Plains Walker -次元世界遊歩道中- 作:sasandra
突然の出来事に呆けている間に、《魔狼》と呼ばれる狼の群れに取り囲まれてしまった。
わけのわからない展開に、喚きたくなる衝動が胸の奥から突き上げてくる。だが、喉元まで悪態がつき上がってくる前に……
「グルルルルゥ……」
《魔狼》の唸り声が聞こえてきた。腹の底まで響くその音が、本能的な恐怖を引き起こさせる。歯をむきだしにして、よだれをたらし、今にも襲い掛からんとじりじり迫ってくる。今まで屠った獲物たちの血が濃縮してできたようなギラギラした真紅の目。狩られる生き物の恐れを表したかのような真っ黒な毛並。恐怖という言葉が姿をとったような姿に、呑まれてしまう。
「グォォォォォォォォ!」
狼のうなり声に対抗するかのように、大地が揺さぶられるような雄叫びがこだまする。《魔狼》達に向かって、グレーが威嚇したのだ。グレーの声のおかげで、縮こまっていた俺の肝っ玉に喝が入ったような気がした。
(落ち着け…… こっちにはラルフさんやグレーが居るんだ…)
「ワタル! ビビるこたぁない。数は多いが《魔狼》ごときでやられる俺たちじゃぁねぇ! なぁグレー! そうだろ」
「グォア!」
ラルフさんは腰に差していた剣を勢いよく引き抜く。歩いている道中それとなく気にはなっていたが、この世界では帯剣することは珍しい事ではないのだろう。そして、それに応じて、グレーも前足を持ち上げて仁王立ちとなる。なんとも頼もしい一人と一匹を見て、俺が抱いていた恐れや不安はかき消えてしまった。
「来い。雑魚共」
それが引き金となったのか、ラルフさん真正面に位置する《魔狼》が彼にとびかかる。ラルフさんは両腕で剣を持ち、右肩上に引いて迎え撃つ。
「ッへ。 ひとぉぉつ!」
狼が剣の間合いに入るにはまだ距離があるのに、彼は剣を振り下ろした。
「キャイン……」
なんと、狼は剣にも触れていないのに斬られていた。勢いよく血が吹き出しながら、ラルフさん手前の地面にたたきつけられる。一体どうやって狼を斬ったのか、さっきの光景からではよくわからなかった。いや、剣を振り下ろす直前、彼の左腕にある腕輪が一瞬、光ったように見えた気が――
「ギャン!」
大きな狼の鳴き声に思考が遮られる。鳴き声と一緒に大きな音も聞こえたが……
視線を少し横にずらせば、グレーが狼を叩き伏せていた。よほどインパクトのある一撃をもらったのか、グレーの前足の下敷きになっている狼はぴくりとも動かない。よく見れば地面にヒビが入っている。グレーは顔を狼たちに向けて「グフゥ…」と声を漏らす。きっと、にやりと笑って狼たちを挑発しているのだろう。狼達は出鼻をくじかれたせいか、じりじりと後ろに下がっている。
「そっちから来ねぇならこっちからいくぜぇ!」
ラルフさんが威勢よく飛び出す。剣を持ち左に振りかぶって…
「そらよっ」
右に向かって、真横に一閃。すると、数メートルも離れた位置に居た狼から血しぶきがあがった。今度は見間違いようがない。明らかにラルフさんは離れた敵を斬っている。きっと、これが昨夜言っていた輝石の力なのだろう。
「おらぁ! みっつめぇ!」
腕を振るたびに狼の死体が増えていく! まるで魔法でも使っているようにしか――いや、実際使っているのだろう――としか思えない。ラルフさんにとっては、離れた敵を一方的に切りつける事できるので、狼の数など問題にもならないのだろう。 一方、グレーもその巨体のアドバンテージを生かして、狼達を前足ではたく――これは、叩き潰すといった方が正しいだろう――狼達を叩き潰していた。中には背骨が真っ二つに折れたかのような死体もあった。
戦いはあれよあれよと混戦となり、あっという間に狼達の死体が山積みされていった。しまいに、狼達は2、3匹にまで数を減らしてしっぽを巻いて逃げて行った。
「ふぃー……ちょろいもんだな」
「ウォフ」
ちょっとした雑用を終えたばかりのような言葉を漏らして、一人と一匹がこちらへ振り返る。戦闘が始まってから、圧倒、と言ってもいいほどの一辺倒な戦いだった。
「お、お疲れさまです。な……なんというか、二人ともめちゃめちゃ強いですね」
「たりめーよ。俺とグレーにかかればあんなもの朝飯前ってもんよ。なぁグレー?」
「グゥフ」
と、何とも頼もしい道連れ達である。木の幹にしがみつきっぱなしだったので、えっちらおっちらと降りて、ラルフさんの所に向かう。
「さて、いらん足止め食っちまったな。そろそろ出発……ワタルっ!」
「え?」
突然、ラルフさんが大きな声を出したかと思ったら、世界がものすごい勢いで回転した。真っ青で澄み渡った大空と、草の生えた緑色でまっさらな地面。交互がくるんくるんとものすごいスピードで行ったり来たりする。目に映る光景はめまぐるしく変わるのに、見える光景の変化は何故かスローモーションのように感じてしまう。一体、自分がどうなっているのか、把握できない。ラルフさんが必至に何かを言ってるような気がする。しかし、耳に入ってくる音も、そのまま頭を突き抜けて行ってしまったかのように理解できなかった。ぐるぐるめまぐるしく回転する世界が止まり、ようやく思考が動き始めた。はじめに感じたのは、あつい感覚。バーベキューの時、鉄板に手を近づけすぎて肌がヒリヒリする感覚。次に、全身に鉛を詰め込まれたかのような倦怠感を感じた。体を起こそうとしても、全身に重いおもりが付けらてるかのようで、全く動く気配がしない。なんとか顔だけは動かせそうだったので、なんとかして周りを確かめる。
太陽の光が逆光となり、中々周りを確かめる事ができない。目が慣れるにつれて、自分の目の前に何かが居る事がわかった。
それは――狼。先ほどの《魔狼》と似たような姿をしている。大きさもそれほど変わらないだろう。しかし、黒い毛皮の輪郭に縁取るように、薄い靄のような、いや、光っているようにも見える『何か』がまとわりついている。それだけではない、狼の周りを、3つの薄い青色の板がふわふわとただよっている。それらは、狼のまわりをゆっくりと回転していて、狼とは対照的に、神秘性を醸し出している。板は、青い石を切り出してきたかのような、様々な『青色』が複雑にまじりあった不思議な色をしいて、視線が吸い込まれてしまいそうだ。
狼に、宙を浮く板。奇妙な組み合わせの筈なのに、俺はこれをどこかで――
「ワタルから離れろぉ」
ラルフさんが剣を振りかぶりながらこちらに突っ込んできた。驚くほど速い速度で狼の左手方向から距離を詰めてくる。そして、先ほどの狼達を屠った時と同じように、上段から剣を振り下ろす。ギャリィッと金属同士が激しくぶつかる音が鳴り響いた。ラルフさんは狼から離れた距離から剣を振るった。しかし、対する狼は全く動かずに、ちらりと視線をラルフさんの方に向けただけだった。狼の周りを漂う板の1枚が、攻撃を防いだのだ。
「クソっ」
ラルフさんは狼に寄りながら何度も剣が振るうが、そのたびに板1枚が――これは盾と言っていいだろう――盾1つが見えない攻撃を防ぐ。狼まであと数歩、という距離まで詰めたとき、盾と剣が拮抗し、ラルフさんの突撃が止められてしまった。
「かってぇな、この野郎……」
一撃で狼達を屠ったはずの攻撃が簡単にしのがれてしまい、動揺もあらわにしつつも彼はニヤリと笑う。
「グレーェェ!」
「グォフ」
死角となる狼の右手後方から、大きな黒い巨体が――いつのまに回り込んでたのか――迫ってきた。さすがにグレー相手には分が悪いのか、狼は手持無沙汰になっていた2枚の盾をグレーの方向に回して攻撃に備える。盾2枚がならんで空中にぴったりと静止する間もなく……バゴォオオオンというような、銅鑼を力いっぱいぶったたいた時のような音が響きわたる。俺は、その音が鳴るかならないかのうちに、ラルフさんに担ぎ上げられていた。視界が地面スレスレの所を高速移動するのを味わったのち、強烈な痛みとともに地面に引きずりおろされた。
「あだぁぁ……」
「手荒になっちまってわるかった。大丈夫か」
「ああ、そういう事か……」
突然現れた謎の狼に気をとられて、自分がそれに痛手を負わせられた事に今気づいた。体を揺さぶって感覚を確かめる。動くたびに鈍痛が刺すように全身を走るが、なんとか動くようだ。
「なんとか。骨折はしてないみたいです。でも全身打撲したみたいで……あだだだだ」
「あんだけ派手に吹っ飛んでちゃぁな。今ので済んでるだけでも幸運なほうだぜ」
なんとか視線を狼の方へ向ける。グレーと狼が格闘中であった。
「ところで……ラルフさん、あれは?」
「わからねぇ。あんな青い盾をまとわりつかせてる《魔狼》なんざ見たことねぇ」
「そうですか……」
(なんなんだろう、のど元まで来てもう少しで出そうなのに、なかなか出てこないこの感覚)
そうなのだ。さっきラルフさんが突っ込んでくる直前に、俺はこの《狼》に対して既視感を確かに感じた。こちらに来る前の現代日本でも中々お目にかかれない狼に、宙を浮く3枚の盾。まるで魔法でありもしない光景を見せつけられてるかのような……
(待て!俺はいま何を想像した!?)
「グォォォォ」
苦しみが混じったうめき声に思考が再び戻される。
「くっ。このままじゃグレーがヤベェ。この狼野郎ォォ」
ラルフさんが狼めがけて突っ込んで行く。狼はラルフさんの乱入に慌てる事もなく、軽やかに跳躍をして距離を空ける。遅れて3枚の盾が追随する。
「チッ。グレーをこんなにボロボロにしやがって」
グレーは噛まれたり引っかかれたりしたのか、所々出血していてとても苦しそうだ。しかし、デカイ図体に見合ったタフネスを有しているらしく、まだまだ戦う意思は失われてないようだ。対して狼の方は、ラルフさんやグレーと幾回も打ち合ったにもかかわらず、一切手傷を負ったようには見えない。ラルフさんが俺を助けた時のように、全ての攻撃をあの宙に浮く盾が防いだのだろう。
「このままじゃラチがあかねぇ。グレー! 使いたかねぇがあれやるぞ! 頼む、もう少し耐えてくれ」
「グォフ」
右手に持っていた剣を地面に突き刺して、彼は左手を前に突き出す。同時に、グレーも力強く後ろ脚を蹴りだし、狼に突進していく。狼は特に大きな反応もなく構えをとり、宙を浮く盾を前に突き出して、迎え撃つ構えをする。
グレーと狼が激突するのを見ながら、ラルフさんは突っ立ったままだ。先ほどから左手を突き出したままの同じ姿勢。そして、左腕の一部がまた光った。いや、俺からは背中が影になって見えるはずもないのだが、左腕が光ったような気がした。左腕を真上に掲げ、グレーに向けてまた振り下ろす。
「ぶっつぶしちまえ! グレー! 【巨大化】!」
言葉を聞いた瞬間、何の事を言ってるのかぽかんとしてしまった。しかし、グレーを見ると、彼に変化が起きた。突如、グレーがまばゆい深緑の光に包まれ始めたのだ! グレーを包む光は徐々に輝きを強め、グレーが徐々に大きくなっていく! 巨体がさらに大きくなる! 木よりも大きくなり、丘よりも大きくなり、そしてまさに山と言っていいほどの巨体になってしまった。
「GUOOOOOOOOOOOOO!!」
地響きかと聞きたがえるほどの咆哮。あらゆる存在を委縮させてしまう轟きの叫びが響き渡る。そして、ゆっくりと、だが実際は見た目以上の速度で腕を振り上げる。山が自らの意思で動き、その圧倒的な質量で敵を押し潰そうとする!
だが、俺はその前に無意識的に叫んでいた。
「それだけじゃあ、足りない!」
ラルフさんがハトが豆鉄砲を食らったような顔をして、こちらを振り向く。
「なんだと!」
「それだけじゃ足りないって言ってるんだ。【巨大化】だけじゃ、あの狼には届かない」
狼の方を見れば、盾を一か所に集めて防御の姿勢をとっている。俺は直感的に、あの狼を倒す事はできないと確信していた。
「じゃあ、どうすりゃいいんだよ」
若干、苛立ちが混じった返答が返ってくる。
「足りないなら、足せばいい」
そして、先ほどから俺の中で激しく存在を自己主張する何かへ意識を向ける。グレーが大きくなったその瞬間から、いや、ラルフさんが『巨大化』と叫んだ時から、俺の中の何かが目覚め、暴れだしたのだ。その何かをなだめすかせ、俺に訴える事を汲み取る。論理的に理解するのではなく、本能で感じとる。そして、目をつむり実行する。
俺の内側にある何かを通して見えるのは、2つの土地の情景だ。見渡す限りの広大な平原。これは俺がさっき旅してきた平原だ。さらに、それに隣する、見る者すべてを飲みこんでしまいそうな鬱蒼な森。土地にあふれる生命力、いやエネルギーといった方がいいのか、膨大な力が集約して俺の中に注ぎ込まれる。体の中を荒れ狂う膨大な力をもって紡ぐは――呪文。
窮地に追い込まれども、決して屈することなく、己が運命を切り開こうとする者に、意思の力を。
【不退転の意志】
俺の中の何かが明確なかたちをとって放たれる。目指すは当然――グレー。
「グルォ」
変化は微々たるものだった。狼を見すえる視線がいっそう鋭くなる。巨大で粗暴であった力が、さらに力を増して研ぎ澄まされ、振り下ろされる。
《狼》にできた事は、理不尽なほどの力が自らを覆い潰す様を眺める事だけであった。