Plains Walker -次元世界遊歩道中-   作:sasandra

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作者の、作者のための、作者による、習作兼、具体的な世界観構築を目的とした番外編です。
結果的に説明がメインになっちゃってますが、絶対に読まなければならない、というわけの話ではございません。


幕間 1
EX1-1:城塞都市ラグジッドのある騎士の一日


 空は長い暗夜の支配が解かれ、朝日が大地の向こう側から顔をのぞかせている。

 太陽から放たれるまばゆい光が、大地と空の境を青白く染まらせる。次第に外は明るくなり、静かに眠っていた様々な生き物が動きだそうとする頃。

 

 夏の頃の過ごしやすい気候と比べて、最近は少しずつだがそれなりに冷え込んできた。

以前は、惰眠を貪る事を中々やめられずに、ベッドから出られなかったが、これからは外の寒さの耐えがたさ故に、ベッドから出るのが難しくなるのだろう。

 

「ううううん……」

 

 そんな事を思いながら、やっとの事で身を起こす。両手をいっぱいに天上へ伸ばして眠気を飛ばしつつ、アリサ・リランドルはベッドから起き上がる。

 日々の鍛練に邪魔だからと、短めに切った金髪は、寝ている間についたのか、左側の一部が寝癖で直角に曲がって中空に飛び出している。

 一度癖がついたら、中々直らない飛びはねた髪を左手で撫でつつ、アリサは器用に右手で大きく開いた口をふさぐ。

 

「ふああああ…… さて、おきなきゃ」

 

 そう言って、彼女はのそのそとベッドから離れた。

 

 生まれた実家が城塞都市ラグジッドでは比較的高い地位にあり、アリサは彼女の若さからすると異例の高待遇で騎士団に迎えられている。

 普通、彼女の同年代の騎士達に割り当てられる部屋は相部屋であることがほとんどだ。参考程度だが、アリサより身分が低い騎士身習いとなると、1部屋に5~6人詰め込まれてしまう事も珍しい事ではない。

 幸い、彼女はやんごとなき身分のほかに、同世代の騎士達と比べると武力・指揮の才能に恵まれており、その長じたポテンシャルを騎士団に入りたての頃から幹部達に見出されていた。そして、彼女の実直で素直な性格も相まって、特に大きな問題もなく、彼女は出世コースを順調に進んでいる。

 

 5人~10人の少人数の騎士達から成る、『小隊』の隊長の身分にあるアリサには、個室が割り当てられている。実家の身分のおかげもあってか、その部屋の広さも、宿舎の中でも大き目な部類に入る。だが、さすがに実家にある彼女の部屋のように、寝転がってごろごろと端から端まで転がるほどのスペースはない。壁際にベッドを置いて、せいぜいもうひとつ、1人用ベッドを反対側に置けるか、と言った程度の余裕しかない。

 高い身分にある人間―― 一般的に貴族と呼ばれている――は、部屋に自分の身の回りの世話をさせるメイドや執事を控えさせている者がいたりするが、アリサは他人に世話されるよりかは、自分で自らの面倒を見る方が気が楽であると感じていた。そのため、彼女の部屋にはアリサ以外には誰一人もいない。

 

 貴族出身の騎士が詰め寄る宿舎では、早朝、召使いが身だしなみを整えるための水を各部屋に配っている。真冬となると、水が湯に変わり、時期によっては、かなり冷え込むラグジットではなかなかありつけない贅沢にもなる。だが、今はまだ少し冷え込みが始まる時期であり、まだ桶に入っている水は、冷たいままである。

 アリサは重力に真っ向から対抗して、ほぼ水平90度に曲がっている自身の寝癖と、桶の水と櫛で何とかしようと格闘したあと、寝間着から騎士団用の制服に着替える。

 

 騎士団に属する人間は、武に秀でられていることが求められるため、男性ばかりいるものだと思われがちだが、聖石騎士団はその限りではない。魔法適正や知力に由来した戦闘以外に関する資質も、戦闘能力と同じ程度に重視されているのだ。そのため、戦闘能力がからっきしだが、別の分野で突き抜けた能力を示す、尖った人材も居ないことは無い。単に男性偏重ではなく、能力さえあれば性別なぞは二の次であるという気質なのだ。

 

 話が逸れたが、聖石騎士団ではそのような気質の集団であるため、意外なほど規則等の決まり事は男女どちらにとっても、弊害にならないように取り計られている。つまり、制服にもその特徴は現れていて、女性用の制服が聖石騎士団に存在しているのだ。だが、流石にそういうものはドレスのようにヒラヒラとしたスカートであったりして、むしろ式典のような公式な祭事でしか着用しない。他には、教会に所属している人間向けの華美な装飾がされた祭司服等があるのだが、アリサにとってはそんなものには縁がなく、今日も男性と共通である、動きやすさを優先させたズボンの制服を着る。全体的に多少の装飾がされてはいるが、かといって動きを阻害するほどではなく、実用性とデザイン性が両立された制服だ。現代でいうベストのように体のラインにぴったりと沿っていて、右肩の側面には聖石騎士団のエンブレムが刺繍されている。アリスは毎回この制服を着ると、自然と騎士道精神が触発されて、寝ぼけた頭もしゃっきりするのだった。アリスの体は15歳で執り行われる成人の儀を終えてから4年ほど経ち、体つきも十分、大人とみなされる程には成熟している。その証拠に、騎士団の制服越しに、胸の膨らみや女性らしい腰つき具合がそれとなく伺うことができる。より妙齢である年上の、アリサと同じ騎士である姉からウワサに聞いたところ、胸の大きい女性のために、胸元に余裕を持たせたカスタマイズ版制服があると噂されているらしい。だが、アリサにとっては、今着ている制服の締め付け具合には不満はない。いつかこの身につけてやる、と不満を募らせながらも剣を腰にさす。騎士たるもの、これがなければ始まらない。剣を腰に差す行為自体が、アリサにとっての心もちを騎士にするための仕上げだ。最後に、聖石騎士団の騎士として、剣よりも大事なロザリオを胸元から下げているのを触って確認する。そして、この部屋の中では一番高価かも知れない姿見で身だしなみを確かめる。

 

「良し!」

 

今日も、アリサの一日が始まる。

 

*****************************************

 

 

『カライアは魔物の氾濫(スタンピード)よりも飢えを怖れる』

 

 教会が教えに用いる逸話にこのような言葉がある。聖石教会にその名を連ねる、軍司の原初の体現者(プライモーディアル)にまつわる逸話にある格言だ。曰く、軍神と謳われるまでに、数々の戦いで華々しく戦果を叩き出してきたカライアであるが、どのような魔物を前にしても恐れはしなかった彼でも、兵站が滞る事は何よりも恐れたという。これは、聖石騎士団の教本に軍事行動における補給の重要さを端的に表す言葉として記載されていて、騎士過程を経たものならば誰でも知っていることである。この考えは騎士団の上層部から下層の末端まで浸透していて、その教えは騎士団の生活スタイルに如実に現れている。つまり、何をするにしても腹を満たしてからでないと始まらない、ということだ。物を食べる以上当たり前なことではあるのだが、弱きを庇護し、教え導く使命を自らに課している教会や騎士団としては、従うに疑いのない真っ当な教えだ。

 

 ラグジットの騎士団駐屯地には、騎士団関係者だけではなく、教会関係者も滞在している。周辺の中では一番栄えた都市として知られるラグジットの騎士団駐屯地に詰める人数は、かなり大規模であり、数百人を優に越える。無論、その膨大な人員の胃袋を支える食堂は、騎士団駐屯地の中でもかなり大きな建物である。

 

 アリサが寮を出て食堂に着いた時、中には既に小規模ながらも行列ができていた。食堂の広々とした空間の大部分を占拠しているのは、木製の長机だ。両端には、机よりも少し低い高さに設えられた長椅子が並んでおり、アリサが並んでいるカウンター前から、同じ机と椅子が規則正しく何列にもわたって並んでいる。所々には、アリサよりも早く来た騎士や教会関係者が、各々の装いをしつつも、三々五々に朝食を採っている。黙々と平らげる人、数人寄り集まって会話を挟みながら一緒に食べている人達など、今日も様々な様子の人達がいる。そんな様子を横目に見つつ、ようやくカウンター前まで辿りつき、脇に置かれているスプーンとお盆を手に取る。カウンター奥は厨房になっており、料理人達が『戦争』を繰りひろげていた。奥手の竈では風呂桶としか思えないほどの大きさの鍋が並べられていて、中で大量のスープが煮詰められている。火加減を調節する料理人や、鍋を棒でかき混ぜる料理人、煮込む具を一抱えもあるバケツから中にぶちまける料理人さえいる。気候的には最近寒くなってきたというのに、厨房の中は暑いのか、皆一様に汗をかいており、まさに『灼熱』の戦いが続いていた。『火』には何かと縁があるアリサとしても、この種の暑苦しさには同情を禁じ得なかった。鍋が並ぶ横には、煉瓦で設えられた竈が3つも並んでおり、複数の料理人が竈にパン生地を突っ込んでは、焼き立てられたパンを取り出していた。取り出されたパンは無造作に台車の上に放り投げられ、山になった所でカウンターへと運ばれてくる。また、厨房の隅のある一画には、野菜が山と積まれており、料理人見習い達がどこか遠くを見ているような目をしながら黙々と皮むき作業を行っていた。

 

 いつ見てもこの光景は魔物との戦闘と遜色ないほど苛烈だな、とアリサは思う。死物狂いの料理人達に戦々恐々としながらも、アリサは木製のお椀に、大量の具と一緒によそわれた野菜スープと、これまた人の顔ほどもありそうなパンを受け取る。ラグジッド騎士団駐屯地の食堂の献立はあまり種類には恵まれておらず、野菜スープとパンの組み合わせが多い。だが、毎日同じ献立でも飽きられないように、日ごとにスープの具が違っていたり、干し肉や腸詰めなどのタンパク源が合わせて提供されている。

 パンをとった後、果実水が入ったコップを取り、長机に向かう。人間の性というものは不思議なもので、毎回決まった位置で食事ををとる人間がいる。アリサもそんな傾向の人間であり、今日もいつもの位置――カウンターから一列奥に並んでいる、長机の中でも一番左手の端っこ――に向かっていく。寝坊して、いつもより遅い時間に来ると、席はほぼ満席で、散発的に空いた席に座るしかなくなるのだが、いつも通りの時間に起床できた今日は、彼女の指定席は空いていた。朝食がのったお盆を机に置いて、長椅子をまたいで座る。空腹を訴える本能に従って、スプーンを手に取りたくなるが、理性を働かせてぐっと我慢する。敬虔な聖石教会の信者は、糧を取る前に必ず女神へと感謝の祈りを捧げる。首から下げたロザリオを取り出して両手で包み込み、机の上に肘を立て、頭を下げて額に握りが当たるようにする。そして、一旦心を落ち着けてから小さく、だがはっきりと祈りを言う。

 

「偉大なる慈悲深き女神様。今日も糧を頂けることに感謝を捧げます」

 

祈りの言葉を唱え終えるのももどかしく、スプーンを手に取って、お椀に目一杯に盛られた具をすくい上げる。少し息を吹いて冷ましてから、大口をあけて一気に中に入れる。まだ十分に冷ますことができていなかったのか、熱さが口の中に伝わり、口の外に熱さを逃がすために、頬張りながらハフハフと熱い吐息を外に出す。オニタギやキュロンが程よく煮込まれていて、噛むごとに野菜の旨みが口の中に広がる。次に片手では収まらないほどの大きさのパンをちぎる。焼きたてで、外はカリカリしてて程よく焼き上がっているが、料理人の腕がいいのか、ちぎった箇所から見える白い生地はモチモチしているのが見ただけでわかる。これは当たりをひいたかもしれないと、ワクワクしながら口に持っていく。まだオーブンから引き出したばかりで、余熱が中にこもっている上に、表面の焼き上がった部分のサクサク感と、中の生地のもっちり感が口の中でとろけあって、なんとも言えない幸福感に満たされる。たまらず、続けて頬張るが、生地のふっくら感が口の中を占める。今日のパンは会心の出来と評価を下し、未だに厨房で奮闘を続ける料理人達に称賛を送った。アリサは、この食堂で提供される食事にはおおむね満足している。玉に、煮込み足りないスープや、焼きすぎて焦げたパンを引くことがあるのが玉に傷であるのだが。

 

 そうしてしばらく朝食に舌鼓を打っていると、前方の反対側の席から声がかかってきた。

 

「おはよう、相変わらず美味しそうに食べるわね」

 

 アリサが視線を前方に向けると、ちょうど長い金髪をした女性が席に座るところだった。直ぐに返事をしないのは、アリサの育ちの良さのおかげか、咀嚼していた食べ物をのみ込み、アリサは対面の女性に挨拶を返す。

 

「おはよう。ライラ。今日のパンはかなり当たりだと思うわよ」

 

 アリサの目の前に座る彼女、ライラはアリサにとっては先輩にあたる人物だ。年はアリサよりかは3つか4つほど上といった所か。ラグジッドではさほど珍しくない聖石教会の司祭服を着て、アリサと同じメニューが載った盆を前にアリサの対面に座っている。彼女の外見で特徴的なのは、長く伸びた艶がかった金髪だ。その様は食堂の中でも光を反射してるのではないかと見紛うほどで、時折、男性司祭や騎士達の中では『神々しい』とさえ噂されるほどだ。それに加えて、彼女は長身でありスタイルも抜群だ。いつも質素な司祭服を着ているが、それだけでは彼女の美しさを隠し通すことはできず、服の上から彼女のスタイルの良さがありありとわかってしまう程である。アリサとしては、司祭の身ながら、何故これほどの体に恵まれているのかと、ライラの全身を上から下まで眺めて常々疑問を呈している。アリサとライラは、アリサがラグジッド駐屯地に来て以来の仲であり、いつも一緒に朝食を食べる以外にも、何か機会があるごとに一緒居る間柄だ。ライラは面倒見が良い性格で評判があり、アリサとしては何か困ったことがあるたびに相談にのってもらっており、気の置けない存在だ。内心、彼女の事を、実の姉よりも姉のようであると思ってさえいる。

 

(まぁ、姉さんはニーナにご執心だからね……)

 

 夢中の対象にべったり張り付いて、嫌らしい表情を浮かべる、自ら本来の姉の様子を想像しかけたが、外れかけた思考を現実へと起動修正する。同じ食堂で食べている以上、ライラはアリサと同じメニューであるのだが、騎士のアリサと比べて、彼女の朝食の量は少なめだ。ライラはアリサの言葉を受けて、パンを食べていたのだが、一口飲みこむと驚きの声を上げる。

 

「あら、ほんとだわ。今日のはとってもいけるじゃない」

「また最近、パン担当の人が変わったのかな? なるべく長く続いてくれるといいんだけど」

「まぁ、料理長の御眼鏡にかなう事を祈りましょう。ところで、あなたのお姉さん達はまだ帰ってこないの?」

 

 ライラは、野菜スープをスプーン片手につまみつつ、いつもの調子でアリサに話しかけてくる。ライラの胸元には、アリサが身に着けているのと同じような、首飾りが身に着けられていて、中心にしつらえられた輝く石が、外から入ってくる光を反射している。実は、いつもならば、本当はこの場にはもう2人ほど人物が加わっているのがいつもの光景なのであるが、その2人はラグジッドから中長期的な外征任務で遠征中である。彼女らが旅立ってから、既に3か月経過しており。アリサやライラとしても、心細さを感じているのであった。

 

「もうそろそろ、最後の村の儀式を終える頃だと思うわ。ただ、一番活動圏から離れているから、ラグジッドへ帰ってくるのにもう2,3週はかかるかしら」

「まだ、当面は私達2人だけね。いつもあの2人がいると騒がしいけど、いい加減懐かしく思えてきちゃうわ」

「私もよ」

 

図らずもお互い一緒の事を考えていた事を、くすくす笑いつつ、寂しさを紛らわすようにおしゃべりは続いていく。今はいない2人が外征へ出発した直後は、2人がいないだけであまりにも場が変わってしまった事に戸惑ったものだ。だが、その状況にもいい加減に慣れてしまい、ライラと2人だけでひっそりとお互いをつつき合うように過ごすようになって久しい。もともと、暴走しがちなアリサの姉と、それにまとわりつかれる、もう1人を肴に騒いだり、わいわいやったりするのが常であった。だが意外にも、アリサとライラの2人は、共にストッパーな役割を果たしていただけに、お互い気の通じ合うのか、自然と2人だけでも会話が盛り上がった。今も、気分がのってきたのか、朝食より話す方に集中してしまって、朝食がおざなりになってしまっている。女が3人集まれば姦しいと言うが、別に3人集まらなくても女性は姦しいのである。

 

 

 聖石騎士団の一日の活動は、礼拝堂での女神への祈祷で始まる。騎士団を擁する活動拠点には、必ず祭壇が優劣問わず備え付けられていて、騎士達は何かにかこつけて、そこで祈りを捧げている。その習慣の染み付き具合は、ちょっとした行軍中の野営にも祭壇を整える程度には、そして、それが当たり前に捉えられる程度には浸透している。

 ラグジッドは、その周辺一帯には、最も発展している城塞都市として名が知れ渡っている。そして、その城塞都市の騎士団駐屯地には、その発展具合には釣り合う程度の、なかなか華美で豪華な礼拝堂がある。聖石教会総本山にある大聖堂と比べると流石に見劣りしてしまうが、大きさはその次に迫る程である。その規模だけを鑑みるのならば、『礼拝堂』というよりかは、『大聖堂』と表現すべきなのかもしれず、初めて訪れる人間はそのスケールの大きさに驚かされるだろう。

 入口は大きな木製の両開きの扉が2つ設えられており、とても人間一人で開けるような代物には見えない。中に入れば、聖堂の奥まで見渡せるほどの空間が広がっており、重厚な建物を支える柱が並ぶ先に、色とりどりの彩色が施されたステンドグラスが目に入る。アリサは初めて聖堂の中入った時は、荘厳な光景に感動もしたものだが、それがもう何日も、毎朝続くとなると、流石に慣れてしまっていた。もし、中に誰もいないのだったら、静謐さもあって普段見慣れた光景とは別種の感動もあったのかもしれない。だが、アリサと同じような、見慣れた光景に何の感慨も抱かない人間が百人単位で群がると、とたんに聖堂内の神聖さが損なわれしまうものだから、人間とはなんとも罪深き生き物なのだろうか、などと皮肉な思考をしつつも、今日もアリサは騎士団の位階に従った所定の位置に並ぶ。ちなみにライラとは聖堂までは一緒に来はしたが、入口で別れている。実は、大聖堂内は、騎士団の人間だけではなく聖石教会の司教や司祭見習いも集まっている。一部の手伝いを含む裏方を除いた、ラグジッドの騎士団と教会関係者が一堂に介するのはこの時くらいだ。並ぶ場所は騎士団出身者と教会出身者とで分かれているため、アリサとライラは入口で分かれて、それぞれの場所へ向かったという次第だ。聖堂内は至る所でざわめきが起きていて、雑多な印象を受けるが、そのざわめきも礼拝を開始する鐘が鳴るまでには次第におさまっていく。

 ゴーン、ゴーンと鐘が鳴る時には、物音を立てる人間は誰一人いなくなった。アリサにはこの切り替わり様が不思議でしょうがないのだが、いざ自分も物音を立ててはならないと神経質になっているのだから、これは神秘が介在する、大聖堂の中だけで起こる女神様がなせる御業なのか、としみじみと感じ入る時がある。

 

 大聖堂の鐘が鳴ると同時に、入口から奥にある一段高い床に、大司教を始めとする高位に連なる司祭や騎士長達が並ぶ。鐘が鳴り終わると、前に並んでいる高位の人物達を含む聖堂の中の全員がその場にひざまづいて、女神への祈祷が始まる。この間は、前に出ている大司教が口上を述べて祈りを捧げ、他は静かに黙祷をする。日によって、大司教が不在の場合は、変わりの人間が祈りを上げる時もある。この時ばかりは、雑多な事を考えがちなアリサをしても、女神に対する祈りの気持ちで思考が静かになる。祈り自体はそれほど長くもなく、およそ1分で終了する。祈りが終わった後は全員その場に立ち上がり、点呼や通達が行われる。騎士団や教会の指導層としては、全員が一堂に集まるこの場に便乗しない手はない。むしろ、大聖堂に毎朝集まる習慣は、そちら(・・・)の方が真の目的のように思われるのであった。

 幸い、今日は重大な通達事項は特に存在せず、大司教の挨拶と解散の言葉でその場は終了となった。

 

 

 聖堂での礼拝が終了すると、いよいよ騎士団と教会の一日の本格的な活動が始まる。騎士団出身の人間が行う仕事は、専ら肉体労働である。ラグジッドは、それ自身の統治だけではなく、周辺の活動圏の維持を担っており、秩序を維持する機関として、騎士団の軍事力が必要とされている場所は多い。

 騎士団の仕事と言えば、まずは魔物の討伐が一番に挙げられるだろう。この世界の大半は『魔力の澱』に満たされており、『魔力の澱』の濃度が濃い空間では、そのまま放置しているだけで『魔物』が自然発生してしまう。そのような過酷な世界に対する解決策として、女神がもたらした奇跡の1つが『結界石』である。その『結界石』が人類の活動圏のあらゆる場所に予断無く配置はされてはいる。しかし、それでも完全には活動圏内の『魔力の澱』を抑え込むことはできないのが実態だ。そのため、どうしても人類の活動圏内で『魔物』が出現してしまう事がしばしばある。流石に、逐一各地点の『魔力の澱』の濃度や分布を把握して、魔物の出現を予測する事はできない。代わりに取りうる手段として、人の手による周辺監視が長年にわたって騎士団主導で行われてきた。他に言及すべき類似する騎士団の仕事としては、アリサの姉や友人達が遠征として行っている、『浄化の儀式』の定期的な遂行と、それに伴って『深淵なる混沌の海』から落ちてくる(・・・・・)災厄の流星の魔物討伐が挙げられる。これは比較的近年になって発生した、騎士団の歴史上、最も特異で危険な任務であった。かつて、前者の周辺監視の仕事と比べると、理不尽としか言いようの無い凶悪な性質をもつ魔物達を相手にするため、負傷率・死亡率がかなり高い任務であった。しかしながら、幸い、教会所属の一大勢力『ガイウス派』らが開発した結界型輝石のおかげで、その損耗率をかなり抑え込む事に成功した。現在は普段の周辺監視の任務とは少し性質の異なる、変わった任務という認識に収まる程度には難易度がやわらいでいる。他には、ラグジッドの都市内警邏、都市内の至る所に配置された詰所の管理・治安維持、ラグジッドに隣接する町村での治安維持を目的とした駐屯任務、刑務所といった特別な施設の管理・警護、さらにはラグジッドの支配層、教会、騎士団の要人警護、災害が発生した場合等は、被害を受けた施設の復旧工事、警護といった仕事もあったりする。

 騎士団の仕事に対して、聖石教会の司祭達の仕事は、騎士団が出張る必要がない、荒事向けではない事全般に及ぶ。まず、教会の存在意義にも等しい第一の任務は、『結界石』の維持・管理による人類活動圏の維持、拡大が挙げられる。聖石教会が擁する女神にまつわる流離譚によれば、かつて、人類を始めとする幾多の民草は、楽園と呼べる安住の地を求め、様々な世界を女神や原初の体現者(プライモーディアル)らに率いられて、長きにわたる流浪の旅をしていたという。そして、長い流浪と様々な世界にいた現地勢力との摩擦の結果、流れに流れて現在の世界に落ち着く事となったという。しかし、その世界は『魔力の澱』に満たされていて、決して楽園と呼べるような優しい世界ではなかった。女神や原初の体現者(プライモーディアル)達は、そのような世界でも庇護する民達が生きていけるよう、結界石による浄化・生存圏のシステムを確立したという。このような流離譚を擁するため、聖石教会の存在意義は、人類の維持・保護に等しいと言っても良い。その根幹をなすのが、結界石による『魔力の澱』の浄化システムであるため、必然的にその維持に注力するのは当然と言えよう。と、このように述べたが、聖石教会が担う役目は他にもいろいろ存在する。聖石教会の存在意義に関連する役目として、女神による奇跡の結晶であるとも言える『輝石』の管理・研究・ノウハウの蓄積も担っている。また、『教会』として、人類の活動圏に存在する人々の精神的主柱、さらには人々を教え導く事も聖石教会が自らに課している事に含まれている。その一端として、村によっては、聖石教会の司祭がその村のコミュニティの管理・維持を担っているという事も珍しくない。

 このように、聖石騎士団と聖石教会は、この『魔力の澱』に覆われる厳しい世界で、人類が生き残るうえで欠くべからざる『車の両輪』と言える役目をそれぞれ果たしている。騎士団と聖石教会はそれぞれの由来が女神と原初の体現者(プライモーディアル)であるため、常に連携して数々の問題に協力して当たってきた歴史がある。そのため、ラグジッドの騎士団駐屯地に騎士団所属の人間だけでなく、聖石教会出身の人間が混在しているのは極自然な事と言えるのだ。

 

 話がそれてしまったが、アリサの本日の任務は実の所、具体的な任務を仰せつかっていない。普段はローテーションで任務が割り当てられて、様々な所へ東奔西走しているのであるが、たまたま本日は任務が割り当てられていない『フリー』状態なのであった。こういう時は、騎士団は各自の戦闘能力を錆びつかせない事を目的に、自主鍛練を行う事が常だ。アリサはその慣習に従い、自らと配下の小隊の訓練を行うべく、演習場に向かう。

 

 さて、訓練をするに当たって、当然ながらしかるべき装いというものは存在する。訓練場の横にある、休憩所と着替え場所を兼ねた建物に入り、鎧を身につける事がまず始めに行うことだ。鎧とは、騎士にとっては身を守る大事な装備である。魔物と戦闘するのが主たる任務のため、鎧を装備した状態で、なんの事もなく動き回ることは、騎士に求められる必要最低限の能力のひとつと言える。

 アリサは自分に割り当てられたスペースに行き、騎士団の制服から鎧下に着替える。この鎧下は、実用性第一に作られていて、騎士団の制服以上に動きやすく作られている。シンプルな白の麻でできた長袖とズボンを身につけて、袖やズボンの端を皮の紐で結び、激しい動きでずれないように固定する。次に鋭利な刃物や魔物の爪といった凶器を肌に届かせないための帷子を上半身に身につける。また、体の駆動の自由が確保されている今のうちに、足回りの防具を身に付ける。ここからは一人だときついため、控えている補助の人間に手伝ってもらうのが常だ。そして仕上げとして、自身のロザリオが首もとに身に付けられているのを確認し、上半身から胴回りまでを覆う小隊長用の軽鎧と小手を身につければ終わりだ。アリサの装備は騎士団基準でいえば、バランスがとれていて、薄すぎず、重すぎずと言ったところだ。だが、それでも手伝いを必要とするので、身に付けるのは一苦労である。この面倒さが煩わしくもあるのだが、これを怠れば自分の命が脅かされかねないので、有無を言わずにやるしかない。これが大の男ともなれば、全身鎧で、隙間なく身を覆って、もはや輝石で具現化される《守護者》と何ら変わらない格好をする騎士もいる。そんな装備を身に着けようと思うのならば、それに費やされる時間も想像に難くない。そんなこともあり、アリサの装備は、装備するのに、そんなに時間がかからない方とも言える。一時的に外していた剣を腰に差し、訓練場に出る。ラグジット聖石騎士団の訓練場は、その規模にふさわしく、かなり広めに作られており、その広さだけで騎士団駐屯地の、おおよそ半分に迫るほどだ。これほどの大きさを有している理由としては、騎士団の団体演習が行われる他に、輝石の力を行使することが考えられていることも挙げられる。そんな見渡す限りの広い敷地の端に、見覚えのある顔が一列に並んでいる。一度気を落ち着かせるために息を整え、そして腹の底に力を込め一気に捲し立てる。

 

「第17小隊、整列っ!」

「っは!」

 

隊員達も慣れたものなのか、アリサの号令にすぐさま応じる。普段のアリサは温厚で大きな声を出すことは無いのだが、任務の時ばかりは別だ。普段の大人しさからは想像もできないような大きな声を、これでもかと大音量で巻き散らす。その落差は、アリサが人伝に聞いたところ、アリサが声を張り上げる様が信じられずに、呆然と立ち尽くす人がいるとか、居ないとか、だそうだ。アリサにしてみれば、小隊長として責任ある立場にいる以上、部下に何時何時も、何が起こっても対処できるようにカツを入れて訓練するのは当たり前のことなのだ。

 

 アリサが今の小隊を統べるようになってから、もう一年以上は経つ。当初は、アリサよりも年上の騎士すらいる隊員達から、侮られはしたものだったが、そんな雰囲気もアリサの実力を前に叩き潰されてきた。今では、アリサを蔑むような目で見る隊員は誰もいない。だが時折、からかいを受けたり、マスコットのような扱いを受けることには、断固抗議する姿勢を示してはいるが。そういうことが、たまには、いや、それ以上にしばしばあるが、アリサにしてみれば、アリサと彼女の隊の隊員達の間には、そこらの並みの隊以上の信頼は築くことが出来ていると自負している。

 

 今日も開始の挨拶もそこそこに、まずは準備運動、そして走り込みを行う。体を慣らす意味合いもあるが、これが意外に馬鹿にならない運動量だったりする。まず、騎士の務めとして、装備を纏わずに活動することなど有り得ない。そのための地力を養うために、広大な訓練場を何周もするのだが、この負荷に耐えうる体力がなければ、到底騎士としてはやってはいけない。

 

 走り込みが終わったら、隊員同士で組を作って、木剣を使った模擬戦闘訓練を行う。残念なことに、騎士団が相対する存在は魔物だけではない。時によっては同胞である人間を撃退、または制圧しなければならないときがある。そのためにも、対人戦闘の経験を積むために、訓練に取り入れられているのだ。この訓練であるが、輝石の力の発現は、原則禁止されている。これは騎士達の地力を鍛えるためという目的もあるが、実践時に敵を殺さずに制圧することを第一に考えているためである。その根底にある思想は聖石騎士団・教会の理念について説明した今ならば察することができるだろう。反面、これは騎士達を騎士たらしめる(教会の司祭達にも言えることだが)《輝石》の強力さが遠因でもあると言える。

 アリサは、と言えば、彼女はこの訓練を少し苦手としている。男性に比べると筋力に劣る女性であるのは言わずもがな。それに彼女の戦闘能力は彼女の輝石の力に依るところが大きいのも理由のひとつである。アリサの小隊は男性の方が多いため、小隊でダントツに好成績を納めることはできていないが、それでも上位半分以内に収まれるように、アリサはかなり頑張って取り組んでいる。別にアリサの小隊の隊員達は、そんなことどうでも良いのだろうが、アリサとしては少なくともそうあることが、小隊長としてあるべき『在りかた』であると信じているのだ。

 

 小隊の全員と、一通り組み終わったときには、太陽が中天に差し掛かっていたため、昼の小休憩となった。折よく、ちょうど聖堂の鐘が鳴り、正午に差し掛かったところだった。アリサの小隊の隊員達は、各々休憩をとろうと、思い思いに散っていく。各人をよく観察すると、怪我をしたのか、痛そうに体を動かしている騎士もいる。対人戦闘で木剣を使う以上、怪我はつきものだ。当然、木剣の当たり所によっては打撲、骨折をしてしまう騎士もいる。幸いにも、輝石の力はこのような問題にも役に立つ。教会出身の司祭達を中心として、癒しの力を持つ輝石を有している人間がそれなりにいるのだ。訓練中に怪我を負った騎士は、昼の小休憩の間に教会が運営している傷病施設へ診察してもらいに行く。流石に粉砕骨折のような怪我は即座に完治というわけにはいかないが、軽い打撲や擦り傷程度、骨にヒビが入る程度ならば、直ぐに癒すことができるのだ。

 怪我をしていない騎士達は、この休みの間に軽い軽食をとる。敷地内にある朝食を食べた同じ食堂に行く騎士が半分、施設外の市民が営む定食屋や屋台に行く騎士がもう半分といったところだ。

 アリサはその時々の気分で、騎士団の食堂を利用したり、ライラと一緒に外へ昼食をとりにいったりで色々だが、生憎ライラは仕事の都合上、今は敷地の中にはいないと、あらかじめ彼女から聞いていた。午後も訓練が続くこともあり、敷地内の食堂で軽くすまそうかと考えていたところに声がかかる。

 

「アリサ隊長。一緒に食べに行きませんか?」

 

彼女に声をかけたのは、アリサとほぼ同じ年齢の女性騎士で、彼女から少し離れたところに、アリサよりも背が高い男性騎士が二人、アリサと声をかけてきた女性騎士の様子を伺っている。

 

「外に行こうとしてた?」

「いいえ。午後も修練がありますから、食堂ですまそうかと思ってました。隊長は外へ?」

「いや、私もちょうど食堂へ行こうと思ってたんだ。一緒に行く?」

「やった。 隊長も食堂に行くって」

 

アリサに話かけていた女性騎士は後ろを振り返って、様子を伺っていた2人に大きく手を振る。彼女を含めた騎士達はアリサと比較的同世代という事で、上司と部下というよりかは友達感覚で付き合う機会が多く、アリサとは隊の中でも特に仲が良い。もっとも、任務中は上下の関係をきっちりしているが、アリサも彼女らも、そうすべきであると考えているため、特に不満や問題は起きていない。

 訓練場横の建物に鎧や武器を置きに戻ってから、4人揃って話をしながら食堂へ赴く。話題はもっぱら、先ほどの訓練の内容だった。

 

「今日こそは、アリサ隊長に勝てると思ったんですけどね。あと少しだったのに」

「シャールは、もっと体力をつけるか、攻撃のペースを考えた方がいい。攻撃されてるときは息つく暇もなくて結構危なかったけど、その後がバテバテで隙だらけだったわよ」

「俺は今回も負け越しですよ。 アリサ隊長みたいに上手く相手の攻撃を捌けないんですよね……」

「隊長やってる身としてはそう簡単にやられるわけにもいかないしね。アイルは相手の攻撃をもっとよく見た方がいいと思う」

 

隊長たるもの、隊員の能力の底上げを促していかなければならない。会話の所々にアドバイスを入れているうちに、あっという間に食堂にたどり着いてしまった。

 食堂での昼食メニューは、朝食と比べると簡単に作る事ができる軽食であることが殆どだ。これは、朝食時ほど食堂で昼食をとる人数がいないためだ。昼時にはラグジッド騎士団駐屯地の敷地外に出ている人数は結構多いのだ。今日のメニューは野菜や果物、肉を挟んだサンドと、朝食の余りのスープだ。アリサ達騎士は、体が資本のため、昼食と言えどかなりの量を食べる。今日も彼女の部下を含めた4人で、平均的な男性司祭が食べる8人相当量をぺろりと平らげたのであった。

 

 

 聖堂の鐘が1度だけ鳴って一刻が過ぎたら、アリサ達の訓練が再開される。午前行った訓練は体力を鍛えることを目的とした基礎的な内容だったが、午後からは『輝石』の訓練を行う。

 

 そもそも『輝石』とは何であるのか。それは騎士団や教会が存在する理由の拠りどころと言っても過言ではない、騎士達や司祭達が必ず肌身離さず身に付けている石のことである。腕輪や首飾りといった装飾品にされて身に付けている場合がほとんどだ。騎士や司祭達は、この『輝石』を通じて超常なる力――いわゆる、魔法と呼ばれる現象――を行使する。騎士や司祭が活動する上で欠くべからず存在であり、全てにおいて要となる、最も重要な存在である。

 輝石で起こせることは種々様々だ。ある人間は敵を焼き尽くす灼熱の炎弾を解き放ったり、ある人間は痛々しい怪我を跡形もなく癒したりすることができる。それ以外にも、生物とも呼べないような奇怪な存在を使役する者もいる。これらの力は教会の女神にまつわる流離譚によると、慈悲深き女神が、あまりにも厳しい世界の脅威から民達を守るために授けた力だという。

 アリサは首から下げたロザリオに輝石をつけている。騎士によっては、彼らの防具や武器につけて使いこなしているものも少なくない。アリサの隊にも剣の柄に取り付けているものがいる。

 先にも述べたように、輝石は人によってできることが全く異なっているため、鍛練も別れて行う必要がある。だが、個人ごとに異なる輝石の力だが、その行使のされ方には、ある程度の系統が存在する。騎士団では、これらの系統ごとに訓練施設が整えられており、各自に応じた訓練を行うことができる。

 

 午前に模擬戦闘をしたところとはまた別の場所に、アリサを含めた第17小隊の一部の騎士達はいた。彼女らの目の前には、丸太で組み上げられた高い骨組みや、床がむき出しの不思議な形状をした建物がある。あるのはそれだけではなく、土が盛り上げられた小降りな山があったり、かといえば変な形をした岩がいくつも連なって地面から生えたりしていて、一見なんのための場所なのか、知らない者からすれば首をかしげてしまうような所だった。だが、そんな無節操な場所を素早く動き回る存在がいた。彼らはアリサが着ているのと同じような装備ながらも、目にも止まらぬすばしっこさで、辺りを駆けずり回っている。所々、出っ張った丸太の骨組みを軽く跳躍して登ったり、岩場では、軽く跨ぐかのように一蹴りで岩の先端を駆けて行く。各人とも、あたかも猿か豹のように、不安定な足場をものともしていない。人によっては武器を手に持った状態で動き回っているのすらいる。

 

「あいかわらず、第3小隊のやつら、化け物ですね」

 

半分呆れすら混じった様子で、アリサの部下が一人漏らす。毎度、目のあたりにするたびに思う非現実的な光景に、アリサも同意せざる得ない。

 

「あの人らにまともに対抗しようなんて思わないでよね。あんなスピード、私でもやっとなんだから」

 

アリサが言わずとも、誰も思いもしないだろうが、誰かが対抗して羽目を外して惨事が起きないように、一応釘は指しておく。

 

「あー、そこにいるの、順番待ちか?」

 

声がした方を向くと、ちょうど先の尖った岩の先に片足で立っている男がいた。アリサ達が集まっている方向を見下ろせる位置にあるので気がついたのだろう。男性は兜をかぶっていて、アリサ達の位置からだと顔を確認する事ができない。

 

「はい、第17小隊です」

「もう、そんな時間か。おい、てめえら! 終了だ」

 

男が訓練場全体に響くほどの声をかけると、辺りを動き回っていた騎士達の動きが止まり、アリサ達のいる方向に集まり出す。声をかけた男性も岩から飛び降りて、兜をぬぎ、アリサ達の眼前に顔を表す。現れた顔は予想していたよりもかなり高齢であった。頭は白髪に覆われ、日に焼かれたのか、素肌は黒い。顔には皺がいくつもあり、声から感じられた厳つい印象がさらに強まるように感じる。しかし、驚くべきは彼が先ほど荒れた足場をものともせずに駆け回っていた事だろう。アリサ達の元に集合しだした他騎士達と比べて、彼の年齢は、親子と言われても不自然さを感じない程度には年が離れていた。

 

「お疲れ様です。グランツ隊長」

「ああ、お前は確か、リランドルのとこの下の方か」

「アリサ・リランドルと言います。第17小隊の小隊長を仰せつかってます」

「他の奴らはわからんが、おまえがここで発現訓練か? だが、リランドルは……」

そっち(・・・)の方は姉の方が得意でして、私はどちらかというと強化系の方が」

「ふーん。そうか。ま、気張ってやれや。お前らメシ行くぞ! じゃあな」

 

第3小隊の「押忍!」という掛け声を後に、グランツ小隊と第3小隊の面々は、ぞろぞろと訓練場を後にしていく。

 

「アリサ隊長。グランツ隊長とは面識が?」

「それほどではないわ。せいぜい隊長連の会議で同じ場所にいるときがたまにあるだけよ」

「はぇー。あの年齢であれだけの動きをするってグランツ隊長はすごいっすね。てか、第3小隊の人達も大概ですけど」

「グランツ隊長はその厳しさから『鬼教官』なんて呼ばれてるしね…… 訓練も相当厳しそうだし」

「あら、私もこれからはグランツ隊長ばりに引き締めた方が良いかしら?」

「ちょ、それは洒落になってないですよ隊長」

「っふふ。冗談よ。おしゃべりはここまでにして訓練に入るわよ」

「了解であります」

 

 そもそも、アリサ達が統一感の無い訓練場に来た理由は『輝石』の力を発現した状態での機動訓練を行うためだった。アリサ達のいる場所は、体の動きを速めたり、力を強化することができる――このような特徴を持つ発現系統を『強化系』という――騎士が訓練するための場所だ。それらの系統が具体的にどんなことができるようになるかというと、先程の第3小隊の騎士達が良い例になるだろう。『強化系』は近接戦闘が主たる騎士にとっては無くてはならない能力であり、騎士団の中においても最もスタンダートな能力だといえる。だが『強化系』の効果は苛烈だが、その激しさ故に使いこなすのが難しい能力でもある。そのため、練度を上げるために、現実世界の現代風に表現するならば、アスレチックとも呼べるような訓練施設があるのだった。

 

 アリサ達の恰好は、実践を想定して午前中の模擬戦と同じ装いである。各自、軽く準備運動をした後、スタート位置から順次、アスレチックに向かって慣らし運動を開始する。各自スタートする際に、輝石がつけられている位置から光が一瞬煌めく。スタートするときの各員の様子は、黙ったままむっつり駆け出す者や、何か言葉を一言発する者など様々だ。隊員達がスタートしたのを見届けた後にアリサもスタートする。

 

(女神様…… 力をお貸しください)

 

 輝石の存在を意識しながら、心の中で女神に祈ると、アリサは全身が不思議な力に満たされるのを感じた。『輝石』の力の行使には特定の手段は存在しない。アリサの隊の隊員達のように、それは各自によって定まっており、アリサの場合は心の中で女神に祈りを捧げる事が相当する。これも輝石の千差万別さを表す特徴とも言えよう。

 地面を力強く蹴り、目の前の小山を一気に駆け上る。山の頂上に至れば、目の前の足場は、ほぼ垂直な段差で途切れていて、目算5メルト先の少し離れた位置に、ごつごつした岩場が連なっている。岩場より少し奥にあるグランツ隊長が立っていた場所に意識を集中し、駆け上っても余りある勢いをのせて、思い切り跳躍する。視界が一気に浮き上がり、全身がふわりと中空に浮くのを感じる。だが、視線は目的地の岩場に集中し続ける。やがて、狙い通りにちょうどいい位置に着地する。

 アリサの内心に、ささくれだったようにもたげた対抗心から、いつもは試さない大きな跳躍を試してみたが、今日は思いの外、調子が良いようだ。部下に釘を刺しておきながら、当の本人は対抗心を燃やしているあたり、アリサのこういう所が隊員達からからかわれる原因だったりもするのだが、当の本人はそのことに気づく様子は一切無い。進路の先にいる隊員から「おおっ」という感嘆が聞こえるが、動きを止めずに、ひょいひょいと岩場をジャンプしてゆく。「あ、ちょっ……」と呆気にとられている部下を追い抜き、丸太でできた骨組みエリアへと進んでいく。アリサの動きは外から見れば、第3小隊の隊員達に勝るとも劣らない俊敏さであった。流石に彼女の部下達はそれほど機敏でもなく、アリサは最後尾のスタートにも関わらず、次々に部下達を追い抜いて行く。行く手を遮るように、360度、全方向から突き出てくる丸太をするりと躱しつつもアリサはぐんぐん進む。ちょうど、丸太の骨組みエリアはスタート位置へ折り返すように作られている。骨組みエリアを抜けた先には少し広めの池があり、池の中に岩やら、丸太といった足場がちらほら水面から突き出ている。趣向としては、今まで進んできた障害物と変わらない。しかし、環境が異なれば受ける印象も変わるもので、突然の水場に調子を崩して池に突っ込む騎士や、勢いを落として慎重になってしまう騎士が多い。だが、アリサはそんな事も気にさせない勢いで、池を渡ってゆく。この池、実は輝石の能力によっては、池の上を走る(・・・・・・)攻略法もあるが、それはまた別の話である。池の先はゴール地点で、勢いを殺すための砂場があるが、スタートから変わらない調子でアリサはそのままゴールへと至る。ゴール地点にいる騎士は2人だけしかおらず、残りはまだコースの途上にいる。

 

「隊長、今日は早いですね」

「ええ、グランツ隊長を見てたら、こう、気分的に」

 

 アリサの得意分野は『強化系』である事は隊員達には知れ渡っており、最後にスタートしたアリサが隊員達を追い越す事はいつもの光景の様だ。少し待っている間に、残りの隊員達がゴールし、一旦小休止を挟む。

 

「さて、次は上級者コース行ってみよー」

 

気の抜ける感じでアリサが隊員達に指し示す先は、先ほど回ったコースと反対側の方向だ。丸太でできた骨組みや足場があるのは変わらないのだが、丸太に刺々しい針が生えていたり、何故か丸太が空中で回転していたり(・・・・・・・・・)、さらにはある箇所から炎が一定間隔で噴出していたり(・・・・・・・・・・・・・・)して、先のコースとは色々な意味で異なる障害物が伺えた。

 

「へーい……」

 

先の困難さを予見し、現実を見たくなくなったのか、隊員達は死んだ魚のような目をして応じる。

 

 

********************************************

 

 たっぷり時間をかけて上級者コースで『強化系』発現訓練を終え、アリサはその場で隊員達にその日の訓練の終了を告げた。隊員達はげっそりとして、皆がフラフラと幽鬼のような動きをして散っていった。その惨憺さはひどいものだが、毎回この訓練場を使えばこうなるのでもう慣れたものである。

 正式な訓練は終わったものの、アリサはまだ別の訓練施設を場所を訪れていた。その場所では、地面に白線が引かれており、その線の手前で騎士達が一斉に横に並んでいた。並んでいる人間は手を前に突き出している人間が多かったが、中には杖を前に突き出している人間もいる。少数だが、ナイフや剣を掲げている騎士もいた。また、弓を引き絞っている騎士も多くいる。彼らの狙う先は木の棒や、藁で組まれた人形であったり、円形の的だ。この場所は見ればわかる通り、射的場である。この場は『強化系』とは双璧を成すとみなされがちな『放出系』の能力発現を訓練するための場所だ。だが、当然だが、輝石を用いずとも弓矢を用いる事もあるため、弓の訓練する場としても兼用されている。

 

「あれ? アリサ隊長? 今日は『強化系』の訓練だったのでは?」

「ええ、そうなんだけれど、こっちの方も鍛えておきたくて。実家の方針なのよ」

「ああ、『烈火』のリランドル家のですか…… アリサ隊長もそれほど得意ではないのに大変ですね」

「まったく、姉さんの才能のかけらでも欲しい所よ。それよりも、あなたはもうあがりかしら?」

「ええそうです。私はこれで失礼します。隊長もあまり困を詰め過ぎないでくださいね。では」

 

射的場で訓練していた部下と言葉を交わしつつ、中心から少し離れた、いつも使っている発射位置へと向かう。その場所からだと、的は岩を削って造られた頑丈なタイプの岩人形になる。この場所を使っているのは、アリサの『放出系』の能力の性質に因る所が大きい。

 定位置について、大きく深呼吸をして気分を整える。そして、胸のロザリオに着けた自身の輝石を意識しながら、心の中で念じる。

 

(偉大なる女神様…… 力をお貸しください。其は、悪なる存在を焼き尽くす炎――)

 

「猛き炎弾っ」

 

突き出した両手の先が熱を帯びる。手のひらの先の中空に、赤く輝く光が現れる。やがてそれは、人の頭ほどの大きさになり、ちりちりと火花をまき散らすようになる。アリサは手の先に宿る炎が大きくなるにつれて、心の中で消費される何か(・・)に耐え続ける。そしてそろそろ限界が近いと感じると――

 

(行って!)

 

念じると、炎はまっすぐに岩人形に向かっていく。アリサの狙いは外れておらず、炎弾の軌道が外れる様子はない。やがて、炎弾は岩人形へと触れ、ドカン、と爆裂音とともに爆発する。煙が岩人形を包むが、すぐに晴れて様子が明らかになる。炎弾が炸裂した箇所には、やや黒い焦げ目がついているだけで、岩人形には、それ以外変化が見られない。アリサはその光景を確かめて溜息をつく。

 

(やっぱり威力が上がってる様子はないわね。いい加減、父様も諦めて頂けないかしら)

 

内心に浮かぶのは、姉が同じ場所で同じ魔法を発現した過去の光景。姉が発現した『猛き炎弾』は、アリサのものよりも2倍以上も大きく、その威力は岩人形の上半身を吹き飛ばしていた。それと比べると、自分のは何と弱々しい事か。だが、このことは今までに何回も繰り返して来た。自身の適正が『強化系』系統である事は避けようもない事実でああり、その能力が小隊長を拝命できる程度には優れているという自信も持っている。そのような現実があるにもかかわらず、『家の沽券』というものを傘に、いちいち文句をつけてくる父親の存在がアリサは苦手なのであった。

 

(ちょっとサボってるとすぐに気づかれてしまうのよね…… もうちょっと続けますか)

 

『強化系』の発現訓練ほど気乗りはしないながらも、放出系訓練をアリサは続ける。 

 

********************************************

 

 日もすっかり落ちて、射的訓練が続けることができなくなるまでアリサは訓練を続けた。ごっそりと減ってしまった精神力にヘロヘロになりながらも、鞭打って食堂に体を引きずって行く。昼以降、訓練浸けだったため、体も精神も消耗が激しい。しかし、それ以上にアリサは腹が空いていた。ちょうど夕食時間帯を外れるころであったため、少な目な行列に並んで待つ間ももどかしく、献立も気にせずにアリサは普段以上の物量をお盆に載せる。朝食を食べたいつもの位置に向かうと、偶然ライラが居合わせているのに気付いた。

 

「あら、アリサ。お疲れ様」

「ライラ」

 

馴染みの顔を発見して、疲れて陰った表情をしていたアリサは微笑んだ。

 

「その疲れようからすると、今日は訓練だったの?」

「うん。今日は射的場で炎弾の訓練もちょっと……」

「まだそんな事続けてるの?」

「サボってるとお父様がうるさいのよ」

「まったく、ナエだけで十分じゃない。『とっとと止める』ってオヤジに言ってやりなさいよ」

「うん……」

 

ライラは食べ終わった後のようだったが、アリサに付き合ってくれるようだ。話題は今日一日した事をそれぞれ話あい、いろいろな不満に対する愚痴をぶちまけた後、巷のウワサへと会話が移っていく。ライラと話しながら、夕食を平らげるうちに、アリサの今日一日の疲労は自然と和らいでいく。

 

こうして、アリサの一日は終わって行く。明日も、彼女は自らの使命を果たすために、懸命に任務に邁進しつづける事であろう。

 

これは城塞都市ラグジッドに住む、ごく普通の騎士の一日の様子を語ったお話し。

 

仲の良い司祭と、笑いながら楽しそうに語らう彼女の耳に、姉と友人を含む部隊が任務先で行方不明になった、との報がもたらされるのは、これからしばらく後の事である。

 




最後はちょっと急に閉じすぎな印象ありますが、想像以上に文字数が膨れ上がってるのでやむなし。
え?こんなの書いてないで次章をさっさとしろって?
え、えーっと、そのうち書きますって(遠い目をしながら)
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