『+1/+1カウンターを得ていない状態』だ。つまり、パワーアップしている状態で倒せば、もう復活はしてこないのである。ヴァンやナエさんが、今やっつけたように、2回目の撃破以降は復活するそぶりはなかった。一方、隊長が戦っているゾンビも狼と同じように復活した事から、アイツは【グールの解体人】なのだろう。

 

*******************************************

Butcher Ghoul / グールの解体人 (1)(黒)

クリーチャー — ゾンビ(Zombie)

 

不死(このクリーチャーが死亡したとき、それの上に+1/+1カウンターが置かれていなかった場合、それを+1/+1カウンターが1個置かれた状態でオーナーのコントロール下で戦場に戻す。)

1/1

*******************************************

 

(だとするなら、やはりアイツらは……)

 

 3番目に気づいた点は、『不死』を持つクリーチャーを召喚したのがネメスの連中であったであろうという事だ。そして、俺が懸念する最も重要な事をこの点から導きだすことができる。それは、ネメスの連中は『マジックのカードの呪文を行使する能力を有している』と考えられるのだ。

 落ち着いて今までを振り返ってみると、じつは既にその前例が存在している。そう、ラルフさんだ。そのために、同じような事ができる人間が居た事はあまり驚くことではないのかもしれない。思い返せば、ネメスの連中が姿をあらわしてから、俺は得体のしれない奇妙な感覚を何度となく感じた。その感触は、ラルフさんがグレーを召喚する時にも感じられた感覚と酷似していた。この事からも、ネメスの連中がマジックのカードの呪文を使えるという事はあながち外れではないように思える。

 霧が【濃霧】であると仮定するなら、クリーチャーが倒せてる点と矛盾する事は、気にしても答えは出ないのかもしれない。そもそも、これが【濃霧】だと推察したのはヴァンの発言がきっかけだっただけであって、【濃霧】でない呪文だったり、『輝石』によっておこった現象だという可能性だってあるのだ。

 

「アルバート隊長!」

 

大きく声を張り上げる。隊長の姿は見えなかったが、もう戦闘音が聞こえなくなってしばらくしていた。返事はすぐさま返ってきた。

 

「ワタル。なんだ?」

「もうゾンビは大丈夫なんですか?」

「初めは不意をつかれたが、一度距離をあければ大したヤツでもなかったな」

 

声に落ち着きあることから、もうゾンビは片付いたのだろう。台座回りの脅威は排除できたと思ってもよさそうだ。

 

「アイツら……ネメスといいましたか? あいつら俺の話した『マジック』の呪文を使っているかもしれません」

「それは……ラルフの事といい、やはり、お前の知らないところで何か関連があるという事か?」

 

俺本人が、ネメスや異世界でなぜかマジックの【呪文】が行使されている現状について認識していないのは、昨日の事情聴取でわかっているはずだ。しかし、ラルフさんや、『災厄の流星』、ネメスと立て続けにマジックに関連する存在が出現してくると、神様のような超常的な何かの存在の意図を疑いたくなる気持ちもわかるというものだ。

 

「隊長。今は、そんな事よりも、ネメスがザーナ司祭を誘拐して、森の封印石に何らかの目的を持って向かっているという事の方が優先だと思うけど」

「え……、やっぱりそういう事なんですか?」

 

気づいたら、ドミトリが台座の上に上ってきていて俺の横に立っていた。俺がロミスさんにすぐ横に近寄られてドギマギしてしまい、うまく説明できなかった状況を簡潔に明瞭に表現してくれた。ロミスさんから不安そうな言葉が漏れるのに対して、ドミトリは先ほどまでピンチな状況だったのに飄々としている。

 

「ザーナ司祭の救出以上に、ヤツラを阻止しないとロクでもないことになりそうなのは明白だな。しかし、まだ魔物は…… オイ、教会方面に魔物は残ってるか!」

「はっ。巨大な鬼は『カマイタチ』殿とそこの騎士と狼によって片づけられてます。馬のような魔物はナエ副長が撃破済みです。他にはもう現れておりません」

「よし、教会方面についているやつは、台座前面方向の援護につけ。おい、前の方の誰か、状況報告しろ!」

「霧のため、戦闘困難な状況ですが、なんとか複数人で魔物を抑え込んでます。ですが、そう長く持ちません……早く援護を」

「ドミトリ」

「ん。報告の通りだね。教会方向は何の反応もないよ。あとは前方の二体だけ」

 

ネメスの登場にひっかきまわされはしたが、魔物の乱入を防げているのは不幸中の幸いといった所か。しかし、この濃霧の中、魔物を押さえつけてるのは至難なのだろう。あまり持ちそうにない様子だ。

 

「ワタル」

「はい?」

「守護者を前の奴等の援護にまわしちゃあくれないか?」

「もちろん。ヴァン、ロウ!」

 

俺としては否やはない。すぐに二体に指示を飛ばす。隊長は少し思案した後、指示を下す。

 

「ナエッ!!」

「ハッ、ハイ」

「魔物がかたずき次第、俺とドミトリでネメスの連中を追う。後の指揮はお前がとれ。ニーナには重症者を治療させるんだ」

「了解」

 

アルバート隊長からナエさんに後を引き継ぐよう指示が下る。ナエさんはちょっとでもニーナさんが絡むとアレな所があるせいか、指揮官としての役割も果たせるのは少し意外だ。

 

「ドミトリ。村の安全が確保され次第、すぐに森の封印石まで向かうぞ」

「わかった」

 

後は教会前の魔物を殲滅するだけである。もう増援も打ち止めのようだから、あと少しでかたずけられるだろう。しかし、俺は隊長に先から胸の内にある考えを言う事を抑えることはできなかった。

 

「アルバート隊長、お願いがあります」

「ん? なんだ?」

「俺も連れて行ってください」

 

霧の向こうから隊長が近づいてくる音が聞こえ、やがて俺の目の前に姿を表した。ゾンビとの戦いでもみくちゃになったのか、その鎧やマントは少し乱れている。

 

「なんとなく予感はしていたんだが、本気か?」

「はい、ラルフさんやザーナ司祭が心配ですし、いえ、それ以上に、はっきりした事は言えないのですが、ここで行かないと……俺がここに来ることとなったきっかけか、もしくは理由かもしれませんが……俺にとって、重要な事、きっと、そういうものがつかめなくなってしまう、そんな気がするんです。」

 

自らの手の平を見つめ、そして隊長を見上げて言葉を続ける。

 

「この世界に落ちてきた時は混乱もしたし、何もできませんでした。本当なら、のたれ死んでいた所をラルフさんに助けてもらったんです。そして、得体の知れない俺をザーナ司祭は優しく受け入れてくれた。 ……突然使えるようになったマジックの力もきっと何か意味があるのかもしれません。いえ、きっとここで使うために俺に力が宿ったんだと信じます。俺は、俺を少しでも助けてくれた人達を今度は助けたいんです」

 

隊長は静かに俺を見下ろして、俺の言葉を最後まで聞いてくれた。しばらく無言でたたずんだままだったが、静かに息を吐いて再度俺に問いかけてきた。

 

「はっきり言って、この先どんな危険があるかわからんぞ。お前の事も助けられないかもしれん」

「はい、承知の上です」

「おまけに、お前自身は戦闘経験もない、とんだ足手まといの存在だ。連れて行くメリットが存在しない」

 

隊長の反論も分かりきったことだ。論理的根拠を理由に許可してくれないのは、ある意味、隊長の優しさかもしれない。しかし、俺としては、ここで置いてきぼりにされては困るのだ。俺を連れて行くことの利点を示さねばならない。

 

「俺自身に関してはそうかもしれません。でも、俺のクリーチャー、いえ、《守護者》達は頼りになります。その実力はもう嫌というほど見たでしょう? それに……」

「ふん……」

 

隊長は腕を組んで俺の言葉に聞き入っている。その様子は『続けろ』と言ってるようだった。

 

「俺を連れて行くことに1つメリットがあります。それは、ネメスの連中の使う呪文がわかるかもしれないという事です。先ほどの狼やゾンビでしたが、あれもマジックのカードの1つです。一度死んでもパワーアップして復活するという点から正体を突き止める事ができました。このことからもネメスの連中はラルフさんや俺と同じようにマジックのカードが使えると考えれます」

 

「フッ、ドミトリが言いそうなことをベラベラ言いやがって」

 

隊長は俺が言葉を言い終えた後、ニヤリと笑った。俺の言葉は採用する価値があると認めたも同然の様子だった。

 

「いいだろう。そう言うからには、せいぜい役に立ってもらうからな」

「アルバート隊長! ワタルをつれて行くのですか!?」

 

俺と隊長のやりとりを聞いていたのか、ニーナさんが横に立っていた。俺が彼女を見ると、彼女は俺を鋭い目つきで睨み返してきてから、アルバート隊長に抗議しだした。

 

「彼は非戦闘員です。私たち騎士のように覚悟も持っていない人間を戦いに赴かせるわけにはいきません」

「うるせぇ。もう決めたことだ。コイツも男だからには、覚悟もできているはずだ。ワタル、せめて自衛用の武器くらいは身に着けて置け。ドミトリ、何か適当なのをコイツに見繕っとけ」

「了解」

「そんな、隊長! 隊長っ!」

 

アルバート隊長は手をひらひらさせ、霧の中へ踵を返して姿を消していった。俺はそんな隊長を安堵半分、緊張半分の気持ちで見送ったが、ニーナさんは厳しい表情のまま彼の背中を見続けていた。

 

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