Plains Walker -次元世界遊歩道中-   作:sasandra

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うだうだしてるのなら、内容がどうだろうがまずは投稿すべし。
執筆自体に取り掛かるのが億劫な私にとっては、まずコレであるべしなのです。


007:聖石教会の司祭達

 アルバート隊長のごつい背中に抱き着いて揺られる事数時間。やっと村らしきものが見えてきた。正直、慣れない馬に揺られて、ただでさえ怪我で良い状態とは言えない体の調子はもう限界を通り越していた。

 

「おい、もう着くぞ」

 

 そういわれてラルフさんの横から覗くように前を見る。建物が複数集まって立っている集落が見えた。周りを大人の背丈に届くかどうかくらいの高さの柵に囲まていて、柵の上端から家々の屋根が突き出しているのわかる。村と言われている割には建物の数が多いようだ。

 屋根の中に一本、細長い尖塔が突き出している。塔の中が空洞になっていて、四方を柱に支えられている。空洞になっている部分には釣鐘型らしき物体がぶら下がっている。また、塔の先端、一番上には十字架が突き刺さっている。

 これだけで如何にもこの建物は教会なのだろうという印象を抱くが、この世界の教会の十字架は1つ違うところがあった。棒が交差する部分、十字の中心に宝石のような物がついているのだ。

 どこかで見たような気がしたが、答えは俺がしがみついてる人間の右肩にあった。騎士団のエンブレムに書かれている意匠と同じなのだ。きっとこれがラルフさんの言っていた『聖石教会』なのだろう。

 アルバート隊長は隣にナエさんを引き連れて、村の入り口に入っていく。扉は手前側に開いていて、両脇に見張りの兵士が立っている。

 

「隊長。お帰りなさいませ。《魔物》は出ましたか?」

「ぜんぜんだ。出ない事に越した事はないが、こうまで何もないと暇でしょうがねぇ」

「実は内心、さぼれると喜んでるのが正直な所じゃないんですか?」

 

 ナエさんのツッコミが入る。ナエさんはサボりがちな隊長のお守りをしているようだ。

 

「違いないですね。所で、隊長が後ろにのせている方は?」

「おっと。いけねぇ。魔物に襲われたけが人なんだ。ニーナはいるか」

「はい。教会の方に詰めていると思います」

「よし。おい、教会前までこのまま乗り付けるから、ナエはニーナにコイツを見せてやってくれ」

「わかりました。行きましょう」

 

 門を通り抜けて村の中に入っていく。外からでは柵で覆われてわからなかったが、中はかなり広いようだ。門から続く道はそのままメインストリートになってるようで、村の中心までのびている。道にそって建物がまばらに建っていて、いずれも木造のようだ。樹海がそばにあるので材料には事欠かないのだろう。車や鉄筋コンクリート製の建物などの現代日本を彷彿させるような物はひとつもなく、昔の中世ヨーロッパ時代の村と言えば十人中十人が納得できるような光景である。

 しばらく道になりに行き、村の中心部に近づいた。村の中心は大きな広場になっていて、広場の中心には大きな石段が置かれていた。石段は3段構造で大きな石が積まれてできている。どうやら段は正方形の形をしているらしく、四辺それぞれに段に登るための階段がしつらえられているようだ。段の上には石柱が立っているのが見える。石柱は四角柱の形をしていて、根元が太く上になるほど細くなっている。四隅の角が滑らかに上にのびていて、表面には見事な模様が彫られている。石柱の先端には人が抱えるほどの大きな青色の澄んだ石が置いてあった。この台座は明らかにこの石を祭るためのものなのだろう。

 奥に目を移せば、村に入る時には遠目に見えた教会が見えた。やはり、教会は村の中心をなしているとこらしく、教会前の広場を中心として3方向に道が広がっているのが確認できた。教会は、俺たちの来た道から、石の台座を挟んで向かい側にあるため、大きく広場を回り込んで入口に近づいていく。

 

「おし。ついたぞ。ナエ、ワタルを下ろすの手伝ってくれ」

「はい」

 

教会の目の前に、馬を止まらせてからナエさんが先に降りて俺が下りるのを手伝ってくれた。馬上の景色や見慣れない街並みに気をとられて気付かなかったのか、長時間の騎乗でおしりが滅茶苦茶痛かった。馬に乗る時以上のたどたどしさでやっとの事で降りる。

 

「ケ……けつが痛い……」

「あはは。初めてならそんなもんだよ。それだけ言う余力があるならまだ大丈夫だね」

「ナエ頼んだぞ。言っておくが、ニーナに会った時のはずみでワタルの事を忘れるんじゃねぇぞ。俺は馬を厩舎に戻してくる」

 

 そう言って隊長はいったん馬から降りて、ナエさんが乗っていた馬のくつわを、教会の入り口横にある棒にくくりつけた。某国西部劇映画の酒場の入り口に似たような物が同じように使われたのを見たことがある。馬を括り付けておくための、現代で言えば駐車場みたいなものなのだろう。隊長の馬からで1匹ずつ戻すのだろうか? 

 

「あ、隊長。盾はどうしますか」

「後で俺もいくから、お前が持っててくれ」

「はい。じゃ行こうか。ニーナに会えるぞー」

 

 何故か、急にナエさんのテンションが上がり出した。俺はナエさんに肩を貸してもらっている状態だったが、ナエさんは俺を顧みずグイグイ前にひっぱっていく。美人のお姉さんに肩かしてもらってるとか役得等と考える余裕もないほどに。

 

「あででででで。ちょっ、そんなにひっぱらないで」

「ワタルもニーナに会えばわかるよー。あ、でも手出すのはこのナエお姉さんが許さないんだからね」

 

 一体、その人の何がわかるんだ、という俺のツッコミは俺の痛みに悶える声にかき消えた。ナエさんは俺の方をジトっとにらんだ後、厳かな教会の大きな扉の取っ手を持って手前に開く。彼女は何気なくやってるように見えるが、扉はかなり大きく、開けた時の勢いでぎいぎい大きな音がした。大人一人に肩かして、大きな盾を背負ったような状態で軽々とできるような行動ではないと思うのは俺の気のせいなのだろうか。

 

 教会の中に入った瞬間、外との明るさの差のせいで少しの間だけ目がくらんだ。だが、徐々に中の暗さに目が慣れるにつれて、中の様子がわかるようになってきた。俺がいる所は長方形の形をしている空間で、俺から奥側に向かう方向に長く伸びている。俺が立っているところから、部屋の奥まで真っ直ぐ通路が伸びていて、その両側には長椅子が等間隔に並んでいる。奥まった所は一段高くなっており、広いスペースが保たれている。その上にはステンドガラスがあり、色とりどりのガラスを通して日が中に差し込んで神秘的な雰囲気を醸し出している。ガラスの絵柄を見ると、上方にひとりの大きな人物が描かれていて、周りに何人もの人達がその人物を取り囲んでいるように見える。いずれの人物も体のどこかに宝石のような物を身に着けている。端っこの方には細かくはわからないが、何かが絵の中心部から追いやられているようにも見える。追いやられているモノは様々な姿をしていて、狼かと思えば、獰猛な虎、果てには首が長い恐竜のようなモノまでいた。中でも一際大きいのが、上方の大きな人物から対照的に大きく描かれている、黒い細長い姿をした影。これは蛇だろうか。ステンドグラスの絵は微細に描かれているとは言えず、単純に太い線で縁取りされた拙い絵だが、何故か黒い大きな蛇を見た瞬間、ぞわりと俺の中のナニかが蠢いたような気がした。

 

「何ボーッとしてるの? ほらほら早くニーナに会いにいかなくちゃ」

「え……おわっ!」

 

 俺が如何にも教会という風な荘厳な空気に呑まれているうちに、ナエさんの中でのこの場を訪れた目的は完全にすり替わっていてしまったらしい。入ってきた時と同じように、グイグイひっぱられて、入口から見て、左手奥の方に連れてかれてゆく。俺たちの足音と、ナエさんの鎧と盾が揺れて鳴る音だけが教会の中に響く。

 左手奥には木製の扉があり、これもナエさんが片手でバーンと勢いよく開いた。扉の奥には廊下が続いていて、廊下の突き当たり1つ、右手側に3つほど扉があった。ナエさんは相変わらずの勢いで俺を一番奥の扉まで引きずっていき、ノックもせず「ニーナァー今戻ったよー」と大声で言いながらドアを開いた。

 ここまで来るのに、ドアをぶち抜いてくるかのごときで踏破してきた。当然ながら、教会の中に居た人物にその音が聞こえていないわけがなく、ある人物が待ち受けていた。

 

 その当人の姿を目に収めてからの第一印象は「真っ白」であった。ナエさんが真っ赤に燃える暖かい灯火のような、熱くも心地よい雰囲気と称すならば、こちらは雪が降って一面真っ白な平原を想起させる、静かなる雰囲気とでもいうのだろうか。髪は光の反射でまっしろに見間違えてしまうかのような銀髪で、縛らずに腰までのばしている。「絹のような髪」と言う言葉は一体どこで聞いた言葉なのだろうか、彼女の髪はまさしくそれにふさわしいと言えるほど美しかった。肌はナエさん以上に白く、かといって、病弱な印象を与えるというわけではない、やわらかな色であった。来ている服装も白であり、修道服なのだろうか。

 

(これ以上真っ白しろにはなりようがないだろ)

 

等と阿呆な事が一瞬脳裏をよぎってしまうほどであった。

 

 ナエさんを待ち構えていたのか、きつめな表情をしていたが、それでもナエさん並の美人である事がわかる。整った顔立ち、透き通るような唇、そして黄金に輝く瞳。『美』というものが姿をとったらこういうものなのだと言われれば、誰もが納得してしまうほどだろう。あまりの美しさに、本当に人間なのか疑いたくなるほどだ。ただ、俺やナエさんと比べると少し年下な印象を受ける。もう数年すれば、ナエさん以上の絶世の美女になる事は想像に難くない。俺たちがいるドアに向かって両手を腰に当てて仁王立ち状態である彼女には、今のような不機嫌そうな顔ではなく、ほほえみが似合いそうだなぁと考えてしまうあたり、俺は見とれていしまっていたのかもしれない。

 

「ナエ! 教会の中では静かにってあれほどいったでしょ!」

「ニィィナァァ、ただいま!」

 

「エッ?」

「おわぁっ!」

 

 前者が『白の癒し手』のニーナさんが漏らした言葉、後者が突然支えを失って倒れようとしている俺の言葉だ。何が起きたかというと、ナエさんがニーナさんに向かってダイブしたのだ。俺に加えて、背負っていた盾をその場に放り上げる手際の良さに、無駄な器用さがうかがえる。だが、何故ナエさんが身につけていた鎧や剣が、突然着ていた当人がさっぱり消え失せたかのように宙に浮いているのだろうか。某怪盗の、服を綺麗に脱いで下着だけの恰好でダイブする様を彷彿とさせる光景だった。

 

「キャァァァァァァ」

「にーなぁぁ、でへへ……」

 

 という、一方的セクハラが展開されているであろう嬌声を聞きつつ、俺は激痛をともなって前のめりに倒れた後、脳天をカチわる大きな衝撃と同時に意識を手放したのだった。

 

 

*************************************

 

「ニィナァァ。ああ、このサラサラした髪。すべすべしたお肌。アタシがどれだけほっぺたですりすりしたかったか……」

「ちょ……、こんな事に『力』まで使ってるんじゃ……。やっ、どこ触ってんの」

 

 ワタルの想像通りのチョメチョメが繰り広げられようとしてる中、部屋の中に大きな音が響く。ちょうど鉄板を勢いよく床に落としたときに聞こえそうな音だ。

 

 ニーナは音の大きさ故に、音がした瞬間は体がびくりとしてしまい、ナエにやらしい事をされそうになっている事を一瞬忘れかけてしまった。おそるおそる部屋の入口に目をやると、ちょうど青年が剣や鎧に埋もれて前のめりに倒れていた。そして、ちょうどトドメを入れるかのように、頭の上に大きな盾が突き刺さっている。誰がどう見ても音の原因は判断できるだろう。

 

「ナっ……ナエ? あの人は?」

「えへへへへ、よいではないか、よいではないか」

「だぁかぁら! いい加減にしないともうアレやってあげないわよ! 離しなさいって」

「えー……わかった。あ、ワタルの怪我見せにきたんだっけか。ニーナぱぁうわー補充に夢中で忘れてた」

「ちょ……それを早く言いなさいよ。ちょっと、あなた大丈夫!」

 

 カランカランと青年の部の横に盾が音をたてて倒れるが、青年には一切反応が見られない。次第にニーナの脳裏には、これはもう手遅れなのかもしれないという考えが満たされていく。倒れ伏した青年の傍らにひざまずき、肩を揺らしてみるが、やはり全く反応がない。はぁと溜息をつきつつ、ナエ達が入ってきた時以上の不機嫌な表情をしてナエをにらみつける。

 

「怪我を治しに見せに連れてきたアナタが、トドメ刺してどうすんのよ」

「う…… ご、ごめなさい。ワタル大丈夫……?」

「あなたも見ればわかるでしょう! まったく、その癖いつになったら治るのよ。私はもう子供じゃないんだから……」

「ニ、ニーナ? ワタルはどうするの。もうこれはだめかもしれなかったり……」

「まずはベッドにのせるわよ。早く、ナエは足の方持ちなさい」

 

というように、紆余曲折あったものの、ワタルはようやく異世界に放り出されてから一安心できる場所に保護されるようになったのである。

 

*******************************************

 

目を開ける。見える光景は薄暗く、自分が一体どこにいるのかわからなかった。だが、少しずつ記憶がよみがえってくる。突然穴に吸い込まれた事。どこかもわからない草原にほっぽり出されたこと。グレーに会って、死んだフリしたこと。ラルフさんに助けてもらった事。狼に襲われたこと。突然、マジックの呪文に目覚めてしまった事。アルバート隊長やナエさんに連れてきてもらった事。

 

「はぁ……全部夢だったらよかったのに……」

 

 俺の独白に対する答えは沈黙だけだった。俺はどうやらベッドに寝かされて介抱されていたようだ。しかし、あいにくベッドで寝た記憶がない。その事を不思議に感じつつ、感触を確かめる。元いた世界のものに比べれば、ベッドは硬く、毛布はごわごわで決して快適とは言えないが、地べたに寝なければならなかった前日に比べれば天国と地獄の差である。俺がいる部屋は病室として使われているらしく、俺が寝ているベッドを合わせて6つのベッドが向かい合わせに置かれている。壁には木の窓があって、内側から立てかける事で外に開いている。開けられて窓から見える外は赤みがかっており、部屋の中の暗さと合わせて、今が夕方だという事がわかった。部屋は静寂で満たされており、まるで世界中からすべての存在が消え去って、俺だけが取り残されたかのような寂しさを感じてしまう。

 

 突然、ギィッとドアが開く音がした。ドアの方に目を向けると、人がお盆を片手に持って、ドアを開けて入ってきたところだった。見れば、その人物の横の棚の上には光を明るく放つ石を備え付けた台が置いてあり、部屋の隅から、俺のいる空間をほのかに照らしている。その灯りのおかげか、俺は入ってきた人物の顔を認識する程度には見る事が出来た。意識が途絶える前に見たニーナさんにと比べると明らかに背が高く、別の人物だろうかと訝っていると……

 

「おや……目が覚めましたかな?」

 

 口からもじゃもじゃした白髭をたらした老人がにっこり俺に笑いかけてきた。ニーナさんが着ていたような純白の法衣……のような物を着ているが、こちらは袖や服の合わせ目に細かい意匠が施されていて、より高位の人物が着る服装であることが察せられる。だが、着ている当人からはそのような威厳は微塵も感じられず、にこにこしている表情からは「気のやさしそうなおじいちゃん」くらいの印象しか感じられない。扉を閉めたあと、傍らに置いてあった灯りの台の取っ手を握りながら、お盆を持ってゆっくりと俺に近づいてきた。お盆を俺のベッドのとなりにしつらえられている棚の上に置き、近くに置いてあった丸椅子をベッドに近づけて腰をおろした。お盆の上には木製の皿にシチューともお粥ともとれるような食べ物がよそってあり、脇にスプーンが置いてある。お皿からわきだつ湯気と一緒においしそうな匂いが俺の鼻をくすぐり、唐突に空腹感を感じた。思えば朝から何も食べていなかった。

 

「ほっほっほ。まずはこちらをどうぞ」

 

こちらの考えてる事などお見通しなのか、そう言って、老人は俺にお盆ごと渡してくれた。無我夢中でがっつきそうになるが、最低限これだけは忘れてはいけない。両手を合わせて……

 

「いただきます」

 

そう言って、ちらりと老人を見やる。部屋の中に入ってきたときから変わらない柔和な表情で頷いてくれた。目の前の老人が入る前に俺が感じていた孤独感など、火急の空腹感を前にしては些細なものであった……

 

*************************************

 

「ごちそうさまでした」

 

 そう言って、木でできたスプーンを置く。おなかが満たされた辺りから、少しだけ食べ物を分析する余裕ができた。断定はできないが、お粥に相当する食べ物なのではないかと思う。正直、味つけとして塩が入れられてる程度で味気なかったが、ここまで面倒見てもらってる身の上で文句を垂れる事ができる立場ではない。それでも、腹を満たすというには十分すぎるほどだ。「朝食べた硬いパンに比べればまだまし」と自己評価に見切りをつけ、老人の方を向く。

 この老人、俺ががっついてる間も黙って見守ってくれて、食い終わるのを待ってくれていたようだ。そのことを考えると、申し訳ない気持ちになってしまった。

 

「さて、お腹も満たされたことでしょうし、少し、このじじいとお話をしてくださいませんかな?」

「いえいえ、大変お世話になってしまってるようで、ありがとうございます……ここは『聖石教会』なのでしょうか」

「そうです。ここはアルン村の『聖石教会』です。私はこの教会で『司祭』をしているザーナと言います」

「この教会に入るとこまでは覚えてるのですが、ベッドにもぐりこむまでの記憶が飛んでいるのですが」

 

そう言った途端、ザーナさんの表情が申し訳なさそうになった。いきなり図星をつくような発言をしてしまったのだろうか…

 

「これは非常にすまなかったの。ワタルさん……と言ったか。君はナエ様に連れてこられて、この部屋までやってきたのまでは覚えておるかね」

「はい。その時、ニーナさんでしたか。俺を見てくれる人に会ったまでは覚えているのですが……」

「そこでナエ様がワタルさんを手放してしまって、転倒。あなたは結果的にそこで意識を失ってしまったのですよ」

「あ……」

 

 確かに、そういう事だったような気がした。あの時は前につんのめって意識を失うまでにあまり間がなかったから、あまり記憶に残らなかったのかもしれない。

 

「確かナエさん、部屋に入るや否や、ニーナさんにとびついてったっけ」

「ナエ様はニーナ様の事を、それはもう非常に大切になされてまして、実の妹のようにかわいがっているのですよ。ただ、まぁニーナ様の事が関わってくると、少しタガが外……いえ、何よりも優先してしまうほどかわいがっておられるのですから、けが人を無下に扱った手前、落ち度としてはわたくし達の方にもございますが、その……どうか大目に見てくださいませんでしょうか」

 何気に『タガが外れる』的な危険な言い回しがされていたような気がしたが、助けてもらっている俺としては、相手がそう言うからには断る事は出来ないだろう。

 

「ええ。問題ないですよ。こうして面倒見てもらってるわけだし……っ痛」

 

 少しだが、頭の後ろ側に鈍い痛みがした。手を痛みの所に持っていき、髪の毛の上から撫でてみる。触って、少し押した時に感じる鈍い痛みから、たんこぶができてるようだった。

 

「いかがなされましたかな?」

「うーん。なんか頭の後ろの方にコブができてるみたいですね。こんな所に大きなタンコブができるような事ってあったかなぁ……」

 

 優しげに俺を見てくれていたザーナさんだが、少しだけ体がビクっと震えたように見えた。

 

「き、聞いた限りですとワタルさんは《魔狼》に襲われたときに全身を強く打ちつけているとか、その怪我なのではないのですかな……」

 

 何故だか、ザーナさんは焦ってるようにも感じられる。先ほどから視線をずらしてなぜか俺を見てくれない。

 

「うーん。そうかもしれませんね。でもすごいですよ。気がついたら全身の痛みが引いてるんですもの。何をどうやったか知らないですが、ニーナさんってすごいですね」

「む、無論。ニーナ様は代々『癒し手』として知れ渡っているデルフス家の次期当主とまで言われておる方ですぞ。才能にあふれ、あの御年で先代のエレナ様を凌ぐとまで言われておるほどですぞ。そんな方にかかれば、どのような怪我でも治らない事はないでしょう。ほっほっほっほ……ふぅ……」

 

 そうなのだ。教会に入る前にはあれほど感じていた痛みが今では嘘のように引いている。ザーナさんが汗をぬぐっていて、溜息もしていても気にならないほどの回復ぶりである。擦り傷でボロボロになっていた所も治っていて、まるで怪我をする前に巻き戻されたかのような状態になっていた。恐らく、これも『輝石』とやらの力で、どうにかしたのだろう。

 

「そういえば、ラルフさんは戻って……ってわかりますか?」

「騎士様方と一緒に戻ってこられた方ですかな。あの方でしたら、あなたの様子をこちらに聞きに来ましたが、無事に治療中だという事をお伝えしたところ、安心しておられましたよ。宿の方にしばらく滞在するつもりだという事を伝えてくれと言われましたな」

「そうですか。無事だという事を伝えなきゃいけませんね」

「そうですな。しかし、今日の所はもうゆっくりとお休みになられた方がよろしいですぞ。そろそろ日も暮れますし、詳しい話は明日になってからでも遅くはありませんぞ」

「……そうですね。今までいろいろあって今日は疲れてしまいました。お言葉に甘えさせていただきます」

「うむ。よろしい。それでは私はこれにて失礼しますぞ。お休みなさい」

「ええ、おやすみなさい。何から何までありがとうございました」

「『儚く弱き、全ての命に、救いの手を』 我が聖石教会の教えの一つです。私達はそれを実行したにすぎません。どうかお気になさらず。あなたは養生する事だけを考えればよろしいのです。ではまた明日」

 

そう言ってザーナさんはドアを閉めた。見れば、外はもう完全に暗くなりかかっており、夜になりそうな時間になっていた。見たところ、この世界には電気がないので、きっと就寝時間も驚くほど早いのだろう。部屋の中は、暗闇と言っていいほど暗く、またもや沈黙が支配する場となっていた。しかし、俺からは先ほどのような孤独感は無くなっていた。見知らぬ異世界でも、自分は見捨てられていない。そのことが分かっただけでこんなに安心感が得られるとは思っていなかった。

 

「今夜は安心して眠れそうだな……」

 

そう言いながら、俺は目を閉じた。

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