ファンタシースターポータブル オリジナルストーリーズ   作:きりの

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3話 傭兵

 部屋になだれ込んで来たのは、奇妙な生物の群れだった。

頭が鮫の半魚人(はんぎょじん)のような生物で、腕の先は刃物のように鋭利なヒレになっている。数は6。真っ赤な目をギラつかせながら、鋭く並ぶ歯をむき出しにして皆吠えている。

 

「何だい、アレ!?」

 見たことのない異様な生物に、ネロが驚いて叫ぶ。

エミリアも同じく驚愕の声を上げたが、その姿には見覚えがあった。

「エビルシャーク!じゃない!?ウチの会社のデータベースで見たことある!惑星パルムの海辺を生息地とする比較的大人しい原生生物…だとか。」

「…アレが『大人しい』んじゃ世も末だね。」

引き攣ったような笑みを浮かべながら、ネロが首を鳴らしながら長剣(ソード)を構える。

興奮するエビルシャーク達は既に臨戦態勢(りんせんたいせい)で、エミリア達を「敵」と捉え、今にも襲い掛かって来そうだ。

 

 さて、自分で言うのもなんだが、ネロには1対6を強いるようなことになるワケである。

「ね、ねぇ…本当にやるの?」

「やんなきゃ殺されちゃうよ、あの勢いだと。」

背後で震えるエミリアをちらっと振り返り、ネロは柔らかく笑みを浮かべる。そして、

「大丈夫。僕は絶対に君を見捨てないから。」

 

 戦いの火蓋は切って落とされた。

 

 戦わなければ生き残れない。1対6なんて無理だと、嫌だと、泣いて喚いても通用しない。生き残りたければ、戦い、勝つしかない。

戦ったことのないエミリアにも、現状含め、それはわかっていた。自分が直面しているのは、そういう戦いなのだと。

 

 しかし、蓋を開けてみれば、それは「戦い」ですらなかった。

 

 次々に襲い掛かるエビルシャーク達が、このネロという男の鮮やかとも言える剣裁きによって片っ端から切り刻まれてゆく。腕を落とし、頭を落とし、残った体を真っ二つ。6体いたエビルシャークは、その全てが、あっという間に30の肉片となってしまった。刃物のようなヒレの一振りも、鋭い顎の一撃も、ネロに加えることができずに。

こんなものは「戦い」とは呼べない。一方的な虐殺である。

 

 エミリアはポカンとしてしまった。目の前で何が起こったのかよくわからない。

「ふーっ、残念。止まって見えたよ。」

何故かつまらなそうなネロが一息ついたのを合図に我に返る。

「すっごい…すっごいよ…何なの?あんた…?」

「そんなに驚かないでよ…これでも一応、傭兵なんだよ?」

ちょっと拗ねたように苦笑いを浮かべる彼は、確かに先ほどから一緒にいる傭兵である。

「これが…『傭兵』…」

「一応聞くけど、けがとかないよね…?」

「あるワケないじゃない…」

エミリアは、また足の力が抜けてしまった。生きてるのに生きた心地のしない、不思議な感覚だった。

「あたし、生きてる…?」

「何を言ってるのさ。」

尻もちをついたエミリアに、ネロが手を差し伸べる。その手をとろうとして、その手を見て、先ほどの映像が蘇る。エビルシャーク達を虐殺する姿。容赦の無い刃の閃き。手が止まる。まるで彼の手から冷気でも出ているような、体の芯が凍りつかされるような、そんな感覚に襲われる。しかし、

「ほら。」

ネロがエミリアの手を掴む。その人肌が持つ温もりを感じて、エミリアの手にも力が籠る。そしてフラッシュバックした映像を振り払い、立ち上がる。

 

「あ、ありがとう。」

「いいって。けど、大丈夫?」

「うん、平気…なんか、ほっとしちゃった。あんたがいれば、とりあえず安全ぽいね。」

「あのくらいなら、どうにかね。ところで、」

 ここでネロはすこし眉にしわを寄せ、

「君って、傭兵、なの?一応武器は持ってるみたいだけど…」

確かに。傭兵として呼ばれる場でこのざまである。当然の疑問か。エミリアだって来たくて来たワケではない。

「えー…っと、一応、傭兵として軍事会社に登録はされてるんだけど。戦う気とかはもともと無くって。ここにも、無理矢理連れてこられただけなの。」

「無理矢理?」

「そう。あのおっさん、あたしが働かないからって無理矢理連れ出して、こんな危険なところへほっぽって。」

 ん?なんかだんだん腹が立ってきた。今めちゃくちゃ理不尽な話してないか、あたし?

「あー、もう!こんなか弱い女の子を一人にするなんて、ひどいと思わない?」

「そ、そうなんだ…確かにそれはひどい…かもね…」

「でしょ!?やっぱりそうだよね!確かにあたしも、仕事をえり好みして何もやってなかったけど、いきなりこれはひどいもんね!って、どうしたの?顔が引きつってるよ?」

「え?…あ、いや、ははは…ひどいね、本当、うん。」

「とにかく、あんたがいれば無事に帰れるような気もするし、おっさんには後で文句言いまくってやる!SEEDはもういないからレリクスは安全だーとか言って、あたしの話なんてこれっぽっちも聞いてくれないんだから。そりゃあ、確かに今までのレリクスはSEED襲来(しゅうらい)があったときばかりに、機能を覚醒させていたよ?」

 エミリアの言葉に真剣さが帯びてゆく。口元に手を当て、自然と目まで瞑り、続ける。ちなみに聞いてるネロはあっけにとられている訳だが、彼女がそれに気づく気配はない。

「でも、全部が全部そうだったかっていうと、そういうワケじゃなかったんだよね。一説によると、SEEDが散布する素粒子に反応して起動してるみたい。だけど、同時に磁場の乱れも観測されるから、どうもそれだけじゃないと思うのよね。そもそもSEEDは三年前に一掃されたはずなのに、こうしてレリクスは起動してるワケでしょ。レリクス自体が何らかのプログラム管理である以上は、トリガーとなるものも、それに準じた…あ。」

 そこでエミリアはようやくハッとした。自分の悪い癖だ。目の前で聞いていたネロは、口が半開きになっている。まずい。またやってしまった。

 

「え…えぇっとー…」

 何と続けたらいいやら。エミリアがどもっていると、我に返ったらしいネロがやっとのことで口を開く。

「あー、詳しい、んだね?」

 その気遣いは心に痛い。顔から火が出るかと思った。

「じょ、常識!常識でしょ!?こんなの!傭兵なら誰だって、このくらい知ってて当然なの!!」

 思わず逆ギレしてしまう。声が部屋に響き渡る。何でこんな話したんだあたし。

「いい、今の説明は忘れて。どうせあたしが何言ったって、誰も信じてくれないんだし!」

 そうだ。あたしなんかの言葉が信じてもらえるはずがない。おっさんがそうだったように、世間知らずの戯言だって笑われる(クラウチの場合、笑ってすらいなかったが。)に決まってるのだ。それなのに夢中でべらべら喋ったりして、全くバカみたいだ。

 そう思っていたのに。

 

「あー、いや、疑ってる訳じゃないよ。いきなりだったからちょっと驚いちゃって。僕は信じる。」

「…へ?」

「だから。君が今説明してくれたこと、信じるよ。確かに、僕も少しレリクスを甘く見ていたかもしれないね。」

 耳を疑った。信じてくれる…?それはエミリアにとって、一大事だったのだ。

「でも、なんで…?あたしなんかの?」

「自分で喋っておいてそれはないと思うけど…まぁ、そうだね。実際こうして起動したレリクスに閉じこめられちゃってる訳だし。信じないのもおかしいかなって。説明も理にかなってるように聞こえる。それに…僕には否定できる『モノ』が無いから。」

 ここで、ネロは少し、悲しそうな、寂しそうな顔をしてすっと目をそらす。それがなんだか、エミリアは気になって、

「否定できるモノが無いって…どういうこと?」

 思わず聞き返す。

 するとネロは、その目をもう一度合わせて、

「うん。僕、記憶喪失なんだ。」

 


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