Plains Walker -次元世界遊歩道中-   作:sasandra

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第二章 タイトル未定
025:樹海のどこかで、Pump Up!


「ぶえっくし」

 

 急に寒気を感じて、意識が覚醒する。

 

 見上げて目に入るのは、やけに薄暗い光景。黒色に見えてしまう程、濃く青々とした細かな物が集まって重なっていて、複雑な紋様を描き出している。それらが、妙にくるくると変な軌道で伸びている黒い棒状のものから生えていると気づいて、木を下から見上げていることに気づいた。身を起こして周りを確かめる。やけに暗いと思ったが、辺りを把握するのに難儀をするほどではない。まだ夜中にはなっていないようだ。ふと、自分の今の状況に疑問がよぎる。

 

「確か……」

 

 確か、そう。俺は、いや、『俺達』は、【甲鱗のワーム】が『結界石』を破壊して引き起こした、謎の現象に分断されてしまったんだった。ドミトリが『空間』がどうだか、と言っていた記憶があるので、『結界石』が破壊されたことで周辺の空間に大きな変化が起きてしまったのだろう。あの時は、青いヴェールのような幕に四方八方を遮られて、にっちもさっちも行かなくなっていたのまでは覚えているのだが…… いつの間にやら俺は意識を手放していただろうか?

 

「ヴァン達は……っ。《中》にいるか……」

 

 正確には、俺の中の《声》に戻ってきてはいる状態だ。やられた時ほど弱々しくは無いから、今呼び出すことはできそうだ。

 

「ラルフさんらは……」

 

 呟きながらも、もう一度、周囲を見回してみるが、『封印石』の祭壇へ赴いた時から、もうずっと見続けている、同じにしか思えない薄暗い樹海の中の光景が広がるだけで、目ぼしい存在は一切見当たらない。葉擦れの音さえしていなくて、周辺一帯で音を立てる存在が自分だけであることを改めて思い知らされる。

 

 仲間達とは分断され、樹海の中と分かるとはいえ、自分がいる場所は全くわからない。普通の人なら焦りもするだろうが、幸か不幸か、俺はつい最近に同じような経験をしていた。そのせいか、やけに冷静に自分の状況を捉えることができているみたいだ。いや、自分の状況がマズイという事は認識してはいるのだが、前回と比べると、今回はまだマシだと言える。

 

 そう言える決定的な要因は俺の《中》にあった。

 

「【先兵の精鋭】。来い、ヴァン」

 

 もはや手足の先のような感覚で、《マナ》を自らの内に潜むリンクから引き出し、《声》に与える。俺の目の前に、白い球体が急に現れ、すらりとした手足をもつ人間の輪郭を形作る。召喚が完了すると、ヴァンは最初に俺の姿を認識し、次に回りをぐるりと見回してから俺の方へ寄ってきた。

 

「主、ご無事のようで」

 

 挨拶を述べながら、俺が初めて彼を召喚したときと同じように、ヴァンは俺の前で膝まづいた。その仕草は、主君に忠義を果たそうと、礼を尽くしながらも堂々としている。される側としては、実は自分はやんごとなき身分なのではないかと、柄にも無い事を疑ってしまうほどである。

 

「や、ヴァン。呼び出せないとは思っては無かったけど、何も無かったようで良かったよ」

 

 最後にヴァンを見たのは、トートが【恐怖】をヴァンに放ち、その結果、彼がやられてしまった時だった。あの時のヴァンは、気が狂ったように『そこには存在しない』何かに恐怖して、もがき苦しんでいて、見ている俺まで絶望感を味わわされた。しかし、幸い、今はその時の後遺症をひきずってるようには見えず、無骨な見た目ながらも慇懃な態度で俺に接していて、以前と変わりが無いように思える。

 

 ヴァンは俺の言葉を受けて、顔を上げて立ち上がり、周囲を不思議そうな感じで見回した。

 

「は、心配堪りましてありがとうございます。ところで主、ここは如何様な場所で?」

「そういう言葉が出るという事は、トートにやられた後の事は覚えてないってことか」

「はい。申し訳ございません。かの者の【呪文】にやられてしまった後の事は意識が無く、気づいた時には主の元に戻っていた、という事しか覚えておりませぬ」

 

 ヴァンは【ワーム】との戦いで、最後まで生き残れなかった。ヴァン然り、ロウやクレスも同じように、やられてしまったクリーチャーは俺の《声》の元に戻ってくるのだが、《声》から感じ取れるクリーチャー達の存在は、召喚前と比べると弱々しくなってしまったように感じられた。どう表現したらよいか、彼らの《声》をうまく捉えることができなかったのだ。召喚前は、雛鳥が親鳥に餌を求める時のように、こぞって「自分が、自分が」と声高に存在を主張する。しかし、やられた後の様子は、ひそひそ声で話しているようで、はっきり聞くために至近距離まで耳を近づけなければ、《声》を発している事が確信できない程、ひっそりとしてしまうのだ。このようなやられてしまった時の《声》の感触は、以前から感じ取っていたため、ヴァンがトートに【恐怖】でやられた以降の事は全く記憶にないというのも、薄々は予想はしていて、実際にはその通りだったようだ。

 俺はヴァンに、彼がトートにやられてしまった後の経緯をかいつまんで話す。【ワーム】との怒涛の戦い、そしてアルバート隊長の必死の妨害で何とか逃げおおせた事。ラルフさんの攻撃と俺の【不退転の意志】で、【ワーム】撃破できたこと。しかし、ブレダンの【まやかしの死】で再びワームが復活してしまったこと。復活して制御を離れた【ワーム】が『結界石』を破壊して、謎の現象に皆が分断されてしまったようであるという事。

 途中から話すことに夢中になってしまっていたが、ヴァンは静かに俺の言葉に耳を傾けていた。俺が話し終えると、彼は腕を組んでしばらく黙った後、再び俺達の周りを見回して切り出してきた。

 

「主、少なくとも今は、主の安全を最優先に行動した方が良いと思います。その次に、ラルフ殿達と合流するのを目的として動いた方がよろしいかと」

「ラルフさん達の事も気になるけど、やっぱり今はそうする他はないか」

「然り。今は大丈夫そうですが、ここは樹海の中。《魔物》に襲われることも十分考えられます。こう申し上げるのは心苦しいのですが、主の【呪文】の力の助けなくば、今の我だけで切り抜けるのはいささか困難かと。あとはもう一人、主を守護する供を付けた方がよろしいかと」

 

 ヴァンの言う事は、安全第一の行動を考えるならば当たり前の事なのかもしれない。だが、やはり自分以外の存在から、その内容を告げてもらえるのは、大変頼もしく感じられる。ヴァン自体はは強力なクリーチャーではないが、冷静に的確なアドバイスをしてもらえるというだけでも呼び出す価値はあったというものだ。

 まずは、安全な今のうちに整えられる戦力を揃えておこう。呼び出せる戦力の中で、最大は【番狼】ことロウだが、ここはより強化の伸びしろが大きい方を呼び出すべきだろう。数分待って、俺の《中》の《マナ》へのリンクが戻るのを待ってから、召喚に取り掛かる。

 

「来い、クレス。 【イロアスの英雄】」

 

 ヴァンの時と同じように、中空に穴が生じて、次第に人の形を成していく。しかし、それはヴァンよりも大きく膨らんでいき、次第に筋肉で頑丈に覆われた、暑苦しさすら感じる筋骨隆々とした肉体が成型されていく。現れた大男は、前と同じように、両足を大地で踏みしめながら天を睥睨し、「ウオオオオオオオ」と大音量で咆哮を上げた。

 前は【ワーム】に追われている時から、既に薄々気づいていたが、やはり呼び出した【イロアスの英雄】こと、クレスはとーっても暑苦しい感じがする。俺の元いた世界で『炎の妖精』とか『地球温暖化の原因』等と呼ばれていた、とある有名熱血スポーツ選手といい勝負ではないだろうか。

 

「オオオオオオオォォォ……」

「クレス殿! 五月蠅いから少しは黙れ!」

 

雄叫びも長く続いて、残響が彼の腹からまだ轟き続けていたが、ヴァンが大き目な声で強く嗜める。クレスはやや仏頂面で睨みつけているヴァンを見たあと、彼の『我は今、不機嫌である』オーラなど見えていないかのように満面な笑みを浮かべた。

 

「オオオ! 【先兵の精鋭】殿、久しぶりではないか。いや、今は『ヴァン』殿と呼んだ方が良いか」

 

そう言うと、のっしのっしとヴァンの元へ歩み寄り、両手で彼を抱き上げてハグしだした。クレスはヴァンよりもガタイが良く、長身のヴァンでも軽々と持ち上げる。突然抱き上げられたヴァンも流石にこんな事は予想してなかったのか、どう反応してよいのか困惑気味である。しかし、俺から見るとクレスがヴァンにベアハッグをかけてるようにしか見えないな…… あとなんか絞めがだんだん強くなってるみたいだし、ヴァンは大丈夫か?

 

「クレス、ヴァンを離してやれって」

 

ちょっと強めに声を出してクレスに注意をする。クレスは俺に気づくと、

 

「おお、わかってはいたが、マスター、無事だったか」

 

と満面の笑みで喜んだ。そして、ヴァンをあっさりと投げ捨てて、今度は両手を横に広げて、のしのしと俺の方へ迫ってくるではないか! あれに掴まれたらもう終わり(・・・)だという、嫌な予感が脳裏をかすめる。

 

「ちょい、ちょい待った。そこで止まれ!」

 

両手を前に突き出し、断固として彼の接近を阻止せんと、拒絶の意思表示をする。彼の後方では、ヴァンが項垂れながら腰に手を当てて必死に痛みをこらえている様子が目に入った。ヴァンならまだしも、より体格的にか弱い俺が、あれを受けたら背骨がひしゃげてしまうに違いない。

 

「なんだ、俺は今、懐かしき面々と顔を合わせることができて猛烈に嬉しいのに…… 挨拶くらい、構わないではないか……」

 

 そう告げるクレスの顔は結構しょぼくれていて、意外とショックを受けているように見える。クレスの想像もしない素朴さな面を目の当たりにして、罪悪感が少し心をよぎるが、ヴァンのあの様子からして、やはりアレはだめだと断ずるを得ない。

 

「いつつぅ…… クレス殿、貴殿は力をもて余し過ぎだ。よもや敵から守る前に、守護すべき主を自らの手で二つに折りたたむ気ではないだろうな」

 

やっとの事で立ち上がったらしいヴァンが、彼の後方から、さっきよりも2倍増しの不機嫌さでクレスを嗜める。

 

「むう…… 仕方がない」

 

残念そうにむっつりとしながらも、クレスは唯一身に纏っている、下半身が覆われたトーガの上から腰に手を当てて、俺とヴァンを交互に見る。

 

「おっほん。さて、クレスも全く変わらないようで安心したよ。ちなみに…… やられた時の事を聞いても?」

 

とりあえず、場を仕切りなおすために、咳をしてクレスに問いかける。

 

「もちろんだ。あのような血が滾る闘いは久しかったからな」

「へ、へぇー。それで【ワーム】どうだったの?」

「それはもう綺麗にやられたぞ。一発で」

「へ?」

 

余りにも自信満々に話すものだから、さぞ激しい戦いが繰り広げられたのだろうかと期待を高鳴らせていたが、そんな事は全然なかったようだ。

 

「流石に俺も、マスターの加護無しで、あのような化け物は無理だったということだ。【ワーム】の尾の一撃で打ち上げられて、それで終わりだったぞ。いやー、すがすがしいほど強烈な一撃だったな」

 

ガッハッハッハと豪快に笑い飛ばすクレスを俺とヴァンは胡乱げに見やる。いや、理屈上はわかっちゃいたが、さすがにパワー、タフネスが7/6の【ワーム】と2/2の【イロアスの英雄】(クレス)では一方的にやられるだけに過ぎなかったか。あっさりと負けた癖に、それすらも愉快な出来事として豪快にわらい飛ばす彼の、なんとまあ豪胆不敵な性格か、といった所か。

 

「あー、まぁなんにも《エンチャント》つけてなかったし、【ワーム】にやられるのは当たり前か。クレス、今この場に呼び出したわけなんだけど……」

 

ヴァンに話したように、クレスにも俺がここに至った経緯をかいつまんで話す。一度ヴァンに話していたおかげか、今度は落ち着いて話す事ができた。話を聞いたクレスはヴァンと同じように腕を組んで、俺とヴァンに確認してくる。

 

「ふむ、それならば俺はマスターの守護を担えばよいのか?」

「然り。貴殿には主の護りに集中してもらい、我は付近の探索を担った方が良いと考えている」

「道理だな。俺はヴァン殿のように斥候の真似事はできない。敵を真正面から叩き潰す方が性に合っている。マスター。大船に乗ったつもりでこの【イロアスの英雄】(クレス)に身を預けてくれ!」

 

ワッハッハッハと大笑いを上げるクレスは一旦脇に置いといて、俺はヴァンの発言から感じた疑問を彼に聞いてみる。

 

「ええっと、ヴァンってそういう探索とかってできるの?」

「然り。元々、我は軍の先駆けとして露払いを担ってきた経歴があります故。ここは戦場とはまた異なりますが、《英雄》として戦いを繰り広げてきたクレス殿よりかは、まだ経験がある分、我の方が向いていると愚考した次第です」

 

 ヴァンの由来であるクリーチャーのカード名は【先兵の精鋭】だ。ヴァンの言う事は、ここでいう『先兵』の単語にあやかった来歴であることは、簡単に想像がつく。一度、ゆっくりと時間がとる事ができたら、クリーチャーである彼らの来歴をじっくりと聞いてみたいものだ。

 

「えーっと。ヴァンの言う事はわかった。とりあえず、ヴァンには1つ、クレスには2つ《エンチャント》をつけようと思う。その後にロウも召喚しておくことにするよ」

 

 ロウまで出してしまえば、俺が召喚する事ができるクリーチャーがすべて表に出てしまう事となる。これは、俺の最大戦力でもって、事にあたるという事であり、理に適っているようにも思える。しかし、反面として、このうちの誰かがやられてしまったら、戦力の目減りの憂き目にあってしまうという事でもある。そのため、ヴァンは偵察を担う以上、生存を優先として【蜘蛛の幻影】をつけるべきだろうか。あれならば、1回だけならばやられるのを防ぐことができる。その効果はアルン村でヴァン自身が身を以て証明しているので安心して使う事ができる。クレスには【天上の鎧】と【神聖なる好意】辺りが無難だろうか。【不退転の意志】はその速効性から、いざという時の戦力アップにとっておきたいし、【ちらつき護法印】は相対する敵が、【ちらつき護法印】の《色》と合致しないと、無駄になってしまう可能性がある。

 

 そう考えながら説明すると、頼もしきクリーチャー達からは特に反論も出なかった。いつまでも雑談していて、時間を無駄にし続けることもないので、早速呪文を唱える事にする。

 

「んじゃ、まずはクレスから……」

 

 クレスと、やいのやいのとやっている内に、元通りになった胸の内のリンクから再びマナを引き出して、クレスへ向かって唱える。

 

【天上の鎧】

 

 ヴァンに唱えた時と同じように、クレスの体の表面に、白い直線からできた複雑な形状の鎧が現れる。だが、そのサイズは図体がデカいクレスにちょうどあ合ったものであり、ヴァンの時よりかはサイズが一回り大きめだ。クレスの上半身裸の姿しか見てきていない身としては、彼が鎧を着こんだ様は、また別の印象を俺に与えた。その見た目はヴァン以上の歴戦の強者の雰囲気を纏わせており、周りの者を居ただけで圧殺してしまうかという迫力を感じさせる。話がそれるが、エンチャントをクリーチャーにかけると、エンチャントが文字通り『オーラ』として彼らの身に纏わりつくのか、彼らの存在を一際際立たせる変化があるような気がするのだ。だが、今のクレスはその雰囲気が、より一段と強く感じられる。肌に焼けつくような、このビリビリ来る感じ、明らかにヴァンやロウの時よりも強い。やはり、これがクレスの特殊能力の効果なのだろうか?

 

 

*******************************************

Hero of Iroas / イロアスの英雄 (1)(白)

クリーチャー — 人間(Human) 兵士(Soldier)

 

あなたが唱えるオーラ(Aura)呪文は、それを唱えるためのコストが(1)少なくなる。

英雄的 ― あなたがイロアスの英雄を対象とする呪文を1つ唱えるたび、イロアスの英雄の上に+1/+1カウンターを1個置く。

2/2

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 【ワーム】に襲われた時は、ただの肉壁として一瞬にして散ってしまったクレスこと、【イロアスの英雄】であるが、実は、こいつは俺のデッキの中で最もオーラ呪文と親和性が高いクリーチャーの一体だったりする。その特徴は2つの特殊能力として【イロアスの英雄】に現れている。

 1つめの特殊能力は【オーラ呪文】のコストの減少だ。本来のコストのうちの、マナ1点分の無色マナを無いものとして呪文を行使する事ができる。なお、無色マナとは色が存在しないマナの事であり、このマナは黒、白、赤、青、緑のどんな色でも代用する事が可能だ。俺の今の唱えられる呪文で言えば、【神聖なる好意】【平和な心】【不退転の意志】等の呪文を、俺が使えるマナの最大数、2つ分を費やす事無く唱える事ができる。たかだか1点分と思いがちかもしれないが、これがマジックのゲームに当てはめると、如実に差が現れてくる。

 マジックはターン制ゲームであり、自分のターンに比べて、相手のターンの最中は、自分のターンに比べてできることが限られる。呪文を唱えるためのマナは、自分のターンの開始時にしか回復しないため、相手のターンで、自分のできる事を増やしたければ、マナを温存しておかねばならない。しかし、そうしてしまうと、自分のターンにマナを使わないこととなり、自分のターンに何もしない事につながる。このように、マナの最大数制限に関するジレンマは、コインの表裏のように存在する。

 相手に勝つためには、自分のターンにクリーチャーを召喚したり、自分のターンでしか唱えれらない呪文を唱える必要があり、これらの行為をしない事には、相手に対して有利になる事ができない。このような条件下では、必然的に『なるべく強力な呪文』を、『コストをできるだけ安く』、そして『相手よりも1ターンでも早く唱える』という要素がゲーム上重要になる。たとえ、使えば勝てる効果をもつ呪文を手札に備えていたとしても、マナが足りなくて使えずに、次の相手のターンで自分が負けてしまったのでは全く意味がないのである。さらに、土地を場に出すことで増やせるマナの最大数は、基本的に1ターンに1点分だけ、というゲーム上のルールを付け加えて置けば、1点分コスト減少の重要性がより深まるだろう。

 2つめの特殊能力は『英雄的能力』だ。これは【イロアスの英雄】が収録されたカードセットにおいて、たくさんのカードが持っている誘発的能力の事を指す。誘発的能力とは、特定条件下で発動する能力の事であり、その条件とは『英雄的能力』を持つクリーチャーを、他の自分が唱える呪文の対象にすることである。【イロアスの英雄】(クレス)の場合、この条件が成立した時の効果は『+1/+1』カウンターを得る、である。つまり、俺が呪文をクレスに唱えると、彼は『+1/+1』だけ強くなれるのである。もっと具体的に俺のデッキに当てはめて言うと、『オーラ呪文でクリーチャーを強化して殴る』という戦略で構築された俺のデッキにおいては、【イロアスの英雄】(クレス)は、ヴァンやロウと言った他のクリーチャーよりも、オーラ呪文での強化幅が大きい、という事である。

 

 クレスは自らを覆う『鎧』のあちこちをぺたぺた触ったりして感触を確かめたあと、納得したのか静かに自らの姿を見下ろしている。「ふむ、なかなか」という言葉が漏れてるので、ご満悦いただけてるようである。

 マナのリンクを回復させるために数分待つ。今度はクレスの影響でコストが下がった【神聖なる好意】をクレスに対して唱える。白いオーラが、【天上の鎧】により存在感を増しているクレスを覆った。オーラの一部がちぎれて、クレスの周りに3つ小さい塊を形成し、やがてそれらは薄く蒼い盾に変わる。クレス自身は【神聖なる好意】と【天上の鎧】で相当強化されたせいなのか、彼の佇む方向から感じる『威圧感』というものか、プレッシャーが余計に際立ったように感じられる。クレス自身は、【神聖なる好意】で発生した蒼い3枚の盾を、手を上に上げたり、下にさげたりして操る練習をしている。ロウが操っていたように、【神聖なる好意】で現れる盾は、呪文を掛けられた本人の意志に応じて自由にコントロールできるようだ。

 

「マスター。この盾を操るのは結構おもしろいぞ」

 

クレスは右手を振りかぶって、めいいっぱい振り払う動作をする。その動作に追随するように、3枚の盾は彼の周りをグルングルンとすさまじい速度で周りだす。

 

「あんまりはしゃぐんじゃないぞー」

 

彼に意識半分注意をしながら、今度はヴァンに対して【蜘蛛の陰影】を唱える。本来、【神聖なる好意】は2マナであるが、クレスの特殊能力で、今の俺には緑マナ1つ分の余裕があるのだ。その緑マナを余すことなく、《声》に注ぎ込み、目当ての呪文をひっぱりだす。ヴァンに対しては、過去にアルン村で同じ呪文を掛けたことがある。その時と同じように、ヴァンを中心に緑色の蜘蛛の陰影が出現した後、縮まるようにヴァンへ収束していく。やがて、ヴァンは蜘蛛の陰影が濃縮された緑のオーラをその身に纏う。同時にクレスの方からのプレッシャーがさらに高まるのを感じた。

 

「ふぃー…… そういえばこんなに立て続けに呪文を使用するのは初めてかもしんないな」

 

実際はマナを回復させるために、数分のインターバルをはさんではいるが、軽く運動した後のように俺の身は熱っぽさを纏っているように感じられる。樹海の中は涼しいが、涼しすぎて、うすら寒くすら感じる事があったのだが、今は少し熱く感じらるので、仕事を終えた解放感を演出してみたくて、少し手のひらで顔を煽いでみる。そんな俺を尻目に、クレスは何故かわからないが、ヴァンに【蜘蛛の陰影】を唱えた直後から身を震わせだした。

 

「ウオオオオオオ。マスター! 今の俺ならば、あの【ワーム】に余裕で勝てそうだ」

「そりゃそうだろ。 一体、いくつの【エンチャント】を使ってんだと思ってんだ」

 

 ちょっと計算がめんどくさいが、ひとつずつ確かめてみよう。まず、クレスの素のパワー/タフネスが2/2。そこに【天上の鎧】を唱え、【天上の鎧】の効果、『場に出ている【オーラ】分の数×パワーとタフネスがそれぞれ1点分パワーアップ』により、+1/+1で、クレスのパワー/タフネスは3/3になる。さらに、クレスの『英雄的能力』により、【天上の鎧】の対象となったことで+1/+1され、4/4。次に【神聖なる好意】の効果で+1/+3されて、5/7。さらにさらに、【神聖なる好意】によるクレスの『英雄的能力』で+1/+1されて、6/8。忘れてはいけないのは、【天上の鎧】の効果で、【天上の鎧】の上昇分が、さらにプラスされる事だ。【神聖なる好意】の出現により【天上の鎧】の上昇分がさらに+1/+1されて、クレスのパワー/タフネスは7/9となる。最後の仕上げとして、ヴァンに唱えた【蜘蛛の陰影】が、【天上の鎧】の上昇分をさらにハネ上げて、最終的にクレスのパワー/タフネスは8/10となる。

 うん、これって【甲鱗のワーム】を一方的にやっつける事ができる強さだな。アルン村の出来事とか、その後の【ワーム】の出来事は、エンチャントを盛ったクレスが1体いれば、すべて片付いてしまってたのではという考えは、なんというか、後悔後先立たずと言っていいのか、なんとやら。でも、思い返してみるに、ヴァンを始めとして、断続的に呪文を使う事になったのは、当時の状況からしてやむ得ない事だったとも確信をもって言える。

 

「主、クレス殿から感じる威圧がすさまじいですな」

「やっぱり、ヴァンも感じる? アイツの我の強さも相まって余計に暑苦しく感じちゃう気が……」

 

 クレスの特殊能力による、強化具合を見て、思考の片隅にちらつく、ある可能性が考えを占め始める。今の状態でも、その実験はできるにはできるが、今までの呪文を唱えるための、マナの回復を待たなければならないことも考えると、かなり非効率な行為になりそうだ。流石に8/10ともなれば、大抵のクリーチャーを倒すには十分な強さを持っている。前の時のように【ワーム】じみた強さを持つ魔物がそうそういるとも思えない。というか思いたくない、というのが本音なのだが……

 

「さて、ロウも召喚しとくか」

 

 ロウはヴァンやクレスとは違い、狼である。アルン村から飛び出していったラルフさんや、トート達を追うときに、匂いを頼りに先導を果たしてくれていた。ヴァンの斥候に、ロウの匂いや野生の生き物の探知が加われば、一層警戒が強まろうというものだ。

 《声》にマナを投じて、現実へ引っ張りだすと、クレスやヴァンを召喚した時よりも低い位置に緑色の球体が出現する。やがて、その球体は細長いスリムな四肢をもつ体躯を形成する。前と変わらぬ姿でロウが現実に召喚される。

 

「おお、その姿は、もしや【番狼】! 今は名前は【ロウ】だったか」

「ガルル! ワンワン!」

 

 ロウはクレスがそう叫んだのを聞きつけ、彼の方を向いたが、何やら彼に向かって突然吠えだした。その姿は尾っぽを地面になすりつけるようであり、どこか怖がっているのか、後ずさっているように見える。

 

「ん? 【ロウ】? どうしたんだ」

「ガルルル…… クゥーン」

 

クレスは疑問を感じて止めていた歩みを再び始めるが、ロウはそれにつられて後ずさる。しまいにはヴァンの方へ駆け寄って、彼の後ろに隠れてしまった。

 

「もしかして、クレスの事が怖いんじゃ……?」

「ふむ、我と主が感じている、クレス殿の『威圧』がロウ殿には近づきがたく感じるのかもしれませぬ」

「何だと! 俺もロウに触れてみたいのに…… ヴァン殿ずるいぞ」

「クゥーン……」

 

 ロウはヴァンの影に隠れたまま、鼻先だけ俺達方に向けて鳴いている。かなり怯えてるように見えるので、これ以上クレスを進ませるのを妨げるには、なかなか効果のある様子だ。

 

「それにしてもヴァン」

「どうしました、主?」

「俺らこんなに五月蠅くして、大丈夫なのかな?」

「わかりませぬ。クレス殿の威圧が凄まじい事になってるので、もしかしたら、それが魔物避けの効果を出してる事を祈るのみかもしれませぬ」

「はぁー…… 俺はむしろ、このメンツの方にこそ、不安要素があるのではと感じるようになってきたよ……」

 

毛並を触りたくて追いかけまわすクレスと、それからキャインキャインと鳴いて逃げ回るロウのコンビを見て、俺とヴァンはため息をつくのだった。

 




こんなにハイペースな投稿は続かないっす。
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