Plains Walker -次元世界遊歩道中-   作:sasandra

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021:氷河期の災厄 その2

 ラルフさんの大技は、その超弩級な見た目とは異なり、最初は驚くほど静かだった。彼が腕を振り切ったあと、衝撃がまわりに一気に駆け抜け、轟音があたりに響く。

 白き巨大な刃が通り過ぎた後は、『一直線に切られている』というよりかは、『軌道上にあるものを削り取っていった』という方が正しい表現だと思えるように、何もかもが一直線に消え失せていた。軌道上にあった木はどれほど太くても、元の姿を有し続けているものは無く、剣が振りかぶられた軌道上にある地面には、一直線に割れ目が穿たれている。余波で風が吹き抜けるとともに、木々がバラバラとあたりに落ちてきた。

 

これほどの威力がある技ならば。だが……

 

「マジかよ……」

 

 思わず俺の口から言葉が漏れ出る。ラルフさんの姿勢や周りの荒れ具合から見るに、ラルフさんはあの刃を『振り切った』はずだ。だが、【ワーム】はあの刃を食らっていたにも関わらず、以前の巨大な姿のままであり続けていたのだ。

 

「GYUOOOAAA!!」

 

 まるで平気だというように【ワーム】が咆哮する。だが、異変は既に【ワーム】自身にも起こっていた。頭部よりも少し下のあたり、刃の通ったであろう部分がごっそりと削げ落ちていたのだ。体の内部が見え、血が勢いよく噴き出している。白い部分は骨なのだろうか、象牙以上に太い棒状のものが突き出ていた。

 

「GAAAAAA!」

 

 【ワーム】は自分にされた事に今気付いたらしく、苦悶の声を上げながら、胴体を激しくうねり始めた。大きい咆哮をあげ、回りの木々を巻き倒しながら激しくのたうちまわっている。頭部のは陸上に上げられた魚のように口をパクパクと動かしている。バタバタと胴体の暴れ具合が徐々に激しくなる中、この光景を巻き起こした張本人――ラルフさんは、【ワーム】の目の前でがっくりとうなだれてしまって全く動くそぶりもしなかった。

 

「ガッハ、グホっ……クソ…」

「ラルフ殿」

 

 ヴァンがラルフさんの様子を疑問に思い、彼に近づく。

 

「ラルフ殿! その血は!?」

「うるせぇ……どうってことねェよ。それよりヤツは?」

 

 彼はヴァンに気づいて、苦しげに声をあげた。ヴァンを見上げるラルフさんの口の端には、血が垂れたあとが見えた。吐血でもしたかのようだ。ラルフさんの事も気になるが、【ワーム】は一層激しく暴れだす。このままだと彼が巻き込まれてしまう。

 

「ラルフ殿、この場は危険だ。急ぎ、主たちの元へ下がるぞ」

「ああ……」

 

 ラルフさんはゆっくりと立ち上がる。技を放つ前と比べて、少し弱っているようにも見える。ヴァンはラルフさんが満足に身動きができないことを看破すると、ラルフさんに肩かし、彼を補助する。ラルフさんとヴァンは、ヴァンがラルフさんを引きずるようにして、俺達の方に戻ってきた。

 

「二人とも大丈夫?」

「我は大丈夫です。ですが、ラルフ殿が衰弱してるようです」

「ッケ。こんなん、そのうちすぐ直るさ」

 

 彼らが近づいてくるのと同時に、隊長とドミトリも俺達のところに集まってくる。隊長は吹き飛ばされはしたが、無事の様だった。

 

「みんな、無事か?」

「ラルフさん以外は、それであのワームは……?」

「攻撃は効いたようだが、倒しきれなかったか」

 

 隊長の視線の先には【ワーム】がじたばたしていたが、ラルフさんが与えたはずの大きな傷口がもう塞がりはじめていた。アルン村教会内で見た【ロクソドンの強打者】と同じ光景だ。この点、『災厄の流星』の魔物と、あの【ワーム】は同じ性質を持っている事がわかる。ザーナ司祭の話では、【ワーム】は遥か昔に封印された魔物であるということだったが、もしかすると【ワーム】も『災厄の流星』のように空から降って表れたのかもしれない。

 

 だが、そんなことは今はどうでも良い事だ。今は目の前の【ワーム】を排除することが最優先である。ヴァンにかけた【うつろう護訪印】の効果は狙い通りに【ワーム】の攻撃を防いではくれたが、このままでは千日手、いや、そのうちに均衡は崩れ去ってしまうだろう。これがマジックのゲームだったならば、『プロテクション(緑)』を有する、自分の防御クリーチャー1体と、相手側の『緑クリーチャー』1体で、相手側の攻撃を完封することができる。しかし、今の目の前の戦いは現実に起きているのである。相手側がこの状況に手をこまねいて何もしない保証はどこにもないのだ。

 

 ベストな手としては、ダメージが通った【ワーム】にとどめをさすことだが……ってしまった!? 今になって、この一時一時が、【ワーム】にとどめをさす絶好のチャンスだという事に気づく。急いでヴァンに指示を……と、思った束の間だった、ゾワリという、あの感覚がしたと思ったら、今度はラルフさんに続き、ヴァンが突然地に倒れ伏したのだった。

 

「お、おい!? ヴァン」

「グ、グァアアアアアアアア」

 

 ヴァンは突然、頭を抱えだして絶叫しだした。その声や、少し先で傷のせいで暴れまわる【ワーム】が起こす騒音を掻き消すほどだ。ヴァンは頭を抱えて叫びながら、【ワーム】と同じように地をごろごろと暴れまわっている。

 

「おい、一体どうしたんだ」

「だめだ、力が強すぎて抑えられないよっ……うわっ」

 

 隊長やドミトリがヴァンを押さえつけようとするが、エンチャント2つで強化されたヴァンの力にかなわないせいか、2人ともヴァンに手を取り払われて、押さえつけることができなかった。

 

「あ、ああああっある、あるじぃぃぃ……」

 

 ヴァンは俺を幻視しているのか、木々が茂る空を見上げて、手を伸ばしている。たまらず、ヴァンに駆け寄り彼の手を取る。

 

「おい、おいっヴァン。大丈夫か!?」

「うううううううぅぅ」

 

 幸い、ヴァンは俺の手をはねのけることなく、ぎゅっと握り返してくるが、徐々に言葉が弱々しくなってきた。ヴァンの顔は汗にまみれ、顔色が悪いというのも控えめなほど、顔面が蒼白になっている。目は白目になりかけており、どこを見ているのかはわからない。何が原因でこうなったかはわからないが、発作のようなものを起こしているのは確かだ。突然のヴァンの豹変に意識を割かれた俺たち4人に、【ワーム】の背後から声がかかる。

 

「小僧。先ほどその貧弱な『守護者』にかけた呪文は一体何だ? あのような効果を与える呪文は見たことがない」

 

 【ワーム】が傷つけられたというのに、起こったことなど全く気にもせず、トートは冷徹に質問を投げかけてくる。にゃろうめ、それはこっちのセリフだっての。

 

「うるさい! んなことより、お前らこそ一体ヴァンに何しやがった!」

「質問をしているのはこちらだ。小僧、その守護者に何をした。最も、その守護者も直に死ぬだろうがな……クククッ」

 

 ヤツらがヴァンに何かをやったという事は、トートの発言からは明らかだ。

 

「あるじっ、あるじっ、あるじっ」

 

 再びヴァンを見ると、頭を掻きむしった後なのか、頭部から血が流れていた。ヴァンは小さく胴体を丸め、右手を頭に添えて怯えながらも、現実を見ていない視線は空の方向を向いている。左手は、誰かの助けを求めるのかのように、小刻み震えながら、誰かの手を取ろうと必死に宙をかいている。そのあまりに弱々しい姿は、今まので堂々としていて忠実なヴァンの姿を見てきた俺を打ちのめすには、十分な惨状だった。

 

 ふいに、頭の中に今のヴァンと同じような光景が浮かびがる。何かに打ちのめされたかのように弱弱しい姿で、こちらを見返すこの姿は……

 

「あっ……ああああ!」

 

 この野郎! 俺のヴァンになんてことを。傷がふさがりかけている【ワーム】を超えて、台座の上に余裕をもってたたずむトートをにらむ。

 

「おまえら! ヴァンに【恐怖】をかけやがったな!」

 

 トートは俺の言葉に、口の端をニタリと釣り上げて応じるだけだった。

 

*******************************************

恐怖/Terror (1)(黒)

 

インスタント

アーティファクトでも黒でもないクリーチャー1体を対象とし、それを破壊する。それは再生できない。

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 【恐怖】の呪文。

 

 その効果はいたって単純。端的に言うと、場に出ているクリーチャーを破壊する力をもっている。

 

 黒やアーティファクトに分類されるクリーチャーに対して通用しないが、耐性を持たないクリーチャーならば、これ1枚唱えられたら即お陀仏である。おまけに、それほどコストもかからないという、どのデッキにも入りうる万能カードともいえるような代物だ。シンプルがゆえに、この【恐怖】の効果と同じような呪文はマジックには腐るほど存在する。そのことからも伺えるように、マジックにおいては、場に出ているクリーチャーというものは、それほど価値のある物としては扱われていない。【恐怖】のようなカードがありふれている環境なのだから、必然的にそうなってしまうのだ。【恐怖】で破壊されたクリーチャーは墓地に置かれ、実質的に『死んだ』と同然の扱いを受ける。通常は墓地で置かれたカードは再使用することはできない。一番痛いところは、俺のデッキにとっては、この手の呪文は天敵といってもいいところにある。その理由は、破壊されたクリーチャーにかけられたエンチャントも同様に墓地に置かれてしまう点にある。そう、せっかくコツコツ強化してきたパワーアップが1回で水の泡となってしまうのだ。エンチャント呪文の利点は【巨大化】と違って永続的に強化ができる点だが、クリーチャー自体をピンポイントで破壊してしまう呪文にはめっぽう弱いのだ。

 

まずい。

 

 徐々にラルフさん以上に衰弱していくヴァンを看取りながら、俺の脳裏にはその考えだけに占められた。ヴァンにつけた【うつろう護訪印】で【ワーム】の攻撃をいなしつつ、時間稼ぎに徹し、ヴァンをさらにエンチャントで強化することで【ワーム】を打破しようとしていた作戦が根底から覆された。このままでは、【ワーム】を倒すもおろか、次の攻撃で俺たちは【ワーム】の圧倒的質量で肉のミンチになってしまう。隊長も【ワーム】には防御呪文で対抗していたが、それが通用しないのは、ヴァンが割り込む前の事を思い返せば明らかなことである。

 

 ヴァンはもはや何も言葉を発しなくなり、やがて体が一瞬白色に輝き、光の粒子の集まりとなって、空中に散っていた。グレーがやられた時と同じだった。

 

「まずい、まずい、まずい……」

「おい、ワタル。 大丈夫か」

 

 頭の中の考えがいつの間にやら口から洩れていたらしい。ラルフさんが俺を心配してくれるが、トートから最終宣告が告げられる。

 

「クックック。ご名答。何故、この呪文の名前まで知ってるのかは気になるが、まあいい。後でゆっくりと尋問するだけだ。さて、どうやら、その守護者が要だったようだな。これで『蛇神』を防げる者はいなくなったというわけだ。そろそろ、傷も治りきったようだ…… ブレダン」

「やれやれ、そろそろ飽きてきたところだ。今度こそ、やれ」

 

 ブレダンは、俺の絶望など斟酌するはずもなく、躊躇なく【ワーム】に命令を下す。

 

「くそがぁ!」

 

アルバート隊長が前に駆け出し、盾をかざす。

 

「其は大いなる大地の護り!!っ……」

 

 前回と同じように、隊長がかざした盾から光が溢れ出した。隊長があの防御魔法を展開したのだ。詠唱の後半は、幻影が現出する際の音で聞こえなかった。

 【ワーム】が突っ込んでくるタイミングと盾が一際輝くのが一致し、目がくらんで何が起きたか一瞬、判別がつかなくなる。すぐに聞こえるのは、聞いたこともないような何かが飛び散る音と、【ワーム】の苦悶の声だ。

 

「何っ!」

 

 意外な声を上げたのは、トートかブレダンどちらかだったか。隊長が【ワーム】の攻撃を呪文で防いだのだが、今回は現出している岩の幻影の形が前回とは大分違っていた。前は、川の上流にあるような、全体として丸まっている大きい岩のような形をしていたのだが、今回は、大きく前方に尖った形状をしていたのだ。【ワーム】は針状の巨岩に自ら突進する事となり、半透明の岩の幻影に口を貫かれていた。

 

「GUOOOOOO!!」

 

 【ワーム】は思いもしない獲物の反撃から脱しようと、大きな胴体を後方にずらし始める。

 

「逃がすかよ。其は大いなる大地の御力!」

 

 隊長が叫ぶと、また一際盾が輝き、尖った岩に変化が現れる。【ワーム】の頭部の内側から、何かが突き上げてきて、次々と【ワーム】の鱗を突き破って出てくる。

 

「GYAAAAAA!!」

 

 【ワーム】はさらなる痛覚に絶叫する。【ワーム】の頭部のあちこちから突き破って出てきたのは、岩の棘だ。隊長は【ワーム】を貫いている、巨大な槍のような岩の形状を変化させて、針状に変化させたのだ。【ワーム】の内部は柔らかいのか、かなりの数の岩の針が鱗を突き抜けていて、結果的に【ワーム】は岩の槍に固定されてしまった。エグイ事に、隊長が変化させる前は、芯となる岩の先端はとがっていたのに、今はかえしがついた形をしている。何が何でも離すまいとする隊長の覚悟が現れているかのようだった。

 通常の生物であれば、これだけ頭部を刺し貫いたから死んでもおかしくないのだが、【ワーム】は『災厄の流星』の魔物故か、まだ生きているようだ。苦悶しながらも、胴体をあっちこっちにクネクネとばたつかせている。

 

「ドミトリ! ワタルとラルフを連れて、結界石の外に出ろ」

「えっ、隊長はどうするの?」

「俺は、コイツを抑えておく。お前は、外に出たら、ここの封印を閉じるんだ」

 

 それだけ聞けば、隊長の意図は明らかだった。前回、この祭壇に来たとき、封印石の内側にいたまま封印されてしまった場合、封印が解かれない限りは二度と外に出ることができないとラルフさんから聞いた。【ワーム】やトート達ごと自分も道連れに封印されようという事だ。

ドミトリも、隊長の意図を察したらしく、一瞬表情が歪んだが、すぐに返事を出す。

 

「……了解っ。 急いで。ワタルはラルフさんの肩を貸してあげて」

「わかった……」

 

 ドミトリの一瞬の表情の変化を見てしまっては、俺がとやかく言う余地はないだろう。ラルフさんの元へ近づき、屈んで腕を回す。

 

「おまっ。おやっさんを、おいていけるかよ」

「ラルフ、これしか方法がねぇ。ゴチャゴチャ言ってねぇでさっさと行けっ」

「うるせぇ、俺がソイツをたたっ切ってやるから問題ねぇ」

「馬鹿野郎! そんなヘロヘロな状態でできるわけねぇだろうが。いいから行けぇぇ!!」

 

 最後の言葉は俺達に懇願するような悲痛な叫びだった。ラルフさんは、その言葉を聞いて、茫然としてしまったようだったが、うつむいてしまった。そして、うつむいたまま「行くぞ」とだけポツリと言葉を漏らす。

 その言葉を聞いて、俺はドミトリと目線を合わせる。彼は頷き返してくる。そして、ドミトリと俺とでラルフさんに肩を貸して立ち上がり、結界石の封印へ歩き出す。

 

「っち。させると思うのか」

 

 だが、トートやブレダン達が、俺達の行為を黙って見過ごすはずもなく、ゾワリとあの感覚がした。

 

 俺達の目の前の空間に緑色の穴が開き、次第に丸い球体が形づくられていく。現れたのは、アルン村教会前広場で見た、あの【狼】だ。

 

「っく、現れよ!」

 

 ドミトリは、開いている手を地面へ向け、呪文を発動させる。地面に円形の光る魔法陣のような図形が描かれ、渦巻くように光が上空へ向かって放出される。光の粒子で形造られて現れたのは、これまたアルン村でドミトリが召喚していた、中身ががらんどうの『鎧』だった。

 

「行けっ」

 

 鎧はドミトリの指示を受けて、狼に音も立てずに向かっていく。教会前では、鎧は狼を一方的にボコっていたので、十分対抗できるだろう。しかし……

 

「あの狼は倒されても復活してくるぞ」

「わかってる。今度は手加減をする」

 

 ドミトリも、一度体験した教会前の出来事から学習しており、すぐさま返答が返ってきた。ラルフさんに肩を貸しつつ進んでいるので、歩みは早いとは言えないが、進行を妨げるものはいない。

 

「っち、させるかと言ってるんだ!」

「うおおおおおおおおおおお」

 

 トートの毒づきの後に、隊長の雄叫びが響きわたる。続けて、バゴンッというような大きな轟音が発生した。俺達の立つ地面が大きく振動し、大きな縦揺れが一回だけ起きた。その勢いや、俺、ドミトリ、ラルフさんの3人一組の俺達が一瞬、空中に持ち上げられるほどだった。何が起きたのかと、進みつつ後ろを見やると、なんと、視界いっぱいを横断する岩壁が、【ワーム】を貫く針の両脇に出現していたのだ。明らかに隊長が出現させたのがうかがわれる。

 

「行こう、隊長がヤツラを抑えている間に!」

 

 ドミトリが、状況を察したのか俺に声をかけてくる。幸い、トート達から見て、視界が遮られてるおかげか、追撃のクリーチャーが現れてくる様子はない。今は結界石の外へ急ぐのみである。しかし、ある程度進んでから、隊長のふんばりもむなしく、追撃の知らせがラルフさんから発せられる。

 

「くそ、後ろだ。岩の上から、何かがくるぞ」

 

 再び後方に目をやると、何か白い靄のようなものが2つ、岩壁を乗り越えてこちらへ向かってくる。その靄のようなものは、こちらに近づいてくるにつれて、何かの形を取り始めた。薄く広がっていた靄が次第に収縮し始め、やがて四肢を形作りだす。その変化はヴァンの召喚の時の光景に似ている。しかし、目の前の靄の変化は、頭部が大きくいびつな形をとる点で異なっていた。こちらを憎々しげに見る怒りの表情が顔に表れ、その上にはソイツの怒りの激しさが現実に形を伴なって現れたかのような異形の角が生えていた。はっきりと認識できる変化は頭部のみであり、それ以外の要素は辛うじて手足が形作られているかどうかという程度だった。全体的に白く靄がかっていて、霧や雲といった気体から構成された化け物であるという事はなんとなく察せられる様相だ。この、人間にホラー要素を足して、幾ばくか常識を外して成型したかのような霧人間は、一直線に俺達に向かってきた。

 

「このままじゃ追いつかれる」

「ちくしょう…… おい、下せ。あいつらを迎撃する……」

「ラルフさん、大丈夫なんですか」

「さっきよりかは多少ましだ。だが、せいぜい一発がいいところだ。おい、ネクラ、お前もあいつらを何とかする方法はないか?」

「宙にいる相手だと『魔力の矢』しか届かない。せめて、今、狼を抑えている『守護者』をそっちに回せれば……」

「あの狼を抑えられればいいんだな?」

「うん、もしかしてまだ『守護者』が?」

「ああ、だけど、事態を打開するほど強力じゃないんだけど」

 

 今しがたつながりが戻ったばかりのラインを通じて、緑マナと白マナを手繰り寄せる。もう片手で数えるほどになってしまった《声》の中から、1つをひっぱりあげる。

 ヴァンと同じように白い球形の『穴』が、俺の念じた箇所に発生する。変化はヴァンと同じく、次第に白い球形は人の形を取り始める。人間の形をとっているが、ヴァンと比べると、背は彼よりもさらに大きく、体もがっしりと厚みがある体格を形づくり始めた。彼が現れている場所は俺達から少し離れているから、まだ実感が伴わないが、きっと目の前にしたら、見上げるほどの大きな体格なのだろう。ヴァンは防具を身に着けていたが、現れたクリーチャーは、下半身を覆い隠す布のようなものを纏っているだけで、上半身はむき出しで何もつけていない。下半身のそれは古代ギリシア人が身に着けていた『トーガ』と言われるもののようだった。一方、筋骨隆々とした胸板は、それそのものが自然に出来上がった防具だと言われてしまえば納得してしまうほどに立派なものだった。肩から両端に下がる腕、拳は大きな胴体から想像できる期待通りの立派なものだ。短めの頭髪をしていて、アジア系人種を思わせるヴァンと比べて、茶色に染まっているのはヨーロッパ系白人を思わせる。その表情は劣勢に追いやられている俺達にしてみれば、正気なのかと疑ってしまうほど威風堂々、そして自信に満ち溢れており、その存在を見るだけで、何とかなってしまうのではないかと見るものを圧倒してしまうほどだ。

 彼は、すっくと大地に太い両足をつけると、その全身を上に向け、まるで大空すべてを抱え込もうとしてるかのように、両手を広げた。そして――

 

「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 雄叫びをあげた。

 

 空気の振動が俺達に伝わり、ビリビリする。雄叫びの後、彼は何事もなかったかのように、のしのしと俺達の前に来て、ひざまずいた。

 

「マスター。要請に応じ【イロアスの英雄】、今ここに見参! 俺の拳を打ち据えるべき敵はどこだ?」

 

 これまた、お似合いなハスキーボイスで俺に告げた。

 

「こいつは、まぁ……」

 

 何と言っていいのやら。俺のクリーチャー召喚の光景は、ヴァン、ロウと2回は見てきたのである程度は慣れてきたつもりだったが、こいつの登場は一際強烈だ。ヴァンの俺を主を仰ぐ時の光景をしのいでダントツで俺の記憶に焼き付いてしまった。ヴァンは無骨な武人という、長き戦場の果てで研ぎ澄まされた、いぶし銀的な印象を受けるのだが、目の前のコイツは身に纏う覇気からして、ヴァンのそれとは根本的に違っているようだ。それは、名乗りを上げたようにまさに『英雄』と言った所か。それにしても、コイツ、見たまんま某ギリシア神話のガタいの良い脳筋英雄様のイメージそのままなのだ。

 

「オイ、ワタル、そいつ大丈夫なのか」

 

 半ば俺が面白がって、黙っていると、横から多少引きぎみなラルフさんが問いかけてくる。

 

「急いで」

 

 ドミトリが焦った声で促してくる。もう霧の化け物との距離は当初の半分以下になるほどに近寄られている。外れの方へ狼を追いやっているドミトリの鎧守護者を探しながら、目の前の『英雄』に命令する。

 

「はりきってるとこ悪いが、あの鎧の代わりに狼を押さえてくれないか? 狼は倒しても復活してしまうから、手加減するように」

 

 俺の言葉を聞いた英雄は、明らかにがっかりした表情をした。

 

「なんだ、つまらん。あの大蛇とは闘えないのか」

 

 こいつは、バトルジャンキー気質な所がある、と心のメモに付けたしつつも、さっさと行かせる事とする。

 

「もうほとんど、呪文を使っちゃったから無理。頼むから早く……」

「仕方がない」

 

 英雄は登場時の時と比べて明らかにテンションがた落ちで、そそくさと狼の所へ向かっていく。しかし、すぐに俺の方を振り返った。

 

「マスター。俺に名前をつけてくれないか?」

「えっ」

「【先兵】や【番狼】にはつけていただろう?」

 

 突然振られても、そうやすやす出てくるものではない。しかし、ヴァンやロウに名前を付けてやった手前、コイツの言う事も正当な要求だと思う。

だが、どうしたもんか、ヴァンやロウの時は結構単純に名前をつけたしな。ここは……

 

「ヘラ――いや、待てよ」

 

 流石にそのまますぎるか。ならば、ここは、後ろの方を取って……

 

「『クレス』。おまえの名前はクレスだ」

「さっきの『ヘラ』というのは?」

「それは気にするな! いいから、もう行け!」

「気になるがまぁいいか。ウオオオオオオ!」

 

 またもや『クレス』は雄叫びを上げて、狼の方へつっこんでいく。狼は外野から大きな声を浴びせられて、体がビクリとのけぞった。狼は倒されない限りはパワー、タフネスは1/1ずつなので、2/2のクレスには余裕の相手だろう。今になって召喚したクレスには、実は俺にとって有利に働く特殊能力が複数あるが、今回は使う機会に恵まれなかった。もっと落ち着いて戦いに臨む時間があったのなら、いの一番に召喚するのだが、アルン村の時の状況では即戦力を必要としていたので仕方がない。

 

 ドミトリはクレスが、狼を押さえつけるのを見計らって、鎧の守護者をを空へ転じさせた。この鎧、当然だが、ある程度空も自由に行き来できるようだ。アルン村の攻防の時から、地面の上にふわふわ浮いていたので、普通の事ではあるが……。

 鎧は、まるで上からロープでつられているかのように、ふわりと霧の化け物を迎え撃ちに行く。ラルフさんは、片膝立ちで座り直し、剣を右手で持ったまま、地面に寝かせて置き、少し溜めてから振り抜いた。

 ラルフさんが振り抜いた剣は、教会前で上空の魔物を真っ二つにした時のように、一直線に霧の化け物に向かって伸びて行った。そして、雲が物体を突き抜けた時のように、まっすぐ伸びた刃は、霧の化け物をかき消した。ラルフさんの刃が霧の化け物に届かんとした時に、横からドミトリの詠唱が聞こえた。すると、ドミトリがいる方向の地上から上空に向かって、白くて尖った立体のようなものが3つ、上空に向かって飛んでいく。これが『魔力の矢』だろうか。それぞれの大きさはバスケットボール程度で、それが地対空ミサイルのように、霧人間に向かっていく。

 

「ギィヤァァ」

 

 魔力の矢は、すべて霧の化物に当たった。霧の化物から何かうめき声のような声が聞こえてくる。魔力の矢はラルフさんの攻撃ほど殺傷力が無かったようだ。霧の化物は、その体のうち『魔力の矢』が当たった箇所の形状が大きく崩れていたが、まだよろよろと俺達に近づいてくる。そこへ、魔力の矢に遅れて、ドミトリの鎧が霧の化け物に追いつく。鎧は霧の化け物に体当たりをかました。驚く事に、鎧と霧の化物はお互いぶつかりあって、接触していた。あの霧の化物には質量や実体があるという事か。

鎧は霧の化物に上のりになって、もみくちゃしている。倒し切る至っていないが、十分妨害は果たせているようだ。

 

「行こう」

「ゲホッ、コフッ…… ああ。悪いがまた肩を貸してくれねぇか」

 

 ドミトリは、鎧の事を気にせずに、俺達に先を促してくる。ラルフさんはまた吐血したのか、だいぶ息が荒くなっていて、【ワーム】に大きな斬撃を放った直後の時のように苦しそうにしている。ラルフさんは、自力で立ち上がる力が残っていないようで、ドミトリと俺の2人で肩を貸して歩みだす。幸い、霧の化け物に続けて、追手が来ることはなかった。俺達は少しでも早く結界石の元に行こうと、元来た道を戻っていくことしかできなかった。

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