Your story 主人公ではない彼の物語   作:前田友春

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過去。そして、現在へ

深夜、俺がシスターと共に向日葵の家から抜け出し向かった先は奴隷市場だった。何てことはないただ自分を奴隷として売るだけの話だ。

 

俺がこの日まで自分を鍛えたり、魔術を勉強したりしてきたのは単に、もしかしたら訪れるかもしれないと思っていたこの日のための半ば保険だった。

 

我が孤児院の唯一の収入の要であるプリーストは俺を拾ってくれた時点でかなりの高齢だった。その時点で最悪は俺が収入を得られるような歳になるまでに亡くなる可能性も視野に入れていた。独り身なら楽観的でいいが、男手が俺しかいない上最悪のパターンは常に頭に入れておかないといけないのだ。

 

その結果思いついたのが自分の価値を高めることだ。どうせ、プリーストに拾われることがなければ終わっていた命。なら、最悪の場合は俺が命を削ってでもプリーストが残してきたものを守るのが俺の恩返しだ。

 

だからこそ、文字も読めるようになった、魔法も法術も使えるようになった。唯一、剣術は独学だから分からんが、何もやっていないよりかマシだろう。読み書き、そろばんが出来て人並みに戦える男子。それにいかほどの値がつくか奴隷制のない日本に住んでいた俺には見当のつけようがない。しかし、事実奴隷商と自身で交渉して引き上げられた俺の値段はあの孤児院であれば七、八年は暮らしていける資金になった。俺にはそれで十分だった。

 

プリーストが死んで半年経った。もちろん、この世界に生命保険なんて転ばぬ先の杖があるわけでもなく、孤児院の収入は経たれ、僅かながらにあった貯金だけで過ごしてきたのだが、もうそれは限界だ。俺もまだ十三歳、冒険者ギルドに登録して冒険者になるためには歳が二つほど足りない。冒険者になって依頼を受けることができればどうにか暮らしは安定できるが、後二年はどうやっても持たない。それこそ、シスターが体を売るか俺が体を売るかしかないのだ……。

 

なら、これでいい。それにそれだけのお金があればあの子たちも学園の試験を受けられるだろう。試験さえ受けられればあの子たちの実力だ。きっと特待生になることも容易い。なんて言っても天才だ。俺の何倍も何十倍も強くなるだろう。学園でいい成績を収めれば王国に雇われることもあるそうだ。国家公務員だぜ、もう将来安泰だし、給料もいい。是非そうなって欲しいね。そんでもって、カッコいい旦那さんでも作ったのなら、俺にとってそれ以上の幸せはないね。

 

恐らく、きっとこの世界がもしも小説や漫画だったら彼女達が主人公(ヒーロー)に違いない。正義感のために働き、美しく、そして強い。何とも話題性には事欠かせないだろう。うん、俺が作家なら彼女達の話を書くね。

 

え、いつぞやの中二病が再発してるって?

 

まぁ、許せ。こんな剣と魔法の世界に来たんだ。少しくらいの中二病大目に見ても罰は当たらんぞ、きっと。

 

まぁ、こんなことがあって俺は奴隷になったというわけだ。思い返せば、あの時点で俺の精神年齢は二十も後半。元の世界なら十分社畜、会社の奴隷として働いている歳だ。だから、会社の奴隷として働くかマジもんの奴隷して働くかの小さな違いだったに過ぎないのさ。

 

つまらん上に長い話を聞かせて悪かったな。ご静聴ありがとう。

 

え、奴隷時代の話を聞きたいって?

 

おいおい、勘弁してくれよ。某RPGの第五作目だって主人公の奴隷時代は経った数行で終わるんだ。俺の奴隷時代なんて聞いてどうする。

 

まぁ、色々あったよ。もちろん、死にかけたことも色々あったしな。コロシアムで魔獣と戦わされたこともあった。まぁ、悪運だけは強かったのか傷を負いながらも未だに生きているけどよ。あぁ、一度だけ帝国の貴族に買われたことがあったな。やってたのは娘さんの家庭教師。

 

奴隷生活の中で、一番楽しかった日々だったかもな。まぁ、すぐにこの国に帰ってきたんだけどね。

 

大まかに言ってこんな感じ。あんまり面白いもんじゃないし深くは語らない。雄弁は銀、沈黙は金ってやつだ。え、意味が違うって? 細かいことは気にするな人生大雑把に生きようぜ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ってな、感じかな。後のことはだいたいお前が知る通りかな」

 

俺は柵の中から空を見上げ呟く。天気は晴れ、小さな雲がポツンポツンと散らばるだけで青い空が比較的よく見える日だった。

 

場所は王都のスラム街。王都には人が多い、人が多ければ格差が生まれる。格差が生まれればどんどん酷くなる。その結果生まれるがスラム街だ。それは王都でも変わらず、国のレベルが、福祉のレベルがまだ追いついていないのだろう。未だに王政やってるし、それにどうやら絶対王政みたいだしね。

 

かれこれ、このスラムに来て半年、鼻をさすような匂いも、道ゆく人の死んだ目も慣れた。慣れってある意味で怖いもんである。

 

『へぇー、そんなことがあったんだ。初めて知ったよ』

 

頭の中で声が響く。柔らかな凛とした高い声は、女性と少女の間を思い起こさせる。純白。その声を色で表すならこうだ。穢れを知らぬ、その声色はお日様のように心を洗い流す。

 

彼女の名はイフティ。俺が契約をしているパートナー。日本的に言うなら使い魔であり、相棒である。ひょんなことから一年前に契約して俺の中に住まう奇妙な奴である。

 

俺は奴隷のため、魔術や使い魔は許可がないと発動出来ないので、イフは専ら俺の話し相手だ。もちろん、魔力を抑えられている今、イフの声は俺にしか聞こえない。話し相手が面白味も面白い話も持っていない俺しかいないとは可哀想な奴である。口下手は昔からなんだ、許せ。

 

「聞いても何も面白くはなかったろ?」

 

『うーん、そうかな。色々なキミの話を聞けてボクは面白かったけど。あれだろ? キミ一人が犠牲になって他の四人を救ったんだろ。最大多数の最大幸福ってやつ』

 

「いや、違うね。何でお前がそんな言葉知っているか知らないけど、そうじゃない。俺もそれで幸せだったと言えるんだ。だからみんな幸せで、そこに犠牲なんて二文字はないんだよ」

 

俺は彼女達のためになれて幸せだった。きっとあのまま皆倒れになるよりか遥かに今の方が幸せだろう。そう、例えば俺の精神安定上等だよとかね。

 

『ふーん、そうかい。でも、面白かったのは本当だよ』

 

「そうかい。お世辞でもそう言ってもらえたら嬉しいよ。まぁ、俺の話を聞くよりもさ。おっちゃーん! 何か面白い話ないの?」

 

俺は倒していた体を起こすと檻を掴み少し大きな声を出す。

 

「何だ。また、お前らか?」

 

檻から4、5m離れた場所。木製の椅子に腰をかけて新聞を読んでいた小太りの男性が首だけをこちらに向けてきた。彼は奴隷商。俺の今の所有者でもあるおっさんだ。十人十色、色々な人がいるように奴隷商にも色々な商人がいる。色々と奴隷市を転々とした俺だ、色々な奴隷商を見てきた。このおっさんは根本的に善人だ。

 

奴隷商にしては奴隷に破格の待遇を与えていた。ある意味で商売っ気がないとも言える。

 

「いや、暇だからさ。なんか面白い話ないかなぁって思ってよ。どうせ、お客さんも来ないし」

 

「うるさいぞお前。今日はもしかしたらくるかもしれないだろう?」

 

「何いってんだよ。スラムに奴隷を買えるような奴が来るわけないじゃん」

 

ここはスラム。自らを売りに来る奴はいても買いに来るやつなんてそれこそ皆無だろう。

 

「面白い話ねぇ……。あぁ、そういえばまた勇者様御一行が魔獣を退治されたらしいぞ」

 

「へぇー、勇者様ねぇ……。どんな人なんだろうな?」

 

勇者様。俺が奴隷になって三年後、今から二年前頃から話題になっている少女である。我が青の国と隣国との間には帰らずの森という森がある。帰らずの森の名前の由来は名の通り、一度入ると帰ってこられない森だからだ。なんともそのままのネーミング。

 

何でも、その帰らずの森には百年前ほどに召喚された第六世界の魔王の獣王ゲルニカ下っ端が住み着いており、森に入ってくる人間どもを食い散らかしているらしい。親が帰ればさっさと第六世界に帰ればいいものを、全くもって迷惑な魔獣である。

 

もちろん、大規模な討伐隊が組まれたこともあった。しかし、あいつの賢いところは勝てない戦をしないことにあった。勝てないと分かれば絶対に姿を現さない。しかし、数人の人間でいくと食われて殺される。一回、隣国の精鋭十人が討伐に向かったのだが、結果は無残の全滅。誰一人帰ってこなかったそうだ。

 

そんなのだから、行商人が行きき出来ず我が国と隣国はまともな貿易が百年ほど出来ていなかった。

 

そんな時に現れたのは勇者様御一行。何とその勇者様はたった、三人でその怪物を討伐したそうだ。いや、凄いね。隣国の精鋭十人が倒せなかった魔物をたった三人で倒すだなんて。

 

ちなみに倒され魔物は“帰らずの魔獣”といった何とも反応に困る二つ名をつけられた後、首が二、三日、王都の広場に飾られたそうだ。付け加えると、その魔獣は二つ首を持った大きな狼だったらしい。俺も機会があれば是非とも見たかったのだが、何せ俺は奴隷、そんな自由があるわけもなく日々労働の毎日だった。

 

まぁ、ついに俺は帰らずの魔獣を見るには至らなかったのだが、その魔獣が倒されたことは国をあげてのお祝いをしていたのでよく覚えている。なんでも今では祝日にまでなっているらしい。年中無休、生きるコンビニの奴隷には何にも関係ない話だから、話半分で聞いてもらってもいい。

 

百年前振りに隣国と貿易ができるんだそりゃ経済は爆発的に潤う。それに経済的な面とは別に政治的な面を見ても最近は別の隣国である赤の国の動きがきな臭いため隣国と結び付きが強まるのはこの国にとって願ってもないことだった。そんなこともあって勇者様御一行が伝説的な人気になるのにそこまでの時間はかからなかった。今ではこの国で一番有名な三人組といっても過言じゃないだろう。なんでも王都の一等地の豪邸に住んでいるらしい。

 

そんな過激なデビューを決めてからというもの勇者様御一行は瞬く間に近隣で有名な魔獣を潰していった。ダブルネーム持ちの魔獣を凄い勢いで倒していったのだ。今ではたまに国外にも呼ばれて遠征に行くくらいらしい。人気は国境を越えて全世界で見ても有名な勇者様御一行だった。

 

「なんでも綺麗な少女達らしいぞ。なんでもまだ学生らしいしな」

 

コーヒーを一口飲みながらおっさんはこちらを向かずに応える。勇者様御一行が学生なのは有名な話だ。勇者様御一行目当てで学園に入りたい奴も増えて今では国外からも志願者が殺到してるとか何とか。この世界にもミーハーが多いらしい。そういうところは元の世界と変わらない。

 

「なんだ、おっちゃん見たことないの? 凱旋とかやってるらしいじゃん」

 

「あぁ、見に行きたいのだがお前らの世話で忙しいからな」

 

「何いってんだよおっちゃん。奴隷なんて飯を食わせてもらえないことが多いんだから気にせずに行けばいいじゃん。おっちゃんだけだよ、一日二食食わせてくれるの」

 

酷い時は三日に一度とかだったからな食事。それで過酷な肉体労働や魔獣と戦えと言うのだ。我ながらよく死んでないなと思う。

 

「いや、しかしだな……」

 

これがこのおっさんの良さであり、甘さでもあるんだろう。

 

「なぁ、おっちゃん。少しばかり頼みがある」

 

「うん、なんだ?」

 

「俺をもう一回奴隷オークションに出して欲しい」

 

「お前、その意味がわかってるのか?」

 

おっさんはカップから口を外すと今日初めて俺を見た。

 

「分かってるも分かってるよ。俺、奴隷六年目だぜ。そんじゃそこらの奴隷よりか奴隷歴は長いぜ。奴隷のプロといってもいい」

 

過酷な労働が多い男の奴隷は短命になりやすい。五年も生きている俺は長い方だ。これだけ長いと色々と奴隷制についても詳しくなる。

 

「それじゃあ、どういうことか分かってて言ってるってことか」

 

「あぁ、もちろん。俺はもうはっきりいって使い物にならない」

 

そう言って俺は自分の右腕を見る。いびつな形をした右腕。複雑骨折をして放置した結果がこれだ。すでに痛みはないのだが、手を握ることも腕を動かすことも出来はしない。ただ体についているだけだ。

 

「し、しかし……」

 

利き手が使えるのなら剣が使える。肉体労働ができる。しかし、こうなってしまえばもうどうしようもない。俺は利き手が使えなくなっても普通に戦えるほど強くない。文字が書けて読めるといってもこんな歪な形の奴隷を買う物好きなんていやしない。魔術を少し使えるといっても俺は中の下、戦闘できるレベルではない。いっそ右腕を切り落とそうか悩んだが、そんなこと俺には出来るはずがなかった。だって、右腕にはあの子達から貰った指輪が着いているんだから……。

 

明らかに俺は奴隷失格だった。

 

「なぁ、おっちゃん。奴隷の食費だってタダじゃないんだ。この半年、ただ食わせて貰っただけじゃ俺は申し訳ない。もし、高値で売れたらおっちゃんも儲かっていいじゃないか。もし、売れなくても維持費がかからなくなっていいだろ?」

 

「でも、分かっているのか? お前は今まで別の場所も含めて二回売れ残ってる。三回目のオークションで売れ残れば、お前は殺されるんだぞ」

 

「あぁ、上等だよ。そんなことは分かっている」

 

そう俺は笑う。俺の運だ、もしかしたら何処かの気変わり貴族が買ってくれるかもしれん。買われなければそこまでだ。単純だろ。

 

「そうか、ならお前を明日のオークションに出そうと思う」

 

おっさんは何か申し訳なさそうにこちらを見ずにそういった後、背を向けて何処かに立ち去った。

 

「すまないな、俺の我儘に付き合わせて」

 

そう小さく、俺の中の相棒に謝りを入れる。

 

『いや、謝らないで欲しい。キミが決めたことなら別に構わないよ。地獄の底まで付いていこう。キミが魔術を使えない今、キミの力にはなれないけど、一緒に死ぬことなら出来るからさ……』

 

返事はすぐに返ってきた。何とも俺にはもったいないパートナー思いの相棒をもったものだ。

 

「しかし、俺が死んだらお前も死ぬんだろうか?」

 

『さぁ、どうだろうね。死んだら死んだ時さ』

 

「……なるほど、そりゃ気軽でいいや」

 

何とかは飼い主に似るとは向こうの世界で言ったけど、使い魔も似たような感じなのかもしれない。

 

久しぶりの青空の下、俺にしか聞こえない笑い声が響いた。

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