Plains Walker -次元世界遊歩道中-   作:sasandra

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024:争いの果てに その2

 茂みを掻き分け、必死に進む。

 

 聞こえるのは茂みを掻き分ける音、地面を蹴る音、俺達の荒い息遣いだけだった。みんな進むのに必死だ。身体的にはきつい状況が続いているが、隊長が【ワーム】を食い止めてくれた後の逃避行と比べ、すぐ近くを並走する騎士達のなんと心強い事か。やはり頼りになる味方が、すぐそばにいるというのは心理的に大きい。だが、進んでいる最中に、俺達がネメス達から逃れるきっかけとなった、青いヴェールめいたものが辺りに出現する現象は続いていた。行く手を阻まれる事は一度だけでなく、歩みを進めるごとに、ヴェールめいたものが出現する頻度が上がっているように思えた。進退窮まる事もあったが、なんとか正面にヴェールが現れないよう、ドミトリが時折術を行使することで進む事ができた。

 

 必死に進む事、数分。俺達はトート達に追いつかれることなく、結界石が設置されている広場へとたどり着く事ができた。

 

 茂みから身を現した途端、目についたのは幾人かの騎士達だった。彼らは樹海の中を移動してきたせいか、みな体のどこかが葉っぱがついたり、汚れていたりしている。だが、それ以上に目につく存在がさらに奥にいた。

 

「GUGYAOOOOOO!」

 

 再三聞いてきた咆哮が前方から聞こえる。なんと、俺達を無視して行ってしまった【ワーム】がこんな所に居たのだ。ブレダンのコントロールが外れた【ワーム】は、そいつ自身の赴くまま、アルン村にまで突き進んでいたのかと想像していたが、それよりも手前の結界石のすぐそばに居すわっていた。【ワーム】の居る結界石よりも手前の開けたスペースには騎士達が固まっていて、油断なく【ワーム】の様子を伺っている。しかし、当の【ワーム】はそんな騎士達を無視して、ひたすら結界石に攻撃を加えていた。

 結界石だが、最初に見た時の堅牢そうに見えた石柱の表面部分が、所どころ欠けてしまうほどにボロボロになっていた。かなり激しく【ワーム】から攻撃を受けたであろう事は想像に難くない。だが、まだ結界石の効力は生きたままなのか、ワームの頭部の噛みつきや、尾の薙ぎ払いが柱に当たる瞬間に、まるで石柱自体がバリアでも張ってるかのように、白い光の壁が現れ直撃を防いでいた。攻撃を防がれている【ワーム】はそんな事にもめげずに、結界石を滅多打ちにしている。一撃一撃は結界石を破壊するには至らないが、確実にダメージを蓄積することができているようだった。既に、結界石の見た目の崩壊具合がその事を十分に示している。

 

「あっ、ナエ! ザーナ司祭様は無事なの?」

 

 【ワーム】が結界石に激しく攻撃を加えているのを観察している騎士達の中に、意外な事に白い修道服を着たニーナさんが立っていた。ザーナ司祭を慮って一緒に来たのかもしれない。

 

「あ、ニーナ。 それよりもアレは……」

 

 ニーナさんを発見したナエさんが、少し嬉しそうな声を出し、彼女に近寄っていく。だが、初めてアルン村教会でニーナさんに出会った時に比べ、その声の調子はいささか元気の無いものであった。そして、彼女は奥に存在する巨大な魔物を見やる。

 

「あの蛇野郎、一体どうしちまったんだ?」

 

ラルフさんがぼやくが、おそらくその疑問はこの場にいる人間の共通した思いであるだろう。

 

「わからない。長らく封印されてたから、封印の力が込められている輝石に反応してるのかもしれないな……」

 

ドミトリも予想外なのか、話す口調から戸惑いが感じられる。

 

「ドミトリ、どうするんだ? 結界石で封印するにしても、《蛇神》が結界石を壊そうとしてるんじゃ、どうしようもないじゃないか?」

 

 俺達と一緒に来た騎士の1人がドミトリに急かすように話かける。彼の話す通り、【ワーム】が暴れまわっていては、結界石に手を出すことができない。

 

 俺達はとりあえず、ワームが暴れまわるのを伺っている騎士の集団まで近づいていき、1ヶ所に集まる事にした。【ワーム】の咆哮や身をくねらせる音、結界石に攻撃が当たって弾かれる時の音が、次から次へと響き渡り、うるさくてかなわない。

 

「もしかして、あの空間の位相がずれている現象は、《蛇神》が結界石を攻撃したのが原因なのか?」

 

 ドミトリが誰に聞いてるのかもわからない疑問を口にするが、誰もその問いに答えない。いや、答えられないのだろう。正直、俺を含めたこの場に、ドミトリ以上に詳しい人間がいるとも思えない。その間にもワームは執拗に結界石に攻撃を続けている。攻撃が結界石に当たるたびに、俺達の居るところも含めた結界石の周りの空間に、青白い雷とも、光の粒子ともいえる『何か』が集まってできたものが現れ、瞬いては消えていく。

 

「おい、いよいよやばくないか?」

「な、なんなのよあれ…… 怖い……」

 

 ニーナさんやラルフさんが指し示す方向に、例の青いヴェールめいた、ドミトリが言う『空間の位相のズレ』が漂う。ニーナさんは、その不気味な光景に顔を青くしている。【ワーム】が結界石に攻撃するたびに、俺達を包むかのように、ところどころに青いヴェールが発生する。

 

「おい、ヤツラが来るぞ」

 

 後方の騎士が警告を発した。全ての騎士達に緊張が走る。結界石のある広場はそれほど広くないが、少しでも距離をあけられるよう、集団がまるで身をすくめる一体の生き物のように、お互い身を寄せあう。

 

「ひっ……」

 

 騎士の誰が怯えたように声を漏らした。結界石の反対方向の茂みがガサガサと鳴る。姿を現したのはトートが召喚した、植物の茎が絡みついて出来上がったような姿をしているクリーチャー2体だった。それぞれ、絡み合った蔦や茎がまるで人体標本の筋肉のように編み上げられ、爪や牙に至っては薔薇の棘を何十倍にも大きくしたかのように鋭く尖っている。いずれもこの世ならざる化け物の姿見であり、見慣れていない人間が怯えるのも当然と言えよう。

 

「これは……」

 

遅れてトートとブレダンが姿を現すが、結界石を攻撃している【ワーム】を見て、俺達と同じように困惑しているようだった。

 

「あ、アンタ達。ザーナ司祭様と隊長はどうしたのよ!」

「ふっ……司祭様は永遠にお休み頂いた。『鉄壁』のもな……」

 

 今までの俺達の体験した経緯を聞かずにいたニーナさんが、たまりかねてトート達に叫ぶが、対するトートはいやらしくニヤリと笑って絶望的な回答を返してきた。

 トートの言葉を認識した瞬間、周りの騎士達みながこわばったように見えた。現場に居た俺達は、認めたくない現実を再度つきつけられ、忸怩たる思いを味わわされる。

 

「そんな…… そんな嘘よ。ねぇ、ナエ?」

 

 ニーナさんが、トートの言うことはまるで悪い冗談だと言いたそうに声を滲ませて、ナエさんに聞くが、ナエさんは黙ったままだ。

 

「ねぇ、嘘でしょ、ドミトリ……」

 

今度はドミトリに聞くが、ドミトリは首を横に振るだけである。

 

「嘘よ…… そんな……」

 

 信頼を置く仲間の反応を見て、ニーナさんはトートの言が本当の事であると信じざるえなかった。

 

「この人殺し! ザーナ司祭様が一体何をしたというのよ! この悪魔! 化物! あんたなんか……」

「ニーナ!」

 

 ニーナさんが感情を爆発させてトート達に叫ぶ。その絶叫ぶりは彼らの前に身を乗り出しかねない勢いで、横のナエさんが彼女を抑えるほどだ。一方、トート達だが、ニーナさんの叫びも、まるで心地よい音楽を聴いているかのように上機嫌で佇んでいる。

 

「くっくっく。若い娘にここまで感情的になじられるのも久方ぶりだな」

「トート、お前、そういう趣味があったか?」

「くっはは。そうかもしれんな。しばらく辺境に居たせいか、嗜好が変化したかもしれんな」

 

 彼らの性根が腐っていることに、ニーナさんの叫びは彼らには届かず、むしろその事を雑談の肴にする始末だ。

 

「あのクソ野郎が……」

 

 そんな様子に、ラルフさんが拳を握りしめ殺意をたぎらせる。だが、混沌とした俺たちのやりとりの最中にも、【ワーム】は執拗に結界石に攻撃をつづける。『空間の位相のズレ』は現出し続け、まわりの景色がより青色一色に染まってゆく。

 

辺り一帯の尋常ならざる光景に、トートは笑いを早々に切り上げ話しだす。

 

「さて、黒髪の小僧。この状況は、一体何が起こっている?」

 

 トートは俺に視線を向け、淡々と聞いてくる。未だ慣れないトートとのやりとりを前に、つばを飲み込み、いったん間をあけて答える。

 

「わ、わから、ない。【ワーム】には、もう何もエンチャントがついていないはずなんだ。誰もあの【ワーム】は操っていない。あの【ワーム】が何をしようとしてるのかなんて、あれ自身にしかわからないんだ」

「小僧、俺達がその言葉を信じるとでも思ってるのか? 貴様が何か仕込んでいるのではないのか? 本当の事を言え!」

 

 今まで聞いた中で最も激しいドつく声に、全身がビクリとはねがあがる。中学の時にカツアゲされかけた時のヤンキーのドつきとは比べ物にならない。心臓がバクバクとなり、思うように話す事ができない。

 

「もう我慢ならねぇ! その減らず口、叩き切ってやらぁ!」

 

 耐えかねたラルフさんが剣を抜き放つ。その時と同時であった。ドミトリが急に何かに気づいて結界石の方を振り返る。

 

「待って! 結界石がもう壊れる!」

 

 ドミトリの言葉はラルフさんやトート達でさえ含めた、この場にいる全員の注目を結界石へ吸い寄せた。

 

ドミトリが叫んだ時、【ワーム】が結界石に噛みついていた。さっきまで結界石の台座には謎バリアが張られていて、直接触れることはかなわないはずだったのに、【ワーム】の口は結界石がおさまっている先の部分をくわえている。

 結界石の石柱は元から亀裂が入っていたが、いまや全体にヒビが行き渡ってしまっている。そして、とうとう破片がぽろぽろと崩れ出した。結界石がおさまっている頂の社のような部分をメキメキと【ワーム】は噛み砕く。同時に、柱の部分は自壊するようにその場に崩れ落ちた。【ワーム】の閉じられた咢から、緑色に光る粒子がたくさん落下する。とうとう結界石が【ワーム】に壊されてしまったのだ。緑の粒子は地面に達する前に、空中に溶けて消えてしまっている。その様子はクリーチャーがやられてしまった時の光景に似ていて、どこか悲愴感を思わせる光景だった。

 

「GUOOOOOOOO!」

 

【ワーム】は自らの行いを誇示するかのように、天に向かって咆哮した。

 

「結界石が壊れるなんて……」

「そんなバカな……」

 

周りの騎士達が、口々に嘆く。その様子は、ひょっとしたら、アルン村での浄化の儀式で追い詰められている時よりも、ショックを受けているように見えた。俺達自身の身には被害は何もないが、決して傷つけてはならない、心の中の誇りやアイデンティティといったようなものを無残にも砕かれてしまったのかもしれない。

 

「これは…… 空間が――」

 

 ドミトリが水晶を見ながら呟く。それと同時に、結界石の周辺に現れていた青いヴェールが、一際濃く変色し、これまでの頻度とは比べ物にならないくらい、急に多くのヴェールが周りを満たし始めた。

 

「ニーナ! ニーっ……」

 

ナエさんのニーナさんを呼ぶ叫び声が聞こえたが、途中でかき消される。一瞬、声がした方向を見るが、青いヴェールによって、ナエさんとニーナさんのいる場所が分断されてしまっていた。そして、ナエさんがいる場所も俺達のいる位置からは青いヴェールによって遮られてしまっている。

 

「オイ、ドミトリ! 何が起こってるんだ」

 

ドミトリ、ラルフさんは俺の近くに居るので、まだヴェールによっては遮られてはいない。だが、先のナエさんやニーナさんに起きた事のように、俺達のまわりの騎士達は青いヴェールによっていくつかの集団に分断されてしまった。

 

「結界石が壊れたから、このあたりに効いていた空間位相変化の術式が暴走してるのか? このままだと、ここの空間はズタズタに……」

「……ええい、つまり何が起きるんだよ」

「わからない。最悪、僕たちごと此処ではないどこかに飛ばされてしまうかも……」

「おい、どうすりゃいいんだよ!」

「ここまでひどいと、何をしても無駄だよ。 これほどの暴走なんて歴史上初めてかも……」

「ドミトリ!」

 

ドミトリの言葉が途中で止まる。声が聞こえなくなったタイミングで青いヴェールがドミトリを遮ってしまったのだ。かろうじて青いヴェールの先にドミトリの表情が伺えるが、彼は突然のヴェールの出現に驚いた表情をした。だが、俺が見えたのはそこまでで、ヴェールが濃くなって、その先の様子をうかがう事はできなくなってしまった。

 

「ドミトリ! クソ、オイっ、ワタル。おまえだけでも…… しまっ」

 

ラルフさんもドミトリと話せなくなるとわかると、まだ分断されてない俺に向かって何かしてくれようとしたが、それすら容赦なくヴェールは遮る。

 

「ラルフさんっ」

 

俺にできたのは、口から名前を叫ぶことだけであり、言葉を終えると同時に、視界は青いヴェールに覆い尽くされてしまった。

 

とうとう、俺一人だけとなってしまった。青いヴェールに遮られていない場所は俺の足元わずか数平方メートル程度の領域だ。完全に青いヴェールに覆われてしまった。青く光り輝くヴェールの中だと、まるで自分が氷河の中に閉じ込められてしまったかのような錯覚を覚える。そしてその錯覚が孤独感や不安感を一層際立たせる。

 

「ラルフさーん。ドミトリー! ナエさんっ! ニーーナさん!」

 

力いっぱい叫んでみるが、俺の声はむなしくヴェールの向こうには届いた様子はない。反対に外からの応答も全くない。もう完全に閉じ込められてしまったのか。

ヴェールを力いっぱい殴ってみたり、タックルしたりしてみたが、まるでトランポリンの壁に向かって攻撃してるみたいで、バネのような弾力で反対に押し返されてしまう。

マジックの呪文も【不退転の意志】で最後であり、もう俺には何もできる事はない。

 

いつの間にか、地面に座り込み何をするまでもなく、茫然としてしまっていた。そして、少しずつ意識がはっきりしなくなってくる。青く白い空間に自分の意識が溶け出してしまいそうな感覚がする。

 

俺達が分断されてからどのくらいたったのか。数分かもしれないし、十数分、数十分、何時間? いや、もう一日以上たったのかもしれない。変化は何もない。目に見えるのは白い空間のみ。俺自身の知覚もやがて白くなり何も感じなくなってゆく…… ああ、眠たいなぁ……

 

 

 

 

*******************************************

 

 あれから5日が過ぎた。

 

 教会の周りの建物や土地は、空から降ってきた流星や魔物によって荒らされてしまって、以前はここに静かな広場や家が建っていたことなど信じられない光景になってしまった。

 

 5日前の浄化の儀式は、これまで経験したことが無いくらい激しく、怖いものだった。見たこともない《魔物》が何匹も村の中を我が物顔で歩き回る光景は、世界の終りが来てしまったのではないかと思うほど恐ろしかった。だけど、そんな地獄とさえ思える中でも、騎士様達は身を挺して、私たちアルン村のみんなを守ってくださった。私たちを守る結界が破られて何人も負傷者はでたけれど、結果だけを見れば、アルン村の住民には一人も死者は出なかった。きっと女神様が私たちを見捨てずに手をさしのべてくださったおかげなのだろう。

 村のみんなには被害はなかったけど、騎士様達の被害はひどかった。《流星の魔物》にやられて重傷を負ったのは一人や二人ではない。さらに、『侵食』されて、流星の魔物自体になってしまった騎士様さえいた。処置が早かったのか、それとも『白の癒し手』ニーナ様が見てくださったおかげか、今は『侵食』された騎士様達も意識を失ってるだけで無事に済んでいる。私はニーナ様の後を引き取って、騎士様方のお世話をしているのだけれど、彼らは安らかな表情で眠っている。きっとあと数日もすれば目を覚ますだろう。

 無事だった騎士様もいたけれど、無事ではすまなかった騎士様達もいた。儀式の混乱が収まったと思われた時に、裏門を守っていた4人の騎士様達が、みな死んだ状態で見つかったという知らせが村中にもたらされた。現場を見てきた騎士様に聞いた話だと、奇妙にも遺体の様子が2つの状態に分かれていたらしい。ひとつ目は、外傷は特に見当たらず、眠ったかのように綺麗な状態で死んでいた2人の遺体。もうひとつは、反対に出血がひどい状態の遺体。こちらも2人の遺体があり、心臓を一突きされた遺体と、首の前半分を切られた遺体があったそうだ。2体とも残酷な殺され方をされていて、きっとあのネメスのトートと呼ばれていた殺人鬼がやったのだろうと、村の中ではもっぱら噂している。4人の遺体は、その日の内に、教会が管理しているアルン村の共同墓地に丁重に葬ることになった。ザーナ司祭様が不在だったので、恐れ多くてあまり気は進まなかったのだけど、私が祈りの言葉を捧げる役をする運びになった。儀式の初めは緊張して、失敗をしないか不安な気持ちでいっぱいだったのだけれど、殺された騎士様達の事を思うと悲しみで胸が満たされて耐えきれなくなって、気が付いたら泣きながら祈りを捧げていた。儀式の最中の事は悲しい感情に耐えながら儀式をやりきるだけでいっぱいいっぱいであまり覚えていない。

 村の人達や建物は酷い被害を受けたけど、今はみんな、前の生活を取り戻そうと、働き出している。幸い、アルン村にいる人達のなかに、取り返しのつかない怪我を負った人はいない。無事だったり、怪我が軽い騎士様方が手伝いを申し出てくださり、みんなで倒壊した建物の瓦礫のあとかたずけや、雨風をしのぐために簡易的な家屋を立て始めている。私も騎士様達のお世話の外にも、弟達の面倒をみたり、アルン村の他の女性たちといっしょに炊き出しをしたりして、一日中忙しく働いている。みんな浄化の儀式で負った心の傷を忘れようと、一心不乱に目の前の仕事に取り掛かっている。いろいろやることがたくさんあって、本当に大変だけれど、むしろ私たちにとっては、山積みの仕事は、少しでも浄化の儀式の記憶を隅に追いやるための方便として、有難くもあった。みんなは表面上は精力的に動いているけれど、誰もが心の奥底に一抹の不安を消し切れないでいる。その正体は、樹海に消えて行った騎士様達やネメスの行方だ。アルバート隊長やナエ副隊長、『白き癒し手』のニーナ様やドミトリ様。あの人達はザーナ司祭様を誘拐していったネメス達を追って、アルノーゴ樹海に入っていった。隊長達が樹海に入っていった後、樹海の奥から何か大きな地響きが響き渡ってきて、何かとてつもない事が起きている事だけはわかった。私も村の人達も、《流星の魔物》のような恐ろしい存在が、またアルン村を襲うのではないかと、戦々恐々と身をちぢこませていた。幸い樹海から響き渡る轟音は、日が暮れるころまでには静まっていき、そのあとはいつもの静寂に包まれた神秘的な樹海に戻ったようだった。

 だけど、私たちはそれからの『何も起きなかった』事こそ不信に思うべきだったのかもしれない。心の中に巣食う不安は日が暮れて夜になり、次第に時間が進むにつれ大きくなっていった。誰もが心の中にもたげた『それ』を口にしたのは、村の警護をナエさんから託された騎士様の一人だった。

 

「なんで、誰も樹海から戻ってこないんだ」と。

 

 夜中に野外を出歩くのは自殺行為そのものだ。どのような魔物が襲われるかわかったものではないからだ。そんな事、言葉を話せるようになった小さな子ですら知っている事だ。ましてや、アルン村に居るみんなは、浄化の儀式で誰も彼も疲れ果てていた。夜明けを待ってから捜索するしか私たちにはできなかった。

 翌日、日が出てすぐに、比較的余力のある騎士様によって捜索隊が組まれ、樹海に入っていった。捜索隊はその日の夕暮れぎりぎりまで村に戻ってくることは無かった。日も落ちそうになる時にやっとの事で、村の裏門に帰ってきた騎士様達は、予想だにしない結果を村にもたらした。

 

それは、「激しく争った跡はみられたが、アルバート隊長やザーナ司祭、挙句の果てにはネメス達の姿や行方を一切発見する事ができなかった」という事だった。

 

 樹海の奥の方に、木がまばらにしか生えていない開けた場所があり、その周辺がとても激しく荒れていたそうだ。幹が太い歪んだ木々がなぎ倒され、地面には大きな裂け目が長々と穿たれていたらしい。その場所には、他に地面に何か大きな巨体が這いずり回った跡や、元は何かの構造物の一部であったかのような石の破片が散乱していたそうだ。周辺の荒らされ具合からするに、激しく争いがあっただろうことは簡単に考えられるのだけど、魔物の死体や人間の遺体は一切残されていなかったらしい。一通り周辺を見終わったあと、捜索隊はその場所を基点にして、樹海の奥の方に探索の手を伸ばす事にしたそうだ。次の発見は直ぐに見つかった。アルン村とは反対の方向、樹海の奥に向かう方へさらに進んだ所に、石で組まれた大きく平べったい石畳でできた広場が発見された。その広場周辺も、基点にした場所のように木々が折れて、穴が穿たれており、戦闘があった事を推察させる様子だったらしい。さらに、大きな胴体をもつ魔物が這いずり回った跡もこの場所も見られた事から、捜索隊はここでもアルバート隊長とネメス達の戦闘があったと考えたそうだ。そして、捜索隊が最後に見つけた手がかりとなりうるものは石畳の一画にあった。それは、真っ赤に染まった血の跡だった。捜索隊の一人の騎士様が、石畳の上にシミのように広がった赤い跡を見つけたのだそうだ。それを見つけた瞬間、即座に『それ』の跡だという考えがよぎったそうだが、即断せずに近づいてよく見てみると、赤いしみのような跡が石畳のある場所を中心に広がっていることから、血だまりの跡だと断ずる他なかったらしい。だけど、おかしいのは出血をしていたであろう生き物の死骸が、どこにも見当たらない事だった。どこかへ移動したと考えるにも、かなり広い血だまりができるほど出血をしていたのなら、血が流れた跡がどこかへ続いているはずだった。だけど、そこにある血だまりは、円のように広がっていて、どこかへ体を引きずってできた跡がどこにもなかった。まるで、血を出している生き物を、誰かが空から持ち上げて取り去ってしまったとしか考えようのない、不自然な状況だったそうだ。

 結局、捜索隊はその場所からさらに探索範囲を広げはしたものの、辺りにいつ作られたのか分からない程古い壊れた結界石と思しき台座が数本あるのみで、それ以外目ぼしいものは見つけることはできなかったそうだ。その時点で日が暮れかかっていたのでアルン村に引き返すこととなったそうだ。

 次の日は、1日目よりかは人数は少ないものの、再度捜索隊が組まれて、1日目以上の範囲を探し回った。だけど、結局何も見つけることができなかった。アルン村の復興に力を注ぐべき状況もあって、結局その日の捜索で行方不明者の捜索は打ち止めとなってしまった。

 

 今日もアルン村には、教会前広場のあちこちで建物を修理する音が響き渡る。村の人達と、騎士様達によって懸命に作業が続けられている。流石に数日も作業をしていれば、広場の周りの荒れ模様は少しは見れるものになり、みすぼらしいながらも、夜露をしのぐには十分な建物がちらほらと組みあがり始めている。復興が進む一方、教会の建物自体の修理は、まずは村の人達の住む場所を優先するために後回しにされているのが実情だ。私も本当はすぐにでも教会のかたずけをしたいのだけれども、村のみんなが落ち着くのが先だと思う。女神様の教えにも、『見栄や誇りよりも、まずはか弱き者達を慈しみ、育め』という教えもある。

 教会は、災厄の流星がホールの天井を掠めて落ちたせいで、ホールの一部の天上が崩れ落ちてしまっている。さらに、一時『浸食』された騎士様が《魔物化》した時に暴れたせいで、中の椅子や床ががめちゃめちゃになって荒れ放題となってしまっていた。幸い、ホール奥手の寝室や病室は特に被害を受けていないので、今は怪我をした村の人や騎士様達を収容するのに使っている。

 瓦礫のかたずけを手伝い終わった後の休憩の時間に、なんとなく私は屋根が崩れてしまった教会のホールの中に入る。静かな教会前の広場と神秘的な教会を仕切っていた教会の大きな扉は、中心が大きく破られてしまっていて、覗き込めば教会の中が易々と見渡せてしまう。中に入ると、ホールの中は長椅子が壁際に追いやられて、無造作に積み上げられている。中には積み上げられた椅子が崩れて、ひっくり返ったまま、床の上に転がっているものさえある。ホールの中央には大きな穴が床に開いていて、すぐ横に黒ずんだ染みのような跡が残っている。これは後で聞いた話だと、ナエ様が『浸食』された騎士様が暴れまわっている時に放った攻撃の跡らしい。その時出た炎の柱は轟轟と燃え盛っていて、離れていた場所でもその熱気を感じたほどだとか。この焦げ跡を見るだけでも、ナエ様の攻撃の激しさが想像できる。

 視線を上げれば、これまで何度も見てきたアルン村に伝わる伝承を現したステンドグラスが目に入る。今は崩れてしまった屋根から、太陽の光が降り注いで、神秘的なステンドグラスにうつる絵を一層際立たせている。このステンドグラスは、目立った事が特にないアルン村の中で、数少ない自慢のものだった。たまにアルン村にやってくる旅の方にお見せすると、どの人も感心したように、ほぅと息を吐くのを眺めるのが私の誰にも明かしたことのない楽しみだった。だけど、このステンドグラスの中に1つだけ、ずっと好きになれないものがあった。それはステンドグラスの端の方、女神様に追い払われる細長い黒い魔物だ。それはアルン村に伝わる伝説で、大いなる『災厄の魔物』であったらしい。それが起きたのは私が生まれるはるか昔の事で、伝説に伝え聞く限りでは被害は大層なものであったようだ。だけど、女神様の威光の前には、そんな恐ろしい魔物もステンドグラスが描くように、逃げ惑うだけだった。お話では、それで「めでたし、めでたし」で終わるのだけれども、何故か今の私は、その黒く描かれている『蛇神』の事がが気になって仕方がなかった。捜索隊の騎士様の話に出てきた『何か巨大な魔物が這いずり回ったかのような跡』というお話。その話を聞いた瞬間、私はこのステンドグラスに出てくる『蛇神』を想像してしまった。

 思い出すのは、浄化の儀式が行われる1日前。司祭様やアルバート隊長がワタルさんを引き連れて教会の外に行った後、大きな揺れが起きた時の事。その時は浄化の儀式の準備の時に起きた事故だと知らされ、そのことを信じたのだけれども、私は何かおかしいという違和感も感じた事も覚えている。特におかしかったのはザーナ司祭様だ。私がナエ様やニーナ様と、教会裏居たアルバート隊長に会いに行った時、ザーナ司祭様はどこか上の空で、私が声をかけるまで、心ここにあらずといった様子だった。私やアルバート隊長に声を掛けられて気づいたときは、単に「動揺してしまった」と笑って、大丈夫だとおっしゃっていた。けれど、そのあと、司祭様が樹海から帰ってきてからお話ししてみると、司祭様はどこか終始何かを気にしてらっしゃる様子だった。いつもは私たちを包み込んでくださる慈悲に満ちた様子でらっしゃるのに、その時だけは、どこかぎこちなさを感じるような話し方だった。結局、そのあと司祭様は浄化の儀式の準備が忙しくなり、お話する機会には恵まれなかった。

 

「司祭様……」

 

 私は荒れ果てたホールの床の上に跪いて祈りの姿勢を取る。両手を合わせ、頭を垂れて天上におわす女神様に祈りをささげる。

 

「どうか女神様。 ザーナ司祭様、騎士様達のご無事を……」

 

 口の端に上がるのは、5日前から会えなくなってしまった人達。みんな優しい人達で年下の私を一人前の司祭見習いとして扱ってくれた。

 

「そして、ワタルさん……」

 

 つい数日前、教会で保護する事になった青年の姿を思い出す。何でも、ラルフ様がアルン村へ来る途中で拾われたとか。黒髪の人は初めて見たのだけれど、どこか大人しく優しげな雰囲気を持った人だった。話しを聞く限り、迷子になったみたいで、アルン村の全てに戸惑っていたような印象がある。だけど、ネメス達を追う前の彼は、張りつめそうなほど緊張はしていても、それまでの印象を吹き飛ばすほどに使命感に満ち、覚悟の壮絶さ感じさせた。

 脳裏に思い浮かぶのは、樹海の奥で発見された血だまりの跡の事。その広がりようは出血多量で死に至る程のものだったという騎士様のお話が頭から離れない。私の知っている人達の誰かが、そんな目にあってしまうと考えてしまうと、不安が無限に膨れ上がって夜も眠れなかった。

 

「どうか、女神様。か弱き我ら、そしてあの方々を、あらゆる災いから守りたまえ」

 

どうか皆様ご無事で…… 私にできるのは、ただ祈る事だけなのだから。

 

 

 

 

 

 




一応これにて第一章が終了です。

行方不明シメは、今思うにアレな終わり方だとは思いますが、いかんせんそういう風に進めると物語を構想してしまってますので、寛大なるお心でご承認いただければと思います。

改めて振り返ってみるに、公開を始めて、ここまで辿りつくのに3年9か月くらいかかってます。我が事ながら長ーよ。長すぎだよww

次は第二章ですが、いつになるでしょうか?
正直、勢いで書いてる割合の方が多いので、
案外すぐにご提供できるかもしれません。

では、次は第二章でお会いしましょう。

2月20日:ロミス独白部分に、アルン村裏門を守っていた騎士達に関して追記
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