東方幸々蛇   作:続空秋堵

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酒よ良い酔い

「あったま痛ぇ……」

 

昨晩、散々と浴びるように酒を飲み、呑まれてしまった結果がコレである。

遠くから岩を砕くような音が鳴り響きその重音に脳が震える。わかりやすく言うならば二日酔い。アルコールが分解されなかった結果とも言えよう。

ふと周りを見てみるとアルコールってなんだっけ?と言いたげな顔をして山を見回る天狗たちや非番なのか集まり談笑を風に乗せる者たち。これが山での社畜生活に慣れてしまった天狗たちの実態なのか、それとも天狗が酔ってしまうわけにはいくまいと言う矜持なのか、はたまた純粋にあの程度の酒は水のようなものなのか。

おそらく最後のだろうなと思うと乾いた笑いを浮かべてしまう。

 

「情けないな蛇よ。あの程度の酒で潰れてしまうとは」

 

頭を抱えて蹲っていると声をかけてくる関白天狗。

だが私には返答するにも一苦労だと知ってほしい。

 

「鬼の酒は昨晩の百倍は濃いぞ」

「うっそだろお前」

 

自分の声が頭に響いて顔面を埋めた。それを見て冷たい視線を浴びせてくるが何も言うまい。

だが昨晩の百倍か。鬼とはアルコールが身体の七割を占めているのだろうか。

 

「ここは天魔様の屋敷だということを忘れているのか、はたまた厚顔にも居座っているのか」

「そんな余裕ないだけさ。それに天魔も寛げと言ってくれたしね」

「天魔様が……」

 

さも意外という顔をする彼だが私にはそれが意外かどうかなんて分かるわけもなく。

いや、考えるのはよそう。頭を痛めるだけだ。

 

「口が上手くない蛇と話してもつまらんな。早く治すといい」

「あいよ」

 

興味をなくしたのかそれだけ言うとすたすたと何処かへ向かってしまう。

私はそれを見送ると、すぐに眠りについた。痛みを紛らわせるために。

 

 

 

二日目である。

頭痛はいまだ健在。気持ち程度楽になった気もするが痛いものは痛いのである。今日も関白天狗が皮肉を言いにやってきては水や粥など簡単な食事を用意してくれた。されるがままにされていたが優しいところもあるようで関白天狗と言う名も正鵠なのだと確信する。

 

「なにを阿呆なことを言っておるか」

 

言葉に出してみたが一蹴されただけで特に反応はない。

返す気も起きないが故にこの日も寝て終わることとなる。

 

三日目である。

なんとか健康状態になれた私。せっかく妖怪の山など大層な名がある場所だ。観光程度に思いながら回ってみる。山を監視する仕事中の天狗に会っては、適当に会話をして別れる。大体の天狗とは酒の席で顔見知りとなり会話するようになったのだ。受け入れられたのかどうか。疑問は残るが鬼との勝負がある限り冷たくなることはないのだろう。

 

「あ、ちなみにそっちに行くと鬼の集い場なのでお気を付けてくださいね」

「あいわかった。こんな可愛い天狗ちゃんの忠告だ、絶対に忘れはしないよ」

「あはは、口が上手いんですから」

 

そうして別れた女性天狗の話を聞いて鬼がこの先にいることを知る。

さて、どうしたものか。行ってはみたいが鬼たちに勘違いされて襲われたりしたら困る。ただですら強い鬼だ。蛇が鬼に囲まれてみろ。蛇に睨まれた蛙ではなく、鬼に脅された蛇の図がやすやすと想像できるだろう。よし決めた。

 

「帰るか」

「待ちなよ」

 

体を回転させると共に掴まれる肩。相手の声は最近聞いたばかりで、とんでもない握力を持っている。一角の角を生やして威圧という歓迎をしてくれる人物、勇儀である。

 

「蛙が鳴くから帰るのさ」

「それを理由にしたとして、お前は蛇だろ」

「じゃあ蛇が鳴くから帰るのさ」

「へー、なんて鳴くんだい?」

「しゅ、しゅりゅー?」

「間抜けだねぇ」

 

呆れる勇儀と困惑する私。

はて、蛇はなんて鳴くのだろうか。自分でも分からないことに首を傾げてみるがそれを見て勇儀が笑いながら肩を抱いてきた。

 

「ま、せっかく近くまで来たんだ。少しは話し相手にもなりなよ」

「喧嘩とかにならないかえ?」

「お前次第だな」

「その時はお願いするよ」

「鬼の加勢に?」「本当に帰りたい」

 

なっはっはと笑う勇儀だが私としては何も笑えないのである。

「鬼怖い」「怖くないよ?」「鬼怖い」

 

おにこわい。

 

 

 

強引に連れてこられた鬼ヶ島、ではなく鬼ヶ山。

いくら勇儀が隣にいるからといって周囲は鬼、鬼、鬼である。すっごい怖い。天魔の屋敷に帰りたい。

 

「そんなげんなりしてるんじゃないよ」

 

苦笑いしながら肩を叩いてくる勇儀。だが私の本当に嫌そうな顔を見ると乾いた笑いを浮かべた。

本当に大丈夫だろうか。勝負前に命落とすなんて展開にならないといいが。だが、そんな心配も杞憂に終わる。鬼とはなんとも、良くも悪くも素直なものだ。

 

「おう、あんちゃんが萃香さんに喧嘩売った蛇か。いいねぇ、その姿勢。痺れるよ。まっ、死なないように頑張るんだな」

「蛇じゃねーか。数日後を楽しみにしてるぜ」

「こっちで一緒に飲みません?いい酒ありますよ〜。まあ鬼の酒ですけど」

 

それぞれ警戒の言葉ではなく、歓迎の言葉を送ってくれる鬼たち。それだけで少しは緊張の糸が切れて安心する。

勇儀曰く、鬼とは素直であり故に強いのである。つまりは純粋に強いという事らしい。だからこそ鬼は挑戦者には暖かく、逆に弱虫や卑怯者には冷たい。私は後者の卑怯者の部類なのだが、鬼の群の中でもずば抜けて強い伊吹萃香に挑戦する蛇を面白いと感じたらしい。期待されていて悪いが、見栄を張っただけで勝つ事なんて考えていない。適当に殴り殺されて近くの蛇に逃げ込んでこっそり山からオサラバ、なんて計画を建てていたというのに。

こんな対応を受けると良心が痛む。

 

「お、どうしたんだい白蛇。ちっと早いが痺れを切らしてやってきちゃったか?」

「生憎まだ遺書を残していなくてね。喧嘩は遠慮するよ」

「そりゃ残念」

 

勇儀に着いて行くように進んで見つかるはやはり伊吹萃香。

升酒を一気に飲み干してこちらを見るが、酔っているのかその瞳は映すことを止めたようにトロンとしている。

 

一杯どうだい?と同じく升に入った酒を渡され、悩んだ後に一口ごくり。

 

「辛っ」

「あっはっは!鬼の酒は蛇には合わなかったか!」

 

愉快そうに大笑いする萃香。本当に鬼はこんな酒を飲んでいるなんて考えられん。

一杯すら飲み干せないだろう。

 

「正直、私ら鬼にはまだ足りないんだよね。辛さが」

「化け物だねぇ……」

「鬼だからね」

 

なんと、こんな酒じゃ満足じゃないらしい。酒自体一体どこで手に入れているのか分からないがいっそのこと自分たちで作ってみればいいものを。

 

「さて、白蛇はここまで何しに来たんだい?まぁ理由はなくても歓迎するけどさ」

「御宅の勇儀さんに連れられたのさ」

「なんだ勇儀は亀でも助けたのか」

「蛇だし、着いたのは鬼ヶ島ってのも夢がないね」

 

どんなお話だ。蛇を拉致って鬼ヶ島に連れてくるって。

冒険の何も始まる予感がしない。

 

「それより、私はあんた達に名乗った覚えがないんだがどこで知ったんだい?」

「あれ?酒の席で教えてくれなかったっけね?」

「鬼はあの場にいなかったじゃないか」

 

むしろ同時期に鬼達も宴会していたのかと思うとため息が出る。

妖怪の山からいっそのこと酒飲の山に改名するべきではないだろうか。

 

「勇儀、私らっていつ名前聞いたっけ?」

「ん、そう言えばいつからだったかな」

 

勇儀もん〜?と思案して、数秒後に止めた。鬼とは頭を使うのが嫌いなのだろうか。そうなんだろう。うん。

 

「まったく不思議なものだねぇ」

「私もいつの間に有名になっていたんだが」

 

肩を竦めて見せた。宴会の席を思い出すが周りの天狗たちも私の名前を知っていた。

はて、この山で一度も名乗ったことはないはずだが。なんだか面白くない予感がして落胆する。

私は汚れきって黒く滲んでしまっているが白蛇である。初見で白蛇だと気づくのはなかなか難しい。それにわかったとしても白蛇と呼ぶだろう。だが、彼女等に天狗、皆は白蛇(はくだ)と呼ぶなのだ。私は旅の中でその名を使って回ったが妖怪の山に伝わっているだろうか。

 

答えはいいえだ。私はそんな凄い妖怪じゃあない。低級妖怪にも襲われればギリギリ逃げれるかどうかの貧弱妖怪。そんな有象無象をなぜ山の連中は知っているのか。

様々な話が浮かぶが萃香の一言によって霧散にも散る。

 

「まあ、せっかく来たんだし難しいことは置いておいて話し相手になってよ。ほら、酒をやるから」

「それはいらない」

 

それから萃香と勇儀の二人で雑談が始まった頃には、思案していたことなんて当の前に忘れていた。

 

 

「さって、白蛇はどうやって鬼の腰を抜かしてくれるのかねぇ」

 

萃香が横目で見流しながら言葉を送ってくる。

ここで法螺を吹いてもいいが、期待してくれる山の連中を思い出して素直に助言を求めるこことする。その本人たちに聞くのもどうかと思うが蛇足だろう。

 

「正直、あんまりネタが無いねぇ。逆に聞くが鬼が驚くことってなんだい?」

 

私の言葉に二人は腕を組み考える。

最初に切り出すのは萃香だった。

 

「そうだね。超巨大怪獣でも呼び出してくれたら驚くね。同時に戦いたくなるかな」

「いや、蛇に巨大怪獣を求めるってなんだい。蛇は爬虫類なんだけどね」

「ヘビラなんてどうだろう?」

「聞いちゃいない」

 

そんな巨大怪獣がいたら大妖怪として知らぬものはいないだろう。人間の里や村がいくつあっても足りやしない。

 

「勇儀は?」

「そうだねぇ……あっ!この世の酒が全部水に変わってたら怖いねぇ」

「うわっ、何それこわ。ちょっと勇儀怖いこと言わないでよぉ。寒」

「私はそんな二人が怖い」

 

まるで良い意見なんて出やしない。聞いたのが間違いだっただろうか。

すると勇儀が閃いたように言葉を続けた。

 

「うん、酒が怖いね。一生飲みきれないほどの酒を出されたら怖くて腰を抜かしてしまうさ」

「え、なに言ってん……ああ、怖いねぇ。浴びるほどの酒を出されたら腰を上げることができないねぇ」

「用意しろってか」

 

まったく、鬼とは欲望に忠実なものだ。

でも酒か。確かに鬼と言えば酒だろう。酒に細工するのはどうだろうか。例えば、酒と一緒に生き物の尿でも入れるとか。酸味とかで誤魔化せ…… ないか。

……この考えはないな。それにバレたら殺されそうだ。

 

「「いやぁ酒は怖い怖い」」

「怖くなーい」

「じゃあ天狗は」

「怖くなーい」

「じゃあ蛇は」

「怖くなーい」

「「じゃあ鬼は」」

「怖く……こわっ」

 

なんだこれ。……なんだこれ。

 

 

 

それから日は落ちても酒は続いた。私は全く飲んでいないが、常に飲み続けていた二人はやはり化物なのだと実感した。

天魔の屋敷まで歩いて帰る。それまでの道のり、どうも風が強い。強風が吹くたびに髪が揺れ、乾燥してしまい目が痛い。そんなに道は長く無いはずだが先が見えないように思えて仕方が無い。

それでも帰るために足を進めてやっとのことで屋敷についた。

 

「随分と遅い帰りじゃないか」

 

屋敷の中でお茶を飲んで待っていたのは関白天狗。強風の中、わざわざ縁側で休息するのは天狗だからこそだろうか。

それもさておき、昨日といい、どうして天魔の屋敷にてこの天狗と鉢合わせるのか疑問である。疑問は解決するのが一番。

 

「お前さん、いつも屋敷で会うね」

「私は天魔様の右腕だ。何事にも急速に駆けつけなければならない」

 

なるほどね、と納得。

確かに関白天狗のような頭でっかちは偉い人の秘書に向いている。こういう奴は話が通らないが有能ではある。

 

「私の分は?」

「こいつ……」

 

隣に腰掛けて命令する。すると関白天狗も文句を言いながらも腰を上げてお茶の準備をしてくれた。

こういう性格をなんと言うんだったか。宴会の席で天狗が言っていた。そう、ツン……ツン……ツンドラ?

 

「ほら」

「あい」

 

受け取ってお茶を一服。

ふむ、熱い。火傷しそうだ。

 

「で、どうだ?」

「なにが?」

 

ふーふーと息を吹きかけ冷ましながらお茶を飲んでいると唐突に問われた。

すると顔を顰めて続く。

 

「この妖怪の山に来て、なにを感じ、なにを思った」

「どうしてそんなこと聞くんだい?」

「私は生まれてずっと天狗として生き、これからも天狗として死ぬ。そんな私はこの山から出たことがないのだ。だからか私の視野、観点は狭く小さい。お前は旅をしていると聞いたのでな。して、この山はどうだ?」

 

純粋な疑問を向けてくる関白天狗。関白になった理由は天狗として生まれたからか。以前にも聞いた。

天狗とは偉いのであり、偉いから天狗であると。偉いと言うのは優秀だということ。優秀だということは視野が広いということ。そんな天狗である彼が自分で狭いのだと言うことは、彼の言うとおり狭いのであろう。

彼の視野が広いのは妖怪の山に限ったもので、どこにでも目を向けられるということではない。偉いというのも困りものだ。

 

「最悪だね」

 

私が出す言葉はなんとも辛辣だった。

 

「唐突に天狗に囲まれて拘束されるは」

 

だがすぐに打ち解けようとしてくれて、会話をして、気持ちの良い奴らだと思った。

 

「鬼には唐突に喧嘩吹っかけられるは」

 

だがおかげで萃香や勇儀、それに鬼達と交流して、素直で純粋に強い彼女らに強い尊敬の思いを抱いた。

 

「絡まれて踏んだり蹴ったりさ」

 

彼達と絡み、笑い楽しいという幸福を踏み、邪念を蹴った。

どいつもこいつも良い奴等なのだ。やってきて問題を持ってきた蛇に最初から仲間だったかのように気楽に話し酒を交わして。そんなみんなは私に期待してくれている。いい迷惑だ。そのせいで出来る限り返したいと思えるのだから。

 

「私はお前にとって迷惑な存在だっただろうか」

「ああ、お前や愉快な仲間たちと出会ってから私の不幸は始まってしまったね」

 

いつから私は天邪鬼(あまのじゃく)になってしまったのだろうか。最初から素直に言葉にするのは苦手だったけれど、あの守矢での時間を思い出すと素直になれなくなる。

あの時、最初から素直になれていたら、あの子に寂しい思いをさせずに、せずに接することが出来ただろうか。こうして後悔ばかり流れてくる私はなんという大馬鹿者なのか。もう気にしていないと、ただの過去の話だと結論づけても、当の私が踏ん切りがつかず情けない。未練だと今なら認められる。それだけあの日々は、あの子は私の中で大きすぎる物語なのだ。

 

「ふっ。そうか。それは悪いことをしたな」

 

先ほどから風が強くて煩わしい。過去のことを思い出して軽い憂鬱になった私は天魔が用意してくれた客間に帰るとする。

 

「じゃあ私はもう行くよ。風が煩くて仕方がない」

「ああ。おやすみ」

「おやすみ」

 

腰を上げて襖に手をかける。湯呑みをそのまま置いたが関白天魔が片ずけてくれるだろう。

そう思って開いたと同時に声をかけられた。

 

「そうだ、私の能力を教えておくとしよう。『嘘を風とする程度の能力』。だからといってどうと言うことはないがな」

「?そうかい。また明日」

 

一体どうしてそんなことを言ったのか。首を傾げて考えてみるがよくわからない。

そう言えば、随分と嫌われるようなことを言ったはずなのに本人は以前より表情が柔らかくなっていたような気がする。いろいろ話して風が煩くて。

……風が……煩さかった?

 

『嘘を風とする程度の能力』

 

………。

 

「ゔぉぉぉお!?」

 

私は今日、熟睡することが出来ないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

昨晩、関白天狗に辱めを受けた私の機嫌は悪い。

態度には出さないが悶々とした。朝起きて天魔の屋敷を出る。この微妙な気持ちを遠ざける為に何か違うことをしていたいと思う。そう言えばこの山には河童もいると言っていたか。ふむ、今日は河童に会いに行くのもいいかもしれない。

 

「そこを下っていくと川が流れているのでそちらに行けば河童に会えますよ」

「そうかい。ありがとね」

 

適当な天狗を捕まえて道を聞く。この先に河童がいるらしい。

正直、出会いが楽しみだ。この山の連中はみんな良い奴だったし、育毛剤など作れてしまう河童の技術力にも興味はあるのだ。どんな奴らなのだろうかと道を進んでいくと川が見えた。

綺麗な川だ。山の湧き水で流れる川は美しく、自然を感じる。当たり前ながら塵芥(じんかい)なんぞ目にすることはない。ここの空気を吸っているだけで一日を過ごせるだろう。

 

川のせせらぎに混じる雀たちの囀り、流れる水音は心を洗い流す。大きく息を吸って自然を満喫していると、その自然にまったく相応しくない叫び声。

 

「だ、誰か止めてぇぇぇえ!?」

 

声のする方を目を細めて目視しようと試す。すると遠くから小さい黒い点のような物が近づいて来て、だんだんと大きくなる。そして、それが人であると確信するのに時間はかからない。

 

「危なぁぁぁい!?」

「ぎゃぶらんしゅ!?」

 

とてつもなく重い何かが体にのしかかり、脳が震えクラクラした。痛みが響いたがだんだんと和らいできたので反射的に抱えた何かを見ようと目を細くしながら見るとそこには、緑のキャップを被った山の川のように綺麗な青色の髪の少女だと確認する。彼女も痛みになれたのか恐る恐ると目を開けた。

 

「いってて……」

「大丈夫かい?」

「あ、うん!ありがと!助かったよ」

 

にぱっと微笑むその笑顔は太陽の光を反射したかのように煌びやかで美しい。一瞬見惚れてしまったが私はすぐに調子を取り戻す。

 

「どう致しまして。でも一体なんでお前さんは空から落ちてきたりなんてしたんだい?」

「ごめんね、自己紹介すると私は河城にとり!それと落ちてきた理由は空を飛びたかったんだよね」

「空を?」

「うん、やっぱり憧れない?天狗みたく空を自由に駆け回る姿。かっこいいよね、私も空を我が物顔で飛び続けたいと思ったけど、飛べないから。でもだったら自分で飛べる道具を作っちゃえばいいかなって!」

 

息をする暇すら惜しいと目を輝かせて夢を語る彼女はなんとも微笑ましい。なんだか眩しくて目を細めてしまった。

 

「あ、大丈夫?やっぱり痛い?」

「いんや。この程度痛くも痒くもないね」

 

正直痛いが女子供の前ではかっこつけるのが私の流儀。

 

「本当に?傷から変な黴菌(ばいきん)入ってウイルス感染とか、それからウイルスが拡散して世界が大混乱に!」

「はっはっは、そんな馬鹿なことが…………カユ、ウマ」

「くっ!?そんなもう症状が出始めているなんて、待ってて!今私が助けてあげる!」

「ミンナトモダーチ」

「トモダーチ!」

「「いぇーい!!」」

 

ここまで茶番。なんとなくその場に合わせてみたが、にとりもノリがいいのか変な会話の完成である。そんな訳のわからん会話だが私とにとりの仲を深めるには十分だったようで。

 

「いやぁここまで話がわかる人は初めてだよ、これからもよろしくね!盟友!」

「盟友?」

「つまるとこ同士!」

「よぉし!」

 

パチンと手を合わせた。

楽しい。もう歳の癖にはしゃいでしまった。なんだかにとりとは似たような感情が溢れて仕方がない。

 

「私は河童だから色んな物を作れるから。今は空を飛ぶ為の羽を作成中なんだ」

 

河童だからという理論は理解が出来ないが河童が物を作るのは知っていた為にそこまで驚きはないが空を飛ぶ道具など必要だろうか。

 

「ふむふむ、でもお前さんがたは妖力で空を飛べるじゃないか」

「ちっちっち。確かにそれで空を飛べるが浪漫が足りないね。人間常に高みを、拘りを大切にしたいよね」

 

妖怪だけど、と続く彼女。

その気持ちは激しく同意できる。私はいかんせん妖力がちっぽけな為に空を飛ぶことは出来ないが、飛べない私からすると空を仰ぎ、飛ぶというのは憧れる。それに天狗たちのような羽があればさらに良いだろう。

だから私は彼女のその開発を応援する。

 

「いいね、最高だね。よし、私が実験台になってやるさ」

「本当?じゃあお願いしようかな」

 

二人は同士どうこうのやり取りの間に、既に白蛇とにとりは立ちあがっていて、今は歩いて会話をしている。だがにとりは先を進み後ろを、つまり私を見ながら歩いている訳だ。怪我をしないか心配だがバランス感覚が良いのだろう。足でリズムを刻むように進むのだから微笑ましい。時折、顔を覗いてくる彼女。

その表情に、私は薄っすらとあの子を思い出す。もう忘れてしまったと言い聞かせようとして、だけど決して忘れられない彼女の顔を。またあの日を思い耽けようとすると、彼女は現実に引っ張ってくれる。

 

「怖い顔してるけどどうしたの?」

「いんや」

 

なんとも阿呆のような面で見上げてくる彼女を見て内心笑いそうになった。

 

「あ、わかった。そろそろ鬼との勝負の日だからそのこと考えてたんだ」

「河童にまで伝わっているのかい」

「山の者で知らない奴なんていないさ」

 

そうか。私は本当に有名になろうとしているらしい。

鬼に勝負をかけた愚か者と。

 

「でも日も近いし無理に実験に付き合ってくれなくてもいいよ?」

「と言っても暇なのも事実さ」

「ありゃ、つまりもう勝てる策があったんだ」

「・・・」

「無いんだね」

 

はい。ないです。

にとりは苦笑いしながらジト目になる。いや、確かにないけどまだ四日目だ。あと三日もあるんだから大丈夫。……じゃないよなぁ。と今更ながら現状の危機感を覚える。今まで何をしていたのだろうか。

酒を飲んで二日酔いでまるまる二日潰し、三日目に鬼と雑談。そして今日は河童と雑談。

 

本当にそろそろ何か考えなければならないかもしれない。

 

「よーし!しょうがない、盟友のピンチだ。今日から私は打倒鬼としての作戦参謀役になるよ!」

「こりゃ百人力だね」

「百人?違うね、千人力だ!」

 

随分大きく出たものだ。だが不思議と彼女に頼もしさを感じてしまう。信じてみようか。河童の技術とその頭脳を。

それから、にとりの住処にやってきては二人で作戦を建てる。

だが出た案はろくでもない結果だった。衝撃音でシンプルに脅かすとか、目覚めドッキリだとか。前者は効かないだろうし、後者は殺されそうだ。流石の河童の頭脳も鬼を脅かすなんて考えたことがなかったのか発想が著しくない。

 

「「だ、だめだぁ……」」

 

二人して川沿いに大の字になった。日はとっくに沈み月が覗き星は散っている。まさか朝方からこんな時間まで考えているなんて思いもしなかった。川の音が心地よく、このまま寝てしまいそうだったが、にとりは話しかけてきた。

 

白蛇(はくだ)はさ、どうして鬼に喧嘩なんて吹っかけちゃったの?」

 

それは純粋な疑問だったのだろう。

それもそのはず、鬼に喧嘩を売る奴なんていない。それが大妖怪であっても。

 

「別に成り行きさ。たまたま話が拗れて、鬼が絡んできて現状に至るのさ。まったく最悪な一週間だ」

「その割には良い顔してる」

「そうかい?」

「そうだよ」

 

ならきっとそうなのだろう。その表情は言葉通り安らかだ。だが、私もそろそろこの場所が居心地良いのだと認めそうになっているところ、ふと疑問に思えてしまうことがあった。

 

はて、私はにとりに名前を名乗っただろうかと。

 

「ねぇ、にとり。前さん、どこで私の名前を聞いたんだい?」

 

またもや、白蛇ではなく、白蛇(はくだ)と呼ばれた。別に、そこまで気にしてはいない。不快ではないし、名乗る手間も省けて良いだろう。だが、気になってしまうのだ。鬼達もそうであったように、何故こうも名が広まったのかを。

 

「ん?だって出会った時に名前を教えて……あれ、私いつ白蛇の名前聞いたっけ?聞かなきゃなぁとは思っていたけど」

「そうかい」

「ま、いいか!」

 

その鬼と同じ反応。どことなく、引っかかる。特に危険な匂いはしないし、怖いとも思わないが、微妙に違和感を感じ得ざる終えなかった。

 

 

 

五日目である。

にとりと昨日そのまま眠りに付いてしまい起きた時には日が登っていた。残り二日。はて、間に合うだろうか。

 

「おはよー」

「おはようさん」

 

にとりは起きたと思うと川の水で顔を洗い、中に入って釣竿を持ってきた。木で出来たとこをみるとこの山の木。それに妙に完成度が高い。これが河童の技術力か。世界一も目指せるかもしれない。

 

「これで釣れた分が朝ごはんだよ。あ、稚魚は返すんだよ?」

「あいあいさー」

 

竿を投げ、チャポンと音がなる。

あとは釣れるまで待つだけで、些か暇である。これが釣りの醍醐味なんだろうがそれでも暇だと思えてしまう。太陽を浴びるように顔を空に向けて伸びをする。

すると、一匹の雀が山の中に入っていくのが見えた。口に何かを咥えて。

 

「あの雀、なにか咥えてたね」

「うそ、お宝?」

「それは鴉が持ってくるだろうよ」

 

ちょっとだけ好奇心に駆られた。別に雀が何を持ってこようがどうとも思わないが、こうも暇だと気になってしまう。

それに雀の向かった場所も近場のようだし。

 

「行ってみますか」

「ですな」

 

顔を見合わせて雀の後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは」

「アレだね」

 

雀が向かった場所は青竹が無数に生えた場所だった。

その切り株の中に何かを入れたと思えばすぐに飛びだってしまう。その入れたことを確認して中を覗くと、水が溜まっている。だが、匂いでわかる。これはそう。

 

「「酒だ」」

 

皆は知っているだろうか。

最も最初に酒を造った生き物が雀であるという伝説を。

 

雀は口に咥えた米を餌として竹の切り株に溜め込む。だがいかんせん鳥頭故に溜め込んだことを当の前に忘れている。そこに雨が降って水が溜まり時間が経過して酒へと変わると。口醸酒(くちかみさけ)なんて聞いたことはないだろうか。それと似たような物である。

 

「少しだけ」

「いただきましょうか」

 

二人して指に付けて舐めてみる。ふむ、やはり酒だ。二人とも頷くとその酒を汲んでお猪口一杯分を用意すると乾杯して飲んでみる。

が、それからだろう意識がなく、覚えていないことが多い。

 

「るんるんりる!」

「ごきげんいかが!」

「「るんたったーん♪」」

 

二人はそう、馬鹿みたいにはしゃいでいた。踊り、歌い、騒ぎ始める。そのテンションの高さ、他者が見たらドン引きものだろう。この現場に二人しかいないことが幸運だ。

 

 

伝説には続きがある。

雀は餌を貯蔵した場所を思い出したのだ。そこへ戻ると、貯蔵した切り株に酒が入っていることに気づいた。それを飲んだ雀はあまりの美味しさに宴会となり竹を周りを踊り続けたという。

その踊りは何日も続き、踊り続けた。その様子から生まれた言葉が「雀百まで踊り忘れず」なのである。

 

つまりは、二人は今、そんな感じ。

 

 

 

 

「「なにやってたんだろ……」」

 

酔いが覚めてきて意識を取り戻した二人が最初に発した言葉である。

なんともまぁ痛々しい光景だただろう。そのことを二人とも自覚して自己嫌悪に陥る。

 

「まさかあの酒をのんだから?」

「だとしたら……恐ろしい……」

 

二人は二度と雀酒など飲まないと誓って元の場所に戻ることにする。

日は高くなってもうお昼頃、そろそろ何かを食したい。そう思って帰ってみたら竿に何かが引かれていた。どうやら河に置きっ放しだったらしい。

 

「白蛇!」

「おうとも!」

 

二人で竿を引き上げ釣れた魚を見てみる。

……が、それはあまりにも食用ではなさそうだ。

 

「うげっ……」

「こいつは……食えるのかえ?」

「止めたほうがいいよ。絶対」

 

気持ちの悪い色に髭が揺れるこの魚。はて、なんて言う名なのかは知らないが食うことはないだろう。

だがせっかく釣ったんだし、と水の桶にその魚を投げ入れ、釣りを続けた。

 

 

 

「「ご馳走様でした」」

 

なんとか二人で魚を釣りありつけた食事。特に絶品だった訳ではないが、空腹が最高のスパイスとなり幸福感が襲ってくる。にとりもこんなに美味しかったっけ?と疑問に思うが美味しいのならそれでいい。

 

食事を終わり暫しの休憩。

食べてすぐの運動は体に悪いし、満腹感で動く気にはならないのも事実。

 

「そういえば、昨日はどうやって空を飛んでいたんだい?」

「んー?あれはね、飛ぶというか跳ねていただけなんだよ。空を飛ぼうとしても何故か下に落ちるように引っ張られてしまうからね、だから空気を圧縮した筒を背中に背負って噴射。その連続を繰り返していたんだけど……ちょっと筒に問題がね……」

 

昨日の絶望感を思い出したにとりは顔を青くして目を背けた。

話を聞いていた私といえば、本気で驚いている。まず、空気を利用して飛ぶという発想がもう他者と違う脳内になっている。完成したら本当に使ってみたいものだ。

 

そうして雑談を重ねて腹も波を静めたころに、空から一人天狗がやってきた。

 

「あー、なんだこんなところに居たんだ白蛇さん。心配しましたよ」

「おや、お嬢ちゃん。昨日ぶりだね」

 

道を聞いたついでに口説いた天狗ちゃんである。

彼女はホッと息を吐くように見せた後、安心したように笑顔を向けてくれた。

 

「まったく、一泊するならちゃんと関白天狗さんや天魔さんにも言っておいてください!」

「そりゃすまなかったね」

「ふふ、良いですよ。許します。でも次からはちゃんと教えてくださいね」

「あいあいさー」

 

簡単な会話を通して飛んでいく天狗ちゃん。

はて、彼女の好感度をそんなに上げたつもりはないのだが。昨日口説いただけだし、普通嫌がられる。近づきたくないと思われても仕方がないだろう。仮に受け止めたとしてもちょっとした冗談で。わざわざ心配してくれるなんて考えられない。それほど彼女がちょろいのか。いや、仮にも頭がでっかちが多い天狗の娘である。簡単に落ちるとは思えない。

 

「・・・ なんていうかさ」

「なんだい?」

「白蛇って凄いね」

 

そう呟くと尊敬の眼差しを向けてくれるにとり。彼女の瞳は出会った時のように煌き眩しいものだった。

だがなにが凄いのだろうか。

 

「いや、凄いよ。天狗って近くても遠くてもやっぱり天狗でさ。話が通じないことの方が多いんだよ。普通なら警戒されて口も聞いてもらえないし、下手したら外にも出してくれない。それなのにたった数日で信頼を得るなんて……やっぱり白蛇は凄いや!」

 

そうしてニッコリ笑うにとりを見て、その言葉を聞いて、私は確信してしまう。

ああ、そうか。やはり可笑しいか。そう吐き捨てた。

 

私は白蛇である。元は神で、信仰が消えて落ち、妖怪として醜い様を晒した者だ。それに守矢での日々もあって、私は妖怪だけじゃなく、人間からも避けられるような生き方ばかりしていた。それなのに、だ。

私は好かれるより嫌われるタイプの者。例え鬼が素直で優しくても、例え河童が似たような価値観を持っていても、例え天狗が打倒鬼と言う名目で一時的に受け入れてくれたとしても。

 

これは異常だ。

 

みんな優しいと思った。暖かいと思えた。

でも、果たしてみんながみんな優しいなんてことあるだろうか。認める者もいれば認められない者もいる。それが当然で、普通。それなのに、この数日のみんなの顔を思い出す。

 

全員が、微笑みを向けて歓迎してくれた。誰一人と嫌な顔をせずに。

それが演技だったのだとしたら私は世界に絶望し、当然だと受け入れられただろう。だが、今までの違和感が明確な形となって目に見える。

ああ、

 

気味が悪い。

 

 

 

 

それから私はどうも調子が悪い。

いや、体調が悪いのでなく、気分が悪いのだ。どうしようもない徒労感が背後から迫ってくる。もちろん比喩表現だが、足を掴まれているように重いのだ。

 

「えっと、白蛇?どうしちゃったの?」

「いや、なんでもないさ。ただ、鬼との勝負が近づいているなっとね」

「そうだね。よっし!今からいっぱい考えて鬼をいっぱい脅かしちゃおうね!」

 

こういう時、にとりの明るさに救われる。

彼女の顔を見ていれば一時的に先ほどの気分を抑えてくれて、そのままいれば洗い流してくれそうだ。近くの川に流れる水のようにそのまま流されていきたいと思える。

 

「そうさね、いっちょやりますか!」

「いいね、いいね!じゃあ景気付けに一杯!」

 

そう言って二つお猪口を用意してくれて私とにとりの手にそれぞれ渡る。

確かに酒だろう。だがにとりは好き好んで酒を飲まないと聞いた。だからかにとりの家には酒はなかった。ならば、この酒はどこから?

 

「………どこから持ってきたんだい?」

 

別に怪しいとは思っていない。素朴な疑問である。

するとにとりは目を点にして首を傾げる。

 

「あれ、白蛇のじゃないの?」

「おいおい……」

 

流石に、出処不明の酒は飲みたくない。警戒して匂いを嗅ぐ。

ふむ、酒ではあるようだが天狗のとこで飲んだものではなければ、鬼の鼻にツンとくる匂いでもない。なんともお上品な香りだ。

 

飲んでみたいがやはり怖い。

そう思って鼻を良く効かせると、このお猪口意外からも匂いが感じられた。その方向を見てみると。……食えないであろう魚が入った水の桶。まさかと思って桶の水に手を突っ込んだ。そして嗅ぐ。やはり、お上品な匂いがした。

 

「にとり」

「……うん」

 

二人で顔を見合わせてお猪口の酒を同時に飲み干す。

 

「「こ、これは!?」」

 

美味い。今まで飲んだことがない美味さだ。

 

「口に入れたと同時に広がる綺麗な風味、口の中を洗い流してくれるような爽快感!」

「だが味は情熱的で癖になる、それなのに不思議と不快にならないくどさ!」

「「最っ高……!!」」

 

簡単にいうなら、これほど美味い酒は飲んだことがない。人里で売ったら皆が集まり、安安と妖怪の間で出してしまえば、この酒を巡って争いを起こしかねない。冗談ではなく、本気でそう思えるのだ。

 

「なぁにとり」

「うん。多分そうだよ。この魚、なんて名前かは分かんないけど、この魚が居る水は酒となるんだ!鱗が酒へと分泌させるのかな?それとも口に入った水がそのまま酒へと変わるような体質なのか。とにかく、これはすっごい発見だ!」

 

思案して一思いに語ったにとりは強く頷く。

ああ、これは大発見だろう。だが、浮かぶ疑問もある。

 

「なら、どうしてあの川は酒の匂いがしないんだい?味だって普通の水さ」

 

そうだろう。だってこの川で釣った魚だ。この魚が水を酒に変える力があるのなら、川の水は全て酒になっていてもおかしくない。

 

「水で中和されて酒が消えた?」

「そうかもしれない。とても綺麗な酒だったから神聖な美酒なのかも。少し何か混ぜたりしたら水に戻ってしまうとか」

 

にとりの持論を聞いて納得する。

私にはまるで科学がわからないが専門のにとりが言うなら間違いないのだろう。こういう時に永琳が居たらいろいろ教えてくれたかも。永琳は月で元気にしているだろうか。

 

久々に思い出しては考える。今でも元気に実験でもしてくれていたら嬉しいが。

そう思って空を見上げてみるがまだ夕陽が揺らめている。月が顔を出すには早いだろう。だが今日は珍しい天気だった。

 

「狐の嫁入りか」

 

にとりが呟いた。

日が顔をだしているのに、空からは生暖かい雨が体を伝う。その雫を浴びて、どうしたことか一瞬で思考が速く回転した。なにかが、閃きそうだ。

それはなんだと思考していると、髪に溜まった雫が落ちて口に侵入する。

 

………これしかないだろう。

 

「にとり、頼みがある」

 

私はにとりの目を真っ直ぐ見つめて世界で一番の壮大な告白をするように口を開いた。

 

「雲を……作ってくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

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