Plains Walker -次元世界遊歩道中-   作:sasandra

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022:氷河期の災厄 その3

 隊長が俺たちを【甲鱗のワーム】やネメス達から逃してくれてから、一体どれだけたっただろうか。前に一度訪れたときの記憶によれば、俺達の目指す『結界石』は、【ワーム】の封印石が封じられていた台座から、徒歩で10分圏内の距離しか離れていないはずだ。だが、今の俺達は衰弱してしまったラルフさんをドミトリと俺が肩を貸して移動しなくてはならない状況であり、思うように前へ進むことができなかった。もうとっくについても良いのではと思うのだが、まだ『結界石』の台座の影すら視界にとらえることができない。

 

「ぜっ、はあ。結界石までって、こんなに距離あったっけ」

 

 荒い息をととのえながらも、ぼやいてしまう。

 

「はあ、はあ、まだっ、あと少しあったはず」

「お前ら、わりぃな……いざとなったら俺を捨ててでも……」

 

 ラルフさんは衰弱しているせいか、アルン村までの彼の様子からは想像できない弱気な言葉を漏らしている。もしかしたら、隊長が犠牲になったことが少なからず影響しているのかもしれない。だが、ラルフさんの言葉は、隊長の捨て身の献身を考えると、聞き捨てならないものだ。

 

「そんな事言っちゃだめだ。隊長がどれほどの覚悟をして僕達を逃がしてくれたか……」

「……すまねぇ。今は少しでも急ぐべきときだったな」

 

 ラルフさんは前を向き、再び俺達は結界石の元へと急ぐ。

 

 そんな時だった、後方の俺達が通ってきた方向から、【ワーム】の大きな咆哮が聞こえてきた。

 

「この鳴き声はもしかして……もしや、隊長は……!?」

「それ以上は考えないで。今は急ぐんだ」

 

 ドミトリが注意がそれないように促してくるが、その声も、何かに縋り付いているようだった。俺達はほうほうの体で逃げてはいるが、体感的にもう数百メートル程度は封印石の場から離れることができているはずだ。にもかかわらず、音が聞こえるという事は、あの強大な【ワーム】を捕えていた枷か【ワーム】に何かがあったと考えるべきだろう。追いつかれてしまったら、今度こそ一貫の終わりである。

 慣れない戦闘に加えて、ドミトリと協力して運んできたとはいえ、今までラルフさんに肩を貸してきて進んできたおかげで、俺の体はもはや疲労で限界に近かった。気は急いているのに、歩みは依然としてゆっくりなままである。そのような状況に、さらなる追い打ちをかけるかのように、もう1つの変化が幾ばくもしないうちに起こる。

 

 突如として、俺の中の《声》に戻ってくる感覚がしたのだ。

 

「!? クレスがやられた!」

 

 今まで俺の内の《声》達から解き放たれていたはずの『クレス』の《声》が、俺の内に戻ってきたのだ。こればっかりは、未だ馴染みきっていない《声》の感覚なので、すぐにわかった。パワー、タフネスが2/2のクレスでは、7/6の【ワーム】の前では焼け石に水だったのだろう。

 

 いよいよもって追い詰められた状況となってしまった。まだ影すら捉えきれていない結界石までの道程が、永遠に続いているかのように思えてしまう。

 

ズリズリズリズリ……

 

 背後から何かが迫ってくる音が聞こえる。土砂が崩れる音や、茂みの葉を掻き分ける音、さらには木がへし折られる音が混じっては背後から俺達を追い立てる。そして次第にその音は大きくなっている。

 

ズリズリズリズリ……

 

「くそ、おいつかれるぞ」

「GUGYAOOOOOOO!」

 

 背後を振り返ったラルフさんが叫ぶ。俺とドミトリは必死に足を動かしているだけで、背後を振りかえる余裕はなかった。しかし、何度も聞かされ、恐ろしさを味わう羽目となった【ワーム】の鳴き声を認識するには、もう十分距離を詰められるほどとなってしまっていた。

 

「まわりこまれる!」

 

 視界の右手、ドミトリの方向から大きな影が俺達の行く手を遮るように、大きくまわりこんできた。その大きな影は、長すぎる胴体で俺達の行く手を遮ると、続けて反対の左手から竜のような頭部をのぞかせ、最後の仕上げとばかりに、大きく口をあけて俺達に咆哮してきた。

 

「GUOOOOO!」

「くそ……追いつかれちまった」

 

 自然と俺たちの歩みは止まってしまっていた。もはや万事休すか。せっかく隊長がその身を挺して逃げる隙を作ってくれたというのに、みすみす追い付かれてしまった。

 

「っ!? あぶない!」

 

 ドミトリの突然の警告に、何が起きたと状況を確かめようとした時だ。体全体に大きな衝撃が加わり、勢いよく吹っ飛ばされた。

 

【番狼】のロウに襲われたときと比べると、俺が受け止める事となった衝撃は違った。人間にタックルをかまされて吹っ飛ぶというよりかは、もっと大きなもの、まるで軽トラックに思いきり正面からぶつかられたかのようだった。

 

「っつぁ……」

 

 宙に浮いていたのはそれほど長くなかったが、地面に投げ出され、まともに受け身もとれずに転がる。続けて全身から違和感を感じる。体の感覚が、手の届かない遠いところに持ってかれてしまったかのような、自分の体が自分のものでないような気がした。そのくせ、焼けつくような痛みに鈍い倦怠感が混じったような、この世の苦しみを凝縮した最悪の痛覚に襲われる。

 

「っくぉ……」

 

 なんとか体を起こして辺りを確かめる。すぐ近くにはラルフさん、ドミトリが地面に俺と同じように投げ出されていた。二人とも身じろぎをしている事から、幸いにして死んではいないようだ。

 

「くそ、いたい、めちゃくちゃいたい……」

「ラルフさん、ドミトリ、大丈夫か?」

「っがあ、あのクソ蛇め、俺達もろとも吹き飛ばしやがった」

 

 ドミトリは手をついて上半身を何とか起こしていた。顔は土にまみれ、半泣き状態でうめいている。ラルフさんは、あおむけで大の字になって倒れたままでいる。あれだけの衝撃を受けておきながら、まだ何とか意識を保てたようだ。

 

「GUOOOOOO!!」

 

 【ワーム】の方を見ると、俺達を通せんぼしたまま、その大きな頭部で俺達を睨みつけている。右の方から、【ワーム】の太い胴体からは想像できないほど、細い尻尾がゆらゆら揺れていて、時々地面をたたきつけている。どうも俺達はその尻尾で吹き飛ばされたらしい。大の男3人を朝飯前であるかのように吹き飛ばしてるあたり、やはり圧倒的質量は致命的な戦力差であった。

 

「なんで、あいつ動かないんだろう」

 

 ドミトリが訝しげに口を開く。ドミトリの言うとおり、【ワーム】はしばらく尻尾を地面にたたきつけていたが、動き出さずにそのままであり、俺達を攻撃する様子がない。舌をチロチロと出しつつ、俺達の方をじっと伺っているだけである。

 

「わざと俺達を殺さないように命令を受けてるのかもしれない」

「あの攻撃で俺達をつぶすこともできたはずか……」

 

 そう。俺達を吹き飛ばした【ワーム】の尻尾の一撃であったが、別に尻尾である必要はなかったはずだ。【ワーム】にはアルバート隊長の渾身の攻撃であった岩の針に刺し貫かれた怪我がどこにも見当たらなかった。あれからそれほど経ってないはずだ。だが、その姿は隊長にやられる前の時と比べて、遜色ないほどだ。驚異的な再生力に舌を巻いてしまう。見れば見るほど万全な状況のはずなのに俺達に対して『手加減』をしたのは、何らかの理由があるはずだ。

 

「もしかしたら、俺を殺さないようにしてるのかも……」

「そういうや、あのクソ野郎は、そんなことも話してたな」

 

 ヤツらは俺に対して『尋問』をすると話していたので、もしかしたら俺を殺さなように【ワーム】に指示をしているのかもしれない。若干『尋問』でどんな事をされるか、想像が及びかけたので、震える体を抑えつつも、目の前の事に集中を戻す。【ワーム】は変わらず、俺達を通せんぼしている状態のままだ。

 

「そういえばトート達は?」

「いてて…… 来る様子はないね。もしかしたら隊長がその場に押しとどめてるのかもしれない」

 

 ドミトリが痛みをこらえつつも、右手に水晶を現出させながら答える。というか、出したり消したりすることができるのかよソレ。俺達に【ワーム】に追いついて来てから、背後からは、誰も近づいて来る様子はない。この事も、【ワーム】が様子見をしている事に加えて、納得しがたい奇妙な膠着状態を推察させる状況に一役買っている。ドミトリの水晶の仕組みも気になるが、いつまでもこのままというわけにはいかない。いつトート達が背後から現れるのかわからないのだ。もし来てしまったら、その時こそ本当の『詰み』である。

 

「オイ、ネクラ、ワタル、お前らまだ動く事はできるか?」

 

 最早、自分達の最後をその場で待つしかないのか、そう思っていた中、ドミトリと俺に挟まれた中央のラルフさんが、今までに無い真剣な様子で話出す。

 

「まだ、なんとか」

「俺も辛うじて」

 

 【ワーム】の尻尾に大きく吹っ飛ばされはしたが、ドミトリも俺も動けなくなるほどのダメージはうけていない。全速力で駆け抜けるという事はできないが、なんとか立って移動することはできそうだった。

 俺達の応答を聞いてから、ラルフさんは一拍設けて、一語ずつ確かめるかのように話しだす。

 

「いいか、よく聞け。俺があの蛇野郎に一撃を加える。なに、倒せないだろうが、アイツを抑え込む事はできるはずだ。その間に結界石まで辿りついて、封印をするんだ」

「そんなっ!」

 

 まさかの自己犠牲の発言だった。ラルフさんが【ワーム】に見舞ったあの一撃は、【ワーム】を倒す事は出来なかったが大きな痛打にはなっていた。【ワーム】が完全に回復するまで、楽観的に見積もっても1分以上の隙は見込めそうであった。だが、隊長が犠牲となった経緯がある以上、ラルフさんの決死の申し出を条件反射で反対してしまう。

 

「そんな、ラルフさんまで、そんな事言うんですか?」

「るせぇ、もうこれしか、方法がねぇんだよ。頼むっ……!」

 

 ラルフさんの最後の言葉に想起されたのか、アルバート隊長の言葉がリフレインする。確かにラルフさんの言う事が正しいのは俺だってわかっている。だがしかし、何もかもが理屈で通るというわけではないのだ。俺の脳裏に、この世界に転け落ちてからのラルフさんと過ごした光景が次々と溢れてくる。

 

「だからって、ラルフさんまで犠牲になる事なんて、ないじゃないですか……」

「ワタル……」

 

 短い間であったが、胸の内から溢れ出す記憶の奔流に俺はもう耐えられなくなってしまった。俺がこの世界に迷い込んで、身一つであった状況で、ラルフさんとグレーと出会えたことがどれだけ救いになっただろう。行き倒れになりそうだった状況から保護してもい、ラルフさんと話すうちに不安が和らいでいった事。『輝石』の可能性を話すうちに、元の世界に帰れるかもしれないと、淡い希望が早くも砕かれて打ちひしがれる俺の背中を静かに叩いてくれた事。ラルフさんは俺がこの世界に来てからの一番の恩人だ。ザーナ司祭に続いて、俺に優しくしてくれた恩人たちが次々と犠牲になってしまう事に、俺はもう耐えられないのだった。

 男らしくもなく、メソメソと嗚咽を漏らす俺の事をラルフさんは静かに見つめ返してくる。やがて、彼らしいニヒルな笑みを浮かべて俺を諭してきた。

 

「っへ、お前には『守護者』達がついてる。あの『ヴァン』という騎士も、やられはしたが、きっとグレーと同じように後から再び呼び出せるんだろう? もう俺やグレーが居なくても立派にやってけるはずだ。お前と過ごしたこの数日は退屈しなかったぜ」

「らるふざぁぁぁん……」

「っは。ワタル! そんなに、泣くんじゃねェよ、さて、ネクラ……いや、ドミトリ。お前がやる事は理解してるだろうな」

「うん。何が何でも成し遂げてみせる」

 

 涙ぐしょぐしょで鼻水ずびずびの俺の顔を見て、ラルフさんは大笑いしたが、ドミトリには真剣に問いかける。ドミトリは俺とは違って、使命を背負った覚悟ができたのか、今まで見たことがない一本筋の通った凄みのある表情であった。

 

「しゃあ! ワタル、いくぞ」

 

 そういって、ラルフさんはよろよろと起き上がり。剣を右手に、左手を前につきだして。堂々とワームに対峙する。

じわりと、ラルフさんがつきだした二の腕から光が放たれる。だが……

 

「危ない!」

 

ドミトリが叫ぶ。

 

「っく……」

 

 声に気づくや否や、ラルフさんはその場に伏せた。その瞬間、ラルフさんが立っていたあたりを【ワーム】の尻尾がブオンという風切り音を残して通過していった。それまで様子見に徹していた【ワーム】が突然攻撃し始めたのだ。【ワーム】の尻尾は空振りに終わったが、またにょろりとワーム自身の方へ、まるで矢を放つ前の弓の弦のように引かれていく。また攻撃を……?

 

「よけて!」

「おわっ!」

 

 俺も叫ぶが、多少回復した様子が見られるとしても、ドミトリの咄嗟の警告に、その場に伏せる事しかできなかったラルフさんは動くことができない。ちょうど、ティーカップの上に置かれたゴルフボールをスイングするがの如く、ラルフさんは【ワーム】の尻尾の先端にすくい上げられてしまった。彼は俺とドミトリが居る位置よりも、さらに後方に吹き飛ばされた。

 

「づああ……」

 

 うめき声が聞こえるから、ラルフさんはまだ死んでしまったわけではないようだ。

 

「GUOOO……」

 

 【ワーム】はその場から動かず、舌をチロチロ出して俺達を注視するだけである。だが、多少余裕というものがあるのか、俺達の行く手を遮る大きな胴体はいつの間にかとぐろが巻かれており、ラルフさんをスイングしたしっぽは、俺達の企みを『甘いぜチッチ』と指摘するかのように、先っちょが空に向けられて横にフラフラ揺れている。

 

「こいつ、僕達に何もかもさせないつもりだよ」

 

 どうやら、先のラルフさんの一撃を食らって学習したのか、ラルフさんに攻撃をさせるスキを与えるつもりはないらしい。さらに小憎たらしい事に、こちらを殺さない程度に攻撃を手加減することも覚えたようだった。この世界に来る前は、たかが【甲鱗のワーム】だった癖に……。当時の見下してた価値観と、現在の脅威度のあまりの差に歯噛みをしてしまう。【ワーム】はこちらの考えなど御見通しであるかのように、その瞳には理性的な知恵が宿っているように錯覚してしまいそうだ。非常に厄介極まりないことに、俺達にとって、【ワーム】の『この行動』は『詰み』に至ってしまう致命的なものだった。

 

「っつぅ、ちくしょう、これじゃぁ……」

 

 身じろぎして、体を起こそうとするラルフさんを片目にやりつつ、ドミトリの方を伺う。彼は、何を思ったのか、水晶をじっとして見つめたまま動かない。この状態を切り抜ける切り札があるのか。だが、ドミトリの能力は、目の前に立ちふさがる【ワーム】を打破する程のパワーを出すことができるようなものではないはずだ。探知やちょっとした妨害をする攻撃など、小回りが利く多数の便利な能力が彼の持ち味だと言える。彼には、この状況を脱する何かをまだ隠し持っているとはとても思えない。そのような自己問答を否定している俺の視線の先で、彼はじっと水晶を見つめたまま、ラルフさんに話しかける。

 

「ラルフさん、さっきのあれ、もう一回やって」

「っく……、ネクラ……俺としても、あのクソ蛇にドデカいのをぶちかましてやりたいのは、やまやまなんだが、あれにはどうしても溜めが必要になる。このままだといい的だ」

「いいから、すぐに始めないと、合わせることができない」

「ああ? っち、わかったよ。よっこら……クソっ、いてぇ……」

 

 「俺の決死の覚悟を軽くあしらいやがって、クソ蛇がぁ」と悪態をつきながらもラルフさんは、よろよろと立ち上がり、先ほどと同じ体勢をとった。ジワリと腕の輝石からあふれ出るかのように光が放たれる。【ワーム】は少しだけ目を細めてその様子を見つつ、またもや尻尾でラルフさんを薙ぎ払おうとする。

 

「今だ!」

 

その時、ドミトリが大きく叫ぶと同時に、ワームの後方に大きな爆発が発生した。

 

「GYAOOOOO!?」

 

 爆音とともに【ワーム】が、それまでに聞いたことのないような調子で鳴いた。何を言ってるのかわかりはしないが、何が起きたのかわからなくて困惑しているのだろう。ちなみに、俺も同じ心境である。だが、あわやこれで終わりか、というタイミングでの敵への爆発による奇襲攻撃――この光景には見覚えがあった。背後に起こる紅蓮の炎。そう、あれは【ロクソドンの強打者】がアルン村の住人を襲おうとしてた時のはずだ。その炎を発生させたのは……

 

「ドミトリー、このでっかいの一体何ぃ~!?」

 

【ワーム】の背後から、場にそぐわない、のんきな調子の甲高い声が聞こえてきた。聞き覚えのある、その声の主は、ナエさんだった。

 

「いいから、攻撃できる人は撃ちまくって、蛇神の注意を引いて!」

 

 ドミトリが水晶をかざしながら、大きく叫び続けている。すると、先ほどの爆発ほどではないが、小規模な爆発や、何かがぶつかる音が【ワーム】の背後で続けて発生する。【ワーム】に当たらなかった氷や岩といった放たれた攻撃が、【ワーム】の横を飛びぬけ、地面に落ちたり、木々の幹を削り取る。ひとしきり、【ワーム】へ攻撃が続いた後、さらに、【ワーム】の胴体の上に数人の影がとびかかった。影達は、瞬く間にワームの体にとりつき、その身に武器を突き立て始める。

 

「GUOOOOOOO」

 

 【ワーム】は地味に痛いのか、苦悶の声を漏らして身をよじる。

 

「これは……」

「なんとか援軍が間にあった……」

 

 ドミトリの漏れ出た言葉にようやく納得がいった。彼らはアルン村から来た援軍だったのだ。アルン村の諸々の雑事が済んだので、俺達を追ってきたのだ。まさにどんぴしゃなタイミングで援護が得られたのは行幸だ。ドミトリが攻撃タイミングを指示してたあたり、彼には離れた位置にいたはずの彼らと、やり取りできる手段を有しているのかもしれない。

 

「やるじゃねぇか、ネクラ。これで、ぶちかませられるぞ。さぁ、おまえら、行くんだ」

 

 【ワーム】はその身に降りかかる攻撃と、自らの身に取りつく騎士達にかかりきりで、俺達の方を気にする余裕はなさそうだ。俺はラルフさんの顔を見るが、彼は一度頷いただけで、後は視線で俺を促すだけだった。

 

「くそっ」

 

 もう俺には口惜しく毒づく事しかできなかった。ネメス達の追撃についていくと話した時は、俺に助けてやれないと、脅しておきながら、隊長もラルフさんも自分も省みずに俺に甘くしすぎなんだよ。内心、悔しさしかなかったが、行動しないことは彼らに対して、最も失礼なことだ。俺とドミトリは重い体を引きずって、ワームを避けるように大回りに移動し始める。

 

 ラルフさんは左手を前に突き出したまま、目をつむり集中していたが、やがてその左手を手元に引き寄せ、右手の剣を大きく天に掲げた。剣から白い光が吹き出し、剣の切っ先からさらにその先へ、一直線の光の刃を形づくる。

 

「いくぜぇ、蛇野郎……」

「みんな、離れて!」

 

 ドミトリが、【ワーム】に取りついていた騎士達に注意を発する。騎士達はラルフさんが集中していた間は、暴れまわる【ワーム】の胴体からはなされまいと、必死にしがみつきながらも、得物を執拗に【ワーム】の胴体へぶっさしていたが、ドミトリの声を聞くと、蜘蛛の子を散らすかのように、各々さっさと逃げて行った。最後っ屁に、ナエさんの爆発攻撃が【ワーム】の鼻先で炸裂する。

 

「GYAOOOOOO」

 

 【ワーム】は爆発に頭部を揺さぶられ、首をもたげたあと、朦朧を振り払うかのように頭をぶんぶん振っている。

 

「【巨大化】ぁ!」

 

 ラルフさんの、辺りに一際大きく響く詠唱に、何が目の前で行われているのか【ワーム】はやっとの事で気づいたようだ。大きく天に向かって掲げられた白い刃は、緑色に輝くオーラに包まれ、さらに太くなっていく。

 

「みんな、左右に逃げて!」

 

 ドミトリが【ワーム】の後方に聞こえるように大きく叫ぶ。俺はドミトリとは離れて、反対側だ。【ワーム】を避けるように大回りに移動していたが、ラルフさんの攻撃の射線上から逃れるために分散したのだ。

 

 ラルフさんが掲げる剣を見上げる。その先端は木々の葉に隠れて見えない。だが、仮に今この場に上空の視界を遮るものがなかったとしても、その先端が見えない程、上空に伸びてることであろう。剣の芯にあたる部分はラルフさんの輝石から放たれたのと同じく、白い光からできている。芯から刃にあたる外側の部分になるにつれ、白から新緑色に強く輝くようになり、雄大な刃を堂々と誇示している。その様は、都会で周りよりも頭一つ飛びぬけている高層建築ビルを、足元から見ているかのように圧倒的だ。初めて見たときはその大きさに驚いたものだが、今回も頼もしさをこれでもかと感じる。しかし、これほどの攻撃を【ワーム】に与えても、倒し切れなかったのだ……

 移動しながら、剣を見上げていたが、ふいに俺の記憶の中に触れるものがあった。ラルフさんが【巨大化】を唱えて敵を仕留めようとするのは、何も今回が初めてではない。【神性なる好意】がエンチャントされた【番狼】のロウを倒す時もそうだったはずだ…… そうか! その手が!

 

「ラルフさん!」

 

 ワームへ攻撃をしようとしていたラルフさんへ声を張り上げる。

 

「ああ!?」

 

 攻撃を中断されたのか、あせっているのか、彼からはあまり余裕のない返事が返ってきた。

 

「それだけじゃぁ、足りない」

「何を言って……」

「それだけじゃあ、足りないっていってるんだ! 【巨大化】だけじゃあ、あのワームは倒しきれない」

「何を言って……!? まさか、お前!」

 

 始めは、俺が何を言ってるのかわからないようであったが、一体何の事をさしてるのか、俺が言いたい事を理解した途端、彼は今まで見てきた中で最高にニヒるでかっこいい表情で俺に返事をしてきた。

 

「っへ! じゃあ、どうすりゃいいんだよ!」

 

 俺も自然と口の端がにやりとあがっていたようだ。迷わず、答える。あの時も彼に答えた、あの言葉を。

 

「足りないなら、足せばいい」

 

 そして、俺は自分の内に潜む《声》に意識を向ける。本来、あるべき母数と比べると、いくつもの存在を欠いた状態であったが、浄化の儀式の途上で、幾つかの《声》を取り戻すことができた。だが、これまでの騒動での行使で残っている《声》はあと1つだけとなってしまっている。だが、それこそが今この場で必要としている、最もふさわしい《声》なのだ。

 クレスの召喚で使用して先細ってしまってはいたが、戻ったばかりの森と平地へのリンクをたどり、マナを手繰り寄せる。最初のうちは何となくでやっていた。だが、今はもう朝飯前にできると言うことができる程度には慣れた。緑と白の2マナを引きずりだし、現出しようとする《声》に与える。《声》は再びこの世に表れる事に、喜びの感情を伝えてくる。そうして紡ぐは――呪文。

 

 窮地に追い込まれども、決して屈することなく、己が運命を切り開こうとする者に、意思の力を。

 

【不退転の意志】

 

 俺の中の《声》が明確なかたちをとって放たれる。目指す対象は――ラルフさん自身!

 

 ラルフさんの体を白い光のオーラが包む。その様子はヴァンに【天上の鎧】を唱えた時と同じだった。あの時は、ヴァンに白い鎧が装着されていたが、ラルフさんにはその様な変化は起こらない。だが、彼の存在そのものがより強烈に印象づけられたような、彼が現実に占める圧迫感が、より重くなったように感じられた。彼の眼光は意志にあふれ、目の前の巨大な敵を駆逐せんと意気揚々としていた。

 

「く、らぁ、えええええええええええええ!!」

 

 天を突き抜ける巨大な緑の刃が振り下ろされる。

 

【甲鱗のワーム】にできた事は、理不尽なほどの巨大な剣が自らを両断する様を眺める事だけであった。

 

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