Plains Walker -次元世界遊歩道中-   作:sasandra

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003:旅立ちの朝

 生けとし生きるもの全てに一日を始まりを告げるべく、太陽が地平線から顔をのぞかせる。生物達は、太陽が投げかける、厳しくも優しさのこもった呼びかけに、それぞれの一日を始めるべく、少しずつ動き出す。大地にはまだ夜の冷えが残っているが、暖かい朝の光を浴びながらであれば、冷えこみも、朝の清々しい気分を味わうための隠し味に思えてしまうだろう。

 大地には、ワタルが昨夜では見ることができなかった光景が広がっていた。遠くには頭に白い雪をかぶった山々が軒を連ねている。その足元には、夜が取り落としていったのか、夜の闇と変わらぬ色をした樹海が広がっている。しかし、内に取り込まれれば恐怖を掻き立てる恐ろしい存在であっても、遠景の一部と化してしまうこの場所からでは『世界』という芸術大作の壮大さを引き立てる一要素にしか過ぎなかった。視線を遠くから手前に戻すだけで、誰もがその巨大さに気付くであろう。360度、見渡す限りの大平原である。早朝という事もあってか、薄い霧に覆われ、天から朝日が降り注ぐその情景は、現代の都市に住まう者ならば誰でも「この世界ではないどこかの世界――異世界」という言葉を連想するだろう。

 

 そう。『異世界』である。ワタルの冒険は、今、ここから始まるのだ。

 

 

*****************************

 

 

 

 現実世界から、すっころんで、穴に落ちて、異世界に迷い込んで、さまよい歩いて、咽び泣いて、夜が明けて、朝になった。

 時間にして十数時間なんだろうけれど、とんでもなく濃い時間を過ごしたような気がする。昨日一日の事を思い出しているのに、なんだか昔のアルバムを引っ張り出して過去に思いをはせているように錯覚してしまうから奇妙なものだ。しかし、まだ、何も始まっちゃいないのだ。俺はこの世界でまだ、何もしていないし、まだ、何かするという事もできない。

 

「良く眠れたか?」

 

 そう俺に声をかけながら、ラルフさんは毛布を両手で持って振りながら、器用にホコリをパンパンはたき落している。その後ろでグレーも睡眠を満喫したのか、口をこれでもかと大きく開いて大あくびしている。のど○んこが見えそうな程だ。

 

「はい。おかげ様で。昨日はお見苦しい所をお見せして申し訳ありませんでした」

 

 まさか20歳の大のオトナになってあんなに泣くはめになるとは思わなかった。終始ラルフさんに見守られっぱなしだったので、かなり恥ずかしい。

 

「ま、いいってことよ。オマエの境遇を考えりゃ、誰でもあんな風にはなるさ。俺としちゃ、おいおい泣き叫ばれてうるさくなるよりかは何百倍もマシさ」

 

 そう言って毛布を丸めて紐で縛り、背負い袋に取り付ける。昨晩は気付けなかったが、荷物の1つに剣があるのが目に入った。日本では剣など普段お目にかかれるものではないだけに、妙に気になってしまった。ラルフさんは、毛布を取り付けるのが終わると、両手を腰に当てて俺のほうを振り向いた。

 

「さて、朝食でもとりながらこの後の話でもしようや」

 

 朝食は昨日食べた硬いパンだった。昨日はどうやってこんなパンをどうやって貪り食ったのか不思議なほど硬く感じた。昨日はこんなものがこれ以上ないご馳走に見えたものだから、人間の空腹とは恐ろしいものである。

 

「幸い、ここら辺からだと、今日中にアルンの村には着ける。とりあえずオマエをそこまで連れてってやるよ」

 

 昨晩ラルフさんに世話になり、もしかしたらこれからも援助を期待できるのでは、と頭の片隅で考えていた俺には内心チクリと来た発言だった。わかってはいたつもりだが、見ず知らずの他人の世話をするなど、かなりの負担になるのだろう。村まで連れて行ってくれるラルフさんの申し出を幸運と捉えなければならないのかもしれない。

 

「その、アルン村ってどんな所なんですか?」

「村の住民がそんなに多くもない何の変哲もない村さ。確か、蛇の怪物の伝説で多少は知られてたか…… あとはアルノーゴ樹海で取れる魔物の素材や植物を採取しに、旅人がそれなりに来るといったくらいか」

「アルノーゴ樹海?」

「昨晩、オマエが遠くの方に見えたって言ってた森のことさ。ほれ、あっちの方向」

 

 ラルフさんが指さした先のある地点から、木がまばらに生え次第に密集していき、森が形成されているのがわかる。今は朝で明るいせいか、昨日ほど恐怖をあおるような場所には見えなかった。

 

「あの樹海は深く入らなきゃ、それほど経験の多くない旅人でも危険なことはない。でもな、調子に乗って、一度入ったきり二度と帰らないやつがたまに居るんだよ」

「俺は入ろうだなんて、絶対に考えないですから大丈夫ですよ」

 

 首をブンブン回して、そんな危険な所へ自ら行くような意思はないことを全力で主張する。

 

「ま、そういう場所だ。結界石が街道には張り巡らされるからな。道から外れない限りは魔物のことは心配しなくてもいい」

「それ聞いて安心しました」

「話は戻るが、俺がオマエにしてやれるのは村まで連れてく事くらいだ。一応聞くが、これから一人でやってけるのか?」

 

 こんな世界に身一つ放り出されて、いきなり生活していけるわけがない。おまけに、見たところ、この世界は俺がいた世界に比べて、剣と魔法要素にあふれていて、人一人の命が軽い殺伐とした世界のようだった。当然、俺も現代日本一般人に漏れず、魔物相手に勝てるような戦闘能力など持っていない。

 

「まぁ、昨日からオマエの様子を見るに、まったく旅慣れてる感じがしなかったから当然っちゃ、当然か」

 

 俺の沈黙を肯定と受け取ったのか、ラルフさんは上を見上げて、荒く息をついていボヤく。

 

「ここは、聖石協会に保護を求めるのが一番いい方法か……」

「何から何までお世話になります。ところで、昨日も聖石協会だとか騎士団という言葉をラルフさんから聞いた覚えがあるんですが、それって何なんですか?」

「輝石を見たこともねぇっていうから、教会や騎士団のことも知らなくて当然か。聖石教会ってのはな、俺たち、か弱い人間達に輝石を授けて下さる女神様を讃える者達が集まっている集団だ。騎士団ってのは、教会や女神様を讃える人間達を魔物といった脅威から守るための武装集団、といったところだな」

「教会の人たちってのは困っている人たちを助けたりして、騎士団の人達は魔物狩りとかやってるんですか」

「ま、だいたいそんなもんだな。オマエの身の上を相談すれば、何か手助けはしてくれるはずだ」

 

 村に着いたとたんに、ポイっと放り投げだされて途方にくれる心配はしなくてもよさそうである。先ほどから不安が顔に出ていたのか、ラルフさんから「そんな心配しなくとも、あてができるまでは一緒にいてやるよ」と言われてしまった。

 俺はラルフさんと話していたせいか、グレーがいないことに気づいた。どこか行ったのか少し不思議に思っていたら、突然ふらりと戻ってきた。グレーの口まわりが赤く染まっているのを見るに、どこかでお食事をされてきたようである。それを見て、昨晩初めてグレーを見たときの牙の鋭さを思い出した。背筋に悪寒が走ったが、このことはラルフさんにはばれていないと信じたかった。

 

 朝食も食べおわり、焚き火の始末を確認してから俺達は出発した。俺にとっては今までの人生の中で、こんな大草原の真っ只中を黙々と歩くという経験はない。今の自分の状況も省みずわくわくしてしまう。見えるのは、大草原を貫く一本の道。それが俺がいる丘の頂上からむこうの別の丘へ向かって、途中でうねうねとたわみながらも続いている。生い茂っている草以外に目につくのは、結界石が祭られている祭壇が、道沿いに一定間隔で立っているだけだ。道を延々と進みながらすれ違う祭壇は、苔がこびりついているものがあったり、部分的に崩れてるものがあったりして、どれも遠い昔に立てられた事がわかる。しかし、石が欠けたり削られたりはしていても、崩れているものはひとつもなく、悠久の時をものともしない堅牢さを感じる。

 道中は先頭にラルフさん、続いてグレー、最後に俺といった順番で歩いている。

先頭を行くラルフさんをずっと観察していたが、絶えず何かをしていて、俺は退屈せずに旅を楽しむことができた。例えば、ずっと空を見上げてたり、後ろを振り向いて俺やグレーがちゃんとついてきてるか確かめたり、鼻歌を歌ったり、両腕を天に振り上げて伸びをしながら大あくびをしたり、きっと昔から旅をしてる時はずっとあんな調子になるのだろう。対して、グレーはラルフさんの後を、むっつりしたまま、のっしのっしと太い足を力強く動かしている。時々、虫がたかってくるのが気になるのか、耳をピクピク動かしたり、我慢しきれなくなったときは手をぶんぶん動かして払いのけている。こんな調子で太陽がちょうど頭上に上がるまで歩き続けた。

 

アルノーゴ樹海とやらに近くなっているのか、道の周りにぽつぽつと木が茂り始めてきたころ……

 

「ワタル。そろそろ休憩にするか?」

 

 正直言って、ラルフさんもグレーも現代日本人的感覚から比すると、舌を巻いてしまうほどの健脚ぶりだ。あれだけいっぱい歩いたというのに、双方とも疲れてる様子は全くない。俺は昨日の疲れが抜けきっていないのか、体を鍛えなくなって久しいのか――おそらく両方だろう――ふくらはぎはパンパンになり、これ以上歩き続けるのは無理だった。

 

「あ、ありがたや……」

 

 休憩場所は、道の真ん中にしつらえられた祭壇の足元。祭壇の周りは円形に広場が広がっていて、ちょっとした団体でも余裕を持ってスペースを取る事ができそうな所だ。祭壇のすぐ横に、枝が広く伸びている立派な木が一本生えていて、休むにはちょうど良い木陰を作り出している。

 

「オマエは都会育ちなのか? これだけしか歩いてないのに、もうそんなにへばっちまうとはな」

 

 木陰で仰向けにぶっ倒れている俺には、ぐうの音もでない指摘である。

 

「返す言葉もないです」

「まだ、アルン村まで半分いってるか、いってないかくらいだぞ。コイツで少しは活を入れ直しな」

 

 そう言って、ラルフさんは皮袋の水筒を放っくる。咄嗟に上半身を起こして胸で受けとる。

 

「ふぼっ」

 

 水筒は予想していた以上の重さだ。昨晩も結構使ってた印象があるので、もうてっきりなくなる寸前かと思ってたのだが。

 

「この水筒、結構使ってたと思うんですが、まだずいぶんと残ってるみたいですね」

「それも輝石を使った道具の一種だ。水筒の内側に輝石が入っていて、そこから水が湧き出てくるんだよ。お前さんがたらふく飲んでも、まだ余裕があるから遠慮はいらないぞ」

「へー。輝石って便利なものですねぇ」

「こんな役に立つ物を俺たちに授けて下った女神様はかくも偉大なり、ってやつさ。あ、飲んだらグレーにも水やってくれ」

 

 皮袋の水筒など使った経験もないので、少し躊躇った後、左手で蓋を外して口を持ち、右手で袋の底を持ちあげて、喉に水を流し込む。中学校や高校でよく飲んだ、ウォータークーラーから出る、ひんやりキンキンした冷たい水ではなかったが、それでも体中に染みわたって生き返る心地がした。水を飲んだ後の余韻に浸っていると、のそのそとグレーが寄ってきた。グレーの視線は俺が左手で持っている水筒に向けられている。

 

「飲む?」

 

 俺は立ち上がって、グレーの口に向かって水筒を傾ける。あんまり勢いよく水が出ないように少し傾きをおさえる。グレーはじょろじょろと水筒の口から出る水を、舌をベロベロ出しつつも噛み砕くようにして水を飲む。結構長めに水を流したが、水筒の中身はいっこうに減っている様子が感じられない。俺とグレーがあんな飲んだのに、水筒の重さは全く変わり映えしないのだから驚きである。

 

「まさに魔法の水筒ですね。これあるだけで、旅が段違いで楽になるんじゃないですか?」

「ああ、野営のたびに水場を探しにいかなくて済むからな。ただ、それ自体の値段と水の補給に金がかかるっていうのが玉に傷だが、これを欲しがらない旅人はいねぇと思うぜ」

「俺の住んでた所にも魔法の水筒って呼ばれてる物はありましたが、こんな物はありませんでしたよ」

「ほぉ? その魔法の水筒ってのはどんな物なんだ?」

「えーと、中に入っている水の熱さが変わらない水筒なんです。冷えた水は長い時間経っても冷えたままですし、熱いお湯だったら、熱いままなんですよ」

「おおっ! そんなしろもの聞いたことがねぇぞ! それ、輝石を使ってるのか……ってお前さん輝石見たことないんだから違う方法でそんな事ができるようにしてるのか?」

「あー……俺もどんな方法でそんなことやってるのかわかりませんね」

「なんだよ、知らねぇのか。でもよ、そういうのがあったら、それはそれで良いよな。冷えたまんまの井戸水を入れといて、暑いときに飲めばさぞウマイだろうな」

 

 というように雑談を交わして、くつろいで休憩することができた。ちなみに、魔法瓶の仕組みは聞きかじった程度には知っていたが、この世界では未知の技術を持ち込む事に僅かな危機感を覚えたのでラルフさんには適当にはぐらかしておいた。

 

「おし、そろそろ行くか」

 

 休憩も終わり、ラルフさんが出発の合図をかける。木陰のおかげか疲れもやわらいだ。アルン村までもつかはわからないが、しばらくは体力は持つ気がした。

 

「おい、グレー。さっきからどうした?」

 

 声につられてグレーの方を見る。グレーは低い姿勢を取りながら、森が深い所をじっと見つめている。視線の先に何があるのか見極めようとして集中しているかのようだ。グレーの纏う雰囲気に呑まれたのか、緊張感が周りに漂うように感じる。突如、グレーの耳がぴくっと動いた。そして、ラルフさんの方を向き、視線で何かを伝える。

 

「ワタル! その木の上に登るんだ!」

 

 ラルフさんはグレーから何か警告じみたものを受け取ったのか、俺に鋭い声で言ってくる。

 

「一体、どうしたんですか?」

「どうも樹海が近いせいか、こちらに襲いかかろうとしてる、ふてぇ野郎がいるみてぇだ。グレーの様子を見るに、大方、魔物の群だろうよ」

「でも、結界石ががすぐ近くにあるのに…」

「つべこべ言ってねぇで、早くしろ!」

 

 今まで聞いたことのない大声で怒鳴られ、本当に危機が間近に迫っている事を痛感させられる。戦闘能力皆無の俺がうろちょろしていては、足手まといになるだけだ。ここは言われた通りに木に登る。幸い、木登り関しては子供の頃から得意だったため、問題なくすぐに上る事が出来た。登ってる最中に後ろから「意外と早ぇな、オイ…」という言葉が聞こえたような気がしたが、きっと気のせいだろう。

 ちょうど家の2階くらいの高さにある、太い枝にしがみつく。枝の太さは俺の両腕で抱え込むとちょうどぴったりの大きさであり、両腕と股でがっちりホールドすれば、ちょっとやそっとじゃ引き離されないだろう。枝のしがみつきの良さ具合に安堵しつつ、グレーの見つめる先を見る。その時、接敵したのかラルフさんが警告を発した。

 

「来るぞ!」

 

 茂みからガサガサ音がして、グレーよりもかなり小さい黒い物体が、矢のようにいくつも飛び出す。

 

「ッチ…… 《魔狼》の群れか!」

 

 ラルフさんの吐き捨てた言葉から、飛び出てきた物が何かわかった時には、俺たちは10匹以上の狼に取り囲まれてしまっていた。

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