後編
10日後
事務職員に案内され、二人の女性が入って来ると、報告書を書いていた二人の刑事は手を止めた。
「そろそろもしかしたら、抗議に来られるかもしれないと思っていました。」
「こちらから、報告に行っても良かったんですが、折悪く別の事件が起きて捜査に時間を取られて。」
「妹のユノが、殺された事件ここ数日の間警察は全く捜査していないですね。」
「レナぽんの事も、全然捜査していないよね。」
「そっちの子はどちら様?レナさんの姉妹・・・・あ、彼女は妹さんとかいないですよね確か。」
「ユキテルとは・・・・セ」
「こらっ、大きな声で話さないで。」
「気持ちは解りますが、既に例の事件・・・いや飲酒運転による交通事故は、既に俺達捜査一課の手を離れています。」
ユキテルは全治三週間と診断され、都内病院に搬送されていた。マスコミが病院の周囲にうろついている為に、レナとユノは、朝早く病院に行こうとして、偶然同じ道を歩いていた。所轄署からの報告ではレナの方が、400メートルほど先行して歩いていた事が明らかになっている。
そこに偶然、夜明け前まで飲酒していた大学の同じサークル学生が、運転していた車(当然飲酒運転)が、二人に追突した。(時間的に数分の時間差)
桐嶋ユノは搬送先の病院で、30分後に死亡が確認され、早乙女レナは意識が戻る事も無く、2日後の午後3時に死亡した。
レナとユキテルの性的関係は、偶然彼女が事故に遭遇した日の夕方に明らかになった。
野外での行為を住民が目撃していたのを、学校側に通報した。その翌日レナは退学・除籍処分となった。(目撃したのは3か月以上前)
ユノはナイフを所持しており、ユキテルを道連れに死亡しようとしていたのかも知れない。恋敵のレナと遭遇していたら、別の事件が起きた可能性もある。
しかし、両者とも事故死してしまい、ナイフ所持の理由は永遠の謎となった。
無論大学生達は、自動車運転過失致死罪で逮捕された。今後より罪が重い危険運転致死罪で再逮捕されるだろう。
「無論、同乗者や酒類を提供した店も今後厳罰に処されるでしょう。」
「既に交通課が動いています。」
「でも偶然同じ時間に、飲酒運転の車に追突されるなんて、あまりに偶然過ぎます。」
「テレビで、数百万分の一の確率だって言ってた。ちょっとあり得ないよ。」
「確かにものすごく低い確率なのは確かだ。」
「でも、逆に考えれば数百万分の一の確率で起こるって事になりますし。今の所、他殺を疑う証拠は皆無です。」
「無論俺達も何もせずに、事故と断定した訳じゃありません。」
「連中が不審者と接触した形跡や、酒に興奮剤などが混入された形跡が無いか、後車に細工・・ブレーキオイル等が抜かれていないか等も、調べました。結果他殺を疑う痕跡は皆無でした。」
「でも、例えば巧妙に細工されたとか。」
「それともっと大きな根拠、この事故が仕組まれた事故じゃ無く単なる、飲酒運転による死亡事故が連続して起きただけだという、根拠があります。」
「それって、どんな理由?」
「特命係の変人警部が、この事故何も調べていないんですよ。」
話を聞いた二人の女性は、一人は驚きもう一人は面白いと言った表情を見せている。
「警察にも凄い人がいるんですね。」
「ドラマや小説の中だけだと思った。」
「悔しいですが、和製ホームズと言う異名は誇張じゃない。」
「俺達が束になっても、勝てる相手じゃありません。あの二人がいなければ、犯人は逮捕できてもユキテル君は死んでいたと思いますよ。」
「少しは悔しがれ!」ポカッ
「無論その変人警部・・・・杉下警部とその相棒冠城巡査も、数日は事件を調べてました。」
「防犯カメラの映像を調べたり、誰かから大金を受け取った形跡が無いかとか。」
だが特命係の刑事は数日で、捜査を終了した。
「今は、巣鴨で防犯指導の雑用中です。」
「もしかして疎まれてる?」
「警察の利権が絡んでいる様なヤマ・…事件でも、容赦なく真相を暴いてしまうので。」
「上層部も普段は疎んでいても、難事件になるとなんか杉下警部に頼ってしまう一面が
あったりします。あ、これは口外しないでくださいね。」
「今回の事故、もし本当に謀殺の気配がしたら警部殿は、必ず真相を調べますよ。」
「理由も無く捜査を止めて、大人しく雑用やってる人じゃありませんよ。」
「そんな人が捜査をしていない。」
「陰謀なんか何も無い、世間がテレビが勝手に騒いでいるだけ。本当にただの飲酒運転による事故死。」
「ま、先に言いましたが共犯者や、店の責任も徹底的に追求します。」
「交通課がですがね。」
「どうもお手数をお掛け・・・・・」
桐嶋ヨミがお辞儀をした瞬間、携帯が鳴る。電話に出たヨミの表情をみて、カオリは尋常では無い何かを感じた。
「どうしたの?」
「ユキテル君が昨日の夜、病院を抜け出したみたいだって。」
「まじ?直ぐに病院に。」
3日後 特命係
右京と冠城が帰って来ると、鑑識の米沢が待っている。
「お帰りなさい、その様子ではユキテル君の保護や、遺体の発見は出来なったみたいですな。」
「今の所、水死体の発見とか定置網に遺体が掛ったとかいう報告は無いです。これお土産・・」
「秋田市南西の海岸まで、行っているのは確認できたのですが。」
4日前の夜、密かにユキテルは病院から抜け出した。当初は反感ある市民がナイフなどで脅して連れ出したとの意見もあったが、監視カメラを見る限りそんな痕跡は毛ほども無かった。目撃証言も全て、彼は一人で歩いていたと金太郎飴みたいに、同じ証言。
ちなみに彼の携帯は、殺されかけた日に線路に落ちて壊れている。所轄署長の判断で病室前には、監視の警官も一人いるので、不審者が入るのは難しい。(最も肝心な時には居眠りしていたが。)
彼はその後、新宿駅前から秋田行き夜行バスに乗った事が確認された。同じバスに乗った乗客の証言によると、脅されている形跡も皆無で、不審な客も無し。
彼は道義的責任は免れないとしても、犯罪者では無いので自分の意志でいなくなったとすると、大掛かりにそれを追跡する事は難しい。翌日の朝8時頃秋田市南西の海岸で、最後に食堂の店主が目撃したのを最後に足取りは途絶えている。
刑事部長室
「つまり、彼が自分の意志で居なくなった可能性が極めて高い。と言う事だな?」
「伊丹達にも調べさせましたが、不審者の気配すらありません。」
「ユキテルの親戚でも居るのか、秋田には?」
「家族は10年前火事で死亡。親族も知人も秋田にはいないそうです。」
「身投げでもする気だとしても、自分の意志だとすると警察の関与する所では無いな。」
「それが・・・・警視総監が、形だけでも誰か派遣してくれと言っているそうです。」
「警視総監が・・・・それを先に言え。」
「総監は昔秋田県警本部長として、辣腕を振るわれましたので、思い入れもあるのでしょう。更に一連の事件はまるでB級映画みたいな、三角関係から大事件になったと海外でもかなり報道されてまして。」
「海外にまで知られているとなると、流石に警視庁から形だけと言えども、誰か派遣するべきだな。仮に保護した場合、一人で東京に帰らせるのも拙い。」
「総監は一日二日の派遣で良いと、言っておられるそうです。」
「さて誰を・・・・・・ふん、丁度暇な二人組がいたな。」
いつもの流れで、杉下右京と冠城亘の派遣が決まった。
「日本海を北上する、黒潮の流れに乗った考えると、東北沿岸か・・・・いやそれなら、もう発見されている可能性高いですね。」
「となると、北海道か奥尻島ですかな。」
「いや、津軽海峡に向かう流れに乗ってしまう可能性もあります。」
津軽海峡を抜けた海流は、そこで千島列島から流れる千島海流(寒流)に乗り、南へ向かう。
「新潟や秋田で、ビンを海に流したら房総半島辺りに漂着する可能性もある訳ですか。」
「しかし、もし津軽海峡に流れていたら海流の速さを計算しても、まだどこにも漂着していない
可能性もありますね。」
「しかも、関東近海まで来たら黒潮の流れに乗って、太平洋に流される可能性もあります。」
「となると、何処に向かうか見当も付きませんなあ。太平洋にはかなり島が有りますが、無人島も多いですからな。」
「以前は航空機の補給拠点や、核実験の為に有人島だった島も、航空機の性能向上や、核実験の削減でかなり減っているそうですよ。」
「やれやれ、内村部長にはこのまま報告するしか無さそうですね。」
20分後
「それにしても、とんでもない確率で悲劇が起きたんですねえ。」
「いや冠城君・・・、虚偽報道ではありませんが、かなり大げさに報道されていますよ。」
「どういう事です?」
「仮に…そうですね東京と仙台で、友人が同時刻に飲酒運転の車に跳ねられて、死亡したら確かにマスコミが言う様な、極めて低い確率です。」
「しかし、今度の事故・・・・事故を起こした加害者達は、
同じ大学のサークルで、同じ店で泥酔するまで飲んで、帰宅する為に、数分の間を置いて、同じ方角に向け車を走らせた。」
「同時刻に、同じ店から同じルートで酒酔い運転したのだから、同じ道で事故を起こすも可能性相当高いですね。
それでも、他の人や自転車もその時間同じ道に居ましたから、相当低い確率には違いありませんね。」
「不幸にも、偶然から友人・・・・もしかしたら元が付くのかも知れませんが、巻き込まれてしまった。」
「なんかやるせないですね。」
「全く同感です。」
「嫌な世の中だねぇ。ネットでは天罰的中なんて騒いでいるバカもいるみたいだけど、悲しくなるよ。」
「それも同感です。ユキテル君だけなら確かに天罰と言えなくも無いですが、ユノさんとレナさんは被害者だと思いますよ。」
「二人がユキテル君と出会う事が無かったら、二人・・・いやユキテル君も入れれば3人の人生が、ゲームセット・・・・・失礼、終わる事は無かったのかも知れませんね・・・・それと、角田課長何か情報が?」
「薬物の違法取引情報が入ったんだ。暇なら手伝ってくれよ。」
「もちろんです。」
「人探しも終了しましたし、場所何処ですか?」
「大田区蒲田にある廃工場だ。番地は・・・・・・・取引時間は今日の夜9時らしい。」
課長が、地図を閉じようとした時、地図が倒れ弾みでテレビのリモコンに触れた。
ちょうど、お昼過ぎの情報番組の時間の様だ。芸能情報のコーナーで、今後注目される新作映画の予告をしている。来年春に公開される恋愛映画で、主演女優は未だ22歳らしい。
「課長もしかして、主演女優のファンなんですか?」
「かみさんが、子役時代からの大ファンでね。」
「十数年前は、数十年日度の天才子役として有名でした。」
「確か中学と高校時代は、活動休止していたらしいですね。高校卒業後再び芸能界に復帰したらしいですね。右京さん・・・・どうしました?」
「彼女を何処かで見た記憶がありますねえ。」
「何時ですか?」
「確か時期的には、彼女が中学3年の頃だったと思います。現実に見たんじゃ無く、恐らくテレビだったと思います。」
「中学時代って、活動休止してたんだろ。他人の空似じゃねえのか?」
「そうかもしれません。」
「いいや、右京さんに限ってそれは無いんじゃないですか?」
「それは買い被り過ぎですよ。」パチッ(リモコンでテレビを停止)
「じゃ、8時に現地集合で。」
杉下右京は紅茶の準備を始める。もうすぐ午後3時だ。
この時はまだ知る由も無かったが、24時間後右京の記憶は勘違いでも、他人の空似でも無い事を知る。
そしてその彼女以下、同級生28人が『試合終了』となる事になるのだが・・・・・・