Plains Walker -次元世界遊歩道中- 作:sasandra
一閃。
ラルフさんの振り抜きは、一瞬で終わる。
巨大な刃が瞬く間に振り下ろされ、辺りに突風が駆け抜ける。
刃を真上から振り下ろされることとなった【ワーム】は、まだその身を大地に屹立させていたが、中央にあたる部分がごっそりと無くなっていた。頭部から大地に至るまで、刃が通り抜けた跡は何もかもが削り取られていた。大地に穿たれた谷は、1回目の時よりも太く、底が見えないほどで、その威力をまじまじと感じさせられる。
やがて、ぐらりと【ワーム】の両断された体が崩れ、大地に【ワーム】だった体が折り重なった。
しばらく、辺りは静まりかえっていたが、歓声が爆発したかのように起きる。
肉やら骨やらが飛び出して見るに耐えない【ワーム】だった残骸の向こう側で、駆けつけて来た騎士達が騒いでるのだろう。やんややんやの騒がしさに気付いて、俺はようやく【ワーム】を倒すことができたのだと実感できた。
「ワタル」
右手の方を見ればラルフさんが、手に持った剣を鞘に納めて俺の方を向いていた。
見るも無残な【ワーム】の死骸にはあまり近づきたくない。ラルフさんが剣を振り下ろす前に横を駆け抜けた時よりかは、少し大回りでラルフさんに近づく。
「突然叫びやがって…… 始めは何言ってるのかわからなかったから焦ったぞ」
ラルフさんは、力を出し切ったのか地面に胡坐をかいて座り込んでしまった。俺に向ける表情は、事が終わってやれやれと言った表情だったが、俺がラルフさんに叫んだ時の事をぼやく時になると、内心の複雑な心境が表に現れたのか、俺の事を叱りたいが叱れないといったような微妙な表情となった。
「あー…… あれは、なんとなくというか」
「だが、おかげであの蛇野郎を倒すことができた。ありがとよ」
そう言って、ニカっと満面の笑みをした。その表情を見て、ああやっぱりこの人に頼ることになってしまったな、という若干の申し訳無さと、この人だからこそできたんだ、という頼もしさの相判する複雑な感情を俺の胸に想起させた。
「そういえば、ドミトリは?」
周りをきょろきょろと見回したら、すぐに彼は見つかった。ドミトリは俺が【ワーム】を大きく避けて逃げようとした時に駆け抜けた反対側、すなわち俺がいた位置から【ワーム】を挟んで、刃が地面を分断してできた谷の向こう側に佇んでいた。少し離れた位置なので彼の挙動は仕草しかわからないが、その様子は少しおかしい。右手に水晶玉を掴んでいるのは、普段の彼のイメージそのままなのだが、彼は水晶と【ワーム】の死骸を交互に何度も見つめていた。言葉にすると、普段から何かを観察している彼の様子そのままのように聞こえるが、今は彼が妙にそわそわしているのが気になる。昨日見た、彼が何かを調べる時の様子は、観察対象に没入して集中しきっているようだった。しかし、今の彼は明らかに【ワーム】に対して、何か得体の知れない恐ろしさものを見たかのように辟易としている。
「なんだ、ネクラ。アイツおかしくないか?」
ラルフさんも俺の視線の先のドミトリに気づいたのか、俺に同意を促してくる。
「おーい、ドミトリー。どうしたんだー」
俺は声を張り上げて彼に声をかける。彼は俺達の方も見もせず、震える左手で【ワーム】を恐る恐る指差す。
「こ、こいつ、まだ生きている!」
「へ?」
素っ頓狂な声が出る。その声は俺の声かと疑ってしまうほど裏返っていた。こいつは何を言っているのだろう。ついにいろいろ調べすぎて頭がおかしくなったのではないか――
「なっ! これは!」
ほぼ同時に、隣のラルフさんから信じられないというように声が漏れる。
自然と視線は真正面の【ワーム】に吸い寄せられた。先ほどは胴体のど真ん中を縦に割られた、グロテスクな有機物の鎮座物があったはずだが、今まさに、その光景に『揺らぎ』が発生していた。次第に『揺らぎ』は激しくなり、【ワーム】の死体がはっきりとは見えなくなる。だが、『揺らぎ』の奥にあるであろう【ワーム】の胴体のシルエットは黒く霞んでいるだけで、そこにいる事は確認することができた。驚くべき事に『揺らぎ』の奥の【ワーム】の影が少しずつ大きくなっていく。いや、正確にはラルフさんの斬撃で欠けていた箇所が補填されていき、元の姿に戻りつつあるといった方が正確な表現か。
「そんな、まさか……」
やがて、揺らいだ光景は晴れて行く。目の前で起きている事は明らかなのに、心の中では事実を否定して信じこむことができない。現れたのは何度も苦しめられた、氷河期の、いや、俺たちにとっての災厄――
「GYAOOOOOOOOOO!」
【甲鱗のワーム】は頭を大きく上げ天に向かって吠える。その姿は、封印石の台座で見た時とまったく同じだった。隊長が尖った岩で刺し貫いた跡や、ラルフさんが文字通り真っ二つにした跡はどこにも見当たらない。隊長やラルフさんが決死の覚悟で与えた痛手を2度も易々と、あたかも無かったかのように【ワーム】は復活を果たした。
「おやおや、あの《蛇神》を倒してしまうとは。それに、実験体と言えど『抽象化』を使いこなすとは、中々恐れ入った」
【ワーム】に集中していた俺達の背後から声がした。
「っ、テメーは!」
ラルフさんの毒づきも、さもありなんというところか。トートとブレダンの二人が、いつの間にやら追いついていたのだ。
「おやっさんはどうしやがった! 倒したはずの蛇野郎が復活したのは、おめえらの差金か?」
「次から次へと五月蠅い…… 俺は知らん。だが、ブレダン。おまえか」
トートはやれやれと言ったように首を振りラルフさんの問いかけをスルーしつつ、隣の相棒に尋ねる。
「ああ、あの『鉄壁』の時にな。早々に倒されてはもったいないからな。【まやかしの死】をかけておいた」
「【まやかしの死】!? だから倒しても……!」
俺の反射的に出た言葉に、トートが目を細めながらこちらを見てくる。
「ほう…… 小僧。やはり何か知ってるようだな。俺もブレダンの言う呪文はなかなか見たことがないのにな……」
「っぐ……」
不気味で邪悪な視線に、行動がうかつだったかと後悔しても、もう遅い。結界石の台座で会いまみえたときから、俺自身の身はヤツらに狙われてしまっているのだ。
「ワタル、アイツの言っている【まやかしの死】ってのは何なんだ?」
隣にいたラルフさんも、もちろん俺の言葉尻を逃さないでいた。
ここまで来て、説明しないのも不自然か。自分の置かれている状況を理解するためか、妙にその場にいて周りをきょろきょろ見回す【ワーム】を背後に見つつ、俺は口を開く。
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False Demise / まやかしの死 (2)(青)
エンチャント — オーラ(Aura)
エンチャント(クリーチャー)
エンチャントされているクリーチャーが死亡したとき、そのカードをあなたのコントロール下で戦場に戻す。
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【まやかしの死】はエンチャント――オーラ――呪文の一種であり、その効果は至極単純である。効果は名称から想像できる通り、エンチャントしたクリーチャーの死を『一度だけ』無かった事にできる。ダメージにしろ、呪文にしろ、エンチャントしたクリーチャーが『破壊』されたならば、墓地に置かれる事になるクリーチャーを再び現実(ゲーム的に言うならば『戦場』)に戻すことができるのだ。
「だから、俺がぶった切っても復活したっていうのか。死んでいるのは明らかだったぜ!」
ラルフさんが悔しさを滲ませて叫ぶ。俺も同じ気持ちだが、恐るべきは現前たる事実をこうも簡単に覆してしまうマジックの『呪文』の効果だ。今思い返してみるに、さっき【ワーム】に起きた事、そして【ワーム】の復活を嘘だと信じ込みたい内心も相まって、いまだにそれが現実に起きたことだと認識することができない。
「俺には、あの《蛇神》のように巨大な『魔物』はいないからな、さっきの光景は中々見ものだったぞ。だが……」
突如、背後で爆発が起きる。振り返ってみると、先ほどまで止んでいた騎士達の攻撃が再開されたのだ。さっきまで倒したと思っていた化物が復活を遂げたのだから、騎士達の行動は当然だろう。
「みんな、コイツは危険だ。攻撃はやめるんだ」
【ワーム】に注意しながら、俺達のもとへ下がってきたドミトリが水晶に向かって叫んでいる。だが、【ワーム】の存在が威圧的なのか、強大な力を持った存在を前に、脆弱な存在ができる事は我武者羅に足掻くことだけだ。攻撃は止むどころか、その激しさを増していく。
「GUGYAOOOOO!?」
「なっ!? 危ない!」
【ワーム】は、はじめは顔の前をハエにでもたかられたかのように、煩わしく身を動かしていたが、突然何かに気づいたのか、急に騎士達のいる方向へ這いずりだした。騎士達は突如の【ワーム】の行動に注意がいき、攻撃が緩まる。そして【ワーム】の進行方向から退避しだした。蛇が障害物を苦も無くすり抜けていく様そのままに、【ワーム】は俺達が来た方向、結界石がある方向へ進んでいく。
「一体何が……」
「おい、そこのキザ野郎! 今度は何をしようとしてんだ」
疲れてるはずなのに、すっくと立ち上がり仁王立ちでズビシィ、と堂々と指を突きつけるラルフさん。指が指す人物は、トートの横に侍るようにして立っているブレダンであった。見た目を揶揄ったつもりなのか、この場の面子で『キザ野郎』と言われて、目につくのはまず彼になるだろう。ブレダンは『キザ野郎』と言われて心外なのか、目をひくつかせているが、ラルフさんの事は無視するようだ。
「小僧」
「うぇ!?」
ブレダンに呼び掛けられるのは初めてだ。今までトートにしか話しかけられていなかったので、彼からの呼び掛けは不意打ちだった。心臓がビクリと反応し、情けない声が漏れてしまう。
「俺はあの《蛇神》には何も命じてはいない。【まやかしの死】の効果が発動した後から、最初にかけていたはずの【支配魔法】の感覚がしなくなった。答えろ。一体ヤツに何が起きた?」
「なんだって!?」
「あれの動きは、俺の命令ではない。ヤツは今、勝手に動いていると言っている」
意外な言葉をブレダンから聞くことになった。【ワーム】の不自然な動きは、ブレダンの意図してない事だというのだ。まさかの言葉に、隣のトートも言葉を失っている。
だが、ブレダンの言葉を反芻しながら頭を回してみると、彼の言葉と【ワーム】の行動には、なんら矛盾はないのかもしれないと思えてきた。ブレダンは「【ワーム】に【支配魔法】を唱えた」という意味の言葉を確かに話した。あれは俺達が【ワーム】の威嚇にビビッて竦んでいた直後だったか。俺以外の存在がマジックの呪文を唱えた時のゾワリとする感覚がしたのを覚えている。
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Control Magic / 支配魔法 (2)(青)(青)
エンチャント — オーラ(Aura)
エンチャント(クリーチャー)
あなたは、エンチャントされているクリーチャーをコントロールする。
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【支配魔法】は【まやかしの死】と同じくエンチャント(オーラ)呪文の一種であり、これも効果は単純である。効果はこれまた名称通りであり、敵側のクリーチャーを自分の味方にする効果がある。マジックのゲームでは、原則的にクリーチャーは召喚したプレイヤーが操る事になっている。相対するプレイヤーは自身の唱えるマジックの呪文やその他カードの手段を通さずして、相手側クリーチャーを操る(ゲーム的に攻撃する、ブロックするような)事はできない。そんな原則の中、相手側クリーチャーを操る手段の1つが【支配魔法】を相手側クリーチャーに唱える事だ。唱えられたクリーチャーは相手側の支配を離れて、自分の味方となるのだ。実際のゲームでは、相手側が切り札で召喚したクリーチャーに対して唱えるのが最も効果的、かつカタルシス感があふれる使い方になるだろう。自分の最も頼れるクリーチャーをカード1枚で奪われる相手側の屈辱感、そして本来、脅威となるはずだったクリーチャーを自分の戦力として使える事ができる頼もしさ。わずか1枚で2重にうまみがある、非常に強力な呪文と言えよう。
さて、以上の【支配魔法】だが、今回の【ワーム】に当てはめてみると、通常のマジックのゲームとは事情が違うのではないのだろうか。もともと【甲鱗のワーム】は『封印石』に封印されていたもので、トートやブレダンが召喚したクリーチャーではない。俺の想像だが、【甲鱗のワーム】は《災厄の流星》の魔物と同じ存在なのではないかと踏んでいる。《災厄の流星》の魔物は、アルン村で見た通り、好き勝手暴れて周りに破壊をもたらす。その行動は、何らかの存在の意図を想像できるものではない。魔物達の破壊が無差別なので、その行為に何らかの意図を読み取る事ができないのだ。
話を戻そう。【ワーム】は最初にブレダンから【支配魔法】を唱えられ、ブレダンの支配下に置かれる事となった。そして俺達との交戦中、より詳しく言うならば、ブレダンの発言から察するに、隊長が【ワーム】をくいとめている間に、【まやかしの死】をブレダンから唱えられた。この時、【ワーム】には【支配魔法】と【まやかしの死】の2重のエンチャントがかかっている事となる。さらにそのあと、【ワーム】は何らかの手段で隊長の必死の拘束を抜け出し、俺達に追いついてきた。しかし、俺の【不退転の意志】とラルフさんの巨大な剣の斬撃により、倒される事となった。だが、【ワーム】が倒された時、ゲーム的には【甲鱗のワーム】が破壊され、墓地に置かれた直後に【まやかしの死】の効果が発動する。墓地に置かれた【ワーム】は、再び戦場に戻るのだ。(現実的に言えば『生き返る』だろうか?)ここで重要なのは、【まやかしの死】の効果で再び復活するといえども、【甲鱗のワーム】は一瞬だけ『墓地に置かれた』扱いになるという点である。
さて、この点に着目しつつも、口惜しくもやられてしまった俺のヴァンの事を振り返ってみることにしよう。ヴァンはトートの唱えた【恐怖】によって破壊され、ゲーム的には墓地に置かれる状態となってしまった。この時、ヴァンを強化する目的で唱えた【天上の鎧】のエンチャント呪文も、ヴァンと道連れに破壊され、墓地に置かれる事になってしまった。
つまり、何が言いたいかというと、エンチャント呪文は対象であるクリーチャーが墓地に置かれたら一緒に破壊されてしまうという事だ。そう、【ワーム】はゲーム的には、墓地に置かれてしまったので、つけられていたエンチャント呪文【支配魔法】もそのタイミングで破壊されてしまったのだ。それはすなわち、ブレダンの支配から解き放たれる事を意味する。言い換えるならば……
「ラルフさんが【ワーム】を倒すことで、あいつらから【ワーム】を解き放つ事ができたんだ」
「っへ、んなフォローなんかいらねぇよ」
照れくさそうにニヒるに笑うラルフさんに、俺もなんだか少し恥ずかしくなってしまう。
「ふん、そういう事か。トート、やはりあの小僧は我々にとっては何としても確保しなければならない存在らしい」
「未だ我々でさえ、すべてを知り尽くしたわけではない、この『呪文』について精通している人間か。騎士団の連中に引き渡すだけで厄介な事になりかねん」
俺のラルフさんに語った言葉は、当然ネメス達二人にきこえているわけで、2人は俺の言葉を契機にいよいよ行動に踏み切る段階に入ったらしい。今までヤツラから、そして【ワーム】から逃げるために、俺やラルフさん、ドミトリは持てる力を振り絞ってここまで来ることができた。だが、俺達の方はもう完全に力を絞りつくして何も残っていない状態だ。俺はもう最後の呪文を使い果たしてしまったし、ラルフさんは度重なる【ワーム】への強力な攻撃で、立ち上がるのもやっとなはずだ。ドミトリも俺達の中では一番消耗していないと言えば聞こえはいいが、トート達を打ち破る程の決定力が無い。
「くそっ、もう……」
「ワタル、ドミトリ、ここは死んでも俺が食い止める。騎士達のいる方へ逃げるんだ」
「っふ、強がりもその辺にしておけ。もう、お前には何もできやしない」
ゾワリとあの感覚がしたと思うと、ネメス達2人の両脇に黒い穴が発生した。穴はやがて、はっきりとした形状になりながら大きくなってゆく。もう何度も見ているからわかる、トートとブレダンがクリーチャーを召喚したのだ。
「っち、背後にも……」
後ろを見れば、黒い穴が左右に一つずつ、俺達を挟み込むように発生していた。こちらも次第に形を取りながら、その姿を現しだそうとしている。クリーチャーの召喚する位置を調整する事で、相手側を牽制する。簡単だが、発想するには習熟が必要なテクニックを行っているあたり、やはりマジックのゲームには見られない【呪文】の使い方はネメス達に一日の長がある。すわ、万事休すかと思われた時、俺達の周りの光景が一瞬くらんだように変化する。
「えっ、今のは?」
「ワタルっ何かしたのか?」
「いや、そんな事はなにも……」
トート達が召喚したクリーチャーが現れ出しているが、何故か目の前の彼ら、そしてクリーチャーらとの間に、何かヴェールのようなものが垂れ下がっているかのように、空間の光景そのものが変色しだした。
「――っ! ――っ!」
トート達は、ヴェールがゆらいでいるような箇所へ近づいて、手に持った赤い刃物を突き付けたりして様子をうかがっているようだが、彼らが話している事はどこかで遮られているのかはっきりと聞くことはできない。トートが召喚した、枯れた植物が絡まったような見た目がグロテスクな2体のクリーチャーがこちらへ迫ろうとするが、やはり同様に俺達とトート達の間の何かに阻まれて突破できないようだった。不思議に思う俺達だったが、ふいにドミトリが水晶をかざして何かを調べ出した。
「これは……僕たちの周りの空間の位相が揺らいでいる?」
「なんだよ、それ!?」
ドミトリはもはや、何でもありなのかもしれない。何らかの手段で目の前で起きている現象を判断する手段を持ち合わせているのだろう。
「昨日、結界石の読み取った術式を実験したときに、同じような現象が起きたんだ。でも、ここまで大規模じゃなかったけどね。どうしてこんな事が起きてるのかはわかないけど……」
「でも、これはもしかしたら、ヤツらから逃げられるかも……」
結界石がある方向にも、ネメス達と俺達を隔てるヴェールめいたものが何層かあるように見える。そのおかげか、背後に姿を現した、ブレダンが召喚したらしき白い靄でできた熊や、首がいくつも生えている獣の進行を防いでくれている。だが、ヴェールめいたものは、さらに後方にも現れてるらしく、クリーチャー達よりも後ろの騎士達の移動を妨げている。その様子を見て、ラルフさんがぼやく。
「ああ、応援に来たヤツラと合流できれば……」
「でも、あのへんなのがあって、結界石の方には行けないんじゃ?」
だが、俺の心配にも、すぐ側の存在から光明がもたらされる。
「じつは、こんなこともあろうかと、実験から得た結果から、一時的に現象を和らげる術を開発したんだ。でも、効果が及ぶ範囲を限定できないから、ネメスと僕たちを隔てている境界も解除されて、アイツらもこちらに追ってくるけど」
「それじゃぁ、意味ねぇじゃねえか!?」
期待感を膨らませていたのか、ラルフさんががっくしうなだれている。俺も同感だが……
「でも、アイツらの所にまで効果が及ぶまで、数十秒は時間差があるはずだよ。その間に逃げられれば……」
「仕方ががないか。あの魔物2匹はどうする?」
「なんとかかわすしかないか……」
「こっちに、応援に来くれるように頼んどく。術に集中する必要があるから、準備しといて」
「よし。わかった」
ドミトリは結界石の方向に立って、これまで俺が何度も見てきたように水晶に集中し始めた。
「大いなる女神様よ。その御力でもって我らを迷いから救い出したまえ……」
輝石の力を使うときに詠唱してるのを見るのは、ドミトリでは今回が初めてかもしれない。隊長やザーナ司祭が、ドミトリが口にしている、祈祷するときに述べる口上をしていた記憶がよみがえる。
その間トート達や、彼らに召喚されたクリーチャーはというと、トート達はクリーチャー達に、俺達を遮るこの謎の現象を突破しようと、力任せに体当たりするよう命じ、そのままに任せている。トート達は、自らがどうにかしようとして、効果がないとわかると、一歩引いて俺達の様子をうかがっていた
。どうも、こちらから、あちらの声が聞こえないように、こちら側の会話の内容はあちら側にも聞こえていないようだ。だが、俺達が行動を始め、ドミトリが前に出てるのを見て、俺達が何かしようと気づいたのかもしれない。クリーチャーを下がらせ、俺達の出方を伺いだした。四方から敵に観察され、俺は自分が水槽の中の観賞用の魚になった気分であった。音も聞こえず、見るだけしかかなわないという状況も似たり寄ったりだろう。
「……我らに立ちはだかる壁を払いたまえ!」
そうドミトリが唱えると、彼の掲げる水晶から、青く白い光の波が辺りに広がった。光は俺達の向かう方向、結界石がある方向へ放たれた。光は音も出さず人が駆け抜けるよりも早く突き進み、やがて茂みの奥に消えて行った。
「さあ、早く!」
ドミトリは駆けだす。俺達も必死に彼の後を追うべく駆けだす。
「誰か、援護を頼む。ネメス達に追われてるんだ」
駆け出したはいいが、結界石の方向には、ブレダンが召喚したと思われる、獣を彷彿とさせるクリーチャーがいる。ドミトリの術は彼の水晶を基点に発動したらしく、位置取り上、クリーチャーから俺達への障害となっていたヴェールめいたものが取り払われてしまっている。
2体のクリーチャーのうち1体は、まるっきり熊の外見をしている。全体的に、水を想像させる水色に染まっている。器用に仁王立ちしていて、上半身は両前足が長く発達しており、グレーに迫る巨体をさらに大きく見せている。だがその姿は半透明であり、向こう側の景色を見ることができる。迫力あふれる姿の割には幽霊めいていて、巨体を支えるはずの両足は地面に溶け込んでるかのように途中で消えていて、はっきり視認することができない。
もう1体は、より面妖な体をした獣で、こちらはドライアイスの気体で構成されてるかのように白い靄でできている。吹けば霞んで消えてしまいそうなのに、不思議とそこにあり続けている。一番の特長は大地を踏みしめる胴から頭が2つ、いや3つ生えていることだ。頭の下半分は大きな口で構成されていて、鋭い牙が顎の上下からびっしりと並んで生えている。空気でできたような見た目のくせして、牙は鋭さがありそうだ。並んだ頭の下には、アクセサリーなのだろうか、青い石をあしらったブローチのようなものがぶら下がっており、石を取り付けてある中心から鎖が4本それぞれ胴体にまとわりついている。
「右のを抑える!」
ラルフさんが剣を抜き放ち、首がたくさんついているクリーチャーへ飛びかかる。今までの攻撃で消耗していたはずのラルフさんだが、その動きは妙に機敏だ。彼の体には白いオーラがまとわりついている。俺が唱えた【不退転の意志】がまだその効果を発揮し続けているのだろうか。
俺たちに襲いかかるなんとも珍妙なクリーチャーだが、俺の思考にその存在を推察させるものがある。俺の考えが正しければ……
「ドミトリ! あの熊に、さっきの飛ぶ攻撃を当てるんだ」
青い熊の幽霊、いや正確には【幻影】か?
指を指してドミトリに叫ぶ。俺のすぐそばを先行していたドミトリは、手をクリーチャーに突きだし「魔力の矢」と叫んだ。彼のすぐ横の中空に白く尖った物体が現れ、一斉に青い熊へと飛んでいく。この魔力の矢は、封印石の台座から逃れる時にも見たが、そのときは、白い空に浮くクリーチャーに致命的とはいかないまでも、ダメージを与えていたが……
ドミトリが放った魔力の矢は、青い熊に向かったが、命中する前に熊の方に変化が現れた。なんと、魔力の矢が青い熊に触れるかどうかというタイミングで、青い熊が煙を撒き散らして消えてしまったのだ。
ドミトリは起きたことが想像もつかなかったのか、足を止めて熊がいた場所を口を開けて見つめるのみだ。やはりあのクリーチャーは【幻影】系のクリーチャーだったか。狐につまされたように驚いているドミトリに説明したいのはやまやまだが、今は急がなければならない状況だ。前方には応援にかけつけきた騎士達――中にはナエさんもいた――が迫っている。彼らも、今起きた現象に戸惑ってはいたが……
「ドミトリ! ラルフさんを助けないと!」
そう声をかけると、ドミトリはハッとして、後方を向き、再び「魔力の矢」と唱えて手をラルフさんが押さえているクリーチャーへ向ける。さっきと同様に、白い矢がドミトリの横に発生し、上空に向かって飛び出して行く。打ち出す角度が急だが、疑問はすぐ解けた。魔力の矢がクリーチャーとラルフさんのちょうど真上にきた瞬間、ドミトリは前にかざしていた手を振り下ろした。すると魔力の矢が急にクリーチャーに降り注いだのだ。急な攻撃に、クリーチャーはが怯む。
「ラルフさん。こっちに!」
ドミトリの掛け声にラルフさんは状況を察したらしい。白い靄のクリーチャーにヤクザキックをかますと、反転して俺たちの方へ向かってくる。
「ナエっ! でかいの一発!」
「よーし! いくよ!」
もう俺達の元までたどり着いていたナエさんが応じる。
『双炎弾』
ナエさんが、祈るように両手をあわせ、詠唱とともに両手を突き出す。すると、両手から赤く燃え上がる炎がそれぞれ飛び出す。2つの炎弾はアルン村で見た炎弾よりかは小さいが、内包する熱量は俺が見たことのある、過去にナエさんが繰り出した炎に劣っているようには見えなかった。2つの炎は、こちらへ向かってくるラルフさんの両脇をすり抜ける。見た目が小さいわりに盛んに燃え盛る2つの炎の勢いや、すれ違い様にラルフさんが「オオオォ」とのけ反るほどだ。やがて、炎弾はほぼ同時に、白いクリーチャーに着弾して爆発した。
「今のうちに!」
ドミトリの声を合図に、ラルフさんを待つのももどかしく、俺たちはまた走り出す。
「ドミトリ、大変だったね。それよりも隊長は……?」
合流したナエさんが走りながらドミトリに近寄り訪ねる。ナエさんの言葉を聞いた瞬間、ドミトリの表情が一瞬こわばる。まだ隊長の顛末は伝えていないようだった。
「隊長は…… 僕たちをアイツラから逃がすために…… 足止めを……」
ドミトリが辛そうにポツリ、ポツリと言葉を漏らす。言葉ひとつずつに悔しさがにじみ出ている。普段冷静な彼にも、こんな一面があるのだ。
「え…… そんな……」
ナエさんも彼の普段らしからぬ様子に、万が一の事が起きてしまったことを悟ったらしい。当然ながら受けている衝撃は軽くはないようだ。まわりの騎士達も動揺している。そんな中、ドミトリが意を決して言葉を続ける。
「隊長からの命令がある。この場所の封印石を、《蛇神》やネメス達ごと封印しろと……」
「そんな、まさか! 隊長はどうするんだ!」
話を聞いていたある騎士が非難するように叫ぶ。
「《蛇神》って、さっきのデカイやつか!? 封印石の方に行ったぞ! 止めないと!」
別の騎士がまた叫ぶ。その指摘も最もである。封印しなくてはならない【ワーム】を自由にさせたまま結界石を閉じてしまっては元も子もない。
「あの長いやつの後を別の班が追っている。追い付けるかわからんが、後を追うしかない」
【ワーム】の向かった先をずっと行くとアルン村にたどり着いてしまう。やつに追い付けなければ、最悪アルン村が壊滅なんてことも充分考えられる。
「ナエ…… 急がないと」
ドミトリから隊長の事を聞いて心ここにあらずといった様子のナエさんをドミトリが促す。
「うん…… わかった。あの大きい蛇の後を追おう」
ナエさんは、迷いを振り払うように首を振った後、命令を出す。俺たちは、この場から逃れるように出発した。