ファンタシースターポータブル オリジナルストーリーズ   作:きりの

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7話 悪夢

 振り返ったネロの視界は、つい先ほどと何も変わりはなく、やはりエミリアが寝ているだけだった。

「……誰?…………エミリ、ア?」

 ネロが部屋へ向け、静かに問う。幽霊など信じてはいないが、思わず身構えてしまう。否、やはりエミリアの声だったのだろうか?

 

「ここでなら……二人で話が出来そうだから……」

 ネロが飛び上がる。先ほど自分を呼び止めたのと同じ声。やはりエミリアのものではない。だが目を向けたことで情報が一つ増えた。口こそ動いていなかったが、エミリアから聞こえてきたのだ。ネロは左肩の長剣(ソード)が収納してあるナノトランサーに手をかけ、またベッドへ向けゆっくりと歩を進める。

「話……って、何?あなたは誰……?」

 そしてベッドの側まで来ると、奇妙な事象に気がついた。エミリアから光が漏れている。漏れている、が正しいと思う。粒のような光がエミリアの体のいたるところからスゥッと現れるのだ。謎の光景を前にネロは恐る恐る手を伸ばしてみた。そして、

 

 あっ、と手を引っ込めた。

 漏れていた光の粒が突如集まり始めたのだ。はっきりとした一つの形を目指して。やがてそれは、ネロ自身とさほど変わらないほど大きな円を描き、縦に伸び、そして具体的な輪郭がつくられてゆく。

 そうして集まっていく光から現れたのは女性だった。腰まであるブロンドの髪が美しく、色白の肌も良く映える。美形の顔立ちに抜群のスタイル、そしてそれを強調するかのような、金のドレス。きらびやかだが決してはしたなくない、そんな雰囲気は、エミリアには無い大人のそれである。知的で美人な大人の女性。ネロも思わずポカンと口を開けて見とれてしまう。が、我に返ってみれば、それが実体でないのがわかる。宙に浮かぶその体は、エミリアから映し出された立体映像(ホログラム)であるかのようだ。……もしかして僕、本当に夢でも見ているのでしょうか。

 

「私はミカ。訳あって、この子に宿る意識のみの存在です。この姿も、状態も、すでに失われた古の技術によるもの。」

 女性がゆっくりと語り始める。『失われた古の技術』という言葉が、ネロに先のレリクスを思い浮かばせる。一度唾を飲み込み、ネロも口を開く。

「意識、のみ……?古の技術、というのは…旧文明の……?」

「こちらではそう呼ばれているようですね。ですから、あなた方の言葉で言えば、私は『旧文明人』となります。途方もない過去に、この星を生きていた原初の文明を持ちうる人類。それが、私達でした。」

 ……旧文明。記憶喪失であるネロにはそれに関する大した知識もないが、どうやらその技術は、おおよそ今のものより優れていた、と聞いたことがある。故に研究が盛んなのだと。遺跡たる先のレリクスの調査も、その研究の為であったはずだ。その技術をもってすれば、意識のみを他人に宿すことが可能、ということだろうか?信じがたい話ではある……が、信じなければ目の前で起こっていることが説明できない。判断を保留したネロは、気になるもう一つの点を質問してみることにした。

 

「……エミリアは?一体、どうなっているんです…?」

「疲れていたのでしょうね。今は浅い睡眠状態にあります。心配せずとも、すぐに目を覚ましますよ。」

「睡眠状態……眠っているだけだと?」

 ミカがこくりと頷く。

「私はエミリアが安らいでいるほんの僅かな時間だけ、この身体をお借りしているだけです。」

 とりあえず、エミリアは無事ということでいいのだろうか。……信じても、いいのだろうか。するとミカは、一度息を吸い、

 

「この、些細な時間で構いません……どうか、私の話を聞いてください。」

 静かでありながら、その言葉に力が籠る。全てがいきなり過ぎて、しかしだからこそ、返って信用できるとネロは思った。彼女には見ず知らずの自分に必死に訴えるだけの理由があるのだ。ゆっくり頷いてみせた。

「ありがとうございます……この時代の背景などは、エミリアの記憶から把握させてもらいました。三年前、グラール太陽系を襲った危機。……『SEED(シード)』の襲来。それは、私達の時代にも起こったことなのです。」

『SEED』。三年前、外宇宙から飛来したという、謎の生命体。ウイルスのようなものを想像してもらえればいい。その被害は三惑星全土に及び、封印から三年経った今でも、爪痕が残っている。もちろんネロには一切記憶に無いが、それでも半年も生きていれば嫌でも耳に入ってくる。トラウマを抱えている者も少なくない。彼女達旧文明人も、それを経験している、ということだろうか。

「遥か昔、旧文明(私達の文明)が栄えていた時代。私達は、突如襲来したSEEDにより滅亡の危機へと陥りました。長い長い戦い―――私達はついにSEEDの元凶の封印に成功しました。しかし、その頃にはすでに、三惑星の大地はSEEDに汚染されており、回復は不可能な状態でした。」

 そこでミカはまた一度息をゆっくり吸う。

「……そして、旧文明人(わたしたち)の肉体もまた同じようにSEEDに汚染されていたのです。」

 ミカの顔が曇る。どうやらそれは、彼女の心にも傷を負わせているらしい。

「このままでは、星も人も滅亡するのは時間の問題でした。……そこで旧文明人は、賭けに出ました。大いなる時を越える『復活計画』を……実行に移したのです。」

 語られる言葉は悲痛で、しかしそれだけではない、とネロは感じていた。語ることも憚られる何か…許されない何かを吐き出す苦しみが、その表情にはあった。

「まず、SEEDに対する強力な浄化を、このグラール全てに対して行い、三惑星をよみがえらせ……次に、新たな『ヒト』の素体を造りあげ、それを大地に放ちました。そして、旧文明人は……汚染された自らの肉体を棄て、精神だけの存在となり、永い眠りについたのです。」

「素体を造る……精神だけの存在となる……って、まさか!」

「そう……新たに造り出した『ヒト』が、高度な文明を築き上げたとき、『その身体を奪い、復活する』ためです。」

「それが……『復活計画』。」

「計画は実行に移され、創り出された『ヒト』たちは、高度な発展を遂げていきました。旧文明人の精神が眠る場所への……繋げてはならない道を開くことができてしまうほどに……」

 とんでもない話を聞いている、とネロは思った。彼女の話が本当なら、今を生きる僕達は…

「……もう、お分かりだと思います。旧文明人によって生み出されたヒトとは、『ヒューマン』のこと。今、このグラールは……旧文明人の生み出した罠に狙われているのです。」

「僕達の体が……旧文明の人達に奪われようとしている…?」

「突拍子もない話、とお思いでしょう。ですが、いずれも事実なのです。……どうか、この忌まわしい計画を阻止するために、手を貸していただけないでしょうか?」

 信じなければ、ミカの存在に辻褄が合わない。そんなことはわかっているが、やはりどうにも現実離れしていて信じることができない。大体旧文明のことはよくわからないし、いまいちピンと来ないのだ。……しかし、本当だとすれば大変なことになってしまう。

 

「……エミリアは、このことを?」

「この子は……心を閉ざしきっていて、私の声を認識してくれないのです。」

「……なぜ、僕にこの話を?そもそもなぜ、同じ旧文明人のあなたが、計画を阻止しようとするんです?」

「私は現代への回帰を望んではいません。私達は、滅ぶべくして滅んだ。世界は次の世代に任せるべきなのです。……それに、貴方にとっては、すでに私の存在は他人事ではないのです。」

「僕にとって、あなたのことは無関係ではない、と?」

「なぜ、縁のないはずの私と貴方が、話すことができるのでしょうか……?そして、あのレリクスで自立起動兵器に襲われたのは、本当に夢だったのでしょうか……?……貴方は、生きているのでしょうか?」

 ネロはハッとして、耳を疑う。

「あれは夢じゃない……?」

「……はい。貴方の肉体は、自立起動兵器に砕かれ、一度は完全なる死を迎えました。そのとき、エミリアの強い願いによって発現した私のプログラムが、貴方の身体を再構築しているのです。こうして話している、今も……」

 ネロは頭が真っ白になった。確かに、夢であるとするのには疑問を持っていた。しかし、実際に死んでいたと告げられると簡単に飲み込めるものではなかったのだ。

 と、静かに寝息を立てていたエミリアが、もぞもぞと動きながら欠伸を始めた。

「そろそろこの子が目を覚まします。詳しくはまたいずれ……」

 そう言い残すと、ミカはまた光に消え、エミリアの中に戻って行った。申し合わせたかのように、エミリアがむっくり起き上がる。

 

「……ふぁ、ぁっ。んー……ちょっと寝ちゃった、かな?」

 エミリアと目が合う。パチクリするエミリア。しばしの沈黙。

「………あのさ、なんでこっち見つめてるの?」

 あれ?…今の僕って危ないヒト?……何て説明すれば!?宿ってる旧文明人と話してたって?それは大変だ。医者でも紹介されてしまうだろう。

「……えーっと、寝顔を…ミテマシタ?」

 っていや!だからそれがマズいんでしょ何言ってんの僕!?

「ちょっ……!寝てるのに気付いてたんなら起こしてよ!」

 あー、恥ずかし……と、エミリアが微妙に赤くなりながらやや俯く。……あれ?これってセーフ?ネロは適当に誤魔化して、その場を収めることにしたのだった。

 

「それじゃ、次はマイシップの説明かな」

 そう言われてエミリアに連れてこられたのは、五角形の広場(エントランスホールというらしい)の中央転移装置から来れる大きなターミナルだった。様々な宇宙船が行き来し、様々なヒト達がごった返す物々しい雰囲気に、ネロも少し圧倒される。

「……マイシップって?」

「社員に支給される小型の宇宙船のこと。たまーに自分で用意しちゃうヒトもいるみたいだけど。それ使って、このコロニーから任地へ向かうの。えーっと、あんたのはっと……あった、あった。」

 エミリアが駆け寄ったのは、どちらかというと戦闘機を思わせるような、白い機体だった。宇宙船としては確かに小型だが、周囲のものに引けを取らない程度の大きさはある。部屋のことといい、新入社員の僕に渡すにしては立派すぎるのでは。

「これが、僕の……?」

「うん。ヴィート・R927。旧型だけど、結構いいヤツだよ。」

「ビ、ビート?」

「番号は合ってるし、間違いないっしょ。とりあえず入ってみよ?」

 連れられるがままに入ってみると、中は操縦席と様々な端末、モニターのある意外と広い部屋になっていた。

「ちょっと古いって聞いてたけど、結構ちゃんとしてるじゃん。」

「操縦って誰がするの?」

「あんたに決まってんじゃん?まぁ、ほぼオートみたいだから、心配しなくていいと思うけど。はい、マニュアル。」

 そんな適当な!?なんて悲鳴を上げるネロに厚めのマニュアルを渡すと、エミリアが簡単な説明を始める。諸々の機器の操作や、通信のかけ方、地図の見方に食料についてなどなど。ひと眠りして元気になったのか、エミリアはテキパキと説明していくが、いまいちネロは身が入らないでいた。連れられている間もずっとそうだったが、先ほど部屋で聞かされたぶっとんだ話が頭を占めているのだ。馬鹿げている、と思う。しかし、ミカの存在を疑うとレリクスでのことが説明がつかない。夢ではどうにも納得がいかないのだ。そして話の方を疑おうとすれば、嘘だとするならなぜそんな嘘を?しかも僕に?一体どんな意図で?それに何より、脳裏に焼きつくあの言葉。『この忌まわしい計画を阻止するために、手を貸していただけないでしょうか?』それは—―――

「ねぇ、聞いてる?」

 ネロがハッと我に返り、飛び上がる。

「もー、わざわざあんたのために説明してるんだよ?退屈なのは、わかるけどさー。」

「あー、いや、そんなつもりじゃ…」

「そういえば、あんたの部屋出てから何か上の空だよねー。何かあったの?」

 ……どう、する?話しておく、か……?でも、なんて言えば……

 すると、エミリアが急に赤くなって、

「もしかして、あたしが寝てる間に何かした!?」

「してないよ!!それとは関係ないったら!!!」

「……じゃあ、何なの?」

 じとーっとネロを見るエミリア。仕方、ないか。ネロが慎重に言葉を選び、口を開く。

「えー……っと、ミカってヒト、知ってる?」

「誰よそれ?」

「旧文明のヒト、なんだけど……名前だけでも、ほら、わかったりしない?」

「大昔に滅んだヒトの事なんて知らないよ。なんか、すごいヒトなの?」

 余りの手応えの無さに唸るネロ。さて、どうしたものか。

「その、旧文明のヒトが、君に宿ってるって言ったら……どうする?」

「そんなわけないじゃん。それならなんであたしが気付かないのよ。」

「けど……見たんだよ。君から…「あー、もー。ヘンな出来事はあたしとあんたのレリクス体験記だけでじゅうぶーん!」

 不愉快そうに話を遮るエミリア。感じることすらできないものが、まして自分に宿ってるなんて、確かに信じられないだろう。

「きっとアレもソレも全部夢よ、夢!レリクスでのことを思い出すぐらいなら、仕事をしたほうが百倍マシ!」

 夢。やはりエミリアはそれで納得しようとしているのか。それはもちろん、ネロだってそれで済むならそうしたいところだが。しかし。

「はー……それにしても、今日はいろいろなことが一気にありすぎて、疲れたぁ。」

 ……今は旗色が悪そうだ。確かに疲れたのも無理はないと思うし、ネロは一度手を引くことにした。

「はじめての仕事でしょ?いきなり事件に巻き込まれちゃうし、ヘンな夢は見るし……」

 それも夢ではなかった。……実は自分は本当に死んでしまっていた。改めて思い返して、なんだかネロも溜め息をつきたくなってきた。当然エミリアには伝えることもできない。

「……ううん。細かいことはいいや。」

「エミリア……?」

「とにかく、あたしもあんたも無事だった、ってことが重要だもんね。」

 エミリアが微かに笑みを浮かべて言う。そうだ、事実はどうあれ結果的に二人とも無事で脱出できたのだ。それも事実だ。……今はそれでいいか。ネロも少し、救われる思いで笑みを返した。すると、

「……で、さ。あの、あのときのことなんだけど……えっと、ええっとぉ……なんて言えばいいのかな。」

 急にどもるエミリア。ネロも首を傾げる。

「その……あんたがいなかったらあたしはきっと、レリクスの中にずっと取り残されていたと思う。それに、何よりもあたしの言うこと、信じてくれたし……まあ、あれは夢だけどさ。」

 でも、夢でも嬉しかった、と笑顔のエミリア。なんだか要領を得ない、とネロがきょとんとしていると、

「……ちょっと、そんな顔しないでよ。言ってるあたしも恥ずかしいんだから……」

「え?…いや、だって何のことやら…「だめだめ、ストーップ!あたしの話ばっかりでずるいから、あんたのこともいろいろ教えてよ!」

「そんな、自分で勝手に話し始めたんじゃ……」

「なんてったって、あたしたちは『パートナー』なんだからね!」

 どうにも自分勝手だ。しかし『パートナー』という響きはなんだかくすぐったくて、ネロも自然と笑みがこぼれるのだった。

 




後書き

はじめまして。きりのと申します。読んで頂きありがとうございました。
活動報告なるもので色々喋ったりしてたのですが、あっちは意外と読んで頂けないようで、今回どうしても御挨拶させて頂きたく、後書きの方に登場した次第にございます。初めての小説になりますので、お読み苦しい点も多々あったかとは思いますが、ここまで本当にありがとうございました。

後書きと言いましても完結した訳ではございません。強いて言うなら、第一章の後書きになります。次回から、第二章に入っていきます。節目になりますので、こういった場を設けさせて頂いたという意図もございます。

さて、『ファンタシースターポータブルオリジナルストーリーズ』と銘打って始めたものではありますが、原作をプレイされた方ならお気づきかとは思いますが、どちらかというとノベライズに近いものになっております。それもファンタポ『2』の。この辺の意図は後々お分かりいただけるのではないかと思いますので、今深く言及するのはやめておきます。今はただ、そういうものだと。

もちろん既プレイの方にも楽しんでいただけるものになる予定ではありますが、もし未プレイでご覧頂いている方がいらっしゃれば、ぜひぜひそのままご覧頂きたいと思います。ただ、そうですね。サブタイトルにして4話と5話の間に、オープニングムービーが入ります。某動画サイト等で検索(ファンタシースターポータブル2 オープニング等)頂ければ出て来るかと思いますので、そちらをご覧頂きますと、より世界観に入り込めるかもしれません。曲名は『Living Universe』です。

原作の仕様上、プレイヤーキャラクターはオリジナルキャラクターになります。私の物語におきましては、ネロ・ボーラン君にお願いしております。CVは、櫻井孝宏さんをイメージしております。ちょっと強くし過ぎたかもしれませんが、後々困ってしまいますので仕方なく。スヴァルティアが2体必要になってしまいました(苦笑)。今後の彼の活躍にもご期待頂ければと思います。

最後に数々の閲覧、お気に入り登録等ありがとうございます。感想やメッセージ等も励みになりますのでぜひぜひお寄せください。

それでは、次回、第二章でお会いしましょう。

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