ファンタシースターポータブル オリジナルストーリーズ 作:きりの
「あのさ、おっさん。今日ぐらいカンベンしてよ。」
左右に開く扉を開けて入って来たのは、金髪、赤服の少女…というか、エミリアだった。
やたらダルそうに現れた少女が、ダルそうに口を開く。出会ったときと余りにテンションが違うので、見間違いではないかとネロは目をパチクリさせた。そういえば傭兵として軍事会社に登録はされてると言っていたような気がする。チェルシーとの会話で名前が出てきてまさかとは思ったが、ここだったのか。
「あたしがどういう状況だったか、知ってるでしょ?」
「知らねぇし、興味もねえからカンベンしねぇよ。」
どうにも元気の無いエミリアだが、クラウチは動じる様子もなく、ばっさり切り捨てる。やはり知り合いのようだ。…にしても僕の憶測が本当なら、クラウチはエミリアの上司になるんじゃ…とてもそうとは思えない態度だけど。なんだか親子みたいだ。
「それよりお前、客の前でそんなツラするんじゃねえ。」
「……えっ?」
クラウチの声が少し潜まる。エミリアもはっとしてネロに向き直り、
「あっ、は、はじめまして!……って、どこかで見たような?」
とぶっきらぼうに挨拶をし、顔を覗き込む。
「え……?えぇぇぇぇーっ!?あんたは……!!」
ネロに気付いたようだ。驚くのも無理はない。
「やぁ、エミリア。よかった…無事だったんだね。」
とりあえず再会の挨拶を。しかし、
「い……生き……てる?……なんで、生きっ……生きてるの!?なんで、おっさん!?」
…それどころではないようだ。
「勝手に
「ていうかおっさん、生きてるの知ってたんなら、教えてよ!」
エミリアが今度はしかめっ面になる。本当に表情が豊かな子だ、とネロは微笑ましい気持ちになる。
「でも、よかった……よかったぁ……あたしも気を失ってて、気がついてみればここにいたしさ……」
胸をなでおろしながら呟く。
「あそこで起こったことってぜんぶ、夢だったんだ……よかったぁ……」
「えっと、夢って…?」
「あー、いや、ごめん。あたし、変な夢見てたみたいでさ。てっきり、あんたは死んだんだと…」
夢……夢、か。それなら確かに死ぬワケはないが、果たして本当にそうなのだろうか…?僕達は同じ夢を見た、と、そういうことなのだろうか…?
ネロは疑問に思ったが、実際自分は生きているし、考えてもわからないので、そういうことにした。
ネロが考え込んでいると、今度はクラウチが、
「やっぱりお前ら知り合いだったんだな。」
と、なにやらにやにやしながら呟き始める。
「よーしよーし、狙い通り。エミリアも懐いているみたいだし好都合だ。」
「狙い通り?好都合?」
エミリアが疑問の声を上げる。しかしクラウチはそれを意に介さない。
「お前さん、フリーなんだろ?丁度いい、このままうちの会社に入っちまえ。」
「え!?」
「はぁ!?おっさん、急に何言ってんの!?」
予想外の提案にネロとエミリアが一斉に声を上げる。するとまずクラウチはエミリアに向け、
「お前とは話してねえよ、黙ってろ。」
またもやバシッと切り捨てる。反論できないエミリアが悔しそうに唸って静かになったのを確認すると、またネロに向き直って話し始める。
「うちは確かに小さな会社だが、お前みたいな経験者にはボーナスもはずむぜ?今なら、いないよりはマシ程度のパートナーもつけてやるよ。」
「へー、めずらしく太っ腹だねー。」
少し驚いた様子のエミリアが結局口を挟む。するとクラウチは呆れて、
「何他人事みたいな顔してんだ。お前のことに決まってんだろ。」
「ええっ!?」
「どうだ?試験もなしで、パートナーつきの仕事だ。わりと破格の条件だと思うぜ。」
会社に所属する。それは、記憶を失ってワケもわからず自分の腕っぷしだけで稼いできたネロにとって、無かった発想だった。悪い話では無いだろう。生活もひとまず、安定してくれそうだ。ならば断わる理由は無い。
「はい!僕でよければ是非!」
なんだか胸が躍るような感覚を覚える。クラウチもニヤっとして、
「よーし、決まりだな!よろしく頼むぜ!実はすでにお前用の部屋も用意してある。おい、エミリア。コイツを居住区に案内してやれ。パートナーなんだから、仲良くな。」
少々乱暴に言い付け、エミリアにカードキーのようなものを渡す。どうやらいよいよクラウチの言った「下心」とはこのことだったようだ。準備が良すぎる、とネロは心の中で苦笑いした。
するとエミリアはまたムッとして、
「ちょっとおっさん!パートナーとか勝手に決めるな!あたしの意見も聞いてよ!」
と異議を申し立てる。するとクラウチが今度は静かに威圧するように、
「……ほぉ、お前、それはつまり一人で働きたいってことか?」
と返す。ネロも会って間もないがそれは無理だと思った。エミリアにも自覚はあるようで、
「う……そういうわけじゃ……」
と弱腰になる。クラウチもイライラしたように、
「偉そうなクチは一人で稼げるようになってから叩け!おら、命令だぞ!返事は!」
と追い立てる。敗北を悟ったエミリアはしばし唸ると、
「はぁ……わかったよ。それじゃ、あたしは先に居住区の入口に行ってるから……」
と言い残し、トボトボこの事務所から出て行った。
「……ったく、返事ひとつマトモにできねぇのか、あいつは。」
「シャッチョサン、怖い顔するからネ。もっとやさしくしてあげるとイイヨー。」
見かねて口を挟んだのはチェルシーだ。ネロから見ても、確かに少しエミリアに対する当たりがきついように感じる。エミリアの態度に問題があるのもわかるが、これでは延々といがみ合うばかりだ。
「なんでロクに働きもしねえ社員に優しくしてやんなきゃいけねぇんだよ。」
「あの子も疲れてるんですよ。お気持ちはわかりますが、もう少し優しくしてあげてもいいんじゃないですか?大事な家族じゃないですか。」
ふて腐れてぼやくクラウチに、ネロもつい口を出す。文句は多いとは思うが、それにしてもかわいそうだと思う。それに家族、というのは記憶を失っているネロにしてみれば、憧れの響きだ。大きなお世話かもしれないが、大事にして欲しい。
そんな風に考えていたネロだったが、
「ハッ、とびきりの冗談だな、そりゃあ!」
クラウチが嘲笑するかのように一蹴する。
「勘違いしているようだから言っておくぞ。俺とエミリアは、家族でも何でもねえ。ただの上司と部下の関係だ。」
えっ、とネロは声を漏らす。確かにはっきり言われた訳ではなかったが、エミリアの態度を見て、てっきり親子か何かなのだと思っていたのだ。
「そんな、ツレナイネー。シャッチョサンは、あの子の保護者でもあるのに。」
「ツケのかわりに、お前ともども押し付けられただけじゃねえかよ。」
「お店がつぶれる直前まで来てくれたのシャッチョサンだけヨ~。ワタシとエミリア引き取ってくれて感謝感謝ネ。」
家族でこそ無いが、なんだかワケアリのようだった。と、話が脱線しつつあることに気付いたクラウチが、
「あー、話がすすまねえな。ともかく、俺とエミリアは家族なんかじゃねえ。だが、書類上、俺はエミリアの保護者ということになっちまってるってわけだ。」
めんどくさそうにまとめに入る。
「そうでなければ、ロクに働きもしねえうるさいだけのガキなんてとっくに放り出してる。」
「仕方ないヨー。最初は誰でもわからない事だらけヨ。」
「そこでだ。お前さんの第一の仕事はエミリアのお
「……お
ネロはなんとなく話が見えて来た。
「タダ飯喰らいじゃなくなる程度に使えるようにしてやってくれ。それでいい。後は好きにしてくれ。」
……これか。これが下心の正体か。エミリアが「懐いている」ことを気にしていたのはそういうことだったのだ。つまり、「働かないけど、放り出せない事情のある社員の世話」を押し付ける相手を探していた、と。……これはまた、手強そうだ。斬れば済む分、
そうは言っても、別にネロはエミリアが嫌いな訳ではないし、それでここにいられるなら断る理由もないのだった。だから、
「わかりました。なんとかやってみます。」
「おう。じゃあ、あとは頼んだぜ。」
ネロが承諾する返事をすると、クラウチはまた自分のデスクに戻っていった。見届けたチェルシーが静かに話し始める。
「シャッチョサンはああいうけど、エミリアはいい子ヨ。」
「……ええ、わかってるつもりです。」
「仲良くしてもらえると、ワタシもウレシイ。あの子もウレシイ。みんなウレシイ。」
なんだか夢を見るような口調だ。そしてネロは、ふと巨大
「もちろんです。約束しますよ、チェルシーさん。」
「フフ…チェルシーでいいわヨ~。…さ、さ、お客サン。エミリアは居住区の入口でお待ちヨー。レディを待たせちゃいけないネー。」
「…っと、そうでしたね。……チェルシー。」
にんまりするチェルシー。なんだか少し照れくさいネロだった。
「ところで、居住区の入口というのは…」
「事務所を出ればわかるわヨ。広間の左手ネ!」
ネロの肩をポンポンと叩いて自分のデスクに戻るチェルシー。ネロも礼を言って出ようとすると、
「あーっと、ちょっと待て。ネロ、お前だ。」
クラウチが自分のデスクから話しかけて来る。なんだろう?と軽く返事をして向かうネロ。
「なんでしょうか?」
「パートナーカードだけ登録させてくれ。社員登録すんのに必要でよ。ついでに、俺と交換してくれ。」
クラウチが持っていた携帯を差しだしてくる。ネロは困惑した。
パートナーカードとは、身分証のようなものだ。誰もが個人IDに紐づけて持つことができ、名前と連絡先を載せて名刺のように交換することもできる(パーソナルカードではなくパートナーカードという名前なのは、ヒトとの繋がりを円滑にする目的があったからとかなんとか)。データとして管理されていて、携帯に入れて持ち歩くのが一般的だ。この半年間、幾度となく要求されたりしたもので、ネロの記憶にも新しい。クラウチの要求もわかる。が、これもまたネロが抱える問題の一つで、
「えっと、実は持ってないんです、パートナーカード。」
「は?持ってない?何言ってんだ、お前。」
眉根を寄せるクラウチ。しかし、数秒の後、ハッとして、
「そういやお前、身元の確認がとれねぇって話だったな。妙だとは思ったが……どういうことなんだ?」
それはこっちが聞きたいところなのだが、さて、どう説明したものか。
「どうして持っていないのかは、わかりません。実は僕、記憶喪失で…半年ほど前より以前の記憶が無いんです。目が覚めた時には、自分が誰かもわからなくなっていて、持ち物も
「記憶喪失…ったって、名前は覚えてんじゃねぇか。」
「つけてもらったんです。その時助けて頂いたヒトに。本当の名前は…わかりません。」
するとクラウチは、しばらく腕を組んだまま黙り込んだ後、
「そうか……わかった。一旦こっちでなんとかしよう。」
「なんとかって…大丈夫なんですか?」
「おう。」
「……わかりました。ありがとうございます。」
「気にすんな。それよりお前……いや、なんでもねぇ。エミリアんとこへ行ってやれ。」
そう言ってクラウチはまたデスクに向かう。ネロも軽く声をかけて、エミリアのところへ向かうことにした。
事務所を出たところは五角形の広間になっていて、それぞれの辺の位置に扉、といった格好だ。白を基調とした洗練されたデザインで、扉にはそれぞれ別の色がついている。中央には巨大な転移装置らしきものが設置され、多くのヒトが出たり入ったりしている。そこからそれぞれの扉に向けて床に大きな矢印があり、施設への案内が記されている。内一つ、丁度ネロに向けて描かれている矢印には『リトルウイング事務所』と記されているのが見える。さて。
「えーっと、居住区はっと……」
……見つけた。丁度左隣りに当たる扉に向いた矢印に『居住区』とある。そしてその扉の前にあくびをしている赤いセーラー服を見つけて小走りに向かう。
「お待たせ、エミリア。」
「……あ、やっと来た!ちょっと、遅いよ!!ちゃっちゃと終わらせて、あたしは眠りたいんだから早く来てよね!」
「ごめんごめん、ちょっと長引いちゃって。」
やたら不機嫌なエミリアにやれやれと謝るネロ。まぁ、待たせたのは事実だ。
居住区を表す緑色の扉の先は、落ち着いた雰囲気の小さなロビーになっていた。橙の優しい光源や、木目のある壁がどことなくレトロな雰囲気を醸し出す。奥に扉が四つあり、それぞれA~Dとアルファベットが振られている。自販機なんかもあるが、眠たげなエミリアは見向きもしない。
「エミリアもここに住んでるの?」
「おっさんと相部屋で、ね。」
苦虫を嚙み潰したような顔で答えるエミリア。やはりよっぽど嫌いなのだろうか。
「保護者、なんだってね。クラウチさん。」
「ほんっとサイアク!グラールには何億ってヒトがいるってのに、どうしてよりよって
……うーん、これは強敵だな…とネロは『お
「入って起動して。あたしも後から追いかけるから。」
言われた通りにすると、ふわっとした、まるでへその辺りから宙に浮くような不思議な感覚の後、目の前の景色がスッと変わる。落ち着いた雰囲気のレトロなロビーは、これまた雰囲気の似た長い廊下になっていた。もちろん、景色が変わったのではなく、ネロが
「到着!ここが居住区!一部だけどね。……さて、あんたの部屋はっと……あった!」
クラウチに渡されたカードキーに目をやりながら、金で『C-7』と刻まれた扉の前で立ち止まる。簡素な装飾の施されたスライド扉。果たして新米の自分に割り当てられた部屋はどんなものか、とネロが唾を飲んでいる横で、そそくさとエミリアがカードキーを通して扉を開いてしまった。
しばらく使われていなかったような香りのする部屋だった。この居住区の雰囲気は、どうやら先ほどから目にしてきたレトロなもので統一されているようで、優しい灯りと木の香りが(もちろん、木造ではないと思うが。)心地いい。大きな円を二つくっつけたような形で、手前側がリビング、奥が寝室となっているようだ。それぞれ二人は生活できるような広さになっており、一人部屋にしてはかなり広く感じる。……一体これはどういう待遇なのだろう、とネロは返って不安になって来た。
「これ、本当に僕の部屋…?いいのかな……」
「あたしが聞きたいよー!まったく、いきなり一人部屋なんてずるいったら……じゃ、使い方の説明、しとくねー。」
若干ふて腐れながらも、そういうところはきちんとしてくれるようだ。
「まぁ、こんなところかな?」
「すごいね…なんでも揃ってるんだ……」
それはネロの正直な感想だった。広さだけではなかったのだ。台所用品や冷蔵庫、バスルーム、トイレ、ベッド等はもちろんのこと、全自動掃除機や洗濯機にパソコンなんかもある。さらに台所では美味しいコーヒーが淹れられるし、寝室には宇宙が一望できる大きな窓まである。何の準備も無く快適な生活を始められそうだ。
「あとはテキトーに使ってみるといいよ。その間、あたしは休んでるからさ。」
「うん。ありがとう!エミリア!」
「……ふぁーぁっ……やば……ホントに眠くなってきた……」
よーし!まずはコーヒーでも……と勢いづくネロ。だったのだが、ふと気づく。
……誰かさん、休むとか眠いとか仰ってませんでしたか?
嫌な予感と共に振り返ると、そこにはベッドに横になるエミリアの姿が。もちろんそれ自体は問題ではない。ベッドとは、横になるために、寝るためにあるのだ。
しかし、それが男の自分が寝るベッドであった場合、どうだろう。というか、なんだってこの子はこんなに無防備なのだ。
「エミリアさん!?一体それは何をしやがっておられるのでありませられるか!?」
意味不明な言語を口走る。心臓は倍速で活動中だ。しかしエミリアは動じる様子もなく、
「んにゃ………プリン…ふふ…」
「プリン!??ぷりん!!???」
落ち着け
「さ~~~~~ってと!」
ネロは全力で目を背けると、一目散に入口の扉を目指す。今日はよく変な夢を見るなぁ!!そういえばまだ社内をきちんと見てないしぐるっと回って頭を冷やそうそうしよう!などとあれこれ思案しながら扉に手をかけ、
「……待って。」
それは、背後からの声だった。静かで、落ち着き払った声。エミリアのものとは似つかない。ネロの足が、手が止まる。当然だが、この部屋にはネロとエミリアしかいないはずなのだ。ならば、それなら、だとすれば、この声は……?
ゆっくり、ネロは振り向いた。
思えば、これが、これこそが、本当の始まりだったのかもしれない。