Plains Walker -次元世界遊歩道中-   作:sasandra

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006:騎士達

「かっぽかっぽ」という足音を耳にしながら、音が鳴るたびに体が上下に揺さぶられる。当初は遠目に眺めるだけだった樹海の中に入り、木々が鬱蒼に茂る間に通る道を、俺は生まれて初めて馬に乗りながら通っている。上下動のたびに体に走る刺すような痛みを感じて顔をしかめる。

 

「おい、大丈夫か。もう少しすれば村につける。そうすれば、ニーナがもう少しマシにしてくれるはずだ」

「ニーナの回復魔法はすごいからね。そのくらいの怪我ならすぐに治っちゃうよ」

 

 俺は今、ごついオッサンの操る馬の背に乗り、村へ向かっている。無論、俺に乗馬の経験などなく、オッサンの腹に手を回して、何とか乗っかっている状態だ。オッサンは鎧を着ているのか、しがみつく面がゴツゴツしていて、馬が上下動するたびに走る鈍痛と合わせて、居心地はこの上なく悪い。

 俺がしがみついている、この鎧を着たオッサンは『アルバート・ゲイツ』という名前らしい。初老に差し掛かった、体が大きい見た目タフガイなオッサンである。多少白髪が混じった金髪で刈り上げの髪型をしており、いかつい顔つきをしている。無精ひげがあって目つきも鋭く、170センチを超す俺が見上げてしまうくらいの大男だ。初めて見たときは、鎧を着こんだ彼の姿を見て『戦士』という言葉がこれほど似合う存在はいないと感じたものだ。見た目からして近寄り難い印象を与えがちな彼だが、いざ接してみると、こちらを労わる優しさも持ち合わせている事がわかる。今までも何回かこちらを気にかけて声をかけてくれている。

 横に向けば、そこには見た目麗しい女性が馬に乗り、少し遅れて追随してくる。彼女の名前は『ナエ・リランドル』。現実世界ではまずお目にかかれないであろう、真紅の髪をしていて、後ろで1つに縛っている。荒事を職業としているとは思えないほど白い肌をしいる。さらに、均整のとれた美麗な顔立ちに、そのはきはきとした物腰は、10人中10人に好印象を与えるほどの美人さんだ。背中には鞘に収まった、一本の長剣を背負っていて、さらに彼女の背を覆うほどの大きな盾を背負っている。これは元々、アルバートさんのものらしい。けが人の俺を馬の後ろにのせるために、一時的に彼女が運んでいるのだ。こんなデカイ盾を何の気兼ねもなしにヒョイと担ぎあげる時を見たときは、こんな細い体のどこにそんな力あるのかと驚いてしまった。

 

(できるなら、ナエさんの馬に乗りたかったなぁ……)

 

と、そんな益体ない事を考えつつ、つい先ほどの事を思い出す。

 

***********************************

 

 徐々に近づく馬の足音を聞きながら、こちらに向かってくる存在が来るであろう方向を注視する。そこに、先ほどの尋問時の威勢を、つゆほども感じさせないラルフさんの声がかかる。

 

「ワタル。時間がないから手短に言うぞ。さっきの《狼》に対してお前がやった事は黙ってろ。俺たちは《魔狼》の群に襲われたが、全て俺とグレーが撃退した。そういう事にしておく。尋問の続きは、村について落ち着いてからする。何、もうあんな風に脅したりはしねーから安心しな」

「は、はぁ……」

 

 あまりのラルフさんの豹変ぶりに面喰いながらも、なんとか返事を絞り出す。背後のグレーを見れば、もはや近づいてくる存在を危険なしと判断しているのか、尻を下ろした楽な体勢をしている。そういえば、《狼》と戦っているときは、負傷をしていたはずだ。それが今では綺麗さっぱり消えているような……

 そんな風に思っている最中に、馬の足音が止み「どう、どうー」と馬を静止する声がした。

 

「我々は聖石騎士団所属の者だ。先ほど、この周辺から妙な魔力の高まりを検知し様子を見に来た」

 

 立派な体格をした薄茶色の馬に騎乗した初老の男が名乗り出た。馬に劣らず立派な偉丈夫だ。胴を覆う鎧のような防具を身に着けていて、背中に大きな盾を背負っている。彼以外にも同じような恰好をした男性4人、女性が1人騎乗してそこいた。どうやら警邏している騎士が異変を察知して様子を見に来たらしい。

 

「あいよ、ご苦労さんです」

 

(軽っ!)

 

 片手をひらひらさせながら、如何にも知り合いに声をかけるように、ラルフさんは気安げに騎士達へ近づいていく。

 

「ちょいと《魔狼》の群れに襲われちまった所でしてね。そこのグレーと一緒に片付けちまったんですわ。あ、グレーは俺の使い魔で、暴れたりしないですからご安心を」

「そうか――ラルフ? ラルフじゃないか」

 

 名乗りでた男は突然大きな声を上げたかと思うと、馬を飛び下りてラルフさんに向かう。ラルフさんの方も何かを察したらしく驚いた顔をしている。

 

「……おやっさん? おやっさんじゃねぇか! まさかこんな所で会うとは……」

「そりゃこっちのセリフだ。てめぇ、何も言わずに出て行きやがって、一体どこをほっつき歩いてたんだ」

「いやー……ラグジッドを出た後、いろんな所を回って……」

 

 一方的にまくしたてる『おやっさん』こと大男と、歯切れが悪いラルフさん。二人は知り合いらしいが、さすがのラルフさんも『おやっさん』を前にして縮こまっているようだ。二人の体格を比べると本当にラルフさんが縮んでいるように見える。

 

「ちょっと隊長! お知り合いなのはわかりましたから、まずは事情聴取しないと……」

 

 間に鈴のような声が割って入る。騎士達の紅一点、赤い髪をした女性の声だ。女性も馬を下りたらしく、隊長(=『おやっさん』)の肩をたたいて静止に入っている。男の方も自分の醜態に気付いたらしく、咳払いを一つして仕切り直す。

 

「おっほん。まぁ、私情は後まわしだ。それで?《魔狼》の群れに襲われて撃退したって話だったか?」

 

 ラルフさんの話した内容を繰り返しながら、男は周りに散らばっている《魔狼》の死骸を一瞥する。

 

「おまえならこのくらいは朝飯前だろうさ、あの熊も居る事だしな。ったくドミトリの『お告げ』通りにしたらやっぱり骨折り損だったか……ん?」

 

 熊と言えばグレーの事を指しているのだろう。肩を落としつつもグレーがいるこちらを向いた大男が俺の事に気付いたようだ。

 

「おい、誰かいるじゃないか?」

「あ、こいつは昨日俺が拾った行き倒れで……そうだ、《魔狼》に襲われたときにケガしてんだ」

「それを先に言え! 馬鹿。おい、だれか見てやれ」

 

 他の男性の騎士達が、それにこたえようとしてたが、誰もがこちらを見て躊躇っているようだ。さては後ろのグレーにビビッてやがるな……

 

「私が見ます」

 

 見るに見かねたのか、女性がこちらに近づいてくる。途中、やはりグレーの事が気にかかるのか、ちらちらと俺の後ろを見て警戒してたようだが、当のグレー本人が全く気にしてない事がわかると気にせずに寄ってきた。

 

「どっか噛まれたりした?」

「いえ、噛まれたりはしてないです」

「どこか痛い所は?」

「特には……体全体が痛いですが……」 

 

 彼女は俺の方にかがんで、俺の体のあちこちを検分しつつ、時折手で俺の体を触ってけがの具合を確かめている。手で押さえられたりした時は痛みが増したりしたが、俺はこんな美人に至近距離に近寄られて気が気ではなかった。俺の人生の中でも、こんな美人は『とびきり』の部類に入る。打撲箇所の確認時に彼女のうなじが見えてしまった時はドキリとしてしまった。彼女は「変な服着てるねー」とか「噛まれなくてよかったねー」とか「あの熊怖いよねー」とか雑談を交えつつ親身になって見てくれた。

 

「隊長! 特に致命的なケガはありません。全身、擦り傷と打撲ってとこでしょうか」

「そうか」

「どうします? アルン村までの距離を考えるなら、ここで私達が処置するよりも、ニーナに見てもらった方が一番確実で早く治療できると思います」

「あーその方が良さそうだな。そこのオマエ歩けるか?」

「は、はい。何とかいけると思います」

「よし。これからアルン村に連れてくから、そこで治療する。誰かコイツを馬の後ろにのせてやれ」

 

「君、立てる?」

 

 見れば、女性がこちらに手をかざしてくれていた。その少し冷たいながらもすべすべした手を取って、手間取りながら立ち上がる。少し足を引きずってしまうがなんとか歩く事はできるようだ。足を出すたびに痛みが走るが…… 女性が肩を貸してくれてるので、思ったより苦労せずに済みそうだ。

 

「さて……後はあの妙な魔力の高まりだが……ラルフ……お前何かしたか?」

「そのことだったら……悪い……」

 

 ラルフさんは隊長に近づき小声で話し始めた。流石にどんな話がされているのかは離れたここからではわからない。話を聞きながら、隊長はグレーが《狼》にトドメをさしたときにできたクレーターをしばらく見て、その後、俺の方を一瞬だけ見た。ラルフさんが話し終えた後も、俺が馬に辿りつくまでの間は考え込んでいた。

 騎士達の所に近づきつつ、怪しまれない程度に彼らを眺めてみる。現代日本に生きてる人間からしてみれば、彼らの恰好を見るだけでも珍しく感じるだろう。各々鎧を着こんでいて、背中には紺色のマントを羽織っている。4人全員帯剣していながらも、それぞれの得物は違うらしく、槍を持ってる人がいたり弓を背負ったりしている人もいる。流石に騎士らしく体つきががっしりしていて、激しい訓練を潜り抜けてきた猛者の雰囲気を感じさせる。皆、肩あてをしていて、同じ意匠が施されていた。正六角形の中に十字架が描かれており、十字架の交差する位置に宝石のような図形が描かれている。また、十字架の後ろには剣が交差している。きっと騎士団のエンブレムなのだろう。

 俺が騎士達を眺めている間に、隊長は考えるのが終わったようで、こちらを見た後に、他の騎士達に命令を出した。

 

「よし、周辺地域は特に問題がなしと判断する。けが人を連れて俺とナエはアルン村へ帰還する。他のオマエ達は《魔狼》の死骸の掃除と、念のため周辺の様子を一通り確認してから引き返してこい」

「ッハ!」

 

 さすが軍隊、と思わせるほどの揃った応答だった。その後、俺の肩の貸してくれているナエさんがおずおずと隊長に尋ねる。

 

「隊長ぉ、サボりですか……」

「っか! こちとらドミトリに言われて、いつもより余計な巡回の帰りに引き返してきたんだ。それが蓋を開けてみればコイツがいて、自己解決してたわけだぞ。とんだ無駄骨だ。それと……報告もしなければならんだろうからな……」

 

 最後の方は小声であまり聞き取れなかったが、ようはサボリたいらしい。

 

「隊長、その方の護衛はよろしいのですか」

「んなもんいらねぇよ。お前ら4人が束にかかってもかなわんくらいに強い『二つ名』持ちだからな、コイツは。心配するだけ無駄だ」

 

 男性騎士の質問を彼は一蹴する。隊長の『二つ名』の言葉に、騎士達から「おお」とどよめきがあがったが、言われた本人はそっぽを向いて「昔のことだよ」と手をしっしっと振っている。薄々感じてたが、やっぱりラルフさんはこの異世界でも強い部類に入るらしい。

 

 隊長はふうっと息をはいた後、再び馬にまたがって俺を見た。

 

「お前は俺の馬に乗れ。ナエ、手伝ってやれ」

「隊長。背負ってる盾が邪魔になるのでは?」

「おお、そうか、しばらくお前が持ってくれ」

 

 そう言って、背中の大盾をおろし、おそらく、ナエという名前であろう女性に手渡す。地面におろした時にガコっと音が鳴っているあたり、盾は相当な重さであることがうかがえる。

 

「よし、引っ張りあげるぞ。ナエ、足持ってやれ」

「はい」

「行くぞ」

 

 隊長に左手を持ったと思われたら、グイっと持ち上げられた。隊長は平均体重はある俺を片手の一本で軽々持ち上げたのだ。見た目通りの怪力のようだ。

 

「んしょっと……」

 

 乗馬の経験などいざ知れず、ましてやけが人の俺は、干された布団のように上半身を馬の同に引っ掛けながら、なんとか反対方向に足をかける。馬が落ち着かないのか、よたよたと横に足踏みして、しっぽがぶらぶらと横に揺れる。

 

「どう、どうっと」

「よし。大丈夫だね」

 

 俺が馬にまたがったのを確認して、ナエさんが馬に戻る。軽々と盾を持ち上げてしょっているのには、軽くショックを受けた。

 

「よし、行くか。お前ら後は頼んだぞ」

「ワタル」

 

 声がした方向を見れば、ラルフさんが近寄ってきた。思ったよりも早い別れになってしまったようだ。後で村で会えるとは思うが……

 

「とりあえず『おやっさん』にお前の事は任せておいたから安心しな。先に村へ行って治療に専念するといい。まあ『白の癒し手』の嬢ちゃんが一緒に来てるらしいから、すぐに治るとは思うがな」

「何から何まで本当にありがとうございました」

「いいってことよ。それと……」

 

 ちらりと隊長の方を見て、小声で彼は続ける。

 

「お前が俺に話した事は、俺がいいというまでは黙っておけ。それとグレーに使った『アレ』も使うんじゃねぇぞ」

「え……わかりました、でも……」

 

 隊長の方を俺が見ると――

 

「おやっさんだけには、多少話した。お前の事は了解済みだ」

 

 横から小声で「そういう事だ。任せておけ」と声がかかる。どうやら保護もしてくれるらしい。

 

「それじゃあな。また村で会おう」

「よし、行くぞ」

 

 そうして、馬が進み始める。ナエさんも連れ立ってくる。

 

「ラルフさん。本当に、ありがとうございました」

 

 手を上にあげて見送ってくれる彼の姿が徐々に遠くなってゆく。

 

「グレーもありがとーー」

 

 グレーをはこちらを少しだけ見ると、また別の方向へ視線を移してしまった。最後まで彼らしい反応だった。

 短い間だったが、ラルフさんには本当に世話になった。今、彼に拾われていなかったらと考えるだけで今の自分はいなかっただろう。負傷で手を振るのがつらくてできなかった事が少しだけ残念だった。

 

 

 

**********************************

 

 結界石が設置された広場から、アルノーゴ樹海側へ少し侵入した茂みに、広場を観察する存在がいた。

 

「いやはや、面白い物を見れたものだ」

 

 フード付きの外套を羽織った男が、もう一人の連れに話しかける。

 

「見覚えのあるやつがいた。1年前の実験対象になったやつだ」

 

 答える男の方も同様の服装をしていた。2人はフードをかぶっていて、薄暗い樹海の中では素顔を見る事はかなわない。

 

「ほう、我々と同じ力を使いこなしていたのは、そういう事か。だとすると、我々とご同類

という事かな、あの男は」

「それよりも、《狼》に襲われていた若い方だ」

「ほう?」

「わからなかったか? ヤツは『輝石』を持っていない」

「何っ」

 

 聞いた方の男が驚きの声を上げる。広場で使われた『力』については既知のものであったが、その『行使のされ方』が男にとっては問題であるらしい。

 

「それに、《狼》が倒された後もだ。『降ってきた』直後でもないのに、『憑りつく』事が起きたことは今まで見たことがない。それに確かに『憑りついた』はずなのに、その後も変化がない」

「ふむ、それも奇妙だな。あの《狼》の力量は相応のものに見えた。逃したのは少し惜しかったが……」

「少し確かめてみる必要がありそうだ……」

「また戻るのか?」

「致し方あるまい」

「やれやれ……ここにいると騎士達が来る。そろそろ行くとするか」

 

 そう男が告げた後、木の枝が風に揺られたのか、葉の間から差し込んでいた太陽の光が遮られる。再び日が同じ場所を照らしたとき、その場所には何物も存在はしていなかった。

 

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