Plains Walker -次元世界遊歩道中-   作:sasandra

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氷河期のあいだに繁栄を極めたこのワームは、キイェルドーのありとあらゆる人々にとって恐怖の的だった。その巨体と狂暴な性格が呼び起こした悪夢は数知れない ――― 甲鱗のワームはまさに、氷河期の災厄の象徴だった。
――― 「キイェルドー:氷の文明」


020:氷河期の災厄 その1

俺たちは目の前にいる巨大な【甲鱗のワーム】に呑まれ、誰も身動きがとれなかった。【ワーム】の顔を含めた高さは、教会前で襲ってきた鬼に比べて、約2倍に達するかという上に、長い胴体が頭の後ろに続いており、視界に納めた範囲では全容をとらえきれない点に大きな差があった。

ふいに、【ワーム】の背後から、『あの感覚』がした。それと同時に【ワーム】の大きな胴体が光につつまれる。

 

(もしや、何かの呪文――?)

 

内心疑問をふつふつと滾らせている内に、ワームの胴体を包む光が治まった。そして【ワーム】は静かに頭を背後――俺たちの方からは奥手――にむけた。

 

「どうだ?」

「成功だ。だがそろそろ、残り呪文が乏しくなってきた。あまり遊ぶなよ」

「ククク。わかっている。しかし、これほど大きいヤツとは想像外だったな」

「だがそれほど期待がもてるというものだ。幸い、試すには格好な獲物がいるわけだしな」

「おまえら一体、何を……」

 

最後の吐き捨てる声は聞き覚えのあるラルフさんの声だった。

 

「おい、ラルフ! そっちにいるのか?」

「おやっさん! 来てたのか」

 

隊長が大きな声を張り上げてラルフさんに確認する。【ワーム】の大きな胴体に隠れて、向こう側の事は見えないが、ラルフさんとネメスの2人がいる事は今までの会話から明らかだ。だが、あろうことか、ザーナ司祭の声が聞こえない。

 

「ザーナ司祭はどうした?」

「……ザーナ司祭はたった今、トートに殺された」

「なんだと!」

 

苦汁を噛みしめるようなラルフさんの返事が【ワーム】の向こう側から聞こえた。そんな……間に合わなかったか!? 既に目の前の【ワーム】の出現に打ちのめされてたが、その残酷な事実は俺達をさらに、絶望の奥底に叩き落とした。思わず足の力が抜けてしまいその場にへたりこんでしまう。

 

「おやおや。これは思ってもない客が来てるようだ。ブレダン、このデカブツをわきへどけて客人を招いてやろうじゃないか」

「余り遊ぶなと言ったはずだが、まぁいいだろう」

 

以前の発言から俺達の存在に気づいていた事は分かりきっていたはずなのに、向こう側の人間はもったいぶった発言をした。すると、【ワーム】がその巨体を動かし始めた。俺達の真正面から右手へ向かって、長い胴体をウネウネ動かし、この場を大きく回り込んで、後ろの方へ移動し始めた。巨大な胴体と地面がすれて、ズリズリとうるさく【ワーム】は移動する。胴体が視界から消えるまでに、10秒以上もかかっただろうか。ワームが居座っていた箇所には、移動跡の轍が見られ、それを越えた奥側には、先日見たときと変わらない、封印石の祠が立つ石段があった。今はその場には3人の人間が立っている。手前には右手で剣を握っている男性――ラルフさんだ。そして、奥の封印石の社の側には、2人の黒いローブを着た人間――ネメスの2人組――が立っていたが、そのすぐ脇には一人の人間がうつ伏せに倒れていた。

 

「そんな! ザーナ司祭!」

 

アルバート隊長が目の前の光景を信じたくもないというように悲痛に叫ぶ。

倒れている人間の顔は俺達の側から確かめる事はできないが、頭部を覆う白髪、頭から離れて落ちている見覚えのある帽子から、いったい誰なのかは容易に想像がついた。着ている服も、見覚えのある純白で華美な装飾が施された法衣であることから、倒れた人間がザーナ司祭であるのは確実だ。しかし、今はその純白の法衣も、胴を中心に真っ赤に染まっていた。ザーナ司祭を中心に血だまりができているのだ。血だまりに倒れる様は、アルン村を出てくる時に見た、胸を突かれて果てていた騎士を彷彿とさせる。

 

「クククっ…… お勤めご苦労といった所か、だが残念。今少し遅かったようだな」

 

トートは腕を組んで悠然と立ち、俺達を余裕の態度で出迎えてきた。脇には同じ黒いローブを着た男が立っている。教会前の広場ではフードに隠されて顔を見ることはできなかったが、今はその顔を見ることができる。見た目に受ける印象はトートよりかは少し若く、ラルフさんと同程度、30歳前後程度の人間に見える。トートのような極悪そうな面ではなく、白い肌に少し長めの金髪、透き通るような青い目をしていて、人種的にはドミトリにかなり近いようだ。だが、普段からして無表情で無愛想なドミトリとは違って、その表情は自信に満ちており、体全体から発する気迫というものだろうか、自信がみなぎっていて、ドミトリとは全く異なった印象を感じた。場にそぐわない表現だが、女子受けするのは、彼のような堂々とした人間なのかもしれない。今はトートと同じように高みの見物といったような余裕の表情だ。

 彼らの自信の源は、言うまでもなく後ろにデカデカ鎮座している【ワーム】だ。当初の俺達に向かって吠えた時の荒々しさはどこへ行ったのか、今は大人しく、大きなとぐろを巻いて後ろに控えている。その様は、【巨大化】をかけられたグレー以上の大きな山が、俺達を見下ろしているかのようだ。時折チロチロと太い舌を出して、静かに俺達を伺っている。巨大な質量を伴った圧倒的存在感は、風前の灯にまで縮んだ肝っ玉をつぶしかねないほどの迫力だが、それほどの存在が、大人しく従順にネメスに従っている事にも別種の末恐ろしさを感じる。やはり、あの時の呪文が関係しているのだろうか?

 

「ちっ、やはりニーナを連れてくるべきだったか。早く手当を……」

「そいつは無駄だ、おやっさん」

「何?」

 

隊長の言葉を即座にラルフさんが否定する。確かに、あれだけの血だまりができるほど出血しているのなら、手遅れなのかもしれないが……

 

「ザーナ司祭はトートの『宝具』に心臓を刺された。もう命は残っちゃいるめぇよ」

「『宝具』に!? ……『殺人狂』の『宝具』といえば、『命を喰う』特性!」

「正解だ、隊長殿。俺の『宝具』は殺した人間の命を喰う。『喰った』からにはもう助からん。教会関係者を喰うのは久しぶりだったからなぁ、あの感覚なかなか刺激的だったぞ」

「貴様ァ。人殺しめ」

 

こちらを挑発する言葉に、隊長が逆上する。トートにとっては隊長の怒りも、弑逆心をくすぐる程度でしかなく、「ククク」と、醜悪な顔を愉悦に歪めて笑うのみだ。再三と示されるザーナ司祭が殺されてしまったという事実を前に、俺の脳裏にザーナ司祭が優しく面倒を見てくれた光景が思い出された。ザーナ司祭は右も左もわからない俺を優しく見守り導いてくれた恩人だ。それが今は無残にも殺されて、地面に倒れ伏している。それを思うだけで、腹の底からふつふつと熱い怒りがマグマのように湧き出てくる。今にもヤツラを八つ裂きにしたい衝動に駆られる。だが、あの【ワーム】がいる限り、赤子の手を捻るかの如くやられてしまうだろう。この状況を打開する手立てが思いつかない。自分の不甲斐なさに歯を食いしばる。隊長は憤怒しているが、流石に教会の広場のラルフさんのように特攻する様子は見られない。やはり後ろにいる【ワーム】が脅威すぎるからであろう。

 

「やっぱり、『封印石』が目的だったんだね。昨日は社にあったはずなのに、今はもうない」

 

ドミトリが落ち着いた声でトートに聞いた。彼はこんな状況でも落ち着いているように見える。だが、発する言葉が普段の発言と比べるとゆっくりだ。まるで自分を落ち着かせるために言い聞かせてるようでもある。トートは上機嫌なまま答える。

 

「ボウズ、今回も正解だ。アルン村に伝わる伝説の『蛇神』。昨日のお前達の後を追ってみれば思わぬ収穫だった。我々としてはみすみす逃す手はなかったという事だ。見ろ、この巨大な『蛇神』を。アルノーゴ樹海の開拓計画を凍結に追いやるにふさわしい『災厄』だなぁ。クッハッハッハ」

「こんな化物蘇らせて、一体何をたくらんでやがる」

 

ラルフさんがトートの高笑いに負けず劣らずの怒鳴り声を発する。トートは愉悦がピークに達してるるのか、ひとしきり笑った後に話始める。

 

「くっはっはっは…… さて、何でこんな事してるかって? 伝説の『蛇神』だ。一体どんなものか確かめてみたくなるというのは人の性というものではないか? その恐ろしさってのはどんなものなのか? 我々が手にするにはふさわしいのか……ちょうど相応しい餌がいるからなぁ……クッハッハッハ、イッヒッヒッヒ」

 

最後の『餌』という言葉を聞いて、背中がゾクりと震えあがる。なんとなくそうなる事は予想できたが、コイツら……俺達をいたぶって楽しもうとしてるのか。

 

「やっぱり、おまえ達はこの『蛇神』を操っている。そうでなければ、今頃僕たち共々『餌』になってるはずだから。……そうだろう」

 

ドミトリが鋭く指摘する。トートの意図を見事に丸裸にした教会前のやり取りと同じように、その言葉はまるで刃ををえぐりこむような鋭さをもっているかのようだった。だが、トートの余裕は変わらない。

 

「ほぉ……ボウズ。やはりお前は見どころが違うようだ。冥途の土産にキサマの顔だけは覚えといてやろう。残念だがそろそろお別れの時間だ。ブレダン……せっかくノコノコ出てきたんだ、黒髪のボウズは残しとけ」

「ったく、お前の話は長すぎる。今までの間で余計な魔力がかかったぞ…… さて、『蛇神』とかいうデカブツだったか……やれ」

 

『黒髪』というフレーズに疑問を感じつつも、ネメスのもう一方の男、ブレダンとか言う男がが言うや否だった――

 

「いかん、主――」

 

ヴァンの声が聞こえると同時に突然、俺は猛烈な力で横に突き飛ばされた。地面を転がりながらも、立て続けに何かが起きた。近くで何かが爆発するかのような爆音が轟き、大量の土砂が舞いがる音が聞こえた。途端に俺の中の《声》に弱弱しい2つの《声》が戻るような感覚がした。一体何が起きたのか全く分からなかった。

 

(一体何がおき――)

 

地面に突き飛ばされた痛みに顔をしかめつつ、慌ててまわりの状況を確かめようと顔を上げる。かつて【巨大化】したグレーが攻撃した時以上に近くの地面が荒れ果てていた。俺達がいた場所はなにかが通ったかのような大きく半円柱状にえぐれた跡が残っていた。その元へ視線を移すと、封印石の社が設置されている石段の端っこが大きくえぐれている。まるで新幹線が地面をえぐりながらトップスピードでこの場を突っ切ったかのような跡だった。少し遠くからズリズリと何かが這いずり回る音が聞こえる中、他の人達は無事かと探す。

 

「おい、黒髪のボウズは外せといったはずだが」

「余りこの『呪文』は試した事はないが、それほど細かい制御ができるわけじゃないようだ。次からは入念に命令するさ」

「まぁいい、運がいいのか悪いのか、今ので誰も仕留められなかったようだが……あの【狼】か?」

「ああ、見逃したのはつくづく惜しいな。だが、流石にあの巨体を止めるには小さすぎるようだが」

 

パラパラと土砂が舞い落ちる中、ネメスの連中の会話が聞こえてくる。ヤツラの会話の通り、地面が直線状にえぐれている反対側に、ラルフさん、隊長、ドミトリが倒れこんでいるのが見えた。えぐれた土砂に体に付着してみんな土まみれになっていて、各自よろよろと立ちあがっているのが見える。ヴァンは俺のすぐ横にうずくまっていた。ロウは……どこにも見当たらない。

 

「ヴァン……ロウは……?」

「ロウ殿が直前に食い止めたおかげで命拾いできました。しかし、やはり耐えきれなかったものかと……」

 

ヴァンの報告を聞きつつ、頭の片隅で納得する。やっぱり、突き倒された直後に感じたあの感覚は、過去に感じた事がある感覚――教会前の広場で、ヴァンがドラゴンと家屋に突っ込んだ時に感じた感覚――と同じだった。あの直後、ヴァンは【蜘蛛の陰影】が解除されていた。すなわち、致死ダメージを受けて『破壊』されたという事なのだろう。今は俺の中の《声》達の中に弱々しく存在している事が、なんとなく感じ取れた。俺は気づけなかったが、ロウは【ワーム】の攻撃を『ブロック』して、俺達を危機からそらしてくれたのだろう。

 

「これが【甲鱗のワーム】か……いくらなんでも圧倒的すぎるだろ……」

「然り、申し訳ありませぬが、ロウ殿を欠いた今の我では太刀打ちできませぬ」

 これ以上はありえないと考えたくらいに固めたロウを鎧袖一触にする圧倒的攻撃力。理不尽なまでの結果に自然と口から悲嘆がこぼれる。

 

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Scaled Wurm / 甲鱗のワーム (7)(緑)

クリーチャー — ワーム(Wurm)

 

7/6

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【甲鱗のワーム】はパワーとタフネスがそれぞれ7/6であるクリーチャーである、以上。

カード単体の説明としては、わずか一文で事足りるだけの、『ただの』クリーチャーだ。あえて注目する点はパワー/タフネスが高い数値が割り振られている事と、莫大なマナコストが設定されているという事だろうか。だが今はその点が圧倒的な脅威として俺達に襲いかかってきている。

 既に説明した事だが、クリーチャー同士の戦いは、パワー/タフネスの数値を比べることで勝敗が決まる。この時、もし圧倒的に大きな数値が割り振られたクリーチャーと極小の数値が割り振られたクリーチャーが戦った場合どうなるだろうか。結果は当然、圧倒的数値が割り振られたクリーチャーが、極小値のクリーチャーを殺戮して終了である。極小値のクリーチャーは圧倒的数値のクリーチャーにダメージを与えはするが、受ける側にとってはダメージが自らのタフネスに達しない限りは何の意味もない。ちっぽけな一人の人間が戦車に立ち向かった所で何の意味もないという事だ。戦車の表面にはひっかき傷くらいはつけることはできるかもしれないが……

 俺が連れていた戦力はヴァンとロウの2体のクリーチャーだ。このうち、ロウには【神聖なる好意】をエンチャントしていたため、ロウのパワー/タフネスは4/6。ヴァンは【天上の鎧】の効果により、パワー/タフネスに+2/+2の修正が施されているため、4/3だった。(俺がコントロールする場に出ているエンチャント1つにつき+1/+1の修正。すなわち、【神聖なる好意】、【天上の鎧】の2つにより+2/+2の修正となる)

 そう。俺のロウのパワー/タフネスでは、【甲鱗のワーム】を倒すことができないのだ。封印石に向かう道すがらでは、4/6で十分であったと考えていたが、完全に予想が外れてしまった。クリーチャーは倒されてしまうと、墓地へ置かれる事となり、プレイ中のゲームでは再利用することはできない。さらに悪いことに、倒されたクリーチャーに付与されていたエンチャントも同様に墓地に置かれる事となる。俺の場合だと、このルールはヴァンに悪影響を及ぼす事となる。俺のコントロールしているエンチャントも1つに減る事となり、ヴァンのパワーとタフネスは3/2へと弱体化してしまうのだ。ヴァンには『先制攻撃』が備わっているが、これは相手を倒し切るパワーがあって初めてアドバンテージが生まれる能力だ。【甲鱗のワーム】の前では、象に挑むアリが如く、プチっと踏みつぶされて終了だろう。俺の内の《声》で使えるものはもうほとんど残っていない。もしも、3マナ使う事が出来れば……

 

「―ウズ。――おい、そこの黒髪のボウズ!!」

 

大きな声をかけられて、俺が呼ばれている事に気づく。なんと、トートが俺に声をかけてきたのだ。

 

「オマエ、どうやらこの『蛇神』を知っているようだな。何を知っている?』

 

俺とヴァンの会話が聞こえていたのだろうか、トートに思わせぶりな所を感づかれたようだ。ザーナ司祭を殺されて憎い相手ではあるが、それでも殺人鬼なぞに注目されるのは真っ平御免だ。

 

「な、何のことやら……」

「とぼけるなっ! お前が《流星の魔物》に憑りつかれても平気だという事、輝石も持っていないこと、我々やそこの『実験体』のように『呪われている』訳ではないことは分かっている。なのに、何故かお前は、横の騎士のような『守護者』を呼び出したり、強化呪文を唱えていた。お前は一体何だ? この輝石ではない『力』の何を知っている?」

 

何から何までお見通しらしい。次から次へと、隠したい事を掘り返されてしまい、図星のせいか、心臓がバクバクいって緊張状態が全く解けない。最早、どう返したらいいのかわからず、自然と顔が騎士達の方へ向いてしまう。

 

「っへ、おまえらにゃあ話す事は何もねぇよ、大人しく俺に切り捨てられな!」

 

地面に落ちた剣を拾い上げて、ラルフさんが反骨精神旺盛に堂々とトートに言い返す。

 

「ほう? さっきは『蛇神』の攻撃をかわすのにいっぱいだった口が何をほざいている」

 

トートは余裕を崩さず、返す口でラルフさんを挑発する。

 

「るっせい! こうなりゃアレやるしかねぇな…… おやっさん。30セカンでいい、時間を稼いでくれ」

「おまっ、あんな化け物相手に無茶言うな!」

「おやっさんの『アレ』ならしのげるだろ?」

「たが、あんな大きなやつ相手には……ああああっ、ちくしょう、後で覚えてろ。ドミトリ、あと、特にワタル! 後ろに下がってろ」

 

《内なる声》に少し集中し、呪文を唱えたタイミングでちょうど声がかかったので、促されるまま後方に下がる。ヴァンが前出てくれて俺をかばう。攻撃を分散させるためなのか、ドミトリが俺とは反対に下がった。その前にラルフさん、隊長と、並ぶ形になった。ワームは左手奥の方へ大きく回りこんで、再び大きな頭を持ち上げている。相変わらずの大きさに、こんな陣形など簡単に吹き飛ばされてしまいそうに思えてしまう。だが、計算通りなら……

 

「隊長。ヴァンもヤツを防ぐのに協力します」

「るせぇ、余計なやつに前に出られると術に集中できない」

「ゴチャゴチャうるさい。さっさと死ね」

 

トートは俺達の陣形を待つことも無く、攻撃を仕掛けてきた。トートの声に合わせて、ワームが突っ込んでくる。それとあわせるように、隊長は後ろも振り返らず一直線にワームの真正面へと躍り出ていく。一体何をするつもりなのか、驚きが疑問に変わらないうちに、盾を前にかざして大きく叫んだ。

 

「其は大いなる大地の護り!!」

 

隊長の体全体が一瞬まばゆく輝く。その光景は、ラルフさんが輝石の力を行使するときに似ていた。違う点は、輝きが隊長の体全体にわたっていて、より今の方が強烈な印象を受ける点だろうか。一瞬の後、ワームが口を大きく開けて、隊長の付近丸ごと噛み千切るかのように突っ込んでくる! 瞬間、轟音が大きく響き渡る。自動車事故のような、ものがつぶれるような音ではなく、甲高いキイイインというような不思議な音がした。なんと、隊長はワームの突進をその身一つで食い止めていたのだ! 

 

「クゥォォォォ」

 

隊長は盾を突き出して、苦悶の声を漏らして耐えている。隊長の姿を中心に、大きな岩が幻影のようにまとわりついている。浄化の儀式の時にヴァンに唱えた【蜘蛛の陰影】のような光景だ。まるで、隊長が大きな一枚岩と化しているかのような光景である。ワームは岩の幻影を咥えるようにして、押しとどめられている。

 

「隊長、すげぇぇ」

「隊長の十八番、『巨岩の護り』。『鉄壁』の二つ名は伊達じゃないよ。……でも」

 

いつのまにやら、ドミトリが俺の横に来ていた。彼の解説のおかげで、隊長が輝石の力でワームの攻撃を防いでいる事までは理解できた。だが、彼の言葉尻があまり好ましくないように聞こえる。

 

「でも……何?」

「あの『巨岩の護り』でもってしても、抑えきれてない。こんな事は初めてだ」

 

隊長を見ると、徐々にだが俺達の方へ追いやられているように見える。足元も無理やり押されているせいか、地面をすった跡が見られる。

 

「くそっ、このままじゃ持たねぇ。ラルフ! まだかっ?」

「まだだ。ふんばってくれ」

 

隊長とラルフさんがやり取りしている間に、巨岩の幻影に変化があらわれた。まるで、風化を早送りで見ているかのように、外側から砂へボロボロ崩れだしたのだ。幻影が崩れるのにあわせて、ワームが徐々に俺達の方にせまり、間があったはずのラルフさんがいる所まで、押し込まれていた。このままでは不味いのは明らかだ。

 

「ヴァン」

「御意」

 

彼も自分に起きた変化を自覚しているのか、一言で俺の言いたいことを理解してくれた。ヴァンは未だ『溜め』をしているラルフさんを追い抜いて、ワームの方へ突っ込んでいく。

 

「んなっ、おまえ何やってん――」

「なんっ? うぉっ!!」

 

パキィィンと甲高い音が鳴り響いて、隊長の周辺に光が散った。隊長の防御がついに打ち破られたのだ。隊長は防御を破られた反動なのか、俺達の方へおおきくふきとばされて、俺の近くまで飛んできた。

 

「隊長!?」

 

ドミトリが隊長の様子を見に伺う。しかし、ワームの奥からトートの声がきこえてくる。

 

「蛇神の攻撃をしのいだのは見事だ。流石は隊長殿といった所か、だが此処までだ。死ね」

 

トートからの最後の宣告だ。ワームは一度、頭を引いて、矢をつがえた弓のように全身を引き締めるように動く。もう俺達を守ってくれる存在はどこにもいない。

 

「くそ、まだ、たんねぇってのに」

 

ラルフさんの嘆きもむなしく、今度こそワームが突っ込んでくる。

 

だが、大質量の突進を阻む存在がまだ一人だけ残っていた。剣を縦に構え、すべてを受け止めるかのように堂々と立つ騎士。そう、ヴァンだ。

 

「はぁ?!」

 

トートから彼らしくもない、すっとんきょうな驚きの声が上がる。今、この出来事をけしかけた本人である俺でさえ、声を漏らしそうにな奇妙なことが起きたのだ。

 

 ヴァンがワームの攻撃を食い止めている。表現すればそれだけの事なのだが、奇妙なのは、ヴァンは剣を構えたその場所から一歩も動いていないという点だ。勢いよくぶつかられたら、多少なりとも勢いに押されて、よろけるなり、後ずさるなりするのだろうが、そんな様子は一切ないのだ。ワームの動きは、紐で繋がれた番犬のように、ヴァンを前にして、ぴったりと止まってしまっていた。俺からはヴァンの後ろ姿しか見えないが、彼の回りに、時折光がまとわりついているのが見えた。その光は時折緑色に輝き、彼の前方で円を描くように回っている。

 まずは狙い通りといったところか。予想以上の光景をもたらしてくれた呪文に感謝しながら、思わず口の端がつりあがる。

 

******************************************

 

Flickering Ward / ちらつき護法印 (白)

エンチャント — オーラ(Aura)

ちらつき護法印が戦場に出るに際し、色を1色選ぶ。

エンチャントされているクリーチャーは、選ばれた色に対するプロテクションを持つ。この効果はちらつき護法印を取り除かない。

(白):ちらつき護法印をオーナーの手札に戻す。

 

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俺がヴァンに唱えた呪文は任意の色の『プロテクション』を対象に与える呪文だ。プロテクションについては、その能力を持っていたであろう魔物が教会前の攻防騎士達を相手に暴れまわっていた。そいつはプロテクション(赤)を有していた可能性があった。その理由として、その魔物に対しては炎の攻撃が一切通じなかったことが挙げられる。プロテクションは特定の発生源からのダメージを一切無効化してしまう。今回ヴァンに対して、あのワームからの攻撃が無効化するような色を指定して、呪文をかけたのだ。大抵、プロテクションは色で指定されることが殆どである。ワームの色は、俺も扱える『緑』だ。結果はご覧のとおりで効果てきめんだ。なんとかこれであのワームの攻撃を抑えることができるようだ。

 

「ラルフさん!」

 

誰もが物理法則を無視した光景にあっけをとられていて、ラルフさんもその例にもれていなかったようだ。俺の声掛けに我を忘れていたことに気づいたようだ。

 

「あ、お……おう。もう十分だぜ」

 

そして、左手を前に突き出した。その姿は、《魔狼》に襲われた時に見た彼の姿と酷似していた。ワームに襲われたせいで乱れた衣服からは腕がさらけ出されていて、そこには装飾が施された輝石の腕輪がされている。あの時と同じように、輝石は輝いた。だが、その煌めきはあの時よりも一層激しく、眩いほどだ。

 

「蛇野郎……とっておきのだからなぁ」

 

ラルフさんから、圧力のようなものが周りに広がった。流石に昨日の魔力振動ほどではないが、それでも人である存在からその波動が発せられている事に思わず心の奥底がわずかに震撼する。左手を突き出したあとは、その手を左手下段に振りかぶった剣に持っていき、両手の構えを取る。

 

「ヴァン、下がれぇぇぇ」

「承知」

 

ヴァンがラルフさんに声を張り上げる。なんとなしに彼を名前でちゃんと呼ぶのは今回が初めてな気がするが、そんな事は些事に過ぎないだろう。

ヴァンは涼しい顔でワームを食い止めていた剣を一払いした。驚くべきことに、ワームはそんな軽いしぐさでさえ体勢を崩された。その隙に大きなバックステップでラルフさんよりも後ろに下がってくる。

 

ラルフさんはそれを見計らってワームに処断を告げる。

 

「これで終わりだ。喰らいな」

 

彼の握る剣が白い光に包まれる。教会前の広場で【強打者】を屠った時と同じだ。あの時と同じ技でワームを倒すつもりなのだろうか。しかし、教会前ではグレーの攻撃と組み合わせて【強打者】を倒していた。あれ単体だけでは攻撃力が不足はしないのだろうか?

 

 俺の懸念は直後に解消される事となった。続けてラルフさんが剣を振りかぶりながら大声で叫ぶ。

 

「【巨大化】ァ!」

 

それは、2日前に狼を倒す、否、俺がマジックの能力に目覚めるきっかけとなった呪文。あの時はグレーが対象であったが、今回はグレーはどこにもいない。変化はラルフさんの振りかぶる剣に現れだした。もともと、何らかの輝石の力の行使なのか、彼の剣は白いオーラに包まれていたが、それ自体が一瞬のうちに大きくなったのだ。教会前で空中にいる敵を切った時は、剣の先の切っ先が伸びて行ったが、今回は剣を覆う光自体が太く、まるで風船を膨らませるかのように膨張していく。小さな芽から雄大な大木にまたがる雄大な木の成長を、一瞬の内に見せつけられてるようだった。ワームにその光の刃が当たるころには、刃そのもの大きさはワームに迫るほどまでになっていた。

 

《巨人の一薙ぎ》

 

ワームはその身に等しい大きさの、巨大な輝く剣に両断された。

 




細々とまだ生き残ってます。
前書きは第5版の甲鱗のワームのフレイバーテキストです。
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