Your story 主人公ではない彼の物語   作:前田友春

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再会そして……

しばらく頭を撫で続けているとシャルの泣きじゃくりも落ち着いてきた。それでもまだ腕を俺の背中に回し、離れる気がないのか顔も胸元にうずめている。

 

昔なら無理やりにでもその拘束を振りほどいていたに違いないのだが、今は奴隷の身であるためそれは出来ない。

 

「うぅ……ぐすっ。……良かった! ……本当に生きてて良かった! ……ぐすん、もう会えないと思ってたんだよっ……!」

 

それ以前にこのようなことを言われてしまえば、奴隷以前に兄としても、そして人としてもその手を振りほどくことは出来なかった。

 

「ご心配をおかけしました」

 

俺はなんとも気の利かない、そんな言葉を呟くほど小さな声で言うのが精一杯だった。

 

バツの悪さにかける言葉がなかったのだ。

 

何と言っても妹に泣かれるのは初めてだったから。

 

 

それから更に少しの時間を費やし、シャルはようやく会話ができるくらいには落ち着いた。

 

まだ泣いたせいか目を腫らし、青い双眼の目の端を赤く染めていた。

 

彼女は俺と目が合うとほんの少しだけ頬を朱に染めながらも視線をそらさずに口を開いた。

 

「ねぇ、お兄ちゃん」

 

「なんでございましょう、シャルロット様」

 

「何でそんなに敬語なの? 私のこと嫌いになったの?」

 

そうやって目をウルウルとさせる。いけない、また泣かしてしまう。

 

泣かれてしまうその前に俺は慌てて口を開いた。

 

「これは奴隷の枷が働いている証であります。奴隷である私(わたくし)は、シャルロット様の命がない限り、このように敬語で喋るしかありません。ですので、シャルロット様が一言、命令していただければ、敬語ではなく、普通にお話しさせていただけます」

 

何とも言いたいことが勝手に敬語に変わるのは幾ら経験しても気持ち悪い。しかも、敬語と言ってもその奴隷の知っている知識から口に出る敬語となるため、間違っている可能性もあるのだ。

 

何せ前世で学生のままその生涯を終えた俺だ、敬語なんて使う機会はほとんどなかった。もしかしたら、間違っている可能性もある。いや、その可能性は高い。

 

奴隷になってしまえば恥もクソもないのだが、こう知り合いの場合だと間違っているかもしれない敬語を話すと言うのはどこかむず痒いものがある。それにその知り合いが妹分のシャルだ。間違いを指摘されようものなら恥ずかしくて死ねる自信が無駄にあるね、俺は。

 

「じゃあ、普通に話して! これからは!」

 

シャルの言葉を皮切りに少しだけ体が軽くなったような気がした。奴隷の枷が一つ緩くなったのだ。

 

「あぁ、ありがとう、シャル。これで普通に喋れる」

 

買い主様が敬語じゃなくていいと言ったんだ、ここは昔のようにタメ口で話させてもらう。

 

そんな俺の言葉にシャルは再び一筋の涙を流すともう一度俺に抱きついてくる。

 

「お兄ちゃんだ! 私の、シャルのお兄ちゃんだっ!」

 

その勢いに負け上半身すら倒れ、絨毯に仰向けに倒れこむような形になった俺にシャルは抱きついたまま離れようとしない。

 

「こら、シャルやめろ! 折角の絨毯や洋服が汚れちまうじゃないか!」

 

とは言ってももう遅いだろう。先ほどから転がっているせいか、純白だった絨毯は所々で黒ずみ、同じくシャルの純白の服と肌も俺に抱き付いた面が黒くなっていた。

 

それにあれだけ綺麗だった、シャルに純金色の髪も俺が真っ黒な手で撫で続けた影響かすす焦げたように所々で黒かった。

 

「えー、いいの! どうせ服も絨毯も洗えば良いんだし!」

 

「これだけ黒いと落ちない可能性があるんだけど……」

 

「じゃあ、買い直せばいいじゃん!」

 

シャルはまるで離す気がないかのように俺の胸元に顔をうずめたまなシャルは言う。

 

「お前、買い直せばいいと言うけどな……」

 

この絨毯やシャルの服にどれだけの価値があるのか分かってるのか。

 

触っただけでも分かるがこの絨毯や服は最高級品だろう。少なくとも庶民には一生無縁のものに違いない。その時になって俺はようやく気付いた。部屋に置かれているソファーにしろ木の机にしろ、木のイスにしろ全てが最高級品と言っても過言でもない品々だということを。

 

昔、買われた貴族の屋敷と変わらない、いやそれ以上にこの部屋は高級感と清潔感に溢れていた。

 

そして思い出す、シャルは俺を5000万G。日本円に換算して約、5億円で俺を買ったのだと。そりゃ、お金持ちで当然である。

 

シャルは顔を上げる。その顔は少し黒ずんでいた。ほれ見ろ、言わんこっちゃない。

 

 

「いいの! どうせ、貰い物なんだからっ! それよりもお兄ちゃん、お風呂入ったほうがいいよ、なんか少しだけ臭う」

 

そりゃ、当たり前だ。俺は奴隷だ。風呂なんて入れるわけが無い。体を清めると言ったら雨水か、たまに所有者が気まぐれで川に連れて行ってくれるくらいだ。俺が思い返しても体を清めたのは一週間前の雨水だ。それに加え、スラム街にずっといたのだ。匂いが染み付いているのは当たり前だろう。

 

俺はすでに鼻が麻痺しているが、シャルには相当きつい臭いのはずだ。

 

「あぁ、そうだな。俺も出来れば風呂に入りたい。でも、その前にお前だ。顔も腕も真っ黒になりやがって……。奴隷の心配する前に自分が風呂に入りやがれ」

 

ご主人様にこの物言いとはなんという奴隷だ、とは俺も思う。しかし、相手はシャルだ。バカだ。こんな物言いでもいきなり首を切られたりはしないだろう、多分。

 

それよりも早く離れなさい。いろいろと成長しているシャルは感覚の毒だ。柔らかいし、いい匂いがするんだよ! 何処とはいえないけどさ。

 

そんな俺の言葉にシャルは不思議そうに首を傾げる。

 

そして、純情な顔をして爆弾を投下してきた。

 

「え? 何を言ってるの、お兄ちゃん? お兄ちゃんも一緒に入るんでしょ?」

 

おいおいおいおい! 何を言っているんだこの娘は! 顔を見れば嘘を言っていないような真顔。そういえばどうだった、このバカ(シャル)は嘘を吐くような器用な真似は出来ない。

 

「な、何言ってんだ! 男女七歳のして同衾せずというじゃないか!」

 

「え、でも十三歳までお兄ちゃんと一緒に寝てたよ」

 

確かにそうだが、今は違う。歳が十八歳と十七歳だ。お互いに第二次性徴期は終わっている 。色々とマズイだろう。

 

「それでもだ! シャルももう十七歳。一人で風呂くらいはいれるだろう?」

 

「えー何言ってるのお兄ちゃん? 確かに最近は一人で入ってるけど、お兄ちゃんは奴隷でしょ? ならご主人様の命令には逆らえないんじゃないの?」

 

「確かにそうだな。でも、おまえは恥ずかしくないのか?」

 

もうシャルも十七歳だ。羞恥心の一つや二つあるだろう。

 

「羞恥心とか何を言っているかよく分からないけど、行くよお兄ちゃんっ!」

 

そう真顔でシャルは立ち上がると俺の手を掴み、引っ張り起こす。俺の身長はすでに元の世界と変わらず高めで有るにも拘らずシャルは涼しい顔をしてまるで力を入れてないかのように俺を引き上げた。

 

「おい、ちょっとまてお前は恥じらいとかっていう言葉はないのか?」

 

「恥じらい? 何言ってるの?」

 

シャルはまるで本当に何も知らないかのように首を傾げる。その純粋な横顔はあの時と何も変わっていない。

 

「お兄ちゃん今更じゃんか! 何回一緒にお風呂に入ったと思ってるの?」

 

「いや、お前それは昔のことだろ。今はお互い成長してるんだし」

 

「そうだね! 成長しているね! だから、妹として私は、お兄ちゃんの成長を隅々まで見届ける義務があるのですっ!」

 

いやねーよ、そんな義務。この5年で少しは成長したとは思っていたのだが、馬鹿が増しているだけだった。馬鹿は死んでも治らないとはよく言ったものだ。

 

「いや、俺は後でいいからさ、先に入ってくれよ」

 

最悪、外で待たせて貰えば部屋も汚れずにすむからな。なるだけ、こんな綺麗部屋を汚したくはない。

 

「だめっ! お兄ちゃんは今から私とお風呂に入るのっ! ほら脱いで服! お兄ちゃんが入らないなら、私もお風呂なんか一生入らないんだからっ!」

 

何処かで聞いたようなセリフ。小さい頃と全くシャルは変わっていなかった。変わったのは身長とか体型とか外面的なものばかりで中身はまるであの頃と同じように変わっていなかった。

 

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