Plains Walker -次元世界遊歩道中-   作:sasandra

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008:目覚め、事情聴取

 深淵に浸りきっていた意識が次第に引き上げられて、はっきりしていく。睡魔に抗いつつも、それらを払いのけるために、横たわったまま大きく伸びをする。伸びをした後に、苦も無くそのような事ができる程度には怪我が回復したのだと改めて気づいた。

 

 「すげーな……おい……」

 

 上体をおこし、部屋を見渡す。ザーナさんに会う前と同じく、部屋には俺一人がいるだけだった。開かれた窓の方を見やれば、かなり外が明るい。やっと安心して眠れる環境に身を置いて気が緩んだのか、かなりの間、惰眠をむさぼっていたようだ。

 大きく口を開けて、他人が見ているだけで眠りを誘発しそうな長いあくびをする。右手で後頭部をガリガリかきつつ、特に何をするまでもなく茫然と部屋を眺める。後頭部の大きなコブに手があたったのか、鈍い痛みをやり過ごす。まるで、土日に二度寝をして昼まで寝てしまった時のような、出遅れてしまったようなやりきれない気分だ。

 

「とりあえず、起きるか……」

 

 いそいそと、ベッドから抜け出す。幸い、足元に俺が履いてきたスニーカーは揃えられて置いてあった。スニーカーを履いて両足で立って改めて気づいたが、俺はいつの間にか寝ている間に着替えさせられていたようだ。チュニックというのだろうか、少し濁った白色のごわごわした布地でできた衣服だ。恐らく病人用の着るものなのだろう。俺は全身くまなく打撲と擦り傷だらけだったのだから、治療のために脱がされたのだろう。その事が頭をかすめると同時に、あの美麗な白い少女の事を思い出し、そんな人物に全身ひんむかれたという事に思い至って、かなり恥ずかしくなった。いくら怪我の治療のためだからと言って、男としては女性に一方的に裸を見られるというのは、とても気恥ずかしい。ズボンらしき、履物の皮ヒモを緩める。ズボンを両手で持ち、バッと広げて自分の息子が生えている周辺を確認する。見覚えのある俺のトランクスはちゃんと穿いたままの状態であった。どうやら最後の一線は守られていたらしい。

 少し思考が脱線してしまった。部屋の隅を見ると棚の上にツボが置いてあるのに気付いた。確認してみると、水差しのようであった。水差しの脇に置いてあった木のコップに水を注ぎ、一気にあおる。ぬるかったが、贅沢は言ってられないだろう。

 

「さてっ、いっちょいきますか」

 

渇きも潤したので、部屋の外に出てみる事にした。

 

 扉を開け、すぐ右手にある扉を開けてみる。どうやらその扉は裏口になっていて、建物の外に出たようだった。扉を開けた瞬間、照りつける光に目がくらむ。昼過ぎという俺の予想は当たっていたようだ。周りを見れば、開けた場所になっていて、教会裏の空き地のようだった。周りを木の柵に囲まれていて、柵の向こう側には民家が数件まばらに建っている。少し離れた場所に村を囲う大きな柵が見えた。教会は村を覆う仕切りの中の奥に位置しているようだ。視線を手前に向ければ、洗濯物がヒモを通されて干されているのがわかる。ちょうど干し終えたのか、誰かがかごを持ち上げて、ちょうどこちらを振り返った所だった。

 

「あら……」

 

 その女性は、俺の姿を確認するすると、少し小首を傾げてこちらに歩いてくる。背丈は小ぶりで、幼さが抜けきらない顔からは、彼女の歳が中学生くらいの年ごろなのではないかと想像させる。帽子をちょこんと頭の上にのせて、その下には三つ編みにした空色の髪が、腰の長さまでのびている。服装は教会の人間らしく、修道服に変わりはなかったが、ザーナさんのような装飾が見当たらない地味な物を着ている。彼女は籠を両手で抱えたまま、こちらに近づいて来た。

 

「おはようございます。目が覚められたんですね。具合はいかがですか?」

「あ、おはようございます。すっかり良くなりましたよ。ああ、でもまだ頭のコブが少し気になりますかね」

 

 背丈の差の都合上、俺は彼女を見下ろす事となる。目の前の女性は俺の返答に苦笑しつつ、はにかみながらも答えてくれる。頬にそばかすちらほら見られるが、そんな特徴も、彼女の纏う、やわらかではつらつとした好印象な雰囲気に一助を添える特徴にしか思えない。

 

「うふふ。また後程、ニーナ様に見ていただけるようお願いしておきますね。あっ、申しおくれました。私、ロミスと言います。この教会で司祭見習いをしています」

「俺はワタルと言います。面倒みていただいて本当に助かりました」

「そんな、とんでもない。私は大した事はしてません。その言葉は司祭様やニーナ様にかけて下さい」

 

 片手で手をひらひらさせつつ、ロミスさんは笑って答えてくれる。本当に、教会の人達はやさしい人達ばかりで少し感極まってしまう。胸の奥から湧き上る情動をそうとは悟られないようにぐっとこらえていると、ロミスさんが口を開いた。

 

「ワタルさんが起きたら、司祭様からお話があると伝えるように言われております。今から司祭様を呼びに行きますので、少しお待ちいただけないでしょうか」

「あの、起きたばっかりで顔を洗いたいのですが、水とかタライとかどこかにないでしょうか」

「タライ……ですか? 何のことかわかりませんが、井戸ならあちらにありますよ」

 

 彼女の示す方向に、その通り井戸があった。細かな石が積み上げられていて縁が作られていて、その上に木で骨組が組まれている。横に木のバケツがあるので、これを使って水をすくうのだろう。

 

「私はかごを置いてきますね。またここに戻ってきますので」

 

 そう言って、ロミスさんは俺の横を通りぬけて、教会の中へ入っていった。

 

「さて……」

 

 井戸に近づいて、周りを検分する。木のバケツには縄が付けられていて、それが井戸の上の骨組みに向かってのびている。滑車があるのでこれを使って水の入ったバケツを引き上げるのだろう。縄をつかんで速度を調節しつつ、バケツを井戸に落とす。

 

「うお、重っ……」

 

 想像以上の重さに戸惑いつつ、えっちらおっちらバケツを引き上げて、井戸の縁にのせる。両手をバケツに突っ込んで、服がぬれないように顔を洗う。キンとした冷たさに、緩んでいた思考や全身の感覚が研ぎ澄まされる。洗った直後にぬれた顔をふくタオルがない事に気付く。自分の物ではない服なので、袖でぬぐおうかどうか迷っていた所、横から布がつきだされた。気づくとロミスさんが戻ってきていた。彼女は子供を叱る時の母親のように俺に言ってくる。

 

「はい、これで拭いてください。袖でぬぐうと行儀が悪いですよ」

「あ、ども。すみません」

「はい。よろしいです」

 

 素直に謝ると彼女がにっこりほほ笑んだ。小さな子を諭すような、俺よりも年下ながらも母性全開のその笑顔にドキリとしてしまった。どうも転移してきてこの方、この世界の女性の魅力に翻弄されつつある。会う人全てが俺の中の物差しで上位に食い込むのだからこればかりは仕方がない。

 

「では、司祭様の準備が整いましたのでご案内いたしますね。あちらへ」

 

 そう言って手をむけられた方向を見るに、先ほど出てきたドアに加えて、もう一つこちらに面しているドアがあった。ロミスさんに連れられて教会に入って気付いたが、どうやら俺が寝ていた部屋は、礼拝堂の裏手にあたる所に位置していているようだ。礼拝堂に続いているであろう廊下を真っ直ぐ進み、3つあるうちの真ん中のドアまで進む。

 

「さあどうぞ、中で司祭様がお待ちです」

「ありがとうございます」

「いいえ、では私はこれで失礼いたします」

 

 別れ際にも、にこりと笑みを絶やさないロミスさんへ向いてしまう視線を無理やり引きはがしてドアを開ける。

 中の部屋には大きな長机があり、テーブルクロスがかけられている。周りには調度品がいくつか配置してあり、壁には豪華な額縁に収まった絵がかかっている。おそらく応接室として使われている部屋なのだろう。テーブルの隅の一角にザーナ司祭が座っている。

 

「おや、どうやら具合は良くなられたようですな」

「はい。もうすっかり良くなりました」

「それはなによりです。まずは、こちらへ」

 

 昨日見た服装と変わらない出で立ちをした司祭に返答し、ザーナ司祭が示したイスに座る。ちょうどザーナ司祭が左手に来る位置だ。

 

「さて、およびたてしたのは、あなたがこの教会にいらっしゃるまでの事情をお聞きしたかったからです」

「はい」

 

 そう言って、これまでの経緯を順序だてて頭の中で組み立てていると、ザーナ司祭が再び口を開いた。

 

「実は、おおまかな事については、アルバート殿を通してラルフ殿からお話を伺っております」

「え、だとすると……」

 

 俺がこの2日で体験したことは、穴に吸い込まれる。行き倒れる。ラルフさんに拾われる。狼に襲われる。この程度である。ラルフさんから事情を聴いているのならば、もはや話す事は何もないように思われた。

 

「正確には狼に襲われた時の事を関係者を交えて、もう一度確認させていただきたいのです。他の出席者については今使いの物を出しています。間もなく、おつきになるころかと……」

 

 その時、ちょうどタイミング良くドアからノックする音が聞こえた。ザーナ司祭が許可すると、3人の人間が入ってきた。2人は俺と面識がある人物――アルバート隊長にラルフさんだ――であり、残りの1人は見たことがない人物だ。

 その人物は、一瞬小柄に見えたが、それは長身のラルフさんとアルバート隊長と比べたからであり、俺より少し小さい程度であった。ボサボサの金髪をしていて後ろにはしっぽみたいな髪が1本伸びている、濃い澄んだ青い目は、深さが知れない水底のようである。年齢は3人の中で一番若く、俺よりも2、3歳年下のように感じられた。全身をすっぽりと濃緑のローブ――今回見るのが初めてだがそうとしか表現がしようがない衣類――で覆っていて、ローブの間から見える手には拳ほどの水晶玉がつかまれていた。そして、なぜか彼の視線はずっと俺に向けられていた。初対面なのにこれほど注目を浴びる理由が思いつかず、少し不安になってしまう。

 

「ザーナ司祭、失礼します」

 

 1日ぶりにアルバート隊長を見るが、その巨体には相変わらず圧倒されてしまう。数人程度が入ってもなお余裕があるこの応接室らしい空間内でも、一際その大きさは異様に感じる。

 

「おお、意外と速かったですな。それではこちらへ」

 

 3人はザーナ司祭の勧めに従ってそれぞれ座席に腰掛けた。アルバート隊長と見知らぬ少年は俺の真正面に。ラルフさんは俺の右隣だ。

 

「よっ。思ったよりもピンピンしてそうだな。さすがは《白き癒し手》ってところか」

 

 ラルフさんが右手を上げて挨拶しながら、イスを引いてドッカリと座る。どうやら、彼はTPOという概念はあまり気にしてないようだ。俺の右前方に座った隊長から「おい、司祭の前だぞ」と軽くお叱りを受けている。ザーナ司祭は好々爺然とした笑いをするだけで特に気にしていないようだ。ただ、初対面の少年は二人のやりとりをちらりと一瞥しただけで、すぐに俺に視線を戻してきた。

 

「さて、先ほどワタルさんには、この場の目的をお伝えした所です。ラルフ殿もその場にいらっしゃったわけですし、今一度、当時の状況を振り返ってみるのがよろしいかと存じます」

 

 司祭の発言に隊長が頷いて、後を引き継ぐ。

 

「司祭のおっしゃったとおりだ。昨日の事だが、我々は警邏の巡回中……と言っても隣のコイツのせいなのだが、突然奇妙な魔力の高まりを感知して、その出所を調査しようとしたところでお前たちと出くわしたわけだ」

「はい」

 

 一拍を置いて、隊長が続ける。一方、隣の青年は変わらず俺を観察し続けている。

 

「だいたいのあらましは、そこのラルフから一度聞いている。しかし、我々としては、今一度確かめたい事があったのでな。ワタルには病み上がりで申し訳ないが、この場を設けさせてもらった」

「いえ、もう結構大丈夫みたいなので問題はないのですが……今更何を確認したいのですか?」

 

 隊長は一瞬だけ視線を横にずらした、その先は金髪の少年である。少年は一瞬のアイコンタクトで事が伝わったのか、座るときに手元に置いた水晶を軽く一撫でする。すると、水晶の中が暗闇で満たされ、輪郭が薄く輝くオーラに包まれ始めた。

 アニメやドラマで見られそうな、いわゆる《占星術的なそれらしい光景》に半ば茫然としてしまった。

隊長からの「コイツは気にするな」という言葉で集中が戻る。なぜか、となりのラルフさんが「フンッ」と鼻息一つ荒らげたのが気になったが、今は隊長の言葉に意識を向けた方がいいだろう。

 

「それで、確認したいことなのだが…… ワタル。お前は盾を浮かべた大きい狼に襲われて、それを撃退したそうだな」

「えっ……そう……ですけど、俺は何も……」

 

 撃退した。と言われれば、そう断言するのには一瞬迷いが生じた。トドメを刺したのはグレーであって、俺はその手助けをしたに過ぎない――突然使えるようになったマジックの呪文で。

 

「いや、お前は何かをしたはずだ…… ラルフ。お前からも言ってやってくれ」

「ああ。ワタル。お前はあの時確かにグレーに何らかの呪文をかけたはずだ。じゃなければ、俺の《巨大化》を受けたグレーでさえ出せないあの一撃が説明がつかん」

「ラルフはこう言っている。お前はその時に《呪文》を唱えたそうだな。これは間違いないな」

 

 隊長の視線が少し鋭くなった気がした。内心少し焦りながらも正直に答える。この場で嘘をついてもどうしようもないというあきらめもあった。

 

「はい」

「お前があの時唱えた呪文はどんなものなんだ」

 

 何かいけない事をしてしまったのかと焦りが出てきてしまう。

 

「いえ……あの時はグレーを強化しようとして、無意識に……」

「《強化》呪文なのか? おまえは輝石を持っていないそうだが、どうしてそんな事ができるんだ。何かほかに隠してない事はないのか!」

 

 一言ごとに凄みを増す隊長がとても怖い。恐怖でおなかの奥が締まる感覚がする。だが、ラルフさんが助け舟を出してくれた。

 

「オヤッサン。ワタルは怪しいが無害で自覚もないって言う事は何回も言っておいたことだろう。それに、コイツを揺さぶった所で何も出てこないだけだと思うぜ。何より、コイツは盾の狼を倒すという点で協力してくれた事には変わりはねぇぜ」

「む……わかった」

 

ラルフさんの諫言を聞いて、身を俺の方に乗り出していた隊長が元の席に収まる。「すまんかったな」と、隊長は少し間をおいてから、さらに聞いてくる。

 

「話は飛ぶが、お前、《ネメス》という言葉に聞き覚えがあるか?」

「《ネメス》……? 誰かの名前でしょうか? それとも地名? すみませんが全く聞き覚えがないです」

 

 残念ながら、この世界には来たばかりで知り合いは多くはない。ましてや日本に居た時でさえ、外国人の知り合いなぞいなかった。地名についても同様である。高校の授業でも、ネメスと言うような名前の場所を習った覚えはない。

 その答えを聞いて、隊長はまた少年の方を見る。少年は話が始まってから水晶をじっと見つめていたが、軽く首を振るだけの応答をした。その後に、隊長の俺に対する視線が少し和らいだような気がした。

 

「じゃあ、お前が狼に襲われる前の話を聞かせてくれ。聞けば、ラルフに拾われたんだとか?」

「そうなんですよ。信じられないかもしれないですが、俺は突然ここに放りだされたんです」

 

 今までたまっていた鬱憤を晴らすちょうど良い機会だったのかもしれない。俺は一方的に、元の世界から放り出されて、この教会におさまるまでの話をまくしたてるのだった……

 




仕事忙しすぎてもう働きたくないお……
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