Plains Walker -次元世界遊歩道中- 作:sasandra
クレスとロウのぐるぐる回る追いかけっこが続いて、二人ともバターになってしまってはたまらないので、早々に切り替えて出発する事にする。だが、見渡す限りの360度に広がる光景は、『THE 樹海』としか言いようの無い変わり映えのしない景色だけであり、方向感覚を掴もうとも如何ともし難い。
「これって、どっちに行ったらいいんだろう……」
「ふむ…… 流石に我もわかりませぬ。主、ここはロウ殿の鼻を頼ってはいかが?」
「ワンッ。 ワンッ」
ヴァンに話を振られて、ロウは元気よく吠える。そしてしっぽを振りながら地面をスンスンと嗅いで、あちこちにかけずり周り始めた。俺達の周りをぐるっと一回りした後、ある方向に移動し、少しだけ奥に進んでから、俺達の方へ「ワンッ」と鳴いて振り返る。しっぽが勢いよく振られている。
「ロウ殿曰く、こちらの方から何か匂いがするとのことです」
どうやら、ロウとヴァンのやり取りはすんなりと行われているらしい。少し気になるので、聞いてみる事にする。
「ところでヴァンって、ロウの言う事がわかるの?」
「はて? 我は特に何も……? 主はロウ殿の言う事はわからないのですか?」
「流石に完全に理解する事はできないよ。だいたい態度で言いたい事はわかる…… ような気はするけど」
「俺もマスターと似たようなもんだ」
クレスも俺と同じように感じていたらしい。ロウは俺たちの方を向いたままお座りして、静かに待っている。今の状況でなかったら、撫でくりまわしてるところだ。
「ワフ」
「ロウ殿の言う通り、まずは行ってみるべきかと」
「今のは何と言ってるのかはわからなかったけど、そうするか」
「ロウ殿と我が先行します。クレス殿は先程示しあわせた通りに」
「心得ているぞ」
ヴァンがロウに頷くと、ロウは立ちあがり、自らが示した先に歩き出す。ヴァンも「では」と、軽く挨拶した後にロウに続く。ヴァンの姿を見送った後、俺はクレスをちらりと見る。ワームのときは、彼の戦う姿は見られなかったので、仮に襲われるようなことがあれば、彼の戦いぶりを目にすることができるだろう。
「ん? どうしたマスター? さては俺の肉体に見とれたか?」
そう言ってクレスはボディビルダーがよくするポーズをしだして、勝手に悦に入りだした。オツムの方は貧弱そうだな、と俺の目線に気づいてそんな事をしだしたクレスに、内心ため息をつくのだった。
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黙々と樹海の中を俺たちは進む。事前にヴァンが言った通りに、先頭はロウ、次いでヴァン、最後尾を俺とクレスが一緒になって進む。先行するロウは、俺とクレスの位置からはかなり離れているのか、その姿を見ることはできない。もっとも、茂みが俺達の視界を遮る事が多々あるので、少し先にいるはずのヴァンでさえ見えないときの方が多いくらいだ。いくら先をロウとヴァンが索敵してくれているといっても、離ればなれになってるような感覚になってしまって、妙な不安がおさまらない。そして、意外にも移動中は寡黙なクレスの様子が、俺の落ち着かない心境を、さらにぐらつかせるにかかる。第一印象は単にお調子者なのかな?と思ってたのだが、ヴァンと同じく、真面目な気質も持っていたりするのだろうか? いまいち、俺はまだクレスのキャラを掴み切れていない。
ロウのワンワンと吠える声や、ヴァンの先導に従って進み続けていると、ふいに茂みの奥の方から「ウォンウォン」という、今まで聞かなかった調子のロウの鳴き声が聞こえてきた。すると、すぐ後に前方の茂みからガサガサと音がして、ヴァンが俺達の方へ駆け寄ってくる。何か異変に気付いたのだろうか?
「主。ロウ殿が、何者かがこちらへやってくる、と」
ヴァンの警告の途中にも、ロウの鳴き声は続く。ヴァンは何も聞き漏らすまいと、注意深く耳を澄ませている。続いているロウの鳴き声を聞いてから、彼は続ける。
「何っ!? かなりの速さだそうです。このままだと、間もなく接敵するかと」
この間にも、ヴァンが出てきた茂みの方向から、何かの音が続けて聞こえてくる。サワサワという葉ずれの軽快な音が、だんだんとガサガサという葉が激しく擦りあった音に変化する。すると、茂みから腰より低い程度の高さの影が飛び出してきた。ロウだ。
「ぐるるぅ」
ロウは直ぐに反転すると、駆け込んできた方向に向き直り、警戒の体勢をとった。ロウが素早く構えている間にも、ロウが飛び出してきた方向からはバキリ、ボキリと、木がへし折れる音が響いてくる。時折「ギャオオン」と、獣の鳴き声と表現するには、当てはまらない激しい鳴き声も聞こえてくる。ロウも警戒度が最大に高まったのか、牙を剥き出しにして「ギャンギャン」と、いっそう吠え立てる。
「来ます!」
「マスター、俺の後ろに」
近づいてくる存在の接近速度が予想より速く、クレスは俺を半ば後ろに押しやるように俺の前に出てきた。ほぼそれと同じくして、茂みから何かが飛び出して、視界を横切ったような気がした。だが、その影は小さすぎて、自分が目にしたものに確信が持てない。その『何か』は小鳥程度の大きさだったような気がする。本当に視界を通り抜けたのか、その影はどこへ行ったのか探そうとしたが、盛大な音がして、俺の視界いっぱいを遮るように飛び出してきた別の影があった。
「グギャオオオオオ!」
一目見て、俺はある動物を想像した。まさにゴリラか!?といったような魔物だった。しかもかなり大きい! 飛び出してきた野獣とも呼ぶべき存在は、現実世界で言うマウンテンゴリラのような、がっしりした体躯をしている。俺がテレビや本で見たことのあるマウンテンゴリラは、成人男性の胸から頭くらいの大きさだが、実際の大きさに反して、ゴリラの腕や胸板が分厚いため、成人男性以上に大きな印象があった。だが、目の前のコイツはその感覚と比べても、それをさらに2、3倍した程度ほどにも大きい。俺がこちらに来てから1番デカイと思ったアルバート隊長と比しても、きっと彼が小さく感じてしまうだろう。そのゴリラは、体は黒い体毛に覆われていて、所々に白い紋様がまるで魔法陣を描いてるかのように複雑に走っていた。頭には獰猛姓を主張するかのように、角が2本、横から天に向かって突き出している。
巨大ゴリラモドキは、茂みから飛び出したあと、何かを探すようにキョロキョロ辺りを見回していたが、すぐに俺たちに気づき、角つきの頭で俺達を突きさすかのように威嚇をしてきた。
「グギャア!」
そして、大きな図体をこちらに向けてきた。
「マスター、俺の出番だな!」
クレスが前に出てゴリラモンスターを迎えうつ。彼は大きな手のひらに「ブッ」とつばを吐いて、パンパン擦り合わせてから、両腕を広げ、気合を入れて叫ぶ。
「さぁ、こい!」
てっきり、かつてロウが俺を襲ってきたときのように、【神聖なる好意】の浮いている盾を使って、ゴリラモドキを食い止めるのかと思っていたのだが、クレスは両手を広げて構えの姿勢をとった。ゴリラモドキは目標をクレスに定めたのか、彼に向かって猛然とタックルを仕掛けてくる。
両者を比べると、やはりゴリラモドキの方が図体が大きい。両者を見たそのままの印象で、勝負の結果を想像するならば、押し倒されるのはクレスの方だろう。両者はそのまま接触し、地面をずる音がして、クレスが少し後ろに押しやられた。しかし、そこでゴリラモドキの突進は止まり、クレスは持ちこたえてみせたのだ。
「フハハハハッ。 軽い、軽いぞ! あの【ワーム】に比べれば何と軽いことか! どうしたぁ! 持てる力をすべて出し切ってみろ!」
クレスは、ワーム戦の雪辱をはらそうとしてるのか、腹の底から笑い声をあげて、ゴリラモドキとの組み付きを楽しんでいる。彼は後ろに少し追いやられたものの、それ以降、両足は少しも動いていない。地面にピッタリと足の裏が張り付いてるかのようだった。
「クレス殿、主を前にして戯れるのは頂けないぞ」
ハイになりつつあるクレスをヴァンが嗜める。だが、彼も既に勝負はついたと判断したのか、剣は腰の鞘に戻していた。
「ぬ、スマンな。これ程のマスターの加護に恵まれたことはなかったんで、つい、な」
そう。今や、クレスのパワー、タフネスは、さんざん辛酸を舐めさせられた、あの【甲鱗のワーム】に勝っている。普通のマジックの卓上デュエルでも、ここまで【オーラ】を積み増しできる機会なんて、なかなか存在しない。それくらい、今のクレスの強化具合は見ていてロマン感が溢れだすくらい魅力的だ。クレスの浮かれ具合もわからなくはない。
「悪いがここまでのようだ。今の俺を相手にするとは、運がなかったな。っとりゃあ!」
クレスは盛大なかけ声と共に、ゴリラモドキをつかんで横方向へ投げ飛ばした。軽いものでも扱ってるかのようだったが、すごい勢いである事を伺わせる。その余波でブォンと風切り音がして、風が俺の顔を横切って吹きぬけるほどだ。
ゴリラモドキは「ギャオオオオオン」と叫び声をフェードアウトさせながら投げ飛ばされ、背後の木をなぎ倒しながら、それでもまだまだ吹っ飛んでゆく。木が倒れる音がメキメキと響きながら小さくなっていき、その音の発生源が次第に遠のいていった。
「おいおい……」
ゴリラが吹き飛ばされた方向を見て唖然とする。木々が倒れてひどく荒れてしまっていた。まるで漫画で『必殺技を紙一重で避けて、あとの惨状を見て威力を思い知らされる敵キャラ』にでもなった気分だ。さすがのヴァン、ロウも呆然としてしまっている。
「ふっ…… このパワー、自らが恐ろしく感じてしまうな」
声のした方向を見るとクレスが、ゴリラモドキをぶん投げた後の体勢のまま目を閉じて、余韻を噛みしめていた。
(だからって、これはやり過ぎだろう!)
開いた口がふさがらない出来事とはこのことなのだろうか。今、無性に手元にハリセンが無いのが悔やまれる。いや、便所スリッパでも構わない。本気で自分に酔いしれているクレスの頭に、何かを叩きつけてツッコミしたい衝動に駆られた。それなりにゴリラモドキに対して警戒感を抱いていたのだが、こうもあっさりやられてしまっては心配も無駄であった。
「クレス殿」
「クウゥン」
ヴァンもロウも俺と同じ事を抱いている事だろう。ツッコミ不在のまま時が過ぎるかと思ったが、その時……
「な、何なのよコレ!」
突然、聞き覚えの無い、鈴を転がすような声が聞こえてきた。
「何奴!?」
ヴァンは腰に刺している剣の握って構え、周囲を警戒する。すると、横のロウが耳をピクリと動かし、すぐに俺の後ろの方向へと駆けてきて、俺を横切ってさらに進んでいった。俺が急いで振り向いた先で、ロウは地面を蹴って空中にジャンプする。
「きゃああああ、来ないで!」
ガチンと音がした。ロウは空中で何かを咥えようとして、し損ったのだろうか? その理由は、ロウの鼻先より少し上にあった。なんと、輝く光がフワフワと宙に浮いていたのだ。その光は、俺達の方へ逃げてくるが、ロウはそれを追って、ジャンプしては噛む、ジャンプしては噛む行為を繰り返す。
「やだっ、私はおいしくなんかないわよっ。いやあああ!」
聞こえる声は、年若い少女を思い起こさせるものだが、そんな存在は思いつかない。俺が樹海で意識を覚醒させてからというものの、俺達はむさ苦しい男だらけのメンツだ。女性なぞ身近にはいなかったはずである(※ロウはまだ性別が判断できていないので棚上げ扱いとするが)。宙に浮く光は、風に漂うタンポポの種のようにゆっくりと無軌道に宙を動いて、それにロウがじゃれついてるように見えるので、ゴリラモドキと比べて危険なものには思えない。それに、光は逃げるだけで、ロウに反撃する素振りを見せない。きっとこのままだとロウに食べられてしまうだろう。
「ロウ、お座り!」
「ワッフ」
ロウは俺が命令すると、地面に行儀よくペタリとお座りした。その反応速度は、どこぞの軍の兵隊もかくやというほどの電光石火ぶりだ。やはりロウの躾具合は完璧だ。俺が躾をした覚えは全くないが。
「主」
「言われなくてもわかってるって」
ヴァンが何か言いたそうにしているが、彼の言いたいことは分かってるつもりだ。未知の場所で、それも異世界という、俺がこれまでに培ってきた常識が全く通用しない世界で、不用意に未知なる存在に接触するのは危険な行為だ。だが、目の前の存在はどうしても危険なモノには思えなかった。ロウに対する彼女――聞こえる声だけで性別を決めつけてしまっているが――の反応で、その考えはやはり間違っていないと思えるのだ。
「もう大丈夫。ロウは食べちゃったりはしないから。ロウはそのままお座りね」
「クゥーン」
もう危害を加える事はないことを伝えるために、少しやさしめな声で宙に漂う光に声をかける。ロウはおもちゃを取り上げられた子供のように少し悲しそうに漂う光を眺めている。
「本当?」
「うん。本当、本当」
宙に浮く光は、しばらく俺の頭上あたりの高さで漂っていたが、ゆっくりと俺の目の前に降りてくる。顔の高さほどにに降りてきても、光は仄かに灯ったままで、変わらずふよふよ浮いている。不思議な事に、その光をまぶしくは感じない。樹海に覆われて明度が乏しい中、その光は真っ暗な部屋で灯る豆電球のようにも感じられて、ほっとするような安心感を俺に抱かせる。おまけに、その光から聞こえてくる声は十代前半の少女を思わせ、話し方も至って普通なせいか、全く違和感を感じなかった。
「あの、あなたたちって、あの魔物をやっつけてくれたのよね」
「うん。まぁ、結構派手にやっちゃったけどね」
クレスの方を苦笑しながら見ると、彼は俺の視線に合わせて「ムゥン!」と、さっきもやってたポーズをキメている。
「私、あの魔物に追われていたの。助けてくれて、ありがとう」
「あ、そうなんだ。どういたしまして……」
ゴリラモドキとの遭遇は俺達にとっては完全に突発的で偶然の出来事だった。無意識に人助けをしていて、そのことに関してお礼を言われるのは、なんだかくすぐったい感じがする。何はともあれ、目の前の彼女(?)の発言の通りだとするのなら、俺がゴリラモドキを目にする前の、一瞬に見たような気がした小さい影は、彼女だったのだろう。ロウもじゃれつくように咥えようとしてたから、彼女の存在は動物や魔物にとって、気になってしまうようなものなのだろうか?
「ところで、君はそんな魔物に追われてたわけなんだけど、一体どうしたの?」
「……あっ。そうだ。早く『隠れ里』に助けを呼びに行かなくちゃ。女王様の結界が破られちゃう!」
宙に浮かぶ光は、急にピカピカと点滅して強く光りだし、小刻みに同じ場所を行ったり戻ったりしだした。
「助けてくれてありがとう。私、急がなくちゃいけないから。今度また会えたら、お礼は必ずするから……」
「え、ちょ、行っちゃうの!? 待って!」
こちとら、延々と樹海をさまよった身の上だ。やっとまともに話あえる存在と巡り合えたのだ。孤立無援の今の状況の打開するためには、どうしても彼女から情報を聞き出す必要がある。
「本当に悪いけど、そんな暇は……「ロウ殿!」って、ひやぁぁ!」
機転を利かせたヴァンが、ロウをけしかけてくれたおかげで、彼女の移動がインターセプトされた。ロウと宙に浮かぶ光は、ロウにお座りを命じる前と同じように、ロウがジャンプしながら追いかけ、光がそれを避けるという追いかけっこに戻る。
「俺達、ずっと樹海を迷ってここまで歩いてきたんだ。ここがどこなのか、とか、身を落ち着かせられる場所が無いのかとか、いろいろ知りたいんだ」
「そんなっ、ことっ、言われても。私達のっ、森がっ、魔物にっ、襲われてん、のよっ!」
宙に浮く光は、器用にロウの追撃をかわしながら答える。
「早くっ、『隠れ里』に助けを呼ばないと、みんなが、やられちゃうかもっ、しれないわっ。って、早くその狼に襲わせるの止めなさいよっ!」
「わかった。ロウ。お座り」
「ワッフ!」
ロウは今度もお利口にペタリとお座りをする。完璧なお座りの姿勢だ。しっぽがブンブン勢いよく振られているので、このお遊びは大変お気に召してるようだ。
「ふん。そっちも大変みたいだけど、私の方ははもっと大変なんだから。じゃぁ……」
ガシャリ、と金属が重なる音が彼女の話を遮る。
「な、何よコレっ!」
振り返る彼女の先には板状の障害物が浮いている。いつの間にか、クレスの周りを漂っていたはずの【神聖なる好意】の3枚の盾が、彼女の進もうとしていた方向を通せんぼうするように遮ったのだ。彼女は上から、それがダメなら下から盾を回り込もうとするが、盾はその動きに合わせて彼女の進路を遮る。
「フッハッハ。マスターの言う通り、いろいろ教えてくれないか? この俺の筋肉に免じて!」
今度はクレスが気を利かせてくれて、光の行く手を遮ってくれたようだ。だが、クレスは何故かポーズをキメながら、光の居る元へずんずん迫って行っている。光はいっそう逃げようと動きを激しくするが、盾も動くスピードが増し、隙を全く見せない。やがて、光は盾と近づいてくるクレスに挟まれてゆく……
「いやっ…… こないで、来ないでったら……」
「見よ! この上腕二頭筋を。 フハハハハハハハハハハハハハハ」
「嫌あああああああああああああああ!」
樹海に、うら若き乙女の悲鳴がこだまする。
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「ごめん。本っ当にごめん。もう何もしないから」
「うぇぇぇん。ぐっす」
なんとか、『彼女』のエスケープを阻止する事が出来たが、代償に『彼女』の大事な何かを損なわせてしまったような気がする。実際には盾とクレスの『むさくるしいもの2重プレス』が起きる前に。『彼女』の方が地面にポトリと落ちて、泣き出してしまったものだから、クレスのアプローチはそこで中止となったのだが。
なんだろう…… この状況。赤の他人に「責任とれ!」と言われてしまっても、言い逃れできない展開になってしまったような気がする。だが、とにかく、まずは『彼女』の機嫌を直さなければならない。
「もう本当に何もしないから。ね。だから機嫌直してってば」
「本当に本当?」
「うん。本当、本当!」
『彼女』の安全のため、クレスとロウは10メートル以上、俺達から遠ざけてある。この場には地面で光る『彼女』と俺とヴァンの3人(?)だけだ。
「そろそろ話してもいいかな? まずは……、君は誰?」
「ぐっす。……私はアイシャ」
「アイシャ、か。俺の名前はワタル。横にいるのはヴァンだ」
ヴァンを紹介すると、彼は無言で目礼だけする。ロウやクレスが気の向くままに行動している中でも、彼だけは始終むっつりしたままだ。ある意味、落ち着いて話すことができる唯一のクリーチャーとも言える。
「あっちの犬、じゃなくて狼はロウ。隣の筋肉野郎はクレスだ」
離れた場所に居る彼らを、親指でクイっと指しながら紹介する。さて、目の前の光る存在は『女性』であるというのほぼ間違いの無いようだ。だが、それはあくまで会話する上で、という前提条件がつく。未だに俺には、光りながら宙に浮かぶ、会話ができる存在というものの正体が掴めていない。
「アイシャ、気を悪くしたら悪いんだけど、もう一度聞いていいかな?」
「なあに?」
「君は誰? いや、こう言った方がいいか。『君は一体、何なの?』」
「えっ…… あなた、もしかして『隠れ里』じゃなくて、『外』の人間なの?」
彼女は俺の言う事がわからず困惑してたようだが、何かに思い至ったようで声の調子が変わる。だが、まだ彼女が何に気づいたのか、聞こえた言葉からではまだわからない。
「『外』って何の事? 俺達は一度意識を失って、気づいたら、この樹海にいたんだ。意識を手放す前はアルノーゴ樹海ってとこにいたはずなんだけど」
「『アルノーゴ樹海』? 知らないわ。ワタル、『隠れ里』の事は知らないの?」
「『隠れ里』? アルノーゴ樹海に入る前は、アルン村って場所に居たけど、それの事じゃないよね?」
「いいえ、『隠れ里』は『隠れ里』よ。他に人間の住む場所はあるかもしれないけど、私は聞いたことはないわ。知らないって事は『外』から来たって事は確かね……」
そう話したきり、アイシャは黙り込んでしまった。問答している間、アイシャはまたピカピカと光っていたが、その調子もしばらくするとおさまる。しばらく間をおいてから、アイシャはまた話しだした。
「私、『外』の人間と話すのは初めてだけど、今更ね。ねぇ、ワタル……」
「うん?」
アイシャは地面からふわりと宙に浮かび、中腰に座っていた俺の顔から、目と鼻と先程の距離に近づいてきた。この距離でも、光はやさしく寄り添うように灯っていて、まぶしくは感じない。
「私は、あなた達の言葉で言うと、そう、『妖精』というものなの」
「え? それは……」
アイシャの言葉がすぐには理解できなかった。だが、彼女の言葉が本当とするならば、彼女はまさにファンタジー オブ ファンタジー、物語というものには大抵登場してくる、あのメルヘンな存在だというのか!? 俺のいた世界だと、妖精は人の手のひら程の大きさの小さな女性が、蝶や虫のものを思わせる羽を背中からはやして、空を飛ぶ愛らしい姿で描かれている。だが、目の前に居るアイシャはというと……
「その『妖精』ってのは、光り続けてるような存在なの?」
「あら、私ったら夢中で気づいてなかったわ。ほら、これならわかるでしょう?」
アイシャは一瞬ぴかっと、強くきらめいた。すると、次第に光が弱まっていき。人の姿をした影が見えるようになっていく。しばらくして光は完全に収まり、彼女の姿を完全にとらえることができるようになった。
「へぇ……」
「ほぉ……」
「えへへ、そうまじまじ見られると、ちょっと恥ずかしいかな……」
俺の横で直立不動だったヴァンも、いつの間にか俺と同じような恰好になってアイシャに見入っていた。アイシャの姿は、俺が彼女から『妖精』という言葉を聞いて、頭に思い浮かべた姿そのものと言っていいほど愛らしい容姿をしている。全身の大きさは両手で包み込めそうな程小さかったが、体の各所をパーツ単位でつぶさに観察すれば、彼女のスタイルがいい事がよくわかる。スカート丈が膝上程度の桃色のドレスを着ていて、スカートから伸びる両足はスラリとして脚線美が感じられる。また、ドレスは大胆にも肩より上は露出しており、胸元は華奢な全身に反して、豊かに押し上げるものがある事がわかる。彼女の長い金髪は美しく輝き、腰元までサラリと流れ、細いウエストと金髪の間から、4枚の昆虫のものを思わせる羽が、斜め方向にピンと張り出ている。時々、その4枚の羽からは鱗粉のような小さな光る粒がこぼれ落ち、神秘性を醸し出している。
「やだ。そんなにジロジロ見ないでってば」
そう言って、恥ずかしそうにもじもじしている姿が、もう何とも言えないくらいにとても可愛らしい。こちらの世界に来てから、ナエさん、ニーナさん、ロミスさんと美人所を見てきたが、今回はそれと比しても、完全に予想外のあさって斜め上を、どストレートに俺の心をついてきた。表現が意味不明だが、それほど衝撃的だったという事だ。思わず「はぁ」とため息が漏れてしまう。
「ねぇ……黙ってないで、何か話してって……ってアンタ達は来るんじゃないわよ!」
アイシャの愛らしい姿はまた元の光り輝く姿に戻り、何かから逃げるように宙に高く飛んで行ってしまった。犬の息遣いが聞こえるので、横を見てみると、隔離していたロウとクレスが俺の横に来ていた。アイシャにとってはトラウマな存在なだけに、逃げざるえなかったのだろうか。彼女の姿をもっと眺めたかったが、仕方がない。
「はぁ。それで、どこまで話したんだったけか?」
「我々が『外』から来たのかもしれない、という所です。主」
「ありがと。俺達はそれで迷ってたわけなんだけど、さっき『隠れ里』という言葉を使ってたよね? そこに俺達のような人間っているの?」
「ええ、そうよ。ここは、マグナ様が封ぜられている『深樹界』で、深い樹海に覆われているのだけど、人間達が住む場所はあるわ。ただ、私達、妖精は、別の『森』に女王様と一緒に住んでるの。『隠れ里』の人間は『妖精の森』と呼んでいるわ」
多少気になるフレーズが幾つかあったが、アイシャの言葉は俺達にとっては朗報だ。アイシャの言葉を借りれば、俺と同じ『人間』が住んでるということだから、接触してコミュニケーションする事は可能だろう。言葉が通じなくとも、今の俺には『力』がある。本当に形振り構わなければ、おそらくやってはいけるだろう。最も、いざそのような事になったら躊躇ってしまうかもしれないが。思考が脱線しかけていたが、続くアイシャの言葉に意識が現実に戻される。
「ねぇ。それで私達の『森』なんだけど、今日、突然たくさんの魔物達が襲ってきたのよ!」
「さっきも言ってたけど、それが急いでいた理由?」
「ええ。女王様が森の境界に結界を張って、魔物のを防いで下さったから、まだ被害は出てないんだけど、いつまで女王様の結界がもつかわからないわ。急いで『隠れ里』の人達に助けてもらわないと!」
彼女はその『隠れ里』へ1秒でも早く助けを呼びに行こうと、飛び出したそうにうずうずしだした。俺達としては、せめて人がいる所までは連れてってもらわないと、また樹海の中をさまよう事になってしまう。どうしたもんか、とため息をつきながら、そばに寄ってきたクレスとロウを特に意味なく見たとき、ふとした考えが俺の頭をよぎった。
「ねぇ、アイシャ?」
「何よう…… まだ何かあるの?」
「『隠れ里』ってここから結構かかるの?」
「そうね。ここからだと、まだ少なくとも1アウス以上はかかると思うわ」
「えっと、1アウスって何ミニトだっけ?」
「あなた、そんなことまで知らないの? 1アウスは60ミニトよ!」
アルノーゴ樹海の封印石に向かう時に、ラルフさんが『ミニト』という時間の単位を話していたのを覚えてたのが幸いした。あの時の感覚から推察するに、どうやらミニトは俺の世界で言う1分、アウスが1時間と考えてよさそうだ。
「あっはっは。そうだった、そうだった。ド忘れしちゃってて。えーと、それで? もう一回聞くけど『妖精の森』からだと、そんなに離れてないのかな?」
「ええ、急いで逃げて来たけど、まだそんなに離れてはないはずよ」
だとしたら、俺の目論見はアイシャにとってもメリットはあるはずだ。俺は思い切って提案してみる。
「助けを呼びに行く事についてなんだけど、俺達が『妖精の森』に救援に行くのはダメかな?」
「えっ……」
アイシャは一瞬、俺の言っている事がわからなかったのか、戸惑う素振りを見せる。
「アイシャも、クレスが追ってきた魔物を投げ飛ばす所を見ているだろう? 今のクレスだったら、伝説の魔物相手でもヒケはとらないよ。それにクレスやロウも、ちょっとやそっとの魔物には負けない実力はあるはずだ」
自信満々に言い放っているが、流石に、パワー、タフネスが10以上のバケモノ級クリーチャーはいないと信じたい。そこまでのクリーチャーとなると、大災害と言ってもいいほどの存在である。そんなのが居たら、この『深樹界』界隈周辺が壊滅必須である。
「……言われてみればそうね。あの魔物を、あんなにあっさりやっつけちゃうわけだし。ワタルが普通だから、その事に気が付かなかったわ。ワタル以外は強いのはわかったけど、貴方は大丈夫なわけ?」
クレスの実力を目の当たりにしてるだけに、俺の言葉には説得力があるはずだ。対して、アイシャの言う事も最もで、痛い所をついてくる。俺個人に限っては、このメンツの中で最弱なのだ。ソコを責められるとちょっと弱い。
「そこはほら、俺はこの中では『主』というか、一番偉いの。そばに1人いれば大丈夫だし。それにほら、武器もあるからね」
とってつけたように、腰に差した剣の握りを手でポンポン叩く。実際はまだ一度も使ったことが無いのだが。我ながら、かなり苦しいごまかしである。
「ふーん。そういう事にしといてあげるわ。確かにその方が『隠れ里』に行って帰ってくるよりも、もっと早く済むわね…… わかったわ。そうと決まれば早く行きましょ。こっちよ」
アイシャはにっこり笑った後、しゃらんと音を立てて飛び上がり、彼女が最初に飛びだしてきた、茂みの方向へ俺達を促した。
1年間エタる、までにはならないで済みました。
彼女を出した時点で半分以上この章の目的は果たしたようなもんです。