Plains Walker -次元世界遊歩道中-   作:sasandra

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002:あるひ そうげんのなか くまさんに であった

 俺は、端正込めて作成し、何回もの闘いを伴にくぐりぬけた自分の魂とも呼べるマイデッキが無くなっている事に打ちのめされた。あまりにも荷物にカードを詰め込んで収納スペースがなくなったため、仕方なく俺のズボンのポケットに突っ込んでおいたのだ。

気づいた時には、カラフルなお月様達が別の所にすっかり移動してしまっていた程、時間が経過していた。ポケットには財布、携帯電話、家の鍵、2つのマイソウルデッキ、弟の崇のために買ったエントリーセット、そして、できるだけ持っていこうとした元山岡氏から譲りうけたカードが入っていた。なのに、MTGに関連するものだけ―――マイソウルデッキ2つとエントリーセット、そして譲りうけたカード―――がポケットから無くなっていた。

 

 心をかけて大切にしていたものを失くす、今日手に入れた物をその日のうちに失くす、という事は結構落ち込むことだが、今は嘆いている場合ではない。身一つ見知らぬ場所に放り出された俺の役に立つとは微塵にも思えないが、財布と携帯電話をチェックする。財布は、中身は一切変化なし。間違っても中身が増えているという事は起きていないようだ。そんな事があったとしても、この世界で円が通用するとは思えないが…… 

 携帯電話の電波状況は案の定、圏外になっていた。いざという時の物々交換の品になるの関の山だろうか。家の鍵も特に変化なし。使わない鍵でもキーホルダーにつけっぱなしにしてジャラジャラにしていたので鍵の数は無駄に多い。危険になった時にメリケンとして使えなくもないのかもしれない。

 

 結論は、俺の命は風前の灯火だという事だった。

 

 食糧なし、装備なし、土地勘なしのどうしようもない状態で俺ができる事と言えば、助けを求めてさまよう事くらいである。しかし、周りを見渡してみるに今は夜中。複数の色鮮やかな月のおかげで、夜中と言っても、照明がついているグラウンド場の隅くらいには見通しが良い。思いのほか遠くまで見渡せるようだ。辺りを目を凝らして眺めて見ると、一方向が真っ暗になってる。この方向のそう遠くない場所から森が茂っているようだ。こんな夜中に、何が潜んでいるのか分かりもしない異世界の森に侵入など、自殺行為に等しい。とりあえずは森とは逆方向に歩いてみて、街道がないかどうか探しつつ、一夜を明かすにふさわしい場所を探索するしかないだろう。

 

「はぁーーー。大変な事になったなぁ」

 

と、溜めるに溜めた溜息を吐き、俺は歩き出す。

 

 

 

 夜の空の一方に鎮座していらっしゃったお月様達が、反対側に移ってしまうほど時間が経った頃、ようやく俺は街道らしき道を見つける事ができた。多少高い丘を登りきって下を見下ろすと、ちょうど真正面に道らしき線が、左手から右手にまたがっていた。

 

「あー、よかったー」

 

 発見した時は、気が緩んだのかその場にへたり込んでしまったくらいだ。本当に良かった。これで少なくとも、道を辿れば人が住む場所に行けるはずである。そこに居るのは自分と同じ姿をしているホモサピエンス型生物とは限らないのかもしれないが、そんな事はどうでも良い。最悪、さまよった挙句に、餓死か、脱水症状で誰にも知られずに、しゃれこうべと化す可能性が付き纏っていただけに、この発見は大きい。

 街道まで歩いて、道の向う先を眺める。言うまでもない事だが、良くは見通せない。わかるのは、せいぜい土地が起伏している程度で、あい変わらず草原が馬鹿正直に続いているようだ。疲れてるから今夜はここで明かさなきゃならないかな、と考えつつも反対を見てみると、こちらも先ほどと変わらずの様子。しかし、異なる点がひとつだけあった。

 

「灯りが灯ってる!」

 

 暗闇の中に、ポツンとたき火の灯りであろうと思われる点が灯っている。これはかなり幸運な事かもしれない。最悪、人に会うまでに数日間はさまようになるかもしれないと感じていたからだ。善は急げである。この時、歩き通しで体は疲れ切っていたにも関わらず、気が付けば駆け足で向かっていた。つくづく、人間の体とは馬鹿正直で、現金なものである。

 

 

 無我夢中で灯りに向かう事、幾数十分。急ぐ内心を余所に、ようやく辿りつくことができた。しかし――――

 

 「誰もいない……」

 

 遠目から見て、たき火の灯りだと思っていたものは、予想通りであった。火はパチパチと音をたてながら、暖かい光を周りに投げかけている。火がこれほど心に安寧をもたらすとは思わなかった。気にかかるのは誰も人がいないという事だが、たき火の横に寝床らしき敷き布と毛布がある事、また、大きな背負い袋が置いてある事から、持ち主は一時的にこの場を離れているだけなのだろう。

 たき火の灯りを見つけた時には気付かなかったが、このキャンプは人工物に寄り添うようにして存在していた。この人工物を一言で言い表すなら、大きくなった灯篭といった所だろうか。大地から無骨ながらも堅牢さを感じさせる岩を柱に直立していて、その上に石削りでつくられた台がついている。台には4本の石柱に支えられて屋根がついており、台の上に設置されている物を守っているようだ。台自体は少し高い位置にあるため、下から伺い覗かなければ見ることはできない。よく目を凝らして見ていると、一瞬、中にあるものが閃いたように見えた。

 

 「でっかい、宝石……みたいな石なのかな?」 

 

 何にしても、人間の手によるものであろう事は違わないはずだ。あとは、このキャンプの主が戻るのを待ち、保護を要請すればとりあえずは安心できるはずだ。と、その時の俺は人に会えることに安心しきって、出会った存在が自分に危害を加えないとも限らないという考えがすっぽり抜け落ちていた。灯篭らしき物の観察を終えて、たき火の方角に向きなおると、いつの間に現れたのか、そこに、熊がいた。

 

 熊。

 

 体長が大きい物で2、3メートルにも達する茶色の毛並をした獰猛な動物。それが今、目の前にいる。先ほど俺に安心をもたらした、心の拠り所であったたき火は、今は目の前の遭遇者の危険な雰囲気を醸し出すのに一役買っている。大人の腕など簡単に折ってしまうであろう太い四肢で大地を踏みしめ、その先端には鋭利な爪が、獲物を求めて舌なめずりしているように火の光を反射している。頭部に視線を移すと、爪に負けず劣らず、岩さえも噛み砕いてしまいそうな研ぎ澄まされた牙が開いた口から伺える。闇に沈んで、時折光に照らされて見える、漆黒の目は、一度獲物を定めたら二度と視線を外すことなどないであろう絶望感を俺に与える。

 異世界転移をやってのけたというトンデモ展開を経験していた俺は、もう何が起こっても驚くような事はないだろうと思っていた。しかし、今目の前にいる物に対しては、全く予想だにしていなかった。いくらなんでも展開がナナメ上すぎる…… 

 

 (っは! 今は落ち着いて生き延びる事を考えるべきだ! )

 

 (そう、熊に対しては相手の目を見つつ、死んだふりをすればいい筈だ!)

 

 (慌てるな! 相手をむやみに刺激せずに、細心の注意を払って行動するんだ!) 

 

 内心の動揺はおくびにも出さず、俺は少しずつゆっくりと姿勢を低くする。

 

 両手を地面につき、ひざを下ろし、そして視線は決して熊の目からそらさず、ゆっくりと… ゆっくりと… 

 

 身を地面に横たえ、後は熊から視線を外すタイミングを伺う。

 

 ここが肝心だ。今まで注意深く行動してきたことが全て無駄になってしまう! 

 

 

 お互い見つめあったまま、数分、数十分にも間延びされた時間間隔の中で、ひたすらその時を待つ。

 

 にらみ合ったままどのくらい経つのかわからなくなった時、熊が後ろを振り返った。

 

 (今だっ!!)

 

 反射的に首を動かし、頬を地面になすりつけて目をつぶる。

 

 (完璧だっ! 完璧に決まった! よもや熊も俺が生きてるとは思うまい!)

 

 と、さっきまで動いていた輩が次の瞬間死んでいるという、矛盾甚だしい思考をしている矢先に、熊の後方から声がかけられた。

 

「オメェ、何やってんだ?」

 

 

*****************************

 

 

 

「ブッハハハハハハハ! グレーに襲われると思って、あの行動!? 今まで同じような状況になった時は何回かあったけど、あんな反応をしたヤツを見るのは初めてだぜ! 絶対おかしーぞ! 始め見たときは、悪いけど、オマエが馬鹿じゃないのかと思ったぞ」

 

 闇夜の草原の静寂を笑い声で盛大にぶっとばす、この人は『ラルフ』という名前の旅人だそうだ。夜の中、光源がたき火だけなので、はっきりとわからないが、濃い色を髪を後ろにまとめてひとくくりにしている。無精ひげを生やして、一目みた誰もがオッサンと呼ぶような容姿をしている。しかし、良く見れば、笑いながらもその目は俺の正体を見極めようと、時折品定めをしているように細められている。見た目はボロボロだが作りはしっかりとした外套を羽織り、胴体には着古した旅装らしきものを着て、何かの皮でできてるらしいブーツを履いた両足で胡坐をかいている。その傍らには、彼の一回り、いや、二回りも大きい塊がうずくまっている。その大きさはもはや『小さな山』と言っても問題ないだろう。先ほど俺が妙ちきりんな行動の原因となった熊は、前足に頭を乗せてくつろいでいた。時々、ラルフさんに頭をなでられてご満悦そうなのがうかがえる。このとてつもなく大きな熊さん、名前は『グレー』というそうだ。ラルフさん曰く、このグレーと連れ立って旅をしている最中とのこと。なんでも、祭壇の近くで野営をしていた所、突然俺がやってきた方角の一点が轟音とともに光輝く現象が起きたそうだ。時間にして数十分、その方角は光つづけ、次第に光は収まってったそうだ。何が起こったのか調べに行ったそうだが、発光現象が起こっていたと思しき地点には何もあらず、結局何もわからずに元いたキャンプに戻ってきたら…… あとは恥ずかしい思いしか湧き上らないのでこれ以上はやめることにする。

 

「それで? オメェはこんなところで一体どうしたってんだ?」

「それは…………」

 

 まさか、「異世界からやってきました。ハロー」なぞとは、とてもではないが言えたものではない。しかし、こんな状況でうまく取り繕う言葉が突然出てくるわけでもないので正直に言う事にする。

 

「こんな事言っても信じてもらえないかもしれませんが、俺は気がついたらこの草原に居たんです、それでしばらくさまよってたら、たき火の灯りが見えて、歩いてきたらラルフさんに出会ったんです」

「なんだってぇ! オマエ、やっぱり頭いかれちまってんじゃねぇか?」

 

 ラルフさんは眉をしかめながらも、怪訝そうにこちらを見る。

 

「信じてください。こう言ってる俺が何がどうなってんだかわからないですから……」

「村が近いとは言え、馬がなければ、歩いてまる半日かかるし、見たところ長旅の装備もヘッタクレもない恰好してやがんなぁ」

 

 ラルフさんは、しげしげと俺を眺めて、何回も視線を上下させている。

 

「ま、とりあえずはそういう事にしといてやるよ。 そういやまだお前さんの名前を聞いてなかったな。」

「『境目 亘』といいます。あれ、それともワタル サカイメかな? ワタルの方が名前です」

「へー…… ワタルか。まぁ何だ、あんまりうまくないが何か食いもんごちそうしてやるよ」

「もうヘトヘトで、何か食べないと死にそうです……ありがとうございます」

「へっ。ほんとに味は保障しねぇからな。けど人間、腹が減ってりゃなんでも食えるもんさ」

 

 正直、今まで状況が状況だけに、俺は腹がへっていることに全く気が付いてなかった。まともな人間と話す事ができたおかげなのか、今は緊張の糸が切れて、腹が今すぐ何かを詰め込めと激しく自己主張している。

 ラルフさんがごちそうしてくれたのは、小麦以外の何か――ライ麦か燕麦だったか――が使われてる固いパン、それとたき火であぶり直した干し肉だった。どちらも日本で食べられる物に比べてとても固く、普段なら不平が出てくるところだがそんなことも言ってられない。そして何よりも本当に思っている以上に腹がすいていたらしく、腹の中に収めると意外とすんなりと満足感を得ることができた。腹も膨れた所で、俺はさっきから疑問に感じていたことをラルフさんに聞いてみる事にした。

 

「あの…… ラルフさん。グレーってラルフさんのペットなんでしょうか」

「グレーが俺のペットだなんて、俺とグレーはそんな軽い間柄ってもんじゃねぇよ。相棒だよ、相棒!」

 

俺の言葉に、少し気分を害されたのか、「相棒」の部分を少し強調して返事を返してきた。

 

「でも、言い方が悪くなっちゃいますけど、こんな大きな熊どうやって手懐けたんですか?」

 

 何人もの人に同じことを聞かれ続けたのだろうか、「またか」というような退屈そうな鼻息を漏らして彼は答える。

 

「そりゃ、おまえ、輝石を使ってに決まってんじゃねぇか。だいたい1年前か、もの探しに山の中を歩いてたら、突然でっけぇ熊に襲いかかられてな。ありゃ死闘だったな…… そんなわけで、俺とグレーには一言じゃ言い表せられない友情が芽生えたのさ」

 

 感慨深そうに目をつむり、過去に思いをはせているのかうんうん頷いて、グレーを撫でる手つきもゆっくりと思いを込めているようだった。グレーの方も、耳をピクピク動かして気持ち良さそうである。

 

「へーそんな事が…… でも、こんなに大きな熊と一緒に行動するなんて、他の人から見られたら驚かれるもんかと思うんですが」

「おまえ、魔物や動物を使い魔として使役するのが出来る事もしらねぇのか? グレーみたいなデカブツは珍しいけどよ。ここらへんはあまり旅人の往来がそう多くないと言ったって、俺以外の旅人連中でも使い魔を伴ってるヤツはそう珍しくはない筈だ。それを知らねぇたぁ、ますます何者なのかわからねぇなぁ」

「うっ――――」

 

もはや、ラルフさんのジト目には、胡散臭いという言葉では不足なほど、疑念がこもっているように感じられる。俺も、異世界転移などのようなファンタジー小説はいくつか読んだ事があるのだが、それらと比べて、転移先の世界の事柄ついて、事前知識もなしに現地住人と話を合わせるというのは無理があるようだ。

 

「俺の住んでた所では、見たことがなかったんですよ。そのぐらい田舎な所から来た……って事にしといてくれるとありがたいです」

 

視線を横にかわしつつ、今はこのように答えてはぐらかすのが俺の限界だ。

 

「へいへい。これ以上は何も聞かねぇよ」

 

降参のポーズか、両手を挙げながら本当にこれ以上聞くつもりがないのか、話題を切り替えてきた。

 

「そういうと、お前さん、輝石ってのも見たことがねぇんじゃねぇのか」

「ええ、実は…… よくお分かりになりましたね……」

 

 もはや、苦笑しかできない。見知らぬ人間に対して世話を焼いてくれ、なおかつ何も聞かないでいてくれるこの人には、もう俺は頭が上がらないだろう。

 ラルフさんは、立ち上がって俺に近づいて来た。左腕を腕まくりして、ズイっと俺の目の前に腕を持ってくる。袖に隠れていて見えなかった、意外と筋肉質な腕に驚きつつ、示された物を見る。彼の腕には腕輪がつけられていた。材質は見ただけではわからないが、銀のような金属でできていて、そこに彫られた美しい線模様が灯りに照らされて輝いて見える。ラルフさんの手の甲側、ちょうど俺の方に向いた部分には、深緑色をした宝石がはめられている。大きさはちょうど卓球で使う玉を少し小さくしたくらいだろうか。

 

「これが、輝石ってやつだ。だいたいのヤツは俺みたいに装飾品か武器に取り付けられて使われてるな。」

「………っ、なんというか凄い良い感じですね……この腕輪……」

 

 思わず腕輪に見とれていたのか少し返事が遅れる。

 

「へへっ。いいだろう。ちょっとしたこの手の知り合いが居てな。意匠には口煩く注文してみたかいがあったってもんだ」

「それで、この腕輪についてる輝石の力を使って、グレーを相棒にしたんですか?」

「ああ。あんときゃかなりギリギリの戦いだったな… トドメを指すときに、何故だかアイツの事が惜しくなっちまってな。そしたら輝石が力を発揮して、俺と絆ができちまったってわけだよ。」

「輝石ってのは、グレーのように使い魔を得ることができる道具なんですか」

「いいや、使い魔を得るってのはひとつの力に過ぎんよ。 そうだな…… 輝石の力ってのは、ある程度系統はあるとは言われているが、人によって全然異なるんだ。輝石ってのは人の願いを叶える力を持つ女神様が授けてくださった物と言われているんだ」

 

『輝石』を俺の国で昔から流行っている、モンスターをボールで捕まえるゲームの代物、と考えてた俺には寝耳に水な言葉だった。

 

(その言葉が本当なら……)

 

ドクンと脈打つ内心の逸りを抑えつつも、切磋に湧いてでた疑問をラルフさんに聞いてみる。

「えっ…… それじゃぁ、輝石を使えば、故郷から遠く離れた場所に帰るって事も可能じゃ……?」

「おまえさん、やっぱり神隠しみたいな物にでもあったんじゃねぇかよ」

「はうっ……」

 

一人で草原をブラブラ歩いていた時に比べて、幾分か落ち着いたものの、思っている以上に心に重圧がかかってるようだった。半ば長期滞在を覚悟しかけていた目の前に突如として湧いてきた帰郷の可能性に、本心が出てしまった。

 

「やっぱり、あの光は何か関係あるんじゃねぇか? オマエ、あっちの方角に森があるんだが、あっちから来たんじゃねぇのか?」

 

転移してから後は、状況が状況だけに細かい事を気かけるほど余裕はなかった。

 

「はぁ。森は危ないだろうから、できるだけ離れる事だけを考えてここまで歩いてきました。正直、方向なんて気にかけてる余裕なんてありませんでしたし……」

「そりゃ正しい判断だ。いくら結界石が祭られてる『祭壇』が街道に設けられてるとはいえ、森の方まで行くとどんな魔物が出るかわかったもんじゃねぇ」

 

そう言って彼は『祭壇』と呼ばれてるらしい無骨な石の台座を見上げる。グレーは撫でられてたのが止まったのが不満らしく、不機嫌そうにラルフさんを見上げている。

 

「どんな辺鄙な場所でも、人間が住む場所には、必ず『祭壇』は設けられてるもんだ。あれのおかげで魔物に怯えてなくて済むからな。この街道にも結界石を奉った祭壇が、道に沿って建てられてるんだ」

「どんなもんかと思ってたんですが、これには魔除けの効果があったんですね」

 

 どうやら、俺の歩いてきた方向は正解だったようだ。転移する事自体は悪い事だったが、それ以外ではツキが俺に回ってるようだ。こうして、ラルフさんに出会えることができたのだから。

 

「話が逸れちまったな。それで、お前さんが来た方向が光った事が起きたのはさっき話した通りだが、お前さん何か心あたりはあるのか?」

「すみません。本当に何もおかしなことはなかったと思います。気がついたら、草原に横たわってたわけですし、ここに来るまでにも何かおかしい物を見たりはしていません」

「ふーん。結局何もわからずじまいってわけかい。まぁ、今このことを考えても何もわからないだけだから、もうヤメにしちまおう。えーっとそれでなんだったか……」

「輝石を使えば俺は帰れるのでしょうか?」

「おーそうだったな。……昔の話だと、死んだ人間を生き返らせたり、昼と夜を入れ替えたりとか、ぶったまげた事が起こせたらしいが……」

「そんな事ができるんだったら……」

「いや、気の毒だがオマエの望みに叶う話は聞いたことがねぇよ」

「そんな……」

 

 期待という物は、すればするほど、それが外れてしまった時の反動が凄まじい物だ。俺は帰れるものだとほぼ完全に信じ切っていただけに、ラルフさんの言葉は疲弊しきっていた俺の心にトドメを与えるには十分すぎる威力を持っていた。

 

「おっ! おい……あきらめるのはまだ早いぜ! 伝説の宝珠を使えば、今までにない奇跡だって起こせるかも知れねぇ。だからなっ。あーもう、泣くんじゃねェよ!!」

 

 ラルフさんが励まそうとしてくれているが、その言葉は俺の心を素通りしていく。むしろ同情を買ってしまっている事自体が、何故かとてつもなく寂しく感じてしまう。そして、俺は世界のありとあらゆる存在から見放されしまって、最早どうすることもできないのだと思ってしまう。

 

「昔から女神様は、誰も見捨てたなんて事、あったためしはねぇんだ! 時間はかかるかもしれねぇが、聖石教会とか騎士団を頼れば可能性は見えてくるかもしれねぇ!」

 

 静かながらもとめどなく胸の内からあふれ出すものを抑えきれなくなる。目に映るラルフさんの姿がぼやける。

 ラルフさんは、こんな俺を見かねたのか、俺の背中をポンポンと安心させるようにたたいてくれた。

 

 それが限界だった。

 

 俺は静かに、しかし、心の思うままにさめざめと泣き続けるのだった。

 

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