人は死ぬ。生き物も死ぬ。そこに違いはなく結果的に死に至る。過程は違えど、妖怪も物の怪も死という概念がそこにあるのだ。それは神様だろうと違いはないのだろう。
だからこそ生命のあり方、形。サークルについて聞いたことはあるだろうか。
とある一説の命の物語をあげてみよう。
草がそこに生えていた。それを虫は喰む。草を喰んだ虫は蛙に飲まれた。虫を飲み込んだ蛙は体に違和感を感じる。次に食べられたのは蛙だった。蛙の体を背後から丸呑みにする蛇は空から不意に現れた鷹の餌食となるのだ。捕食者の鷹の翼は空を仰ぎどこまでも飛んでいくと鳴り響く銃声の音が渡る。人は銃で鷹を撃ち、その体を持って喰らい生きる糧とする。だが、人はいずれ土へと還り、そこに新たな草が生まれた。
短く纏めるのならば、それは食物連鎖のようなものだ。
どんな生き物も生きる為に何かを食らうが、それは同時に自分も何かに食われたり、死したことによって生まれる命があるということ。この鎖で繋がれた形は永遠に斬られることのない形だと。
これは妖怪、人、神ですら繋がれる。
妖怪は人の恐怖を糧として生まれ、そして文字通り恐怖によって腹を満たす。対に神は人々の信仰、宗教心を得て心を満たす。
だがこうなると人は何を食したというのか。
感情を食したのだ。
妖怪の行動への恐怖を噛み締め、神の偉大さに心を安らげ心を満たす。
そして、その妖怪も神も殺すことが、死へと還すことができるのも人間だ。生の息吹を吹き込むのも人間だ。そう考えると人は偉大である。ただの
だからだというのか。人の命は短すぎる。この時代に生きられる人々の最高年齢は生きれて三十だろう。いや、普通ならもっと少ない。ならばこの時代の、軽すぎる魂の重さが積み重ねた文化、次の世代へと繋げる記憶を人類は無意識ながらも広げていく。
さて、こうして広がるも逃げられない円状の形を我々はどう受け入れるのか。そういう物として感じるのか、ならばせめてもの自分の人生に残すものを見出すのか。また、そこに生み出した感情の数々に苦しむ人間たちをみてどう思うのかそうした事に頭を悩ます者が多いなら神様はなんと声をかけるのだろう。
『自分で決めろ』
そう言うに違いない。
壱
死んだ。
そう自分が知るにはそう時間がかからなかった。意識が途切れて体の感覚が無くなっていったあの絶望感は二度と体験したくないもの。
体はメラメラと燃えていき拷問のように長い間の苦痛。時間が経てば経つほど火は広がっていき全てを焼き尽くそうと灰へと変える。美しかった白色は薄汚れた黒に近い吉岡染に変えてしまった。永琳が美しいと褒めた白銀の色をもう連想できないほどにあの頃に比べて汚らしい。
それに、全ての人間が月へと向かってしまったのが一番痛い。なるほど、老婆の言葉の意味がわかった。
妖怪も神も人がいてこその存在。今の白蛇には恐怖も安堵も得る事ができない。人々の幸せも絶望もこの世に存在しないのだ。だからこそ彼は絶望した。人の力がこれ程までに恋しいなんて。人の力がこれ程までに辛いなんて。
そんな考えても仕方がない事を堂々巡りさせていく。せめて死ぬなら美しくありたかった。あの頃の私様のように気高く、高嶺の花なんて言葉が似合いそうな、花が散るその瞬間のように散りたかった。儚ければ綺麗でもない、潔くなければ誠実でもない。
だからこそ、この死に方が最も彼にとって屈辱的で絶望的だったのだ。
もうじき、私様という存在はこの世から消えて失せる。
そして、命の輪廻に加わる為に死後の世界で長い時間をかけて新たに転生するのだろう。次こそ美しく死に、美しい誕生を迎えよう。
そんな事ばかり考えているときだ。
「あ………あ………」
私様は目を覚ましてしまった。
一体なぜ目を覚ましたのか。まるで理解ができず狂いそうだった。
転生した訳ではない。なぜなら体は白と認識できないほどに汚れきった鱗の姿だったからだ。燃えた後だからか未だ痛い感覚があるような気がする。未だ苦しい気もする。
これは輪廻転生と呼ばれるものの類だろうか。記憶を引き継ぎ、命を得る。
あの世に還った魂がそのまま白蛇に還ってきたようで。ならば、ならばなんて恨めしい事をしてくれたのだろうか。こんな惨めならば、いっそ死んで新たな生を受けたかったというのに。新たな人生を過ごしたかったというのに。もし、神様がいたならば私は許せないだろう。
「あっ……」
違った。いま、この地にいる神様は私様しかいない。命を繋いでしまったのが、不幸にも不覚にも息を返したならそれはなんとも皮肉な話だと思う。
弐
人が生まれた。それはつまり妖怪が生まれたということ。神が新たに目覚めたということ。
そうすると白蛇にも希望が湧いてきた。今から信仰を集め直せばこの体は元の姿へと戻すかもしれないと。だが何十年と過ぎた。そして思い直す。ここには私様の信者など存在しなかった。ならば体が戻るはずなんてないのだ。当たり前だ。私様は過去の神様であり、今のこの地には別の神様がいる。どれだけ善良なことをしようと、どれだけ人々を救おうと、それは妖怪の気まぐれでしかいと思われる。
私様は、いや私は完全なる神になり損ねたのだ。未熟なまま死んだが故に信仰が集まらなければ、安堵も安心もある意味毒でしかない。この時間が全て無駄だと分かって、この感情は毒を飲み込んだような虚無感が襲ってくる。
私の今の栄養は人々の恐怖でしか補えない。
ならば、変わってみよう。心象一変。私はただの薄汚い妖怪へと変わろう。それこそが、生きる糧なのだから。
また何十年と過ぎた。時とは早いものだと感慨深くなる。
私の体は色を戻すことはなかった。むしろ人々に恐怖を与えてしまったからか黒く不気味に蠢くような鱗模様になってしまった。この色はあまりにも自分には似合わない。
そう思って得た妖力で私は人の姿へと化けることにした。
顔は手は出来る限り美しく。人が最初に目に写すところは全て綺麗に創り上げた。だが、体はその分汚れていた。染みのように、癌のように黒ずんだものが身体中に浮かび、背中には在ろうことか
それでも、私は満足できた。してしまった。ああ、あの蛇よりかは美しいと。
どうやら、時代の妖怪は在り方を変えてしまったようだ。妖怪はただ人々の恐怖を得れば生きられるのに、手っ取り早いと人を食ってしまうものが多くなっているだとか。だからか、人々の警戒心は上がり妖怪を殺す専門家なんて者も現れようとしているらしい。それほどまでに妖怪は人々に恐怖を植えてしまったのだ。
だからこそ、私は今の姿を取ることに決定した。見た目だけの人間に。自分の姿を隠すように生きるのはなんとも悔しい話だが時代がそういう時代なのだ。仕方がない。ただ息苦しいとは思ってしまう。
今は村人を装って暮らしている。そうしている時耳したのだがここにはミシャクジ様がいるらしい。神社もなかなかに立派なもの。それと今の信仰対象はその神だ。本来ならば、私が核などにやられなければ私があの場所にいたのだろう。いや、やめておこう。惨めになる。
そうして惨めになって思う。私がその神社を乗っ取ってしまおうと。ああ、なんたることか。こうした考えまで邪悪な妖怪染みてきたではないか。でも一度そう思うと足は神社へと向かったのだ。
それまでの道並みをみてこの村の平和さを実感した。争いごとはなく、子供が無邪気にも騒ぎ立てる。それに弱い火で炙られてるように不快感を持ってしまった。いや、騒ぐ子供が苦手なだけかもしれない。
あの八意永琳という小さき少女が頭をよぎるからだ。永琳は決して騒がしい子供ではない。物静かで気品溢れる淑女のそれ。だからこそ私は好感を持つと同時に勿体無いと日々感じていた。
何度も、それは虚しいように無き少女を頭に入れては消していく。さて、彼女は元気なのか。もし元気ならばそれだけで救われる気がする。
そんなことを耽り歩いていると神社へと到着する。近くでは燥ぐ元気な子供達が太陽のように見えた。
心が、燃えそうだ。
「いたっ」
そんな光景を見ていると燥ぐ子供の中で少女が転んだ。最初は噛み締め我慢するようにしていたが、ついにはボロボロと涙を流し号泣してしまった。
だからどうした、ほかっておけばいい。なのに、どうして足は泣く少女の元に向かうのか。
「大丈夫かい?」
私は気付いたら少女へと手を伸ばしていた。近くまで寄っただけで全身が燃えるような痛みを発する。本当の太陽に手を伸ばしているように。苦しいだけだ。痛いだけだ。その手を引け。そう心で訴えかけるが手は引かない。
少女はこちらへ手を伸ばす。その瞬間恐怖を感じるように体が拒否反応を起こす。不快感を得る。それでも。
「ありがと」
ニコリと微笑み、手を握ってくれた彼女を見て私は。
「どうてことないさ。ほら、おまじないをかけてあげよう。………もう痛くないだろう?」
「うん!」
どうしてここまで心地よく感じたのだろうか。
参
少女は笑顔でありがとうと言うと、また子供達の輪へと向かっていった。
私はというと今起こった光景が信じられなかった。
体が壊れた。
握ってくれた手が崩壊していった。泥人形が落とされて崩れたように私の手が腕がパラパラと崩れていった。
力の使いすぎか?だが先ほど少女に与えた力は微々たるもの。この場しのぎの力だったのに。これほどまでに体に影響を与えるとは思いもしない。
一体これは…………
「崩壊だね」
「なんだって?」
隣に金髪の女の子がいた。
一体いつの間に、そんな疑問もあるがそれより彼女の言葉が気になった。
「崩壊だよ。そのまんまだけどね。悪で作った体なら反対の善は逆に壊すもの。でもこれって相当な純粋悪な妖怪でしか起こさないはずなのに不思議だよ」
「ふっふ、なるほどね。私はついに悪の根源になるまで惨めになって卑屈になっていたっていうのかい」
彼女の言葉が本当ならそれほどまでにこの世が嫌いになってしまっていたらしい。
その理不尽さに、辛くなって反発行動を起こしたという。
「でもさっきの行動を見てると純粋な悪には見えない。あんた、何者だい?」
「んー、そうだね。最古の神を目指して地ベタまで落ちた不幸な妖怪さんとでも思うといいさ」
「ふーん」
私の言葉に彼女はさほどの驚きは見えない。私みないな奴は何人もいるのだろうか。
神様を目指してなり損なったやつは。ならば私も有象無象の一つだと思うとつまらなくなったと自覚する。
「それで、なんで来たの。不幸な妖怪さんにはここはなかなかにに辛い場所だと思うけど」
「そうなのかい?別にさして苦にもならないが」
「それはおかしいね。さっきも説明した通り反対の力を持つこの場所にいたら体その物が崩壊しかねない、っても本当に嘘をついてなさそうだね。優々とした顔しちゃってさ」
そりゃなり損ないって言っても元神様だからかな。苦にもならなければ居心地が良かったりしている。
老婆が作ってくれた墓と同じような香りがするのに苦になる訳がないってものさ。
「用だっけか。そうだね、私はこの神社を乗っ取りきた邪悪な妖怪………だったはずなんだけどね。さっきの女の子のせいで気分が削ぐれたよ。もうどうでもよくなってきたね」
「そりゃ御愁傷様」
沈黙。確かにこれ以上話すネタはないが静かよりはうるさい方が好きだったりするのだ。私は。
なにか話題を探して首をグルッと回す。そういえばここは神社だったか。
「なぁ、あんた。景気付けにお参りしないかい?」
「いや、ここは私の神社なんだけど………ていうか妖怪もお参りするの?」
「最近不幸が続いてねぇ。てーかここあんたの神社だったのかい。まぁいいじゃないか一人でやっても寂しいしほら、一緒にやるよ」
二礼二拍手一礼。
果てしてあっているのか定かではない。
それにしても、もしかしてとは思ったが彼女がこの神社の神様だったなんて思いもがけない展開だ。
お参りが終わって彼女を見下ろし改めて姿を認識する。
金髪で童顏で変わった帽子をかぶった少女。彼女こそがここの神様だという。
そう思えば思うたびに冗談だろと笑えてくる。私はかなり長身、っても180ぐらいに作ったが本当にこの少女がただの女の子に見えて仕方がない。
「改めて、私は世界で最も不幸な妖怪、名前は………あー
「なんで間があったのさ」
困惑したように疑念の目を向けられる。しょうがないだろう?白蛇として生きてきたが故に名前なんて持ち合わせてないのだから。
そんな彼女の視線を感じて落ち着かない私だったが、ゴホンと咳払いを一つすると自己紹介をしてくれた。
「私はこの国を治め、神社の主、
「つまんねー話だが生憎私も暇でね。語らせてもらおうか、奥深いミステリーってやつの断片を」
そうして私と諏訪子は神社へと入っていく。
別に壮大な話ではない。ただ、少しの不幸によって狂わされた人生、いや神生ってやつの話を。
「てな訳さ」
「あーんまりだー」
私が一通り語ったとこでとんでもない棒読みが聞こえた。彼女が私の話を信じなかった訳じゃない。ただ単に酔っているだけだ。私が「酒を飲まなきゃやってらんねー」なんて言ったことが元凶だ。今思うと昼のど真ん中からなんで酒飲んでんだって話だと思う。
「でもひどいよねー。ひっく。そこまでがんばったのにそのしうちって。わかるよーそりゃもとかみさまでもひくつになるってものさ」
「あんた完全に呑まれたね」
彼女がベロンベロンに酔って呂律がおかしいことになっていた。全部ひらがな表記で読者は大変読み辛いことだろう。
そこまで酔った相手と話しているのもなんだか可笑しくなるが、久々の会話に花を咲かせて白蛇自身も心が穏やかになっていった。コミュニケーションが一番の精神矯正と言ったところか。正直、こうして話を聞いてくれるだけで嬉しくて仕方がないのである。
「わたしもさーかみさまっていうのはいいけどだーれもみてくれないんだもん。つーまーんーなーい!」
そう言えば彼女は神様だったか。何年ここに居ようと人間たちにはこの諏訪子の姿が見えない。私のような妖怪なら会話も可能だろうが妖怪が自ら神社へと足を運ぶなんてことはないだろう。私が異例なのだ。
それまでの間、彼女はずっと傍観して過ごしていたと考えると神様なりの苦労が伝わる。きっと寂しかったのだろう。そこから諏訪子は自分のことばかり話始めた。
私が話を聞いてもらう側だったはずなのに、日が落ちて月が登った。それほどまでに彼女は語り続けた。私も正直嫌じゃなかったしむしろ面白い話が聞けて大満足だった。時に流し、驚き、頷き、流す。
「ねーきいてる?」
「聞いてる。聞いてる」
ああ、こうしているのも悪くない。そう思える。
その後も語り続けて彼女はついに眠ってしまった。
「地面で寝たら次の日首が痛くなっちまうよ」
私は諏訪子を膝に乗せ寝息に合わせて撫でてみた。
ずっとこうしたかった。永琳が研究途中で眠ってしまったときなど、私はいつもせめて羽織るものをかけてあげるだけだったが本当はこうして近くにいてやりたかったのだ。人間体も泥人形ながらも悪くないって思える。ずっと撫でながら私もいずれ視界が霞み眠りに落ちた。
「はっ!」
諏訪子が目を覚ました。そして上にあった顔を見て何事かと困惑した。昨日のことを頭で整理して整った。
昨日は酒と共にこの白蛇と語り明かしたのだ。先に寝てしまうとは不用心にもほどがあると目をパチクリさせた。だが、別に諏訪子自身も白蛇を悪く思っていない。警戒もさほどない。
どうして会ったばかりの妖怪を信用できようか。それは白蛇が少女に向かって手を伸ばした瞬間から悪いやつではないと感心したのだ。最初は妖怪が子供を遠くから眺めていて襲い、喰ってしまうのかと警戒していたが、それは杞憂にむしろ逆で助けて笑ってやったのだ。
諏訪子自身も正直、妖怪は危険な奴ばかりで油断ならないと思っていたが昨日飲み明かして結論がでる。
それに、久々に誰かと話して語って楽しかったというのもある。
こいつはちょっと可哀想なだけのただの人間と変わらないただの妖怪なのだ。
人間と変わらない妖怪という表現に諏訪子も苦笑するがそう表現するしかない。そんな奴だと思った。
「ん。おや、諏訪子起きてたんだね」
「おはよ。白蛇」
「おはよう」
下からさっきからモゾモゾと動く感覚がして目を覚ます。そう言えば昨日諏訪子を乗せたまま寝かせたのだった。そのせいで違和感と重みがあったのだ。
彼女はジーと私を見つめると微笑んだ。訳がわからん。
「昨日はごめんね。途中で寝てしまったみたいでさ」
「いや構わんよ。私も久々の人肌に安心しちまっただけさ。人肌が恋しいっていう言葉はあるがこんな感じなんだね」
「そうかもね」
にひひ。と笑みを浮かべた彼女を見てなんだか本当に子供みたいだと思ってしまった。
「そういえば白蛇はいつ帰るの?」
「さて、いつ帰ろうかね」
日が登り時間は昼の二時くらいか。まだ時計がないこの世界だがだいたいそんな時間だ。
私と諏訪子は神社の中から昨日と同じように笑顔で遊ぶ、子供たちを眺めていた。ただ微笑ましい。その言葉を思い浮かべるが見ていて焼けるように痛いのも事実だった。だが目を離せない。そんな光景だ。
二人でいつまでも見ていると諏訪子は不意に問いてくる。
正直、白蛇自身も別に行くところなどない。ただいつも通り村人を装って変わらない生活を送るのだろう。ただ、それがつまらないのも事実なのだ。
「もし、行くとこもなくて時間があるならさ。ここに居てよ。私といつまでも駄弁る話相手になってほしいな」
「ほう、そりゃ魅力的だ。私は時間には困ってなくてね。それに話して心の乾きが潤うのは昨日で実証済みだし、暫くはここに暮らしちまおうかね」
「そうしよう。そうすればお互い暇でなくて済むね」
そうだねーと相槌をうった。
まさかこんな優しい誘いが来るとは思っていなかったのだ。今日限りでお互いにさようならで終わると思っていたが案外まだ関係は続きそうだと思う。
私が白蛇にこの提案をして受けてくれると正直思っていなかった。どこかつかみどころがないし、今日でさようならだと思っていたのに彼は受けてくれた。嬉しい。素直にそう思う。そんな彼と子供を見ていてふと思うのだ。
どうして彼はこれほどまでに子供たちにお熱なのだろうかと。
彼にとってあの子供たちは有毒でしかないはずなのだ。走り回る子供たちは飛び回る毒と変わらないのに、それを大切な子を見守るように眺めていた。でも、それもあまりよろしくはない。
見つめ続ければいずれ目が焼けて壊れてしまうだろう。触れてしまえば崩壊を起こす。でも彼は子供たちの方へ向かった。
「あ、白蛇」
「あの子、昨日から子供たちを見つめてるだけで輪に入んないのさ。ちょっと喝でも入れてくるかね」
そう言ってこっちに手を振った。心配しなさんなと。
なんだか、本当に元神様と言われて信じ実感する。彼は見ず知らずの子供に力を与えにいくのだ。
「おい坊主、どうした」
「あ、えっと。そのさ、ずっと前からあの子達を見てたんだけど、その……楽しそうだなって」
モゴモゴと恥ずかしそうに語る男の子を見て白蛇はニシっと微笑んだ。
「なら混ぜてって言えばいいのさ。何時までも声をかけてもらうのを待ってないで自分からさ」
「でも、それって恥ずかしい……」
「ああん?恥ずかしくなんてないさ。ダチになろうぜって声かけるだけさ。でもそれって結構難しいよな。よしきた、俺様がおまじないをかけてやるよ」
「おまじない?」
彼は少年の額に触れた。黄色の光が少年を包む。そして光が消えると白蛇は少年にデコピンをして離した。
これが白蛇から聞いた『幸せを前借りする能力』なのだろう。でも彼は言っていた。幸せと不幸はプラスマイナスゼロだと。だから彼は同時に『他人の不幸や悲しみを背負う能力』を発動していると。初めて目の当たりにして神様としてその能力欲しいなって思ってしまう。やはり彼は善人にほかならない。
「ほら、元気でたんじゃないかい?」
「うん俺、やってみるよ」
「おう頑張んな。ただ先人の知恵からするとそうだな。成功するか失敗するかじゃない。成功した自分を想像するのさ」
「成功した自分……うん!」
彼は最後に少年の頭をぐしゃぐしゃにする様に撫でると背中を押した。
そしてニっと唇を吊り上げ笑う。少年も惹かれる様に笑うと輪の中に走っていった。
「まーぜーて!」
「手、また無くなっちまったね」
「お疲れー」
私が戻ると諏訪子はニヤニヤと優しい笑みをしながらこちらの顔を覗いてきた。
「な、なにさね」
「べつにー。ただ優しいなーって。優しい白蛇のためにお茶でも淹れて来てあげようかねー」
そう言って腰をあげる諏訪子を見送ってこちらが困惑した。
なんともまぁ、変わった子だ。
本当にここは居心地がいい。こうして日々を送っていたら四季が一周してしまっていた。そしてどれだけ経過してしまったのか。十年、いや百年近くか。もうそんな事しか覚えてない。
だがそんな平和な時間にチャチャを入れる様に諏訪子は飛び出してきたのだった。
「大変だ白蛇!」
「なにが大変なんだい?」
「戦争だ!」
よろしい。ならば戦争だ。
肆
さて、唐突な戦争という聞きなれない言葉に困惑する私だった。話をざっくり纏めると、こう言う流れらしい。
なんでも大和の神、つまり
が、元神様のなり損ないとしてその意味は凄く分かるものがある。信仰は神様の本体。生きる糧であり全てでもあるのだ。だから攻めてくるのはわかるのだが、そこで戦争が出てくるてん少々物騒だ。いや、そこまで執着するぐらい大事なのは勿論わかっているのだが。
焦る諏訪子はあわあわと左右上下と忙しなく慌て始めるが少し鬱陶しい。
「慌てなさんな」
「あわっ……」
動く体を止めようと後ろから此方に体を押し付ける様に抱いた。暫くたった彼女も冷静になったのか見上げるように私の顔をみた。
「さて、今回の戦争は信仰を奪う事さ。だからまず民を襲う事はないだろうね。そんなことしたら印象ダウンさ。誰も信仰なんてしてくれなくなる。だからこそ
「つまり私だね」
「ああ。安心するなとは言わないが巻き込まれるのはあんただけだと分かって少しは安心しただろうよ」
諏訪子がこれほどまでに慌てていたのはきっと民の事を考えてというのは普段の言動を見ていて分かる。彼女は正真正銘の神様なのだ。民の事を考えそれに答えてやる諏訪子の姿を見ていた私は彼女の不安点が直ぐに伝わった。
だから、彼女には安心させるべく戦うのは諏訪子だけだと認識させた。
「うん、うん。分かった。民のみんなも白蛇も私が守るよ!指一本触れさせない、返り討ちにしてやる!」
「おーおー頑張れ頑張れ」
意気込む諏訪子にそれなりのエールを送った。私のできる事なんてこの程度である。
たかが言葉、されど言葉。言葉には力があると言うのは永琳との間に実証済みだ。ならば私は諏訪子を見守るに徹しよう。
「私は遠くから応援してるよ。これは頂点同士の話だから私が関与する事はなにも出来ない。ただそれなりの言葉を送るさね」
「うん、ありがとう。それと……」
「あん?」
まだあると言うのか。彼女は前だけを向いて戦争の準備だけしてるだけでいいのに。
そう思うが彼女も少しは目をウロウロさせながら口を開くのだ。
「あれ、欲しいな」
その言葉に察した私は苦笑した。
やはり見た目と同じでまだ子供だと思ってしまう。でもしょうがないこう言う時は誰かに背中を押されると元気が出るものだ。
「大サービスだ」
私の『幸せを前借りする能力』を発動して腕に抱いた。小さな体はスッポリと収まり同時に『他人の不幸や悲しみを背負う能力』を発動した。彼女は目を閉じて身を委ねた。さて、
「行ってきな」
「うん」
「遅かったね」
「待たせたね」
そこにいた人物、彼女こそが
さてこの戦いがどうなるのか。私には知ったこっちゃないというのが現実。
私は神様でもなければその辺の妖怪なのだ。諏訪子とは良き友好関係を築いている。でもそれでも、買っても負けてもどっちでもいいなと言うのが本音。なぜなら、諏訪子が負けても勝ってもこの関係は続くし、何より信仰どうこうの奪い合いをしているが共存したほうが手っ取り早いと気づいているからである。この戦争、正直お互いの力比べでそれ以上のことはないと確信している。
神奈子は焦っているのかまだ気づいてないが、戦いが終わって冷静になれば確実に気づく。神奈子は頭が良さそうだから。
「さって、お茶でも淹れますかね」
伍
「「これで終わりだぁぁあ!」」
何杯目かのお茶を頂き二人の戦いは幕を閉じた。
結果、諏訪子の負けである。あ、やっぱ負けたかと心の声で呟く。諏訪子は神様ではあるが大和の神と比べたら未熟なのだ。応援しておくと言っておきながら、やっぱり神奈子だったかと予想が当たると少し満足げになる。
「私の勝ちさね」
「おめっとさん」
二人が空から落ちてきた。
諏訪子は気を失って頭にカエルが三匹クルクル回るようにして気絶している。神奈子は肩で息をしながら私の顔を見て苦笑した。
「おめっとさんって……。あんた諏訪子の友達なんじゃないのかい?」
「いやはやしがない普通の妖怪なもんでね。性格が悪く出来てるのさ」
「にしては諏訪子を介護するんだねぇ」
「地面で寝たら体が痛くなっちまうじゃないか」
そこにあるのは善意である。特に他の感情はない。
神奈子は座ってお茶飲む私の隣にやって来た。飲むかい?と聞くと頼むよ。と返ってきた。二人で暫くお茶を飲んでから、きりだしたのは神奈子だった。
「なぁ、この子は凄いね。久々に私も本気で熱くなっちまったよ」
「ほう、いい運動になったじゃないか」「誰がデブだって?」「言ってないさね」
ははっと神奈子は微笑んだ。この顔は多分、気づいた顔だ。
「私思うのさ。この子となら、諏訪子となら上手くやっていけるってね。だから、奪うんじゃなくて一緒に共存していけばもっと信仰が増えて、お互いが得するんじゃないかって」
「ああ言うと思ったよ。それにここの民からは信仰を奪えないさね」「おやどうして?」
「ここの民は諏訪子を愛してしょうがないのさ。だから諏訪子を討ち取ったと言っても民は誰も耳を貸さないよ」
そこまで話して神奈子は驚き黙り、そして次第に大笑いし始めた。
「あんた、そこまで分かってて諏訪子に戦わせたのかい?食えないねぇあんた面白いよ」
「意味はあっただろう?神奈子だって諏訪子の実力を認めれたじゃないか」
「そうさね」
神奈子は湯飲みの中に入ったお茶を体に流し込むと立ち上がった。
その顔は凄くいい顔をしており明日からが楽しみだと言いたげに輝いていた。
「さて、私はもう帰るかね。また後日来るよ。その時に正確な策を練ようか。お茶ご馳走様」
「お粗末様でした。待ってるよ」
これで二人の会話は終了である。
また後日やってきて話して新たな神を作り出すことだろう。これがこの物語の終幕。エンディングロールは流れているのだ。
え、まだ陸をやってないって?そんなもん知らんのさ。終わった話をどう続けようと言うのかね。
「あ、そうだ。白蛇、さっきの戦いでこの地面崩れやすいから気おつけな」
「ご忠告ご苦労。またね。」
そう言うと今度こそ神奈子は飛んで国へと返っていった。
それを見届けてから諏訪子の頬を優しく叩く。
「う……ん……。あ、白蛇。私、負けちゃった」
「知ってるよ。お疲れさん。神奈子との件だがまぁ悪いようにはならないさ。だから今は良くお休み、後日神奈子が来るからその時に正確な話をすることになった。だから安心して眠りな」
「そっか、じゃあ安心だね……」
その言葉を聞いて諏訪子は眠るように瞳を閉じそうになる。
ここで寝ても痛いと教えると、上手く能力を操り土で体を神社の中へと入れた。なんともまぁ便利な能力だ。と感心しながら私は腰を上げて神社の中へ入ろうとしたその時だ。
「どぅばふぇっふっ!?」
先ほどの神奈子の忠告をもう忘れていた。地面は崩れどんと下がり下へ軽く三メートルぐらいまで落ちていった。その際にこの作り物の体は完全に崩れさり跡形もなく消える。そして残った私は汚らしい蛇の姿へと戻るのだ。
「ど、どうしたの!?白蛇!!」
とんでもない叫び声をあげたからだろうか。寝ていたはずの諏訪子は飛び起き慌てて此方の様子を見に来た。
そして、地面が崩れたのを確認して急いでその穴を覗くのだ。
「えっと、白蛇って名前の通り蛇だったんだね……」
そう言えば初めてこの姿を見せたなと思う同時に見られたと言う羞恥を覚える。
だが、そんなことよりも私は諏訪子へ要求するのだ。
「すまん。助けてはくれんかね?」
「へー白蛇って本当に蛇だったんだねぇ」
「そうそう、私も驚いた」
そして後日。神奈子は約束通りやって来た。妙にテンションが高く諏訪子も警戒していたが、神奈子の好意的な姿勢に折れて意気投合してしまい、雑談に花を咲かせる。神奈子の言う通り、二人は明らかに上手くいっているようだ。
そして、信仰と生活の共存も二人の仲でなにも異論反論なかったようで、二人とも得するならそれに越したことはないよねぇと合致してしまった。これにて一件落着。さて、じゃあ私はこれでオサラバといこうか。
「よっし、じゃあな諏訪子。これにて私はバイバイだ」
「ふぇ」
神奈子と二人で話していると諏訪子はその言葉に目を見開いた。唐突だったからかそれとも話しが見えないからか。諏訪子は目をパチパチとさせなにを言ってるか信じられないと言ったようにしているのだ。
だが、これは当然の結果といえよう。元々私はここの神様でなければ、大和の神でもない。それに、私がここにいたのは諏訪子が一人つまらなそうに何処かを見ているのが酷く可哀想に見えたからなのだ。
今の諏訪子にはこうして神奈子という新たな家族がいる。ならば私はもう邪魔なのだ。
人としての体はあれから時間も経ったから妖力を集めなおして作り直した。これなら人里に向かってもなんらおかしくない。
確かに唐突に諏訪子に別れを切り出したのも事実。なんの相談もしなかったのも悪いと思う。でもこの話の終着点がキリがいいとしか思えないのだ。行きたい場所がある訳じゃない。どこかに帰るべきところがある訳じゃない。
でもこのまま居ても自分は変われないと思う。だからいくのだ。自分探しの旅へ。
「ありがとね。諏訪子、もしこの先また出会えたら酒でも飲もうや」
「ま、待って白蛇!」
その言葉を聞こえてなお、聞こえないふりをして神社から出た。
「ま、まって白蛇!」
私は理解ができなかった。頭が追いつかなかった。
白蛇は、今までずっと一緒に居てくれた人が唐突に消えようとしていたのだ。その事実を認識してからも足がすくんで白蛇を追いかけることができない。
それは何故か、怖かった。何か怒らせるような事をしてしまったんじゃないか。何か嫌な事があったんじゃないか。いろんな事を頭に浮かんでは霧散していく。私は白蛇の背中を見ていることしかできない。
そしてついには階段から降りて背中が見えなくなっていく。
「白蛇……」
「………ほら、行かなくていいのかい?」
「………」
「あんたが一緒に居たいって思った男だろう?なら、その背中捕まえてきな」
その言葉が心に染みた。
そうだ。私が白蛇といつまでも語って飲んで笑いたいと思ったのだ。ならば行かなくてどうする。ここで別れてしまったら、多分私は一生後悔する。
「神奈子」「なにさ」「ありがとう」「グッドラック」
私は神社を飛び出した。走る走る走る!白蛇の背中を追いかけるように!
「ああー諏訪子、すまんね」
「あれ、白蛇?なんで戻ってきてるの?間違って追い抜いちゃったよ?」
「いやーそれがこの子見てよ」
「子供?」
「ああ、捨て子」
陸?