美食に必要なもの   作:マハラジャ

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味覚嗅覚聴覚をチートにしてみた結果。
主人公闇落ち?


美食に必要なもの

少年は独白する。

 

ーーーー食事の時間は苦痛しかない。

 

少年は悩む。

 

ーーーー何故美味しくない物しかないのか。

 

えりなの才能に哀れんだ。

 

ーーーー君も此方側だ。

 

そして彼女に救われた。

 

 

 

 

薙切の遠縁にあたる少年にとって食事は戦いだった。口に入れて感じる臭み、えぐみ。臭いで感じる生臭さや刺激臭。耳に入る本能的に感じる不協和音。

回りは気にした風もなく口に詰め込む光景は、彼にとってはホラーであるが、実際にそれらの食事は不味くはない。

薙切の名は伊達ではない。遠戚であっても下手なものは出てきはしない。

だが、少年は悉く口にいれるのを拒んだ。正確に言うのならば、吐き出してしまうのだ。鋭くなりすぎた彼の感覚器官は生半可な料理人の腕では料理が胃に収まることはない。

 

味覚だけならば、嗅覚だけならばまだ良かった。才能と呼ばれ、持て囃されもしただろう。

だが、合わさったことで彼にとっての呪いは発現した。先鋭化したそれらの器官が、相乗効果で食を選別したのだ。まともに食事も採れない、まさに呪いである。

 

彼が安心して食事を取ることが出来たのは、薙切の当主がいる食事会だけだった。

超の付く料理人たちによって作られたそれで、ようやく腹を満たすような人生。

 

死なないギリギリの量をえずき涙ながらに何とか口に納め、骨と皮だけのような様相になりながら定期的に開かれる当主の食事会を待つ生活をしていた。

 

 

 

 

 

超一流の品しか口に出来ない。

贅沢に聞こえるが、その実、彼から家庭の味を遠ざけ、親からの愛情すら奪い取った。

親からしてみれば、何を食べても吐き出し、病気を心配してもなにもでない。だと思えば一流の料理には涙を流しながら口にする。

その姿に腹立たしくも有り気味悪くもあり、周りからはまともな食事をさせていないなど体罰を疑われる始末。

 

本人の口から否定され、その疑いはすぐに消えたが、僅かとは言え、そんな醜聞が立ったことで、名家であると言う認識の強い親から彼に対する愛情は消えた。

死なれればまたぞろ噂がたつ。だから生活はさせる。だが、あとは好きにすれば良いと言うスタンス。

 

世話役を一人二人つけ、雛れに放置。

食事会だけは長男として、また、エリナと年が近いこともあり出席させるが、置物のように扱われている。しかし、その会の中で少年はえりなと言葉を交わし、現在では彼女を拠り所にしていた。

 

 

 

 

「お兄さま、お兄さまは何で何時もお出掛けしてしまうの?」

「それはね、僕が君の再従兄だからだよ。僕のお家じゃないんだ」

「ありすはお家にいるわ」

「う~ん、あの子は僕よりも血が近い、いわゆる直系だからなんだけどなぁ……」

「そんなの知らないわ。もっとお話ししたいんだもの。何処にも行かないで」

 

幼い少女の質問に、苦笑いと共に返していく少年。

まだ五歳にも満たない少女は聡明で、こと料理にいたっては神の舌を持つと言われるほどの精度と才能を併せ持ち、身体中から覇気を放っていた。が、優秀と言っても今のように、年相応なわがままな反応もする。

 

対して少年の方だが、少女より幾分か年上のようだが、痩せ細り、細いがゆえにギョロりと目が一際不気味に見え、押せば折れてしまいそうなほど頼りない印象を受ける。家が貧しいわけでもなく、病気でもなく健康体であるが、恐ろしいまでに食が細いからだと回りは解釈していた。

 

「そんなことより、えりなに誕生日プレゼントがあるんだ」

「何かくれるの!」

「これだよ」

 

わがままを誤魔化すように差し出した少年の手の中には、小さな鉢植え。そして、小さな向日葵が咲いていた。

 

「かわいい!向日葵?」

「よく知ってるね。それは小さい向日葵なんだよ。えりなに贈りたいんだ」

 

目を輝かせながら受け取る少女に、少年は満足そうに頷いた。少年にとってこの少女が一番に優先すべき存在なのだ。

 

「お礼にお料理作ってあげる!」

「本当かい?嬉しいな、えりなの料理が一番美味しいんだ」

「ふふん!昨日教わった卵焼きを作るの!絶対食べてね!」

 

その後に振る舞われた拙い手付きで作られた卵焼き。だが、少年にはそれが何よりのご馳走だった。

 

 

彼自身信じられないが、悪戦苦闘しながら自分のためになにかを作る姿を見ていたら、不味いと言うものを一切感じなくなっていた。

たった一人のために作られた料理には、思いが篭る。えりなの料理を始めて食べた時、心の底から美味しいと思い、当主の言葉を理解できた瞬間でもあった。

 

「えりなの事は僕が守るよ」

「ほんと?だったらずっと一緒ね?」

「うん、そうだね」

 

だからこそ、彼は決めた。

例え嫌われることになったとしても、えりなが幸せになる助けをすると。

 

 

 

 

 

 

幾月も日が過ぎ、アリスも離れ、えりなが苦しい時間を過ごしていたとき、それはやって来た。

 

「薊叔父様、ご無沙汰しています」

「ん?君は……確か葉継の子だね」

「はい、葉継真司です」

 

薙切の家にしては狭く、暗い一室。そこにエリナとその父、薊がいた。幾つも積み上げられた皿、その横に備え付けられているゴミ箱。

泣き疲れたのか、眠ってしまっているえりな。頼るべき光もなく、出来損ないは餌として捨てろと強要してくる父に精神をすり減らしてしまったのだろう。

 

「何のようだい?見ての通り、エリナは寝てしまってね。遊ぶのならまた今度にしてほしい」

「いえいえ、むしろ好都合。貴方にはえりなよりも僕を選んでいただきに来たんですよ」

 

意味がわからないと言いたげな顔で真司と名乗った少年を見返す薊。

 

「そのままの意味ですよ、僕はえりなの上を行く。貴方の目指す美食にもっとも近いのは僕だ」

「……ふむ、えりなと仲が良いのは知っているが、大言が過ぎるな。では、えりなが起きるまでの手慰みに試してみようか」

 

えりなの対面に席が用意され、薊が着席を確認すると調理を開始した。

 

ほどなくして真司の前に並べられる品々。

短時間で作ったとは思えない完成度の高い料理は、それだけである程度の店ならばメインを張れるだろう。

 

「……叔父様、試しているつもりならば止めてください。こんなモノは逆に失望しそうです」

 

だが、それだけの品を前にしても、真司は一皿一皿揺ったりとした動作でゴミ箱に落としていく。

 

「聞かせてほしいな。君がそう判断したわけを。これは君がえりなの上を行くテストだ。それを一口も口にしないわけを」

 

怒るでもなく、焦るでもなく、僅かに口角を歪めながら、薊は問うた。

 

「臭いんですよ、耳障りなんですよ。貴方が料理しているときから耳と鼻が口にするのを警告してくるんです。どれも手を抜きましたね?」

 

その答えに薊は表情を変えなかったが、眉が僅かに反射的に動く。

薊は料理を口にして少しでも喜色に表情を変えれば終わりにするつもりだった。彼の言った通り、完全な手抜きの品だから。

だが、彼はそれを看破した。一口も口にすることもなく、薊の思想に沿うように躊躇いなく捨てて見せた。

 

「……面白い」

 

次は手抜きなく、しかし優劣を確りとつけた二つの品を作り出す。それを前にしても、彼、真司の動きは淀みなく、一口づつ口にして眉をひそめながら一方を吐き出した。それに対して薊が感じたのは、怒りや驚愕などではなく、圧倒的な喜び。

 

「クククっ、成る程成る程。確かに君は素晴らしい同士と言うわけだね、真司君。私の不明を許してほしい。まさか君の貧相な体が、子供特有の偏食ではなく美食を選んでいただけとはもっと早く気が付くべきだった。それは名誉の負傷と言うべきだろうか」

「それでは?」

「あぁ、共に行こう。えりなは惜しいが、それ以上に君は素晴らしい人材だ」

 

二人は握手を交わす。皮肉にもえりなを救おうとしたこの行動が、自身の餓えの苦しみから救うことになった。

 

「ゴメンね、えりな……」

 

これで薊の、親の関心を奪ったことになる。

良い親か悪い親かは別にして、まだ小さなえりなから肉親の情を取り上げたことに、多少の罪悪感を抱く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの握手から数日後、薊は薙切から追放され、真司を連れて姿を消した。

薙切仙左衛門は葉継真司が連れられたことに激怒したが、行方が追えずに捜索を血涙を流しながら中断。

 

「……お主はそうまでしてえりなを」

 

その後、薊の目を盗んで送ってきたと思われる手紙が、仙左衛門の元に届けられ、彼の心情を悟り、箝口令が敷かれた。特にえりなの前では誰であれその両名を口にすることを禁止された。

 

薊の教育(洗脳)から解放されたえりなだが、父に捨てられたこと、兄と慕っていた少年の裏切りに心を痛め、しばらく茫然自失としていた。

そんなえりなの下にあるものが届き、彼女は生気を取り戻した。

 

再起した彼女の集中力は凄まじく、あのような体験から料理を止めるのでは、とまで言われていたのが嘘のように、砂漠が水を飲み込むように料理の技術を学び、理想とする料理人才波丈一郎にも出会った。

 

「絶対、また食べさせてやるんだから!」

 

誰に、とは彼女以外だれも知らない。

 

「えりな様、こちらの花はどちらにお持ちしましょうか?」

「ありがとう、緋沙子。その子は窓際にお願い。日が一番当たるところが良いわ」

「畏まりました。……それにしても、いったいどなたなのですか?毎年、向日葵を贈ってくるのは」

「ふふ。さぁ、誰なのでしょうね?名前を一度も名乗らないのだもの」

 

でも、と彼女は慈しむように、向日葵を撫でながら口にする。

 

「今も私を見ていてくれているのでしょう?」

 

『私は貴女だけを見つめてる』向日葵の花言葉だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「次だ。その男は今度からは呼ばなくて良い」

「そ、そんなっ!?まだ食べてもいないのに私の料理のどこが!」

「前回は一口の妥協点。今回は焼きなどの音を聞いてるだけで食欲がなくなる落第点。劣化する料理人に用はない」

 

冷たくあしらい、控える巨漢に目の前の男を片付けさせる。彼にはまだ数十人の料理の審査をする仕事が残っている。レベルの落ちた男にかかずらっている時間はない。

 

「私を失望させないでくれ」

 

オールバックに纏められた黒髪、人を惹き付ける輝くような瞳、中肉中背だが、醸し出す雰囲気に頼りなさなど皆無。白いスーツを着こなし、脚を組んで見下ろす様は堂にいっている。

葉継真司、二十歳の姿がそこにあった。

 

表舞台から姿を消した薊と真司は、しかし裏で絶大な信頼を勝ち取っていた。薊の指導者としての才覚、真司の絶対的な料理の感覚があっという間に飲み込んだ。

 

薙切仙左衛門が、食の魔王と呼ばれる中、彼は食の神と人知れず囁かれていた。

 

「あぁ、えりな。もうすぐ戻れる。早く君の料理が食べたいよ……」

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