Plains Walker -次元世界遊歩道中-   作:sasandra

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殆ど何も書かずに、結局1年前に書いたストックを放出。エタりそうなのん……


029:妖精の森の攻防 その3

「……」

 

現れるクリーチャーはさぞ恐ろしいやつなんだろう、と想像したが、現れたのは小柄な女性だった。全体的に白い様相で、セミロングに伸びた髪は白髪、肢体を含めた肌全体も白い。だがニーナさんのような、雪を感じさせるような色とは大分違う印象を受ける。まるで絵具で塗りたくったような、人工的に作り出された固さを感じさせるような白色だ。そして、格好もかなり刺激的だ。ビキニも同然と言ってもいいような、皮で作られたかのような服で、胸部や恥部を隠しているだけで、武器も一切持っていないように見える。だが、その女性からは【甲鱗のワーム】から感じた、重苦しいプレッシャーのようなものを感じる。何かを隠していて容易には近づけない、そんな印象を受けた。

 

「ッ!」

 

女性が一瞬俺を睨みつけた瞬間、何かの形をした獣の幻影が、女性を包んでいるかのように見えた。その獣は、四肢で歩き、突き出た鼻の下から牙が生えていて、先ほどマッシュが倒した『猪モドキ』と似ている獣だった。幻影を見た後は、何もおかしな事は起きてはいない。だが、女性からの重圧は変わらず続いている。あの女性には、確実に何かがあると思っていいだろう。

 

「何よ。 今度は何だってのよ」

 

 アイシャが女性にも聞こえるような大きい声で言葉を漏らすが、その白い女性はそんな事は露にも気にせず、少しずつ俺達に近づいてくる。まだ距離がある今の内に、打てる手だてがあればやっておきたい所だ。だが生憎、俺のマナはマッシュを召喚した時にすべてを使い切ってしまっていて、まだしばらくは回復はしないだろう。今は頼りなのは、俺達の前に陣取るマッシュ、ただ一体のみである。

 

「マッシュ、あいつは尋常じゃない感じがする。気をつけるんだ」

「ぷあぁん」

 

 マッシュは振り向かずに、長い鼻だけ持ち上げて応ずる。マッシュは、ハンマーを両手に持ち、女性に攻撃するタイミングを伺ってるようだ。対する女性は歩みのペースを緩めず、距離を詰めてきている。しばらく、女性が歩み寄ってくるだけであったが、当初の距離が、もう半分ほどになるか、といったところで、突然、マッシュが「プァッ!」と叫んで飛び出していった。その勢いは『猪モドキ』を吹っ飛ばした時と変わらず俊敏だった。マッシュのハンマーが女性に振り上げられ、人の頭なぞ容易に粉砕する鉄の塊が頭にヒットする。

 

「ぱおん?」

 

マッシュの攻撃は正確に女性の頭に当たりはした。だが、マッシュは何が起きたのかわかっていないかのような困惑した鳴き声を漏らした。なんと、女性は相変わらず立ち続けたままであった。先ほど、猪モドキにマッシュの攻撃が当たった時は、ハンマーが体にぶつかった音が辺りに響いていたが、今のマッシュの女性への攻撃は、音が全くしなかった。マッシュは今も力いっぱい押し付けているのか、ハンマーが小刻みに震えている。

 

「ぱおおおお!」

 

突然、マッシュが大きな鳴き声と共に、俺のいる方向へ大きく吹っ飛ばされてきた。見れば、女性が左手を振り上げていた。マッシュの攻撃は、女性の腕によって防がれていたようだ。女性の腕は、明らかにマッシュのハンマーの主軸よりも細いようにしか見えない。そんなか細い腕で、クレスよりも重そうに見えるマッシュを、わずか腕一本の力で押し返してた。質量差を考慮するならば、どう見てもおかしい光景だ。だが、過去に圧倒的に巨大な存在が、矮小な存在に食い止められる光景を俺は見たことがある。それは、【ちらつき護法印】をつけられたヴァンが、【ワーム】を食い止めた時だ。あの光景は、マジックのカードによってもたらされた。今回、目の前の光景も同じような事が原因であると考えた方がよさそうだ。やはり、あの女性にはその現象をもたらすだけの()()がある。

 

「ぱおん。ぷぁん!プァアアン!」

「何だ?」

 

マッシュは立ち上がった後、俺達の方を向くや、細い鼻を持ち上げて、ある方向へと、つんつんと突き出し始めた。同時に、片手で同じ方向を指さしてから、手を払いのけるような動作をして、まるで俺達をここから立ち退きさせたがってるかのようなモーションをしだした。おそらく、俺達を指差してる方へ誘導しているのだ。この間にも、女性は少しずつだが、俺達の距離を詰めてきている。

 

「逃げろって言ってるのか…… わかった。アイシャ!」

「あ、うん、こっちよ」

 

俺は何とか体を動かして、マッシュが指差した方向へ走りだす。今まで連続してダメージを受けたせいか、体が重く、思う程早く移動する事ができない。後ろを振り向くと、マッシュは俺達に背を向けながら、じりじりと俺達の向かう先へ後退している。対する女性は、余裕なのか、ゆっくりのペースで追ってきている。何を理由に、マッシュや俺達を攻撃しないのかは謎だったが、今は少しでも距離を離しておかなければならない。目の前に迫る茂みをためらいなく潜る。

 やがて、いくつか茂みを越えた時、背後から「プアアアア!」という大きな嘶き声が聞こえた。きっとマッシュがまた攻撃をしかけたのだろう。だが、当初の勢いに反して、弱々しい鳴き声が後から聞こえた。

アイシャは俺の先を進んで、先導してくれていたが、その音が聞こえた瞬間は、ビクリと体を震わせていた。直後に俺達が来た方向から、樹木がへし折れる音が聞こえ、ガサリとすぐ脇の大きな茂みが大きく揺れた。すると、目の前に、何か大きな物体が飛び出してきた。

 

「きゃあ」

 

アイシャが悲鳴を上げる。前の方に見ると、何か大きな存在が、四肢を大きく広げて地面に仰向けに倒れていた。地面には赤い血だまりが広がり、今見ているこの瞬間にも、それは徐々に大きくなっていっている。俺はソイツの顔を見て正体を悟る。いや、状況から言って彼しかいないのは当然なのだが、心がその事実を認めたくはなかった。そう、あれほど頼りに見えたマッシュだったのだ。マッシュの倒れている周りは、血が地面や樹木に激しく飛び散っていて、よりグロテスクな様相を呈していた。

 

マッシュは俺達に気づいたのか、少しだけ鼻を持ち上げ何かを訴えようとした。だが、その鼻も、力なくだらりと体の上に垂れてしまった。鼻が垂れた体の中央の箇所を見ると、マッシュの胴体の真ん中から勢いよく血が吹き出ている。どういう攻撃を喰らったのかはわからないが、あれほど重厚に見えた体にぽっかりと穴が開いてしまっていた。誰がやったのかは語るまでもないだろう。

 

「ゴホォァ」

 

 俺は腹から急なえづきを感じて、何かを盛大に吐き出してしまう。

 

「ゲホォ、オェェ……」

 

むせこみは、後にも続き、口から何かが垂れ落ちる。手を口にあてがうが、だが、何の押さえにもならず、指と指の間から、赤い液体が流れ落ちる。ぐらりと視界が揺れる中、アイシャが必死に呼びかけてきているのがわかる。口から垂れたものは血だ。マッシュの受けたダメージが俺にトレースされたのだ。さっき受けたときは何が何だかわからず衝撃的だったが、今回のコレはとてつもなくマズいような気がする。致命的と言ってもいい、もはや取り返しがつかないダメージを負ってしまったようだ。俺が倒れて、悶えている間にも、マッシュの体は、一瞬白く光り輝き、体の隅から光の粒子に変わっていって、空中に溶けて消えてしまった。これまでヴァンやロウが死んだ時と同じ光景だった。同時に、俺の中の《声》にマッシュの弱々しい《声》が戻ってくる。これでもう、俺達を守るクリーチャーはいなくなってしまった。

 

「ワ、ワタルぅ……」

 

アイシャが地面に降りて、俺を必死にゆすって話しかけてくれている。ある方向を見て怯えているようだったので、彼女の見る方向に目をやると、ちょうど白い女性が茂みから出てきた所だった。先ほどと違う点は、女性の右手が赤く染まっており、その血糊が白く輝いて、空中に光の粒子となって消えていっている最中だった。女性はその現象が不思議なのか、右手を顔の前に持ち上げて、しげしげと自分の手を眺めている。しかし、飽きてしまったのか、俺達のほうに視線を向けてきた。そして、今まで無表情だった顔が、獲物を見つけた獰猛な獣のように、残酷な笑みに変化する。

 

「ひぃぃ!!」

 

アイシャの悲鳴もむべなるかな、俺も、その笑みを見た瞬間、背筋にゾワリと悪寒を感じてしまった。ひたり、ひたりと一歩ずつソイツが近づいてきて、俺を攻撃しようと右手をあげたその瞬間……

 

「待てい!!」

 

どこからか、大きな声が響いた。

 

女性はその声が響いた瞬間、振り上げていた手をおろし、声がどこから発せられたのか探ろうと視線をさまよわせる。

 

「マスターに手を出す奴は、この俺が許さん。ふっはっはっはっは!」

 

上空から徐々にボリュームを上げながら何かが落下してくる。ズドンっと、大きな爆音を響かせて、俺と女性の間に着地したソイツは、マッシュほどに大きい図体をしていた。遅れて上空から3枚の青い盾が追随してきて、背後に並べて浮かび、白い直線的な鎧を着ている。

 

「あああああ! あんた!」

 

その存在――クレスは首だけ俺達の方へ向き、アカルイックスマイルを浮かべてドヤ顔を決めていた。

 

「フッハハハハ! このクレス様が来たからにはもう安心だ、マスター。この目の前の女を手早く倒してしおう」

 

女性の方は、突然の場の雰囲気の変化に戸惑っているようなのか、クレスをしげしげと奇怪なものであるかように観察している。

 

「……お前……どこ行って……」

 

クレスは俺に近づいてきて、俺の容態を確かめだす。

 

「かなりダメージを受けてるようだが、まだなんとかギリギリ持ちそうだな。」

 

「そんな、こんなにひどいのに……」

「なに、まだ意識を保ってるのが大丈夫な証拠だ、今はダメージで動けないようだが、じきに立てるようになる」

「そんな……わけ……」

 

俺の必死の口答えも、クレスの宥めるような声にふさがれてしまう。

 

「見た目の割にはまだ感じられる生命力が()()()。俺自身も()ならやられてるほどの傷なのにな。俺が一番驚いてるくらいだぞ」

「おまえどこに……」

 

 そう俺が聞くと、クレスは手を口元にあてわざとらしく思案気な顔をして話し出す。

 

「ふむ、あの騎士を追っていったのはいいが、思いのほか深く入り込んでしまってな。しかも、帰りがけにいろいろと()()がわいてきたので倒してたのだ」

 

クレスは倒れている俺の顔の上に、何枚もの《呪札》を開いて見せつけてくる。

 

「それは……」

 

クレスは、《呪札》を俺の横においてから、顔だけ近づけて囁いてきた。

 

「ッフ。思ったよりギリギリで内心焦ったぞ。だが、もう安心だ」

 

そして、俺を診るために屈んでいたが、女の方へクレスは向き直る。これから戦おうとしているようだが、あの女は()()()

 

「クレス…… ヴァンもクレスもやられ…… ソイツ……やばい……」

「ほう、ソイツは期待できそうだな……」

 

えづきが続く中、俺はクレスにヤバイ状況である事をなんとか伝えようしたのだが、クレスは逆に嬉しそうにニヤリと笑みを深くした。

 

(しまった! コイツ脳筋だった!)

 

自分が受けたダメージの大きさにショックを受けていたせいで、忘れていたが、クレスは戦闘狂のきらいがあったのだ。もしかすると【ワーム】と同じくらい強いかもしれない存在を前にして、俄然やる気にならないわけがなかったのだ。

 

クレスは両方の拳を重ね合わせて、ごきりと骨をならしながら女性に語りかける。

 

「女ぁ、お前中々やるそうではないか? だが、俺のマスターにおイタが過ぎたようだな? その代償を払ってもらうぞっ!」

 

言葉だけ聞くと完全にチンピラのそれだが、言葉尻を発すると同時に、クレスが女に一瞬のうちに詰め寄って、拳を振るう。流石にオーラでパンプアップしてあるおかげか、マッシュ以上のスピードがでている。さらに、その拳は、マッシュが振るう攻撃以上の威力が込められているように見えた。

 

パァンと辺りに、拳が猛烈にあたった音が響く。クレスのやつ、女だからといって全く容赦する気がない! 思いきり顔面を殴りにいったのだ。だが、女は片腕でクレスの大きな拳を易々と防いでいた。

 

「何っ!」

 

拳が払いのけられると同時に、クレスも驚きの声を上げる。だが、俺はそれ以上に動揺していた。

 

(クレスの攻撃もきかないだと!?)

 

目の前の女は、【ロクソドンの強打者】こと、マッシュを簡単に葬り去ったわけだが、その強さに関して、せいぜいパワー、タフネスが6点か7点あたりだろうと高をくくっていたのだ。今のクレスのパワー/タフネスは、ヴァンがやられてしまった事を勘定すると、7/9のはずだ。それで十分ヤツを倒すことができると思っていたのだ。だが、今の光景はどうだ。クレスの攻撃はマッシュが攻撃した時と変わらず、相手に全くダメージを与えられていない。

 

「っふはは。思ったよりも手ごたえがありそうな女だ。楽しませてくれよ」

 

俺の焦りをよそに、クレスは攻撃をいなされて、余計に戦意が高ぶったようだ。そして言い終わるや否や、また相手に殴りかかっていく。

 そこからの戦闘の光景は、俺は口をあんぐりあけたまま見ることしかできなかった。なぜなら、クレスと女の攻防が、あまりに激しく、刹那の間に幾つもの攻撃、防御の応酬が繰り広げられたからだ。しゅばばばと、お互いの手足が、残像を残す程素早く動いている。動いているのはわかるが、その像をはっきり目にとらえることができない。まるで、某少年格闘漫画のアニメを見てるかの様だった。クレスは太い手足の他にも、【神聖なる好意】の3枚の盾を器用に動かして渡り合っている。だが、その攻防もそれほど長くは続かなかった。バァン、という轟音と共に、クレスが結界へと叩きつけられたのだ。結界はクレスを包み込むかのように受け止め、クレスが叩きつけられた箇所を中心に、大きく破紋が広がっていく。クレスは痛みに顔を歪めていたが、すぐに何かに気づくと、その場を飛びのいた。女が追撃してきたのだ。クレスは危なげに攻撃をかわす事ができたが、女の攻撃が結界にモロに突き刺さってしまう。

 

「やだ、結界が……」

 

アイシャの悲鳴にも似た嘆きが聞こえる。結界は、女の攻撃を受けた箇所から、ヒビがだんだんと広がっていき、やがてガラスが割れる時のような音を響かせて消えてしまった。結界が区切っていた先は、結界があった時は、その向こう側な景色は、やや緑色に染まって見えていたが、それも通常の色合いに戻っていった。

 

結界が崩壊していく間にも、クレスと女の攻防は続いていた。相変わらず、バトル漫画もかくや、というような激しさだが、徐々にクレスが追されているように感じられた。なぜなら、クレスが吹き飛ばされ、そして果敢に女に再び飛び掛かってい回数が多いように思えるのだ。そして、クレスは息が乱れ始めているが、女はまったく苦しそうには見えない。

 

「ねぇ、あの大男、このままだとやられちゃうんじゃ……」

 

アイシャも俺と同じ事を感じているのか、俺に語りかけてくる。認めたくはないが、クレスの、パワー7点分もある攻撃が、あの女には全く通じていないと断じざる得ない。パワー7点だぞ! あの【甲鱗のワーム】を軽く捻る事ができる点数なんだぞ!? それが通じないとするのだと、あの女は、少なくともタフネスが8点はあると考えなければならない。いくらなんでも、インフレし過ぎではないだろうか。このクラスになってくると、神話上での大物モンスタークラスの領域だ。クレスと比べて、あんなひょろい体をしている女に、それだけの強さがあるなんて、とてもじゃないが信じられない。だが、対策はある。時間は俺達の味方になるはずだ。

 クレスが俺を診たときに言ったように、少し体の調子が戻ってきたような気がする。普通に話かける事はできそうだった。

 

「クレス…… あと1、2分持ちこたえろ。そうすれば《マナ》が回復して【平和な心】が唱えられる」

 

俺の中の《声》へ通じるマナは、【ロクソドンの強打者】を召喚するのに費やしてしまって、まだ回復していない。だが、経験上、あと1分、2分もすれば回復するはずだ。そうすれば、クリーチャー無力化呪文の【平和な心】が唱えられる。この呪文にかかれば、相手がどれだけ凶悪なパワー/タフネスを持っていようと、問答無用で無害化できる。効果のほどは、昔にマッシュで確認済みだ。だが、俺の目論見は意外な人物からひっくり返される。

 

「断る!」

「はぁ?」

「断ると言ったぞ。マスター。これほどの相手、相手にできる機会なぞ、滅多にないのだぞ。俺は自らの拳で、アイツを打したいぞ!」

「何、わかんない事いってるのよ! 現に負けそうになってるじゃないの!」

 

アイシャが信じられないといった様子で、口をはさんでくるが、彼女の言うことは、ご最もである。だが、クレスは女から距離をとり、俺の方を向いて必死に訴えかけてくる。

 

「【呪文】だ。マスター。まだマスターには、俺を強化する事ができる【呪文】があるはずだ。それを俺にかけてくれ」

「んな事言っても、【呪文】をかけても、アイツを倒せなかったらどうするんだよ!」

「逆に、【平和な心】で無力化しても、俺やマスターはアイツを倒す事ができるのか? 今、攻撃が通用してないのならば、結局は同じ事ではないのか?」

「いや、それもそうかもしれんが……」

 

俺が渋っていると、クレスはさらに大声で俺に求めてくる。

 

「ならばこそ! なればこそ! 俺はより激しい闘争を望む! こんなに手ごたえのある、全身全霊をかけて戦える敵に巡り合えることのなんと希少な事か! 夢にも見た、マスターを御前にしての受肉! そして、強大な敵を前にして、マスターを守護する事ができる誉よ! 俺は今、一世一代の大勝負にいる。 マスター! 頼む! 俺に戦わせてくれ!」

 

その言葉は、今までクレスが発してきた中で、最も真摯に、まっすぐ俺に向けられた言葉だった。思えば、俺は卓上ゲームのマジックで、【イロアスの英雄】をどんな風に使ってきたのだろうか? せいぜい《オーラ》での強化は1枚どまりで、パワー/タフネスが貧弱な敵を、サクっと片付けるだけだったのが、ほとんどではなかっただろうか? 珍しく何枚も《オーラ》を付ける事ができても、クリーチャー破壊呪文で、あっさりと墓地へ除去される始末。現実だと、ただのカードだったのが、実際に召喚してみると、なんと暑苦しいヤツだっただろう。バトルジャンキーでアレなところもあるが、それでもコイツは、自らの矜持を体現したうえで、俺に精一杯仕えてくれている。その言葉は、俺を吹っ切れさせるには十分思いがのったものだった。

 

「ああ、そうかい…… そうかよ。だったら、望み通り唱えてやるよ!」

 

図らずも、クレスの啖呵が時間稼ぎとなった。俺の中の《声》で、3つ分のマナへのパスが、活性化した感覚が知覚できた。

 

再び《声》に意識を集中する。

 

まだ唱えていない【呪文】は少しは残っているが、今回はその中から、まだ選び出したことがない《声》へ意識を向ける。

 

そいつは、【陽弁花の木立】へのパスができたときは、とりわけ喝采して一番騒ぎ立てていたのだが、マッシュに出番をとられた時はがっかりしたかのように静まってしまっていた。

俺が意識を向けた途端、やっと自らが選ばれたと知って、息を吹き替えしたかのように騒ぎ出した。ソイツのその喜びようは、計り知れないくらいすごいのだろう。なぜなら、ソイツは、今までマナが足りなかったために、俺が唱える事ができなかったからだ。

【陽弁花の木立】へのパスに集中して、マナを手繰り寄せる。ソイツへは、意図的に同じマナ2点を与えなければならない。今まで、俺は緑マナ、白マナ1点ずつしか手繰り寄せる事ができなかった。そのため、どうしても《コスト》を払う事ができなかったのだ。白マナを2点引き寄せる。そしてソイツへ与えて、現実へと解き放つ。

 

清らかな曙光よ、立ちはだかる敵を屈服させますように。

 

【夜明けの宝冠】

 

変化はクレスの頭上に現れた。突如として、彼の頭の上に、光輝く円盤が現れたのだ。光は刺すような閃光を周りに解き放ち、俺やアイシャ、敵の女を照らす。

 

「ぬおおおおお! きたぞっ、きたぞぉぉぉぉ」

 

クレスの雄叫びとともに、彼の頭上の光は一際強く光った。まぶしくて目をあけてられないくらいだ。すると、クレスの方から感じていた圧力のようなものが、さらに強まったような気がした。クレスは女との戦闘で全身ぼろぼろだったが、今はその傷も消え失せている。【神聖なる好意】の3枚の蒼い盾を宙に浮かべて、頭上からの光で、後光に照らしだされてるかのような姿は、あの粗野だったクレスに、高貴さ、神聖さを感じさせるほどのものとなった。

 

「マスター、感謝する。これでまだ俺は戦える!」

 

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Daybreak Coronet / 夜明けの宝冠 (白)(白)

エンチャント — オーラ(Aura)

 

エンチャント(他のオーラ(Aura)がつけられているクリーチャー)

エンチャントされているクリーチャーは+3/+3の修整を受けるとともに先制攻撃、警戒、絆魂を持つ。(このクリーチャーがダメージを与える場合、さらにあなたは同じ点数のライフを得る。)

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実は、俺はまだ【不退転の意志】を唱えてはいなかった。何故【夜明けの宝冠】を唱えたかというと、それは、【夜明けの宝冠】が【不退転の意志】をしのぐ強化値を持っているからだ。その数は、パワー/タフネスが+3/+3。相手を倒すのに重要なパワーの修正値に関しては、【不退転の意志】の3倍だ。この呪文は、他にも様々な特殊能力をクリーチャーに与える事ができるのだが、それに見合うだけのデメリットがいくつか存在する。ひとつ目は、コストが白マナ2点であり、《色拘束力》が強いという事だ。基本的に呪文のコストは5色のマナ、もしくは無色マナで構成される事が殆どだ。無色マナは5色のマナ、どれかで代用ができるが、『換え』がきくため、5色のマナよりかは一段階『安価』なマナとして位置づけられている。俺は当初、緑マナ、白マナを、それぞれ1点ずつ分しか、コストとしてねん出できなかった。そのため、白マナ2点を要求する【夜明けの宝冠】を唱える事ができなかったわけだ。デメリットの2つ目は、【夜明けの宝冠】を付けるクリーチャーは、既に何かしろの《オーラ》がつけられたクリーチャーでなければならないという点だ。言い換えると、《オーラ》が何もつけられていないクリーチャーには【夜明けの宝冠】は唱える事ができない、という事になる。この点に関しては、クレスは既に2つ分の《オーラ》がつけられており、呪文を唱えようとした段階で既に克服できていた。

 

「はぁん…… はぁ……すごい… ビリビリする……」

 

何故か、横でアイシャが艶めかしい息遣いをして身をよじっているいる。漏らす言葉がエロく聞こえる。多少気になるが、今はクレスだ。今のクレスのパワー/タフネスは、女に押されっぱなしだった時とは段違いのはずだ。

 

改めて、クレスの今の強さを整理してみよう。

 

 ヴァンがやられて【蜘蛛の陰影】分の【天上の鎧】強化が外れたクレスのパワー/タフネスは7/9だった。そこに【夜明けの宝冠】を付けたことにより、+3/+3。さらに、《英雄的》効果により+1/+1修正が施され、最後に【天上の鎧】効果により、さらに+1/+1(【天上の鎧】効果自体は3つ分のオーラにより+3/+3)されている。

 つまり、クレスのパワー/タフネスは12/14となる。これがどのくらい強いのか例えるとするなら…… カードの素の能力値で、クレスを倒しうるクリーチャーは数えられる程度しか残らない、と言う程度だ。しかし、恐るべくは、これだけ強くしても、それに匹敵するカードがまだ存在する、マジックのカードの層の厚さといったことか……

 

女はクレスに変化が現れてから、警戒しているようで、少し離れたところから様子を伺っている。クレスはその女に向けて拳を突き出して宣言する。

 

「女、お前は強かった。俺のわがままに答えてくれた事に感謝する。だが、もうおしまいだ! さらばだ」

 

ズバンっ、と轟音が響きわたった。一瞬、何が起きたかわからなかった。認識できるのは、クレスがさっきまで立っていたところが、大きく土がえぐられているということと、舞い上がった土がぱらぱらと地面に落ちていることだけだった。

 

「一瞬で……」

 

アイシャの言葉を聞いて、女が立っていた所の方を向く。すると、そこにはクレスがいて、女の首を片手でつかみあげていた。女はクレスの腕を叩いたり、手でかきむしったりしているが、クレスには全く効いていない。クレスが「ふんっ!」と力んだ瞬間、ゴキリと骨が折れる音が聞こえた。女は、顔をぐらりと

うつむけて、じたばたしていた手足の動きも、ぴったりと止まってしまった。俺とアイシャは、クレスが女を屠る瞬間を黙ってみていることしかできなかった。

 

「うん……!?」

 

クレスが女を倒した直後、俺の体中を不思議な感覚がめぐった。体中を見回すが、特に違和感は感じない。あれ?さっきは体を動かすのにも鈍痛が走ってたのに、今は何とも……

 

「マスター、女を倒したぞ! これで、あらかた片付けたことになるな」

 

クレスは、足元に女をドサリと落とすと、俺のほうへ向かって登場した時と変わらない、満面ドヤ顔スマイルで笑いかけてきた。【夜明けの宝冠】が、後光の如くクレスを照らしだしている今の状況だと、そのうざさは10倍だ。さっきから、シリアスだったかと思えば、それをぶち壊したり、やっぱりキャラを掴むことができない。

 

「ったく、こっちはもうだめだと思ったんだから……」

 

全身の緊張が解かれ、その場に尻もちをついてしまう。始めは楽勝かと思ってやって来た魔物討伐だが、ふたを開けてみれば、ヴァンとロウはやられてしまい、挙句に俺自身も攻撃を食らう結果となってしまった。大分ゆるい評価をして、辛勝といったところか。【甲鱗のワーム】で痛い目を見たはずなのに、それでもどこか、心の中に驕りがあったのだろう。俺はマジックの【呪文】の力が使えると、無意識に余裕をぶっこいてしまっていたのだ。『勝って兜の緒を締める』というように、ここで深く反省しなければ、近いうちに死んでしまいかねない。俺はまだまだこの世界の事など何も知らないのだから、いや、今使えるこの力だって、まだ何もわかっちゃいないのだ。

 

ガシャン、というガラスが砕けるような音が轟いた。

 

「ワタル! 危な……」

 

アイシャの叫び声が突如として聞こえた瞬間、目の前に何かが一瞬でやってきて、大きな音が鳴り響いた。

 

「ひゃあ」

 

あまりの勢いに、瞬間的に風が吹き荒れ、アイシャが飛ばされたのか、彼女の悲鳴が聞こえる。

俺の視界は何かに遮られて、何が起きたかすぐには把握できなかった。だが、目の前の俺を遮るものが、クレスの【神聖なる好意】の盾であることがわかった。顔を上げると、クレスが大きな背中を俺に向けて、何かを抑えている。

 

「えっ!?」

 

彼の脇から見えたものは、なんと、クレスが首を折って倒したはずの白い女だった。女は、クレスと戦っていた時の無表情な顔とは違って、目を充血させながら、息を荒くして俺に飛び掛かろうとしていたのだ。

 

「うがああああああ!!」

 

女は俺に近寄ろうとじたばたと暴れるが、ガッチリとクレスの腕にホールドされて一歩も俺に近づけないでいる。女はクレスの腕力にかなわないと悟るや、クレスの腕をひっかいたり、叩いたり、挙句には口で噛みついて拘束をほどこうとするが、それでもクレスには全く効いている様子は無い。

 

「往生際が悪いぞ、女。不意を突いたつもりだろうが、マスターの【呪文】で強化されている俺が見逃すはずがない。それ以上に、遅すぎる」

 

クレスは意気揚々と戦っていた前の様子と比べて、嘘ではないかと思える程、冷静に淡々と女に告げる。まだ俺の心臓はバクバクしているが、クレスの言葉のおかげか、女を落ち着いて観察する余裕が出てきた。今も女は息が荒く、目が充血しながら叫び狂っている。こんなのに襲われかけたとは、なんとも恐ろしく感じるものではある。だが、なんとなくではあるが、クレスに倒される前と比べて、彼女から感じるプレッシャーがかなり弱くなった感覚がする。クレスはもしかしたら、この事を感じ取って、落胆しているのかもしれなかった。

 

「ワタルー! ワタルっ!」

 

そんな事を感じながら、クレスを眺めていたら、後方からアイシャの声が聞こえた。風で飛ばされてたが戻ってきたようだ。

 

「え、あ…… な、なんでコイツがまだ生きてるのよ!」

 

遅れてやってたアイシャが、今まで何が起きたのか把握したのか、甲高く叫ぶ。

 

「どうやら、一度倒されても復活するような呪文か能力を持っていたのかもしれん。だが、代償に力を失っているようだ。この女、先ほどよりもかなり弱くなっている」

 

やはり、クレスも感づいていたようだ。女に明確な変化があった事は違いないだろう。クレスは女の背後に回って、両手で顔をホールドする体制をとった。

 

「もうどちらにしろ、これで終わりだ。これ以上の狼藉は、マスターの守護を請け負った俺の面子が立たん。潔く逝け」

 

「いや」という、アイシャの小さな悲鳴と同じくして、ゴキリと骨が折れる音が響く。クレスがまた両手で女の首を折ったのだ。女の充血した眼は白目となり、力がぬけるようにその場に倒れた。やがて、うつ伏せに倒れた遺体は、黒い泡に包まれ始める。やっと倒すことができた。誰も言葉を発することなく、黒い泡が収まるのを眺めていたが、泡が小さくなるにつれて、内側から光が漏れ始めた。

 

「これは……? さっき見たのと……」

 

アイシャは【林間隠れの斥候】が、俺のもとに戻ってきた時のことを言ってたのだろうか。女が倒れた跡から、3つの光を発する球状の物体が現れ、ゆっくりと回転しながら宙に浮かび始めた。

 クレスが何か感づいたのか、驚きの声をあげる。

 

「この()()。まさか、同胞か!?」

 

3つの光は静かに輝き、泰然と存在している。1つは白、残り2つは緑色の光だ。やがて、3つの光は俺の方に近寄り、1つずつ俺の胸の中に入ってくる。1つ、また1つと加わるたびに、俺の中の《声》達が騒ぎ出し、そして俺の中に戻ってた《声》自身も喜びの声をあげる。

 

【林間隠れの斥候】が戻ってきたときは、戦闘中で余裕がなくて、余韻に浸る暇もなかった。だが、《声》が戻ってきた今は、何故か心が落ち着いていた。アイシャ、クレス、2人とも、そんな余韻に浸ってる俺の様子に遠慮したのか、しばらく誰も何も口にださなかった。

 

だが、しばらくすると、クスクスと囁き声のようなものが、俺達の周りのあちこちから聞こえてきた。始めは聞き取れない大きさだったが、ほどなく聞こえるようになってくる。

 

「ねぇねぇ。さっきから、あの人達なんなのかなぁ……」

「しっ! 聞こえちゃうよ。魔物には見えないよね」

「でも、あの筋肉ムキムキの男! とてもすごい感じがするよ」

「もう一人の男は、なんだかナヨっとして強そうには見えないわよ」

「あれ? あそこにいるの、もしかしてアイシャじゃない! 無事だったのね」

「でも、《里》の人間達に助けを呼びにいったんじゃないの? 一緒にいるのが2人だけなんて、ちょっとおかしいよ」

「声かけた方がいいんじゃない? 誰か呼んでみてよ」

「いやよ…… あなたが、声かけなさいよ」

 

等と、聞こえる話し声が多くなり、声のボリュームも大きくなってくる。聞こえる声質は、秋の虫の鳴き声のように、やわらかく、心地よいものだったのだが、その数と音量が大きくなってくると、流石に気が散ってしまう。

 

「ねぇ…… アイシャ? なんか、いろいろ聞こえてくるけど……?」

「ごめん…… 仲間たちよ」

 

アイシャは拳突き上げて、周りの茂みに向かって力いっぱい叫ぶ。

 

「コラァーーーー! 隠れて話してないで出てきなさいよぉ!」

 

アイシャが叫ぶと、俺達の周りの茂みや上の木から、一斉にたくさんの小さな光が現れた。その数や、あまりにも数が多いものだから、俺達の周りは電飾でイルミネーションされているかのようにまぶしくなってしまった。

 

「え? これ何なん……」

 

突然光に包まれた俺は、何がなんだかわからず、アイシャに戸惑いながら聞くしかない。周りの光達からは、クスクス笑い声がしている。見方によっては、今まで出会ってきた場面の中で、1番奇妙な光景かもしれない。

 

「みんな、妖精の森に住む妖精よ」

「こ、これ全部妖精?」

「そうよ。みんな私の仲間の妖精。ようこそ《妖精の森》へ。私達の森を守ってくれてありがとう」

 

数多くの妖精たちを背後に、アイシャは満面の笑みで俺を出迎えてくれたのだった。

 

 


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