東方幸々蛇   作:続空秋堵

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天狗と鬼と宴会を

それは人間たちの大いなる美酒である。

人は祝いごとや楽しくなったときに酒を。悲しい時にもしっとりと酒を飲む。前者は騒ぐための必需品として。後者は辛いことなどを飲み込むために。別にただ飲みたいから飲むこともあるだろう。

どれも人間たちには大切なことなのだ。

 

が。それは別に人間たちだけじゃない。

神、妖怪、妖精。どれも酒を飲み明かすし、お互いに言葉を交わし分かり合うこともできる。そう考えると酒は偉大だ。中には飲みすぎて死んでしまうようなこともあるけれど、それは蛇足。

 

まあそんな酒なのだけど、それを強く好む妖怪を知っているだろうか。酒が酒こそが彼、彼女たちの水だというほどである。昔話なんかでよく出るあれ。そう「鬼」である。

 

鬼といえば思いつくイメージだと一つか二つの角を持ち口には恐ろしい牙をもつ。人によっては金棒を持っていたり、虎柄のふんどしや腰布をつけているかもしれない。肌の色は赤という者もいれば青、さらに黒なんてものもいるだろう。そんないろんなイメージが混ざり合って結局のところ一体どんな姿が正しいのかはあやふやだ。妖怪自体があやふやだと言われてしまえばこの話は終わってしまうのでよしとして。

 

そんな鬼でも皆共通のことは想像ができる。それは鬼とは強大な力を持つ悪の代表格であることだ。

鬼を悪く書く昔話は数知れず。桃太郎に泣いた赤鬼。えとせとらえとせとら。鬼はいつも悪事を働く。人を攫い喰ってしまったり。人里を襲い食料を略奪したりと人々はそんな固定的概念が染みついている。

だがすべての人がそんな想像をしているのではなく。地方や各地によっては鬼は強い者であるということで神社で崇められ、祀られるところも存在はするのだ。

 

日本の伝統行事の豆まきは鬼を、つまり悪いものを祓い福を得ると思いがちだが、その一部地域では鬼が外でその強さを見せつけ悪いものを追い出し福を得るなんていう考えもある。

 

悪いものだと思うとこもあれば、良いものだと想うところもある。

ここですらあやふやな物が生まれてしまった。でもそれが鬼であるのだろう。もともと、鬼とは姿が定まっていない(おぬ)から名前が取られているのだから。

 

さて、では今回の話。妖怪の山で小さな鬼と大きな鬼の二人とただの蛇が勝負して勝者を決める話。特に事件となったわけではなく。それでいて問題になったわけでもなく。平凡で平和な争いごと。面白くないかもしれないがお目汚しという意味でご愛嬌。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、そこのお前。止まれ!変な行動をしてみろ。我々鴉天狗が一斉に貴様の喉を突き殺そう」

 

低い敵意のこもった声色で言葉を漏らす妖怪が私の前へ現れた。現れたと同時に羽がいくつも散らばり地へとついた。その羽をみて私は相手が鴉なのだと直感した。体は普通の人間と変わりがないのに、その背中からは立派な羽が生え一羽一羽が生きてるかのように美しい。そう思いながらも私は状況を確認することにする。

白蛇は無数の鴉たちに囲まれていた。数は三十、いや四十。無数と言っているのだし変に数を把握しようとするのはよしておこう。

 

白蛇は厄介な奴らに絡まれたと嫌気と共にため息をつく。ちょっとした山登り。それを超えた先にある人里へと向かう予定だったのに酷く予定が狂わされた。別に素直に吐いて見逃してもらえばいいと思うだろう。だがきっとそれは無駄なのだ。彼らの敵意の込められた視線を感じれば嫌というほど伝わるはずだ。

 

「あいわかった。私はここで一歩も動かないことにしよう」

「素直な行動に感謝する」

「ならその物騒なもん閉まってくれないかね?」

「それはこれからの発言次第だろう」

 

私は頭より上に手をあげ無防備だということを見せしめた。それをよく思った鴉天狗に要求をしてみたがこちらの方が立場は下だ。受け入れてもらえない。だがどうも鴉天狗たちがこちらに向けているものが危なっかしい。

木を削った槍のようなものもあれば石を集めたような粗末な武器。そしてそれらとは格が違うと一目でわかる片羽扇。

 

「さて、お前は何故ここへやってきた。ここが妖怪たちの山と知っての狼藉(ろうぜき)か」

「狼藉て・・・。何も暴れてなどいないじゃないか」

「今はそうかもしれない。それに、もしここがどういう場所か知ったうえで来ていたのならそれは妖怪たちの国を土足で踏み荒らしたようなもの」

「あんたつまんないってよく言われるんじゃないかい?」

 

話がどことなく一方通行に感じてしまった。

その言葉に少し眉を(ひそ)めた鴉を見ながらそんな感想を抱いた。これはあれだろう。仕事が大事すぎて家庭を疎かにするタイプだ。両立ができなくて後々「仕事と私どっちが大切なの!?」と言われて答えれずにそのまま家庭が崩壊する。長続きしない人種なのだ。

 

「あんた可哀想な奴だね」「勝手に想像して憐れむのはやめて欲しいのだが」

 

どことなくイラっとした鴉。仕事真面目で怒りやすいときたものだ。ご愁傷さま。

 

「それで。質問には答えてくれないのか?ならば問答無用に拘束させてもらうが」

「あー待った待った」

 

どうしたものか。素直に答えて通してくれない気がしてならない。ならば納得のいく理由をつけて穏便に済ませるのが吉とでよう。

 

「ちょっとそこまでね。この先には大いなる秘宝があると聞いたのさ。私は美しいものが好きでね」

「ほう、そんな物は聞いたこともないが」

「じゃあ嵌められたのかね。低級妖怪にさ」

 

ありもしない作り話。そこにちょっとした本当の話を入れると現実味を帯びるという。それは自分が美しい物が好きというものだが、天狗はそれを知らないだろう。だからこそ、この策は無駄である。

私は鴉の顔を見てニコリと微笑んだ。

 

そこに一陣の風が走る。

 

「拘束」「待った!」「待とう」

 

少し考えてくれると思ったがこの鴉表情をぴくりと変えずに言い放ちやがった。

どうやら失敗だったらしい。だが何故だ。彼は心を見透かす程度の能力があるとでもいうのか。いや、違うだろう。あまりにも関わりがないこの鴉天狗は少しのことだが判断材料を得て嘘を付いていると思ったのだろう。

 

もし本当に嘘を見抜く程度があるとすれば。なんだ詰みじゃないか。だったらもう適当に答え続けて諦めてもらうしかないだろうか。

 

 

「あれだよ。私は清掃員なのさ」

「・・・それで?」

「散らかった羽を掃除にきたのさ」

 

一陣の風が吹く。

 

「拘そ」「まぁ待ちなんし」「ラストチャンス」

 

こいつ制限儲けやがった。そのせいで永遠と嘘を付いて見逃してもらうという策が落ちた。鬼畜の所業である。仕事真面目で怒りやすくて鬼畜。最悪じゃあないか。

一体どうしたものかと頭をひねる。だがもう逃げ出すしかないだろう。いや最後に素直に話すべきだ。真面目キャラは真摯に答えれば話が通るはずだ。

 

「この先の里に用があるのさ。行くにはこの山を越えるのが手っ取り早い。これで満足かい?」

「ふむ・・・。納得はできる」

「なら」

「だが何故妖怪が人里へ向かう?何の用があるというのだ。襲うのか。食うのか。どれかが当てはまるならここはやはり通せない」

 

この鴉。私のことを妖怪だとわかっていたらしい。姿こそは人へども本質は隠せない。それに変に力を持った上級妖怪たちは好んで人の姿を持つのだ。私はそれほど強い力は持ってないが好きで人の姿を持っている。それは何かと都合よく、そして私が人を恨み好ましく思っているからだ。

でも私が妖怪だったから彼達の何が困るのか。何がいけないのか。例え私が人を食らう妖怪だったとしても彼達には関係のない話だというのに。

 

「どうして。私が人里で何をしようか勝手じゃあないか」

「そんな訳にはいかない。我々の統領は天魔様は人を大いに好ましく思ってくれている。決して人を見殺しになどしない。この前だって人里に危機が迫ってると言って何年も帰ってこなかったのだ。それほどまでに人情深い天魔様に人食らいの妖怪を通したと言ってみろ。さぞ悲しむだろう」

 

なるほど。ここの親玉は人間が好きなのだろう。だからこそ無暗な危険に人を怯えさせるわけにはいかないのだろう。

 

「だがまぁ残念だったな。時間だ。拘束させてもらおう」

 

完全に先が詰まってしまった。

鴉たちが私を囲み手に錠のようなものをかける。その瞬間だ。

 

「ちょっと待ちな。捕える前に私たちにも話をさせてくれてもいいじゃないか」

「みんなすまないね。萃香(すいか)が我がまま言っちゃって」

「なに久々の部外者、勇儀(ゆうぎ)だって気になるんじゃないかい?」

「まぁ機会があれば話ぐらいはしてみたいね」

「じゃあいいじゃん」

 

そうして現れた者たちは一目でわかり、一言で表せるように簡単だった。

 

「鬼が・・・。邪魔をしおって」

 

鬼。そう鬼である。会話を見るに小さな鬼を萃香。萃香に比べとても身長が高い方は勇儀。どちらも鬼でありその可愛らしい顔とは真逆の威圧感を持っていた。

小さく呟いた真面目鴉が忌々しげに舌を打ったが鬼には聞こえていないようだった。だがどちらにせよ私には好都合な展開だ。

 

「お前さん方。私と話がしたいんだろう。ならこの鴉たちをどかしてはくれんかね。怖すぎてちびっちまいそうだよ」

「男がそう漏らすもんじゃないよ」

「そうそう。ちびられてもアレだし。・・・おい鴉たち。離れてやりな」

 

そういうと納得がいってないという顔をして鴉たちは距離をとった。見た限り、鬼は鴉よりずっと上の立場だと(うかが)える。

鴉たちには悪いが正直ありがたい。

 

「さて鬼に向かって初っ端から嘘をついたお前はどんな(たま)してんだろうね」

「玉かい?それなら下半身に」「それじゃねーよ」「いや付いてるよ。確認するかい?」「もぐぞ」

 

近寄ってじろじろと面白そうに品定めしてきた鬼、萃香は阿呆らしげに頭を掻いた。

ちなみに私に玉はついていない。だからと言って女のそれでもない。じゃあなんだって?内緒だよ。

 

「誰も興味ないと思うけどねぇ」

 

平然と心を読んだ、いや先ほどの会話なのかは分からないが困ったように笑う勇儀はぼそりと呟く。気が付けば私は鴉なんかよりよっぽど恐ろしい鬼二人に囲まれてしまったのだ。どう考えてもこれ下手できない。命取りすぎる。

 

「ってーか嘘ってなんだい?私は嘘なんかついていないよ」

 

距離を詰められた原因は私が嘘をついたと萃香が思っているからだ。だからこそ訂正させてもらう。私は嘘などついていない。改めて状況を確認しなおすと囲まれたのが鴉じゃなくて鬼になっただけでさらに状況が悪くなっただけじゃあないか。

 

「ちびるとかどうこうって。もろ嘘じゃないか。怖気づくところがへらへらと面白そうにこの状況を楽しんじゃって。気に入った。だが気に入らない」

「どっちだよ」

「どっちもさ。こんな状況を楽しめなんて大妖怪でもできやしないよ。頭がおかしいかどこか飛んでる」

「禿げたくはないねぇ」

「根性で生やせ」「それストレスでさらに抜けないかい?」「そこに河童印の育毛剤が・・・」

「髪の話から離れろよ」

 

勇儀がそっと会話を終わらせた。遠くで鴉たちが「また髪の話してる」「おい酒哉が可哀想だろ」「はははは禿げてねっし!」「えだって。え」「禿げてねっし!」

なんて会話が聞こえた。なるほど。天狗の世界も日々こうして警戒とか仕事が忙しくてストレスがたまるのだろう。天狗社会じゃあ禿げになりやすい。だからこそ河童印の育毛剤なんてあるのだろう。

 

それにしてもこの山鴉や鬼に飽き足らず河童までいるのか。探せばまだいるかもしれない。それと河童は育毛剤なんてものを作れるのか。それは正に今の技術を超えているといっても過言じゃないだろう。一体どんな最先端を歩んでいるのだろう。でもそれなら私の持っているコレについてないかわかるかもしれない。

 

「まぁ話を戻すとさ。あんたが今どんな状況に置かれてるのかわかるだろう?」

「このまま鴉連れられて竜宮城までの道案内かねぇ」

「助けられてないけどね。逆に横暴されようとしているけどね」

「勇儀も付き合わない方がいいよ。馬鹿になる」「素でに私らは馬鹿じゃないか」

 

あっはっはっは。と笑う二人を見てどの変に笑いを起こせばよかったのか分からなかった。

 

「簡単にいえば私は今からどこか牢にでも連れられて暮らすとかかね」

「いいね。それで済めば。幸せだね。ここの天魔は人間に害悪な妖怪を良しとしないから」

「いたずら程度なら天魔もどうもしないと思うけどね」

 

萃香が思い当たるように目をつぶり、勇儀は乾いた笑みをこぼす。

それほどまでに危険な奴なのだろうか。天魔とは。それを終わらせると萃香は一つ商談を持ち掛けに来た。危険な商談だ。それも鬼のように白黒はっきりした。

 

「あんたはこの鴉に、そして天魔に捕まりたくはない。だがこの状態では必ず捕まってしまう」

「ふむふむ」

「ならば私とかけをしないかい?」「かけ?」

「一勝負しようって言ってるのさ」

 

ニヤリと笑う萃香。その顔には流石にふざけていられず一時的な恐怖に縛られ呼吸を忘れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、勝負って何をするんだい?」

 

私はか細く深呼吸をすると心を落ち着かせる為に瞳を閉じた。そして目を開ける。

 

「勝負は勝負さ。拳と拳の殴り合い、そこにある輝きを私は大好きなのさ」

 

そう言って興奮したように拳を構えた萃香。だが待って欲しい。

勝負なんて一介の蛇が鬼に勝てると思っているのだろうか。だからこそ制止の言葉をかける。

 

「おいおい、ちと待ちなんし。鬼が蛇に喧嘩を売るっていうのかい?いけないねーそれじゃ弱い者いじめさ」

「おいおい、お前こそ何を言ってるんだい?お前、ただの蛇じゃないだろう?蛇ってのはずる賢く影に潜んで一気に捕食する生き物さ。本当に蛇として生きているのなら、それは笑える話だ。堂々と妖怪の山へ向かって来るんだから」

「私は妖怪の山なんて知らなかったのさ」

「知らなかったと言えど妖気ぐらい感じるだろう。それも桁違いの。それでなお山を登ってきたから結構な腕自慢だと私は踏んでるけどね」

 

そんな訳ないさ。と私は言うが信じてなさそうだ。

でも、本当にどうしたものか。私は妖怪であるが戦闘は専門外。妖気なんて化けたり物を隠したりするぐらいしか出来ない。あくまで傍観者として生きてるのだ。だからこそもし本当に戦う事になったら私は尻尾を巻いて逃げるだろう。

 

「もしお前が弱かったらそんときはそんときだ。人間も妖怪も追い詰められると真の力に目覚める。そこに境界はない。あと、何よりもお前はタフそうだ」

「まぁタフではあるのかね。よくその辺の低級に襲われるよ」

「もしかして痛めつけられると感じるタイプかい?」

「だったら良かったんだけどねぇ」

 

苦笑する萃香に肩を竦める私。

萃香は戦いたいし、私は戦いたくない。平行線だ。交わる事はない。

 

でも、萃香がどうしてここまで戦いに拘るか分かった気がする。想像上に過ぎないが、鬼の本性と山の関係を見ていればなんとなく。ここ、妖怪の山は強者の集まりだ。今でこそ鬼の下にいる鴉天狗たちだけど、天狗という種族は恐ろしく強いものだと知っている。そんな天狗に鬼が集まって悍ましい程に妖気満ち満ちたこの山に一体どんな人間が妖怪が近づくだろうか。私こそ妖気を感じれない妖怪だったからこそのこのことやって来てしまったけど、普通なら誰も近づかない。

なぜなら死ぬからだ。

単純で明快で確信できる。天狗は縄張り意識の高い妖怪である。そこに近づく者はどんなやつでも、弱者でも強者でも平等に襲いかかるだろう。それがもし人間だったらここの天魔は優しいと、人に情があると聞くから見逃してもらえるかもしれないが妖怪ならたちまち命を落とす。だからこそ周りは恐れあの山へは近づかないほうが良いと警戒し合う。

だがそれを面白く思わないのが鬼だ。彼女たちは強さを愛する。鬼とは常に窮地にいたい生き物なのだ。強者を求め戦い、勝っても負けてもその最高の瞬間を愛してしょうがない。だがここは妖怪の山。強者ですら近づかない。なぜなら厄介ごとになるからだ。自分から問題に入っていく者はどこかおかしいか、好奇心が高いものだけ。そんな妖怪の山で彼女たちは鬼は何に焦がれるだろうか。

それは戦い。ガチンコの殴り合いに本気と本気のぶつかり合い。だったらなんでこの山に鬼が居るのかが疑問に思うがなんらかの事情があるんだろう。

でも、そんな妖怪山にいる限りその願いは悲願は叶わない。だからこそここまで勝負にこだわり、戦おうと私に言葉を話す。私が強い事を信じて。またあの最高の瞬間を感じられると信じて。

 

「はぁ………。いいさね。やろうか」

「本当かい!?」

「ああ」

 

私は頷き肯定した。そうして花が咲いた。

そんな顔を見てしまったら今更やっぱ止めたとは言えないだろう。言うつもりも無いが。

隣にいた勇儀も驚いたように目を見開き困惑もした。まさか了承するなんて思ってなかったのだろう。

 

「いいのかい?まぁ生きては帰れないと思うよ」

「大丈夫さ。私は死んでも死にきれない様な奴でね、頑丈さだけが取り柄なのさ」

 

だからこそ好きなだけ付き合って出来るだけ噛み付いてギリギリまで粘って満足するまで付き合う。

それが今私にできること。別にちと痛い思いをして見逃してもらって人里まで着くならそれでいい。私は暇を持て余しているのだ。

 

「じゃあさっそく………」

 

 

「 待たれよ 」

 

灼熱。肌に感じた違和感を例えるならその言葉しか思い当たらなかった。慌てて自分の腕を見てみるが焼けた後はなく、ただチリチリと鈍い痛みが残っていた。一体なにが起こったのか。理解が追いつかない。

目を白黒とさせている間に勇儀が声を発した。

 

「天魔、随分と派手な登場だねぇ」

 

そこで初めて白蛇は勇儀と萃香の前に、つまり自分の目の前に新たなる人物がいることに気づいた。

羽だった。黒く(くろ)暗澹(あんたん)とした羽。それは一つの芸術の如く揺らめいた。白蛇は勇儀の言葉を聞いて納得した。これが天魔と言う山の頂点に立つ長の姿なのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

「伊吹萃香。勝手にこの山で争いごとなど始める気か?」

「げっ。天魔じゃん……。もうなにぃ?私は今わくわくしてるのに雰囲気ぶち壊しちゃってさ。こりゃお詫びの一つでも欲しいね」

「ふん、馬鹿者め。主が拳を振るうものなら山が抉れてしまうわ。それこそお詫びの二つや三つ欲しいものだ」

 

天魔は呆れるように目を伏せ、萃香も水を差されて不機嫌になる。

そしてそれを呆気に取られる私の姿。仕方がないだろう、目の前で世界の五本指に入るような化物が言い争っているのだから。他の天狗たちや勇儀は始まったかと言わんばかりに肩を竦め、私は本能的に一歩下がる。

そんな私の姿を見てか天魔の瞳がこちらへと向けられた。

 

「貴様も貴様だ。たかが蛇が鬼と交えようなどと自殺願望者か?」

「少なくとも他殺願望者ではないね」

 

戯けたように返してみるが頰には雫が伝った。

小心者で剽軽者な私はその眼に映されただけで肌が粟立った。よく軽い言葉を返せたなと自分で驚いているくらいだ。

 

「まぁいい。瞋恚(しんい)してる訳ではない。ただ命は大切に使え。二度あるものじゃないからな」

「……二度ね……」

 

なんだかんだで身を案じてくれていたのだろうかと思案するが止めておく。どう考えたところで自分にとって都合のいい展開に持ち込めるとは思えない。

 

「でも私とて鬼と拳を交えようなんて思っていないさ」

「ほう?」

「え、なに嘘だったの?」

「落ち着きなんし。嘘はつかないさ。ただ蛇が鬼と戦っても賭けにならないだろうよ。こうして観客がいるんだ演出は大事だろう?」

 

その言葉に天魔はさぞ可笑しそうに身を震わせ、萃香は頭に疑問を浮かべている。

 

「私が鬼に挑む勝負は簡単さ」

「それは?」

「鬼を黙らせること」

 

しばしの沈黙の後に腹を抱えて笑うのは意外にも勇儀だった。

 

「はっはっは!いやぁ面白いねぇ!常に酒を片手に騒ぎ続ける鬼を黙らせるときたものか!」

 

勇儀の笑いと、困惑の表情を見せる天狗共。

まぁ確かにそれが普通の反応なのだろう。だが私は幾つかの芸がある。旅を続けている間に覚えた芸が。それで鬼を黙らせることが出来るのかと問われれば微妙なとこだが私はついハッタリをかます奴らしい。

 

「いいね、気に入った。その条件呑んであげる。でももしそれで残念な結果になったら私と拳を交えてもらうよ」

「鬼を黙らせる。大抵のことじゃ無理だろうけど期待してるよ。まぁ、鬼の黙らせるには腰を抜かすようなことじゃないとダメだよ」

 

萃香もどこか楽しげに条件を受け入れてくれる。が、拳を交えるのは絶対らしい。勇儀も言葉とちょっとしたアドバイスを送ってくれる。天魔は表情をピクリともさせないのでよくわからん。そう思ったが不意に口を開く。

 

「勝負は一週間後。それまでに蛇には準備をしてもらおう」

 

さらりと期間を決定付ける。そこに二人も天狗たちにも異論は無いらしく素直に頷いた。

 

「さってと。じゃあこの話を連れの鬼共に伝えに行ってやりますか」

「楽しみにしてるからね」

 

そう言って去る二人の後ろ姿を見ながら私は困ったことに巻き込まれたなと頭を掻くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

鬼との勝負が決まり、天魔の元に今一度統制を取った天狗たち。

そんな彼、彼女らは酒を片手に宴会を始める。そうなった原因は紛れもなく私である。

 

「いや楽しくなってきた!」「盛り上がってまいりました!!」「蛇が挑む鬼との戦。今週の情報板はこれで決定ね」

 

方や酒を嗜み、方や異常なまでに高揚し、方やペンを走らせる天狗。

いやはやこの状況、先ほどまでの威圧に比べ随分歓迎の態度ではないか。

 

「・・・すまないな。鬼との戦を純粋な殴り合いから変えてくれたことを感謝する」

 

騒ぐ天狗を見ながら酒を飲んでいると天魔が横に座り言葉を述べた。

 

「気にすんじゃないよ。もともと私が蒔いた種とも言える」

「まったくだ」

 

否定が欲しかった。

 

「だが鬼が拳を振れば山が抉れるのも目に見えていた。それを回避しただけ良くやってくれたと思うよ」

「まぁ口から出まかせは私の十八番さね。それより天狗たちのあの盛り上がりようはなんだい?」

「それは……」

 

そのまま続けようとする天魔だが不意に横槍が入った。

 

「ずっと偉そうにしている鬼の鼻を明かしてくれるかもしれねぇんだ!気分もあがっちまうよ!」

「蛇には期待してねぇがあんたには期待してるぜ!」

「鬼の前でふざけたこと抜かす奴だ、こんな狂人が鬼と戦ってくれるなんて楽しみでしょうがねぇ」

 

酒を片手に騒いでいた一部天狗たちがそれぞれ語る。

なるほど。そうなると私も勝たねばならなくなった。最初は警戒されたが今はこうして打ち解けてくれるのだ。期待には答えたい。

だが狂人だろうか。私は。まともだと言う自身があるんだけどねぇ。

 

「そんな訳がなかろう。鬼の前で気を確かにしたお前はどこかおかしい。本当に低級妖怪に騙されるような奴ならお前は伊吹萃香の威圧だけで死んでいただろう」

「平然と心を読まないで欲しいね」

 

颯爽と現れたさっきの天狗。どいつもこいつも天狗で分かり辛い。

 

「亭主関白って言葉もあったねぇ」

「なんの話だ?」

 

ふと思いつく。この天狗を関白天狗と呼ぶことにしよう。とても正鵠な表現であろう。

 

「しっかしまぁ天狗って奴はわからんね」

「理解なぞしなくて良い。ただ天狗とは偉いものであり、偉いから天狗なのだ」

「そんなものか」

「そんなものだ」

 

適当に軽口をしばらく叩き合い、関白天狗と話し合う。それに天魔も乗ってきて駄弁る。そんなことをしていたから、こうなってしまったんだと思う。取り締まり役であろう関白天狗に、この山一帯を納めている天魔。この二人が私のことばかり相手をしていたから今、こんな状況になってしまったんだと自覚して。いやうん、まぁ。全て後の祭りなんだがね。

 

「ガハハ!」

「酒だ!酒を持ってこい!」

「今夜はオールナイト覚悟だね!」

 

酔いが回って暴れ始める天狗共。ってーかオールナイトってなんだよ。

呆れて物も言えなくなった私と、酔ったのかボーっとしている関白天狗。達観する天魔。おい、どっちか止めろよ。

 

「じゃあ始めよう、それぞれの性癖暴露大会!」

『うぇーい!』

 

おい、どっちか止めろよ。

 

「いやはや、やはり勇儀さんのパイオツは堪らんですな!」

「ああ!酒を口に運ぶ時に揺れる果実、酔った時のトロンとした瞳、どれも素晴らしい!」

「なにをこの巨乳厨め!貧乳こそが正義だとなぜわからん!」

「でたな、貧乳厨!今日こそ下トークで巨乳の偉大さを教えてやる!」

 

あっ、なんか始まる。隣見る。達観している。あっ。

 

「いいか。巨乳とはな、ある種の遺産なのだ。森羅万象と同意義なのだ!走ったり伸びをするたびに揺れるパイオツ、服を着ても隠し通せないあの存在感がなぜわからん!」

「結論、パイオツ」

「グッ……だが貧乳にだって良さがある!貧乳はステータスなんだ!希少価値なんだ!少し屈んだ時に見えそうで見えない突起を想像し悶絶するのだ!考えろ、あの伊吹萃香がもし浴衣や着物を着てみろ。絶対にその良さがわかるはずだ!」

「結論、ひんぬー」

 

適当に結論を決める私。だが話は決して終わりを見せない。

が、そこで近くにいた女の天狗たちが騒ぎ始めた。

 

「ひ、貧乳だっていいやないれすかー!」

「おいこのクソ天狗共考えたことはありますか!?テメーらのその股間にぶら下がった金玉に向かって『うわwおめーの金玉ちっせえよw希少価値だよw』なんて言われたくはないでしょうが!?」

 

なんか……。両性具有でよかった。本気でそう思う瞬間。

 

「おい、関白天狗そろそろ止めないか」

 

私は流石に収拾つかなくなると思い声をかける。そして本人は立ち上がり雄叫びをあげた。

 

「巨乳、貧乳関係ない!形が一番だろうがぁぁぁあ!?」

「関白天狗ゥゥゥウ!?」

 

止めろ!お前まで可笑しくなったら本当に終わらなくなる!

 

「いいか?乳とは存在するだけで意味がある!大きさなんて関係ないのだ!全ては形!ハリの良さが一番大事なのだ!」

「関白天狗さん……っ!」

「ふっ……。お前と意見が有ったのは初めてのことだな」

「俺、一生関白天狗さんに着いていくっす!」

「お前たち……っ!!」

「新しい軍出来ちゃった!」

 

本当にどうしようか。私は天魔の方を見るが本人は「三つ巴の戦いか。それもいい」なんぞ言って細く笑みを浮かべている。それが妙に絵になっているのが腹ただしい。イケメンは万死死刑。

ってーか関白天狗で定着してしまったようだ。

 

「もう止められないだろうねぇ……」

 

ああ、もうダメだ。この天狗等は絶対に止められない。

もう、いいんだろうか。もう、ツッコムのをやり終えたのだろうか。

 

天狗たちの下トーク。そこに果たして意味はあるのだろうか。果たして、何かが残るのだろうか。

 

「蛇!」

「お前は一体!」

「何派なんだ!」

 

「・・・」

 

天狗たちの一斉の声に私は黙る。そして、目を見開くのだ!

 

「巨乳、貧乳、形、どれも素晴らしいが敢えて言おう!私は女性の見えそうで見えないギリギリに興奮すると!」

 

言った!言ってやった!

私は全てを吐き捨てて清々しい気持ちになれた。そんな私に肩に手を置く同志達。

 

「白蛇……」

『ようこそ、新世界へ』

 

意味はあったのだ。ここに、この絆に。

 

この日、私は初めて世界を見た。

 

 

「だからね、私は何度でも言うさ。見えなければ芸術。見えたらそこまでってね」

 

一通り語り、肩を抱き合って同志たちと酒を飲みあった。

 

「白蛇のおかげで新しい世界が見えたよ」

「まったく素晴らしいよね!エロスは前に進むんだ!」

 

新たな性癖に目覚めた天狗たちと絆を確かめ合って私は満足している。もうどうでもいい。性癖を隠すことは恥ずかしいことではないのだ。

 

「ふっふっふ。見せてやるさエロの力を!勝負の日に私の最終奥義を!」

「白蛇さん期待してます!」

「どうか、どうか萃香さんの見えそうで見えないギリギリを!」

 

約束を交わしてまたもや酒を煽る。正直もう意識なんてあやふやだ。なにか適当に言っていて、自分が何を言ったかなんてあんまり覚えてない。だからこんなこと聞いてしまったのだろう。そして。忘れなかったのは必然だったのだろう。

 

「天魔はどんなのがいいんだい?」

 

すると一拍を置いて。

 

「穿いてない」

「えっ?」

「穿いてない」

 

それを最後に私を含めた全ての天狗が眠りに落ちたのだった。

 

 

 

 

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