Your story 主人公ではない彼の物語   作:前田友春

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どうにかこうにか区切りのいいところまで書き終えることが出来ました。これも全ては応援してくださった皆様のおかげです。本当にありがとうございました。感謝してもしたりません。


純白の天使

「そんな……」

 

空に浮かぶ鯨王を見てシャルロットはそう無意識に口に出した。全力の一撃だった。手ごたえもあった。でもダメだった。悠々と浮かぶその姿には傷一つ負った様子もなかった。一か八かの賭けだった。滅ぼせる可能性もあると思って放った一撃だった。でも、どうだ。実際には滅ぼすどころか傷一つ負った形跡もない。

 

見たくない現実を前に、シャルロットの思考が止まる。

 

故に、彼女は目の前の危険を察知することに遅れてしまった。

 

「危ない!」

 

そんな声が聞こえて、体が後ろに引っ張られる。

 

刹那、彼女が立っていた場所に大きな黒い尾が叩きつけられた。

 

地面が爆ぜる。

 

まるで何かが爆発したかのように突風がシャルロットを襲う。ゴロゴロと誰かに抱き抱えられるように地面を転がる。どれだけ吹き飛ばされたのだろうか。しばらくして漸く、木に当たることにより、その動きは止まった。

 

「――ったく、いってぇな。大丈夫か」

 

目を開ければ自分に覆いかぶさるように首筋に腕を回している青年の顔があった。口内を切ったのか口端に血を滲ませる青年は何時ものように優しくシャルロットにほほ笑む。

 

――お兄ちゃん。

 

言葉は出なかった。

 

代わりに出たのは涙。どうしようもない絶望とみんなの期待を裏切ったことによる傷心に心が耐えられなかった。

 

視界が滲む。どうしようもない絶望が押し寄せる。持てる最高の手札を切って、相手は無傷。

 

打つ手は、もはやなかった。それは、遅かれ早かれあの化け物に殺される未来を明確に示している。

 

――ここまでなのかな……。死にたくないなぁ。

 

勇者と呼ばれても、英雄と呼ばれても、シャルロットはその実ただの少女だ。死が怖くない筈がなかった。死の恐怖に襲われる。

 

――せっかくお兄ちゃんと再会できたのに……。

 

死にたくはない。でも打つ手はない。

 

――私は何も守れないの? 妹もお兄ちゃんも村の人達も……。

 

そんな時だった。ポンポンと頭を撫でられた。目を擦れば、右手でシャルロットの頭を撫でる兄の姿があった。

 

「なぁ、シャル」

 

青年はゆっくりとそれでいて優しい声で語りかける。

 

「頑張ったな。お前はよく頑張った」

 

シャルロットの頑張りを労う言葉。心の底から出たと分かる言葉に思わず涙が出るのが止められない。

 

「うん、頑張った。頑張ったよ。でも、でもダメだった」

 

そう、もう全て終わったんだ。そして、その結果、相手は無傷で空を舞い、こちらは体中虫の怪我だらけで、魔力ももう心もとない。

 

シャルロットは頑張った。勇者という重責と仲間の荷物と言うプレッシャーを双肩に乗せ、十分に検討した。ただ、その頑張りが無駄になっただけだ。

 

全てはもう終わり、後は時間の問題だ。

 

「そうだな、ダメだったな。でも、まだ終わっていない」

 

「え?」

 

思いがけない言葉にそんな言葉が出た。

 

「どうした? そんな驚いたような顔して」

 

青年は笑う。その笑顔はどこにも絶望の色はなかった。いつも通りの優しい笑みだった。

 

「で、でも……」

 

「なぁ、シャル? もう少し頑張れるか?」

 

「う、うん」

 

もう魔力の関係で大技は使えない。でも、動くことは出来る。肉体強化する分にはまだ問題ない。

 

「そっか……。じゃあ、お願いしてもいいかな?」

 

そう言うと青年は立ち上がる。

 

「何を?」

 

シャルロットもそれにならい体制を起こす。

 

青年が守ってくれたからだろうか、体に痛むところはなかった。

 

「俺を守って欲しい。アイツの止めは俺に任せてくれ」

 

そんなシャルロットに青年はそう前向きな笑みで笑いかけるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こうなることをお前は分かっていたのか?」

 

かれこれもう長い付き合いになる相棒に問いかける。さきほどまで一緒にいたシャルはすでにいない。剣をもって鯨王の足止めをしてもらっている。そこにティナとシャイロも加わって三人体制という訳だった。ティナとシャイロは鯨王の周りを飛び回り、シャルは地面を素早く動き回る。時に火の玉を、時に斬撃を放つ三人だが、鯨王にはまるで効果はないようだった。初めはなされるままの鯨王だったのだが、まるで遊び飽きたかのようにその巨体を俊敏に動き回し、三人に襲い掛かりはじめた。

 

『いや、まさか』

 

俺の問いかけにイフはそんなわけはないと、笑う。いつも通りとぼける算段らしい。まったくこんな所は昔から変わらない。長年一緒にいると言うのに未だに雲をつかむかのようにこの相棒のことは分からなかった。

 

「残された手段はこれしかないか。なら、初めから使っておくべきだったか?」

 

『何言ってるの。白いアイツをこれで倒したところで鯨王の本体を倒す術がなくなるだけだよ。鯨王本体を倒すのに君の妹君だけでは力不足だ。それこそ“つみ”だ』

 

「まぁ、確かにそうだな」

 

空を飛ぶ鯨王は未だに傷一つ負った形跡もなく元気に動き回っている。

 

――こりゃ、シャル達も持たないな。早くしないと。

 

先ほどとはまるで違う素早い動きに、高い攻撃力。一度でも間違えたらアウトだ。死が待っている。いくら丈夫そうな鎧を着こんでいるシャルでもあの一撃をまともに貰えば遺体すら残さず木っ端微塵だろう。

 

「――イフティ、力を貸してくれ」

 

『喜んで!』

 

“それ”を使うには莫大な魔力を必要とする。ポンコツ油田と呼ばれる俺の魔力量でも一回で全て使い切るような魔力を必要とする。

 

今の俺には勿論そんな魔力は残っていない。『私の物を彼に』で結構な量の魔力をティナやシャイロに配ってしまった後だ。

 

“それ”を使うには魔力が圧倒的に足りない。しかし、魔力というものはそうやすやすと回復しない。

 

――ならば、どうするか?

 

『何かを得るには何かを失わないといけない』

 

イフは問いかける。

 

『さぁ、キミは何を対価として差し出す?』

 

――そう、対価と引き換えに魔力を借りればいい。代償を差し出し、代わりに莫大な魔力を貰えば良い。

 

生憎普段は全く戦闘に出ることはない使い魔だが、彼女の力を使えばそれが可能になる。

 

「イフティ、キミは何を望む?」

 

『それをボクに聞くかい? うふふふふふふ、ならここは僕らしくキミの一番大切な物……とでも答えておこうかな、と思ったけど、やっぱりやめた。久し振りに力を振るうんだ。出血大サービスだよ。キミの二番目に大切なものをいただこう』

 

「分かった。お前にくれてやる」

 

俺の命だけではない。妹達の命もかかっているんだ。俺に払えるものならなんだってくれてやる。

 

『うふふふふふふふ、気前がいいね。大好きだよ』

 

イフはそう笑い、そして――。

 

   『いただきます』

 

俺の中で何かが失われた。

 

大切なそれは前の世界の俺とこの世界の俺とを繋ぐ証明。俺が俺であるために必要なもの。俺というひとりの人格を確立させるもの。

 

即ち――『名前』

 

この日俺は名前を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

力が湧いてくる。体の中から湧き出してくる。それを言葉にして紡ぎ出す。

 

「――――――」

 

俺が知る限りで最強に最高の殲滅度を持つその魔法は矢鱈滅多ら長い詠唱と、対象が視界の中に入っていないといけないという二つの条件を必要とする。詠唱の方は本当に長く、俺が知っているどの魔法よりも二倍以上も程度も長い。そのあたりにこの魔法の異様さが見て取れ得る。

 

「――――――――」

 

当然高速詠唱なんて便利な物を俺のような三流魔術師がつかえるはずはなく、結果として地道に一節一節口に出して詠唱することになる。

 

「―――――――」

 

矢鱈滅多ら長い上に普段はさっぱり使わないその詠唱なのだが、不思議なことに忘れることはなかった。次々と言葉が浮かんでくる。

 

「―――――――――――」

 

思えばこのあの時以来か。

 

この魔法を使うのは二回目だ。一度目の時もそう言えば死にかけていたよな。

 

そう、あれはイフに出会った日のことだった。

 

「―――――――――――――――」

 

湧いてきた魔力が徐々に俺の体の中で形を作る。温かい感覚が体の中で渦巻き集まる。

 

「ギャアアアアアアアアアアアアアアア!」

 

咆哮を上げた鯨王がこちらを向いた。

 

『気付かれたね』

 

流石にここまで魔力を集めれば気付かれるか。

 

鯨王が大きな口を開けて、今にも噛みつかんとする。

 

「お兄ちゃん!」

「兄貴!」

「兄ちゃん!」

 

三者三様の声がする。声は三人ともバラバラだが、その声色は俺の身を案ずるものだった。

 

――大丈夫。心配しないでも。

 

もう長ったるい詠唱は終わっている。そのキーとなる言葉を口にするだけだ。

 

「――純白の天使」

 

その言葉を唱えた刹那、右手の中に白い炎が灯った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

右手に淡い白い炎が手のひらから溢れるように灯る。暖かいその手のひらの感覚を確かめるように小さく頷く。

 

――純白の天使

 

長ったるい詠唱と莫大な魔力とを引き換えに生み出された白い炎は右手を少し上に動かすことで空へと飛んでいく。飛んでいく先はもちろん対象である鯨王だ。

 

「ギャアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

こちらに気付いた鯨王はその炎ごと俺を飲み込まんと大きな口を開けて突撃してくる。鯨王の体に比べて白い炎は遥かに小さい。そりゃそうだ、炎の大きさは俺の手の平よりも少し大きい程度、そして鯨王の大きさは4,50mはある。小さな炎は成すすべなく鯨王の口の中に飲み込まれた。

 

そして鯨王はそのままの勢いで俺をも飲み込まんと突撃してくる。そのスピードはまるでミサイルの如く早い。さきほどの白い奴とは大違いだ。

 

「お兄ちゃん!」「兄ちゃん!」「兄貴!」

 

遠くで妹たちの声が聞こえる。

 

――大丈夫。ギリギリ避けれる。死にはしない。

 

こうなることはあらかじめ予測できていた。肉体強化もばっちりだ。魔力で強化した脚に力を入れ、飛ぶように走る。瞬間の後、鯨王が俺が先ほどまでいた地面にぶつかる。

 

刹那爆発にも似た地響きと共に多くの物が吹き飛ばされた。木々が粉々になり、地面が爆ぜ、岩が散弾銃の様に飛び散った。直撃こそ避けたものの俺もその爆風と共に吹き飛ばされる。地面を二回、三回と転がる。どこからか飛んできた石が額に当たる、地面についた手が摩擦で焼ける。

 

――いててて……ようやく止まったか。

 

数メートル転がりどうにか止まった後、痛む体を無視して立ち上がってみれば、クレーターのように抉れた地面の真ん中に鯨王がいた。

 

「グオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」

 

鯨王は顔の側面についた六つの目をギョロギョロと動かすと長い尻尾を一閃し辺りを吹き飛ばし、空へとまた飛びあがった。どうやら術者である俺を見失ったらしい。

 

『あははははははは。アイツも無駄なことをするね』

 

イフが高らかに笑う。

 

『例え術の行使者であるキミを殺したところで、あの魔法は消えはしないというのに……』

 

そんな時だった。空に浮かんだ鯨王の様子が変わった。

 

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!!!」

 

空中で大きく身をよじりだしたと思ったら、そのまま誰もいない地面に頭から突っ込んだ。地響きがなり響く。そして、また空中に浮かぶと再び誰もいない地面に突撃をする。

 

『さすがの鯨王と言えども腹から焼かれる感覚には耐えられなかったかな?』

 

イフが興味深そうにそう呟やくと続ける。鯨王の大きく開いた口からは白い炎が溢れる

 

『――純白の天使。この白い炎は発動したら最後、対象を燃やし尽くすまで決して消えはしない』

 

淡々とまるで地面にその身をこすりつけ炎を消そうとする鯨王に聞かせるかのような口調でイフは話す。

 

『この魔術は対象が何であってもそれを燃やし尽くす。魔王ですら一度発動したらこの炎からは逃れられない。灰すらも残らず、この世から炎と共に消え去るだけだよ』

 

鯨王から口からあふれ出した白い炎はその黒い体を徐々に覆っていく。炎の勢いは徐々に強まり、鯨王の体は徐々に白く染まる。

 

「グオオオオオオオオオオ!! コノニオイ、オモイダシタ! オリジナル ノ ドウホウカ……!」

 

断末魔のような叫びと共に鯨王の体が完全に白に覆われた。

 

数分後、そこには無茶苦茶に荒らされた荒地だけが残こり、鯨王の体も白い炎も何もなかった。

 

こうして第三世界の魔王の贋作はこの第七世界に傷跡を確かに残し跡形もなく消え去った。

 

「お兄ちゃん!」

 

「兄貴!」

 

「兄ちゃん!」

 

そんな掛け声とともに手を振りながら近づく三人を見て、こちらも手を振り返す。

 

――今日はどうやらぐっすりと眠れそうだ。

 

 

 

 

 

              To be continued?

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