Plains Walker -次元世界遊歩道中- 作:sasandra
ドミトリに装備を見繕ってもらって、教会前の広場を出発する。行くメンバーはアルバート隊長、ドミトリ、そして俺。当然、ヴァンとロウも一緒だ。この5人でネメスの連中が向かったと思われるアルノーゴ樹海に鎮座する封印石の祭壇へ向かう。だが、ネメスが去ってから発生した濃霧は一向に晴れる様子はなかった。急がなければならなかったが、教会広場から村の裏口へと続くと思われる道筋に頼って進むしかなかった。どうも、教会前の広場から森の方向へ向かうにつれ、霧はだんだんと濃くなっていくように感じられる。もはや、数メートル前を行くアルバート隊長とドミトリの姿すら、霧の中に掻き消えてしまうほどであった。
「ちょ……アルバート隊長。なんか霧が濃くなってませんか?」
流石に村も出てないのに、置いてけぼりを食らって迷子というのはかっこが悪すぎる。慌てて隊長に声をかける。
「む……、確かに、ここまではっきり差があるとな。おい、ドミトリ。はぐれんように固まって進むぞ」
「わかった」
少し先に進みかけて離れていたドミトリから返事が返ってくる。もう彼の姿は俺からの距離では見えなくなっている。少しでもよそ見をしようものなら、すぐに離ればなれになってしまうだろう。
それから俺たちは、意識的に寄り添うように一塊となって進んだ。並びの順番はかわらない。濃い霧のせいで、裏門の距離が異様に遠く感じられる。
「あれは……?」
やがて、道が若干広がり、行く手の先に壁のような遮る障害物があらわれた。やっとの事で裏門に到達したらしい。
「主、何者かが倒れております」
「ガルゥ」
俺の背後のクリーチャ達がにわかに反応しだした。
「これは……オイ、しっかりしろ!」
アルバート隊長が急に門に向かって走りだし、霧の奥へ姿を消していった。何か異様な出来事が起きているのは確かだ。ヴァンは「人が倒れている」と言っていた。俺の目には白い霧が先に広がるだけで、今の場所からでは何が起きているのかはわからない。何事か、と恐る恐る近づくにつれ、ヴァンや隊長の様子の変化の原因がわかってきた。
アルン村の裏門の手前に4人の人間が散らばって倒れていたのだ。4人は仰向けやうつ伏せに地面に倒れており、誰ひとりぴくりとも動かない。
隊長は地面に倒れ伏した4人のうち、1人の様子を見ていたが、「クソッ」と漏らしてから、次の騎士へ駆け寄っていく。隊長が見ていた騎士は仰向けに倒れていた。空を見据えて、口を半ばあけた状態でピクリとも動かない。彼の表情は驚愕で彩られたまま変化しない。何か驚くような事が起こって、そのまま死んでしまったように見えるが、さもありなん。その騎士の胸には赤い血でできた跡が見られた。騎士の手は己の胸を抑え込むようにして握られている。まるで心臓を刃物で突き立てられてそのまま死んでしまったかのようだった。鎧を着ているはずなのに、その鎧は刺された後だけ、細長い切れ目が開いている。よっぽど切れ味の鋭い刃物を突き立てられたのだろうか? 脳裏にトートが握っていた赤い刀身をした刃物がうかぶ。
もう2人はうつ伏せに倒れており、隊長はそのうち片方を慎重に仰向けにひっくり返していた。怪我人を動かすのはご法度だが、先の騎士の死体を見せられてしまったら、残っている人間の状態も想像がつくというものだ。ひっくり返された騎士を見た限りは、特にどこにも怪我をしているようには見えない。上から下までどこにもおかしな箇所は見当たらなかった。おかしい所は、ただ騎士がそれこそ『死んだように』眠って目を覚まさないという事だけである。隊長は騎士の手首に手を当てながら、騎士の息があるかどうか確かめるために、騎士の顔に自分の顔を近づけている。
「ちくしょう。脈も息もない。クレイ……一体何があったっていうんだ」
「こっちのドリスもだめだったよ……」
ドミトリは残ったもう1人の死体を仰向けにして様子を見分していたようで、彼の口からも芳しくない結果がもたらされる。ドリスという騎士も、隊長が見ていたクレイ同様、全身をくまなく見ても怪我という怪我が存在していないように見える。彼も表情はまるで安眠を満喫しているかのように安らかな表情をしていた。
「こちらの騎士も果ててしまっています。首を切られたのが原因でしょう」
「クゥーン」
最後の一人をヴァンとロウが看取っていた。こちらも姿勢を仰向けにされているが、首からの出血後が悲惨な状態だった。勢いよく血が飛び出したのか、首から下の鎧が真っ赤に染まってしまっている。4人の中で一番ひどい状態の死体のためか、少し気持ち悪くなってきてしまった。
死んでしまっている4人はアルン村の裏門を守っていたのは明白だ。裏門の周りには、浄化の儀式の最中に広場の台座に近くに設置されていた小さな封印石らしきものが幾つか設置されていた。この結界で儀式が終わるまでやり過ごす算段だったのだろう。しかし、何者かの襲撃を受けて全滅してしまった、というのが事の推移なのだろう。門は中途半端に村の外へ向かって空け放たれており、何者かが通過したような状態だった。
「これはトート達の仕業なのか……」
「そうとしか考えられないけど、クレイとドリスの死体が、ザルツとヒューイのように刃物でやられたようには見えないのが奇妙だね……」
俺の状況を確かめるように独白した言葉にドミトリが返答してくる。彼は大きく目をあけて果てている騎士の顔に手を当て、目を閉じさせていた。
「ザルツ、ヒューイ、ドリス、クレイ…… クソっ、この落とし前は必ずつけさせてやる。 大いなる女神様よ。あなたの元に旅立つ、か弱き魂に守護を与えたまえ」
隊長はひざまづいて祈りをささげた。ザーナ司祭のように慇懃で、普段無骨な印象のある隊長からは連想できない所作だった。
「隊長。どうするの?」
ドミトリが立ち上がって隊長に尋ねる。ヴァンも残った一人の騎士を安置してから俺達に寄って来る。
「どうするもこうするも、行くしかねぇだろうが。こいつらをこのままにしておくのは気が引けるが、今は時間が惜しい」
「ヤツらはあまり殲滅力に長けてるようには見えなかったが、多勢を相手にした結果がこれとなると、何か隠し持っていると考えるのが妥当だ。対策も考えずに無暗に突き進むのは悪手だと存ずるが」
ヴァンが珍しく隊長に警告を発してきた。ヴァンの言うとおり、何かされた跡が見当たらないのに、死んでしまっている騎士の事が気にかかる。アイツらは俺達の想像できない方法で人を殺せるのかもしれない。
「うるせぇ。ここでウダウダ考えるだけ無駄だ。これ以上被害を広めたくなければ、ヤツラを食い止める以外に方法はない。それともオマエはアルン村の住人達全員がこんな風になってもいいというのか?」
「いや……我は……主さえ安全ならば……」
「テメェ!」
ヴァンは俺を見ながら隊長に歯切りが悪い答え方をしたが、隊長はその言葉を聞くや、急にヴァンにつめよって怒鳴り始めた。ヴァンは俺が召喚したクリーチャーだ。アルン村の住民よりも、俺の方を優先する考え方をするのは、むしろ普通の事なのかもしれない。でも、俺は……
「ダメ……です。アルン村のみんなが、こんな風になるのは食い止めなくちゃいけない」
俺の胸中から漏れ出た言葉に、ヴァンと隊長は俺の方を振り向く。
まだ数日かそこらしか過ごしていないが、あの村には俺の恩人たちがいるのだ。こんな騎士達のような無残な姿にしては決してならない。
「ヴァン。行こう。俺の身を心配してくれるのは、オマエにとっては当然の事で、俺にとってはめちゃくちゃ有難い事なんだけれども、ヤツラを食い止められるのは俺達しかいないんだ。だから、アイツらがどんな得体の知れない力を持っていたとしても、いかなくちゃいけないんだ」
男には危険だとわかってても挑まなければならない事がある。というフレーズはいろんな漫画や小説で見てきたけれど、今がそれにあたる事なのかもしれないと思う。いや、決して俺個人に当てはまる事ではないんだけれども、俺を含むアルン村にいる者たちの境遇にしてみれば、今この瞬間が「やらなければならない時」なのだろう。
俺の言葉を聞いてヴァンは「御意」と深くうなづいた。ヴァンの胸倉をつかみあげていた隊長は、きまりが悪そうにヴァンから離れる。
「悪い…… 部下が一度にやられて、頭に血が上っていたようだ。ワタルの言うとおりだ。行くぞ」
そう言って、後ろも振り返らずに中途半端に開け放たれた門へ向かって歩き始めた。
ドミトリは思うところがあるのかないのか、無言で彼の後を追う。隊長の独白に意識を奪われていたが、このままだと置いてけぼりを食らってしまう。だが、トート達ネメスを警戒するためにも、やれることは今のうちにやっておいた方がいい。
「あ、少し待ってください」
そう言いつつも、俺は内なる《声》に意識を向ける。少なからず、魔物の迎撃に呪文を使ってしまったため、《声》からは少し活気が無くなってしまったようにも感じる。一抹の心細さを感じながらも、目的の呪文はすぐに見つかった。俺の中に眠る《声》達の中でも、ロウと同じく新参者な方の呪文だ。
【神聖なる好意】
対象はロウだ。ロウは一瞬、身を縮こまらせた。見れば、ロウの体を白いオーラが包んでいる。霧に覆われていても、違いがわかるほど強烈で印象的な白色だ。やがて、白いオーラは3つの白い塊をロウの真上に吐き出した。塊は縦に薄く伸びていき、やがて薄い青色が混じった光沢のある物体へと変わっていく。形を変えて姿を現した3枚の物体――その正体は、盾だ――はロウを取り囲んで、ロウの胴体ほどの高さで静止した。ロウを包み込むオーラは盾が姿を現したタイミングで、一際輝いた後に消えてしまった。今やロウの姿は、先日俺を襲ったときと同じ姿だった。異なるのはロウ自身だけで、前は闘争心むき出しで牙を向いていたのに、今は耳の後ろが痒いのか、後ろ足でカリカリかいている。当時との差に思わず力が抜けてしまう。本人は俺の心境を知らずか「クゥン?」と首をかしげている。全く親の心子知らずというか、いや、この場合は召喚主とクリーチャーなわけだが……
図らずも先日の焼き増しとなってしまったが、ロウにかけたのは【神聖なる好意】だ。これでロウのパワー/タフネスは4/6へと強化される。これは【ロクソドンの強打者】を相手に、一方的に屠ることができるくらい固くて強い数値だ。俺の経験的に、流石にこれ以上強いのが出てくるとは考えられない。『浄化の儀式』の間に出てきた魔物は、パワー/タフネスが3/2のヴァンで通用していたから、それほど外れた予想でもないだろう。
アルバート隊長とドミトリは俺の声に足を止めていたが、ロウの変化を物珍しげに眺めていた。隊長はしばらくロウを見て何かに気づいたのか、ロウに近寄ってきた。
「もしかしてソイツが、ラルフが言っていた『本当の』盾の狼か?」
言われて俺も今までロウの説明を省いていたことに気づく。
「あ、はい。そうです。先日、俺とラルフさんが襲われた時、この状態でした」
自分で説明しながら、ロウの安全性をどう説明したものか焦りがつのる。ロウを召喚したときは、魔物の迎撃にかまけて何も説明してなかったのを忘れていたのだ。
「なかなか珍しい魔法だね。盾が自分で行使者を守る『宝具』は、なかなか見られないな……」
と、ドミトリは興味深そうにロウをしげしげと眺めている。
隊長はしゃがんで【神聖なる好意】の盾を、片手の拳でこんこん叩きながら、もう片方の手でロウをワシワシなで回している。ロウはされるがままにお座りしながら、気持ちよさそうにしっぽを振っている。
「なるほど、アイツが守りを崩せなかったと言うわけだ。俺のと同じくらい『硬い』かもしれんな」
それだけ言って、隊長は立ち上がって歩きだした。ロウはなで回しが名残惜しいのか、「クゥーン」と不満気な様子だ。あれだけ、隊長がなで回したのだ。ロウの安全性の説明など、今さらだったのかもしれない。
「さて、いくぞ」
隊長は立ちあがり、門に向かっていく。この先に一体何が待ち受けてるのだろうか。覚悟を決めて俺も隊長の後に続く。
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森の中に入ってしばらくたった。前に祭壇に赴いた記憶からすると、体感的にまだ半分いったかどうかという程度の進み具合だ。敵が先に潜んでいるためか、または魔物が出てくる危険性があるためか、森に入ってから誰も一言も発していない。俺も腹の中が締め付けられるような緊張感に苛まれて、自分から話し出す気にはなれなかった。
濃霧は森の中に入っても変わらず晴れることはなく、むしろ薄暗さも相まって、視界の悪さはさらに酷くなった。もはや、俺の先を行く隊長の大きな背中でさえ霞んでしまって、隊長の歩む音の方が方向感覚をつかむのに役に立つという程であった。そんな状況の中にあってもロウだけは別のようだ。森に入ってから俺たちの集団の間を突っ切って先頭に走っていったり、その場で地面に鼻をむけてスンスン匂いを嗅いだり、アルン村にいるときよりも活発になっている。ロウの自由奔放な動きに、青い3枚の盾は遅れずに追従している。森の中での動きやすさを優先しているのか、盾は森に入る前よりもこぢんまりとした並びをしている。ロウは先ほど、若干俺たちの集団から離れて変わらず匂いを辿っていたが、途中で立ち止まってこちらを振り返り、小さく「ワフッ」と鳴いた。
「ロウ殿が言うには、この方向で間違いないようです」
先の教会広場前から、薄々気にはなってたが、ヴァンはロウの言うことが理解できているようだ。歴戦の経験からか、はたまた魔法的な、いや、これはクリーチャー的つながりが関係しているのかも知れない。いちいちヴァンに聞いてみたい衝動にかられるが、今は無駄口をたたいてる暇はない。
「ふむ。ドミトリ、もう俺には全くわからないんだが、方向はこっちであってるか?」
隊長はヴァンの方を振り替えりつつも、前を行くドミトリに確認をする。
「うん。今の方向で間違いないよ。狼だから匂いをたどれるんだね」
ドミトリは水晶を時折注視しながら淡々と答える。どういうわけかロウ同様、ドミトリは方向を見失わずに進むことができるようだ。昨日の魔力振動の時からして、探知能力を有していることが伺えたので今更ではあるのだが。しかし……
「こんな濃霧で、ラルフさんは迷ったりしてないのでしょうか?」
俺たちはロウやドミトリがいるからいいのだが、ラルフさんは単身でネメスを追いかけていった。霧が発生したのは、彼が駆け出してから少しもたっていなかったはずなので、彼も霧に飲み込まれたはずだ。
「あいつは『呪われる』前は《野伏》の加護を得ていた。まだ加護が失われてないなら、標的を追う力も残っているかもしれん」
「つまり、心配する必要性はないってことですか?」
「ああ」
アルバート隊長は後ろにいる俺を振り返ずに答えてきた。ラルフさんが教会前の広場で突然走りだしたのも、その力があるがためだったのかもしれない。ふと、俺はある可能性に気付いた。
「ロウ、ラルフさんの匂いを追うことはできないか?」
ロウは、小さく「ワンッ」と鳴くと、地面を丁寧にかぎだした。一旦、俺たちの方へ戻ってきたが、すぐに元の方向にとって返した。匂いの経路を確かめているのだろうか。そして、お尻をこちらに向けて首だけ振り替えって「ワフッ」と小さく一鳴きした。
「ラルフ殿もこの道を通った、とロウ殿が」
「そっか。ありがとう、ロウ」
声をかけると、ロウはしっぽを、ブンブンふって「ワンッ」と答えた。どうでもいいが、これからはコイツは犬と思うことにしよう。うん、そうしよう。
改めての確認を終えた後、また俺たちはロウとドミトリの先導に従って進んだ。ほどなくして、先を行くドミトリが声をあげる。
「ちょっと待って。ここで何かがあったみたいだ」
ドミトリは立ち止まり、近くに生えている木に手を当てて調べてだした。濃霧のせいで、何も見えないので、彼の近くまで近寄る。
「何を見つけたんだ?」
隊長もドミトリを挟んで俺の反対側に並び問いかける。
「おそらくここで、ラルフさんと何かが戦闘したみたいだ」
そう言って、ドミトリは手をついている木の上を見上げた。
つられて視線を移すと、彼が手を添える木が、ある高さからスッパリと一直線に切断されているのが見えた。転じて前方の地面を見ると、少し先に倒木があった。その倒木は霧の中、辛うじて見えたのだが、こちら側に姿を表している面は鋭利な何かで切ったかのように尖っている。見上げていた木と同じようにスッパリ切られた倒木から【ロクソドンの強打者】が真っ二つに切られた時を思い出す。こんな事ができる人間など、ラルフさんを他においてはいないだろう。
「この跡は…… あいつ以外にはいないだろうな」
「魔物の死体が見当たらないという事は、ラルフ殿が相手をした者は召喚されたクリーチャーかもしれませぬな」
辺りをうかがっていたのか、ヴァンがここであった事を推察して補足してきた。彼の言うとおり、木や茂みに近づいて見分してみると、何かで『薙ぎ払われた』後は、あちこちに散見された。しかし、あるのは『何かされた』跡だけであって、魔物の死体はどこにも見当たらなかった。昨日、ここに来たときに『邪豹』に襲われ、ラルフさんが対処した後は、『邪豹』の死体は残っていた。しかし、今日のネメスの連中が召喚したと思われる『狼』や『ゾンビ』は1度復活した後に再度倒されたら、死体も何も残らなかった。それらの事からも、ヴァンの推察に穴は見られないように思われる。
「ラルフさんにとって、この霧は障害にならなかったから、アイツらに1度追いつきかけたのでしょうか?」
「わからんが、ラルフを邪魔しなければならない程、ヤツラは追い詰められたという事だ。もう今は接触して戦闘に入っているかもしれん。ドミトリ、急ぐぞ」
「了解」
もしかしたら、もうラルフさんは単身でネメスに挑んでしまっているかもしれない。ラルフさん1人では人数的に不利な上に、ザーナ司祭が人質にとられてしまっている以上、有利に動けない事が容易に考えられる。第一、ネメスを前にしてあの激情を見せたラルフさんが、冷静でいられる保証など何処にもないのだ。
俺達は、なおの事急いで封印石の祭壇に向かわねばならなかった。森に入ってから当初は、魔物の襲撃を警戒して進むペースを抑えていた節があったが、隊長は事ここに至ってはなりふり構わなくなったらしい。常に走るというほどのマラソンのような早いペースを続けるわけではなかったが、起伏ある森の中を相当早いペースで突っ切っていく事となった。騎士達のように鍛えているわけでもない俺は何とかついていくのに精いっぱいだった。ヴァンやロウは全く疲れた素振りを見せないものだから、なんとまぁ困った召喚主であることだ。と心の中で自嘲していると、地形が平坦になりだした。
「主、結界石についたようです」
隊長やドミトリからは少し離されかけていたので、えっちらおっちらヴァンの先導する方向へ進んでいく。すると、白くかすむ霧の中から、俺の背を越す重厚な建造物のシルエットが見えだした。昨日も見た、森の封印石を隠すための結界石だった。ドミトリはその結界石を水晶を掲げながら調べている。隊長はそんなドミトリの背後に控えながらも、やっとのことで追いついた俺達の方へ顔を向けてきた。
「悪い。少しペースが速かったか。だが、ここまで来たからには、もうお前の事まで気遣ってやれる余裕はないかもしれん。心の準備だけはしておけ。ドミトリ、どうだ?」
「うん。やっぱり、昨日ココに来たときと同じように、結界石の効果が切られているね。ザーナ司祭を操れるなら、できないことじゃないよ」
やはり、予想通り結界石はその効果を切られていた。ますますネメスの狙いが封印石だという事がわかる。最早ここまできたからには、確定だと言っていいだろう。ドミトリの予想していた、昨日もヤツラがここに来ていたという予想も正鵠を得ていたというわけだ。
「もう一刻の猶予もないな。ワタル。覚悟はいいか!」
隊長はそう言うと、いつの間にか外していた背中の盾を腕にもち、剣を抜刀した。ドミトリも、手に持っていた水晶が妙なオーラを纏ったと思ったの束の間、彼の背後に中身ががらんどうの鎧が現れた。教会前では狼にやられていたが、変えが効くのか、再生能力でもあるのか、やられる前の姿そのままだった。
いよいよ決戦の時だ、俺も拙いながらも腰に差していた剣の握りを右手で持つ。右手は震えて中々思い通りに動いてくれなかった。内心、舌打ちしつつも、おさまってくれない怯えに、無力感と苛立ちだけが募る。
「主」
「ワフッ」
左右を見れば、ヴァンとロウが俺を見ていた。彼らの目はこれから難事だというのに、俺のように緊張にまみれている様子は一切見られない。むしろ、不安に駆られる俺を励ますかのように、絶対に守って見せるという決意に満ちた視線を送ってくる。彼らの表情を見て、手の震えが不思議と治まった。大丈夫、俺にはコイツらがついている。ヴァンとロウに向かって一度頷いてから隊長に言う。
「行きましょう、隊長」
隊長は俺達のやり取りに何かを感じ取ったのか、少しだけ口の端をあげて微笑むと、封印石がある奥の方向へと顔を向け、小さく「よし、行くぞ」と言って進みだした。
だが――俺達の決意はそうそうに出鼻をくじかれる事となる。封印石から発せられる怒号によって。
「キサマァァ!!」
この腹の底を振るわせる大絶叫はラルフさんか――そう認識した瞬間、この場を何かがが突き抜けた。
「ッ!」
ラルフさんの叫びよりも、本能を震わせる強烈な『何か』をこの場にいる全員が感じ取った。この感覚は――昨日、アルン村で感じた『魔力振動』を何倍もの規模に大きくしたかのような『震え』だった。あの時は何か得体の知れないものの気配を、まるで壁越しのようになんとなく感じとる――といった程度だったが、今のは恐ろしく巨大な存在をごく間近に感じる強烈な感覚だった。
「ッハ、ッハ……」
無意識に荒い息をしてしまう。トートに相対している時の感覚など、ちっぽけな事にしか感じられないほどだった。この向こうから感じる強烈なプレッシャーは、ラルフさんの叫び声が聞こえた直後から発せられた。この先に、居るだけで俺達を立竦めさせる何かが現れたという事は明白だった。
「ドミトリ、ワタルッ、行くぞ!!」
隊長は最初は少しだけ怯んでいたが、俺達に大声で呼びかけてくる。まるで「狼狽えるな」と言われてるようで、俺は尻を蹴っ飛ばされたかのように、前のめりに進みだした。
もはや、慎重に近づくという事はありえなかった。通常ではありえない尋常な状況に陥っているのは明白だ。巨大な波動が突き抜けた影響なのか、いつの間にか周囲を覆っていた濃霧はきれいに消え去っていた。そのおかげか、強烈な存在感を放ち続けるモノの正体は、封印石に近づくつれ、はっきりと把握することができた。なんと、昨日は存在しなかった巨大な山としか言いようがない何かが、俺達と封印石の間に横たわっていたのだ。
ソレは長い胴体をしていて、その胴体は、【神聖なる好意】の盾と比べて、水底を思わせるさらに濃い青色の鱗にびっしりと覆われている。その中には紫色と橙色の鱗が交互に一直線に並んでいる箇所があり、ソイツの異様さ一際目立たせている。さらに、長い胴体は、あるところでたわんでいたり、とぐろを巻いていたりしている。
ここまでの説明なら、その正体を蛇と思うのかもしれないが、問題はそのサイズが大きすぎるという点だった。胴体の直径は下手をしたら俺の身長を超えているかもしれない。尾にあたる端の方は、はるか離れた場所にあるのか、長すぎる胴体の影にかくれているのか、視界に収めることはできなかった。太くも長い胴体は途中から起こされており、その上から巨大な頭が俺達を見下ろしている。一般的な蛇の頭部を、さらに流線型のように変えた頭をしていた。閉じられた口の上下からは、人の胴体を易々と突きぬく事が出来る牙が覗いている。頭を二等辺三角形とするなら、鋭角にあたる鼻の先端には、一際大きな牙が生えていた。頑強な鱗に覆われた頭部の奥にあるのは、ソイツの巨体さからは意外に小さくも感じられる瞳があり、その奥には、湾曲した角が2本生えていた。頭部の裏からは白い髭のようなものがもじゃもじゃ生えており、頭部だけを見るならばまるで『竜』を見ているかのような気分になる。そんな巨体な『化け物』としかいいようのない魔物が、行く手を遮り、俺達を上から睥睨していた。
「こ、こいつは……」
俺は、この姿を……元いた世界で見たことがある。
「ワタル、コイツの事がわかるのか」
「あ……コイツは……」
ソイツはマジックを始めたばかりの初心者には、ひどく頼もしい存在に思えるだろう。こんな巨大なクリーチャーを、相手にぶつけて叩き潰すことができれば、どれほど痛快なのだろうかと。しかし、何回かゲームを通して、ソイツを呼び出すのに必要なコストが膨大で現実的でないものに設定されている事に気付くのだ。「呼び出す前に勝負がついてしまう」ではないか、と。そして、知れば知る程、多種多様なあらゆるカードの効果を前にして「実はコイツは大したことないんじゃないか」と切って捨ててしまうのだ。万を超える呪文を前にしては、ソイツをどうにかするには、如何様にもやりようはあるのだ。
ソイツは俺がいた世界のマジックでは『初心者が嵌りやすい、強そうに見えるが実は弱いカード』という扱いを受けていた。だが、目の前に感じるこの巨大な存在感はなんなのだろうか。あちらの世界では、たかがザコなヤツだと、イラストが描かれたカード以上の扱いをしたことなんかなかったのに、現実に相対してみるとこれほどまでだったのか。自分が以前、ソイツに対してどう扱っていたを思い出すだけで、腹の底から震えあがってしまう。
ソイツのカードには、フレーバーテキストである悪名が名づけられている。一体どのように呼ばれていたのか、それは――
「『氷河期の災厄』と言われていた……【甲鱗のワーム】!」
「GYAOOOOOOOOOOOO!!」
俺の言葉に応じるように【甲鱗のワーム】が大きく吠える。その轟きは先の魔力波動よりも、この場にいる人間達の身も心も震わせる。
『災厄』は果たして、流星だけに留まらず、深い樹海の奥地にて、ひっそりと封印されていたのだった。
誰もが7話で予想した、あのお方が満を持してのご登場。
オマエこれがやりたかっただけだろ、だって?
うん、一片の後悔もなし。
だってこのシーンがやりたかったことの1つなのですから。
だって、やっぱりお約束じゃぁないですか。
さぁ、その圧倒的暴力を前に震えあがるがいい!(←自分でハードルをあげて墓穴を掘りにいくタイプ